栄通記

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2009年 08月 14日

1069) 時計台 「阿地信美智・展  阿地的空間処理(再考)」 8月10日(月)~8月15日(土)

○ 阿地信美智・展)
    阿地的空間処理 (再考)


 会場:札幌時計台ギャラリー・3階G室
    中央区北1西3・札幌時計台文化会館
    (東西に走る中通りの北側のビル)
    電話(011)241ー1831

 会期:2009年8月10日(月)~8月15日(土)
 時間:10:00~18:00 
     (最終日は、~15:30まで)

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 今展は作品そのものをあれこれと細かく語っても仕方がないところがあります。作品を包む環境との語らい、作家が作品という形と空間を、どうつなごうとしているのか、どう空間を切り取りたいのかを、作品を見ながら触れながら感じることが本旨だと思う。それは、見る人自身も自己を取り巻く空間を、省みるようにと優しく強制しているのです。

 「私は自分にとって最も好ましい『阿智的空間』を追求している。だが待てよ。『最も好ましい』とはどういうことだ?少なくとも、空間は何かが置かれることによって、その姿をはっきりさせる。物が空間にとって服のようなものだ。私は骨組みを強調した物を置いてみたい。何でもいいのだが、そういう物が私は好きなのだ。いつものように私好みの色を付けよう。何の意味もないようなものがいい。そういう選ばれた物が「作品」と名付けれるものなのだ。まず、置こう。・・・。おおーっ、隙間から作品の骨組みが見える。空気が切られているのが見える。空気が出入しているのが見える。骨組みが何かを言おうとしている。・・・」

 僕は僕の気持ちを作家の気分に置き換えて文章にした。冗談としての言葉ではない。
 僕らは色については多くの言葉を持っている。だが、空気や空間、環境そのものを語る言葉は、残念ながら多くを持ってはいない。何故か?空間それ自体に意味や美が詰まっていることを発見して、200年とたってはいないのだ。芸術家が何も無い空間に「何か」に気付いた。時を同じくして科学者が何も無いと思われた空間に物理的な存在に気付いた。かなり遅れて文学者が言語として、目に見えない事柄と人との関係を語り始めた。
 現代では言葉は実体を語る道具として横行している。非実体的な現象を語る回路を閉ざしてしまった。そして、僕自身は「空間」を語れない自分に戸惑いを覚える。

 空気をどう語るか?その前に空気とは何か?阿地信美智は「空気・空間」を美のテーマにどっかりと絞って、限り無く個人的なアプローチで視覚化しようとしている。少年時代の心で空間を見ようとしている。少年でない作家は大人の遊び心を味付けにしている。
 作家は具象的な回路を極力無視して、「空間」それ自体を問い始めた。僕はその前に立って、僕自身の言葉を追求せねばならない。

by sakaidoori | 2009-08-14 22:25 |    (時計台) | Trackback | Comments(0)
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