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2016年 04月 30日

2504) ②「群青(ぐんせい) ②前期『対展』」 アートスペース201 終了/前期:1月28日(木)~2月3日(火)

 群青」(ぐんせい)展

  ぐんじょうと読まないで下さい。
  ぐんせいと読んで下さい。「群れる青い人達」です。

ーーーーーー

●第3回 丸島均(栄通記)企画

群青(グンセイ)
  八つの展覧会
  〔写真、絵画、書、ドローイング、テキスタイル、立体〕

 「群れる青い人達」による自己表現展です。
雪固まる1月、2月・・・
寒い・・・
少しでも元気になれれば・・・ 

●会場:
アートスペース201
札幌市中央区南2条西1丁目山口ビル5&6階
電話:011―251―1418
   
●会期:
前期⇒2016年1月28日(木)~2月2日(火) 
後期⇒     2月4日(木)~2月9日(火)
(前期は6階3室のみ。後期は全館5室の展覧会。)

●時間:10:00~19:00 
    (各会期最終日は、~18:00まで)
 
前期・6階C室
○「対展 Ⅰ」(写真中心の美術展)
西口由美恵 小野寺宏弥 加藤良明 黒澤智博 笹谷健 篠原奈那子 鈴木悠高 加藤エミ 橋本つぐみ 庄内直人、佐々木練・・・(以上11名。)

前期・6階A室
○「男展」(写真展)
金侑龍 小林孝人 佐々木錬 松尾泰宏  

前期・6階B室
○「鉄の灰」(写真2人展)
阿部雄 千葉貴文

ーーーーーーーーー(1.28)


 2501)①の続き。

 (以下、敬称は省略させていただきます。)




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   ↑:小野寺宏弥(北海学園大学Ⅰ部写真部3年)、「ポートレイト」・A3。



 モデル嬢と対作品の掲載です。モデルにしたくなる女性だ。そこに目を付けた小野寺宏弥、そして、しっかりモデルにした。そこは間違いなくアッパレだ。崩れているような、ちょっとエロチックな仕上がりだ。
 「普通の女の子」を撮る学生が多い中で、モデル選びの美学はたいしたものだ。
 惜しむらくは、ここに写真そのものの魅力が加われば最上だが、そこは今後の課題だ。今作はあくまでも被写体ありきだ。多くの商業雑誌で、「美女」に迫るプロの写真作品を沢山見ている。ここに、アマチュアイズムとしての小野寺・写真テクニックが加われば、と思った。大いに期待しよう。





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   ↑:庄内直人(札幌大学写真部OB)、「揺れる想い」。



 左側の少女の作品、物憂い気分で初々しい。顔が見えなくて、いっそう男心をそそる。
 対して、右側のウエディング女性、見慣れたブライダル・ファッションで、見る側に想像とか妄想が働かなかった。組み合わせにもう少し工夫が欲しいところだ。
 庄内直人は「対」を狭く考え過ぎたようだ。というか、今展への参加打診が遅すぎたので、準備不足だったと思う。





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   ↑:鈴木悠高(造形作家)、「Gegensätze ziehen sich an.」・ミクストメディア フォト光沢紙。



 この対展は「写真の要素を含んだ作品、そしてA3以上の2枚の組み合わせ」という出品規定だ。
 今作は。自作の手描き絵画をパソコンに取りこみ、そこで適当に加工して製版したしたものだ。それで、どこが「写真の要素」かというと、「写真のように見える作品にすること」だ。「こういう美術表現もあるんだよ」というメッセージだろう。他の参加者のバリバリ直球写真の中で、展覧会としての変化とか遊び心発見だ。






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   ↑:佐々木練、「かえりみち」・A3。



 実は、今展は10人構成の予定だった。展示をしてみると少しスキッパーになった。同時開催の「男展」参加者から、急遽作品を廻してもらった。だから、今作は「対展」用の作品ではない。だが、佐々木連は昨年も「対展」に参加していた。その参加経緯から意図的に「対」という視点でも写真を撮っていたのだろ。

 佐々木練の作品に関しては「男展」で多く語ろう。
 今作、申し訳ない点が一つある。作品は額装無しのスッピンだ。他の作品がそれなりに浮き出ているので、佐々木ワールドが小さく這いつくばった感じになった。見栄えとしては問題有り、なのだが、その消え入りそうな展示ムードが作品の持つ「日常性の埋没と主張」と重なっていて面白かった。






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   ↑:加藤エミ(浦河町地域おこし協力隊)、「風土」・A3。


 
 加藤エミは空気を撮りたいのだと思う。「ふわーっと拡がる空気、そこを見つめる、浸っている私・・・う~んシアワセ!!」
 だが、空気一般が相手ではないのだろう。どこにでもありそうな作品風景だが、「風土」と命名している。「その時、その場、その空気」という具体的な世界が背景にないといけない。そして、作品は「どこにでもある風景」としてそこにある。実体は追求しないが、実体に連れ添う空気で夢を膨らませている。





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   ↑:加藤良明(株式会社加藤デザイン顧問)、「俯瞰」。



 被写体をがっちり強く撮る加藤良明だ。写真情報を沢山見せたい人でもある。だから余計にしっかり撮りたい。ピンボケ利用などの特異なムード表現を潔しとしない。だから、もっと大きくすればと思った。
 加藤良明は大ベテランだ。しかも、20代の大学写真部関係者とのグループ展は初めてだろう。仕上げに遠慮が働いたようだ。

 作品としては、左側の作品が気に入っている。
 上部の建物群、下部の岩塊、右側の海の丸さ、これらを海岸線がうねりながら繋げている。撮影者はこれら4者の模様を意識して撮ってはいないだろう。なぜなら、撮りたいモノゴトを中央にバシッと撮る人だから。多分「海」を中心に撮りたかったと思う。だが、建物群が気になったのだ!そこでいつになく浮気心が湧いてきて、上部にもサービス精神が働いた。その上部は頭でっかちで重く、普通ならば作品をアンバランスにさせるのだが、先に言った「岩魂」、「海」、「海岸線」が絡みあって、王者的風格に仕上がった。

 それと、作品下部のローマ字は無いほうが良かった。「試み」として出品したようだ。




 さて、最後に、見に来てくれた若者に・・・「乾杯!」


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by sakaidoori | 2016-04-30 23:39 | アートスペース201 | Comments(0)
2016年 04月 29日

2503) 「第四三回 北海道抽象派作家協会展」 市民ギャラリー 終了/4月119日(火)~4月24日(日)  

 

 
第四三回
北海道抽象派作家協会展
 


 会場:札幌市民ギャラリー A室
     中央区南2東6(北西角地)
     電話(011)271-5471

 会期:2016年4月119日(火)~4月24日(日)
 時間:10:00~17:00
      (初日は13:00~、最終日は~16:00まで。) 


 【出品作家】
 同人:今庄義男(岩見沢) 小川豊(小樽) 丸藤真智子(札幌) 後藤和司(札幌) 佐々木美枝子(得陳) 鈴木悠高(札幌) 田村純也(苫小牧) 名畑美由紀(札幌) 林教司(岩見沢) 三浦恭三(小樽) 宮部美紀(石狩)・・・以上、12名。

 推薦:伊藤貴美子 木内弘子 田中季里(岩見沢)
 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー(4.24)

 会場風景と、作品をまとめて載せます。
 参加者は13名です。部分紹介になると思います。


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 大作絵画はここではよく似合う。天井は高い、広々している、黒タイルの反射もよろしい。そして、何となく冷ややかな空気感、大きな作品を近くに遠くにながめまわす。
 そういう気分ではあるが、小品がやけに多くて作品全体を小さくしているみたい。やっぱり、ここは大きな作品の迫力で突き進んで欲しいものだ。何点かの小品は展示リズムとしては良いと思うが、いささか多すぎると思った。

 (以下、敬称は省略させていただきます。)


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   ↑:(左側は名畑美由紀、右側は田村純也。手前の針金円球は田村純也、「操 -SOU- 」・立体 600×250×150.)


 良いツーショットだ。この流れで、立体作家の田村純也から始めます。


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 何年前であったか、田村純也は石作家として、元気よく抽象派作家協会展にデビューした。石は重い、その石を並べるのが彼の基本だ。作品の良し悪しを離れて、「石を並べる」という元気さ、意欲に感心している。
 石といっても、墓石風の展示の仕方で、シンメトリーを好んで展示している。見ていて残念なのは、石という素材の存在感に比して、作品群が小さく見えることだ。作風からは、「生真面目、律儀さ」が強すぎて、石自体の主張に欠ける気がしていた。
 
 田村純也は中高年だと思っていた。今回初めてお会いした。「おっ、若い!」、「石のように実直そうな作家だ」と思った。そして、今回は石ではない。針金の網を丸めての団子連なりだ。何とも軽い!石の重さにコリゴリしたのか、持ち運びもらく。気楽らくらく「田村青虫」の誕生だ。もちろん、律儀さは健在だから、綺麗に並んでとりたててヘンチクリンな作品ではない。ウエーブ状にしたのは動きが欲しかったのだろう。それに、触ってみたくなる。鑑賞者との交流もネライだろう。それよりも、「オレは何でも出来るんだ!石作家などと、型枠をはめないでくれっ!」ということだ。

 (「操」、手先でやりくりする。現代中国語の「操・cao(つっあお・1声)」、しっかりと持つ。)




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   ↑:名畑美由紀、全て「ROSE」、中央はF100、他はF50。)



 悩ましきかな名畑美由紀、だ。
 もし、今作のマチエール(色味や色質)絵画評価の基準にしたならば不合格だろう。ところが、この抽象派協会展作品は画質の高い作品が多い!あんまり上手だから、ついつい色に見とれてしまい、抽象自体の楽しみが何処かに行きそうだ。特にベテラン同人はそうだ。
 絵画の原点は「色」だから、色に拘るのは当然だ。では、どんな色味を名畑美由紀は追求しているのだろう?そこが悩ましい。
 もちろん、狭く色味だけを追求してはいないだろう。構図だとか・・・(こういう作品に構図をどうのこうのというのは、僕の能力を超えている)、画面全体が醸し出すリズムだとか、そういうのを一切合切包み込んだある種の感覚・感性を主張したいのだろう。余りに画質に捕らわれすぎたら、絵画が狭くなると思っているのかもしれない。
 それではどんな感性を紡ごうとしているのか?おそらく、本人も明確に自覚するには至っていないと思う。「喉のここまで出かかってはいるのだが・・・出てこない」という境地だと思っている。そういう名畑美由紀の「生まれいずる悩み」を楽しんでいる。




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   ↑:伊藤貴美子(推薦作家)、「MOKU」。アクリル F4×20枚 F8×10枚。
 



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 タイトルは「MOKU」。「もくもくもく」ということかな?「雲がもくもく」、「気分がもくもく」、「宇宙がもくもく」、そんなふうに理解しよう。
 こういう作品は小部屋でも中部屋でも大部屋でも成り立つ。だから、同じ作品であっても、場との絡み合いが大事だろう。一枚の作品がどうのこうのではなく、その繋ぎ、関わり、動き、リズムが勝負だ。美学的には余白としての壁が手強いところだ。しかも、今展はグループ展だから、他の世界との関わりも考えないといけない。
 日記のような一枚一枚の作品、お日様は東から昇り西に沈む日々の繰り返し。添い寝するように画家もくり返す、絵を描いて・・・その連続と非連続を「MOKU」として表現する。もっと「もくもく」すればと思った。天まで届くぐらいに、モザイク状に作品が膨らめばもっと楽しかっただろう。





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   ↑:田中季里(推薦作家)、「doors」・180×210 紙 鉛筆。



 こちらも小品の合体作品。でも、「もくもく」気分ではない。しんみりしたブルーの世界での、沢山のドア。ドアドアドア。それは未知への道標?世界を閉ざす塀?まるで坊主が「壁の前に3年」という修行気分も漂う。修行ではなくて一人遊びというべきか。




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   ↑:鈴木悠高(同人)、「drawing 01~04」・ミクストメディア。



 以前は色一色で勝負していた。最後は黄色に拘っていた。本当に修行のような絵画だった。それに疲れたのか、変貌・深化のためか、今ではその面影はない。確かに、今展の大作は以前多用していた黄色中心だが、その意味合いが全く違う。模様の風景、あるいは空間処理的な扱いだ。そして模様はどこかしらユーモラスだ。
 気になるのは、小品に露わだが、伝統的東洋画(日本画)の気分が旺盛で、余白美に拘っているようだ。その探索の過程に位置しているのかもしれない。



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   ↑:小川豊(同人)、「心のひだ 2016-4-16」・油彩 182×92(5枚)。


 「心のひだ」をずーっと表現している。初期の作品は青春の悶えのようなものも感じて共感度も高かった。最近は様式も固定化し、悩みや憂いの影は薄れ、抜群の安定感で絵画行為に励んでいる。
 僕は作品に動きや変化、あるいは意外性を好む。そして情緒不安定な人間だから、ハラハラ気分を最も楽しんでいる。しかし、思えば、画家というものは若い時とか、描き始めの頃は描きたい心象も定かではないから、あれこれと変な世界も飛び出てくる。描き進めば、自分のしたいことを自覚して、それを追求するものだ。たとえ他者からはマンネリ風に見えても、他人の為に描いているのではないからしかたがないことだろう。
 ましてや小川豊は器用な人ではなさそうだ。一本勝負の人?それはわからないが、真一文字に我が道を歩む人なのだろう。



 随分とあれこれ書きすぎました。以下、展示順番に可能な範囲で掲載します。



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   ↑:宮部美紀(同人)、「流れる Ⅰ Ⅱ」・油彩 F100×2。




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   ↑:丸藤真智子(同人)。大作は、「風邪の向こうに Ⅰ Ⅱ Ⅲ』・(3点とも)ミクストメディア F130、小品は「星の夜 Ⅰ Ⅱ」・(2点とも)ミクストメディア SM。


 以前も質感は重たかったが、より軽やかで明るかった。重たい画家になったみたいだ。「絵画の精神性」ということを追求しているのか?




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   ↑:後藤和司(同人)、「river 2016」・アクリルなど M100×3。


 今回のテーマは「川」、流れるということか。常に流れている人だ。落ち葉であったり、星屑であったり、気分であったり・・・後藤流れに身をまかそう。




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   ↑:今庄義男、「古里 Ⅰ Ⅱ」・(2点とも)油彩 90×120。



 以前のタイトルは「コリ」だった。とうぜん「古里」を含意している。今回は素直に「古里」。





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   ↑:木内弘子(推薦作家)、「奏 その1 その2 その3」・(3点とも)油彩 F100。



 「奏(かなで)」にしては、色がくすんでいる感じだ。色の発色に研究の余地がありそうだ。





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   ↑:林教司(同人)、「赫景 Ⅰ Ⅱ」・油彩 F100×2。



 気力充実の作品だ。





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   ↑:佐々木美枝子(同人)、「作品 Ⅰ Ⅱ」・(大作2点)S60。


 「美枝子ピンク」というのだろう。ピンクの持つ可愛さ可憐さには無縁だ。「怨念」では言い過ぎだが・・・。




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   ↑:三浦恭三(同人)、「関係律 16ー1 16-2 16-3」・油彩 P100 F60 F60。



 いつもと同じ仕事だが、タイトルが変わったようなきがする。「関係律」だ。数学的用語風だが、音楽的響きも共有している。
 上の全体写真は少しぴんぼくになりました。個別作品を載せます。じっくりと「関係律」を楽しんで下さい。



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   ↑:「関係律」・油彩 P100 。



 次は小品です。こういう三浦ワールドは初めてです。線描の好きな僕にはたまりませんです。



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by sakaidoori | 2016-04-29 20:43 | 市民ギャラリー | Comments(0)
2016年 04月 28日

2502) ①「群青(ぐんせい) ①前期『対展』」 アートスペース201 終了/前期:1月28日(木)~2月3日(火)

 群青」(ぐんせい)展

  ぐんじょうと読まないで下さい。
  ぐんせいと読んで下さい。「群れる青い人達」です。

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●第3回 丸島均(栄通記)企画

群青(グンセイ)
  八つの展覧会
  〔写真、絵画、書、ドローイング、テキスタイル、立体〕

 「群れる青い人達」による自己表現展です。
雪固まる1月、2月・・・
寒い・・・
少しでも元気になれれば・・・ 

●会場:
アートスペース201
札幌市中央区南2条西1丁目山口ビル5&6階
電話:011―251―1418
   
●会期:
前期⇒2016年1月28日(木)~2月2日(火) 
後期⇒     2月4日(木)~2月9日(火)
(前期は6階3室のみ。後期は全館5室の展覧会。)

●時間:10:00~19:00 
    (各会期最終日は、~18:00まで)
 
前期・6階C室
○「対展 Ⅰ」(写真中心の美術展)
西口由美恵 小野寺宏弥 加藤良明 黒澤智博 笹谷健 篠原奈那子 鈴木悠高 加藤エミ 橋本つぐみ 庄内直人、佐々木練・・・(以上11名。)

前期・6階A室
まる「男展」(写真展)
金侑龍 小林孝人 佐々木錬 松尾泰宏  

前期・6階B室
○「鉄の灰」(写真2人展)
阿部雄 千葉貴文

ーーーーーーーーー(1.28)

 群青展(2016年)も終了して、はや2ヶ月。細かい報告をしていません。遅まきながら記していきます。全部で8個の展覧会です。最低でも10回は書かないといけない。気長にお付き合い下さい。


 さて、前期・対展です。11名の参加、①として一人一人紹介していきます。全体の印象は②の最後に記します。



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   ↑:黒澤智博(北海学園大学写真部OB 2008年卒)、「ナカミとソトミ」・A1。



 大きな作品だ。すっきり青空でシンプル勝負、さわやかだ。この時期、違う会場でも大きな作品を出品していた。やはりAIの大きさだった。しかも沢山だ。「大きく表現をしたい」、ちょうどそういう時期だ。

 見上げる新東京タワー、よくあるアングルだが、意外な感じで迫力もある。大きな作品にしたのが効果を高めているのだろう。撮り手の素直な真一文字の感覚と、タワーの屹立する姿勢が、ともに上昇志向で駆け上がっている感じだ。
 対するタワーの室内風景、情報も一杯あって、一枚の作品として見るのならば楽しめる。だが、見上げるタワーの力量感には負けた感じだ。ここは普通に「ググッと見下ろす」作品が並んだ方が良かったのではなかろうか。「対」ということで、いろいろ考えたのだろう。考えた結果はイマイチだったが、「大きな対」の試みは今後に生きるだろう。




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   ↑:篠原奈那子(藤女子大学2年写真部)、「曖」・バライタ。


 女が女という性を、ムードを美しく撮る、チョット悩ましく。

 「愛」って、「心が晴れやかでひたきな気分」と思っていたら、全く逆な意味だった。「心にせつなく何かがたまり、そぞろ歩きでなかなか前に進めない」、「後ろの人(死んだ人か?)が気になって、去りがたい」との意だった。そして「曖」は「お日様が雲に邪魔されて進みがたい、そのお日様がぼやけて見える=曖昧な姿」だ。
 きっと篠原奈那子は自分の青春心象を作品化したのだろう。要するに「心が曖昧」なのだ。「青春って、そんなものさ」、と言えばお仕舞いだ。そこに人生があり作品が生まれる。作品、なよなよしていないのが良い。しかし、作品は綺麗だ。女性というものは悩んでいても美しくありたいものか?男の悩みはおぞましく醜い。


 会場には被写体のモデル嬢も来てくれた。ご紹介します。藤女子大学生です。


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   ↑:西口由美恵(北海学園大学写真部所属)、「『  』」。



 合成写真だ。西口由美恵も青春ものだが、こちらは「群れと個」がテーマだ。群れは群集であったり、風景であったり、何枚かの写真の寄せ集めであったり・・・そういう中で、傘を友達にして透明人間気分でさ迷っている感じ。作品心は淡々としているが、写真心は「私、写真大好き、もっともっと遊びたい、しゃしんの秘密とお喋りしたい」とつぶやいているみたい。

 作品は2点あるが、それぞれが完結していて、1枚で充分な世界だ。「2点で対」、というより、「対とかいろんな要素を一枚の作品に詰め込んだ」という作品群だ。




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   ↑:橋本つぐみ(藤女子大写真部OG)、「ジグソーパズル」・A3。



 とても絵画的な作品だ。個人的には左側の作品が特に気に入った。真ん中の何もない空間、この空間がいたく胸にしみる。「何にもないんだな~、何にもないんだな~・・・でも、気になるな~」この感触は何なんだろう?「自分自身を見つめる穴」とでも言おうか?あるいは、「見果てぬ夢の残骸・・・」

 そんなわけで、右側の洗面台は余韻のような存在になってしまった。橋本つぐみの意図はわからない。ただ単に日常のモノゴトが「ジグソーパズル」に見えて、一人楽しんでいるだけかもしれない。ただ、気分良く出品したのは間違いない。仕事も忙しそうで心配していた。忙しさも悪いことではない。





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   ↑:笹谷健(北海学園大学Ⅱ部OB)、「進め」・A3。


 とても暗い印象。でもタイトルは「進め」、この実直シンプルな命名さと作品そのものから伝わる印象が離れている感じ。
 左側の後ろ向きの作品。「前に向かって進もう」ということだろう。だが、後ろ向きスタイルは作品世界を過去にも引っ張っている。過去と未来の両義性を主張しているのではないだろう。そうなると、被写体の姿とは別の問題として、写真の技術力をも前提にした表現力として「進め」になっているのかどうかだ。

 右側の作品、これはもう葬送曲が流れているような場面だ。中心にはこちらを向いた男性が座っているのだろう。一目では識別しがたい。どこか死人が花道をこちらに向かってやってくる、、、そんなシュールな不可思議な世界だ。

 笹谷健は「物語」を作る撮影者かもしれない。今回は、その物語が一人歩きし過ぎちゃって、見る側との距離が離れていった感じだ。彼固有の物語性を「対」という約束事が狭くしたみたいだ。きっと、「対」ということを考え過ぎたのだろう。考え過ぎることは良いことだ。だが、「考え過ぎ」が鑑賞者との距離を遠くしたみたいだ。



 ②で、残りの6人を紹介します。

by sakaidoori | 2016-04-28 18:09 | 群青(2016) | Comments(0)
2016年 04月 27日

2501) 「第1回 糸井崇史 油彩展」 道銀らいらっく 終了/4月18日(月)~4月24日(日)

第1回 糸井崇史 油彩展  


 会場:らいらっく・ぎゃらりい
     中央区大通西4丁目
      北海道銀行本店ビル 1F
      (大通公園の南側、北東角地。)
     電話(011)233-1029

 会期:2016年4月18日(月)~4月24日(日) 
 休み:
 時間:10:00~17:00
     (最終日は、~16:00まで)

ーーーーーーーーーーーーーーー(4.24)


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   ↑:「ヤギ」・F50
2016年制作。





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   ↑:「しまうま」・F80 2015年。





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   ↑:「水牛」・F80 2014年。





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   ↑:「水牛」・F30 2014年。





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   ↑:「カラスとヒツジ」・F80 2013年。




 (以下、敬称は省略させていただきます。)は


 狭い会場に、大きな絵に、大きなヤギがびっしりだ。ヤギ以外もいるのだが、気分は似たような感じ。この、「似たような感じ」というところは、個展としてはチョットさびしく物足りない。でも、「絵を描きたい!!描いているんだ!!これからもっともっと良くなる糸井崇史だ」という気分はしっかり伝わる。

 僕にとっての今展のセールス・ポイントは「線」だ。「線の好きな人」という第一印象だ。ただ、この線が動物を描く手段以上にはなっていないのが全ての物足りなさの原因のようだ。「絵画という枠の世界に、動物がいる」そういう全体構想が全てになっていて、おそらく画家・糸井崇史の性癖である細かい世界とか、遊び心とか、絵から離れて行く絵心というものを犠牲にしている感じだ。結局、画題と構図にとらわれすぎなのだろう。

 そんな感じで動物と向き合っていたら、資料が目に入った。おー、あるではないか!細密画だ。これだこれこれ!
 以下、その作品を載せます。お気に入りだから沢山載せよう。



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 おそらく、こういう作品はおてのものだろう。もちろん、気楽に描いているわけではない。集中し、一気に仕上げる。描き始めにどの程度全体構想があるのかはしらないが、その辺は経験でどんどん描き進めているだろう。とにかく、こういう絵は「やめられない、止まらない、線が、模様が、出てくる出てくる法華の太鼓」だろう。

 こういう細密画を得意とする画家が、大きな油彩に新たな境地を見いだしたのだろう。細密作品のボリュームの小ささは克服された。しかも、画題そのものを大きく描くことによって、大きな気分になれた。その代わりに、細密画の持っていた「あらぬ世界、不思議な世界」は消えた。画家は「まだまだ修行中です」と、語っていた。そういう意味ではより一層の自分らしさを発揮するのはこれからかもしれない。
 ただ、油彩画と細密画は目的が違うのかもしれない。細密画は自分のエネルギーの発散の場、油彩画は見る人をそれなりに意識しているようだ。人としてのヒューマンなものを描いて、鑑賞者との交流を意図しているみたいだ。
 そんなに細かく言い切る必要もないだろう。この細密画気分が絵画という大きな流れの中でどんな感じで膨らむのかを楽しみにしよう。

by sakaidoori | 2016-04-27 20:45 | 道銀・らいらっく | Comments(0)
2016年 04月 26日

2500)「チカホで、100枚のスナップ写真を見る会 ~外崎うらん の場合」チカホ 終了・3月27日(日) 16:00~


チカホで、100枚のスナップ写真を見る会

外崎うらん の場合

場所:札幌市チカホ①②番出入り口付近の白くて丸いテーブル
日時:2016年3月27日(日)
  16:00~

 
ーーーーーーーーーーーーー(3.27)


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   ↑:今回の出品者:外崎うらん





 僕は、毎年2月に企画展のような、呼びかけ展のような展覧会を開いている。第1回は学校を卒業した若手撮影者のみだった。現在では絵画を含めて何でもありという状態だ。
 主義主張を訴える展覧会ではない。「参加者が何かを主張する、鑑賞という立場を少し踏み越えて、一緒になって発表の場を作っていく」というものだ。

 主義主張のない主催者・丸島均ではあるが、「展覧会参加者の交流、意見交換」はあったほうがいい。「あるべき」と言うべきか。そんな気持ちから、写真関係者だけではあるが、「100枚のスナップ写真を見る会」を細々と続けている。展覧会参加者が100枚のスナップ写真を持ってきて、白くて丸いテーブルにならべて見ていく。写真は発表を前提にしていない。何でもいいのだ。「このスナップ面白いな・・・、被写体は違うが、似たような取り方だな・・・、何か地味だね・・・」とか、適当に感想を言うだけだ。
 恋人同士なら、どんなつまらない写真でも楽しいものだ。だが、僕たちはただ単純に写真が好きということで見ている。好きと言っても、作品にしたいのを選んでいるわけではない。「良い写真」ということで見ているわけではない。撮り手の写真動機とか撮影感覚を楽しんでいるわけだ。

 「見る会」ではあるが、参加者は僕一人でも構わない。不定期開催だ。とにかく、続けていく。「人の集まりが悪いから止めよう」とか、「続けていくのが大変だ」にしたくない。
 とは言っても、やっぱり何人かいた方が楽しい。他人の見方も参考になる。次回の群青展を盛り上げるためにも月1は実施したい。


 最後になったが、今回は外崎うらんだ。5人の参加者だった。
 展覧会でもあるまいし、細々と感想を書くのは止めておこう。以下、テーブル上の写真を見て下さい。


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   ↑:(僕のお気に入り写真。)

by sakaidoori | 2016-04-26 22:15 | 100枚のスナップ | Comments(0)