栄通記

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2009年 09月 11日

1098) 時計台 「西辻恵三・展」 9月7日(月)~9月12日(土)

○ 西辻恵三・展

 会場:札幌時計台ギャラリー・2階B室
    中央区北1西3・札幌時計台文化会館
    (東西に走る仲通りの北側のビル)
    電話(011)241ー1831

 会期:2009年9月7日(月)~9月12日(土)
 時間:10:00~18:00 
     (最終日は、~17:00まで)

ーーーーーーーーーーーーー(9・9)

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 背景の黒とわずかな白、地から顔をだす七色。
 画題は小さい丸い月、大きな三日月、簡略化された人物(シルエット)、動物の頭骨。
 シンプルな構図。

 実に簡単な絵だ。画家は「省略」という難しい絵画の道を進み始めた。省略は緊張を強いる。「緊張」という意味を問い始める。
 緊張が強すぎて避けられる絵、緊張不足で素通りされる絵、程よい緊張、強い緊張を好む人達・・・。

 西辻恵三はどこまで「緊張」を絵画化させようとするのだろう?
 「いや、画家は『緊張』を画いてはいないよ。結果的に緊張的な絵になっているだけだよ」と反論するかもしれない。
 だが、黒が好きで、黒を選択した以上、「黒という色」が画く者に、見る者に緊張を強いる。それは画家の本意ではなかったかもしれない。深みや広がりとしての黒に惹かれての「黒の選択」だったかもしれない。だが、色を飲み込み排除する黒は存在が強すぎる。「黒」には意味が沢山詰まっている。

 僕には今展の画家が「緊張」、「深み」、「広がり」の三者の中で立ち止まっているように見える。それはひとえに「黒の緊張」をどう処理するか、画家自身の悩みだろう。

 
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     ↑:左から、「男と女と林檎」、「「月人(つきびと)」。

 シルエットの人物は丸みを帯びて、やや戯画的だ。人間味があり、西辻風ピエロあるいはドン・キ・ホーテのようだ。
 暗闇を自由に徘徊し、黒を肯定的で明るい世界にしたいのだろう。体の細い線で指揮棒のようにして音楽を奏でたいのかもしれない。
 左の絵、「りんご」が左に画かれている。ここに絵としての工夫が必要なのだろう。それが「りんご」というところが僕の美意識・絵画哲学と違うところだ。


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     ↑:「月人(つきびと)」。

 僕はこの絵が一番好きだ。
 人物は明瞭だ。何やら考え事をしている。横になっているだけかもしれない。いつしか背景の黒に地層のように閉じ込められそうだ。閉じ込められても、そのまま横になっている。

 西辻恵三、正直な画家だと思う。このシルエットはかなり画家自身を投影している。今後の絵の方向を思案しているようだ。
 それに、全体の横広がりさ。広さや大きさを求めたい画家の絵心を反映させている。黒に過度の緊張を求めず、小道具も画かず、思案する茫洋さだけを表現している。
 左右に2割拡がった大作を見たいものだ。ただ広がりがあるだけ。その広がりをどこまで徹せられるか?「緊張」から解きほぐされた一つの方向。しかし、新たに徹することの悩みが生まれるかもしれない。

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     ↑:「月人(つきびと)」。

 太く飛び出た絵だ。大きな目に見える。
 僕には左下の笛吹くシルエットはいらない。画家は絵に音楽も見ている。僕はこの絵に吸い込められる膨らみを見ている。その違いだろう。


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     ↑:「マリオネットのように」。

 「三岸好太郎を慕いて」だ。美術的には「三岸へのオマージュ」と言った方が響きがいい。三岸好太郎の「マリオネット」の本歌取りです。
 こういう絵を見るのは大好きだ。作家の好みを無言で語っている。絵との語らいが広がって楽しいものだ。

 
 

by sakaidoori | 2009-09-11 11:35 |    (時計台)


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