栄通記

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2013年 07月 29日

2119)「Kit_A(a.k.a) 『Speech Balloon』」 ミヤシタ 終了・6月20日(木)~7月7日(日)

      
      

Kit_A(a.k.a)(キタヨシキ 個展)

    Speech Balloon  


 会場:ギャラリー ミヤシタ
      中央区南5条西20丁目1-38 
      (南北の中小路の、東側にある民家)  
      電話(011)562-6977

 会期:2013年6月20日(木)~7月7日(日)
 休み:月曜日(休廊日)
 時間:12:00~19:00 
     (最終日は ~17:00まで)

ーーーーーーーーーーーーーーーーー(7.13)


 「何かがしたい」、とか「何かをみせる」という感じではなかった。

 「美術行為がしたくて、それも大きくしたくて、今はその準備中だ。いろんな準備の寄せ集めになったが、『寄せ集め』も僕の美術表現には欠かせないんだ。今は単なる集積風に見える。もしかしたらそれで終わるかもしれない。でも、オレはしたいんだよ、美術を、アートを。それをみんなで楽しみたいんだよ」
 そんな作家のストレートな肉声が会場一杯だ。


 会場左から流れるようにして?風景を載せていきます。現場の臨場感、真っ正面から美術している男の姿勢を感じて下さい。



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 久しぶりに、「男ど根性一本勝負」、のような個展を見た。気分がよかった。
 と同時に、この路線で大きく突き進むには(突き進むしかないのだが)、もう二山も三山も越えなければならないだろう。大変だ。とは思うが、やっぱり始めに書いた「男ド根性、これしかない、やるしかない」を貫いてもらいたい。

 一つ。
 作品の個々は見慣れた形式で、同時代人なりの表現の追体験に見えた。自分自身の試みにまではなっていないようだ。そういう意味で新鮮みに欠ける。
 だが、それは当然なのだろう。意図的に「只今勉強中、修行中」の姿を世に問うているのだから。

 二つ。
 漫画のコマ割を使い、物語的だ。自身の説明書きにもあるように「漫画」を意識している。
 漫画が漫画として成り立つ前提は、「独善的な遊び心」と思っている。歴史や現実を勝手に解釈したり、時空も無視したりと無茶苦茶性だ。それでいて何処にでもありそうな、もしかしたら明日実現するかもしない小さなロマンだったりする。小さな世界に何でもありだ。
 失礼ながら、今展を見る限り漫画的な「遊び心」とは体質を異にしているようだ。どちらかというと建築的で、骨組みのしっかりした構築性を思う。大きく表現する時には有利だが、ノー天気な漫画性、あるいは底抜けの遊び心とは違う。もちろん、今展は「漫画」ではないから当然なのだが。
 「キタヨシキ風」の遊び心の掘り起こし、が明日へのテーマかもしれない。

 三つ。
 本質的なことなんだろうが、やっぱり「何をしたいのか」がわかりにくい。
 仮に、そのきっかけを書くならば、「結ばれ」が隠れたテーマか。コマ割を使ったりしているが、「断絶感薄き結ばれ」を特徴としている。


 が、やはり元に戻るが、発表したくてたまらない精神は頼もしい。今はそれが大事だ。こういう作家がもっと多くでてきたら!作品が良いの悪いのなんて、二の次だ。作家は誰が何と言おうと、自作が最高というプライドがあるのだから。

by sakaidoori | 2013-07-29 12:32 | ミヤシタ | Comments(0)
2013年 07月 26日

2115)「加藤宏子 彫刻展」 STVエントランス 7月22日(月)~8月11日(日)

  


加藤宏子彫刻展    
              

      
 会場:STVエントランス・アート
      中央区北2条西2丁目
       STV北2条ビル 1階ホール
      (南進一方通行の西側のビル。) 
     電話(011)207-5062

 会期:2013年7月22日(月)~8月11日(日)
 時間:月~金  9:00~18:00
     土日祝   9:00~16:00
      (最終日は、~15:00まで)

ーーーーーーーーーーーー(7.23)



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 今展はこれだ。この花だ。重複をいとわず、いろいろな角度からお見せします。作り手のエネルギーに、こちらも正面から応えたいから。
 この花が何を意味するか?共に感じようではないか。
 「な~んだ、単に大きな花じゃないか」、それでもいい。「花だ、命だ、賛歌だ」、でもいい。
 都会のビルに燦然と輝く花、本当はロビーのど真ん中に置きたかったのかもしれない。公園の中央で開く噴水のように。いろいろと想像してみたくなる。




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 さて、他の作品とも対話しよう。


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   ↑:(右側は、左の作品の部分図。)  


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   ↑:(右側は、左の作品の部分図。)







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   ↑:(上掲作品の部分図。)



 このブツブツ、何なんでしょうね。大きな花では外一杯に訴えかけ、このツブツブの世界では内に内にと僕らを呼んでいる。そこは気持ちが良いのか悪いのか?花が蝶を手招きしている。側に近づく勇気はあるか?白が・・・白が・・・悩ましい。



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 しっかり立った作品ばかりだ。「存在」を信じる姿だ。存在の証を美しく記録にとどめようとしている。
 美術家とは何かを信じる存在なのだろう。信をしっかり世に問うてもいる。その姿勢は眩しい。羨ましき存在だ。

 僕自身は「信」から遠い。「信、不信を問わず」に「見る」ということで、僕の前に作品はある。



 ※ 個々の作品にはタイトルがついているようです。どれが何だかはよくわかりません。会場資料を載せます。寸法等で、各作品のタイトルを判断して下さい。


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by sakaidoori | 2013-07-26 20:45 | STVエントランスホール | Comments(0)
2012年 10月 18日

1832)「石倉美萌菜 個展 『さぁ この先どうしよっか』」 cai02 10月6日(土)~10月27日(土)

   
石倉美萌菜 個展
        「さぁ この先どうしよっか
      
  
         
 会場:CAI02 raum1
      中央区大通西5丁目 昭和ビル・B2 
      (地下鉄大通駅1番出口。
      ※注意⇒地下鉄に行く階段を下りてはいけません。
            昭和ビルの地下2階です。)
     電話(011)802-6438

 会期:2012年10月6日(土)~10月27日(土)
 休み:日曜・祝日  
 時間:13:00~23:00

※ オープニング・セレモニー ⇒10月13日(土) 19:30~ 
           
ーーーーーーーーーーーーーーー(10.16)

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 石倉美萌菜:「これから栄通さんがくだらいことを言いますよ~。そんな言葉は無視して、見に来て下さ~い。会場でミモナを見れば、声をかけて下さ~い」

 
 決して行儀が良い作品群とは言えないが、行儀良くまとめている個展だ。そこを貫くものは何かと問えば・・・「とりあえずは発表しちゃおうかな」、だろう。

 無手勝流のところがあり、個々の作品もいい加減風に見られる石倉美萌菜だ。だから、しまりない展示を想像されるだろう。が、思いの外、会場構成や展示精神のしっかりしている人だ。今までは男欲しいの妄想精神で表面を作っていた。ところが、彼女は「妄想はでてこない」という。しかし、美術表現は続けたい、「アーティスト」になりたいとしみじみ念じているようだ。それを静かに表現している。

 今展は、妄想は無く、かといってそれに変わるテーマも衝動もない。昨年の震災が心の余震として会場を覆っている。事件は若き心にショックを与えたのだろう。その真摯な気持ちは良い。が、だからといって展覧会が良いとは限らない。事件に対すしては消化未整理だが、それは仕方がないし当然のことだ。知識人のように、直ぐに「祈り」が露わなら終わっている。むしろ悪いのは、その未整理に対して混乱する人間臭いミモナが欠けていることだ。彼女の持ち味は若さ、情熱、驚き、混乱、ハチャメチャ気分に大胆さにあると思う。「妄想」の欠けた現在、自己のエネルギーをどう処理するのだろ。性欲だけがマスターベ-ションではないだろう。袋小路に陥る情念、その突破も一つの美術表現だと思っている。たゆたゆしい今展だ。そこの突破を美術行為で突き抜けて欲しいものだ。



 会場にナレーションが流れている。美術館の音声ガイダンスを真似たものだ。作家・石倉美萌菜の代弁をしながら、作品番号毎に「解説」をしている。いっそのこと本人の肉声を流せば良かったのに。声に自信がないのかな?もじゃもじゃした意味不明の発音も良いものなのに。それに今後の良い練習にもなったのに。

 既に多くを語った。以下、極力作品のみを載せていきます。


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     ↑:「作品番号② 話しかける自由・話しかけられる自由・無視する自由」・公開制作 (10×10㎝を600円で販売)。


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 今展で一番良いだろう。画家・石倉美萌菜のセンスの良さを感じる。

 「美術」という言葉は明治初期の造語だ。翻訳語か?現代美術の研究家や創作者は「美」を表現の第一義にするのには否定的だ。だが、少なくとも日本では「美」を通奏低音のように作品の前提にしているみたいだ。そういう意味では、明治人の作った「美術」という感性と、我々とは同じテーブルにいる。
 言葉通りの「美とは何か?」が問われるべきだろう。その問いは常に意味不明な解答を用意しているのだが、その問う行為が日本的現代美術と思っている。これは欧米人とは全く共有しないテーマだ。なぜなら、余りに風土が違い、人間関係が違いすぎるから。


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     ↑:「⑧ ポジティブ君」・油彩 361×202㎝ 非売品。


 唯一の非売品。未完成だから?「石倉美萌菜はお金がない」を売りにした会場ガイダンスだ。なのに非売品とは解せない。余程の自信作か不満作なのだろう。


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     ↑:「① なにがわかっていないのかがわからない」・アクリル 233×150㎝。


 タイトル、そうなんだよな~。わっかていなくても、分かった気分になることが大事なのだろう。たとえ誤解であって回り道に進んだとしても。


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     ↑:「⑤ untitled(めがね)」。


 メガネをかけて会場を見て下さい、という主旨。
 津波跡地で見つけたものかと思った。彼女はまだ当地に足を運んでいないので、違うのだろう。


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     ↑:「⑦ untitled (震災の絵)」・油彩 アクリル 60×34㎝。



 悩める石倉美萌菜君。いやいや、ミモナちゃん、次を楽しみにしています。次回もその笑顔を頂きたいです。

by sakaidoori | 2012-10-18 11:16 | CAI02(昭和ビル) | Comments(1)
2012年 05月 20日

1758) ②「柿崎均・展 ~ウランガラスを使った試み~」 創 5月9日(水)~5月20日(日)

○ 柿崎均・展 

     ウランガラスを使った試み
   


 会場:ギャラリー創(ソウ)
     中央区南9条西6丁目1-36
      U-STAGE・1F
      (地下鉄中島公園駅から西に徒歩5分。
      南9条通り沿いの南側。)
     ※駐車場は2台分完備
    電話(011)562ー7762

 会期:2012年5月9日(水)~5月20日(日)
 休み:火曜日(定休日)
 時間:10:00~18:00
     (最終日は、~17:00まで)

ーーーーーーーーーーー(5.13)

 1750)①の続き。


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 ①では屋外からの様子を伝えた。
 今回は中の様子だ。会期は今日で終了です。「柿崎均」ワールドとは別に、インスタレーションや作家の情熱などなど、展覧会というものに強く関心のある方、そういう方は是非お勧めです。作家の「ここまでしたんだ!」という情熱が素晴らしい。


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 夜の開放感100%の会場雰囲気とは違い、何とも重々しく物騒な雰囲気だ。
 入るのにためらうが、ここは勇気を持ってドアを押そう。ドアもまた重い。


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     ↑:(入り口側の歩行空間から撮る。)

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     ↑:(反対の壁際から撮る。)


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     ↑:(下から撮る。)


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     ↑:(中に入って撮る。)


 紫外線に当たったガラス玉(ウランガラス)が緑色に輝き、整然と並べられている、ただそれだけだ。
 もしかして、ただ単に透明感たっぷりのガラス玉を光燦々とした乳白色の空間に置いたのと同じかもしれない。自然光を拝む世界と拒否する違い、白玉と緑玉の違いがあるだけかもしれない。その違いにいかなる意味を見いだすかは、今は問わない。そのわずかの違いのために、何というエネルギーがここにはあるのだろう。

 暗闇での、人と人との交わりを欲したのかもしれない。ただ単に、星のように輝く緑玉を楽しみたかったのかもしれない。将来の為の、壮大な宇宙空間を作るための試みだったかもしれない。子供頃の夢に浸りたかったのかもしれない。恋人と連れだって、あれやこれやの未来を語りたかったのかもしれない。

 ウランガラスを紫外線に当てて、インスタレーション的展示をする、それは作家が7年間暖めていた構想だ。当館担当者の個展呼びかけに、直感的に反応したわけだ。しかし、これほどまでのエネルギーは何処から来るのだろう?金銭的見返りはほとんど無い。むしろ、持ち出しの激しさは容易に理解できる。労力とてハンパではない。まさに天晴れだ。日本晴れならぬ宇宙晴れだ。
 その作家の熱意に、オール・ナイトの鑑賞可能にして当館も応えた。素晴らしい。
 暗幕の昼、ガラス越しの夜という2部構成。満足している担当者を紫外線にあてて紹介します。



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by sakaidoori | 2012-05-20 12:09 | 創(そう) | Comments(0)
2012年 04月 10日

1696)「田中由美子・個展 [GIFT FROM THE SEA]」 アルテピアッツァ美唄 終了・10月13日(水)~10月27日(水)

  
○ 田中由美子・個展 

     GIFT FROM THE SEA
  


 会場:アルテピアッツァ美唄 A室B室 
      美唄市落合町栄町
       (国道をJR美唄駅を通り過ぎて北に進み、
       直ぐに「美唄国設スキー場」方面に右折。
       どこまでも続く一本道、スキー場への途中の右側。)
      電話(0126)63-3137

 会期:2011年10月13日(水)~10月27日(水)
 休み:火曜日
 時間:9:00~17:00
    (初日は、11:00~。最終日は、~15:00まで。)

ーーーーーーーーーーーーーーーーー(10.27)

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 半年前の展覧会です。秋深し、紅葉は真っ盛り、景色を楽しみがてら、久しぶりに美唄に行った。某ギャラリーの某オーナーが「良い展覧会だった」、その言葉にも触発された。
 良い展覧会かどうかは分からない。「不思議な展覧会」、あるいは「小学校跡地に合いそうな、逆に限りなくミスマッチのような、静かな心のざわつきを覚えた個展だった。
 あれから刻もかなり過ぎた。細かい印象は忘れた。だが、どうしても心に引っかかるので記録しておきます。

 会場は二部屋、まずは第一室の様子です。ほぼグルリ載せるので、様子は分かるでしょう。


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 空気感の後は個別作品です。


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f0126829_22542571.jpg (←:ゴワゴワした作品の部分図。)


 明るく心地良い空気感、そんあ気分で中にはいると、よくは分からないが異質なような同質なような品々が置かれている。バックボーンの定まった置き方だが、作品の一つ一つはとりたてて精巧というものではない。どこか間が抜けたような、それでいて几帳面にたたずんでいる。

 気分は判断の停止状態。「まっ、いいか。次の部屋に行こう。


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 先ほどと同じような構成だ。だが、白と黒、そして二列の直並びということで、どこかキツイ。『侃の黒い変体だ。黒光りしている。大きいな。なんだか一際目立つオチンチンだ』冗談気分など全然起こらないのだが、どこか全体がユーモラスだ。生真面目さと可笑しさ、几帳面さと幼稚さ、懐古的なのだが過去ばかりには向けない緊張感、『何だかアンビバレンスだな』

 『奥にある白い服、何だか変だぞ』


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 『うっ、まるで死人ではないか、ミイラではないか、死体に着せる服ではないか。この貝殻の形、乳房ではないか、乳首ではないか、するとこの白装束は女か、まさか作家本人なのか・・・』

 この白装束で作家の意図が分かったとは言わない。が、葬送の場と捉えても構わないだろう。それにしても、あたりの空気は淀むことなく透き通っている。明るく送ろうというのか。寒々しさと明るさ、「田中由美子」という作家は、相反するものを同時に楽しむタイプなのか?少なくとも喜怒哀楽を激しく攻めないのだろう。だが、この白装束は激しい。憂いや哀しみ、それらを貝殻たちが包んでいるのかもしれない。タイトルは「海からの贈りもの」とある。海は死人の行くところ、死人は貝になって戻ってくる。残された者には贈りものか・あるいは象徴として「死の往き来」をしているのだろうか?


 振り向いた反対側にも、もう一人の「田中由美子」が立っている。


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by sakaidoori | 2012-04-10 01:07 | [美唄] | Comments(3)
2012年 04月 09日

1695)「古賀和子・展 ~ルビナスの花たち~」 STVエントランス・ホール 4月2日(月)~4月22日(日)

    
f0142432_23403676.jpg○ 古賀和子・展 

   ~ルビナスの花たち~
     

      
 会場:STVエントランス・アート
      中央区北2条西2丁目
       STV北2条ビル 1階ホール
      (南進一方通行の西側のビル。) 
     電話(011)207-5062

 会期:2012年4月2日(月)~4月22日(日)
 時間:月~金  9:00~18:00
     土日祝   9:00~16:00

ーーーーーーーーーーーー(4.5)

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 何回か彼女の作品を見ている。もしかしたら今展は代表作になるかもしれない。
  東北大震災という「今」、東北出土の土偶という「過去」、「現在一般」の玩具、そして縫うという「女性性」とが、土偶を中心にして見事にまとまった。「持続する作家の信念」と、「現在」の諸々とが一本の糸でくくられた。

 今展は「祈り」がテーマだろう。それは作家のライフワークでもあろう。
 「祈り」だから良いと言っているのではない。どんな主張であれ、作品という窓を通じて、作家の情念がこちらにフィトしなければどうしようもない。多くの人命という犠牲をともなった「事実」と、「表現」がうまくかみ合ったと思えた。


 ということは、逆に言えば、いままでの作品への批判になるかもしれない。
 例えば、世界をリードする米国への意義申し立てと思える作品があった。悲惨な事件に対する凝視と追悼、現在の文明に対するアンチな視点、それをポップという笑いでくくりながら、「何か変ではないの?」という作家の声も聞こえた。刺激的で良い作品だと思った。何より、ちゃんとモンクを言う強い姿勢が素晴らしかった。だが、アメリカの問題と、それとがっぷり四つになって札幌で表現する事に、「知性」以上の直接性を感じなかった。要するに、他人事の問題と、自分事の問題との直接性に違和感を覚えた。そういう表現はとても大事だし、もっと言えば表現者は宇宙的問題を、辺鄙な場所に住んでいても、果敢にチャレンジせねばならない。だが、チャレンジ精神と、作品の力とは絶対に一致しない。
 そういう不一致感というか、自己と他者との境界領域に対して、不問とも思える姿勢に物足りなさを感じていた。

 今展では、土偶写真のポーズが、あまりにストレートだ。ここに作家の作った巧みな仏像があっても、ただそれだけのことだ。良いも悪いもない。個人的祈りが、社会関係としての「祈り」になり得る保証はない。
 「保証はない」、そうなのだ。全ての表現に、保証などありはしない。発表とは一つの「賭」かもしれない。もし、「成功」に重きを置くならば、多くの「不成功」の山を築かねばならないだろう。成功不成功などを置き去りにする人は、常に「今」があるのだろう。
 今展も「今」のひとつだろう。だが、少なくても私には強い展覧会だった。
 


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     ↑:「ノアの観覧車」。


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 宇宙というか黄泉というか、いずれにせよ死後・永久でしょう。黙して子どもが遊んでいる。



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     ↑:「土偶」・写真 A4 20点。
    (国宝指定の土偶 ー合掌土偶ー写真。青森県八戸市埋蔵文化センター・是川縄文館所蔵。現在、レプリカが北海道開拓記念館特別展にて出品中。)


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 向かいの暗い宇宙に対する、出土土器という地中での祈り。

 (このポーズ、今では普通に「合掌」あるいは「祈り」と呼んでいる。故に「合掌土器」と命名されている。
 縄文時代後期作品という。1989年、遺跡発掘中の出土。竪穴住居群の一棟からだ。その他の出土状況から、屋内での祭祀行為が想像されるという。また、その姿を「座産」とみる研究者もいる。座産ならば、腹はへっこんでいるから、出産直後か?どこか力も抜け安堵した表情は出産説とも合致しそうだ。すると目などの空いた部分は、赤児と同時に何かが体内から出ていく穴か?)


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     ↑:「虹 ーやくそく」。



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     ↑:(屋外から。)


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by sakaidoori | 2012-04-09 13:32 | STVエントランスホール | Comments(0)
2012年 04月 07日

1691)「楢原武正・展」 大通美術館 終了・1月10日(火)~1月15日(日)

  
○ 大地/開墾  墨による 楢原武正・展

       
 会場:大通美術館 
    大通西5丁目11・大五ビル 
    (南進一方通行の西側。)
    電話(011)231-1071

 会期:2012年1月10日(火)~1月15日(日)
 休み:月曜日(定休日)
 時間:10:00~19:00
      (最終日は、~17:00まで)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー(1.10)

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 今年の新春の楢原武正・個展です。遅い記事になってしまいました。しかも、全体風景はピンボケです。他に良い写真がないので、やむなくの利用です。マチエールを問う展覧会ではないので、ムードは伝わるとは思いますが、作家にも申し訳なく、残念なことです。


 「壁面3m×30mの墨によるインスタレーションを発表します。
 ガムシャラに走り続けて古希を迎え更に新たな芸術の道を邁進いたします」
   (DMの作家の言葉から。)


 それにしても元気元気元気の大作だ。「ただガムシャラな描き殴りではないか!」と言われるかもしれない。
 まさしく「そうだ」と、応えたい。今時、これほどのエネルギーを壁に捧げる人がいるだろうか?

 大地開墾をライフワークにされている。もう随分と掘り起こしたはずだ。それがDMに言う「ガムシャラに走り続けて」なのだろう。そして、この姿は、「まだまだ走り続けるというぞー!!」という宣言だ。

 それにしてもこの宣言、美しい!厳かでもある。描き殴りと言って、笑いなどでてこない。ぐっと作品の力と向き合うだけだ。作品を知ったからには、こちらもたじろぐわけにはいかない。墨の海で溺れるわけにはいかない。闇夜の宙で、刃くわえて進む先を見届けなくてはならない。もしかしたら意気込みに反して、黒に作家は沈んでいくかもしれない。あるいは平坦な青き海であぐらをかくかもしれない。立ち進むか倒れるか沈むか、古希を迎えた「男・楢原武正」の余命を見定めよう。


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 まるで梵字だ。南無阿弥陀仏か南無妙法連華経か?あるいはナラハラダーナラハラダーか?大音声も響いている。


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by sakaidoori | 2012-04-07 06:06 | 大通美術館 | Comments(0)
2011年 05月 22日

1560) ①「阿部守・展  ~鉄・インスタレーション~」 テンポラリー 5月20日(金)~6月5日(日)

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○ 阿部 守・展 

   鉄・インスタレーション
    


 会場:テンポラリー・スペース
      北区北16条西5丁目1-8
     (北大斜め通りの東側。
      隣はテーラー岩澤。)
     電話(011)737-5503

 会期:2011年5月20日(金)~6月5日(日)
 休み:月曜日(定休日)
 時間:11:00~19:00

ーーーーーーーーーーーーーー(5.20)

 素晴らしい夜であった。
 再び友が遠方から風をもたらした。それは鉄という一本の標(しるべ)であった。
 女はそれにしがみつく。男は言葉を飛び交わす。
 人が寄り添い、そして唄が流れた。

 今日は語るのをやめにしよう。まずはその姿を披露しよう。


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 以上、室内照明での会場風景。

 続編②で、作品と蛇足ながら栄通の言葉を入れます。できれば外光の中での作品を見せたい。
 ③では、酒井ヒロシ・ライブの様子を伝えたい。

 会期は6月5日と充分にあります。栄通推奨の鉄と空間造形に足を運んで下さい。



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 大仏の如き阿倍守である。見に来て頂きたいとほほ笑んでいる。はるばる福岡県から来たのだ。是非、それに応えて欲しい。

by sakaidoori | 2011-05-22 00:20 | テンポラリー | Comments(0)
2011年 04月 25日

1512) 「前田育子・展  廃陶 ーA環ー」 ト・オン・カフエ 4月19日(火)~5月1日(日)

   
○ 前田育子・展 

    廃陶 ーA環ー
  


 会場:TO OV cafe(ト・オン・カフエ)
      中央区南9西3-1-1
       マジソンハイツ1F
      (地下鉄中島公園駅下車。
      北東に徒歩2分。北東角地。)
     電話(011)299ー6380

 会期:2011年4月19日(火)~5月1日(日)
 休み:会期中は無休
 時間:10:30~22:00
    (日曜日は、10:30~20:00)
 電話:(011)299-6380

※ 作家在廊予定 ⇒ 初日、週末

ーーーーーーーーーーーーーーー(4.19)

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     ↑:(外からの風景。右側が当館。)


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 (以下、敬称は省略させて頂きます。)

 壊れた陶器を固めたドーナツが並んでいる。
 剛直で図太いドーナツだ。美を誇るというより、ただ並んでいるだけに見える。
 ドーナツ状の作品(陶オブジェ)は面白いが、僕には作品自体を強く語る気が起こらない。確かに前田育子は壊れた物を取り込んで、何かの形に再生する。しかも、表面を壊し、サイボーグの内部を見せるようにして内面を晒す。それらは「時」の取り込みであり、「再生」でもあろう。その意味では、このドーナツもこれまでの前田育子の美と思想の世界だ。だば、何故ドーナツなのだろう?もちろん、作者なりの理由はあるのだろうが、見る側としては必然性を感じない。このギャップは何だろう?

 制作過程を聞くことにしよう。
 5年ほど前、江別セラミック・センターの焼き物展(?)において、参加作家達の作品を持ち寄ってもらい、それらを作家以外の人に壊してもらう。その固められた物が今作のドーナツ達だ。その壊した状況が展示された写真だ。壁に画かれたドアのような線描は、その時の空間の意味だろう。

 「ドーナツを作りたいから陶器を壊したのではない。他人の陶作品を壊させたいからドーナツを作った」、そう僕は理解した。キーは「壊させる」、「壊す」、そして「壊れる」であり、その証としての「ドーナツとして作品」だ。
 前田育子は「壊」ということに並々ならぬ関心を抱いている作家なのだろう。「生まれるー壊れるー自然に戻る」という自然の自壊作用、そこが間違いなく創作の原点だと思うが、ただそれだけを見つめることに満足ができなくなったのかもしれない。

 使える利器を意図的に壊させるという「非常識」!!その非常識には賛否両論あろう。賛成するにしても、壊すことを生理的に嫌う人もあろう。美という静的な視覚の中に、攻撃的な行為が作品に込まれている。壊す時の音の響きは記憶に残るだろう。それらは、陶器の破片跡の鋭利さに現れている。丸みがない。それを和らげる為に、作品の廻りに素焼き片を優しくまぶしている。だが、基本は鋭利な残痕の露わな跡だ。真新しい割れ目は古さがなく、生っぽく内側をさらけ出されているとしか見えない。

 「非常識」という美術行為、いや社会行為だろう。その行為は「美」とは全然関係がない。たとえドーナツが美しくとも。作品ではなく、それら全課程の主張が今展なのだろう。
 骨太で気の荒いドーナツであった。久しぶりに「非常識」を味わった。苦かった。


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by sakaidoori | 2011-04-25 23:32 | (カフェ)ト・オン | Comments(0)
2010年 08月 27日

1353) 市民ギャラリー 「第55回記念展 2010 新道展」 8月25日(水)~9月5日(日)


○ 第55回記念展
   2010 新道展


 会場:札幌市民ギャラリー
     中央区南2条東6丁目
     (北西角地)
     電話(011)271-5471

 会期:2010年8月25日(水)~9月5日(日)
 時間:10:00~17:30
   (最終日は、~16:30まで。)

ーーーーーーーーーーーーーー(8.26)

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 久しぶりの公募展鑑賞。
 華やかで楽しい市民展、そういう印象だった。挑発的かつ挑戦的影はほとんど見受けられない。インスタレーション作品も、実質は立体作品がほとんどだ。いつになく楽しい気分で見歩くことができた。

 新道展は道展、全道展との違いを出すためにインスタレーションを会の個性として強く打ち出していた。今ではか細き一ジャンルの感がするのみで、残念だが成功したとは思えない。理由ははっきりしている。
 この団体は主婦なり市民的女性の美の表現の場だからだ。グループ展なり公募団体の重要役職は男性がほとんどだ。一方で、絵画人口は圧倒的に女性だ。それも、中年女性というか主婦が大半だ。女が支えて男が指導するという構図だ。これからは定年後の男性も増えるとは思うが、女性ももっと増えるだろう。その場合、強烈な自己顕示ではなく、やや説明的な楽しい美の表現だ。その象徴が新道展だと思っている。

 試みに、今年の出品目録から、そのお名前で勝手に男女比を推測した。
 女性の占める比率は、会員では110名中58%、会友では53人中75%、一般では116名中63%となる。
 会を代表する人達(会員)では男性も多い。次代の会を支える人達(会友)では圧倒的に女性だ。実力的には劣るが、現在の市民絵画気分を反映している人達(一般)では女性は多いが圧倒するほどではない。その代わり、男子を含めた中高年齢者の比率はどうなんだろう?かなり高いと思う。
 そして、展覧会を実際に見て概観すれば、市民絵画の正直な反映の場になっていると思う。

 話をインスタレーションに戻そう。インスタレーションとは空間全体と美的にかつ知的に関わる表現だ。別次元空間を創出して、腹一杯笑い転げるとか、美術でない領域までをも視野に置いて突き進む。何より経験と明確な絵画思想が必要だ。
 おそらく、市民絵画制作者はそこに自分の美学を求めてはいないのだろう。


 さて、本日はいきなり玄関ホールで伊藤みゆきさんにお会いした。
 何はともあれ、彼女の作品のある3階奥の間に行くことにした。
 (以下、敬称は省略させて頂きます。)


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     ↑:一般・伊藤みゆき、「GRIMSON」・インスタレーション F10×8枚。

 黒い池から蓮ならぬバラが凝固して浮き上がり咲いている感じ。
 インスタレーションというよりも、組み合わせ自由で凹凸のある絵画作品と言ったほうが良い。インスタレーションの拡散性やビックリ性よりも、絵画的収縮性が強い。単純に言えば、床に置くにはメリハリが弱い。床から生まれると言うよりも、床に沈んでしまって消え入りそうだ。要するに空間に負けている。
 それではダメな作品かというと、絶対にそうではない。何が良いかというと、可能な範囲で沢山作品を持ってきたことだ。その根性が良い。公募展とは画家根性を研くことだと思っている。
 「クリムソン」、真っ赤になる、あるいは血なまぐさいという意味だ。まだまだ血なまぐささの表現に躊躇している。血(深紅)のオドロオドロした拡がりよりも、暖めあうこぢんまり感が強い。この作品を壁に横一列に並べたい。少女、熟女、老婆の女の七変化が見れるかもしれない。


 以下、ランダムに作品の紹介です。


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     ↑:会員・佐藤萬寿夫、「北の風」・油彩 P100。

 以前は春夏秋冬を明るく讃歌していた。笑い声が聞こえる楽しい詩であった。
 病気になり、手が不自由になられた。回復しての初めての個展の時は、慣れない手での制作ということで、その拙さが児童画的な遊びと深みを醸し出していた。建物などは人と人との交わりの慈しみでもあった。
 今作、もはや描法としての拙さの味わいなどは吹っ飛んでしまった。間違いなく詩である。暗めの色調だが、あどけない目と五感でしっかりと周囲の空気を画いている。今展一の詩である。


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 ↑:左から、会員・櫻井由紀子・「車窓から」・油彩 S60。
      会員・居島恵美子、「甦」・油彩 S100。
      会員・本間良子、「終焉」・アクリル F100。

 静かな楽しさのある組み合わせだ。特に居島恵美子が好きだ。軽さが良い。何を画くというのでもなく、ピンクに誘われて軽いそよ風が寄せてくる。以前は少し角張った感があって、「悩める居島恵美子」というムードがあった。きっと、吹っ切れたのだろう。



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     ↑:新会員・すとうえみ、「幻日」・油彩 F100。

 前回は目の下にひっかき傷があった。作品としての傷というより、輸送途中で生じた破損のようにしていた。今回は、それほど生々しくはないが、目の下の頬の部分をこだわりを持って画いている。
 単なる奇をてらっての行為か、止むに止まれぬ行為なのか?
 しなやかで綺麗な絵だ。さて、この写実力、何を目指しているのだろう?個展をして欲しい。その表現したい方向性をあれこれと楽しみたいものだ。



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     ↑:左側、会員・佐藤愛子、「探知犬」・鉛筆 F130。
     ↑:右側、会員・井手宏子、「ゆめ ~夢」・油彩 F100。

 佐藤愛子はもっとも好きな画家だから紹介は外せない。モノトーンとカラーの二本刀の表現者だ。
 鉛筆画だ。何を画いているのかは判らないところがあるが、気にしない。画家は犬に成り代わって、何かを嗅ぎ廻っている。


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     ↑:会員・佐井秀子、「奏」・油彩 P100。

 印象深い作品。なぜ印象に残ったのか?コンパクトな詩情とでもいうのか?肩肘張らない流れとでもいうのか?下部の丸みを帯びた描写が全てを飲み込むような、そして上部の縦縞の流れがかすかな不安を暗示しているような・・・。



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     ↑:新会員・甲斐野弘幸、「跫(アシオト)-’10」・アクリル水彩 ガッシュ M150。

 正直な絵だ。色調は以前と同じなのだが、かつては妙に重々しくてムード過多だった。アシオトがかすれていた。
 今回、アシオトがステップを踏んでいる。一気に児童画的雰囲気が強まったのには驚く。こういう時期の後の数年後、より自覚的な強さの誕生になるのだろう。



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     ↑:玄関ホール風景。


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     ↑:2階の通路的展示場。



 もう少し載せたいので、②に続く。かなり後になります

by sakaidoori | 2010-08-27 15:24 | 市民ギャラリー | Comments(20)