栄通記

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2016年 04月 29日

2503) 「第四三回 北海道抽象派作家協会展」 市民ギャラリー 終了/4月119日(火)~4月24日(日)  

 

 
第四三回
北海道抽象派作家協会展
 


 会場:札幌市民ギャラリー A室
     中央区南2東6(北西角地)
     電話(011)271-5471

 会期:2016年4月119日(火)~4月24日(日)
 時間:10:00~17:00
      (初日は13:00~、最終日は~16:00まで。) 


 【出品作家】
 同人:今庄義男(岩見沢) 小川豊(小樽) 丸藤真智子(札幌) 後藤和司(札幌) 佐々木美枝子(得陳) 鈴木悠高(札幌) 田村純也(苫小牧) 名畑美由紀(札幌) 林教司(岩見沢) 三浦恭三(小樽) 宮部美紀(石狩)・・・以上、12名。

 推薦:伊藤貴美子 木内弘子 田中季里(岩見沢)
 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー(4.24)

 会場風景と、作品をまとめて載せます。
 参加者は13名です。部分紹介になると思います。


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 大作絵画はここではよく似合う。天井は高い、広々している、黒タイルの反射もよろしい。そして、何となく冷ややかな空気感、大きな作品を近くに遠くにながめまわす。
 そういう気分ではあるが、小品がやけに多くて作品全体を小さくしているみたい。やっぱり、ここは大きな作品の迫力で突き進んで欲しいものだ。何点かの小品は展示リズムとしては良いと思うが、いささか多すぎると思った。

 (以下、敬称は省略させていただきます。)


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   ↑:(左側は名畑美由紀、右側は田村純也。手前の針金円球は田村純也、「操 -SOU- 」・立体 600×250×150.)


 良いツーショットだ。この流れで、立体作家の田村純也から始めます。


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 何年前であったか、田村純也は石作家として、元気よく抽象派作家協会展にデビューした。石は重い、その石を並べるのが彼の基本だ。作品の良し悪しを離れて、「石を並べる」という元気さ、意欲に感心している。
 石といっても、墓石風の展示の仕方で、シンメトリーを好んで展示している。見ていて残念なのは、石という素材の存在感に比して、作品群が小さく見えることだ。作風からは、「生真面目、律儀さ」が強すぎて、石自体の主張に欠ける気がしていた。
 
 田村純也は中高年だと思っていた。今回初めてお会いした。「おっ、若い!」、「石のように実直そうな作家だ」と思った。そして、今回は石ではない。針金の網を丸めての団子連なりだ。何とも軽い!石の重さにコリゴリしたのか、持ち運びもらく。気楽らくらく「田村青虫」の誕生だ。もちろん、律儀さは健在だから、綺麗に並んでとりたててヘンチクリンな作品ではない。ウエーブ状にしたのは動きが欲しかったのだろう。それに、触ってみたくなる。鑑賞者との交流もネライだろう。それよりも、「オレは何でも出来るんだ!石作家などと、型枠をはめないでくれっ!」ということだ。

 (「操」、手先でやりくりする。現代中国語の「操・cao(つっあお・1声)」、しっかりと持つ。)




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   ↑:名畑美由紀、全て「ROSE」、中央はF100、他はF50。)



 悩ましきかな名畑美由紀、だ。
 もし、今作のマチエール(色味や色質)絵画評価の基準にしたならば不合格だろう。ところが、この抽象派協会展作品は画質の高い作品が多い!あんまり上手だから、ついつい色に見とれてしまい、抽象自体の楽しみが何処かに行きそうだ。特にベテラン同人はそうだ。
 絵画の原点は「色」だから、色に拘るのは当然だ。では、どんな色味を名畑美由紀は追求しているのだろう?そこが悩ましい。
 もちろん、狭く色味だけを追求してはいないだろう。構図だとか・・・(こういう作品に構図をどうのこうのというのは、僕の能力を超えている)、画面全体が醸し出すリズムだとか、そういうのを一切合切包み込んだある種の感覚・感性を主張したいのだろう。余りに画質に捕らわれすぎたら、絵画が狭くなると思っているのかもしれない。
 それではどんな感性を紡ごうとしているのか?おそらく、本人も明確に自覚するには至っていないと思う。「喉のここまで出かかってはいるのだが・・・出てこない」という境地だと思っている。そういう名畑美由紀の「生まれいずる悩み」を楽しんでいる。




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   ↑:伊藤貴美子(推薦作家)、「MOKU」。アクリル F4×20枚 F8×10枚。
 



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 タイトルは「MOKU」。「もくもくもく」ということかな?「雲がもくもく」、「気分がもくもく」、「宇宙がもくもく」、そんなふうに理解しよう。
 こういう作品は小部屋でも中部屋でも大部屋でも成り立つ。だから、同じ作品であっても、場との絡み合いが大事だろう。一枚の作品がどうのこうのではなく、その繋ぎ、関わり、動き、リズムが勝負だ。美学的には余白としての壁が手強いところだ。しかも、今展はグループ展だから、他の世界との関わりも考えないといけない。
 日記のような一枚一枚の作品、お日様は東から昇り西に沈む日々の繰り返し。添い寝するように画家もくり返す、絵を描いて・・・その連続と非連続を「MOKU」として表現する。もっと「もくもく」すればと思った。天まで届くぐらいに、モザイク状に作品が膨らめばもっと楽しかっただろう。





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   ↑:田中季里(推薦作家)、「doors」・180×210 紙 鉛筆。



 こちらも小品の合体作品。でも、「もくもく」気分ではない。しんみりしたブルーの世界での、沢山のドア。ドアドアドア。それは未知への道標?世界を閉ざす塀?まるで坊主が「壁の前に3年」という修行気分も漂う。修行ではなくて一人遊びというべきか。




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   ↑:鈴木悠高(同人)、「drawing 01~04」・ミクストメディア。



 以前は色一色で勝負していた。最後は黄色に拘っていた。本当に修行のような絵画だった。それに疲れたのか、変貌・深化のためか、今ではその面影はない。確かに、今展の大作は以前多用していた黄色中心だが、その意味合いが全く違う。模様の風景、あるいは空間処理的な扱いだ。そして模様はどこかしらユーモラスだ。
 気になるのは、小品に露わだが、伝統的東洋画(日本画)の気分が旺盛で、余白美に拘っているようだ。その探索の過程に位置しているのかもしれない。



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   ↑:小川豊(同人)、「心のひだ 2016-4-16」・油彩 182×92(5枚)。


 「心のひだ」をずーっと表現している。初期の作品は青春の悶えのようなものも感じて共感度も高かった。最近は様式も固定化し、悩みや憂いの影は薄れ、抜群の安定感で絵画行為に励んでいる。
 僕は作品に動きや変化、あるいは意外性を好む。そして情緒不安定な人間だから、ハラハラ気分を最も楽しんでいる。しかし、思えば、画家というものは若い時とか、描き始めの頃は描きたい心象も定かではないから、あれこれと変な世界も飛び出てくる。描き進めば、自分のしたいことを自覚して、それを追求するものだ。たとえ他者からはマンネリ風に見えても、他人の為に描いているのではないからしかたがないことだろう。
 ましてや小川豊は器用な人ではなさそうだ。一本勝負の人?それはわからないが、真一文字に我が道を歩む人なのだろう。



 随分とあれこれ書きすぎました。以下、展示順番に可能な範囲で掲載します。



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   ↑:宮部美紀(同人)、「流れる Ⅰ Ⅱ」・油彩 F100×2。




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   ↑:丸藤真智子(同人)。大作は、「風邪の向こうに Ⅰ Ⅱ Ⅲ』・(3点とも)ミクストメディア F130、小品は「星の夜 Ⅰ Ⅱ」・(2点とも)ミクストメディア SM。


 以前も質感は重たかったが、より軽やかで明るかった。重たい画家になったみたいだ。「絵画の精神性」ということを追求しているのか?




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   ↑:後藤和司(同人)、「river 2016」・アクリルなど M100×3。


 今回のテーマは「川」、流れるということか。常に流れている人だ。落ち葉であったり、星屑であったり、気分であったり・・・後藤流れに身をまかそう。




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   ↑:今庄義男、「古里 Ⅰ Ⅱ」・(2点とも)油彩 90×120。



 以前のタイトルは「コリ」だった。とうぜん「古里」を含意している。今回は素直に「古里」。





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   ↑:木内弘子(推薦作家)、「奏 その1 その2 その3」・(3点とも)油彩 F100。



 「奏(かなで)」にしては、色がくすんでいる感じだ。色の発色に研究の余地がありそうだ。





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   ↑:林教司(同人)、「赫景 Ⅰ Ⅱ」・油彩 F100×2。



 気力充実の作品だ。





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   ↑:佐々木美枝子(同人)、「作品 Ⅰ Ⅱ」・(大作2点)S60。


 「美枝子ピンク」というのだろう。ピンクの持つ可愛さ可憐さには無縁だ。「怨念」では言い過ぎだが・・・。




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   ↑:三浦恭三(同人)、「関係律 16ー1 16-2 16-3」・油彩 P100 F60 F60。



 いつもと同じ仕事だが、タイトルが変わったようなきがする。「関係律」だ。数学的用語風だが、音楽的響きも共有している。
 上の全体写真は少しぴんぼくになりました。個別作品を載せます。じっくりと「関係律」を楽しんで下さい。



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   ↑:「関係律」・油彩 P100 。



 次は小品です。こういう三浦ワールドは初めてです。線描の好きな僕にはたまりませんです。



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by sakaidoori | 2016-04-29 20:43 | 市民ギャラリー | Comments(0)
2012年 11月 29日

1893)「北海道抽象派作家協会秋季展 '12 第三十六回」 時計台 終了10月1日(月)~10月6日(土)

'12 第三十六回

   北海道抽象派作家協会秋季展
 


 会場:札幌時計台ギャラリー
      中央区北1条西3丁目・札幌時計台文化会館
      (東西に走る仲通りの北側のビル)
     電話(011)241ー1831

 会期:2012年10月1日(月)~10月6日(土)
 時間:10:00~18:00 
     (最終日は、~17:00まで)

 【参加作家】
 同人:今庄義男(岩見沢) 後藤和司(札幌) 佐々木美枝子(札幌) 鈴木悠高(札幌) 名畑美由紀(札幌) 林教司(岩見沢) 三浦恭三(小樽)

ーーーーーーーーーーーーー(10.2)


 
 (以下、敬称は省略させて頂きます。)


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     ↑:①。

 中央の水色2点は三浦恭三
 左側の青色作品は名畑美由紀


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     ↑:②。

 左側の暗い作品は後藤和司
 右側の赤い2点は佐々木美枝子



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     ↑:③。


 左側の黄色い作品は鈴木悠高
 中央の4点組は今荘義男
 右側の黒と灰色の3点は林教司




 同人のみによる作品ということもあり、「純粋化された抽象画家集団、抽象世界」の感がある。また、各自複数出品だから、それぞれの持ち味も楽しめる。「ディス・イズ・抽象画」だ。

 たかだか10年間ぐらいしか見ていないので、この団体の変遷は語れない。40年近い伝統に対しても無知だから讃辞を贈れない。が、少なくとも近年の発表スタイルを見て言えるのは、新しき血の吸収を相当に激しく試みたが、あまりに同人の力が強くて新血は潔くとせずに霧散したようだ。
 文字記号の人・外山欽平は去った。確かに文字や記号は抽象として使用可能だが、具象の極みという側面がある。余りに社会的束縛と形上の約束が強いからだ。氏の退会によって、一層絵画的抽象化を推し進めたとも言える。
 一方、異質とも思える名畑美由紀と、直線一本道の鈴木悠高が新たに同人になった。


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          ↑:名畑美由紀、「R」。


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          ↑:(上の作品の部分図。)


 なぜ「R」か?おそらく、「L」という作品がもう一つあり、組作品の片割れだからだろう。
 なぜ「青」か?「鈴木悠高は黄色だし、佐々木美枝子は桃色だし、林教司は黒だし・・・青にしちゃおう」か?あるいは空ばかり見ていて描きくなったのかもしれない。すると「水色の三浦恭二」の隣の展示になってしまった。「一緒に並ぶと私の作品、人畜無害の明るい世界だわ。左の佐々木美枝子さんの強い世界に比べて、私のマチエール、見劣りしない?まぁイイわ、ホホホホホ。」。

 実は、彼女の絵画センスに、軽やかな音楽的ハーモニーがある。そういう世界を描き続けていけば、それなりの「名畑美由紀ワールド」は間違いなく達成される。しかし、何故だかわからないが、そういう感覚的絵画に飽き足りないのだ。そういう意味では相当に悩める画家なのだ、名畑美由紀という人は。ただ、悩みが他の多くの画家のように内向きに行かない。先人の試みや、主婦的発想のいろんな世界に後追いであろうが、先行きであろうが手が進んでしまって発表してしまうのだ。
 抽象画家・名畑美由紀というよりも行為する表現者に近いかもしれない。それでも絵画が中心だ。無手勝流に飛び跳ねる熟女・名畑美由紀である。



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     ↑:佐々木美枝子、「作品A」、「作品B」。


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          ↑:(上の作品の部分図。)


 激しい赤だ、ピンクだ。ピンクだから可愛い、と思ってはいけない。執念、怨念の女色だ。
 外にある太陽には目もくれず、内なるマグマ溜まりのみを見つめている。恐るべき執念に満ちたエネルギーだ。「時」をびっしり詰め込んでいる。

 こういうグループ展はどうだろう。「佐々木美枝子 + 全道展・高橋靖子 +ニューヨーク在住・中岡りえ + (故人)小樽・藤本俊子」の4人展だ。

 生活環境や発表スタンスは明瞭に違っている。が、内側を見つめるそれぞれの「おんな性」は強烈だ。糸を紡ぐような詩情はあっても、ロマンからはほど遠い。見たいものだ。



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     ↑:三浦恭三、「連鎖」。

 以前は「循環」というタイトルだった。画面を左右に横断し、元に戻るような水の「流れ・循環」に見えた。
 今作、描かれた一つ一つがアメーバー状に動き、それらが上下に重なって空間的拡がりになっている。それよりも何よりも、全体が抽象化された人物像だ。少なくとも、全体が中央に固まって、飛び跳ねようとしているみたい。背景の色は若々しい水色で、「リ・フレッシュ 三浦恭三」だ。最近、とみに強さを感じる。

 この三浦恭三、名畑美由紀、佐々木美枝子が全体で一塊に見えた。色味が原因だろう。敢えて言えば、「女性的」世界だ。



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     ↑:後藤和司、「秋のコンポジション」。


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          ↑:(上の作品の部分図。) 


 後藤和司の基本にあるのは、季節の詩情なり空気感なりを表現する人だ。格好良く言えば、「自然の相」の表現者だ。そして、抜群の絵肌表現の出来る人でもある。職人的だ。
 普通に自然に触れて、その観照世界を表現すればいいのだが、実際、有り余る実力でそれができるのだが、なぜだか氏はそこに立つのを拒絶する。「安易に自然を、ありのまま描いてはいけない。特に写実に描いてはいけない。今見える姿は仮の姿かもしれないから」と、自分に言い聞かせて絵画をたいそうむずかしくしていく。それも仕方がないのかもしれない。普通に描けば何でも描ける人だから。
 当協会同人の中でも、一番のマイペース派かもしれない。他者に関係なく、常に我が信じる道を行く。



 残り三名は③の写真で一塊になっている。先ほどの3名が女性的ならば、こちらは男性的に見えた。そして、後藤和司が中間で立ちん坊というスタイルだ。


 以下、個別写真のみでこの項目を終えます。


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     ↑:林教司。左から、「種子 B」、「種子 A」、「種子 C」。


 写りが悪いので再掲します。


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     ↑:林教司。左から、「種子 B」、「種子 C」。


 画題や構図は旧作を踏襲しているが、バリバリの新作と理解している。
 いつもような重量感には乏しいが、ひ弱なロマンはない。淡々と原点を見つめているようだ。



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     ↑:今荘義男。左から、「古里 イ」、「古里 ロ」、「古里 ハ」、「古里 二」。


 珍しい「古里」バージョンを取り上げます。


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 太陽にひれ伏す村人のよう。古代の太陽賛歌儀礼だ。同時に、「土」にも言祝(ことほ)いでいる。



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     ↑:鈴木悠高、「イエロー&グリーン」。


 黄色の人・鈴木悠高の大変身か?
 緑や黒の隙間から、「とにかく何か湧いてこい!」と、祈りにも近い命令を発している。

by sakaidoori | 2012-11-29 21:51 |    (時計台) | Comments(0)
2012年 04月 26日

1719)②「春へのコンチェルト」 たぴお 4月23日(月)~4月28日(土)

○ 春へのコンチェルト    

   
 会場:ギャラリーたぴお
      中央区北2条西2丁目・道特会館1F
      (中通りの西側の郵便局のあるビル。)
      電話・林(090)7050-3753

 会期:2012年4月23日(月)~4月28日(土)
 休み:日曜日(定休日)
 時間:11:00~19:00

※ オープニング・パーティー ⇒ 初日 18:00~

 【参加作家】
 糸原ムギ 菅野真由 後藤さとみ 田中季里 名畑美由紀 林教司 藤川弘毅 森実 YUKO 和田奈桜子 ・・・以上、10名。  
      
ーーーーーーーーーーーー(4.23)

 1718番①の続き。
 (以下、敬称は省略させて頂きます。)


 前回はユキダルマと都会的な春を載せました。

 今回は渋い作品から入ります。


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          ↑:糸原ムギ

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 「糸原ムギ」、ペンネームでしょう。当ブログで、美唄会場の個展として紹介した方です。

 失礼な言い方だが、「軽い死相」が漂っていて寒々している。その寒々しさも「春のコンチェルト」なのだろう。この場や他の作品とはミスマッチのような取り合わせで、そこをスルーっと通り抜けて細く淡く突っ立っている感じだ。あまりにもマイペースなので、その怪しげな存在が薄まっても見える。それもこの作家の体質かもしれない。
 「糸原ムギ」、どんな意味だろう?「ムギ咲く野原に糸杉が立つ」、ゴッホにそんな作品があったかな?


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     ↑:右側の白い作品、名畑美由紀

 マイペースと言うことなら、白い作品の名畑美由紀の方が一枚上手かもしれない。あんまりマイペース過ぎて、床の間のような処に鎮座させられた。

 ピンクを覆う白、死相とは逆に生命力を感じる。ハネムーンの白と言えば言い過ぎかもしれないが、そんな爽やかさな前向き目線だ。
 しかし、いつもながら何が出てくるか分からない画家だ。それだけに定期的にいつもみたい人だ。



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     ↑:後藤さとみ


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 連作の中から、一番のお気に入りを載せました。書体も楽しんで下さい。大きくてフックラとした字です。絵が弟、字がお姉さん、そんな仲良しコンビの「みんなの歌」です。



 さて、次はさわやかに変身した二人の男性作品です。


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     ↑:林教司


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 「鉄の人、挽歌の人・林教司」作品です、驚きです。林さんにも春が来たみたいです。氏にとっての春とは・・・。止めましょう、そんな無粋な投げかけは。
 とにかく何を作っても上手いものです。今回は、「爽やか変身、春の巻」でした。




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     ↑:藤川弘毅。正面から見た場合。


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     ↑:やや左から見た場合。


 こちらは「華麗に変身・藤川弘毅」だ。藤川弘毅は廃品を利用して、重量感を柱に、「何か変だな、面白いな」という世界を作る。今回も、言葉で言えば同じようになるのだが、生地の白を巧みに利用して、「変身」した。蝶に見えるから、孵化した後の春の目覚めと言いたくもなる。
 しかし、それにしても華麗に変身したものだ。氏の作品は「存在感」がキーだと思っていた。これからは「美」もテーマになるのだろうか。





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     ↑:森実

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 筆致のめったり感が、強さ明るさをより際だたせている。それに、このめったり感には猥雑物を寄せ付けない求心力があって、作品を構築的にしている。油彩をしていた人だろうか?





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     ↑:菅野真由


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     ↑:(切り絵)。



 具象を伴わない切り絵も珍しい。もっとこの模様を炎と解すれば具象なのだが。たとえ炎であっても、「模様だけ」というのが興味を惹かれる。この壁一面を「切り絵模様だけ」にしたらどうなるのか?




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     ↑:田中季里





 「リフレッシュ・田中季里」、そんな感じだ。今年から教育大学の院生での研鑽だ。スイッチを入れ替えての作品に見えた。まずは腕試しなのだろう。

by sakaidoori | 2012-04-26 22:20 |    (たぴお) | Comments(0)
2011年 05月 28日

1573) 「女が表現する 女・4人展・」 たぴお 5月23日(月)~5月26日(土)

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○ 女が表現する 4人展     

   
 会場:ギャラリーたぴお
      中央区北2条西2丁目・道特会館1F
      (中通りの西側の郵便局のあるビル。)
     電話・林(090)7050-3753

 会期:2011年5月23日(月)~5月26日(土)
 休み:日曜日(定
 時間:11:00~19:00

 【参加作家】
 北村穂菜美 工藤エリコ 坪内あい 名畑美由紀

※ オープニング・パーティー ⇒ 初日18:00~    

ーーーーーーーーーーーー(5.27)

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 4人だけの参加だから、スキッパーを危惧していたが、そうではなかった。テーブルなどの設置工夫もあるのだが、それぞれの作品が女性らしい爽やかな発散型だったからだと思う。画風が異なっていたのも幸いした。決して沢山の出品ではないのだが、間合いはゆとりになっていた。
 (以下、敬称は省略させて頂きます。)


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          ↑:工藤エリコ (切り絵)。


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 今展の主人公は工藤エリコの切り絵だろう。切り取った作品を額装に入れることなく、壁にピンで浮かせての展示だ。微妙に影が写り、目を楽しませてくれる。
 作家に伺ったところ、こういう構想での予定ではなかったと言う。壁面の空き具合で、急遽決めたそうだ。大きな額装作品も予備での搬入だった。会期中、乙女を取り巻く装飾模様は随分増えたとのことだ。なるほど、発展・増殖する展示で実に素晴らしい。実際、良い展示になったと思う。

 しかし、ここは写真の姿を最終展示風景として、チェックしたい。
 シンメトリーを基本的に好む作家のようだ。そのことは作家の気質だから構わない。構うのは、作風の与える流動感覚が、今回のシンメトリー展示では充分に生かされていないようだ。流動性と、シンメトリーの与える重厚性、かつ今回の方法の増殖性、これら三者がからみ合って、壁面全体に雄大なドラマが生まれたらと、勝手に夢想した。いずれにせよ、作者自体のエネルギーをこの壁に打ち込まねばならないだろう。今回は期せずして、その可能性を垣間見てしまった。ここで止めるか、突き進むか?雄渾なるドラマを持ち得るかいなか、それを具体的にするエネルギーがあるかだ。期待しよう。


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     ↑:名畑美由紀

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 今回も名畑美由紀は面白く見せてくれた。
 僕は名畑美由紀のファンだ。
 中間色や線による抽象画は爽やかでリズミカルだ。若さ自由さが良い。
 それは作品の質のことだが、それ意外に特筆すべき魅了がある。どうでも良さそうな出来映えの作品を、無造作にスポーンと発表として見せるのだ。その無防備というか、無神経というか、無手勝流というか、ざっくばらんな精神がすこぶる宜しい。それは主婦のもったいない精神のようで、「作ったんだもの、見せちゃおう」という感じだ。「良い悪いなんて、どうでもいいわよ見て見て、見たくなければ見なくともいいわ」という態度だ。僕は発表者としての、その精神を高く評価している。見せる人はかくあるべしと思っている。

 今展もそういう要素が強い。だから決して上手い作品ではない。それでも見せたい理由が今作にはありそうだ。しばらく、当館に彼女は出品していなかった。だから、心機一転、再出発という思いからだ。それには「女展」とはうってつけだ。「画き慣れない女を画こう、自分も画いてみよう」ということだろう。名畑美由紀の潔い態度を大いに楽しむことができた。


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          ↑:坪内あい

 「夢見る乙女、襲いかかる目ン玉」だ。
 「目ン玉」は意外に怖くない。女性の夢見心地の水玉心が何故に目ン玉になったか?絵だからだ。夢が増殖して、目ン玉として自動運動を起こしそう。何より黄色が迫力満点だ。黄色の中に星の王子様がいるのかもしれない。水底に眠る美女と、黄色で泡立つ王子様、目ン玉は娘を安全にどこまでもどこまでも誘うのだろう。
 坪内あいのシュールな愛と冒険物語が始まりそう。ところが、彼女自身は「普通の風景を描く人です」、と自分のことを語っていた。新道展に出品しますとも。
 何はともあれ、円の好きな人だ。


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          ↑:北村穂菜美


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 よくコンパクトにしっかりと色と線描を入れ込んだものだ。絡ませたものだ。色合いと言い、空間の埋め方といい、このバランス感覚は素晴らしい。
 「女の子の垣間見る人間社会の不安や覚束無さ」を表現している。その女の子達を「ほなみチャン」と言いたくなる。不安を描きたいから、大きな絵にしたいのだろう。一杯描かないと、より一層不安になりそうだから。そう思わせる北村穂菜美の追跡力だ。画面一杯に揺るぎがない。確かに漫画ティックだが、見る目を引き込ませる力がある。なめるような丸い線描を得意とする人でもある。この辺にも彼女の魅力がありそうだ。

by sakaidoori | 2011-05-28 22:37 |    (たぴお) | Comments(0)