栄通記

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2011年 10月 24日

1588) ①「2011年墨人札幌夏期合宿 山の手小学校に於ける実践風景」 終了・8月4日(木)~8月7日(日)

○ 2011年 墨人札幌夏期合宿から

     山の手小学校に於ける実践風景

 

 会場:山の手小学校 +某ホテル
 日程:2011年8月4日(木)~8月7日(日)
 時間:

 主催:墨人会

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー(8.6)

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 実に壮観な風景だ。夏とはいえ、既に戸外は真っ暗闇だ。自分の字に一所懸命な大人達、若いとは言えない風貌も見受けられる。淡々と一字に打ち込む姿が目の前一杯にある。

 「墨人会」のことを、某新聞に「・・・在野の前衛書作家集団・・・」、と会員の樋口雅山房は語っている。今、その「在野」性や「前衛」性を語るのは止めよう。この実践風景と、その印象を素直に報告しよう。

 本州方面から25名、道内から11名の36名の参加。ホテルに合宿し、「顔真卿と建中告身帖」に関する臨書研究報告と議論、そして当山の手小学校体育館での実践表現研鑽が実施された。スケルージュ表を頂いたが、まことにびっしりと予定が組まれていた。予定終了後に、道外の方達はそれぞれに北海道を楽しむのだろう。会の公式予定には漫遊等の息抜きは組み込まれていなかった。


 「顔真卿」、唐の後半の代表的な書家だ。その特徴を一言で言えば、「看板文字の大家」だ。ワイルドな個性的文字は破綻的個性を重視したい美術家にとっても面白い存在だと思う。
 顔真卿は省略して、今少し会場風景と個人の書き姿を載せます。
 (以下、敬称は省略させて頂きます。)


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 書に新聞紙は良く合う。紙紙紙紙・・・、黒黒黒黒・・・、隙間隙間隙間隙間・・・、そして「文字」が神棚のように輝いている。


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     ↑:「毬(まり)」を書いている吉田敏子、その字。

 吉田敏子さん、彼女の熱意・頑張りが合宿成功の大きな力になったことでしょう。ご苦労様でした。
 「吉田敏子・書」、字そのものへの拘りと、字の黒と余白の白との美意識に留意している。失礼な言い方ではあるが、字の拘りを減らして、美意識を剥き出しにした試みをされたらと思っている。より感覚的な書を意図的に試みてはと思う。極論を言えば、「字」を捨てるのです。
 それにしても「毬」とは難しい字を選んだものだ。字画の多い字だから大胆に省力せねばならない。この字に対して、円環運動の全体の中で細身の骨格で体をなし、白黒の対比の美学ごどう実現するかを確認しているようだ。


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 年配者に混じって若い女性も参加だ。道外の方だろう。ベテランの指導を仰いでいる。
 太い線の割にはあっさり淡泊な字の体つきだ。一所集中というよりも、筆を大きく運ぶのが楽しくて仕方がないのだろう。


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 「女」かな?女が女を書いていた。自分を書いているのだろう。熟女のさわやかな動きだった。


 全体に女性の比率が多いので、動きがおとなしく見えた。「字を書いている」という動きだった。
 「書」は書きぶりや、その動作を見る芸術ではないだろう。だから、「芸術的動き」は必要ない。だが、良き動きが良き筆跡となり良き痕跡を留めるという考えも起こる。パフォーマンスとしての「書」、舞踊としての「書」の可能性もあるだろう。そういう意味では、力を蓄えた動きは少なかった。女性軍にスポーツとしての「書」をもっともっと考えて欲しい。

 さて、我が愛する樋口雅山房の動きと書を②でお見せしよう。

by sakaidoori | 2011-10-24 20:29 | 学校構内 | Trackback | Comments(0)
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