栄通記

sakaidoori.exblog.jp
ブログトップ | ログイン

タグ:竹中春菜 ( 2 ) タグの人気記事


2015年 02月 21日

2465)「竹中春菜 橋本つぐみ(藤女子大写真部4年)二人展 reply」ニュー・スター 2月17 日(火)~3月2日(月)





竹中春菜 橋本つぐみ 二人展 
reply

 
(藤女子大学写真部4年)


 会場:ギャラリー ニュー・スター
      中央区南3条西7丁目・KAKU1階
       (西向き一方通行の道路の北側。
       美容室kamiyaの隣。)
 電話:
 期間:2015年2月17 日(火)~3月2日(月)
 休み:火曜日(定休日)
 時間:11:00~20:00
      (日曜日は~ 17:00まで)

ーーーーーーーーーーーーー(2.20)



f0126829_10521360.jpg



f0126829_10534029.jpg



f0126829_10525197.jpg




 ビシッと決めたモノクロ・ワールドだ。

 橋本つぐみはやや淡い色調で心象気分。
 竹中春菜は黒の強さに変化をつけ、被写体そのものと向き合う姿勢。
 狭いギャラリーは二人の巣箱のようだ。ヒバリさえずる生娘(きむすめ)2人展だ。


 昨日拝見。それにしても良い天気だった。天気に誘われてか、3人の塊ができた。見知らぬ女性は気分は上々で目が笑っている。無言では立ち去りがたい雰囲気、何となく二言三言の立ち話。2月というのに春気分の陽気は他人同士を引きつける。
 もう一人の男性は顔見知りの写真家。始まったばかりというのに2度目の訪問という。これまた良い感じで立ち話だ。


 (以下、敬称は省略させていただきます。)



 左側の橋本つぐみから載せます。



f0126829_14265628.jpg




f0126829_1428476.jpg

f0126829_14281539.jpg





f0126829_14284844.jpg




f0126829_14292382.jpg


f0126829_14293452.jpg





f0126829_14302174.jpg






f0126829_14312274.jpg





f0126829_14305282.jpg




f0126829_18191549.jpg






 橋本つぐみは高校時代から写真発表をしていた。僕はその頃を全然知らない。彼女を知る人たちは大いなる期待で見守っていたはずだ。

 結果は・・・、僕は伸び悩みだったと思っている。
 大学入学時のお祝い桜写真も見た。同性愛者達の街中行進も撮っていた。「女」あるいは「女の子」の性にも取り組んでいた。藤女子大特有のモノクロで「風景」にもチャレンジしていた。
 圧巻は、今回の相方・竹中春菜がモデルだ。昭和ロマン的な「女の子」の標本世界でゾクゾクとした。抜群に良かった。橋本のテーマの一つ「女、女の子、性」にも適っていて、その自作の期待を高めた。

 しかし、ここからがいけなかった。相棒・竹中春菜への全面的な信頼は、他の被写体を強く見つめるキッカケにはなれなかった。

 もしかしたら橋本つぐみはセンチメンタルでロマンティックな女の子なのかもしれない。「何かを強く撮らないといけない」という自意識と、「自分の気持ちを吐き出したい」という感情が上手く重なっていないのかもしれない。

 今展、素直な作品だと思う。優しさもあり、男の撮るモノクロとちょっぴり違う感じだ。でも、結局は意図的に求めていたこととは随分違う位置にいる。自分に正直になたのだろう。回り道、試行錯誤の「卒業」という儀式だ。
 卒業後もモノクロに拘るのか?原点のカラーに戻ってより楽しく写真をするのか?な~に、焦ることはない。気長に続けて、大学時代とは違った橋本を見せたらいい。




 次は竹中春菜です。




f0126829_17384253.jpg




f0126829_17393335.jpg



 おーっ、森山大道顔負けの迫力だ。いきなりのハード・パンチだ。




f0126829_17461255.jpg




 この花は撮影者自身だ。

 竹中春菜は野に咲く花を愛する。綺麗とか可憐ではなく、強くしっかりそこにある、という姿を愛する。だから、単作で勝負するタイプだ。その一作の中に自分自身を含めた全部を表現する。そういう意味でのモノクロ派だ。ありのままの美ではなく、誇張を含めてあるべき姿としての美を探求している。理想や願望を強く自覚している。



f0126829_17414097.jpg


f0126829_17415059.jpg






f0126829_17454915.jpg



 まるで中国の「集合住宅のある風景」みたいだ。どこか場末がかって現代との断絶を感じる。それは「昔々~」とか、「トンネルを抜けると・・」で始まる物語の手法で、見る者を別次元に誘う。

 僕は先ほど、「竹中春菜は単作作家」だといった。今まではそうだった。ここにきて、彼女の中の物語が蠢き始めた感じだ。きっと今までは「自分らしくある」という写真に拘っていたのだろう。写真による存在証明だ。その段階は終わった。まさしく「卒業」した。今展は「物語の始まり、予告編」だ。展示作品の黒の色使いはかなりバラバラだ。意図したものではないだろう。あれもしたい、これもしたいという気持の表れだ。

 きっと、地道に写真努力をしたのだろう。気持ちの上では焦っていても、一歩一歩着実に技術と感性を磨いたのだろう。



f0126829_1813522.jpg



f0126829_18135160.jpg





f0126829_18143698.jpg




f0126829_18145049.jpg







  ------------

 以下、雑談。藤女子大とモノクロ雑考。



 藤女子大学写真部4年の竹中春菜と橋本つぐみの二人展。いわゆる卒業記念展だ。

 ここの写真部はモノトーンで有名だ。だからだから今展もモノトーンだ。

 不思議なものだ。他大学写真部も暗室の備えはあるのだが、今や発表はカラーが主流と言ってもいい。そして被写体は極々普通の身辺事情ばかりだ。
 その中で、女子大学なのに孤軍奮闘でモノクロ主体でやっている。さぞや男勝りの勝ち気な女性と思いきや、いたって普通ムードで可愛い女子学生ばかりだ。しかも小柄だ。暗室の中でジトーっと時間をかけて写真に向き合う。「良い黒よ黒よ、出てこい!」、「あ~、この淡い灰色が良いんだよな~」と自問自答しながら悪戦苦闘しているだろう。間違いなくそれは良いことだ。

 写真行為をすること、写真を知るには暗室体験は最高だ。悪いわけはない。ところがどうしたことか、この女子大学の卒業生達、卒業後の発表をあまり聞かない。

 何故か?僕は根ながら考えた。

 結論その一。
 モノクロからカラーへの意向に失敗したのだろう。変にモノクロに拘りすぎたのだ。
 卒業後に暗室制作を続けるのは至難だ。それに、これはどんな写真家にもいえるのだが、デジカメで膨大な写真を撮っている。至って普通の女の子がモノクロを続けるのには無理がある。

 結論その弐。
 モノクロは男の美学だと思っている。そこにはウソがある。いや、ウソばかりだ。だからカッコイイ。ウソの中で勝手に空想、妄想に浸ることができる。壮大なロマンに酔うことができる。
 だいたい、現在の美術は西洋価値観を前提にしている。その西洋美学&美学史は男の価値観の結晶だ。
 そのモノクロを普通の女の子が継続するには無理がある。

 結論その参。
 被写体としてはモノクロは何でも料理しやすい。料理とはまさに加工で、撮影者の美学に高めることだ。多重露光でとんでもない加工をしても、黒の美学を重んじるモノクロはあまり異様とは思わない。むしろ、「虚から実」というサインになる。
 その点、カラーは等身大を前提にしている。もちろんいかようにも加工できるのだが、加工それ自体が「実から虚」というサインになる。
 空想よりも生身の実感を愛する女性軍は、鑑賞はともかくとして、なかなか無意識的かつ自覚的に「虚」を前提にはしにくいのでは。

by sakaidoori | 2015-02-21 18:21 |    (ニュー・スター) | Comments(0)
2013年 12月 03日

2319)「『霜月展』 竹中春菜 橋本つぐみ (藤女子大写真部)」 アイボリー 終了・11月26日(火)~12月1日(日)

      


霜月展  竹中春菜 橋本つぐみ 


藤女子写真部所属 モノクロ手焼き写真展示  
   

   
    
    
 会場:ほくせんギャラリー ivory(アイボリー)
      中央区南2条西2丁目 
      NC・HOKUSENブロックビル4階
      (北西角地、北&西に入り口あり)
     電話(011)251-5130 

 会期:2013年11月26日(火)~12月1日(日)   
 休み:
 時間:11:00~19:00 
     (初日は、15:00~。最終日は、~17:00まで。)


ーーーーーーーーーーーーーーーーー(12.1)


 藤女子大学写真部3年生の2人展。


 (以下、敬称は省略させていただきます。)



f0126829_15162258.jpg




f0126829_15163617.jpg



 何という作品量!!しかもしっかりした大きさだ。
 ビックリした。嬉しくって仕方がなかった。

 今展は2人展。それぞれを見せるシーンもあれば、二人のまぜこぜ展示もあり。そして作風や白黒加減に極端な違いがないから、両者を一瞬で識別することは難しい。融合展という意図的試みでもなさそうだ。課題として指摘しておこう。
 写真技術や表現力のレベルが近い結果か。感覚を微妙に異にしながらも同じ路線を歩んでいるということか。

 ただ、被写体との関係で会場全体が入れ子状態になっている。それも、意図したものではないのだが、悩ましくもあり関心を惹く。というのは、竹中春菜は橋本つぐみのモデルでもある。橋本つぐみ作品の女性は同じモデルだから統一感がある。その統一感と当日会場でお喋りした竹中春菜の実像が虚像と重なり、何とも言えない統一感、不思議感が会場で生まれていた。


 
 
 始めは入口付近の自己紹介的コーナーです。藤女子大学写真部での発表作品を連続的に並べて自己紹介している。全体のイントロです。


 



f0126829_169959.jpg




 上段の青テープが竹中春菜
 下段の桃テープが橋本つぐみ。  



f0126829_1616151.jpg
   ↑:竹中春菜



f0126829_16174938.jpg
   ↑:竹中春菜



 竹中春菜、トイ・カメラで楽しんでいたが昨年入部してからの本格的写真活動だ。
 写真作品の女性、おかっぱヘアーに黒衣装、ロングスカートに重めの靴、顔無しワールドで微妙なムードを発散させている。モデルを撮っているのだがほとんど自画像気分だ。というのも、本人の会場スタイルを見ればすぐわかる。おかっぱスタイルで全く同じムードだ。

 そういう彼女を橋本つぐみはモデルにしている。その気持ちはよくわかる。個性的なムードを持っている。真っ直ぐ立っていてもちょっとゆがんでいる感じ。どこか遅れ気味の時間を発していて、メロディーは短調傾向。暗い人ではないが、井戸から這い上がるような暗めに撮りたくなる。橋本つぐみの問題意識、「女」、「女の子」、「女という性」、を煮詰めさせる存在だ。





f0126829_16353080.jpg
   ↑:橋本つぐみ



f0126829_16362345.jpg
f0126829_16363682.jpg
   ↑:橋本つぐみ



 女が撮る「女の思春期」だ。閉じこもりたい、顔を見せたくない、永久に一所に・・でも、生きているというムードだけはしっかり発したい・・・そんなグチグチした悶々の世界だ。
 若き男にも思春期はあり性の悩みはある。その悩みの対象は女だ。ところが橋本つぐみの悩みには「男という性」の影は薄い。間違いなく性的悩みを抱いてはいるだろうが、写真テーマからは除外される。「男」は追求する世界ではないのだろう。




 イントロが長くなった。これからが本番だ。
 次の塊は後にして、個展コーナーを載せます。



f0126829_16535019.jpg
   ↑:竹中春菜



f0126829_1905432.jpg
   ↑:竹中春菜、「あの夏のこと」。





f0126829_2114260.jpg
   ↑:竹中春菜、「夜の散歩」。





f0126829_2133871.jpg
   ↑:竹中春菜、「迷い子」。




f0126829_2155056.jpg
   ↑:竹中春菜、「水際」。







f0126829_219527.jpg
   ↑:橋本つぐみ




f0126829_2116417.jpg
   ↑:橋本つぐみ。左から、「Fashion magazine」、(次の3点)「time」、「I do it」。



f0126829_21204165.jpg
   ↑:橋本つぐみ、「忘却してゆくこと」。




f0126829_2122128.jpg
   ↑:橋本つぐみ、「乱雑なあえか」。




 ロマンス・ストーリーだ。基本に「ロンリー」というのがあって、空気や周囲を取り込んでの心象世界だ。こういう物語性の好き嫌いは別にして、少し一本調子な感じだ。彼女への期待度が大きい分、物足りなさも感じる。焼き具合というのか、色の深み浅み、クリアーさやボケ具合とか、いろいろな綾を駆使しての心象世界を見たい。・・・好みとしては、もっと自己耽溺に陥ればと思う。耽溺する強さがあればと思う。この中に恐いほどの美しい写真があれば、あるいは淡くともレスビアンを強く感じるものがあればもっと感情移入できたと思う。やはり表情が欲しい。顔に迫る訓練も大事ではなかろうか。
 少女から大人への踊り場、そういう過渡期をもっと楽しませて欲しい。
 そうこうしている間に「大人の性」が入ってくるかもしれない。期待しよう。






f0126829_2138381.jpg



 これは完全な融合展だ。識別しようとすれば大変だが、それなりに全体として楽しめる。モデルのいる作品が橋本つぐみ、作品に余計なミミや枠を感じるのが竹下春菜だ。「橋本物語」に、付かず離れずに「竹中風景」が寄り添っている。




f0126829_21511510.jpg
   ↑:竹中春菜、「ロンリネス」。



 竹中春菜はトイ・カメラを楽しんだという。それだからか、頑張って撮る時は背景の模様というか、風景の凸凹とか、明暗とか、構造とかへの感知度が高い。そういう背景の中で被写体としての人物などが入るのだが、どうしても「入る」という感じで存在が軽い。上の作品は上手くいった。背景と人物が互角に戦い溶け合っている。

 被写体にもっと迫りつつ、そこに竹中背景が包み込むなりアンバランスな調和世界を作る、そして個性的な世界を築いていく、そんなことを思った。いずれにせよ楽しい闘いは始まったばかりだ。その遊び心と一点を見つめる真剣さに期待しよう。






f0126829_21463048.jpg





f0126829_22101535.jpg





f0126829_2210328.jpg




f0126829_2217460.jpg
   ↑:橋本つぐみ、「neon」。


 今展で一番好きな作品でした。




f0126829_22202720.jpg
   ↑:橋本つぐみ、「無題」。



 今展で一番気になった作品でした。




f0126829_22214284.jpg
   ↑:竹中春菜、「春待ち-大通にて」。



 
 残したコーナーを載せます。



f0126829_16493396.jpg




 上下左右と、4つのテーマで構成されている。それぞれのテーマにそれぞれが展示していて、どれが誰だかは分かりにくい。目録があるのでそれで確認する。それもまた楽しだ。



f0126829_1652617.jpg





f0126829_22252230.jpg







f0126829_22255899.jpg
   ↑:竹中春菜




 もっと写真を載せて二人をあぶり出したいが、既に随分と載せてしまった。

 最後は、二人の笑顔で別れましょう。




f0126829_222626.jpg





 
  ~~~~~~~~~

 追記:

 僕は学生写真展にたいして、「大きく、沢山!」と言い続けている。まったくそういう写真展だった。僕の空念仏が彼女たちに届いたのだろうか?

 もちろん、「大きく沢山」出品すれば、技術不足、表現不足、展示方法の問題点など、数え上げたらキリがないほど未熟な面が露呈する。この2人展も、内容において他人をググッと引き込ませる魅力があるかと言えば疑問が山積みだ。それで良いのだ。たかだか二十歳前後で、一般人をうならせる写真展などムリなのだ。今のあらん限りの能力を吐き出せばいい。
 これだけしても展示を終えれば発表者自身が不満を抱くだろう。しかし、やりとげた満足感は残る。そもそも、いくら頑張っても「何の為の写真?」という自己問答の世界が解決されるわけではない。やらざるを得ない自分を発見するだけだ。

 今後、この二人が大きく大成するかはわからない。先のことは誰も分からない。問うべき問題ではない。今をしっかりやった人間は素晴らしいと思う。それは年齢の問題ではない。そして若人は密度の濃い時間の中にある。その濃さを発表という形に変えて欲しい。期待するところ大である。


 お二人へ。次回というか機会があれば小なりとも個展でしょう。やはり孤独を経験しないといけない。また会いましょう。
 

by sakaidoori | 2013-12-03 01:04 | 北専・アイボリー | Comments(0)