栄通記

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2009年 03月 03日

930) 芸森 「『学芸員によるこの一点、丸山 隆・≪不可視コード≫』 他」 1月31日(土)~3月29日(日)

○ 学芸員によるこの一点
   丸山 隆、≪不可視コード≫・1996年 耐水合板 エポキシ樹脂 アクリル塗料。

 会場:札幌芸術の森美術館・入り口近くの講堂
    札幌市南区芸術の森2丁目75番地
    電話(011)591-0090
 会期:2009年1月31日(土)~3月29日(日)
 休み:基本的に定休日は月曜日 
 時間:9:45~17:00

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー(3・3)

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  1954年 長野県穂高に生まれる
         東京芸術大学大学院美術研究科彫刻専攻修士課程修了
           同校講師
  1985年 北海道教育大学札幌分校赴任。(31歳。)
    〃   道展初出品、協会賞受賞、会友推挙
  1987年 道展会員
  2002年8月30日 腎臓ガンにより逝去。享年49歳(満47歳)。
  2004年10月    当館にて回顧展開催


 展覧会会場の入り口付近に小部屋がある。あまり使わないのはもったいとの配慮だと思う、収蔵品をいろいろ工夫して展示している。

 今回は「学芸員が選んだこの1点」という主旨で、亡くなられた立体造形作家・丸山隆の作品の展示だ。こういう主旨での展示は初めてだと思う。作品は写真を見てのとおり対作品の1点だけだが、関係者の力の入れようを感じる。良い試みだと思う。現在開かれている展覧会が「見えるもの⇔見えないもの」と云うことでの選択だろう。できれば選定学芸員の明記があれば最高だった。「オレが選んだんだ!」という姿勢が欲しかった。

 作家が42歳の頃の作品。合板使用だから素材自体には深みが無い。アクリルで赤と黒に塗り分け、赤は開こうとしているみたい、黒は閉じようとしているみたい。失礼だが、何の変哲も無い律儀な作品という印象だ。作家自身が幾何学的形態とゲシュタルト的人間認知能力の関係を自身の空間感覚で再確認しているようだ。
 「赤い真四角な箱が開くとはどういうことか?黒い真四角な箱が閉まるとはどういうことか?しかもそれらは同時に進行しなければならない。それを見るオレ(丸山隆)の空間という磁場感覚は共鳴するのか?オレが作るのだからオレが感じないことは無いのだが、本当に感応するのか?」
 作家自身が制作中にこの箱に入ったり出たりして制作したのではなかろうか。

 50歳に満たないで逝去された。画歴を見てもわかるように、北海道には縁もゆかりも無い人だった。たったの2年で公募展会員になるのだから、若き彫刻家として中央で期待されていた人だろう、それをそのまま信じての会員だろう。
 具象におもねらず、形とその量感・空間関係を真一文字に推し進めようとする姿勢がうかがわれる。

 回顧展は見た。これからの人だと思った。
 最近、氏に学んだ学生が晩年の凄みを語っていた。早くに死を意識されていたそうだ。作品にはそういう翳りは無かった。「可能性を追求したい」という、若き意欲を感じた回顧展と記憶している。

 

by sakaidoori | 2009-03-03 22:33 | ☆芸術の森美術館


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