栄通記

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2009年 12月 16日

1130) 時計台 「鈴木悠高・個展」 終了・9月14日(月)~9月19日(土)


○ 鈴木悠高・個展

 会場:札幌時計台ギャラリー・2階B室
    中央区北1西3・札幌時計台文化会館
    (東西に走る仲通りの北側のビル)
    電話(011)241ー1831

 会期:2009年9月14日(月)~9月19日(土)
 時間:10:00~18:00 
     (最終日は、~17:00まで)

ーーーーーーーーーーーーー(9・19)

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 ここ4年ほど、鈴木悠高は黄色の「絵」ばかり画いている。「栄通記」でも度々紹介しているから、ご存知の方も多いかもしれない。
 「知っている。またか。黄色か!」といわれるかも知れない。その期待に応えて、再びの黄色の世界だ。

 彼の絵の面白さと、面白くなさははっきりしている。

 僕らは絵に何らかの刺激を求めて、展覧会に足を運んでいる。その刺激の内容は見る人それぞれに違うから、絶対的基準はないだろう。それでは鈴木悠高の場合は?
 構図の刺激は?
 彼は形を画くことを拒んでいるから、一般的な構図の楽しみを求めることはできない。それでも、黄色のグラデーションというか、濃淡の「構図」はある。だが、あまりに微細な変化だ。線を引いて、構図のあれこれを語るには職人的な感覚が必要だ。

 それではマチエールの変化・深化は?
 マチエール!あー、この言葉ほど難しいものはない。構図は知的だが、マチエールは経験を伴った職人的世界だ。
 僕はマチエールを理解してはいない。だから応えられないのだが、彼の絵がマチエールを追求しているとは思ってはいない。理由は、見ていてそう思うからだ。

 多くの鑑賞者は、彼の絵に構図とか、マチエールの変化・深化を見てはいないだろう。
 僕は彼が何をしたいかは不問にしている。少なくとも、西洋絵画作家の巨人達の後追い・追体験をしていると思っている。それは、あまりに画学生的行為ではあるが、彼の選択だからとやかく言う筋合いではないであろう。絵としてはオリジナル性に乏しいから、無視されても仕方がない。見せるに値しないと言われれば、確かにそうかもしれない。だが、悲しいことに彼は僕らに倦まずたゆまず見せ続けている。
 それは傲慢な行為だろう。そう、画家という存在は傲慢なものかもしれない。僕は鈴木悠高の作品を見ていると、つくづくそう思う。そして、その傲慢さが「心地良いかどうか?」その1点にかかっているような気がする。彼は「何も画かない」。その傲慢とも思える行為を、「諾」と思って見続けれるかどうか。画き続けるという行為、見続けるるという行為、それを問うている作家と思っている。

 黄色、限りなく黄色にこだわる作品に接していると、黄色が色を超えて「存在」のような気がしてしまた。鈴木マジックにかかっているかもしれない。次回の鈴木・黄色では作品論を語りたいが・・・。

by sakaidoori | 2009-12-16 23:50 |    (時計台)


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