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2012年 11月 28日

1892)「武田浩志 ~ユートピアモモイロ 7~」 コジカ 終了10月13日(土)~11月3日(土)

   

武田浩志 

   ユートピアモモイロ 7
         


 会場:サロン・コジカ
      中央区北3条東2丁目中西ビル1F
      (東西に走る南側。)
     電話(011)522-7660

 会期:2012年10月13日(土)~11月3日(土)
 休み:日・月曜日(定休日)
 時間: 14:00~22:00

※ 誕生日パーティー ⇒ 10月23日(火) 19:00~   

ーーーーーーーーーーーーーーー(11.3)

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 部屋の中央に立体作品をおいて、ーー作家は、それを「神殿」と名付けているーー女の子のような男の子のような、「顔」が並んでいる。目鼻口は省略され、ふくよかな髪が「女の子です」と、言いたげだ。そんな性別や、人という実在性よりも、とにかく武田浩志の世界は綺麗だ。その綺麗さで、彼は何処に行こうとしているのか?
 日記のように描き続けていく人物画。どこかとぼけた振る舞いで、こちらが小馬鹿にされているような、それではこちらから小馬鹿にしたくなるような剽軽さだ。限りなく果てしなく「存在というリアリティー」からは遠い。人をそんな風に描いてもいいのか?それなのに彼は人を描く。青年らしい甘ったるい邂逅や抱擁を夢見ているのか?
 だが、やはりこう言うほかには仕方がない。「綺麗だ」、そして「優しい」。「綺麗さ」ということで、何かの存在証明でもしているのか?いや、画家であるということは「存在」は二の次なのかもしれない。絵画解釈上の方便なのかもしれない。一にも二にも三にも、「綺麗さ」が全てだと武田浩志は言いたいのかもしれない。
 だが、それなら何故「人」を描くのか?山や川や、船や建物や、宇宙や心象世界の方がより自由に描けるのでは?もしかしたら彼は簡単に応えるかもしれない。「絵画の美は『人』のためにあるから」と。


 今展では黒を研究している。「黒で描きたかった」ではなく、「黒という色、その世界、他の色との関係性」を見極めたいのだろう。彼はまだまだいろんな事を研究するだろう。頭の中では既に見えてはいようが、全ては実現させねばならない、「神殿」に収めねばならない、のだろう。


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     ↑:左から、「portrait 160」・2012年 木製パネル 和紙 アクリル絵の具 ウレタンニス ラメ 418×530㎜。「portrait 168」・2012年 木製パネル 和紙 アクリル絵の具 ウレタンニス ラメ グラファイト 180×230㎜。



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     ↑:左から、、「portrait 163」・2012年 木製パネル 和紙 アクリル絵の具 ウレタンニス ラメ 418×530㎜。「portrait 162」・2012年 木製パネル 和紙 アクリル絵の具 ウレタンニス ラメ 418×530㎜。



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     ↑:左から、、「portrait 166」・2012年 木製パネル 和紙 アクリル絵の具 ウレタンニス ラメ グラファイト 180×230㎜。「portrait 167」・2012年 木製パネル 和紙 アクリル絵の具 ウレタンニス ラメ グラファイト 180×230㎜。



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     ↑:、「portrait 158」・2012年 木製パネル 和紙 アクリル絵の具 ウレタンニス 印刷物 金箔 ラメ 1303×1303㎜。


 今展一の大作。金箔、印刷物と張り物も自由自在に登場だ。
 男の子がカツラを被っているように見える。「変身」?



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     ↑:左から、「portrait 165」・2012年 木製パネル 和紙 アクリル絵の具 ウレタンニス ラメ 418×530㎜。「portrait 160」・2012年 木製パネル 和紙 アクリル絵の具 ウレタンニス ラメ 471××571㎜。



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          ↑:「神殿 -tree-」・2012年 ミクスト・メディア 630×1760×430㎜。


 「武田浩志考案・集合住宅」では夢がない。「皆なが集う、武田浩志の木」だ。それははかない積み木の家かもしれない。志しある人の「札幌モンパルナス」と呼ぼうか。灯火もあり、やはり、人が大好きな武田浩志である。



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by sakaidoori | 2012-11-28 22:56 |  コジカ | Comments(0)
2012年 04月 05日

1688)③「絵画の場合 2012 最終章 (山本雄基 武田浩志)」 ポルト 終了・3月14日(水)~4月1日(日)

  

○ 絵画の場合
 2012 
 最終章
   


 会場:ポルトギャラリーA・B 
      (北翔大学北方圏学術情報センター)
        (地下鉄東西線1番出口、西に徒歩5分)
      中央区南1条西22丁目 1番1号 
     電話(011)618ー7711

 会期:2012年3月14日(水)~4月1日(日)
 時間: 11:00~19:00
       (最終日は、~17:00まで)

 【参加作家&美術関係者】
 大井敏恭 笠見康大 小林麻美 澁谷俊彦 武田浩志 谷口明志 塚崎美歩 末次弘明 西田卓司 林亨 山本雄基 梁井朗 

ーーーーーーーーーーーーーー(4.1)


 1680番①、1681番②の続き。
 (以下、敬称は省略させて頂きます。)


○ 山本雄基の場合


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     ↑:「40ピースの繋がり」、木製パネル 綿布 アクリル絵具 223×357㎝ 2012年。


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 大きな絵だ。過去最大級だと思う。このグループ展に寄せる意気込みが分かろうというものだ。
 「オレにとっての絵画の場合、今回はとにかく大きくだ」

 確かに努力賞、敢闘賞だ。が、あまりにデザインであり、壁を覆う巨大壁紙になってしまった。「デザインと絵画」の問題提起をしているのかもしれない。

 デザインは匿名的で、気持ち良さ心地良さが勝負だ。考えさせる作品はデザインの敵なのだ。
 すると、彼は「見える見えない」を主要なテーマにしているが、デザイン重視ならば「見えても見えなくても、そんなことはどうでも宜しい。軽く見えない見える良い気分」が重要だ。つまり、「見える見えない」の意味に重きがあるのが狭義の絵画で、「良い気分」に重きがあるのがデザイン。「価値」に拘るのが絵画で、「価値」をすり抜けるのがデザイン、そんな風に思っている。
 しかし、今展の巨大作は作品自体は「良い気分」を発散させてはいない。直線と三角模様、寒色系の中間色で壁の「白」や会場の冷やかな「空気感」を際だたせている。その際だたせ方が、この作品ならではの独自のものならば、デザインであろうと絵画であろうと構わない。残念だが今展は大きさの割には作品力が弱かった。今までは重なりによる深みを追究していた。今回はよりフラットな一面性を試みているのだろう。次回のより大きな作品の為の試作と見るべきだろう。


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          ↑:「ふかしのすきま」、2012年 26.5×26.5㎝。


 小品。綺麗だし夢もあるし、しっかりしている。飽きることなく見続けれる。


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 5月に入ればドイツに行くとのことだ。「イッヒ りーべ ディッフィ」の国だ。自力での一年間だ。若さ一杯のた、前だけを向いた行為だ。大いに無理をして、再会を待とう。変貌を楽しみにしよう。健闘を祈る。


○ 武田浩志も場合


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     ↑:「portrait 122」・木製パネル 和紙 アクリル絵の具 ウレタンニス 金箔 ラメ 印刷物。


 実は、今展で一番驚いている作家だ。あんまり驚いたからじっくり見損なった。

 画題は最近ではお馴染みの「ポートレート・シリーズ」だ。その小品をそのまま大きくしただけのような作品なのだが、やはり大きさに驚いた。小品の連作は、画題が「顔」ということもあり、沢山あることだけで夢も拡がり、考えることもいといとろ涌いてくる。実際、武田浩志は部屋を作ったり、細々したものを並べては全体で見せるというスタンスが多い。だが、今展は「この大きな絵を見ろ!絵だけを見ろ」と画家オンリーで勝負している。「絵画の場合」だから、「絵画」だけを持ってきたのだろう。揺るぎなき自信を感じる。

 そして、画題の顔は「目口鼻なし」というノッペラボーなのだが、5点の連作の流れは「人」も「顔」も消去させてしまった。だが、タイトルは「ポ-トレート」のままだ。(実は、絵としては始まりの人物画は、外光にあたって薄く感じ、彼独特の綺麗な輝きが感じられず残念に思った。もしかしたら、外光の中で制作していないから、色の発散に誤解があったかもしれない。)
 作品はリボンのウエーブが増殖する。攻める、群がる。ついに絵を覆ってしまった。この激しさも意外だ。しかも、人物画よりも密集するリボン画のほうが抜群に綺麗に見えた。「滅びの美学」など画家は追究してはいないだろうが、行き着く先の極みの「美」を表現したい執拗さを感じた。
 長く書きすぎた。そんなことを一瞬に感じて、考えを整理しきらないで見過ごしてしまった。武田浩二、思いの外先の方を進んでいる画家に見えた。彼の背中はなかなか手強い。


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     ↑:「portrait 121」。


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     ↑:「portrait 124」。

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     ↑:「portrait125」・130.3×260.6㎝×3㎝。



 ようやく1階が終わった。なんとか3階も報告できればと思っています。
 ④に続く。) 

by sakaidoori | 2012-04-05 21:29 | ポルト | Comments(0)
2011年 11月 19日

16※※) 「武田浩志 『Utopia MoMo-Iro 4』」 ト・オン・カフェ 11月15日(火)~11月27日(日)

 (ただ今編集中。文章は少し後れます。)


○ 武田浩志 

     Utopia MoMo-Iro 4
    


 会場:TO OV cafe(ト・オン・カフエ)
      中央区南9西3-1-1
       マジソンハイツ1F
      (地下鉄中島公園駅下車。
      北東に徒歩2分。北東角地。)
     電話(011)299ー6380

 会期:2011年11月15日(火)~11月27日(日)
 休み:会期中無休
 時間:10:30~22:00
    (日曜日は、10:30~20:00)
 電話:(011)299-6380

ーーーーーーーーーーーーーーー(11.18)

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 (以下、敬称は省略させて頂きます。)

 タイトルは「モモイロ・ユートピア」だが、緑系の色が強く目に飛び込んだ。そして、律儀に丁寧な陳列と重なり、いささか渋めでもある。空間演出よりも、「キチッと個々の作品を見よ」という武田浩志ワールドだ。栄通風にサブタイトルを付ければ、「目口鼻なしヒトムレと、その住まい」展だろう。
 その輝く発色は一見に値する。だが、「モモイロ・ユートピア」と称えるほど全面開花はしていないだろう。「悩ましき発展途上」展でもある。


 (以下、編集中。明日までには記し終えたいと思います。予想通りというか、写真の写りが悪くて、悩ましい編集です。暗がりが悪いのか、マイカメラが悪いのか、腕が悪いのか、弁明弁明の前口上です。)

by sakaidoori | 2011-11-19 11:37 | (カフェ)ト・オン | Comments(0)
2011年 05月 25日

1567)「pistol3(齋藤周+武田浩志 2人展)」 Room11 終了2月26日(土)~3月13日(日)

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○ pistol 3 
   ピストル スリー

   (齋藤周武田浩志 2人展)
      


 会場:Room11 (アート・スペース+カフェ)
      中央区北3条東5丁目355
      (北海道ガス社屋の向側。北向き。)
     電話(011)208ー1010

 会期:2011年2月26日(土)~3月13日(日)
 休み:3月7日(月) 
 時間:13:00~21:00

※ オープニング・パーティー ⇒ 初日 18:00~

ーーーーーーーーーーーーーーー(3.12)


 2ヶ月前の融合2人展だ。楽しき時間を過ごしたが、書くとなると記憶もあやふやだ。写真を見ながら、思いだし思いだしの文章です。

 (以下、敬称は省略させて頂きます。)

 
 初めてのギャラリーだ。会場の手前と奥の風景から始めよう。

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 白い部屋だ。男三人がくつろぐには野暮ったい。ましてや中間色が軽く飛び交うやさしい空間だ、とまどいがちにもなる。だが、見慣れた作家であり作品だ、女性っぽい部屋にも慣れてくる。まったるくイスに着く。
 座るなり、芝居の一コマに投げ出さてしまった。私はどんな役を演じたらいいのだ・・・。文学青年と若き画家と通りすがりの中年、人生と芸術を、愛と夢とを語り合う物語にしようか。作品が女性だ。上昇する作家二人、彼等を見つめる作品という女性、そして落ちゆく中年、話が上手くかみ合えばいいのだが・・・。


              ~~~~~~~

 融合展と書いた。確かに、中間色を使った淡い作品群は、どれが誰だか分かりにくいところがある。とろけそうな作品の群れではある。だが、武田浩志の変な人物作品は明快な個性を発している。それに反して、齋藤周の息吹のか細さが、会場を一つの世界にしたようだ。その意味で齋藤周の画くテンションが融合展にしてしまった。

 彼は今展の風景的な役割を演じてしまった。目鼻口無し人物画群を中心にした武田浩志ワールドの前座を務めた。そのおかげで、展示全体の奥行きと深みが生まれた。中間色という美が重なり合って、あたかも個展のようになった。
 齋藤周が意図的にそういう絵を画いたとは思えない。彼の現在の心境がそうさせたと思っている。つまり、強く何かを主張したいという位置にいない。何かにもたれかかって、そのもたれを楽しんでいる。もたれるのは自然という実景でもいいし、武田浩志という画家であってもいい。極端な話、誰でも何でもいいのだ。心地良い気分にさせてくれるのであれば。
 以前の「女性への見果てぬ夢を追う少年」ではないのだろう。窓から光をもらい、好きな音楽を聴いているハンサム青年のようだ。青年は少年とは違った夢を見ているのだろう。だが、記憶に残る程の強い夢ではなさそうだ。画くことによって、その夢とまどろんで遊んでいるようだ。画家としての中間期・のんびり期かもしれない。


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 右側が齋藤周、左側が武田浩志。DMの作品だ。入り口の前で迎えている。


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 武田浩志の目鼻口無し人物画。今の彼はこの「人物画」にはまっている。愉快な仲間達かもしれない、あずかり知らぬ奇人変人かもしれない。淡々と武田浩志は人を画いている。日記のようにして、その日の気分を人に置き換えている。色作りなどの技術的なことを試しているのは間違いない。そして、将来の大作なり物語の準備作業も兼ねてもいよう。
 しかし、技術や準備のことは、自然に将来が応えてくれるだろう。そんなことより、今のこの「顔」と「色合い」に何とも言えない魅力があるのだ。
 こんなに人を画くから、画家は人が好きなのだろう。ケンカとか、いがみ合いとか、憎しみ会うのが嫌いな人かもしれない。なで肩のやさしいシルエットはどこか夢見心地だ。リアルな人間模様とは縁がなさそうだ。人間の生理を削っていって、それでも個性的な人間達、そんな武田浩志ドラマの登場人物だろう。
 モグラタタキで叩いてみたい。彼等はどんな反応をするだろう。武田浩志に棹さしてみたい。ひねくれ小僧を一匹、この中に入れて、悪戯をさせたい。それでも彼等は目鼻口無し顔でやさしく迎えそうだ。それは画家のサービス精神の賜かもしれない。限りなくマイペースなありようだ。芯が無さそうな人物風貌、しっかり僕の記憶に残るのだから芯のある絵かもしれない。


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 齋藤周の縞模様の世界。いつになく直線を多用していて不思議に眺めていた。ふと暗闇の外に眼をやった。「何だ、この風景を絵にしているのか!」画家は窓枠を画いているのだ。間違いない。窓の模様に見とれて、色遊びをしているのだ。
 「何かを画く」という心境ではないのだろう。目に映るよしなしことを画きつづれば、妖しうこそ物狂ほしけれ。



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 楽しそうな二人の遊び場だ。奥にも部屋がありそうだ。覗いてみよう。


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 トイレのようだ。愉快なトイレだ。気になるところにチャンと作品もある。


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 武田浩志の世界。
 このコーナーは間違いなく夜に見た方が良い。格子縞の空の色と作品の形や色が響き合っている。夜鷹の星のようだ。



 適当に作品を載せます。


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by sakaidoori | 2011-05-25 23:05 |  Room11 | Comments(0)
2010年 10月 06日

1384) コジカ 「武田浩志(・個展) / こ鹿」 終了・9月19日(日)~10月3日(日)


○ 武田浩志 / こ鹿

 会場:サロン・コジカ
    中央区北3条東2丁目中西ビル1F
    (東西に走る南側。)
    電話(011)522-7660

 会期:2010年9月19日(日)~10月3日(日)
 休み:21日(火)、22日(水)、27日(月)、28日(火)
 時間:平日   → 18:00~22:00 
     土日祝 → 14:00~21:00

ーーーーーーーーーーーーーーー(9.23)

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  (以下、敬称は省略させて頂きます。)

 今展、とにかく優しい個展だ。優しい画風だから優しい展覧会だ、と言ってしまえばそれまでなのだが、それでは彼の優しさとは何なのだろう?そもそも今展では何を描いているのだろう?「鹿」を描いている。だがこの鹿は「鹿」という具体的な動物ではない。当館のネーミング(=コジカ)に関わるもので、マスコットであり象徴だ。まさに象徴で、「サロン・コジカとはこういう雰囲気のギャラリーですよ」ということを画家は表現している。そのイメージを膨らますために他の作品がある。

 サロン・コジカとしては満足すべきものだ。だが、画家・武田浩志としてはイマイチ不満だ。


 場の雰囲気と画家自身を重ね合わせて、あたかも一体化した姿は心地良い。ことさら武田浩志個人を強く出す必要もないだろう。だが、絵画空間としては不思議な部分が欠けている感じだ。この場に不安や違和感を導入すべきということではない。川で喩えるならば、この川はどんな風に流れて海に行き着くのだろうとか、山に喩えれば、山の向こうには何があるのだろうとか、行ってみたい見てみたい、そんなX(エックス)の部分が薄くて寂しい感じだ。おそらく、彼の優しさに原因があるのだろう。環境なりパ-トナーとの距離感が安心点という定点で一定なのだ。武田浩志自身が土足で相手の空間に入る必要はないだろう。そういう人でもない。でも、時には相手を強く後ろから押してあげるとか、離れすぎて近づけないから手を差し伸べてとか、優しき淀みもいいものだ。


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     ↑:「こ鹿が見えない(自画像)」・木製パネル 和紙 アクリル絵の具 ウレタンニス 金箔 ラメ 印刷物 2010年 51.5×72.8×3。


 入り口ドアの真正面にある作品。ドアの目の前なのだが、進行方向とは若干ズレているので目に入りにくい。
 最近取り組んでいる自画像シリーズだ。もっとも顔のない自画像だから、間接技的自画像だ。おそらく目や口や鼻を描かなくて、「見て、空気を出入りさせて、色を嗅ぐ」姿を描きたいのだろう。画風とは違って意外に欲張りな人だ。

f0126829_214939.jpg 欲張りといえば、タイトルは明快で元気が良い。今までは普通に優しかった。これからは飛び抜けて優しくなろうというのか、優しいばかりがタケダ君ではありませんと、優しくウインクしているのかもしれない。




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     ↑:「神殿」。

 サロン・コジカと武田浩志の愛の巣だ。箱の好きな人だ。



   ~~~~~~~~~~~

 (本当はかなりの分量になった感想記です。以下の文章も省略した一部ですが、自分自身のメモのために残すことにします。重複、蛇足になってしまいました。)

 ・・・・。
 今展のようなスタイルは、もし依頼されれば当然こなす仕事でもあろう。仕事として画家が取り組む場合、画家自身の自己主張をどの程度表現するかを考慮するだろう。場の雰囲気とのかねあいでバランスを保つだろう。
 武田浩志もバランスを保つ。保つどころかバランス感覚に秀でた人だと思う。ただ、彼の場合、弥次郎兵衛のような平衡感覚ではない。場なり空間なりを一様なある種の色とみなし、その色と同化し重なり合わせて仕事が進む。自己の内部イメージを見極めえぐり出して目に見える作品にする、そういうことからは距離をおいた作家だ。始めから外という環境や、誰かという他者がいて、それらとの関係で作品が成り立っている。環境や他者と重なり合う、同化する、そういう関係性の中で自分の居場所をみつめる。それはまさに「色」であり、その色が包み込む雰囲気を距離を保ちながら楽しんでいる。だから、きわどい表現や自己顕示の強さからは距離をおくのだろう。
 ・・・。

by sakaidoori | 2010-10-06 21:46 |  コジカ | Comments(0)
2010年 02月 15日

1197) ト・オン・カフエ 「武田浩志・作品展」 終了・2月2日(火)~2月14日(日)

○ 武田浩志・作品展

 会場:TO OV cafe(ト・オン・カフエ)
     中央区南9西3-1-1
       マジソンハイツ1F
     (地下鉄中島公園駅下車。
     北東に徒歩2分。北東角地。)
      電話(011)299ー6380

 会期:2010年2月2日(火)~2月14日(日)
 休み:会期中は無休
 時間:10:30~22:00
      (日曜日・ 10:30~20:00)

ーーーーーーーーーーーーーーー(2・13)

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     (↑:屋外からの風景。)


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     (↑:屋内風景。)


 特に総合タイトルはない。こんな名前を付けたくなった。「タケダクンチと仲間達」、あるいは「誰かが居るのか居ないのか、僕の心」。

 今展は武田浩志にしてはいつになくしっかりと強い展覧会だ。

 絵画作品は薄塗りの淡い色に覆われて、輪郭をごまかしているようだ。「弱さ」を越えて「柔(やわ)」過ぎる。その力なく思える態度に、「どうしたタケダ君」と、エールを贈る仲間がいるかもしれない。
 だが、描ききることを拒否した態度は強い意志の表れかもしれない。淡い絵画作品が何もない空間中央をス透かし見つめている、会場全体を一つにまとめようという強い意志が働いているのも事実だ。その決意のような態度に、「どうしたタケダ君!」と、笑みを浮かべてウインクを贈りたくなってしまった。

 彼は「器(うつわ)」を作っているのかもしれない。器の機能性と形の美学が、彼の狭い意味での美学やデザイン感覚の発揮の場だ。そして器には閉じこめられた空間ができる。そこに自分が入らない。自分を不問にするというか、他者の作品をそこに投げ込むことによって、器全体がどう変化するのかを楽しんでいた。確かに安直な関係性・構築性は実現できただろう。だが、茶器と茶をたしなむ一期一会的な緊張感を、過去の「武田システム」からは伺えなかった。彼の優しさが邪魔をしていたと思う。

 今展、しっかりと自分の器の中に自分を投げ込んだ。
 そこで見えた彼の美学とは、実体のある「美術作品」で、実体のない世界を作りたいという意志だ。
 彼は家を好む。器師・武田浩志にとっては願ってもない世界だ。そして、その住人である個々の「明瞭なる人」よりも、「人と人との関係性」が大事なようだ。ある人とある人が「赤い紐」で結ばれ、いろんな色の世界が淡く重なり合い、「生きている証」を残していく。
 
 これは展覧会を見ないとわからないことなのだが、作家は部屋の中央を、意図的に何もない空間にしているようだ。円陣形に作品が並べられ、舞台中央に焦点が煮詰められていく。神域と言うには少しオーバーだが、相撲の土俵のような場になっている。土俵、それも神域なのだが。


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 画家の妄想が生んだ「タケダクンチ」の住人達。「花子さん、太郎君、ケンチャン、ター坊・・・」、明らかに「顔」を画けない画家の姿だ。そして、人の姿も朦朧とした色の闇に包まれている。「大人になることを・・・」、優しさと拒否の世界。
 一番下の「子供」が特に印象的だった。限りなく「顔」が無くなっている。「顔なんて、いらないさ~、風が持っていったさ~」


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 タケダ・荷車に乗って、お父さん山とお母さん山の移動だ、御神輿だ。
 四角い和紙?を子供たちがペタペタ貼って、淡い色が何層にも重なって見える。「セクシャルさ」や「汚れ」からは無縁な子供達の「家族遊び」のよう。


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 宝石箱のような「タケダクンチ」。
 首飾り風の半円形のデザイン、僕はこれを「タケダ模様」と言っている。彼の発表作品には間違いなくこの意匠があります。もう、こういうのは良し悪しを離れて作家そのもののデザインなのでしょう。


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by sakaidoori | 2010-02-15 15:19 | (カフェ)ト・オン | Comments(0)