栄通記

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2008年 10月 24日

791) 門馬 「橋本忍・陶展」 終了・10月1日(水)~10月7日(日

○ 橋本忍・陶展
     「CRACKED OUTER LAYER  ひび割れた表層」

 会場:ギャラリー・門馬 ANNEX 
     中央区旭ヶ丘2丁目3-38
     (バス停旭ヶ丘高校前近く) 
     電話(011)562ー1055
 会期:2008年10月1日(水)~10月7日(日)
 時間:?
ーーーーーーーーーーーーーー(10・2)

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          (↑:上の写真は入り口から。下は奥からの撮影。)


 シロウト的な感覚とクロウト的な感覚がミックスされた感じだ。何ともアンバランス的なミスマッチさなのだ。そこんところが何とも面白い。

 大き目の壺型や皿型が作品のほとんどだ。白土による表面はひびが入り作家の現代感覚を伝えようとしている。この「白にひび割れ」も面白いのだが、僕にはその形が気になった。左右対称で極端なデフォルメなどしていない。そういう意味では陶芸としての伝統(約束事)を守っているのだが、全体の形がそれ程洗練されていなくて微妙に個性が現れていると思う。自分自身の「形」を軽く楽しんでいる風情だ。

 「ぼろんぼろんと自分を出しちゃった。見てくれよ、オレの作品を。結構カッコいいだろう」と言っているようだ。
 僕はかっこ良さよりも、伝統色の強い壺型作品を伝統と対決しないで自由にふんわりと関わっている姿に好感が持てた。

 作家はいたくこの会場が気に入った様子だった。
 普段は「売り」のことばかりを思って制作しているが、今回は「売り」を無視しての取り組みとの事。今回はこの会場の味わいを充分には考慮しなかったとのこと。だから、今一度展示してより充実感を持ちたいと語っていた。
 
 自前の茶器で抹茶をご馳走になった。革ジャンが似合いそうなその風貌から、緑濃いお茶をいただけるとは思わなかった。どこまでもミスマッチさが魅力的な橋本忍・ワールドだった。来年も再会したいものだ。


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by sakaidoori | 2008-10-24 18:59 | 門馬・ANNEX | Comments(0)
2008年 10月 03日

774) テンポラリー 「梅田マサノリ・展 『細胞の風景』」  10月1日(水)~10月7日(火)

○ 梅田マサノリ・展
      『Scenery of cell 細胞の風景』

 会場:テンポラリー・スペース
     北区北16条西5丁目1-8
     (北大斜め通り・西向き、隣はテーラー岩澤)
     電話(011)737-5503
 会期:2008年10月1日(水)~10月7日(火)
 休み:?(月曜日が一応定休日です)
 時間:11:00~19:00
     (最終日は、~16:00まで)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー(10・2)

 直径2mの透明ビニールボールが部屋の真ん中に吊り下げられている。 その中にも何やら怪しげに白い物がぶら下げられている。


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 在廊中の作家が展示品を説明してくれた。が、僕は入室した時の印象を引きずっていて聞き逃してしまった。

 印象・・・ドアを開けるといきなり焦点が定まらないうちに何かが目にドーンと飛び込んできた。うろたえてしまった。巨大ボールが焦点を合わせる暇なく襲ってきたのだ。次に、更なる錯覚をしてしまった。ボールの中の白い物が、血抜きされた鳥の剥製としてぶら下げられていると。剥製は美しく白装束として化粧され、逆さづりされている。流れ出す赤い血は一滴も無い。一つの儀式がボールの中で進行している。他人から見られることによって、静かに無言劇のように。ボールは動かないが我々を自然に動かす力がある。我々はぐるぐる廻らせられる。人一人が通れる空間をボーとして歩くのだ。鳥の背後には子宮とも卵巣とも思える円いガラス球が屍からはみ出している。あまりにもむき出しにされた女の象徴とも命の証とも見える。

 (そのガラス玉は目なのだ。中にはカメラが隠されていている。人の視野と同じだけの広がりを写す。インターネットに接続されてバーチャル空間として電波でこの会場の様子を送り届けるのだ。主に写されるのは壁の展示作品だ。標本のようなそれらには特殊溶液で満たされ、光に当たると色を発し変化していく。西日に当たる標本作品が時間の移ろいを外部に転写するのだ。)

 大きくてシンプルな作品に凝った仕掛けをしているものだ。どこかアンバランスな二重構造だ。標本作品も爽やかで粘着的だ。箱と水と台のシンプルさに反して、余りに華美な容器のデザイン。ミスマッチのようなこの感覚は個性的でもある。

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 梅田マサノリ、不思議な作家だ。
 巨大ボールは子供の遊戯としても使われた作品との事だ。そういう優しさが作品にはある。が、それに劣らぬアイロニーがある。

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f0126829_2239431.jpg 作家は数年前に大病を患ってようやく回復しての作家活動だ。体に水が溜まり、癌化してその腫瘍を摘出したとのことだ。その体の一部としての腫瘍の写真を利用しての作品が入り口脇の特陳コーナーに展示されている。左の作品だ。担当医者が撮ったそうだ。何とも薄気味悪い。決して単なる生命賛歌の人では無い。









f0126829_2244516.jpg ほとんど意味不明な器械がこっそりと置かれてある。チックタック・チックタックとせわしく音をたてている。部屋にはバロック音楽が流れているというのに。
 作家に尋ねると気圧計との事だ。「音、良いでしょう。時限爆弾のようでしょう」。!!!。この言葉には本当に驚いた。あまりに全体とのミスマッチのような仕掛けを作家は軽く楽しんでいるのだ。

 吊り下げられた「鳥」を始めとして、材料として真綿を多用している。美しくも優しい梅田マサノリ、その真綿で背後から首を絞める刺が魅力的だ。
 閉所空間を利用した展覧会だった。どこを見ても閉所だらけ!狭い部屋に巨大ボールを閉じ込め、その中に入れ子のように何かを閉じ込め、壁には蓋として閉じ込め作品を並べる。
 閉所からの反逆を見た。

 

by sakaidoori | 2008-10-03 22:15 | テンポラリー | Comments(2)
2008年 10月 01日

771) さいとう 「富樫はるか・個展(日本画)」 終了・9月16日(火)~9月21日(日

○ 富樫はるか・個展

 会場:さいとうギャラリー
     中央区南1西3 ラ・ガレリア5階
     電話(011)222-3698
 会期:2008年9月16日(火)~9月21日(日)
 時間:10:30~18:30
     (最終日は、~17:00まで)
ーーーーーーーーーーーーーーー(9・19)

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 (暗い写真になったので明るくしています。原画の再現度が悪くなってしまいました。お許し下さい。

  2004年3月、北海道教育大学美術科日本画研究室卒業。札幌在住。

 学生時代?の作品から、最近作までの展覧会。
 彼女は相棒・佐野妙子さんとの2人展を数多く開き、グループ展にも参加しています。見る機会もそれなりにはあります。今展、スッキリした白壁に均一の大きさの作品群です。まとまった発表は久しぶりでしょう。

 最近作はメルヘン性が強い。
 もともと連作で物語性の強い画風です。風景に心象を託すのですが、日本画固有の線の鋭さが、色合いと重なって寂しく悩める青春心を表現していました。
 一方で色合いくっきりのキャラクター物も描いています。漫画的と言ったほうが分かり易いかもしれない。そういう意味では近作はキャラクター的な表現に近づいているのでしょう。青春の心象世界から、夢多きメルヘンへと。


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 ↑:「降りそそぐ祈跡」。

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 ↑:「カレンデュラ」。

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 ↑:「RAIN FIELD」

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 ↑:④「海に続く道」。

 以上の作品は全てが近作かは確認しませんでしたが、メルヘン的な絵です。
 「線の人」、というイメージが富樫さんにはあります。近作は面へのこだわりが強い。風景・浮世絵の北斎や広重を連想してしまいました。北斎の形と構成、それは④の絵の大仰な円形になっているようです。広重の叙情性がメルヘンへと変化しています。


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 ↑:2点1組の作品。左から、「夜明け前」。「夏の終わり」。
 昨年、4プラでの2人展で見た作品。渋く、象徴的。


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 ↑:「行き着く先」。

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 ↑:「いつかの風景」。

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 ↑:「レイル」。
 おそらく、少し古い作品では?こういうリアルさの方向に、当面は進まないようです。

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 ↑:(タイトルは?すいません。)
 メルヘンというよりも、異性への恋慕でしょう。少し甘ったるいですが、若き女性画家の正直な一面でしょう。
 「青」がこの絵に限らず登場します。「青の人・富樫はるか」です。

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by sakaidoori | 2008-10-01 12:22 | さいとう | Comments(0)
2008年 10月 01日

770) テンポラリー 「新明史子・展」 終了・9月16日(火)~9月28日(日)

○ 新明史子・展

 会場:テンポラリー・スペース
     北区北16条西5丁目1-8
     (北大斜め通り・西向き、隣はテーラー岩澤)
     電話(011)737-5503
 会期:2008年9月16日(火)~9月28日(日)
 休み:?(月曜日が定休日です)
 時間:11:00~19:00
     (最終日は、~18:00まで)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー(9・28)

 2段組のモビールが7組吊るされてある。それには写真から切り取られた人物がぶら下げてある。壁には小さなボックス・アート、セピア色でポツンぽつんと展示、昔の家族のスナップ写真だろうか?

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 今僕は、写真を見ながらこの感想記を書いている。
 宙ずりになった被写体としての人物・写真は、閉じ込められたアングルの中では何ともいえないリアルさがある。それは二重構造としての写真が脳で再構成されるときの虚像であろう。意識が写真のみに限定される知的操作といっていいかもしれない。
 だが現実の展示空間はもっと軽やかなものだった。
 もし「新明史子」という名前も画歴もしらないならば、もし同じように外光の当たる札幌資料館で無名の人として作品を見たら、どれだけの人があれやこれやと頭を働かせるだろう?

 新明史子は「自分自身の家族」にこだわる。
 文学で言う「私小説」だ。だが、自分をさらす事に一般化なり普遍化しようとはしない。評価という価値基準からずれた所で美術作業をしている感じだ。そうは言っても、不特定の第三者に「新明史子の過去の像」を見せてはいるのだが・・・。

 今展は実に軽い。
 家族の存在の軽さの表現というよりも、いままでの自分の過去への距離感に対する重い服を一枚脱いだ感じだ。おそらく一人の人間が家族へ参入したからだろう。その子供と共に戯れるかのように、モビールを作り、ぶら下げて、揺らして、眺めて母子関係の時間を楽しんでいるようだ。

 だが、この現実的な遊びは新明・表現様式に亀裂を生んだかもしれない。というのは、彼女は現在を問わない作家だ。現在を表現しない作家と言うべきかもしれない。常に自分の幼少時が舞台になっている。
 今展に不思議な現象が起こってしまった。というのは、新登場の彼女の子供の写真は「現在」なのだ。その現在の子供の写真と過去の自分の幼少時の写真を同列に並べている。同時に、系譜的家族構成も展示してある。

 モビールはあたかも系譜のような意図で見る者に訴えかける。同時に家族構成員の力関係も暗示している。それは「私」中心主義であり、「女」の系譜になっている。
 例えば、「夫(父)ー私(妻・母)-娘」の組み合わせ。普通は「父・母ー娘」になるのだが、新明史子の場合は「夫ー私・娘」なのだ。あえて平等主義にこだわるならば、「私ー夫・娘」をもう一点追加すればいいだろう。そうはしない。
 「男」もぶら下げてある、「夫」や「祖父」として。だが、それらは家族が男女を必要とする範囲を超えてはいない。だからか、作家の「父」はいない。
 子供が「女」であったのは幸いなのかもしれない。オトコ性を明確化する必要がないから。

 子供の出現によって、過去に重きがあった新明・私小説が現在という時空に流れ込もうとしている。おそらく、「過去ー現在ー同時性」ということで次展からは進むであろう。「夫・男」は「娘」との関係で出現機会が増えるであろう。「父」という呼称はいつ与えられるのだろう?
 それらは作家の表現の深まりの中で増殖していくのか?たんなる広がりとして発展していくのか?今展は今後の表現のターニング・ポイントのような気持ちで鑑賞した。

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 (以下の展示のための参考にして下さい。現場の写真は常に動いていて、全貌の撮影は不可能です。ただ、上の写真はモビールの力関係が分からないので、以下の写真で確認して下さい。概ね左回りの展示紹介。)


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 ↑:「母のスカートを揺らした風は」・2088年。(以下、同じ)

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 ↑:「とおき窓より」・2008年 箱。(展示は5点、全て同タイトル。)

by sakaidoori | 2008-10-01 11:49 | テンポラリー | Comments(2)
2008年 09月 29日

768)HOKUBU記念絵画館「萩原英雄・展  abstrct only」 終了・4月24日(木)~9月28日(日)

○ 萩原英雄・展
     abstrct only

 会場:HOKUBU(ホクブ)記念絵画館
     豊平区旭町1丁目1-36
     電話(011)822-0306
 会期:2008年4月24日(木)~9月28日(日)
 開館日:毎週木・金・土・日曜日
 時間:10:00~17:00
 料金:一般300円、小中生200円 
ーーーーーーーーーーーーーーーー(9・28)

 いつでも行けると思っていたら最終日になってしまいました。
 幸いにも館長にお会いすることができ、それ程の会話を交えることはありませんでしたが個別作品の紹介の許可を頂きました。有難うございます。
 会場のムードと個別作品を紹介したいと思います。

 会場は2階と3階が展示室です。今展は2階からの観覧です。比較的古い作品が2階の展示ですが、編年別にはなっていません。


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 ↑:以上が2階です。真ん中に横壁があって、部屋を二分しています。ソファーのある部屋が奥の広々とした空間です。左周りに見ていくことになります。

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 ↑:3階の入り口左側。テーブルの左側には本棚があります。ビデオも見れるようになっています。しっかりと萩原英雄氏の説明ビデオを見てきました。

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 ↑:以上が3階です。


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 (↑:クリックして大きくして下さい。)


 パンフレットには「近代の木版画を切り開いた祖」とあります。
 
 1913年 山梨生まれ。
 1938年 現・東京芸術大学美術学部油彩学科卒。
 1953年 結核療養中に年賀状の為に始めて木版画を制作。
 2007年 逝去、享年95歳。

 輝かしい画歴は木版を始めてからの成果だ。木版以前の荻原・油彩画がどの程度の力量で、どう評価されていたのかは知らない。木版を知ることにより、木版の制約を油彩画家の立場から克服していく過程が木版の可能性を広げていったようである。

 木版の制約?
 ① 木版凸版の平面さ。いかに油彩画のように深みのある画質を表現するか。
 ② 木の木目による鑿跡(線描)の方向性の制約。等々。

 それらの課題は棟方志功のように、強く刷られた色が裏に滲んでくるのを利用した「両面刷り」や、ドライ・ポイントなどの西洋凹版の技術を応用すること、小さな版木をコラージュの様にランダムに張り合わせたりして、色の深みと自由さを確保していった。その成果が各種の受賞へと評価されたようだ。

 一方で、キャンバス油彩への不満が浮世絵以来の木版画の伝統を踏襲することによって画家としての可能性が開けていったのだろう。キャンバスの万物創造と自己愛(画家が神になること)の窮屈さから、日本美への回帰として。パンフレットは「装飾的な平面の空間」創造と指摘している。

 追憶シリーズが明瞭だが、編年的に作品を追っていくと「土に還る」という意識が濃厚のような気がする。今荘義男氏を思った。
 技法の発明は先駆者としては讃えられるべきだが、今となってはそれだけでは後世に残らないであろう。技法を発明しなければ表現できない「荻原・ワールド」が大事なのだろう。
 わずかばかりの鑑賞で好き嫌いは言えても、それ以上の事を語る能力は僕にはない。識者の意見を聞きたいところだ。
 再び北武記念絵画館で展覧する機会があると思う。以上はその時の為の個人的メモだ。


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 ↑:「パリス(ギリシャ神話より)」・1996年 38.0×53.0。

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 ↑:「お伽の国(No.3)」・1966年 55・0×80.0。
 自由な線を木版で追求しようとした作品。
 上の絵、どこかミロの版画との近似を思う。
 木版画の線の自由度の確保。古代中国の書家は木簡の筆の制約性(例えば、横線は木目の抵抗にあい、力強い線が出来る。)からの開放を紙により自由さを実現した。四方八方への筆の自由な運びは書の成立となった。なぜか、その類似を連想した。


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 ↑:左から、「白の幻想(2)」・1962年 86×59。
   「古代の唄(No.1)」・1965年 90×60。


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 ↑:左から、「古代の唄(No.9)」・1965年 90.0×60.0。
  「追憶(No.1)」・1986年 54.0×72。
 背景のぶつぶつ模様は表に刷った色が裏側ににじみ出た色だと思う。深い色合いや空間表現の基礎になっている。
 
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 ↑:左から、「砂上の星(No.16)」・1983年 90×60。 
   「追憶(No.4)」・1987年 90×60。


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 ↑:左から、「追憶(No.6)」・1988年 90×60。
   「追憶(No.17)」・1994年 90×60。


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 ↑:左から、「追憶(No.19)」・1995年 90×60。
   「追憶(No.20)]・1995年 90×60。

by sakaidoori | 2008-09-29 22:09 | ☆北武記念絵画館 | Comments(0)
2008年 09月 28日

765) ギャラリー・エッセ 「花田和治  『自選展』」 9月23日(火)~9月28日(日)

○ 花田和治  『自選展』
       
 会場:ギャラリー・エッセ
     北区北9条西3丁目9-1 ル・ノール北9条ビル1階
     (南北に走るメイン道路の東側)
     電話(011)708-0606
 会期:2008年9月23日(火)~9月28日(日)
 時間:10:00~19:00
     (最終日は、17:00まで)

ーーーーーーーーーーーーーーーーー(9・26)

 まずは会場の全体風景から。

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 ↑:入り口付近。以下、左回りでの会場の全貌。

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 非常に素晴らしい個展だと思います。
 今展は「自選展」です。が、残念ながら個々の作品には制作年代は明記されていません。花田和治氏の年齢もはっきりしません、おそらく60歳前後だと思います。
 この展覧会を見る限り、完全抽象画から出発してシンプルな具象性を加味しながら、最近作は無駄を排した詩的情景画に至っています。
 何が素晴らしいか?若き頃の抽象画は年齢と共に変化するものです。その変化を我々は最新作から逆に氏の全貌を振り返るわけです。若き頃の可能性が結果として最近作に結実した姿、結果的にはその過程を好ましく思ったり良否の価値判断を下すわけです。

 最近作のピンク色の「雪の日 Ⅰ」、実に素晴らしい。この作品に至る作家の足跡を楽しむのです。明後日の日曜日までです。是非、足を運んでもらいたい。そして、「次は最近作だけの個展を見たい」と、作家を励ましてもらいたい。

 以下、奥さんからの話と僕の憶測に基づいて制作年代を加味しながら、あえて個別作品を5部構成で紹介します。

① 超初期の作品

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 ↑:「玄関」

 明瞭に他とは違っています。何処が違うかというと、輪郭線です。表現主義的な思い入れの強い線描になっています。
 奥さんによると学生時代前後の作品とのこと。この自選展に出品するのですから、画家の愛着もひとしおでしょう。タイトルにある「玄関」、正に門立ちの作品です。具体的タイトルは現在と同じスタイルです。

② 抽象作品群。完全抽象から抽象化作品へ。制作年代はほとんどわかりません。

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 ↑:上から、「6月のくもり」。「開かれた窓 Ⅱ」。
 下の作品は裏側が見えるので制作年がわかります、「’93 4/22 30F」と明記。

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 ↑:左から、「早春」。「MEGUMI」。
 確かに完全抽象画ですが、「早春」は風景の抽象化作品として見えなくはありません。水平線(地平線)に空、海(あるいは春待つ草原)というふうに。しっかりと雪の白があります。四角は自己あるいは自宅としてのドアか窓という風に。花田氏の場合、タイトルは万感の思いの反映のように受け止めました。


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 ↑:「三角山の近く」。
 青と緑、三角に切られた直線、ただそれだけです。ほとんどの人が「山」を連想するでしょう。そしてタイトルは僕らを安心させるように「三角山・・」とあります。春、あるいは初夏の山でしょう。間違いない。イメージが膨らむ絵です。

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 ↑:左から、「アース」。「ポプラ」。
 「アース」、不思議な絵です。青のギザギザ模様が人のシルエットにも、木にも見えます。あるいは太陽のオーラが大地に溶け込む姿にも。
 「ポプラ」、まさにそのものズバリです。色面に対する詩情表現の優れた画家だと思う。色や線を限りなく省略しているのですが、省略の痕跡よりも、清々しさ、瑞々しさの足音が聞こえてきそうです。


③ 人物のある絵、及び人物画。

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 ↑:「地下鉄にて」・1991年制作(画布に書かれています)。
 抽象画をしっかり描いていた頃に人物画の虜になった時期があったのかもしれません。女性への憧れというのか、素直なロマンを感じます。顔の茶色が特徴的です。描き手の強い意思の現れでしょうか?

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 ↑:左から、「少女」。「ハナリン」。


④ 3年前の旧テンポラリーから最新作へ。

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 ↑:「母の列車」。
 不思議な絵です。タイトルを読むと何故だか納得したのを覚えています。というのは、3年前?の旧テンポラリーでの個展発表作品でした。強く印象に残っています。
 下の白い部分が夜汽車の照らす灯りで、その列車に「母」が乗っているのか?あるいは画家自身が「母」のことを思いつつ揺られているのか?廻りの薄暗い青と黒が画家の沈鬱な気持ちの反映なのか、母の心のありようなのか?哀愁に満ちた作品です。ただ横に波打つ線と、それらに区切られた色だけの世界。悲しみが覆っているようです。

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 ↑:「雪の日 Ⅰ」。
 薄いピンクが若々しい。早朝の朝もやの色だ。建物にかぶさった雪が・・、シンプルに優しくそこに在る。長年、雪を見つめる目が絵になったようだ。
 最新作とのことです。
 3年前の個展時にも作家の様子を遠巻きに拝見することが出来ました。小柄な体を小気味よく動かせて、お客さんと楽しく会話しているのを覚えています。今展も友との語らいに楽しそうでした。が、前回に比べると随分と体の衰えを感じます。おそらく体を患われたのでしょう。
 ですが、何という清く明るく美しい絵なのでしょう。

 次回の個展は最新作のオン・パレードを見たい。その詩情が風景や、人物を覆っている絵を。抽象による、より自由な世界を。


 (何点か写真だけを追加します。)

by sakaidoori | 2008-09-28 00:42 | エッセ | Comments(0)
2008年 09月 25日

764) たぴお 「高橋俊司・個展」 9月22日(月)~9月27日(土)

○ 高橋俊司・個展
    (ステプラーワーク #2008.9)

 会場:ギャラリーたぴお
    中央区北2条西2丁目・道特会館1F(中通り・東向き)
    電話(011)251-6584
 会期:2008年9月22日(月)~9月27日(土)
 時間:11:00~19:00 (最終日は、~18:00まで)

※公開制作スケジュール
   搬入日:21日(日)・13:00~19:00 
   会期中:22日(月)・13:00~15:00 17:00~
         23日(火)・13:00~15:00 17:00~
         24日(水)・13:00~15:00 17:00~
         27日(土)・13:00~15:00 

 (お詫び→お名前を「高橋俊二」と案内板を含めて書いていました。正しくは「高橋俊司」です。失礼しました。)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー(9・24)

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 (↑:右側から)

○ 緑とウエーブ、そしてホッチキスマン・高橋俊司

 カチッカチッ・・カチッカチッ・・ホッチキスの音だけが部屋にこだましている。
 4種類の写真(10cm×7.3cm)を適当にホッチキスで縫い合わせて、作品が立ち上がっていく。静かに淡々と左手で写真を押さえて、右手でホチキスを操作している。時には作品の周りをうろつき、全体の均整や構築美を確認しながら作業が進むのだろう。二台の照明機が左右から作品を当てる。針の背がキラリと輝く。無数の針がまるでヒマワリの種模様のように意味を込めて流れている。
 来訪者との対応が手を休めることもあるだろう。それは「高橋俊司」という存在が作品の鏡として僕等の視野を覆う時でもある。

 (「何をしているのだろう?」「何が楽しいのだろう?」
 穏やかな人だ。直向な視線がお客に、作品にそそぐ。笑みを浮かべたその顔は可愛い。純な青年の実直さがある。既に五十に達した人なのに。)

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 ↑:正面から。

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 ↑:左側面から。

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 ↑:後方から。


 作品は僕には動物面(顔)に見える。八岐大蛇(やまたのおろち)とか、大きな耳だか角のある鹿顔の骨に色を付けて複成(再生)している感じだ。要するに生き物だ、顔だ。反復と増殖が制作のキー・ワードだろう。高橋さんの場合は均等(等質)拡大が特徴だ。中心点、あるいは中心線(バック・ボーン)が定まっていて、ブレがないと思う。だから、定向進化へとして作品は立ち上がっていく。ウエーブも色も、その全体から受け取るイメージは優しく美しい。作品の中に閉じ込められた反復・増殖のエネルギーは健康的な清しさとして、素直にこちらに迫ってくる。どこかにユーモラスな一面が垣間見える。今展は10年ぶりの個展だとのこと。その充電期間と、今後の展開の余裕が作品にユーモアを生んだのだろう。
 僕は彼の作品に「ブレが無い」と語った。基本は今後もそうだと思う。一方で、表現者としての自信のようなものが、自分の可能性を膨らませたいとうずいている感じがする。その突破口として、今後は「高橋俊二らしくない顔」が時折り出てくるかもしれない。


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 (↑:作業風景。
 あー、何て子供っぽい光景なのだろう。その心の中の静かさ激しさはどんなものだろう。ただただホッチキスの音を聞くばかりだ。)


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 ↑:右側は素材の4枚の写真。
 左上が原板の写真の一部。他は原板を拡大していて、左上の写真の一部が写っている。公園か何処かの沼地が被写体のようだ。


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 ↑:左側は部分図。
  右側は作品の耳の部分のようなところの裏側。写真の裏側は作家のローマ字ズペルが印刷されている。

by sakaidoori | 2008-09-25 12:38 | たぴお | Comments(2)
2008年 09月 17日

762) 時計台 「川畑盛邦・展」 9月8日(月)~9月13日(土)

○ 川畑盛邦・展

 会場:札幌時計台ギャラリー 
    中央区北1条西3丁目・札幌時計台文化会館
    (中通り南向き)
    電話(011)241ー1831
 会期:2008年9月8日(月)~9月13日(土)
 時間:10:00~18:00 
     (最終日は、~17:00まで)
ーーーーーーーーーーーーーーーー(9・13)

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 一昨年に続いての個展です。
 画題はイメージの濃厚な風景にデフォルメされた人物画です。今展の大きな特徴はコラージュにあると思います。

 厳密にいつからコラージュを始めたかは知らない。
 5年ほど前にドラールで氏の企画個展が開催された。川畑風の人物群像のの中で、小品のコラージュ作品があった。御自身のやや苦虫をかんだような顔が貼り付けてあった。苦虫顔だが、肩の荷を降ろしたようなくだけた作品でもあった。

 その作品の二つの要素が今展に大きく姿を現したと思う。

 一つは、これが大事なのだが、自分自身の表現のつっかえ棒の様なものから自由になったのでは。「楽しく絵を描く」と言えば誤解を生むが、「~せねばならない」という美術の約束事にそよ風が走ったのではないだろうか。より自己の内発的なものに耳を傾ける、信じるという方向だ。

 一つは、コラージュの素材である「物」そのものを見つめるということだ。
 ご自身が説明していたが、「何かを表現したくて物を集めるのではなくて、その物に触発されて絵が立ち上がっていく」とのことだ。

 だが川畑絵画の場合、コラージュは「絵という創作」の大事な足跡ではあっても、絵そのものではない。心を開いた川畑絵画はどこに行こうとしているのだろう?
 氏の絵画は「人」をどう見るかにあるだろう。人物の多くは「女性」、「自画像」であり「家族」が大きなテーマだと思う。それは個人的家族であり、社会の家族であり、人類一般の家族かもしれない。
 心象的原風景の中で、輪郭しっかりと立つ人物群。物(コラージュ)がそれらに絡みつく。
 二年後の個展、また楽しみにしよう。


 以下、個別作品を載せます。今展の主流から離れた2作品が気になりました。それを中心にします。

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 ↑:「廣嶋市の藤さん」・81×122。
 非常に激しい絵画だ。赤が眩しい。黒が深い。白が異様に主張している。それにこのタイトルだ。「廣嶋」は「広島」ではない。この色とこの写真、タイトルは見る人に「太平洋戦争ー広島ー原爆」を主張しているように思える。
 他の大作とは似ても似つかぬメッセージだ。
 画家の心は右に左にとうごめきながら、意図的主張とは裏腹に表に表れてくる。激しい川畑盛邦の世界だ。マチエールの白でなく、発色強く分厚い白にしたのが絵を飛び越えた作品になったと思う。

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 ↑:「’08-2風景」・P100。
 これまた他とは異質な激しく不思議な絵だ。
 台座の上で横たわり男女が絡んでいる姿だろうか?二人に見えるがそれ以上の群れとも見える。
 「横たわる男女の絡み」といえば、性行為を想定してもいいかもしれない。だがここには官能やそれにまつわる美はない。「人と云うものは誰かと絡まないと成り立たないのだ」という画家の哀しい声とも見れる。
 中央付近で、真横に切られた直線。絵としては危険な行為だ。決断の直線、激しく不可解な絵だ。


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 ↑:「’07-4風景」と部分図・P100。

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 ↑:「’05-5風景」・162×91。


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 ↑:左側、「風景・赤い空」・24×19。
   右側、「金の日、銀の日」・25.5×25.5。

by sakaidoori | 2008-09-17 14:33 | 時計台 | Comments(2)
2008年 09月 17日

761) 案内 「ほくせんアイボリー 石刻画・山田光造展  9月16日(火)~21日(日)・17日18:00~懇親会」

○ 石刻画 山田光造・展

 会場:ほくせんギャラリー ivory(アイボリー)
    中央区南2条西2丁目 NC・HOKUSENブロックビル4階
    (北西角地、北&西に入り口あり)
 会期:2008年9月16日(火)~9月21日(日)
 時間:11:00~19:00 
    (注意。初日は17:00~、最終日は~17:00まで)

※ ミニ懇親会:9月17日(水)、18:00頃~19:00



※「栄通の案内板」⇒今展の経緯の紹介
※ 栄通記の記事⇒
 705) 夕張市美術館 ②「夕張美術館と石刻画・山田光造・展(会場風景)」 7月1日(火)~9月15日(月)
 711) 夕張市美術館 ③「夕張美術館と石刻画・山田光造・展(個別作品)」 7月1日(火)~9月15日(月)

ーーーーーーーーーーーーーー(9・8)

 今日から始まります。
 宣伝が行き届かなくて、来訪者がどれくらいになるのかは気になるところです。それはそれで仕方がありません。

 アイボリーにとっては異例な展覧会になったでしょう。明るい美術館という雰囲気です。
 本日、夕方からささやかなパーティーを開きます。
 山田光造・作品ともども、丸島均の顔を見に来て下さい。


   ~~~~~~~~~~~~~~~


f0126829_16413318.jpg 栄通のささやかな秋のイベント・第一弾が酒井博史の自宅のライブです。

 引き続いて、第二弾が上記の山田光造・個展のお手伝いです。
 今展と僕との関係は上記の「栄通の案内板」に書いていますので、そちらを読んで下さい。


 山田光造氏が遠隔地におられるということで、氏と道内の関係をつかみかねていましたので宣伝の方が準備不足です。ほとんどコンタクトがないとのことです。
 街中の個展ですので、時間がありましたら立ち寄って下さい。

 16日午前に搬入して、昼からの展示作業です。見れるのはその日の夕方からです。17:00~ということですが、時間は厳密ではありません。

 17日は作家が1日中在廊の予定です。。是非是非、立ち寄って下さい。夕方18:00~懇親会の予定です

 作家の道内滞在期間は、分かり次第報告します。

 最終日(21日・日曜日)は17:00までです。

    ~~~~~~~~~~~~~~~

 問合せ先
  丸島均 (携帯)090-2873-2250
        (自宅)011-854-4124
        (メール)eituuki☆jcom.home.ne.jp
              (☆を半角の@に置き換えて下さい)


 山田光造氏のH.P.こちら
  上記H.P.内の「安井金比羅宮・著作権侵害差止請求事件についてこちら・・・以上、2012年11月30日追記。


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by sakaidoori | 2008-09-17 11:53 | ★ 案内&情報 | Comments(0)
2008年 09月 10日

756) アバウトの写真 16回目  石刻画 山田光造・展

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○ 石刻画 山田光造・展

 会場:ほくせんギャラリー ivory(アイボリー)
    中央区南2条西2丁目 NC・HOKUSENブロックビル4階
    (北西角地、北&西に入り口あり)
 会期:2008年9月16日(火)~9月21日(日)
 時間:11:00~19:00 
    (注意。初日は17:00~、最終日は~17:00まで)

※ ミニ懇親会:9月17日(水)、18:00頃~19:00。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー(9・10)

 再三宣伝している展覧会です。展覧会最終日まで載せます。

 お時間がありましたら懇親会のほうもよろしくお願いします。



 山田光造氏のH.P.こちら
  上記H.P.内の「安井金比羅宮・著作権侵害差止請求事件についてこちら
      ・・・以上、2012年11月30日追記。


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by sakaidoori | 2008-09-10 20:50 | ★アバウトの写真について | Comments(0)