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2010年 02月 26日

1210) 時計台 「札幌大谷大学短期大学部美術科・展」 2月22日(月)~2月27日(土)

○ 札幌大谷大学短期大学部美術科・展
   
 会場:札幌時計台ギャラリー・3階全室。
    中央区北1西3・札幌時計台文化会館
    (東西の中通りの北側にあるビル)
    電話(011)241ー1831

 会期:2010年2月22日(月)~2月27日(土)
 時間:10:00~18:00 
     (最終日は、~17:00まで)

ーーーーーーーーーーーーーーーー(2・10)

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 名称は短大ですが、実質は4年制大学の各学年が参加した、年度末の発表展です。
 美術科1年・1名、美術科2年・11名、美術専攻1年・10名、美術専攻2年・7名、合計29名の油彩とアクリルによる平面画ばかりです。

 気になった作品からバンバン載せていきます。


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     ↑:美術専攻2年・川嶋みゆき、「みえないチカラ」・油彩 パネル 石膏 S120。

 「目」の部分が真っ先にこちらの目に飛んできて、可愛い顔に見える。ところが、視野を広げていくと、顔と思った部分はクジラの一部分に過ぎないのに気が付く。「オッ、何て大きくて迫力があって、優しいクジラなのだろう」と、思わず感じいってしまった。下あご?の縦縞の白い部分、海を泳いでいるのが見えるようだ。
 他にも小品が20点も展示してある。意欲満点の人だ。


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     ↑:美術専攻1年・佐藤綾香。大きい作品が、「BESIDES WORLDS」・油彩」パネル F150。中品が、「INSIDE BLACK」・同 S50。

 先日の道展U21展」で最高賞を確保した学生です。右側の小さめの作品がそれです。
 円い顔や潤んだ目、赤ちゃん的かわいさを残していて、非常に記憶に残りやすい。
 こうして、しっかりと大作も描いている。キャラクター的風貌とは違って、頼もしいものです。


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     ↑:美術専攻1年・石川裕己、「反復する思考」・油彩 アクリル絵具 パネル 212×212㎜。

 森弘志さんの人形の胸に文字を書いた作品を連想してしまった。非常に衝撃的作品であった。一つの実験シリーズなのだろう。作品の見せ方、画中の文字の挿入、沈鬱な物語展開、夢心地で見たのを思い出す。一昨年の近代美術館に於ける5人展だった。
 もしかしたら、石川さんもそれに触発して描いたのかもしれない。悪いことではない。
 学生自身の若さからくる華やかさと、「反復する思考」が重ならないみたい。


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     ↑:美術科2年・菊池さくら、「Beaming」・アクリル絵具 変形パネル 水性ペン 250×300㎝。

 「ビーミング=輝く」、元気一杯です。もっともっと輝いてもいいと思う。枠にこだわらない作品もいいものです。


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     ↑:美術科2年・山形牧子。上から、「for breath」・油彩 パネル F100、「同」、同 S100。

 会場でお話をした学生です。上の作品を見てもわかるように、キリンとその模様が好きな女性です。膨らみのある「まーるい物」や「ちょっと不思議な想像上の生き物」にも関心があるのでしょう。
 「不思議な生き物」にトライするには大人しさと収まり過ぎを感じる。床があって、真ん中に生き物があって、それを背景が取り巻いている。これでは不思議さが伝わらない。それと、塗りなど上手に描くことができる人なのだが、「良い絵」の探求が不足気味だ。こういう絵は「描きたい」ことよりも、「描かれた絵」が自動運動を起こすぐらいの入れ込みが必要だと思う。
 お話していると、物怖じしない素直な意欲を感じる。そういうのが絵に現れたらと思った。
 絵と同じ色の服を着ていた。もっともっと赤茶けた、踊り合う変な世界になったらと思った。


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     ↑:美術科2年・丹野真莉枝、「無より」・油彩 パネル 182×92㎝ 2枚組。

 会場でお話した学生です。
 「絵画から感情が生まれたら」、そんな制作動機を語っていた。非常に難しいテーマだから、この作品が成功したとか、しなかったとか言っても始まらない。無形な事にチャレンジしている姿勢が良いのです。
 顔しっかり描いている。手も大きい。そのこと自体は「無からの感情表現」としてはマイナスだと思う。なぜなら、顔や手という具体物の描き方がある種の感情を明瞭に表現しているからです。例えば、大きな手は強い意志と。でも、学生だから、ムヤムヤな朧月夜のような心象ムード的抽象画は面白くない。何かをしっかり描くこと、そこら辺を見る方は楽しんでいる。
 こういう絵を描く人は道内公募展を一つの目標にしていると思う。公募展には是非2、3作の出品を心がけて下さい。


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     ↑:美術科2年・皆川茜、「苦難」・油彩 キャンバス F100。

 吊り下げられて笑っている。こういうのを「絵画」というのでしょう。「嘘」の世界。数学的に言い換えると「絵画=嘘」です。ここにどういうリアリティーを挿入するかは画家の個性です。
 皆川茜さん、どんな女性でしょう?


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     ↑:美術科2年・河合春香、「Dear Lonelynight」・油彩 パネル S80。

 ちょっとズラした左右対称の世界。華やかに妖艶に・・・、この路線でガンガン大胆に進んで欲しいものです。ハッピー・ダブルナイトのセクシャル・レスビアン。


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     ↑:美術専攻1年・吉田紋子、「L・R」・油彩 パネル F50 2枚組。

 日本画的ムード一杯の巧みの世界。装飾性?心象性?どちらを強めていくのでしょう?


 まだまだ報告したいのですが、この辺で止めておきます。
 大谷短大の皆さん!是非是非仲間を選んで2人展、3人展とチャレンジして下さい。お金が無い・・・資料館は安い!描くエネルギーを溜め込む、発表ほど辛くも楽しくもある場はないでしょう。

by sakaidoori | 2010-02-26 22:01 | 時計台 | Comments(0)
2009年 02月 03日

882) アバウトの写真 21回目 三上智子・「そんなばなな」(札幌国際情報高等学校・美術部展より)

○ 札幌国際情報高等学校 美術部展

 会場:アートスペース201 E室(5階)
    中央区南2条西1丁目7-8 山口中央ビル
    (北向き)
    電話(011)251-1418
 会期:2009年1月8日(木)~1月13日(火)
 時間:10:00~18:00

ーーーーーーーーーーーーーーーーー(1・13)

 (山崎亮さんの「大空の孤独」(F100)は長すぎる掲載になりました。空の青さと飛行機が非常に合っていたので、ついつい長くなってしまいました。ありがとうございました。)

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   (↑:1年・三上智子、「そんなバナナ」・油彩。)

 渋くて可憐です。チョッとエロチックなところも素敵です。若さからくる生命力も楽しみたいです。

by sakaidoori | 2009-02-03 20:37 | ★アバウトの写真について | Comments(0)
2009年 02月 02日

880) STVエントランス・ホール 「鈴木秀明・展」 1月12日(月)~2月1日(日)

○ 鈴木秀明・展

 会場:STVエントランス・アート
    中央区北2条西2丁目・STV北2条ビル・1階ホール
    (東南角地、玄関は東向き) 
    電話(011)207-5062
 会期:2009年1月12日(月)~2月1日(日)
 時間:月~金 9:00~18:00
     土・日  9:00~16:00

ーーーーーーーーーーーー(1・31)
 
 (以下、敬称は省略。)

 1948年 旭川市生まれ。函館市在住。新道展会員。


 鈴木秀明の今展に寄せる情熱に圧倒された。

 画題は現代文明の破壊と混沌、それらを統合するルネサンス的宗教性ということだろう。
 氏の絵画世界には見る人の好みが鮮明に分かれるだろう。画題の配置がゴチャゴチャとして、余りにもシャープな機械性を感じる。現代文明批判を絵画化することの難しさを思う。少し観念的な所が強すぎると思っている。

 最近の絵画は変わってきた。
 今展でも分かるように、ゴチャゴチャしない部分を広く取っている。いわゆる背景部分が広く、その空間処理として単色の色を追求している。マチエールの追求としての色は空間の広がりや深みを与えている。
 そして、その対比としてメインの画題の人体などを面構成として、今までの秀明張りにくどく表現している。
 静と動、広がりと収縮、一色と多色、均一なマチエールとごちゃごちゃ表現、過去と現代、宗教と現代文明、美と醜、死と生。いろんな意味での対比による手法によって、より見せる絵画へと変化しつつある。
 この変化は絵画追及の結果ということもあるが、一人の画家が歳をとるという心境の変化も加味しているのだろう。

 今展の魅力は個々の作品だけにあるのではない。
 このエントランスホールを自分のものにしていることに驚かされる。全作がこの日の為の新作かもしれない。きっとそうだろう。
 ここを教会あるいは古代のギリシャ神殿に見立てて、緑色に統一された枠で壁画にしている!ヨーロッパの古代や中世、ルネッサンス美学への憧れを、手段としてけれんみも無く利用している。

 氏の世界に好悪の意見が分かれるだろう。だが、今展に傾ける画家の意欲・計画には学ぶべきものがあると思う。


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     ↑:「NECRO POLIS」(《特に古代都市の》大規模な墓地)・193.9×390cm 油彩(以下、全て同じ)。下は部分図。
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     ↑:「春を呼ぶ女」・116.7×90,9cm。

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     ↑:「地」・90.9×90.9cm。

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     ↑:「想」・130.3×162.1cm。

by sakaidoori | 2009-02-02 11:53 | STVエントランスホール | Comments(1)
2009年 01月 16日

874)アートスペース201 「第18回書と絵の五人展 ー川本ヤスヒロの場合」・終了 1月8日~1月13日(火)

○ 第18回 書と絵の五人展
       (川本ヤスヒロ のみ掲載)  

 会場:アートスペース201 E室(5階)
    中央区南2条西1丁目7-8 山口中央ビル
    (北向き)
    電話(011)251-1418
 会期:2009年1月8日(木)~1月13日(火)
 時間:11:00~18:00
    (最終日は、~17:00まで)

 【参加作家】
 佐藤辰舟(書ー併設個展) 川本ヤスヒロ(油彩画) 保原旦舟(書) 松竹谷智(水彩画) 堤艽野(書) 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー(1・13)

 北海高校関係の仲間による五人展です。書、水彩画、油彩画と実力のある堅実な作品を年初から見ることができます。

 昨年は個展をされていた書家を載せましたが、今年は油彩画の川本ヤスヒロ氏のみの掲載です。
 小品ばかりの4点の出品でしたが、なかなか考えされられてしまいました。

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     ↑:①、「2008 12 10」・油 F6号 08年。

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     ↑:②、「生と死」・油 F20号 08年。

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     ↑:③、「生と死」・油 F20号 08年。

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     ↑:④、「生と死」・油 F20号 08年。


 川本さんは画題にロクロを多用しています。テーマは「生と死」です。挽歌ー亡くなられた愛おしい女性を悼む絵画を見たことがあります。奥さんと思いましたが、作家に直接伺ったわけではないので断定することは出来ません。
 その頃の絵は少し美的過ぎると思っていました。故人に対する美化はどうしようもないので、今後どういう風になるのかなという関心が強かった。と同時に、ロクロを多用しているのですが、僕は日本人の描くロクロにはあまり興味がわかないので、川本ロクロもそれ程好きではなかった。西洋人のロクロは「死」に対するリアリティーが強い。だから魅力的だ。日本人のロクロは甘い。だから興味がわかない。生活の中で本当のロクロを目にする機会の差だろう。日本は火葬だから消滅してしまう。それと、異民族が日常生活にいないからだと思う。
 最近の川本ロクロは非常に大きい。「死」というリアルさではなく、「存在」しているという迫力がある。

 今展の①の絵、間違いなく自画像だ。厳しい表情だ。決意のようなものを感じる。僕はこういう自画像が好きだ。
 ④の女性像もビシッとしている。画家が画題と対峙している。
 ロクロは山川本張りのユーモアだ。
 リラックスした小品ばかりだが、背筋を伸ばして見た。

by sakaidoori | 2009-01-16 14:02 | アートスペース201 | Comments(2)
2008年 12月 27日

866) ①茶廊法邑&品品法邑 「SAG INTRODUCTION」 12月20日(土)~12月29日(月)

○ 札幌アーティストギャラリー作品展 (2会場)
     SAG INTRODUCTION

① 会場:茶廊法邑
    東区本町1条1丁目8-27
    電話(011)785-3607
 期間:2008年12月20日(土)~12月29日(月)
 休み:23日(火)
 時間:10:00~18:00
     (最終日は、17:00まで)


② 会場:品品法邑(2階)
    (北郷13条通の北側。道路を挟んだ同じ北側に法国寺有り。)
    東区本町1条2丁目1-10
    電話(011)788-1147
 期間:2008年12月22日(月)~12月29日(月)
 休み:23日(火)
 時間:10:00~18:00 
    (最終日は ~17:00まで)

 企画:法邑芸術文化振興会

 【出品作家】
 (茶房法邑のみ) 大井敏恭 笠見康大 小林麻美 林亨 山本雄基 LESLEY-TANNAHILL 

ーーーーーーーーーーーーーーーー(12・27)
 
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 本日訪問。
 情報によると小林麻美さんが当番とのことです。作品共々どんな様子かなっと思って日にちを選んでの鑑賞でした。顔見知りの山本雄基君も居られて、特に絵の話をしないままで終わったのですがご両人とも元気そうで何よりでした。

 画家のお顔を拝見がてらの気楽な訪問でしたが、年末を飾るにふさわしい内容でした。


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 二会場に別れています。それぞれの場を生かした展示です。
 この記事では茶廊法邑の風景を載せました。

 不思議なことにまるでテーマ展になっていました。特に男性4人は「丸」にこだわっています。そして全員が錯視的効果を狙っているようです。それぞれの作家の現在の表現様式なのでしょうが、これ程似るとは面白い。何か時代性があるのかもしれません。品品法邑とこの会場の個別作品の感想はおいおい書いていきます。
 明後日までです。

~~~~~~~~~~~~~

 SAG(サグ)の展覧会です。
 サグとは札幌アーティストギャラリーの略称です。そしてこの場合のギャラリーとは造語的なネーミングです。普通、ギャラリーとは通路・回廊を意味した具体的空間概念であり、そこに集う人達も意味する英語だと思います。サグは場に捉われない空間概念としてギャラリーという言葉を使っています。「定点的場に捉われずに、その場限りの場からの発信。作品で作家が発信し、人々(ギャラリー)が感じあう関係性」を作ろうということでしょう。
 サグ専属の作家が居るのかどうか?今回の発表メンバーはサグ事務局?選定の発表の場でしょう。
 ただ困ったことに外人を全て英語紹介していました。項を改めて意見を述べたいと思います。

 

by sakaidoori | 2008-12-27 23:19 | (茶廊)法邑 | Comments(0)
2008年 12月 02日

828) 小樽・ダラスペース 「曾田千夏・展」 終了・11月20日(木)~12月2日(火)

828) 小樽・ダラスペース 「曾田千夏・展」 終了・11月20日(木)~12月2日(火) ・展
      Chinatsu Aita Exhibition at Mt.Haruka  (曾田千夏at春香山)
       
 会場:ダラ・スペース(Dala Space)
     小樽市春香町292番
    (国道5号線沿いの山側。JRバス停「西春香」近く。国道山側にある張碓稲荷神社の隣で、会期中は看板有り。)
     電話(0134)62-0440
 会期:2008年11月20日(木)~12月2日(火)
 休み:水曜日(定休日)
 時間:11:00~17:00

 主催:ダラ・スペース
ーーーーーーーーーーーー(12・2)



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 曾田千夏の絵は全道展と、さいとうギャラリーでの夏冬企画展で定期的に見ることが出来る。公募展としての大きな力作と、買い易さを考慮した小品の優しい絵という両極端さではあるが。時々の心境はそれらで知れるが、こうして個展としてまとまって見れるのは実に良い。しかも、今年の作品が大半で、表現に幅がある。粋の良い作品群だ。沢山画いている、寡作家で無いのも頼もしい。
 その表現力に注目している人も多いと思う。全道展で最高賞を確保し、ドドーンと道内美術界の注目の人となり、その後の進展を見つめられている。
 表現に枠をはめること無く、静かにグイグイと進んでいるのが今展でも分かる。成長期の人である。

 表現の幅の広さを楽しませてもらったが、彼女の問題意識が激変したとは思われない。
 彼女は緑を多用する。植物的意味合いが強い。線描も得意とするが、最近は線を見せる作品は少ない。線描にはいろいろな意味合いがあったろう。画家の制御しきれぬエネルギーとか・・・、植物の関係で言えば、根毛や生命力であり、目に見えない大地の中の生き様でもあった。
 画家は目に見えない何かに執着していた。地中であり、森であり、地球、宇宙、見果てぬ何かだ。可視的生物と生物を支えている不可視な存在。その不可視な存在が線描の場合は薄気味悪さを伴いながらも、生き物を支えていた。今は不可視な世界は不気味さよりも、暖かい夢や幻想、命をはぐくむ力という面が絵には強くなっているようだ。
 それでも、「煦(アタタ)メラレ耿瞼(コウケン)豁(ヒラ)ケル刻(トキ)」の連作、暖かく夢薫る絵とも見えるが、不思議なあやかしさがある。だいだい色の割れ目からはみ出た表現、割り裂いて子宮が顔を出していると見える。綺麗な子宮だ。だが、子宮というものは外気に触れるものではない。幻想的に生命の象徴として画くか、切り裂いて強引に見せるしか方法はない。画家は欲張りだから両方を選んだ。肉片を裂いてそれを顕わにして、生の可能性を暖かく見つめようと。

 僕は植物としての生命を謳う姿勢に素直に愛着を感じる。それ以上に、それを支える不可視の世界を無意識でも異様な感じとして表現せざるをえない曾田・絵画が好きだ。


 「煦(アタタ)メラレ耿瞼(コウケン)豁(ヒラ)ケル刻(トキ)」、変なタイトルだ。「耿瞼(コウケン)」という意味が手持ちの辞書では見つけれなかったが、(明るい)瞼・まぶただろう。
 「(体を)暖められ、明るくまぶた開く時」という意味か?普通に書けばいいものを画家は死語を連発して鑑賞者を挑発しているようだ。「家に帰って調べて下さい!私のこだわりを感じて下さい!」と言っているようだ。それにしても「豁」の字、単に「開いて広い」ということではない。切り裂くほどの苦難をしたから、その先は広く大きいということか。谷を割るほどの思いで進めば、その先は開けている夢があると。
 まるで豊平川の悠久の歴史のようだ。雪解け時、谷あいを怒涛のように切り裂き進み、その土を札幌の地に扇のように広げて大地の恵みにした。



・「煦(アタタ)メラレ耿瞼(コウケン)豁(ヒラ)ケル刻(トキ)」・2008,10,14。
・「windpipe-sleety」・2008,11,18。
・「train」・2008、6、11。
・「日日蟲」


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 家の小樽側には沢がある。いつ積んだのか、壊れそうな安直な石積みがある。その上には木が伸びている。ここは海に近い。突風でいつかは倒れそうだ。それを心配しながら、このギャラリーに通うことにしよう。
 沢の先は広い国道だから暗渠になっている。そして崖から落ちるように海にたどり着くのだろう。今度確認しよう。この沢の名前は?

by sakaidoori | 2008-12-02 21:31 | [小樽]ダラ・スペース | Comments(1)
2008年 11月 29日

824) 岩見沢・松島記念館 「松島正幸の世界 こころの旅路」 12月1日(月)~1月12日(月)

○ 収蔵作品展
    松島正幸の世界 こころの旅路

 会場:岩見沢市絵画ホール・松島正幸記念館
     岩見沢市7条西1丁目7番地
     電話・(0126)23ー8700
 会期:2008年12月1日(月)~1月12日(月)
 休館:水曜日、祝日の翌日
 時間:10:00~18:00
    (木曜日は13:30~18:00)
 料金:一般・210円 高大生・150円

ーーーーーーーーーーーーー(11・29)

 岩見沢・キュウマルの「ダサい☆コンペ ~黄金ダサい伝説~」・展を見に行った。ここのギャラリーは随分ご無沙汰しているので、行きたくなった。展示は言葉通りダサいのだが、ダサくていいのだが、少し出品数が少なくて寂しかった。
 受付では教育大1年生の女子学生が3人居て、将来の作品鑑賞を楽しみに、お名前をメモしてきた。 名々の研究科進路は違っていて、日本画・デザイン・油彩画ということであった。


 そのまま帰るのはもったいないから歩いて松島正幸記念館へ。駅から15分も歩けばお釣りがくるであろう。


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 ↑:絵画ホールは旧岩見沢警察署。鉄筋コンクリートということがセールス・ポイント。しかも地方都市に残っているということが貴重とのことです。
 昭和7年7月31日に警察署鉄筋コンクリートとしては釧路、函館に次ぐ3番目の建物。現存では岩見沢、函館、札幌(現札幌中央警察署)、小樽の4ヶ所しか残っていない。
 つまり、絵画ホールの場所は岩見沢市の旧官庁街の中心地だったのだ。

 詳細な作品掲載は出来ないので、会場風景だけでも載せます。
 展示室は、1階の2部屋が松島・収蔵作品展。手前の広々とした部屋が今回の「松島正幸の世界 こころの旅路」展だ。奥の部屋が戦後に描かれた長崎の風景画と画家の遺品。

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 画家は1910年の深川市(旧雨竜郡一己村)生まれ、55歳から62歳まで教育大学岩見沢分校非常勤勤務の経験があり、その関係で氏の美術館が誕生したものと思います。1999年(平成11年)肺炎で逝去、享年90歳。

 画家は50過ぎてから頻繁に渡欧し、1977年(昭和52年)から、カンヌのアトリエに半年暮らすという半日半欧の生活を始めめました。展示は1975年から1984年の間のヨーロッパ風景。
 松島正幸の絵は「暗い」というイメージですが、これらの風景画は淡く軽快な色遣いです。得意の人物を点描のように画面に配して、氏のロマンティシズムに華を添えています。
 戦前にも従軍画家として満州の市街地の絵を描いています。どんよりとした暗めの印象ですが、葉に覆われた街路樹とその配置が何ともいえないリズムがあり、円い形がシャボンのように異国情緒を増していたのを覚えています。
 長生きする画家は暗い絵のままでは人生を終わらないと思っています。画家の詩情が暗いままでは困るのです。人生にはいろいろあろうとも、絵の中の絵空事の世界に、描かざるを得ない詩情、情緒を目に見え形にすること、それが後半の人生の生きがいであったのではないでしょうか。
 僕自身は松島絵画の暗い中での詩情が好きす。ですが、長く生きた画家が自由に絵に打ち込んで、新たな感性を表現しようとする姿には心惹かれます。

 奥の「長崎の間」。氏の作品ではあまり見ることの無い赤い作品があります。それは長崎の悲劇を描いたものでしょう。従軍画家としての戦時経験が「長崎」を画家の言葉として残しておかなければならないという使命感が働いたと思う。絵としては普通の長崎風景の方が松島らしくて良い。画家自身の戦後の再出発という前向きな意欲を絵の造形に感じる。

 2階の入り口前の広間には地元の作家でしょうか?書や立体や絵画が並んでいます。

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 2階は松島以外の収蔵作品展です。
 ここの魅力は何と言っても部屋そのものです。もし「書斎」というものを自宅で感じられなくて、そういう気分を味わい人はここに行くことをお薦めします。北の方から札幌への帰りがけに、時間があればここに立ちよってソファーに身を沈めては。
 冬の雪道を走って外気が冷たいほうがここには似合っている。初めは部屋は寒くてコートを脱げない。本を読んでいるといつのまにかストーブの熱が身を包み、頬が赤く感じる。目を窓に向けると一面は白の世界、振り向けば絵がある。思い出したようにもう一度作品を見ていく。
 そんなことを繰り返しながら時間だけが過ぎて行くのです。そして、時間が体に残るのです。

 誰もいない美術館、それは寂しい言葉です。寂しくとも利用しがいのある場所です。

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 藤本俊子・「野原にて(破れた布)」(1975年)を見れて良かった。
 一万木寿三・「柵」。すぐに作家の分かる作品だが、牛の風情や顔があまりに可愛くて微笑んでしまった。


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     ↑:2009年のカレンダー。「ドラギニャン」(南フランスの都市)・F12 1981年。
 ここの絵画館では年末にカレンダーを入場者に差し上げています。少し早いですが、もう配布していました。写真の作品は今回は展示していませんでしたが、時期も同じで、似た作品傾向です。
 得意の人物はいません。その必要はないのです。面としての屋根が人間の代わりなのです。ピンクがかった屋根色が恋人同士のように語り合っています。

by sakaidoori | 2008-11-29 23:49 | ☆(岩見沢)松島正幸記念館 | Comments(1)
2008年 11月 26日

817) ②時計台 「2008年 第20回 春陽会道作家展・絵画部」 11月24日(月)~11月29日(土)

○ 2008年 第20回 春陽会道作家展・絵画部

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     ↑:会友・佐藤愛子、「ころんだ女」・F130。
 佐藤愛子、好きな画家の一人だ。
 無手勝流のカラー杯の絵画と、線描主体のモノトーンで自由奔放な絵画、見た目は二本立ての画家だ。今作は、一応はカラー・ウーマンの面目躍如という面はあるが、モノトーンの世界を赤色中心で表現したとも言える。
 それにしてもこの赤、最近では非常に珍しい。赤粘土を幾層にもこすり付けて、「転んだ女は血が一杯」とも、「ころんでもころんでも赤く吼える女」という元気さだ。どこが「女」の姿かは分かりにくいが、赤地に染まる犬のような女が眩しい。


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     ↑:会員・宮西詔路、「三頭の馬」・F100。
 あんまり近づいて見ていたら、何がなんだか分かりにくい。タイトルを確認して遠くから見ると幸せな感じで三頭の馬が見えてくる。一頭と寄り添った二頭、こんな色の馬は実在しないが、賑々しい茫洋感に暖かくヒューマニックな馬のつながりを連想してしまう。


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     ↑:会員・八木伸子、「雪山にて」・S50。
 白には定評のあるベテランの八木伸子さんです。情緒的だがいつになくしっかりと色を載せている。厚き白は雪多きボリューム感です。それは季節としては真っ盛りの冬です。寒いはずですが、こういう時期の道内人は嬉々として除雪に励む。きっとそうするであろう人住む街の建物、童話のようなユーモラスで郷愁を感じる。
 画家の目は温かい。年老いても、更に雪に踏み込む意力を、白に街に木々の間に思う。


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     ↑:会員:折登朱実、「果実と貝」・F80。
 得意の灰色に覆われた不鮮明な図柄。久しぶりに大振りを見れて気持ちが良かった。
 たまたますれ違った鑑賞者とあれこれと話しが弾んだ。「この模様は何?貝?」「うーん、僕は花びらが不自然にこちらを向いて『今日は』、って言っているみたい」。分かりずらい画題を見てはあれこれと勝手に言い合い、不思議な感じで共に折戸・ワールドに引き込まれてしまった。


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     ↑:会友・斉藤啓子(新得)、「おしえてよ、風」・F130。
 タイトルとの関係や、何が表現されているのかは全然分からないのだが、色使いが派手で面白かった。頭上から人の世界に秋色となって風が覆っているみたい。

by sakaidoori | 2008-11-26 23:07 | 時計台 | Comments(0)
2008年 11月 23日

812) 時計台 「黒木孝子・展」  終了・11月10日(月)~11月15日(土)

○ 黒木孝子・展

 会場:札幌時計台ギャラリー・2階B室 
    中央区北1条西3丁目・札幌時計台文化会館
    (仲通り南向き)
    電話(011)241ー1831
 会期:2008年11月10日(月)~11月15日(土)
 時間:10:00~18:00 
     (最終日は、~17:00まで)
ーーーーーーーーーーーーーーーー(11・14)

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 (↑:絵画作品は全て「連なる」。)
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 久しぶりの個展です。4年ぶりです。全道展の会友ですから、一応は毎年1点は見ているわけです。2年ほど前から静かに変わっているという感じです。黒木・抽象画は直線と色の変化・リズムが基本です。基本は変わらないのですが、黄色主体から多用な色の変化を楽しんでいる。単なる直線の重なりの世界に見えていたのが、斜線・曲線を組み入れて、面としての要素が増えた。キュビニズム風の構成画にもなっています。展示も大胆です。写真でも分かるように、連画としての左右2点組と、大から小への3点組み。見事です。
 その変化は作家の心象の変化と言ってしまえばそうなのですが、それでは作家の苦心というか研鑽の跡が何なのかは言い切ったことにはならない。
 画家はただただ線を引いていく。何層も何層も色を線を重ねていく。それは修行僧のような態度だ。そういう緊張を強いらせるのが絵画なのだ。自由な精神の軽やかさを素直に絵にすることは、黒木孝子にとっては絵画ではないのだ。正確に言えば、非日常の緊張度の高い精神状態が、結果として自由な境地の絵になることを願っているのだろう。「修行としての絵画制作であり、悟りの境地としての絵画作品」と、仏教的に語りたくなる。絵画道としての黒木・ワールドなのでは。

 会場には業界紙に発表した「ペンの散歩」シリーズのカットも展示されている。絵画よりもより自由だ。だが、これらは見られる為の作品だから、自由度はやはり抑制されている。2003年のユリイカでの「カット・展」に比較すれば絵画的で品がある。その展覧会の作品はメモ風の日々のドローイングを沢山並べたものだった。本当に自由な線だった。

 おそらく、抽象絵画がそういう線描の精神に高まることを望んでいるのだろう。修行はまだまだ続く。

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by sakaidoori | 2008-11-23 23:13 | 時計台 | Comments(0)
2008年 11月 07日

799) 時計台 「鈴木悠高・個展」 終了・10月27日(月)~11月1日(土)

○ 鈴木悠高・個展
     -Evolution- vol.3

 会場:札幌時計台ギャラリー・G室 
    中央区北1条西3丁目・札幌時計台文化会館
    (中通り南向き)
    電話(011)241ー1831
 会期:2008年10月27日(月)~11月1日(土)
 時間:10:00~18:00 
     (最終日は、~17:00まで)
ーーーーーーーーーーーーーーーー(10・5)

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          ↑:①

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          ↑:②

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          ↑:③

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 Evolution=展開・進化。

 時計台で3回目の個展。絵画自体がどう展開していくのか、自分自身もどう展開していくのかという命名だろう。
 1回目は似たような手法で赤や青とキャンバス毎に色を変えていた。2回目は今回と同じく黄色の世界。

 完全抽象画だし、ゴッホ張りの色や筆の勢いが無いので、普段見慣れない絵画だ。そうはいっても、美術史を紐解けば必ずお目にかかる絵なので、オーソドックスな絵でもある。後期印象派を足がかりに、ポロックからロスコを横断して、絵画の自立的な展開をもくろんでいるともいえる。他の若い男性画家達と同様に絵画史の流れの中に意識的に身を置いて、「絵画とは何か?自分は何を描こうとしているのか?描くとはどういうことか?」を自問している作品群と捉えるべきだろう。

 黄色い世界。絵が抽象画だから、会場もその雰囲気を殺さず大仰にならない展示だ。黄色い部屋だ。
 大き目の3点繋ぎの作品群(①)と3箇所に離された似たような作品群(②、③)。前者は今年の作品で既発表、後者は今展用の新作。黄色の発色が強まる。中に閉じ込めていた何かとの関係で黄色を主張していたのが、黄色それ自体の魅力を引き出そうとしているみたいだ。

 黄色を自画像として見てしまった。

 ①は自分の心の中を見つめようとしているみたい。心象風景だ。心の沈殿物と喧嘩せずに絡み合っている。いや、心には始めから沈殿物などなくて、自分の気持ちで何かがあると錯覚している絵とも言える。
 画家に聞けば、背景の模様のような図は黄色の塗り方によって表現されたもので、何かの上に描いているのではないと。黄色を画家の気分で現しているとも言える。

 ②は、自分にあれやこれやとクドクド考えるのは止めようと宣言しているようだ。「黄色よ、その美しさを黄色らしさをオレが描いてあげよう」と。明るい。朝焼け、祈りの夜明けでもあろう。
 眩しすぎて深みが無いかもしれない。それでは絵における深みとは何か?マチエール(絵肌感)?マチエールとて絵の魅力を引き出す方法の一つでしか無いであろう。文学・思想は結論無き迷路と云うのが現代だ。絵画・美術・芸術とて結論の時代ではないだろう。

 展開・進化と命名した展覧会だ。画家の自信の表白でもある。来年はどう「進化」するのか?

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 ↑:長く見ていると、黄色地の模様が人体に見えたり顔に見えたりする。それは画家の意図ではないが、色のリズムにも重なり見る楽しみを増やしてくれる。

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by sakaidoori | 2008-11-07 23:29 | 時計台 | Comments(0)