栄通記

sakaidoori.exblog.jp
ブログトップ | ログイン
2010年 08月 27日

1354) HOKUBU記念絵画館 「①油絵常設展  三岸黄太郎の場合」 8月26日(木)~12月19日(日)


○ 油絵常設展

 会場:HOKUBU(ホクブ)記念絵画館
     豊平区旭町1丁目1-36
     (地下鉄東豊線「学園前」①番出口、徒歩7分)
     電話(011)822-0306

 会期:2010年8月26日(木)~12月19日(日)
 開館日:毎週木・金・土・日曜日
 時間:10:00~17:00
 料金:一般300円、小中生200円 幼児無料

ーーーーーーーーーーーーーーーー(8.26)

1354) HOKUBU記念絵画館 「①油絵常設展  三岸黄太郎の場合」 8月26日(木)~12月19日(日)  _f0126829_2313493.jpg


1354) HOKUBU記念絵画館 「①油絵常設展  三岸黄太郎の場合」 8月26日(木)~12月19日(日)  _f0126829_23145841.jpg
1354) HOKUBU記念絵画館 「①油絵常設展  三岸黄太郎の場合」 8月26日(木)~12月19日(日)  _f0126829_23154864.jpg


1354) HOKUBU記念絵画館 「①油絵常設展  三岸黄太郎の場合」 8月26日(木)~12月19日(日)  _f0126829_23174955.jpg
     ↑:以上、2階の風景。


1354) HOKUBU記念絵画館 「①油絵常設展  三岸黄太郎の場合」 8月26日(木)~12月19日(日)  _f0126829_2320421.jpg


1354) HOKUBU記念絵画館 「①油絵常設展  三岸黄太郎の場合」 8月26日(木)~12月19日(日)  _f0126829_2321910.jpg
     ↑:以上、3階の風景。


 詩情に包まれた館になっていた。

 館側の指示で2階から見ていく。
 1作家2点以上の展示で、見知らぬ画家への想像を膨らますことになる。風景をメインにしながらも、それぞれの個性と技量が程良いリズムになって、「そうなのか、そうなのか」と一人うなずきながらの歩みだ。数少ない作家である赤穴が真ん中近辺で対面だ。グッと心が引き締まる。

 3階は人の生理の問題と部屋の構造から、左回りに見ることになる。
 最後近くになって、予告された三岸節子の新収蔵作品が登場する。得意の情熱作品ではなく、絵画上の大きな窓を二つ設定して、目くるめく世界を創出している。そして、いつもの激しい「花」の絵を見た後に、今展のメイン、三岸黄太郎の3点の赤い作品に出会うことになる。

 以下、三岸息子・母の順に載せます。後は時間の許す範囲で紹介します。


1354) HOKUBU記念絵画館 「①油絵常設展  三岸黄太郎の場合」 8月26日(木)~12月19日(日)  _f0126829_23301714.jpg
     ↑:以上、三岸黄太郎

1354) HOKUBU記念絵画館 「①油絵常設展  三岸黄太郎の場合」 8月26日(木)~12月19日(日)  _f0126829_233226100.jpg
1354) HOKUBU記念絵画館 「①油絵常設展  三岸黄太郎の場合」 8月26日(木)~12月19日(日)  _f0126829_23325924.jpg
     ↑:左側、「薄明」。右側、「幻の城」。


1354) HOKUBU記念絵画館 「①油絵常設展  三岸黄太郎の場合」 8月26日(木)~12月19日(日)  _f0126829_23342037.jpg
          ↑:「オークル」。


 赤黒く暗い絵だが、沈鬱になることはない。薄塗りのキャンバスから何かが立ち上がる、というよりも、画家自身のイメージが一つ一つこじ開けられ、絵画という構築物に姿を変えていった趣がある。構築の中に閉じこめられ、発散する力となったのは常に見知った風土の力だ。黄太郎が生活の中で親しむ風景の象徴が、画家の五感の関わりで黄太郎・風土となり、絵画として甦っているようだ。

 風土、そこにはその土地だけの風や匂いや太陽や草や花があるだろう。黄太郎はそれらを、風土に埋め込められながらも、互いが互いを際だたせる強い「存在」として見ている。しかも人間と同類の存在として見ている。だからどうしても、画かれた存在を擬人化して見ることになる。画家自身も人の似姿である「建物」を好んで画く。

 屹立した絵だ。それでいて他者との関係を前提にした独り立ちだ。「我」ではなく「我々」を画いている。そして詩が前面を覆っている。これは画家のみが表現できる特権だろう。色の強さであり、色同士の混じり合い、関係としての詩だ。
 孤高の厳しさではない。詩情を湛えた等身大の人間臭さがある。




 1930年 東京都中野区生まれ。
 1953年 私費留学による渡仏。翌年帰国。
 1968年 母・節子と家族と共に再渡仏。
        すぐに、南仏カーニュに居を定める。
 1974年 一時帰国。
        南仏カーニュから、北仏ブルゴーニュ地方のヴェロンに転居する。
 1989年 日本に帰国し、日本とヴェロンを制作の拠点にしている。

 上掲の3点は、そのヴェロン時代の作品だろう。1989年以前か以降かは資料が無いから分からない。
 1978年から1989年の間の個展等の発表歴は彼の生涯の大きな山とのことだ。

 ヴェロンは本当に何もない寒村とのことだ。ゴッホが愛した南仏は彼の生理にあっていなかっと見えて、図録にもあまり紹介されていない。東京生まれの人だが、父親好太郎の北国の血が、無意識にヴェロンを選び、「三岸黄太郎」を作ったと評論家・中野 中氏は指摘している。確かに小説的推理だが、父・好太郎の都会的ポエム、母・節子の教養と情熱が混じり合った。都会しか知らない人間を都会を越えた詩人画家にしたようだ。



 予想に反して、黄太郎を書くだけで疲れてしまった。
 他にも沢山の作品があります。期間は長い。とつおいつと紹介することにします。



1354) HOKUBU記念絵画館 「①油絵常設展  三岸黄太郎の場合」 8月26日(木)~12月19日(日)  _f0126829_03934100.jpg
     ↑:中谷龍一。
 

by sakaidoori | 2010-08-27 23:15 | ☆北武記念絵画館


<< 1355) コジカ 「yuy...      1353) 市民ギャラリー 「... >>