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2011年 05月 03日

1527) ②「500m美術館 '10」 地下鉄コンコース 終了・2010年11月1日(月)~12月12日(日)

  
  
○ 500m美術館 '10 

 会場:地下鉄東西線地下コンコース
      「大通駅」から「バスセンター前駅」間

 会期:2010年11月1日(月)~12月12日(日)
 時間:おそらく地下鉄が利用できる時間帯

 【参加作家】
 ・17人のメイン・アーティスト
   山本雄基 佐藤史恵 伊藤ひろみ 谷口明志 高橋俊司 安藤文絵 野又圭司 藤沢レオ 中橋修 大島慶太郎 河野健 小林麻美 國松希根太 織笠晃彦 風間真悟 森迫暁夫 佐藤隆之 

 ・500美術館通年化プレ企画
 ・札幌市立大学美術部・ノメノン
 ・若手アーティスト・200人展

 プロデューサー:端聡
 
ーーーーーーーーーーーーーーーー(12.7)

 (1526番①の続き。)

 簡単に雰囲気だけをを思ったのですが、写真を見ているといろんな事が思い出されて、一所懸命書いてしまった。このペースでもう少し続けていきます。


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          ↑:高橋俊司、「増殖をはじめる形」。

 ホチキスマン・高橋俊司。舞い降りる巨大な綿雪だ。この場所の雰囲気に意外にピッタシなのには驚いた。マンネリ的通勤道で、うつむき加減の目元を惹き寄せそう。



 選抜作家は与えられたホワイト・パネルを独り占めしている。
 以下、一枚の同じパネルで、温和しく同居している仲間達の紹介です。「若手アーティスト 市民200人展」の一コマです。まさしく通りすがりの作品達、愛をもって見つめてあげましょう。たとえ一つ一つが心に残らなくても、その場その時をなごませてくれたことでしょう。



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               ↑:kensyo

 左側の見方が展示スタイル。その逆転も載せてみた。

 女のエロティシズムを撮るケンショー。清楚なエロだ。
 彼は清楚と妖艶の間を往き来する。耽溺にはならない。プラトニックでもない。しかし、男から女への愛の眼差しには違いない。一つの理想美でもある。
 「生身のオンナ、汝はかくも麗しきかな?」


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          ↑:ウリュウ ユウキ

 何てことのない街の風景。つなぎ合わせのスナップ写真が時を止める。淡々と目の前を見つめる。何も考えない。僕の廻りで時は動き、時は止まる。その隙間を写真に残す。
 次は「ウリュウ ユウキ・500m写真展」だね。ナニ、無理だって!では「ウリュウユウキと仲間達・その50m写真展」だね。


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     ↑:安藤文絵、「Nocch'is 77 lines」。

 これは一般参加作品ではない。ましてや路上パフォーマンスの「皆なでお絵かき、皆なで落書き」ではない。美術家・安藤文絵の渾身の天地創造であり、死と再生と復活だ。
 なぜそんなことが分かるの?
 なぜなら、総合解説チラシに長い自己文章があり、そういう意味のことが書いてあるからだ。"This is modern ART"だ。

 「・・・。
 友人の一人に紙を託し、一ヶ月間線を引いてもらうことをお願いする。
 一枚の紙に一本の線、 形を描くのではなく、
 彼女の思いを込めて引く。
 77本の線が集まった。
 あなたはこの線から何を読み取るだろうか?」


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 作品は面白い。
 僕は線の自由さと背景の暗さが合わないと思った。背景色、強い思い込みを見る。おそらく復活という儀式の為の装飾なのだろう。旧約の天地創造に始まり、新約の黙示録で終わるドラマ。そこに現れる線という神の道標。いささか洋物過ぎる感じだ。というか今更古事記だの記紀神話を持ち出しても始まらない。装飾としてはいいがリアリティーがない。日本人には神話もドラマも希薄だ。ましてやキリスト教など、知識以上にはならない。もっとも、信じ合っている者同士の語らいならば意味が合うのだろ。
 神話や一神教薄き中での「日本現代美術」、それでも「今」という日本の時空しかない。それは直ぐにでも「今という袋小路」に入らざるを得ない。それでも、神話や信仰以外の道しかないだろう。


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          ↑:河野健


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 家族を見つめている。家族という神話を見つめている。

 本当のところ、家族を真剣に見つめるとおかしなことになる。だから、普通は見つめない。盲目的な完結した関係に思える。永久不変と思いこむ。それでいいのだ。だが、見つめざるを得ない時がある。それは家族の危機かもしれない。一人一人の危機かもしれない。
 河野・家族の淡い静けさ、画家は危機感はいかばかりか?



   (③に続く。)

by sakaidoori | 2011-05-03 13:35 | 公共空間・地下コンコース | Comments(3)
2009年 08月 15日

1070) 4会場 「plus1+柴橋伴夫・企画 ー空間の触知へ・連鎖の試み」 8月4日(火)~8月23日(日)

○ plus 1 + 柴橋伴夫・企画
   空間の触知へ ~連鎖の試み
     2009年8月4日(火)~8月23日(日)


 以下、3会場プラス1での企画展。


 ◎ 会場:TO OV cafe(ト・オン・カフエ)
    中央区南9西3-1-1・マジソンハイツ1F
    (地下鉄中島公園駅から東北に徒歩2分)
    電話(011)299ー6380

 会期:2009年8月4日(水)~8月16日(日)
 休み:会期中は無休
 時間:10:30~22:00
     (日曜 10:30~20:00)

 【参加作家】 千代明 秋山一郎 齋藤周

   ~~~~~~~~~~~~~~~~

 ◎ 会場:ギャラリー創(ソウ)
    中央区南9条西6丁目1-36・U-STAGE1F
    (地下鉄中島公園駅から西に徒歩5分。南9条通り沿いの南側。)
    ※駐車場は2台分完備
    電話(011)562ー7762

 会期:2009年8月12日(水)~8月17日(火)
 休み:火曜日(定休日)
 時間:10:00~19:00
     (最終日は、~17:00まで)

 【参加作家】 藤本和彦 澁谷俊彦

    ~~~~~~~~~~~~

 ◎ 会場:ギャラリー・エッセ
     北区北9条西3丁目9-1 
       ル・ノール北9条ビル1階
     (南北に走る片側2車線道路の東側。)
     電話(011)708-0606

 会期:2009年8月11日(火)~8月23日(日)
 時間:10:00~19:00
     (最終日は、17:00まで)

 【参加作家】 谷口明志 坂東宏哉 大島潤也 ダム・ダン・ライ

   ~~~~~~~~~~~~~~~

○ PLUS 1  Groove 2009
    
 会場:コンチネンタル・ギャラリー
    南1条西11 コンチネンタルビルB1F
    (西11丁目通の西側)
    電話(011)221-0488

 会期:2009年8月7日(金)~8月16日(日)
 時間:10:30~18:00

※ オープニング・パーティー ⇒ 初日、18:00~
※ ベトナム報告展      ⇒8月8日(土) 18:00 於・ト・オン・カフェ

 【参加作家】 千代明 齋藤周 藤本和彦 谷口明志 坂東宏哉 ダム・ダン・ライ 田畑拓哉・・・以上、7名。

ーーーーーーーーーーーーーー(8・12)

 8月12日、午後から全てを一気に見回った。
 創→ト・オン・カフェ→エッセ→コンチネンタルという順番。8人の大所帯のグループ展を最後に廻ったのが、結果としては良かった。プラス1全員の二つ目の作品群がここにそろっているから、他の会場の余韻のようにして親しむことができた。作家の思いが膨らんで見えた。

 一気に全部を載せれたらいいのですが能力的に無理です。終了間近の展覧会もあるので、とりあえず各会場の風景だけでも先に載せます。


○ ギャラリー・創

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 ↑:藤本和彦は立てられた白いイタドリ。澁谷俊彦は床の作品群。


○ ト・オン・カフェ

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 ↑:左側が千代明。右側が秋山一郎


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 ↑:喫茶室に展示されている齋藤周


○ ギャラリー・エッセ

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 ↑:黒いぶら下がっている作品と、奥のスクリューのような作品が大島潤也
 コンブのように伸びている作品が谷口明志


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 ↑:(外から窓越しの撮影。)
  右側に並んだり壁に展示されている小物がダム・ダン・ライ
  奥の弓状に反った作品が坂東宏哉


○ コンチネンタル・ギャラリー

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by sakaidoori | 2009-08-15 10:40 | ■ 複数会場 | Comments(0)
2009年 08月 03日

1051)①帯広市民ギャラリー 「『愛』をテーマのグループ展&米山将治展」 終了・7月9日(木)~7月14日(火)

○ 帯広圏現代アートパーティ企画展 4&5

 ◎ アートキャンプ・アートストーリー  愛
      表層の浮かぶ平原の杜

 【参加作家】
 池田緑 鈴木隆 橋本勇 伽井丹彌 熊澤桂子
 吉野隆幸 小林由佳 上山孝浩 梅田マサノリ

 
 会場:帯広市民ギャラリー A-1、A-2スペース 
    帯広市西2条南12丁目 帯広JR駅地下
    電話(0155)25-7250

 会期:2009年7月9日(木)~7月14日(火)
 時間:10:00~20:00
    (最終日は、~15:00まで)
 休み:水曜日(休廊日)

 主催:帯広圏現代アートパーティ

ーーーーーーーーーー()

 グループ展から載せます。


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 9名の帯広圏在住作家による美術展。いわゆる現代美術だ。

 9名の参加だが、展示スペースは恐ろしく不平等だ。この不平等さが実に良い。
 展示スペースで今展を別に名付けるならば、「鈴木隆とその仲間達展」と言いたくなる。

 会場はJR帯広駅の地下。テナント予定地が入居者不在により、市民ギャラリーとして出発したものだ。だから、美術家からすれば照明や間取りの問題でいろいろ不満な点もあるかと思う。だが、会場は広い。駅直結でこれほどの広さ、後は関係者がどれだけ自分のものにするかだろう。天井そのものは無茶苦茶低くはないのだが、間仕切りや柱の関係で低く感じるかもしれない。高さを求める時は外ですればいいのだろう。特徴を生かした作品が出来るかどうかにかかっているのだろう。

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     ↑:鈴木隆、「アブラムシ退治」。

 その広い会場を鈴木隆が思う存分に使っている。L型の通路のような残りのスペースを、他の作家がそれなりに巧みに見せる事になる。

 さて、鈴木作品は「アブラムシ退治」だ。何mあったかなー、天井から銀紙を床まで垂らして、かなり広い長方形の部屋を作り、中にミラーボールが点滅しているだけだ。「だから何だ!」、と聞かれると困っちゃうのだが、とにかくあっさり大きく無意味な存在が好ましかった。
 「無意味な存在」と言ったが、タイトルはついている。害虫であるアブラムシをこの装置で退治して、帯広の大地を実り豊にするのだ。ミラーボールは現代消費文明の象徴で、社会風刺なのかもしれない。だが、解釈すると何てつまらないのだろう。そうかもしれないが、違うかもしれない。
 作家は内なるエネルギーが溢れる時期なのだろう。


 以下、通路の順番で作品を載せます。

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     ↑:橋本勇(1970年 帯広生まれ)・「宇宙(そら)への道」。

 流木を使ったコンパクトな作品。鈴木隆が外に外にエネルギーが行こうとしているのに対して、非常に対照的な作品。内に内に綺麗にまとまろうとする感性の持ち主のようだ。卑弥呼の鏡のような拡大鏡があり、中の中を見せようと工夫している。


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     ↑:伽井丹彌、「曖昧な皮膜」。


f0126829_18541542.jpg 首吊りかとギョッとした。人形の中に仕掛けられている電飾のコードが、首吊りロープのような役割をしていた。電気は点滅し、皮膜だけを見せることを拒否し、存在感を際立たせていた。

 伽井丹彌女史は関節人形で著名な方だ。紙人形のヒップラインは締まって健康的だ。首吊りに反して若くて健康的だった。



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     ↑:梅田マサノリ(1958年 帯広生まれ)、「細胞の風景  ある余白の生」。

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 (見にくい写真になりました。失礼しました。)
 昨年、札幌のテンポラリーで見た作品と似た作品。同じとは思うが、展示空間が違うと「細胞の風景」が違って見える。札幌の展示は民家の木目調と光サンサンの中で健康的でシニカルというものであった。今回は暗くひんやりとした空間だ。いかにも人体の一部の標本のようで、薄気味悪さ100%だ。なぜか、見る人を寄せ付けない冷ややかなムードがある。札幌の個展と同様に時計の音がしている。静かなビルの地下にカチカチとせわしなく響いていた。


 以下、②に続く。

by sakaidoori | 2009-08-03 19:58 | [帯広] | Comments(3)
2008年 12月 24日

862) テンポラリー 「中岡りえ展 『DNA DIRARY 1902-2008』」 終了・10月23日(木)~10月29日(水)

○ 中岡りえ・展
    『DNA DIRARY 1902-2008』

 会場:テンポラリー・スペース
     北区北16条西5丁目1-8
     (北大斜め通りの東側、隣はテーラー岩澤)
     電話(011)737-5503
 会期:2008年10月23日(木)~10月29日(水)
 休み:月曜日が定休日
 時間:11:00~19:00
ーーーーーーーーーーーー(10・28)

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 (↑:入り口の様子。カーテン風にして中と外を遮断している。会場内は暗室とまではいかないが、少し暗いのだろう。)


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 (↑:① 迷彩服模様の生地が二列に入り口を塞いでいる。)

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 (↑:② 正面の壁の展示。明らかに日本列島だ。見開きの大学ノート大の生地の裏表を使って、何かが刺繍されている。)

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 (↑:③ 左の壁。ただ3点のみ。)

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 (↑:④ 展示物の生地の作品を束ねて日記のような体裁。)


 恐ろしい展覧会だった。女、家族、家系の血の執念、怨念を見た。

 写真①の二列のカーテンはニューヨークのツイン・タワー事件を表わしている。だから迷彩服か?作家はニューヨーク在住。
 写真②が生地の日本列島だから、自分の生活圏を定点にして世界の政治経済を問うているといえなくも無い展示だ。

 だが僕にはそれらは作家の生理を包む飾りでしかないように思えた。人は裸で街を歩いたりはしない。防寒のためなどではない。自分に合った服を着て他人と交じり合う。迷彩服を着ているから右翼だ左翼だといっても始まらない。服は着ている人を飾っているのだ。社会性という安定した約束事の中で。
 ①や②の社会に発言するというのは中岡リエの服でしかない。その服を脱いだ下着の姿、それが④の日記としての生地の本だ。この展覧会はこの本を見るためだけのものだと僕は思う。他は飾りだ。

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 何枚綴じていたのだろう?光の射す窓辺で一枚一枚ゆっくりと見ていった。白日に曝け出された怨念針のその縫い跡。裁縫する時の濃密な時間が、それは過去の出来事だったのかと思うほどのどかに光が当たっていた。まるで思い出のアルバムを見る雰囲気だ。
 黒糸は髪の毛。それも生きたままむしり取られて復讐のように生地に模様を描こうとしている。
 赤糸は血。初潮という言葉は今の作家には無縁な言葉だが、制御できぬ己の体内の生命活動の過剰な姿は、今とはそんなに離れてはいないだろう。血がうずくのだ、汚れた血を吐き出したいのだ。
 家族の写真を切り刻んで縫い合わせている。特に目に対して攻撃的だ。両親の自分への眼差しを拒否したいのだろうか?拒否したいのは目だけであって、両親の存在は認めているのだろうか?

 過剰なまでの血や家族へのこだわり、自分へのこだわり。これらは他者と共有されるべき事柄ではない。「人前に晒す」、それは自己安定と自己満足以上のものではないだろう。
 「自己満足」と言った。この言葉で彼女の発表する態度、表現者の社会的位相を否定するものではない。だが、彼女の赤裸々な肉声は「美術、それを見る・見せること」に対して考えが飛び交う。果たして現在の美術(視覚)表現と社会一般には、繋がらなければいけない必然性などあるのだろうか?だからどうしてもグループ化する。群れる。離合集散が起こる。人間関係の中で作品が見られがちだから、人間関係が切れたら作品もどこかに行ってしまう。
 ギャラリーに集う人達、公募展、各種の師弟関係、先輩・後輩、国家レベルの受賞を目標にする人達、はどなど・・・。現在の表現の社会性とはそれらのグループを超えることは無いだろう。個が単に好みで作品に付きまとうー僕のようにー以上の関係、それは美術の妄想かもしれない。
 

 作品は2階にもある。まさに屋根裏展示だ。どこか東北の旧家の臭いがする。
 座敷牢で、与えられた生地と糸で毎日毎日縫っていく。糸が足りなければ漆喰の壁をはがして何かを探す。無意識に髪をむしっては糸にする。

 今展を「下着だ」と言った。妖しげな下着だ。裸体が透けて見えるがやはり下着だ。男にとって女とは分からないものだ、恐いものだ。

 彼女の明日は知らない。僕自身の明日を考えるばかりだ。


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 最後になりましたが、1階の作品を何点か載せます。


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by sakaidoori | 2008-12-24 12:50 | テンポラリー | Comments(1)
2008年 11月 13日

805) ①写真ライブラリー 「(8人の作家による)さっぽろフォトステージ」 11月3日(月)~11月16日(日)

○ さっぽろ フォトステージ
    ~この街で、写真を生み出すということ~

 会場:札幌市写真ライブラリー
    中央区北2条東4丁目 サッポロファクトリー・レンガ館3階
    電話(011)207-4445  
 会期:2008年11月3日(月)~11月16日(日)
 時間:10:00~19:00
     (最終日は~17:00まで)

 【参加写真家】
 浅野久男 ウリュウ ユウキ 黒田拓 kensyo 佐々木秀明 竹本英樹 鳴海伸一 メタ佐藤

 主催:さっぽろフォトステージ実行委員会
 共催:札幌市写真ライブラリー
  ※「FIX・MIX・MAX2」連携企画
  ※「さっぽろアートステージ2008」特別参加事業

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 会場は広いギャラリーの向かいの細長い空間。普段は札幌の風景の記録的写真を常設展示している場だ。案内板に広い会場と書いたのは間違いだ。
 その細長い通路の両側にそれなりの作品数の展示。

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 グループ展を載せるのにいつも考えてしまう。全員を載せるのが大変なのだ。それに書きたい人の軽重もあり、取捨選択に躊躇してしまう。そういう意味では今展は全員を載せたい。しかも詳しく載せたい。だがそれは能力に余る。入って右回りで載せていく。愛すべき鳴海君は最後なので載せられないかも知れない。その時はゴメン!

 今展のテーマは「この街である札幌」、そして「フロンティアラインとしての札幌を見る出入口という視点」だ。

 ① 被写体としての札幌 ・・・ウリュウユウキ 黒田拓 浅野久夫 鳴海真一
 ② 出入口         ・・・佐々木秀明 竹本英樹
 ③ 札幌で撮るということ・・・kensyo メタ佐藤
    (今展のテーマにこだわらないマイペースの撮影家)

 以上の3分類できると思う。ウリュウユウキ以外はどこかピンボケしたり淡くもやもやとして、作品に撮影者の技巧がダブっている。白黒有り、カラー有り、風景有り、裸婦ありと被写体へのアプローチが一様でなく、それでいて極端な主張が感じられない統一感がある。しかし、好みは見る人によって相当にばらつきそうだ。


○ kensyo の場合

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 作品は全部で4点。以前、CAI02で発表済である。
 美しくモデルに迫る。まるで生娘のように、生まれたばかりの蚕のように娘に迫る。その娘を檻に入れている。コレクター的感覚というのだろうか?写真による現代の春画といえなくもない。エロスという耽美主義と社会批判の両天秤。
 来年の2月に昭和ビル・CAI02で個展を開くとのことだ。


○ ウリュウ ユウキ の場合

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 「私の写真は街の写真・旅の写真」とウリュウユウキは会場の自己紹介文で言い切っている。そして、連続してこの時期に3箇所でグループ展に参加している。すべて札幌がテーマだ。彼はこの地の生まれではない。在住6年目の札幌市民だ。その生活の月日の重なりが「札幌写真家」としての自覚を高めたようだ。

 ウリュウユウキは優しい。
 今展はその優しさが強すぎたようだ。だが、それはそれで良いことだ。ようやく「札幌」を見つめる地点に立ったのだから。都会としての「札幌」はいろいろな顔がある。旅人の目は優しくとも時には冷たい眼差しも必要であろう。優しさを前提にした冷たい写真群も見たいものだ。


○ 佐々木秀明 の場合
 
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 淡い乳白色の心象スナップのような風景。写真家の目は札幌の新川河口を見せた後に、突然積丹のトンネルを我々に見せる。それらのトンネルは全て入り口が塞がれている。そうなのだ、使われていないトンネルの入り口を撮っているのだ。今展の隠れたテーマである、「アートへの入り口」を塞がれたトンネルで応えているのだ。

 心象性と社会性、見事な写真家の目だ。トンネルはもしかしたら単なる電車愛好家の趣味かもしれない。それにしても、壊されること無く無造作に存在している「過去のトンネル」の実在に驚く。その数も相当なものだ。写真家は技術なくしては「写真家」足り得ない。だが、眼差しの鋭さなくしては多くの写真家集団の一人に埋没するだろう。
 淡くたゆたゆしい佐々木スナップ写真。過去と現在を乳白色で我々に提示する。過去の記録の為か?明日への存在証明か?


○ 竹本英樹 の場合

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 (↑:全作品を載せてしまった。4枚にすべき所を取捨選択を怠ってしまった。教訓ー載せればいいということではない。)

 今作は竹本秀樹が写真表現者になろうとしてもがいていた時期の、その方法に気付いた時の作品群だ。撮影者自身にとっての「アートへの入り口」だ。
 ニューヨークでの9・11事件の2週間前に当地のスクリーン映像を8mmフィルムに収めた。動画としてのフィルムを写真としてのネガに置き換えて再構成されたものだ。氏の作品の両端に黒い部分が見えるのは、8mmフィルムの痕跡だ。

 幾段にも人為的作業が重なっている。「8mm撮影→フィルムの点検→写真としての選択→(もしかしたら、そのネガをもう一度写真撮影しているかもしれない。)→写真作品」。どこかアメリカで発達したフォトリアリズムの手法が思い浮かぶ。今作は8mmという説明がなくても動画的だ。氏の作品はいつも明度高くてぼやけている、流れを感じていた。時間の機械的記憶である8mm撮影、一瞬の機械的切り取りであるシャッター・チャンス。そこに竹本秀樹はしなやかに入り込んでくる。


 (以下の撮影者は②で簡単に報告したいと思います。若干遅くなると思います。)

by sakaidoori | 2008-11-13 20:53 | 写真ライブラリー | Comments(1)
2008年 11月 12日

802) 道立帯広美術館 「ミステリアス・ゾーンへの招待」 9月12日(金)~11月12日(水)

○ コレクション・ギャラリー
   ミステリアス・ゾーンへの招待
 
 会場:北海道立帯広美術館
    帯広市緑ヶ丘2番地緑ヶ丘公園  
    電話(0155)22-6963
 会期:2008年9月12日(金)~11月12日(水)
 時間:9:30~17:00
    (入館は16:30まで)
 休み:基本的に月曜日
 料金:一般・170円 高大生・100円 小中生・無料

 主催:当館
ーーーーーーーーーーーーーーーー(11・1)

 先日、帯広にチョッと滞在。主な目的は当美術館の「モジもじ文字展」です。個人的には記録として書き置きたいのですが写真掲載はダメなので省略します。

 常設展示場は適当に撮影・ブログ掲載可能なので紹介します。ピンポイント撮影は不可です。

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 縦長のワン・ルームの部屋を3層に区切っての展示。
 総合タイトルは「ミステリアス」。作家の大仰で不思議な風景世界、異次元の空間を垣間見ようというものです。
 上の写真の手前の両脇にある明るい作品がローゼン・クンスト・「水の惑星にようこそ」。そして子の部屋のサブタイトルは≪宇宙のかなた≫。他に森健二、渋谷英一作品。

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 次は≪大地のふち≫。一原有徳、寺島春雄、池田良二。
 非常にきつい作品群。力強い、男の観念の産物。当然、僕は好きだ。

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 次は、≪異界の扉≫。多賀新、出店久夫、佐藤克教。
 異形ではあるが、サイケデリックで装飾性華美な多賀のエッチング。異形を突き進むこと無く他界した佐藤克教の木版画。


 会場には中学生が美術教育の一環として鑑賞していた。それらの作品はアニメにも通じる。彼らに普通以上の驚きを与えることが出来ただろうか?今展は非常に演劇的激情の世界だ。誰かが作家と同レベルになって、悶える情念を語れば良いのに。単なる鑑賞ではもったいない展示だ。作品の魅力を熱く冷たく語り、彼等の仲間同士の会話に少しでも絵が参入できたら良いのだが・・・。

by sakaidoori | 2008-11-12 21:02 | ☆帯広美術館 | Comments(0)
2008年 09月 29日

767) 昭和ビル CAI02 「常設展 黒田晃弘・作品」 ~2008年10月?日(初旬)

⇒常設展) CAI02 「常設展 黒田晃弘・作品」 ~2008年10月?日(初旬)

○ 常設展 (黒田晃弘を中心に紹介)
     
 会場:CAI02・raum2&3
    中央区大通西5丁目 昭和ビル・B2 
    (地下鉄大通駅1番出口。注意⇒駅の階段を下りてはいけません。昭和ビルの地下2階です。)
    電話(011)802-6438
 会期:~2008年10月?日(初旬)
 休み:定休日は日曜日・祝日
 時間:13:00~23:00 

 主宰:CAI現代研究所
ーーーーーーーーーーーーーーーー(9・)

 地下ギャラリーの大通・CAI02では企画展として「山口賢一・展」が開かれていました。(27日で終了。)こちらは写真撮影厳禁なので紹介は省略します。

 隣のスペースは取り立てて企画や利用者が居ない場合は常設展とのことで、そちらを簡単に写真で紹介します。今回は奥の方に展示されていた黒田晃弘・作を中心にします。ドローイングのコピー作品なのですが、非常に廉価での販売です。次回の岡部昌生展(10・4~11・1)までの展示です。チョッと立ち寄って、ご覧になっては。僕は2点買いました。1点、1,250円です。

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 ↑:手前の部屋を上の写真は入り口から、下の写真は裏側から撮影。
 真ん中の装置のような作品は端聡・作、「水は常に流れたがっている」。

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 ↑:端聡、「水は常に流れたがっている」。
 牛乳をスクリーンにして映像が流れています。その牛乳はパイプを使って常に循環するシステムになっています。端さんのテーマの一つに、「水は記憶する」ということがあります。それに彼は人の顔が好きです。確かに「記憶」すると思いますが、「同じ川には二度入ることは出来ない」という諺もあります。その記憶は何時開かれるのでしょう?

 どこか苦しそうな顔、「水への顔の記憶」は「水死」をイメージしてしまいます。何かを語ろうとしているその顔が、白い波間の中に消えていく。この装置は循環としての永劫回帰です。その循環時間はわずかの間でしょう。それは美術作品の象徴的な表現だから仕方がない。
 果たして記憶された水は何時再び顔を出すのでしょう?記憶への思考は哲学を生むかもしれない、その視覚化は美術を生むかもしれない、この顔に愛情が育てば倫理が生まれるかもしれない・・・都会的で知的な作品、どこか沈鬱で出口を求めたくもなる。


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 ↑:今村育子、「わたしのおうち」。
 壁紙をくり抜いて支持体に貼り付けた作品。どうと云うことは無いのですが、気になる小品。


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 ↑:奥まった部屋。飲食ルームに見える作品は岡部昌生氏の御馴染みのフロッタージュ。モノトーンの鋭さがいつも印象的です。同室には菊池又男・作が2点あります。見ごたえ充分ですが今回は省略。
 以下、黒田晃弘・作を載せます。

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 ↑:「JAZZ 3」。

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 ↑:左から、「JAZZ 2」。「JAZZ 1」。

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 ↑:左から、「HOKUDAI」。「日本橋」。

 支持体はセピア色で和紙?だったと思います。なかなか凝っています。音楽と風景という組み合わせです。セピアに黒いドローイングと絵が重なっていて、どこか物憂げで懐かしい感じです。
 黒田さんといえばモデルとの対面での似顔絵が有名です。そういう緊張した時間とは違って、作家の気楽な気分と遊び心が暗い会場と重なって独特なムードになっています。栄通ご推奨の隠れ家のような部屋、そこでの心和み染み入る一時でした。

by sakaidoori | 2008-09-29 11:47 | CAI(円山) | Comments(0)
2008年 08月 11日

722) 円山・CAI 「くだらない展覧会」 7月26日(土)~8月8日(金)

○ くだらない展覧会

 会場:CAI現代研究所
     中央区北1条西28丁目2-5
     (1条通りを走り第一鳥居を抜け、次の広い環状線を横断。直ぐの左側の中小路に入り、50mほど先の右側、コンクリートの一階建て。)
     電話(011)643-2404 (13時以降)
 会期:2008年7月26日(土)~8月8日(金)
 休み:定休日が日曜日
 時間:13:00~23:00 

 主催:CAI現代研究所

 【参加作家】
 Azkepanphan 石倉美萌菜 西城民治 高幹雄 高橋喜代史 徳田直之・・・以上、6名。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー(8・1)

 とりあえず会場風景を載せます。

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 「くだらない展」、関係者の意図がどこにあるかは別にして、非常に難しくて面倒なネーミングにしたものだと思います。
 言葉通りに「くだらない」と吐き捨てられたら身もふたもないし、かといって「ワンダフル、ビューティフル、ベリー・ベリー・グッド」を期待しているとは思われない。「普通ジャン」ではどこかが寂しい。

 こういう意味ありげな企画展の場合は企画担当者の意図がもっとも問われるであろう。企画者と参加作家や作家同士の意思の疎通をどう計ったか。この場合には結果が不首尾であっても、プロセスがしっかりしていたならば彼等の今後の活動には有益な何かが残るであろう。
 企画者側の一方的な意図があって、参加作品は彼の手段という場合がある。この場合は結果を厳しく吟味する必要があるだろう。

 さて、今展はいかなるプロセスを踏んだのだろう?


 僕の全体の感想は少しおとなし過ぎたかな、単に作品を並べただけに終わったかな、という感じです。
 やはり、アット驚く「くだらなさ」を見たかった。
 しっかり書かれた作家プロフィールが面白かった。その生真面目さが今展のタイトルとミスマッチな感じで笑ってしまった。


 もう少し個人作品を中心に写真を載せます。
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 ↑:西城民治、「現代美術っぽい自転車」・自転車 空気入れ 袋。
 1945年、札幌生まれ。現教育大学満了、他職歴学歴を淡白かつ詳細なプロフィールがあります。
 タイトルが全てのような作品。若い作家たちの仲で、ミスマッチのようなおかしな作品。この作品を生かす他の作家の作品が一点欲しい気がするが・・・。

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 ↑:徳田直之、「カンチョーの手 中・小」
 1979年、七飯町生まれ、現在東京在住。2002年、CAI現代研究所修了。
 作品自体は面白いが、全体とのからみでは物足りない。

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 (↑:モデルは作家とは何の関係もありません。こういう作品は使っているところが見たいものだ。幸い良い写真が撮れました。)


○ Azkepanphan の場合

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 ↑:左から、「浩志 29歳」・F15、「浩志29歳 リバース」・2008年 700×450。

 自画像です。
 左の作品は少し傾けて展示しています。独特の色感があり、素直な良い絵だと思う。

 彼はデザイン感覚も優れています。独特なムードを持っているようで、2人展やグループ展に多数参加して、存在感があります。音楽空間を作ったり暴力的エロスを表現したりして多才な面を出しています。ところが、彼自身の線の細さ真面目さ優しさが邪魔をして、そのパフォーマンス的作品を生かしていないのではと思っています。起用に上手にこなすのですが、インパクトが少ないのです。能力の問題ではないでしょう。さ迷っている感じです。

 左の自画像、どうして傾けた展示にしているのでしょう?余りに素直な絵を「くだらない展」で、ストレートに出すのが恥ずかしいのでしょうか?そもそもこんな良い絵を出さないほうがいいのでは?こういう所にこういう絵を出すのが、彼の不思議な面でしょう。


○ 石倉美萌菜の場合

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 1986年、札幌生まれ。2006年、北海道造形学園。2008年、CAI現代研究所。現在大谷短期大学?

 肉体と性に執着する石倉さんです。その若さの余りにストレートな表現に圧倒されます。武田浩志君とは全く逆の路線です。路線と言いましたが、彼女にはまだまだ戦略的に美術表現をしようという余裕はないかもしれません。

 絵の女の子ははブスです。このブスさが絵の魅力に花を添えています。きっと自画像でしょう。そしてこれ程本人はブスではないでしょう。画家自身が己を見た時にこんな感じで醜く見えるのでしょう。鏡を見たら、そこにはパンティーを被った自分が見えたのでしょう。手は怪しげにうずくのでしょう。
 見ているほうは嫌らしさよりも、健康的な若き女性の妄想を見る思いです。もっともっと肉体と性と妄想を表現してもらいたいと思う。
 絵から発散するバイタリティー、エネルギーが素晴らしい。
 若き男性諸君!彼女の下敷きにならないように注意!


○ 高橋喜代史の場合

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 左上のパの消えた「パチンコ」とモナリザに簡単にいたずらしている作品が高橋作品です。(訂正:モナリザは高幹雄・作品です。すいませんでした。)
 まー、言葉通りくだらない作品です。ですから、「パチンコ」は栄通大賞を上げてもいいな。モナリザはくだらないというよりも使い古されたワン・パターン的哀しさがあって、ダメ。もう、モナリザはいいよ。
 
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 ↑:壁にぶら下げられた、飛び散った模様のある布作品、「コラージュ」。
 

○ 高幹雄の場合

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 高君はビデヲの中に居た。一人芝居だ。「熱いすし」だったか、熱くて食べられない演技を馬鹿笑いをあげながらの熱演である。なかなかの役者である。つぎはビデオではなく、生のパフォーマンスを期待しよう。


 (記録が不備で、記事に仕上げるのに随分と時間をかけてしまいました。断続的掲載で申し訳ありませんでした。) 

by sakaidoori | 2008-08-11 22:24 | CAI(円山) | Comments(2)
2008年 08月 08日

718)コンチネンタル ①「プラス・ワンのメンバー 千代明&坂東宏哉・展」 8月5日(火)~8月10日(日)

○ Contemporary art exhibition by two mnmbers of PLUS 1
    千代明 ※ 坂東宏哉
     「次元の断面 -創造の起源ー」

 会場:コンチネンタル・ギャラリー
    南1西11 コンチネンタルビルB1F
    (入り口は西11丁目面した東向き)
    電話(011)221-0488
 会期:2008年8月5日(火)~8月10日(日)
 時間:10:00~18:00
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー(8・6)

 まずは会場風景を載せます。

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 展覧会のテーマは非常にシンプルで明快です。
 「宇宙。その起源を尋ねてー」ということです。そして、宇宙の姿を二人がクロスして表現するものです。いわゆる「インスタレーション」として。

 二人の交差した表現が素晴らしい。2人展ですが、融合展です。1+1=1です。結果としての「作品展」をどう評価するかは見る人により好みの分かれるところですから、ひとまず措きます。


 インスタレーション考。
 インスタレーションには二つの側面があると思う。

 一つはその場限りの一回性。
 場所の特性を生かして、その場でしかない展示です。撤去を前提にした屋外の展示は大半がこれにあてはまるでしょう。屋内でも、暗室にしたり部品としての作品を様々に配置して、個々の作品を超えて見る者に既成の固定観念をずらして主張します。テンポラリー・スペースが古い民家という特性を生かして、作家達が果敢にチャレンジして成果を収めています。
 日本の場合、四季に養われた「一瞬の美学」の持ち主ですから、他の国の人とは異なった価値観・親近感で「インスタレーション」に取り組んでいると思います。茶の「一期一会」の精神が「一期一美」に集約されているのです。

 一つは作品作りまでの過程・関係性を大事にすること。
 特に公共空間や私有地が混在している展示が分かり易い事例だと思います。
 関係者・機関に承諾を得る為に交渉しなければならない。その為には主旨を明快に言語なり文字にすることと、一定の手続きを踏むことがもっとも大事でしょう。
 自己資金以上のお金が必要ならば、それを集める努力をしなければならない。協力人無しでは実現不可能ならば、そういう人を集めねばならない。
 「ならない」尽くしで、制作以上の時間と努力を使う場合があります。
 実はこの場合の「インスタレーション展示」はその過程の方が重要なのです。作家が「こんなことをしたい」ということを作品以前に訴えることがその展示のエッセンスなのです。「作品」は種であって、その種を中心にして既存の価値とは違った社会関係が生まれる、ここが主眼だと思う。「自己表現としての作品」を否定はしないが、超えた存在たらしめることです。

 クリストでしたか、包む作家は?彼の作業はそういうものだと理解しています。本当のところは、欧米人の「インスタレーション」は公共空間が大事であって、それ以外にはないのではないかと僕は思っています。ですから、作品には反社会性なり、社会に対する批判精神が常にあるのではないでしょうかそこから「現代美術」として発展していったのではないかと思っています。。「社会批判なき作品は現代美術にあらず」という意見も起こるのです。便器を公共空間に展示した時からそれは始まっているのでしょう。
 ですが、その精神を超えて形が伝播していきます。
 日本の場合は個人の表現様式の一つとして、流布しているようです。

 今展はあくまでも美術表現の域を超えるものではありあせん。ですが、「インスタレーション」の大事な側面、作品の仕上がりまでの過程と関係性をとても重視しています。展覧会場には二人親和力が満ちている。気心の知れた仲間だから成立したのは間違いありませんが、なかなかここまで徹した展覧会は珍しい。素晴らしいことだと思う。

 肝心の今展の紹介を置き忘れました。お許し下さい。②で載せることにします。

by sakaidoori | 2008-08-08 12:34 | コンチネンタル | Comments(0)
2008年 07月 30日

708) CAI02 「FIX・MIX・MAX!アワード入賞者展」 7月23日(水)~8月5日(火)

○ FIX・MIX・MAX!アワード入賞者展
    優秀賞=大島慶太郎 笠見康大 鈴木謙彰
    奨励賞=太田博子 織笠晃彦

 会場:CAI02 
    中央区大通西5丁目 昭和ビル・B2 (地下鉄大通駅1番出口)
    電話(011)802-6438
 会期:2008年7月23日(水)~8月5日(火)
 休み:定休日は日曜日
 時間:13:00~23:00

 主催:当館 ギャラリー門馬
ーーーーーーーーーーーーーーー
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 なかなかハッピーな展覧会だ。
 ブロックむき出しの広い空間は「肉体以前の織笠君、可愛くいやらしくの太田さん、エロスまっしぐらの鈴木君」という部屋になっている。統一テーマなどはない選抜展なのに、「エロス・展」になっている。

○ 織笠晃彦の場合

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 織笠君は札幌市立大学の3年生だ。いささか栄養不良気味の体躯や風貌が、かえって学生らしく美や芸を愛するオタク的青年に見えて、僕には好感が持てる。飛び出そうな目、言わずにはおけない口元、愛すべき青年だ。

 本人の背景の作品は「くる」。今回の力作だと思う。コンピューターで細かく仕上げていった作品の上から、フリーハンドで目やぐるりを装飾している。おそらく、機械による操作での作品化は好きなのだが、機械オンリーになることに盲目的な反発があるようだ。「機械と生理」を処理できないでうごめいている姿に好感が持てた。「デザインー文明の利器ー直筆(生理)的表現」、今後の織笠君をそういう目で関わっていきたい。


○ 太田博子の場合

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 ↑:「ラブシーン」
 非常にいやらしい画題です。この怪しげな世界を刺繍で軽く表現していることに、非常に感心しています。江戸時代の「春画」を見る思いです。こういうのを20代前半の女子学生が表現しているのに驚きます。
 刺繍だから上手くいったのか、彼女の実力だから上手くいったのか今後も楽しみな作家です。

○ 鈴木謙彰の場合

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 ↑:「analgesics」。(「痛みを感じない」?)

 エロスそのものです。何が良いかと云うと、たじろがずに大きく表現していることです。2展1組、8点1組で空間を女を自分自身を見ている。金網をかけたりして、試行錯誤している。今展のテーマはエロスですが、鈴木君の現在の関心がどういうものかが気になります。


 さて隣室の白い部屋はムードを異にしています。映像と絵画ですが、それぞれがあまりに実験にこだわっている感じです。自分自身のテーマと美学的テーマでうごめいている風に見えます。

○ 笠見康大の場合

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 ↑:「夢のひだり」・2008 油彩。
 一応タイトルはついています。僕は彼の絵が今後どう変化するかに興味を持っている。彼の作品は勉学の一里塚だと思っている。今展のタイトルも「夢のひだり」というものがあって、創作されたものではないと思っている。絵画上の問題でカラフルにしたので、たまたまそういうタイトルにしたのだと思っている。絵画上の軌跡と笠見君の心の軌跡がどういう交わりを見せるかに興味を持っている。

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 ↑:笠見君がこういうのを見せるのはいい事だ。


○ 大島慶太郎の場合

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f0126829_23531155.jpg ガタガタと映写機の音がうるさく地下室に響いている。フィルムが怪しげに回転している。画像はせわしなく色と模様を見せている。何と言っても、映写機そのものを見せる展示だ。大島君はいろんなことを考えて、青年のおもちゃのような機械仕掛けの映写機装置を作る。時代の記念品のようにして作品化する。古き良き時代を懐かしむような大島君の感覚が、その映像作家としての実験的取り組みとは別にして、僕には好感が持てる。
 大島君は映写機のバタバタ音、パラパラ感覚が好きなんだと変に納得してしまう。
 青年のおもちゃ、そして段々と大人のおもちゃになり、「おもちゃ」が表から消えていくのだろう。



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by sakaidoori | 2008-07-30 21:15 | CAI(円山) | Comments(0)