栄通記

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2017年 01月 19日

2545)アバウトの写真・34回目 「篠原奈那子(藤女子大学2年) 『若さ』」某会館 2016年1月7日入手

篠原奈那子(藤女子大学2年) 『若さ』



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   ↑:約18㎝×13㎝。


 2016年1月7日に篠原奈那子(当時 藤女子大学写真部2年)さんから頂いたスナップ写真。

 篠原奈那子さん、昨年2016年1月28日からの群青(ぐんせい)「対展 Ⅰ」に参加した。

 その前年12月中旬、資料館でのドローイングマン・ライブ時に初めて出会った。素直な笑顔が印象的で、小柄で着ぶくれした可愛い高校生という感じだった。

 その後、対展の説明をするために彼女の住んでいる会館に出かけた。
 彼女の作風を知らないので、スナップなどを用意するように頼んだ。
 とりたてて凄いというものは無かった。

 気になったのが今回の写真だ。 
 腕を差し出した姿にメイプルソープのセルフポートレートを思い出した。
 
 「篠原・腕作品」、おそらく習作だろう。ただ単に腕を撮ってみたかったのだろう。身近な知り合い、写真部の仲間かもしれない、「ちょっと、手伝って!腕を撮りたいから、その白壁の前に立って。手を開いて腕を横に伸ばして~。撮るわよ~」、そんな感じの作品だ。

 メイプルソープのセルフポートレート・・・朝目覚めた、オレは生きている、その喜び生きている証を自分自身が見たい、できれば皆も見て欲しい・・・というものだ。死相漂ったその表情。しかし、無邪気な笑顔、裸の上半身をこちらに向け、左腕を横に伸ばし、体はやや左に傾けて揺れている。
 裸なのは誰かと寝ていたしぐなるか?彼はホモだから女ではないだろう。だが寝た相手が男だとか女だとかは関係ない。死を悟った男の目覚めの喜び!しかも誰かと抱擁した後の・・・。

 篠原写真にはそんな印象的なところは微塵もない。有るわけはない!二十歳の女性、見るもの聞くもの触るものがあたりまえのようにそこにあり、普通に日常を送っているのだから。

 不思議なものだ。壁に貼って毎日それとは無しに眺める。始めは手のひらや腕に注意していた。「もっと女性らしさがあれば・・」と、普通に素通りしていた。そのうちに白いブラウスと腕の境界付近が目につくようになった。
 「女の子なんだな・・・あ~、若いな~」、そうか、「若さ」か。飽きもせず眺めることができたのは!
 惚れ惚れする良い写真ではない。注目すべき1枚ではない。動きもなく、普段着のままで少女が腕を横に伸ばしている。ただそれだけだ。ただそれだけだからこそ、「若さ」のみが伝わってくる。

by sakaidoori | 2017-01-19 17:38 | ★アバウトの写真について | Comments(0)
2017年 01月 18日

2542)「丸島均と100枚のスナップ写真を見る会 ~篠原奈那子 の場合」かでる2・7 終了/7月9日(土)14:00~



丸島均と100枚のスナップ写真を見る会

2016年期 第4回


篠原奈那子 の場合



場所:「かでる2・7」 8階 北海道市民促進活動センター
  北2条西7丁目(西南角地)
日時:2016年7月9日(土)
   14:00~

ーーーーーーーーーーーーー(7.9)



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 「スナップを見る会」は、基本はチカホの白いテーブル開催です。
 この日は、「見る会」終了後に群青展会合を予定。会議の前のスナップ漫談の時間です。

 本日の主役は、前回同様に藤女子大学写真部3年生の篠原奈那子さん。部長を務めています。秋の小樽鉄路展でも代表と聞いています。群青でも何やかにやと応援してもらっています。頑張る女子大生!充実の学園生活でしょう。


 さて、藤女子大と言えばモノクロです。篠原奈那子さんはその代表者でしょう。前回の平間理彩さんも代表格です。先輩にあたるから大御所的です。しかし、平間さんはフィルムを絶対視していない。かたや篠原さんはフィルム・オンリーみたいです。この日の持参写真がそれを物語っている。
 ということは、「パチッ」とシャッターを押す機会の少ない人かもしれない。数少ない写真を「ジトッ」と眺め魅入っているのでしょう。暗室での時の流れに身を置くのを至上の喜びとしているかもしれません。

 ところで、スナップを見る立場だと、今回の持参品はサイズが大きくて素通りして見るには不便です。そして、他の人のスナップは、作品化を考えないで、自分の気の向くままに撮ったものがほとんどです。見る方は気楽な感じで、大量のスナップで、撮影者の立つ位置・姿勢・眼差しを想像することができる。流れる雲を見るようにスナップを流し見することによって。
 その点、この日の見る会は趣が違っている。幸い、会議室だったのでテーブルに写真を並べてその全容をまばたきで見ることができた。見るには便利だったが、手に取る感触、持って見る親近感はいつも見ているスナップ写真を見る会には及ばなかった。


 さー、皆が選んだ組み合わせです。






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 選ばれたポートレイト。表情いろいろで、女もいろいろ・・・いろいろなのが女性なのかもしれない。



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 これを選んだ方はよくわかる。佐々木練君でしょう。




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 キリリと引き締まった組み合わせだ。不思議なものだ。こんな風な組み合わせが見えるとは!感心の一語に尽きる。



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 これも好組み合わせだ。ポートレートが抜群の効果を発揮している。この人物がなければ、渋い心象風景だけとして枠にはめそう。空間の中に、人の生きてきた時間軸が生まれたみたい。



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 続きに続く好組み合わせシリーズだ。鏡や花は間違いなく主役だ。が、全体の中で生きている。3枚あることによって、全体の膨らみや奥域が生まれたみたいだ。




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 これは間違いなく僕が選んだものでしょう。対作品として。タイトルは「冷や汗」。




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 これも僕が選んだのかな~?覚えていません。タイルは、「穴」。
 しかし、他の方の選定の方が余裕を感じる。僕の選び方は無手勝流か、キリキリ選定かどちらかみたい。

 篠原さんは「目」が好きみたい。



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 さらに1枚加わった!誰かが足したのだろう。こちらの方がおもしろそうだ。



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 この組み合わせ!篠原奈那子嬢も「参った!」とつぶやいたことだろう。




 思うに、今回の写真は多くが作品になったか、作品候補だったと思う。
 失礼だが、参加者の選定・シリーズの方が、撮影者本人が選んだ出品作群よりも面白く思えた。素材が白黒ということで、虚構を演じることができたのだろう。写真の一つ一つが普通のスナップよりも完成度が高いから、色んな組み合わせに対応できたのだろう。それに、選ぶ方はかなり自由に操作した。
 その点、篠原奈那子さんは世界を狭く置き換えて選び抜こうとしている。余計な要素を排除している。この余計な世界にめくばせできるようなったら良い個展ができると思った。




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by sakaidoori | 2017-01-18 12:00 | 100枚のスナップ | Comments(0)
2017年 01月 17日

2539)「群青展座談会告知~僕はなぜ写真を撮るか?見せるか?・・・」アートスペース201 1月26日 18時~

群青(ぐんせい) 
   オープニング・トーク



出品者による写真を語る集い
 〜僕はなぜ写真を撮るか?見せるか?見せたいか?〜


 司会:丸島均
 座談:長内正志(札大4年) 
    篠原奈那子(藤女子大3年) 
    岩田美津希(北海学園Ⅰ部4年)
    野呂田晋 神成邦夫 吉田切羽

 1月26日(木) 18:00〜20:00 6階C室

 会場:アートスペース201 6階C室   
      中央区南2条西1丁目7
       山口中央ビル  
      (東西に走る道路の南側。)
     電話(011)251-1418
 会期:2017年1月26日       
 時間:18:00~20:00

※ 展覧会の会期
【前期】2017年1月26日(木)〜1月31日(火) 10:00〜19:00

【後期】2017年2月2日(木)〜2月7日(火) 10:00〜19:00
 (各会期最終日は、〜18:00まで)

※ 会場は上記のアートスペース201 5階6階

ーーーーーーーーーーーーー()


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 展覧会初日に、群青参加者による座談会をします。
 テーマは、「僕はなぜ写真を撮るか?見せるか?見せたいか?」
 この場合の「僕」は若手を想定しています。ですから、ひな壇的場所には3人の学生諸君に座ってもらいます。

  長内正志(札大4年) 
  篠原奈那子(藤女子大3年) 
  岩田美津希(北海学園Ⅰ部4年)

 ミニ個展の中心3羽カラスです。気心も少しはあることでしょう。

 他の若手群青参加者が適時発言していくことでしょう。
 そして、年配者として野呂田晋、神成邦夫、吉田切羽の諸氏が司会者のサポート役です
 司会は私・丸島均。

 何かのテーマを語り合うという講演ではありません。極々身内の、写真に対する問題意識を公開で披露するというものです。

 基本は「写真行為をする自分とは何か?」です。若者たちの写真姿勢を会話を通して楽しむものです。

 ひな壇の3人は他者に対して主義主張をもって写真をしているのではないでしょう。個人的趣味、楽しみ、悩み・・・などなどで写真をしているのでしょう。それを聞いて何の役に立つのか?と思っておられる方は来なくて結構です。覗き見趣味でもかまわない、青年たちの気分・感覚・姿勢に関心のある方はご来場下さい。

 もっとも、若者が熱弁を振るって自己の思いを語るとは思われない。内なる問題意識を、丸島に乞われて、しかたなく披露するのです。たどたどしいものになるでしょう。私がうまく引きだせれればいいのですが、私自身がまれに見る自己中的人間です。他者の気持ちを引き出せるとは思えない。

 演壇者も語りがおぼつかない、司会者も怪しげだ・・・それで座談はうまくいくの?まっとうな疑問です。上手くいかなくても構わない。ケセラセラで進めていきたいと思います。

 群青展参加者も語ることでしょう。質疑応答もあるでしょう。突飛な展開になるのも良いが、あまり期待しないで下さい。
 2時間、群青劇場の幕開けです。

by sakaidoori | 2017-01-17 07:00 | アートスペース201 | Comments(0)
2017年 01月 15日

2536)「会議室で旧作による半日の写真・ミニ個展&批評会 篠原奈那子(藤女子大3年」市民活動S 終了/12月4日

会議室で旧作による
 半日の写真・ミニ個展&批評会


◯第2回 篠原奈那子(藤女子大3年) の場合            

 会場:かでる2・7(8階) 北海道市民活動促進センター
     札幌市北2条西7丁目

 会期:2016年12月4日(日)
 時間:13:30~17:45
    
◯第1回 長内正志(札幌大学4年) の場合 (11月20日)
◯第3回 岩田美津希(北海学園大学Ⅰ部4年) の場合 (12月18日)

協力:群青展(代表 丸島均)
    
ーーーーーーーーーーーーーー(12.4)


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一番左側は前回紹介した長内正志君。
その隣の女性が今展の主役・篠原奈那子さん。
その隣の女性は藤女子大関係者。
その隣の男性は・・・。この日は隣のおじさんという感じでナナちゃんを見守っていた。お顔に似合わずやさしい方だ。



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 長内、篠原、岩田と2週間おきの個展だ。一つ一つは小さくキラリと輝き、青年たちに間違いなく「何か」を残したことだろう。その三つが重なり合って、一回り大きな青年劇に成長した。それを作ったのは彼等主役ではなく、訪問客たちだ。思わぬ人の入りだった。しかも、彼等は帰ることを忘れたのかしら・・・飽きることなくそこにいた。

 長内正志の場合は準備不足もあり、そこそこの入りだった。というか、僕はほとんど訪問客を期待していなかった!こんな場所に誰が来るのだろう?だから僕は最後まで居ると宣言した。誰も見なくてもいい!オレが見る!

 まずまずの成功裏に長内展は終わった。

 篠原展、群青フライヤーを関係者に渡す手配だ。その目論見も上手くいき、そこそこ以上の訪問客!しかも帰らない!狭い会場がむさ苦しい!
 藤女子大学関係者もかなり来てくれた。札大の長内君は、自分の大学との違いを嘆いていた。「良いな~、良いな~、藤はいいな~・・・」。まさしく、「藤の高嶺に、降る雪降る雪麗しく、見目麗しき乙女かな」と心で謳っていたことだろう。


 以下、作品を載せます。全部ではありません。半分?三分の二?


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 大きめの作品がびっしり引っ付いている。黒が眩しい。しかもこの黒、バライタという面倒な仕上げで、普通のフィルム仕上げよりも黒の色調が深い。撮影者は職人気質か?何かを撮る、というよりも黒を引き出すことに最大の魅力を感じているようだ。だから、見る人は作品の一つ一つを吟味して作品の魅力を語るより、会場に黒が踊っていることに魅了される。
 しかも、この三年間の作品をある程度はまとめて展示はしていても、どうしても全体のランダム感は拭えない。しかし、ランダムだからこそ、1年時から3年時までの黒表現の上達具合がファージーに配置されて黒が多方面に踊るという効果をもたらせた。おそらく、広くて綺麗な白壁に、時間をかけて作者好みで配列したら、一本調子で間延びしたものになるだろう。

 見る人は会場の黒世界と、とりとめのない被写体に篠原奈那子の可能性を感じたかもしれない。
 果たしてそうだろうか?黒の技術表現に、黒という装置に騙されているのかもしれない?

 ピン作として、飛び抜けて目を惹く作品がある。祖父の顔・目を撮ったものだ。歳をとった人間の表情の深みを黒がしっかり支え、老人の過ぎ越し人生の深みを表現している。人間リアリズム、社会派リアリズムそのものだ。しかし、他の人間を撮った作品の多くはセンチメンタルで弱々しい。祖父の作品は間違いなく例外だ。が、撮り手は例外という意識は無いだろう。おそらく、安心して接写し、被写体と黒表現があまりにマッチングが良かったからだろう。

 廃墟を撮った作品にも良いのがある。この場合も被写体に安心して迫り、いろいろ工夫して撮り、結果、黒が良き効果を発揮したのだろう。

 僕は黒表現のより未熟な淡い色調に、若さという魅力を感じる。素直で穏やかで瑞々しい!若さだ。あ~、若いな~!若いって良いな~!
 撮影者は心の淡いモヤモヤを作品化したいみたいだ。が、そのモヤモヤそのものに若さを感じる。

 会場をびっしり覆う黒の色調!倦まずたゆまず励んだ成果だ。素晴らしいと思う。
 しかし、やりたいことと、出てくる黒の魅力にギャップを感じる。
 黒は男が作った美学だ。そこに憧れがあるのだろ。憧れを越えて、「女にとっての黒」を見たいものだ。



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 当日頂いた作品。一番のお気に入り。

 帰路の後ろ姿。帰るところがある安堵感。黒がやさしく女性を包み、黒が若い生命力となって女性から発散している。
 女性自身が一日の最後の自転車旅行を楽しもうとしている。帰るところを明日を信じている。

by sakaidoori | 2017-01-15 22:29 | 北海道市民活動センター | Comments(0)