栄通記

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2014年 08月 19日

2450)③「第60回高文連石狩支部 美術展」 拓北高校 終了/8月6日(水)~8月8日(金)

       


  

第60回 高文連石狩支部 

   美術展
   
  


 会場:北海道札幌拓北高等学校
     札幌市あいの里
     電話

 会期:2014年8月6日(水)~8月8日(金)
 休み:
 時間:初日  ⇒11:30~17:00
    二日目 ⇒10:00~17:00
    三日目 ⇒10:00~15:30
   (以上は一般公開日程)
 

 【参加高校生】
 とても沢山。60校総作品数807点。  

 当番高校:北海道石狩翔陽高校
 主宰:北海道高等学校文化連盟石狩支部 

ーーーーーーーーーーーー(8.8)


 2441)①、2445)② の続き。

 会場は第一体育館、第二体育館、構内の廊下と盛りだくさんです。

 作品は線描・点描や切り絵などを中心に載せていきます。



 (以下、敬称は省略させていただきます。)


 今回の会場風景写真は特に場所の明記はしません。それでも、始まりは第二体育館の風景からです。




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   ↑:(以上は第二体育館。)






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   ↑:東海大学附属第四 2年・沼館加奈子、「見据える。





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 切り絵だ。刻み線のゆらっとした自由な感じとか、シマウマの縞々模様の緻密さとか、切り絵の魅力たっぷりだ。高校生らしく自画像?も入っている。口を隠して見据える姿勢も凛々しい。

 色柄は「派手にした」と本人は解説しているが、それほどド派手ではなく、むしろスッキリ清潔だ。収まりの良い全体構成だ。そのことが学生の期待した「ハデさ」とは違うムードなのだろう。それに、白味が多い。この白は個人的には大好きなのだが、ハデにしたかったら白の領域が多すぎるのかもしれない。

 「ハデにしたい」のは、学生にとっては色だけの問題ではないのだろう。自分自身の気持ちや心を大きくしたいのだろう。そういう意味では、志は良かったが、まだまだだ。上手な人だ。もっともっと冒険心を沸騰させて、丁寧に丁寧に切っていけば、色だけでない「ハデさ」が画面から発散していくだろう。




 次の5点は全作札幌山の手高校だ。おそらく、似た感覚なので、顧問先生の好みや指導が反映しているのだろう。





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   ↑:左側、札幌山の手高校3年・山口辰哉、「存在」。
   ↑:中央、札幌山の手高校3年・宮田紗花、「救いを求めよ」。
   ↑:右側、札幌山の手高校3年・石川司、「時」。



 以上は全員3年生。次は2人とも1年生。



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   ↑:左側、札幌山の手高校1年・山崎逸紀、「異界の猫」。
   ↑:右側、札幌山の手高校1年・川野詩織、「ⅩⅡ時のシンデレラ」。



 相当緻密に線描を施している。肉声を伝えると言うよりも、装飾処理みたいになっていて、自分好みとは少しずれる。その装飾もアラベスク風の無限回帰に陥りそうだと、それはそれで大好きなのだが、そこまでの没個性にはならない。「高校生らしさ」第一の制作態度だから当然だろう。今は一所懸命に空間を模様感覚で埋め尽くして、その絵画エネルギーを財産として蓄積しているのだろう。ここからそれぞれが自覚的に先に進むと凄いことになるだろう。







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   ↑:札幌平岸高校3年・金子ひかる、「ナチュラルハイティーン」。



 こちらは同じ埋め尽くすでも、肉声200%の自己主張だ。「人生、愛も恋も憎しみも楽しみ苦しみモ、イッパイイッパイ!」だ。かなりオドロオドロ雰囲気が露出しているから、単なる見かけの明るさを問題にしているのではないだろう。何より、描いた本人がスッキリもっきりカイカ~ン、良い気分だと思う。だから絵は最高だと思う。








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   ↑:札幌東商業高校3年・福井杏奈、「邂逅する夏」。




 こちらは気分ドロドロだ。色もそれなりに多用しているが、やっぱり流れ落ちる黒い炎模様が圧巻だ。蝶々があったり、女の子が背中を見せて集まったり、舞台のカーテンみたいなのがあったりと、かなり象徴的に小道具を配している。

 「これが私の夏、これが私の良い気分」と、うそぶいている姿勢が頼もしい。「この世界だって綺麗なのよ」と呟いているのだろう。






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   ↑:札幌東商業高校3年・佐藤杏奈、「つながる」。



 「つながる」というタイトルに驚いた。てっきり「別れる、離れる、断絶する」と解した。

 確かに手の触れ合いに「つながる」を見ることができる。しかし、二つの世界(顔)の接続部分、その間を埋めている暗い闇は、「永遠の断絶感」を思った。一人の人間の崩壊に近いものを見てしまった。
 それにしてもこの「崩れ感、いや、学生のタイトルでは統合感」、確かに圧巻だ。漫画的だが、そのブラックユーモア的要素が人間の悲哀を感じる。黒に包まれたカラフルさも刺激的。







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   ↑:札幌西高校3年・高橋侑汰、「蛇神」。




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   ↑:(上掲の部分図。)




 画面の中には小さな蛇だらけだ。小さな蛇が集まった大きな蛇になったわけだ。
 蛇は気持ちが悪くて遠慮しがちが、人間にとってはユニークな存在だ。アダムとイブではないが、絵画上でも大事な存在だ。

 それにしてもこれほどの蛇にチャレンジするとは!エライ!









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   ↑:札幌白陵高校2年・佐藤茉依、「ダチョウ」。


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 細密画だ。細密表現もいろいろあり感心してしまう。見事なものだ。







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   ↑:有朋(通信)高校2年・小平朗寛、「“脳”インスピレーション」。



 これまた面白い作品だ。
 四畳半の一人部屋で、空想に浸っている感じだ。
 貧乏な四畳半かもしれないが、作品の線はふくよかだ。だから、作品自体に貧相さはない。青年が狭い空間で自分の手や顔を見ながら、自分自身と対話して、なんだか変な気分になってきて、その変な世界を覗き込む・・・でてくるでてくる夢物語、その前奏曲だ。








 なんとかもう一回は載せたいです。気分は「④に続く」ですが・・・





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by sakaidoori | 2014-08-19 14:42 | 学校構内 | Comments(6)
2014年 08月 18日

2449)「齋藤周展 『日々の形状』」テンポラリー 終了/8月1日(金)~8月10日(日)

  

    


齋藤周展  日々の形状            



 会場:テンポラリー スペース
      北区北16条西5丁目1-8
       (北大斜め通りの東側。
       隣はテーラー岩澤。)
      電話(011)737-5503

 会期:2014年8月1日(金)~8月10日(日)
 休み:月曜日(定休日)
 時間:11:00~19:00 
    (最終日は、~18:00まで。)

ーーーーーーーーーーーーーー(8.7)


 会場入口からの正面風景--



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 正面の左側--



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 正面の右側--



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 左側から順番に何点か載せます。



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 (以下、敬称は省略させていただきます。)




 『あら、どうしたの齋藤周?』

 まるでオタクのような四角ばかりの作品群だ。家屋と見てもいいだろう。家には違いないが、脇を締めて、自分一人の砦にも見える。さわやか色使いだから、他者を寄せ付けないという排除の姿勢をとっていない。四面観音のように辺りをまさぐり、「それでもオレは此処にいる、四角の中に」、と旗竿を上げている感じだ。

 タイトルは「日々の形状」。「日々の営みの拠点は家(自分の室内)だから、そこでの心象風景」と解せないでもない。間違いなくある種の心象風景だろう。だが、随分と閉じこもり気味で、「感覚感情の発散」に対して強い抑制を感じる。

 「発散」、齋藤周ワールドは内燃機関の爆発のような自己顕示型ではない。しかし、自分の中の感覚を外に拡げる(作品化)ことによって、自分の可能性を拡げるタイプだと思っている。自分の中の未知領域に、あるいは外の不可知界に自分を投げ込んで冒険もしたい!きっと何か良いことがあるはずだ!それが少年の淡い初恋心であったり、朝日の新鮮さであったり、山の彼方の憧れだったりと、激しい時もあれば静かな時もあるで、今風の優しさの中で青年らしい多情多感さを保っていた。今展、「情」や「感」よりも、「我(われ)」と「此処(ここ)」なのか?


 今展は今までの齋藤周のスタンスとは異質だ。主義主張を絵画に綾なす人ではないが、何かしら挙手をしたくて発言したくてじっとこらえている感じだ。





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 我々も彼女たちと一緒に2階を見よう。もしかして、齋藤心の屋根裏を見れるかもしれない。





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 激しい絵だ。そして美しい。もしこの作品が入口正面にあったならば、全体の印象も変わるだろう。

 遙かななる山また山!この山並みを縦断したいのか?行為する人?ただ見ることによって存在を確かめたいのか?見る人?主義主張の画家ではないが、今までとは違うマグマ溜まりが誕生するのか?






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 さて、「屋根裏」を合い言葉にして帰ることにしよう。





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by sakaidoori | 2014-08-18 15:11 | テンポラリー | Comments(1)
2014年 08月 17日

2448)「蒼野甘夏 日本画展 『ゆめとしりせば』」 茶廊法邑 終了/7月30日(水)~8月11日(月)

  
  



蒼野甘夏 日本画展 
  「ゆめとしりせば
  
     

        
 会場:茶廊法邑
      東区本町1条1丁目8-27
      電話(011)785-3607

 期間:2014年7月30日(水)~8月11日(月)
 休み:火曜日(定休日)
 時間:10:00~18:00
      (最終日は、~16:00まで)

ーーーーーーーーーーーーーーーー(8.7)


 (以下、敬称は省略させていただきます。)




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   ↑:①




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   ↑:②



 広い会場を、近作に過去作、大作に小中品作とオーソドックスな展示構成。ゆったりと蒼野甘夏を見ることができた。当然最近作もあり、彼女の動向がうかがわれる。もしかして、見に行けれなかった方もいるでしょう。以下、いくつかの視点で紹介します。



 やはり目に惹くのは4m前後の大作2点。

 写真①の左側の大作は撮影ミス。タイトルは「BATUCADA」・2012年 179×396㎝ 和紙 岩絵具 箔。
 その部分図だけを載せます。



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   ↑:「BATUCADA」・2012年 179×396㎝ 和紙 岩絵具 箔 の部分図。



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   ↑:「BATUCADA」・2012年 179×396㎝ 和紙 岩絵具 箔 の部分図。








 写真②の大作を再掲します。




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   ↑:「ビル風赤松図」、2012年 179×396㎝ 和紙 岩絵具 箔。




 あまり良い写真ではないので、いくつかの部分図を載せます。蒼野甘夏魅力を確認して下さい。



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 次はより新しい細くて横長の作品。




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   ↑:「岸想図」・60.6×300.0㎝ アートクロス 墨 岩絵具。




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   ↑:(上掲の部分図。)




 「蒼野甘夏も色っぽくなったな~。やっぱり日本画は髪だよな~。今回の目の表情はこうきたか・・・」、とりとめもなく色んな印象が湧いてくる。

 以前の甘夏ワールドは、「ふっくら少女雰囲気に包まれて、楽しくてかわいい」という感じで見ていた。肌の描き方や輪郭表現がまろやかだから、そんな気持になったのだろう。それと、同じ日本画でも教育大学系の日本画とはムードが少し違っていて新鮮だった。今では女史の作品を見慣れたわけだから、出身校との違いを新鮮などと言っても始まらない。彼女に即して楽しまなければならない。そういう意味で今展は、彼女の流れと最近の関心を確認できてよかった。




 次は、おそらく今展用の最近作だと思う。




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   ↑:「煙が目にしみる」・2014年 33.3×53.0㎝ 和紙 岩絵具。





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   ↑:左側、「娘道成寺」・2014年 72.7×60.6㎝ 和紙 岩絵具。
   ↑:右側、「Summer time」・2014年 65.2×45.4㎝ 和紙 岩絵具。



 僕にとっての今展の目玉はこれらの最近作だった。歌舞伎を背景にして現代浮世絵を描いているみたい。画題はまだまだ歴史物情緒が大半だが、今風な画題がどんどん入ってくるかもしれない。もっとも、そうなると「美人画」というジャンルの問題があるかもしれない。

 上掲の作品群は「美人画」と言っていいはずだ。だって、「美人をありのままの姿から離れて、日本画の美で描いている」からだ。
 ところで、1980年代以降に、「美人画」という言葉は影を潜めた。いや、適時使われているのだが、「ジャンルとしての美人画」は成立しがたくなった。一つに、女性の社会参加が一般的になり、男の観念としての「美人画」にリアルさを求め難くなったから。一つに、性風俗環境の劇的変転があるだろう。三つに、「女性美」に対する多様化、などを考えている。

 かつて上村松園という女性日本画家が「美人画」を代表していた。別に男性の理想美としての「美人画」を描いてはいなかった。明治8年の京都生まれの人だ。京都人の「美人感覚」が血肉化していたのだろう。その表出としての「美人画」だ。

 蒼野甘夏は歴史的にも、風俗としてもかつての「日本画」を描く環境にはない。今は明治大正風の流れにいるが、どんなふうに現代感覚を取り込んでいくのだろう。






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   ↑:「BYAKUYA」、2012年 50.0×60.6㎝ 和紙 墨 泊 岩絵具。




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   ↑:「DONGURI」、2013年 50.0×60.6㎝ 和紙 墨 泊 岩絵具。



 会場外の入口付近で上掲の作品を見つけた。線を描く蒼野甘夏が、墨画にチャレンジしている。今年描いたわけではないが、何らかの思惑があっての展示だろう。こういう墨画も現在進行形で取り組んでいるのかもしれない。それにしても見慣れている彼女特有のしなやかさからは遠い。たまたまの試みか・・・、新境地の開拓か・・・。

by sakaidoori | 2014-08-17 12:10 | (茶廊)法邑 | Comments(2)
2014年 08月 16日

2447)「河口龍夫 『真珠になった種子 音になった種子』」 門馬 終了/7月20日(日)~8月10日(日)

  
 
  
  


河口龍夫  

真珠になった種子 音になった種子
             

 

  
 会場:ギャラリー・門馬    
      中央区旭ヶ丘2丁目3-38
       (バス停旭ヶ丘高校前近く) 
     電話(011)562ー1055

 会期:2014年7月20日(日)~8月10日(日)
 時間:11:00~18:00
    
ーーーーーーーーーーーーーー(7.31)


 門馬邸全館を使った大規模な個展だ。河口龍夫氏は金沢美術工芸大学教授だ。金沢在住?、はるばるの来札で、しかも大量の出品、作家の並々ならぬ意欲を感じる。


 当館の各所でいろんな河口表情がある。しかし、メインは居間に鎮座した二つのインスタレーション作品だろう。両者を合わせた全体風景を撮り忘れてしまった。が、それぞれ独立したものと見て構わないだろう。



 (以下、敬称は省略させていただきます。)




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   ↑:(居間の出入り口ドアからの撮影。)




 奥の作品から載せます。




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 非常に窮屈に見えた。作家はきっと苦しんだことだろう。瞬時にそんな印象を受けた。
 果たして、作家がどういう展示体験を持たれたかは知らないが、「できればリ・ベンジしたい!」と心で叫んで帰ったことだろう。


 実は、ここ門馬邸ギャラリーは、個性を発揮するには札幌でも一番難しい場と思っている。

 二つの理由を考えている。

 一つは、場自体が個性がありすぎることだ。
 無味乾燥とは全く真逆で、光は入る、真新しい床は反射する、リッチである、段差もある、いろんな角度の角がある、2階に昇る階段もアール・ヌーボー的表情を持っている。それらを愛でながら、一人のんびりと作品と会話するとか、夜の暗がりで酒を肴に作品を友にするには良い場所だと思う。だが、ひとたび明るい公開の中では貴婦人のように場が踊ってしまう。そんな令嬢を影に感じながら作家は展示をするわけだが、そういう経験不足も重なり作家にとっては相当なプレッシャーだろう。

 一つは、リッチ空間だということ。
 欧米にあっては門馬邸ぐらいのリッチさはそれほど驚くには当たらない。だが、日本では、特に北海道では、このゆとりある贅沢さ、日常空間ではあるが現代建築の思想性が空間を覆い、アート堪能を前提にした邸宅など幾つあろうか?高価な調度品が常設されてはいないが、そういうもので満たされていても全く違和感はないだろう。
 そんな空間に北海道アート人は心底皮膚体験が乏しい。彼等の根っ子の美学は、ストレートでは金持ちを喜ばすほどのものではないだろう。
 原体験としてのリッチさ不足は仕方がない。問題は、そのことを意識して果敢に場作りに励む作家が乏しい事だ。難しい空間だからこそ、みんながいろんなアプローチとして取り組めば、そのことが経験の蓄積になって、門馬邸の可能性も拡がるだろう。



 河口作品の感想を書く前に、長々と門馬邸の特徴を書いてしまった。なぜそんな駄弁を先にしたかというと、そういう難しい場を、おそらく経験豊富と思われる河口龍夫がどう料理してくれるかを期待したからだ。
 だが、彼すらも令嬢的空間の個性に圧迫されたみたいだ。



 さて、「栄通記」本来の感想記を綴ります。

 黄色は放射能の危険性を表現しているのだろう。
 空き瓶のようなモノは廃棄物が連想され、津波大震災後の廃墟の象徴だろう。再生の願いも込めている。
 再生と言えば、貝がらによる円形はストーン・サークルが連想され、墓場に通じている。貝がらは真珠を抱いているから、サークル形の作品は死と再生なのだろう。

 音楽もある。ズバリ、ピアノが舞台になっている。鍵盤の間に作品を挟んで、音楽そのものを表現している。サークル形の作品も、音(音楽)の波長に見立てている。

 いささか説明調になってしまった。そういう作家の意図が視覚芸術としてドーンとこちらにくればそれでいいことだ。作品を前にして物思いにふけることができる。
 だが、あまりに河口龍夫は頑張りすぎた。それが「説明」になったと思う。なんとかして自身の思いを見る人に伝えたいのだろう。本当に真面目な方だと思う。

 一番面白かったのは貝がらに託す女性への愛だ。3.11事件を告発する姿勢よりも、「オレは女性が好きなんだよな。この貝がら、胎内回帰とかっこ良く言ってくれよ!何と言えばいいのかな~、おっかさんに包まれたいのよ。愛すべき人と一心同体になって宇宙を散歩したいのよ」、そんな異性への素直な憧れを感じてしまった。



 貝がらに託す作家の本音コーナーが2階にありました。やや多めですが載せます。作家のロマンがストレートに伝わるでしょう。それは、異性への永遠の願望だ。今展では、あたかも「コレクション」のようにしてそこにあった。余りに正直な喜びだ。




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by sakaidoori | 2014-08-16 23:26 | 門馬・ANNEX | Comments(0)
2014年 08月 15日

2446)「神内康年展 『灰からのはじまり』」 門馬 終了/7月20日(日)~8月10日(日)

 
  
  


神内康年展    
    灰からのはじまり
            

 

  
 会場:ギャラリー・門馬 ANNEX   
      中央区旭ヶ丘2丁目3-38
       (バス停旭ヶ丘高校前近く) 
     電話(011)562ー1055

 会期:2014年7月20日(日)~8月10日(日)
 時間:11:00~18:00
    
ーーーーーーーーーーーーーー(8.3)


 (以下、敬称は省略させていただきます。)




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 作品が並んでいるだけ。白い回廊に乳白色に包まれて、ただただ静かに陶作品があるだけ。過ぎ去りし日々を思い、今あることを感じつつ、肩の力を抜いてみよう、勢いとか、主張とかに一線を引いて、何はともあれここから始めよう、、、、



 以下、順番に載せていきます。「これは凄い!」、とか、「超力作のそろい踏みだ」などを期待しない方がいいでしょう。普通に普通に、極々普通に、ゆったり進む時間に満足できれば展覧会としては成功でしょう。そうでなかったら・・・?ただそれだけのことです。今回は残念ながら作家と鑑賞者の呼吸が合わなかったのでしょう。次を期待して下さい。次は本当に良いの?さて。
 もっとも、以上の言葉は私の今展に対する感慨です。作家の預かりしれないことです。中年男の淡々とした仕事ぶりに愛着を覚えたまでです。





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   ↑:「灰炉」。



 まるで心優しき骨壺みたいだ。

 今展は木片の灰がキーワードになっている。テラスに接続して辺りを覆っていた一本の樹木、危険なために伐採された。京都在住の作家の元にその樹の木片は送られた。彼はためらうことなく焼いて灰にした。今展のタイトル、「灰からはじまる」の始まりだ。作品は「陶」でしょう。




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   ↑:「灰からのはじまり-0」。




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   ↑:(上掲の部分図。)




 ありし日の樹木だろう。キノコが宿り、灰は足下にある。







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   ↑:「雫だまり」。





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   ↑:「みみ茸」。






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   ↑:「貝茸と炭になった枝」。





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   ↑:同上。









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   ↑:「黒い実」。







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   ↑:「貝茸」。









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   ↑:「採集された貝茸」。







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   ↑:(以上の写真作品全部で)「灰からのはじまり-∞」。








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   ↑:「ノスタルジア」。





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   ↑:同上。




 いくつかの組作品。それが「ノスタルジア」。
 一点だけ大きく載せます。




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 一渡り見てきました。
 どんなイメージを抱きましたか?
 さぁ、帰ることにしましょう。次の作品を見納めにして下さい。


 静かな静かな個展だった。
 今はお盆です。霊との交わりなど皆無の現代人。それでもなぜかしら先人達や古に想いをはせたくなる。神内康年展、鳴きもしないセミ時雨の妄想に浸ってしまった。





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   ↑:(当館門馬邸のの門前。)

by sakaidoori | 2014-08-15 16:29 | 門馬・ANNEX | Comments(1)
2014年 08月 15日

2445)②「第60回高文連石狩支部 美術展」 拓北高校 終了/8月6日(水)~8月8日(金)

     


  

第60回 高文連石狩支部 

   美術展
   
  


 会場:北海道札幌拓北高等学校
     札幌市あいの里
     電話

 会期:2014年8月6日(水)~8月8日(金)
 休み:
 時間:初日  ⇒11:30~17:00
    二日目 ⇒10:00~17:00
    三日目 ⇒10:00~15:30
   (以上は一般公開日程)
 

 【参加高校生】
 とても沢山。60校総作品数807点。  

 当番高校:北海道石狩翔陽高校
 主宰:北海道高等学校文化連盟石狩支部 

ーーーーーーーーーーーー(8.8)


 2441)① の続き。



 ①では第一体育館の様子を載せました。

 この②では、構内の様子を伝えます。
 写真を撮る時は生徒を挟んで先生方の講評会の真っ盛りだった。作品を見たい撮りたいという立場からだと、いささか困るのだが、こういう風景なり講評の様子を垣間見るには良い機会だった。何事も一長一短、現場に合わせて楽しむのが一番です。載せたくなるような作品にも会えなかったかもしれない。でも、これだけの作品群だ、個々の作品力よりも、「高文連美術展」の雰囲気を少しでもお伝えしたいです。




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 受付け近くの階段から3階に行く。すると、広間に沢山の作品群。

 以下、適当に進んでいきます。





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   ↑:札幌啓成高校3年・中嶋栞、「グロテスク」。



 明るい絵だ。でも、顔はつっぱている。「ふふふ・・」という感じでタイトルを見ると「グロテスク」だ。ここで学生の説明文を読めばその意図はわかるのだが、読まなかった。お花さん満開の「明るく素直な満開の花々」、「変な顔、自画像?」、そして「グロテスク」、ちょっと不思議な三角関係を記憶しておこう。


















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 絵画作品の画題は女子高校生。そしてキャンバスも人物のようにして並んでいる。「私がイチバンだわ。何言ってんの、ワタシよ。エッ、ワタシだってば・・・」そんな楽しいのか、怪しいのか、ワイワイガヤガヤのお喋りも聞こえてきそう。





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   ↑:札幌西高校2年・貝澤由紀、「思いで旅行」。



 色がいろいろ、明るくって楽しくて賑やかで、そしてそして何より可愛いのが好きなのだろう。だから、ビーズとかをコラージュ感覚?で貼り付けている。でも楽しいばかりじゃ面白くない。それに、「絵に自分がなくてはつまんない」、だから、いろんな表情の自画像を描き込んでいる。楽しい絵だが、「あ~、自分って何なんだろう?」という声も聞こえてくる。

 彼女自身が何なのかは知らない。言えることは、もっともっと色を使って人生をチャレンジしたらいい。コラージュも、するならするでもっと大胆にしてみたらいい。人生の冒険は至難だ、心を開くことも角が立つ。せめては絵の中だけでも波瀾万丈でありたいものだ。





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   ↑:札幌西高2年・中田結依香、「回顧」。



 札幌西高の生徒の具象表現力は巧みだ。おそらく、顧問先生の指導が熱心なのだろう。

 中田結依香もしっかりしている。お母さんを中央において大きめに描いてはいるが、メインの画題は左側の娘だ。わざとにメインテーマを脇にて、強調表現を高めている。顔を含めて一所懸命に描いていて、油彩特有の濃密さが伝わってくる。顔表現の乱れは拙さかもしれないが、かえって生きている少女らしい。

 さて、中田結依香と会話することができた。写真を使っているとのことだ。写真の使用、それは良い。
 もし、写真を真似る感覚で描くのならば、沢山写真を撮るべきだと思う。メインの写真が1枚あるとしたら、その写真風景の周りをぐるっと10枚ぐらい撮る。ついでに空だけも、地面だけも撮る。四方八方もついでについでに撮る。そんな写真20枚位を並べて、じとっと写真風景とにらめっこしたらいい。そういう全体の中で構図を考えたり、風景の取捨選択をする。何より大事なのは、その場の風なり空気なり臭いを思い出して、絵画に溶け込ませたら!心すべきは写真はあくまでも手段です。
 とは言っても、「写真の通りに描く」ことに最大限の楽しみがあるのならば、それはそれで描き手の美学だから、上記の言葉は意味をなしません。「絵画技術」修得に全精力を注げば、より早く写真の通りに描けるようになるでしょう。それは「個人表現の美術・芸術」ではなく、「巧みを競う工芸」に近いかもしれない。






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   ↑:札幌西陵高校3年・川崎乃佳、「vakker」。



 ファンタジックで綺麗な作品だ。溢れんばかりな真夜中なのが僕は好きだ。昼間は普通にそこにあって、なぜだかお月様が明るくなるとみんなが活き活きしてくる。





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   ↑:札幌西陵高校2年・齋藤希季、「ごろごろーど」。



 これまた元気だ。一つ一つを頑張って大きく描こうとしている。そこが良い。オシクラ饅頭でホッペを膨らましている。負けるわけにはいかない。みんな頑張るのだ~。






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   ↑:札幌厚別高校2年・中澤菜那、「階段」。




 寂しい絵だ。その寂しさがよく伝わってくる。おそらく、寂しい絵を意図的に描いているのではないだろう。人もいない。おそらく、人物を描きたいと思っているはずだ。が、描けないのだろう。この階段に自分を託している。上に昇れば明るいか?「天国?」、行きたくない。下に降りれば暗いか?「地獄?」、行きたくない。

 学生本人の作品解説に、「明るい絵が描けないんです」とある。描く必要はない。それでも何か描きたい!嘘のない自分を描けばいい。美術ほど自分から離れて行けば行くほど魅力のないものはない。

 確かに拙い絵でもある。が、拙いが故に寂しさがとても伝わってくる。良い絵だと思う。







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 二つの中庭を見ることができた。そのうちの一つです。贅沢な高校だ。

by sakaidoori | 2014-08-15 11:52 | 学校構内 | Comments(2)
2014年 08月 12日

2444)「宮崎亨展 『生きる』」 時計台 終了/8月4日(月)~8月9日(土)

     
  
 


宮崎亨展 「生きる          


 会場:時計台ギャラリー 3階G室
      中央区北1西3 
       札幌時計台文化会館
      (中通り南向き)
     電話(011)241-1831

 会期:2014年8月4日(月)~8月9日(土)
 時間: 10:00~18:00 
      (最終日は~17:00まで。)
 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー(8.4)




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 (以下、敬称は省略させていただきます。)




 一見、オドロオドロしているが、そうではない。健全健康な前向き指向で、主義主張の絵画群だ。「みんな生きてるか~!オレは生きてるぞ~!生きていたら辛いこともあるだろ~、がんばろ~ぜ~!」と、メッセージを贈っている。

 画題としてのオドロオドロさは、草間弥生的な画家の人格上の妄想ではない。画家自身の主義主張として選ばれた姿だ。社会への意義申し立て、象徴としての暗黒からの叫び・・・だが、絵画としては観念的かつ説明的で、まだまだリアルさには欠ける。欠けるが、真摯一徹にこの道一筋という作画姿勢は10年先に期待を抱かせる。今の時代、学生時代ならともかく、頑固一徹にしかも生真面目に社会性を訴え、「原点から描きたい」という画家は貴重だと思う。


 ところで、大作は観念性が強いが、小品は画家自身の気質が正直に表れていると思う。ひ弱さや繊細さ、綺麗な絵を描きたい、ユーモア、ジョークなどなど大作の作られた世界とは異質だ。

 絵とは難しいものだ。小品の中の画家の気質を、大きな画面に正直に反映させればと思うが、そういうものでもないらしい。素直な自己感性は小品。「何かを描きたい」という意欲や主義主張が大作になるのだろう。それは仕方がないとしても、やはり大作の中にも、その観念絵画を支える画家自身の感性が埋め込まれていないと、なかなか絵としては本物になりにくいと思う。今は無理を承知で観念の旅をしているのだろう。若者の旅路なのだろう。

 宮崎亨・・・青年のような気持で一歩一歩進んでいるのだろう。




 まずは小品を載せます。


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   ↑:左側から、「アィウシ モレゥ シク シリキ」(アイヌ文様を意味しているのか?)。「生きる」。




 
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   ↑:左側から、「北回帰線」、「百年時計」。



 ユーモアと同時不思議さ繊細さもあり、興味津々。





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   ↑:左側から、「欲望は必ず暴走する」、「情念が止まらない」。




 次は大作です。

 始めに、今年の新道展出品作品を載せます。最新作であり、新境地?的作品です。




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   ↑:「生きる」。



 希望の明日に向かう一本の道、だ。

 ニーチェの「ツァラトゥストラはかく語りき」の冒頭だったと思う、サーカスで綱渡り師が高所で綱渡りをしていた。それを見たツァラトゥストラは、「進むも危ない、退くも危ない、ならば進むしか道はない」、そんな言葉を吐いた。「進め」と言ったかどうか?そしてその人は前に進み、そして墜落した。ツァラトゥストラは屍に歩み寄ったか?(読書の記憶が定かではない。)
 そんな光景を思い出した。

 絵としては高所としての恐怖心は少ない。明日に向かう希望心が絵を覆っている。確かに説明調ではあるが、人の顔も描かないで、いろいろな状況を推測してしまう。好きな赤も意図的に避けている。良いイメージが画家に降りたのだ。無理の少ない心地良い作品と思う。

 未完とのことだ。確かに全体が少し薄塗りだ。この淡さが今までとは違う宮崎調で面白かったのだが、画家の仕上げを今一度見定めねばならない。





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   ↑:「バトンタッチ」。





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   ↑:「生きる」。










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 新道展繋がりのお二人です。
 右側が宮崎亨氏。左側は新道展会友の三浦恵美子女史。
 三浦さんは9月22日から此処時計台ギャラリーで個展を開きます。初個展!?頑張って下さい。

 







f0126829_23582584.jpg →:「グランド・ゼロ」。

by sakaidoori | 2014-08-12 00:20 |    (時計台) | Comments(0)
2014年 08月 11日

2443)②「白石サイクリングロード・モザイクタイルアートin 東札幌1-4 (監修:原田ミド―)」7/24(木)~8/9(土

  




白石サイクリングロード
    モザイクタイルアート
         in 東札幌1-4



 制作期間:2014年7月24日(木)~8月9日(土) 
   時間: 午前 9:00~12:00
       午後 13:00~16:00 (毎日)
   場所: 白石区東札幌1条4丁目・東札幌1号線トンネル

 監修指導: 原田ミド― 


-----------(8.4)


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 2431)①の続き。 


 7月24日に始まり、この日は後半戦真っ盛りの8月4日。その様子をお伝えします。

 何を伝えるかというと、制作中の後ろ姿です。やる気満々のその雄志を愛でて下さい。既に制作は終わっていますが、その奮闘ぶりに拍手を贈って下さい。貼り合わせたピースは何十万個とのことです。




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 少しピンボケです。我慢して見て下さい。






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 作品は完了しています。そのうちに全体像をお伝えします。








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by sakaidoori | 2014-08-11 17:09 | ▲原田ミドーモザイク画 | Comments(0)
2014年 08月 11日

2442) 「佐藤萬寿夫展」 (カフェ)北都館 終了/7月30日(水)~8月4日(月)

     
  


佐藤萬寿夫 
  
        


 会場:カフェ&ケーキ&ギャラリー・北都館
     西区琴似1条3丁目1-14
      (地下鉄琴似駅5番出口。
       第一病院向い)
     電話(011)643-5051 
 
 会期:2014年7月30日(水)~8月4日(月)
 休み:年中無休
 時間:水・木・金曜日 10:00~22:00
     (最終日は、~17:00まで。)
     
 

ーーーーーーーーーーーーーーー(7.31)

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 入口付近のカンター壁面は健康な頃の旧作。






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 (以下、敬称は省略させていただきます。)



 以上は最近作だ。沢山だ。喫茶店だからといって気を緩めずに大量の展示作品で、やはり元気一杯な佐藤萬寿夫展だ。

 毎年時計台ギャラリーで個展を開いている。今年も数ヶ月前に開いた。厳密にはわからないが、その時とは一新しての発表だと思う。
 元気さ、作品の大きさ、燦々とした色世界はいつもと同じだが、明瞭な変化を見た。そのことを書く前に、作品をグループ毎に載せます。まずは堪能して下さい。




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 氏は脳梗塞できき手の自由を奪われた。リハビリを兼ねながら、きき手の再起や以前は使わなかった手を使って画作に励んでいる。そして、新道展の会員でもあり、以前は油彩の大作中心であった。現在は描きやすい色鉛筆が中心だ。鉛筆だから細密性や線の流れや勢いとかの線質が作品の特徴をなしている。もちろん、以前の色に対する感性は新たな土俵で中心的位置を占めている。


 二つの変化を見た。

 一つは、センチメンタルさが薄れて、個が強くなった。「誰かと一緒にいる僕」ではなく、「自分はしっかりここに居る。世界は光と色に包まれて弛まずに存在している」という傾向を強めている。

 以前は花瓶にしろ建物にしろ、並んでいる姿は相互助け合い、触れ合いでセンチメンタルなところがあった。描かれている線が、手が不自由ということもありたゆたゆしくて、一層その気分を高めていた。自由に線が描けない。しかし、自由に画けれない中で何とか描こうという時、画家の中で今までとは違った可能性が開く場合がある。正に氏の場合がそうである。「たゆたゆしい線であっても」、いや「たゆたゆしい線だからこそ」表現できる可能性が開けたと思う。

 ということは「たゆたゆしい線」が克服され始めた事も意味する。少なくとも、「たゆたゆしさ」が中心にならないような画家的工夫をしている。そのことが二つ目の変化だ。
 変化は画面構成の輪郭線によく顕れている。多くが直線で区切られている。もともと直線に対する愛も強い画家だった。そういう意味では病気以前の表現ワールドに戻りつつあると言える。
 だが、「たゆたゆしい線」の魅力が減ったのは事実だ。少なくとも今は、ぎこちない線を克服しつつある。その方向で画家として更なる自信を回復し、今の姿を正直に画面に反映させている。




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 今、再起の始めのころ頃の「描く喜びオンリー」の段階を超え始めたのだろう。間違いなく、より主張し展開する「佐藤萬寿夫の世界」だ。






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   ↑:(旧作。) 

by sakaidoori | 2014-08-11 16:07 | (カフェ)北都館 | Comments(0)
2014年 08月 09日

2441)①「第60回高文連石狩支部 美術展」 拓北高校 終了/8月6日(水)~8月8日(金)

  


  

第60回 高文連石狩支部 

   美術展

  


 会場:北海道札幌拓北高等学校
     札幌市あいの里
     電話

 会期:2014年8月6日(水)~8月8日(金)
 休み:
 時間:初日  ⇒11:30~17:00
    二日目 ⇒10:00~17:00
    三日目 ⇒10:00~15:30
   (以上は一般公開日程)
 

 【参加高校生】
 とても沢山。60校総作品数807点。  

 当番高校:北海道石狩翔陽高校
 主宰:北海道高等学校文化連盟石狩支部 

ーーーーーーーーーーーー(8.8)


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 いつもは市民ギャラリーで開かれている。実際、書道展は市民ギャラリーで8日から10日の予定で、つまり今開いている。
 市民ギャラリーは秋から休館になるが、そのためか?あるいは、今会場の拓北高校が市内高校統廃合の関係で廃校になるらしい。そのための記念催しかもしれない。


 それはそうと、僕の関係者が参加しているわけでは無いのに、わざわざのあいの里の高校探訪。見たい気分はやまやまなのだが、行く前はチョット恥ずかしかった。
 が、いきなり校門付近で知り合いの先生に会い普段のギャラリー気分に還った。


 グルグルっとゆっくり校内を廻って、それから第一体育館に行った。そこから写真を撮り始めた。なかなか壮観な風景だ。そこから始めます。




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 最終日ということで学生が一杯だ。気に入った作品に対する学生の感想文、学校単位の講評会と、さすがは高校の公行事だけあってマンパワー演出に事欠かない。最後は作品搬出と続くから、だんだんと高校生は集まるだろう。

 学生一杯だが、大半は女子だ。今展を支えているのは各高校の美術部なのだが、部員の大半は女子だからだ。男子が全部体育系に行くわけではない。多くの男子にとって高校段階では美術は路傍の存在なのだろう。
 そして女子だ。元気が良い!その女子学生を交えた体育館での作品風景をお伝えします。





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   ↑:左側、札幌新川高校1年・西野夢郁香、「不安の海」。
   ↑:右側、新川高校2年・丸茂千乃、「朝日から」。





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 会場としては市民ギャラリーよりもこちらのほうが抜群に良い。校内の渡り廊下も展示しているが、この第一体育館は圧巻だ。天上は高い。会場は四方八方に広くて、風の向きも、人の交差もいろいろで愉快だ。キャンバスも良い。おちゃんこする女子高校生も可愛いものだ。




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 さて①では個別作品を1点だけ載せます。



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   ↑:大谷高校1年・高橋優里菜、「羊が一匹・・・」。



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   ↑:(上掲の部分図。)



 新聞紙が羊になった。羊は草木を根こそぎ食べるから、きっと新聞紙を腹一杯食べたのだろう。だって、新聞はパルプだから。
 何ともユーモラスで学生の溢れるエネルギーが直接に反映していて素晴らしい。
 確かにリアルな「羊」かというと、そうではない。特に顔は目口鼻が不透明だし。それは技術の拙さだろう。しかし、僕は若き人間の多情多感な渦巻く力、塊として見たから、目口鼻が不透明な方が良い。




 ②に続く。時間が空くかもしれません。

by sakaidoori | 2014-08-09 13:24 | 学校構内 | Comments(2)