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2013年 03月 31日

1998)「菅原清貴 あったかイラスト展」 さいとう 終了3月19日(火)~3月24日(日)

 

 
菅原清貴 あったかイラスト展               


 会場:さいとうギャラリー
     中央区南1条西3丁目1
      ラ・ガレリア5階
      (北東角地。
      1階が日産のショールーム。)
     電話(011)222-3698

 会期:2013年3月19日(火)~3月24日(日)
 休み:月曜日(定休日) 
 時間:10:30~18:30
     (最終日は、~17:00まで)

ーーーーーーーーーーーーーー(3.22)


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 ほのぼのイラスト展です。
 で、是非見て欲しいのが会場奥の展示風景です。



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 元気良いですね!
 「ただ作品を、それも物だけを貼っただけジャン」と、言われるかもしれない。
 全くそうなんです。ただ貼っただけの元気良さが素晴らしい。「ほのぼの、あったか」イラスト展を超えて、「わたしゃ頑張る」イラスト展です。

 「この元気のよさは何だろう」、と思って、しばし作家さんと雑談です。学校の教員をされた方で、生徒の似顔絵をたくさん描いたとのことです。油彩の才能の限界を感じて、されど絵が描きたい、そのエネルギーが生徒の似顔絵に向かい、人を描くこと、好きな猫を描くことに自信につながり、イラストとして花開いたよです。つまり、「一杯描く、エネルギーを画題からもらう、そのエネルギーを発散させたい」ということが氏のイラストを支えていると思う。その一端を披露したい、その思いがこの展示になったのでしょう。

 「一杯描くことなんて、画家にとっては当たり前ジャン」、その通りだと思う。逆に言えば、寡作作家といえども、作品の背景にはおびただしい下書きがあっただろう。そんなことをイラスト展のにぎやかな展示に思ったわけです。


 それはそれとして、氏の作品を楽しんでください。




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     ↑:左から、「我が家」、「黒い帽子の少女」。



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          ↑:「望来のパン屋さん」。



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     ↑:左から、「喫茶店『じゅん』のマスター」、「石山緑地」。




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by sakaidoori | 2013-03-31 08:59 | さいとう | Comments(0)
2013年 03月 30日

1997)①「冨樫正雄 生誕100年記念回顧展」 (小樽)市民ギャラリー 3月20日(水)~3月31日(日)

  

冨樫正雄

  生誕100年記念回顧展
  


 会場:市立小樽美術館内(1F市民ギャラリー+多目的ギャラリー)
      小樽市色内1丁目9番5号
       (小樽駅を5分ほど運河方面に。
       向かいが旧日銀。)  
      電話(0134)34-0035

 会期:2013年3月20日(水)~3月31日(日)
 休み:月曜日、21日。(月曜日+祝日の翌日) 
 時間:9:30~17:00 
     (最終日は、~15:00まで)

 主催:回顧展実行委員会

ーーーーーーーーーーーーー(3.28)

 現在帰省中(北九州市)で、細かく報告が出ません。会場風景と、簡単に展示内容を載せます。時間をおいて、改めて文章を添えたいと思っています。

 「富樫正雄生誕100年」ですから、明治生まれの洋画家の回顧展です。間違いなく古い作家で、古い画風でしょう。新しき様式に最大の関心をお持ちの方は敬遠するかもしれません。そういう今風に関係なく、一人の画家の人生、その画風の変遷は、やはり地方美術愛好家にとっては大事なものです。それに応えるものを氏は持っているというのが私の重いです。

 明日までなので、小樽方面に御用のある方々、ちょっと覗いてはいかがですか。
 
 
 広い会場二部屋の展示。
 会場入り口の部屋(A室)は、全体の流れの後半部。


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 会場入り口からすぐに隣室に入れます。おおむね制作念順に並んでいて、全体の前半部。
 適当に「制作年不明作品」があり、また画題毎にまとめていたりして、しっかりしているようで、それなりにファージです。


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 制作年順に載せます。



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 真ん中の鳥が飛んでいる作品、私にとってはこれが富樫ワールド入り口であり、おそらく出口でしょう。没年制作で、絶筆に相当します。


 今回は一切の説明的な文章は省略します。(時間がないのです。)
 ②では画風の移り変わりに焦点をあてて個別掲載をしたいと思っています。

 ②に続く

by sakaidoori | 2013-03-30 15:14 | ☆小樽美術館 市民ギャラリー | Comments(0)
2013年 03月 29日

1996)③「CAI現代芸術研究所 第十七期生卒業制作展」 cai02 3月23日(土)~3月30日(土)

  

CAI現代芸術研究所 第十七期生卒業制作展       

         
 会場:CAI02
      中央区大通西5丁目 昭和ビル・B2   
      (地下鉄大通駅1番出口。
    ※注意⇒駅の階段を下りてはいけません。
          昭和ビルの地下2階です。)
     電話(011)802-6438

 会期:2013年3月23日(土)~3月30日(土)
 休み:日曜・祝日  
 時間:13:00~23:00

※ 開催祝賀会 ⇒ 初日 19:00~ 

 【参加作家】
 阿部芳美 阿武勝広 阿武奈津実 伊勢千絵子 金侑龍 小林龍一 コイマウ 坂庭夢都美 佐々木幸 佐々木達郎 下澤央彩 高橋亜紗子 竹中昭子 山内絵理・・・以上、14名

ーーーーーーーーーーーーーーー(3.23)

 1990番①、1991番②の続き。
 (以下、敬称は省略させて頂きます。)



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     ↑:佐々木達郎、「自画像」・キャンバス 木炭。


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 大きな自画像だ。
 これだけ大きいと、自分を見つめるという感じではない。対峙、対決する顔だ。立派な顔だ。



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          ↑:以上、伊勢千絵子、「繰り返す愚行」・映像。


 あまり作品に集中して見なかった。すいませんでした。この作品に限らず、映像や音楽(ヘッドホーン)には素通りだった。人が沢山いて、何やらかにやらダベリ合うと、どうしても映像や音楽はおざなりになてしまう。

 今回の会場は「顔」だらけだ。そういう顔の一つとして、意識の中にスルーっと入ってきて、スルーっと無意識に抜けていった。
 大きな顔だけが繰り返して出てきて、しっかり見ればよかったと悔いています。



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     ↑:阿部勝広、「Essence」・鉄 アクリル。


 (薔薇の作品も人物の作品も同じ作家だと思う。タイトルも間違いないと思う。本当だろうか・・・。)

 綺麗に処理している。対比の美学を楽しんでいるようだ。もしかしたら「対話」を試みているのかもしれない。が、イマイチ心が通っていない。形式にこだわりすぎていて、何をしたいのか、何を見つめたいのか、何を訴えたいのかが弱い。

 アメリカなど、こういう形で表現者と鑑賞者が見る見られる関係を越えて、無言の対話劇を作品化している。参加者は涙を流すおもいで、時を過ごす。心の告白をしているからだ。アート・マンはキリストのような存在で、無言で相手を受け入れる。対人関係のキツイ社会ならではのアート表現だろう。そういうコピー作品かもしれない。

 阿部勝広は耽美主義者かもしれない。ならば、薔薇の絶対美の追究で充分だった。不要な社会性だった。
 阿部勝広は本当は「対話」をしたかったかもしれない。薔薇は不要だった。



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     ↑:高橋亜紗子、「FIKA!」・木材 紙。



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     ↑:竹中昭子、「いちごを蒔く日」・キャンバス アクリル。



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     ↑:佐々木幸、「(メモミス)」。


 タイトル記録不備でした。作家は「幸」さん。だから、画面の顔君達は「しあわせ君」と呼ぼう。

 何てことのない作品だ。だが、こういう平々凡々な世界は平々凡々な味で勝負だ。世間に垂れ流してもモンクは言われない。だから、「しあわせ君」たちを、会場に一杯はい廻せればよかったのに。「おじゃましま~す。現代美術、ゲンビの配達だよ~」といって、その辺に描きまくる。固まったりバラしたり、天井にも床にも、「しあわせ君のお通りだ~い・・・」全ては許される。だて、しあわせを運ぶ人だから。







 

by sakaidoori | 2013-03-29 00:10 | CAI02(昭和ビル) | Comments(0)
2013年 03月 28日

1995)②「山田航歌集『さよなら バグ・チルドレン』をめぐる変奏展」テンポラリー 3月16日(日~3月31日(日

  
山田航歌集 「さよなら バグ・チルドレン

             をめぐる変奏 展
        



 会場:テンポラリー・スペース
      北区北16条西5丁目1-8
       (北大斜め通りの東側。
       隣はテーラー岩澤。)
      電話(011)737-5503

 会期:2013年3月16日(日)~3月31日(日)

 休み:月曜日(定休日)
 時間:11:00~19:00 

 【参加作家】
 野上裕之(彫刻) 藤谷康晴(絵画) 佐々木恒雄(絵画) 森本めぐみ(造形)
 高臣大介(ガラス) 久野志乃(絵画) 吉原洋一(写真) アキタ ヒデキ(写真・文)
 ウメダマサノリ(造形) 森美千代(書) 中嶋幸治(造形)
  メタ佐藤(写真) 藤倉翼(写真) 竹本英樹(写真) 及川恒平(ソング)
  
    ・・・(ブログ「テンポラリー通信」よりコピー)


ーーーーーーーーーーーーーー(3.22)

 1988)①の続き。
 (以下、敬称は省略させて頂きます。)



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     ↑:森美千代、「掌のうへに熟れざる林檎投げ上げてまた掌にもどす木漏れ日のなか」


 「投げ上げた書がひらひらとテンポラリーの西日の中に漂いそう」、そんなムードで、書は落ちずに天井にある。
 が、短歌の含意はそうではない。
 掌に青みがかった林檎がある。その林檎を上に投げる。視線は乙女を追うようにして林檎の軌跡を愛おしむ。日が当たる。その中に乙女を愛でるようにして林檎は掌に帰ってくる。愛撫する。かじろうか、そっとしようか。熟す(大人になる)のを止めたい。
 きっと評者は動きや光や色をも捉えた瑞々しい青年の感情、恋心の機敏に感嘆することであろう。

 森美千代は写真もする。写真の方が自由に表現している。
 「書(かな書)」・・・習い事という約束事に身を置いて、さらに「文字」という約束事を倦まずにもくもくと書き続けている。自己表現と言うよりも、筆が約束事の文字をスルーっと自由に描ききる、その時が来るのを待っている。律儀に真面目に自由が筆や腕に乗り移るのを待っている。そういう意味で、書に関しては努力し、待つ女だ。
 そういう堅さ律儀さが彼女の書にはあった。今もある。が、大きくのびやかな気持ちが、今回はある。熟女的乱舞する姿は皆無、乙女的パリパリ感を通り過ぎて、独り立ちしよう、そんな書に見えた。



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     ↑:(赤い作品) 中嶋幸治、「楽器庫の隅に打ち捨てられてゐるタクトが沈む陽の方を指す」


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 捨てられたタクトの目線は何処だろう?滅びの美学か?指さす希望か?
 中嶋幸治・作品、タクトに注目すべきか?全軍の指揮者か?独立独歩の象徴か?
 血潮のほとばしる手に注目すべきか?それは意志力か、権力か?

 彼の作品には常に滅びと強さが同居し、それらが色に包まれていた。砂の白、圧迫線の黒、紙のクリーム色が意志と美学を象徴していた。そして今展は赤だ。

 手は武骨なまでに大きく力強い。美術品としてはいつまで存在できるのかと惜しみたくなる。無くなることを作家は意に介さない。無くなる一歩手前の存在に常に向き合っている。

 キツサと強さとシンプルな美学、そして「中嶋幸治、我が道を行く」ということか。




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     ↑:梅田マサノリ、「旅行鳩絶滅までのものがたり父の書斎に残されてをり」


 最近の梅田マサノリは標本シリーズを一端中止している。今展、先祖帰りのようにして標本でご挨拶だ。

 氏の標本シリーズの特徴は、すこぶる真面目で本格的なのだが、どこかが何かが変なのだ。意図的なのか、たまたまなのか、氏の性なのか?今作もそうだ。どうのこうのと言うほどのことはないのだが、腫瘍がベタッとこちらの肌に引っ付く感じだ。作家は良い人だから良性の腫瘍だろう。でも、作品は悪い人で悪性かもしれない!



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          ↑:藤倉翼、「永遠といふ名の青い週末に死よりも少し愉しい旅を」。


 短歌は楽しくないものだが、美人がニッコリしていてホットする。
 白装飾は黄泉への旅立ちなの?そんな無粋な。抱きしめあって昨日や明日を忘れよう。それが美女という仙薬だ。普通にロマンティックにくつろいでいる写真家・藤倉翼だ。



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     ↑:メタ佐藤、「真っ白なことばが波に還ってもこの国道は続いてほしい」。


 写真作品、私や回りが写り過ぎですいません。見た人にとっては記録になるでしょう。
 余計な現象を想像力で消去して、原作回帰を試みて下さい。これも「メタ」作業かもしれない。


 
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     ↑:久野志乃、「粉と化す硝子ぼくらを傷つけるものが光を持つといふこと」


 最近の久野志乃作品に、傷つけられる弱さはない。自信に満ちて強い青で何かに突き進んでいる。
 その彼女が、こういう自傷の句を選んだ。彼女が求める光には「ガラス」という刃があったのか?この句を知って、あらためて自身の光を再考したのか?
 こういう句を選んだ画家に一抹の不安を覚える。今の強さは強迫観念ではないと思いたい・・・。



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     ↑:森本めぐみ、「世界といふ巨鳥の嘴を恐れつつぼくらは蜜を吸つては笑ふ」


 どうも、森本めぐみという人は、グループ展になったら小さく見える。考え過ぎなのか、どこか性格が引っ込み思案なのか?確かに、こういうお伽噺のような小さな世界も作る人だ。が、僕には解しかねる。チャレンジ精神が皆無だ。おそらく、自分の世界に没入しているのだろう。それはそれで精神の安定には欠かせないのだろう。

by sakaidoori | 2013-03-28 08:04 | テンポラリー | Comments(8)
2013年 03月 27日

1994)②「サッポロ未来展 12th」 時計台 終了3月18日(月)~3月23日(土)

  

  
サッポロ未来展 12th   
        


 会場:時計台ギャラリー全館
      中央区北1西3 
       札幌時計台文化会館
      (中通り南向き)
     電話(011)241-1831

 会期:2013年3月18日(月)~3月23日(土)
 時間: 10:00~18:00 
      (最終日は~16:00まで。)

 【参加作家】
 22名の多数。

ーーーーーーーーーーーーーーーーー(3.22)

 1985)①の続き。
 (以下、敬称は省略させて頂きます。)


 2階A室の作品掲載です

 油彩を中心にアクリル絵画を交え、一人を除いて「人物」がテーマだ。あまりゴチャゴチャせずに、シンプルな姿勢で絵画を追究している。


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     ↑:佐藤仁敬


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     ↑:佐藤仁敬、「ツミキのアマイ」・2012年 パネル 油彩 162×162㎝。


 チョット不気味で、チョット不可解で、不思議不思議の世界に舞い降りている。髪の毛や手前の空間の暗さが穴のよう。シルエットや影も暗い。光の白味も穴のよう。白と黒味の対の穴。
 女の子は逆立ちだが、反転すれば普通立ち。逆立ちと普通立ちという対。
 いろんな対で、現象は絡み合い、気持ちはグルグルと回り出す。
 ことさら何かを暗く描くというのではなく、気持ちが正常以下の非日常を醸し出している。




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     ↑:宮地明人


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     ↑:宮地明人、「paradox」・2012年 パネル 綿布 アクリル 162×162㎝。


 つい先日、道銀主催の「らいらっく選抜展」で彼の個展を見た。狭い空間に、今展と同じモデルの、同じ雰囲気の作品による構成であった。狭い会場ということで密着度が強かったからか、白昼夢的幻想世界で醸し出す緊張感に心地良く浸った。その時は顔の表情がやさしく見えた。
 それなのに、この会場では作品が点として存在し、互いが互いを強める風には見えなかった。そして、個々の作品がキツク見えた。ふと、「宮地明人は個展の人か?」と思ったりした。少なくとも、らいらっく会場の個展の方が、宮地ワールドを色濃く楽しめた。



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     ↑:安居沙織



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     ↑:安居沙織、「contorast-cake-」、2012年 キャンバス 油彩 97×130㎝。


 何かを描こうと言うより、絵としてのいろんな要素を研究している感じだ。コントラストとか、強弱とか、色の強さとか、色味とか、配列構図などなど・・・。それはそれでいいのだが、ただただ実験や研究絵画だけに終わっては時間がもったいない。描きたい何かが見つからないのか、ただ今探求中なのか。それにしてもこの強さ。描きたい対象なり、目的をもった強さでキャンバスを覆うようになったら迫力があるだろう。




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     ↑:藤井康子


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     ↑:藤井康子、「囁く声」・2011年 パネル 油彩。


 光をはじき返すような白さだ。実際、白にまともに照明が当たり、不気味なまでに白が輝き膨らんでいる。
 それにしても、「作られた白雪姫、機械仕掛けの眠り姫」とだ。心の強さというより、絵という玩具の強さだ。
 
 寝ている縦型の絵画がある。まるでキリストだ。写実絵画なのだが、どこか劇場がかった誇張美だ。
 元気は良いが、さて、何処に行くのだろう?




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     ↑:谷掛幸恵


 凄い迫力だ。図録には「業火」という古い作品を載せている。テーマは同じなのだろうが、作風、実力共に大変身で、女の情念なり、情欲のなれの果てだ。




 次は隣のB室

 ほとんどが日本画。もっとも、日本画らしからぬ作品もありとまどってしまう。


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     ↑:橋本多未。左から、「青」・2012年 綿布 岩絵具 水干。「天地(あめつち)」・2011年 同。


 とても日本画とは思えぬけばけばしさだ。人目を惹くし、上手いと思うが、さて、何を表現したいのだろう?とりあえず、絵が強く、女も、全てを強く描いているのが好ましい。



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     ↑:左側 高橋宏奈、「wating Ⅱ」・2013年 綿布 岩絵具 水干。
     ↑:右側 加藤仁彩、「つぼみの憧憬」・2011年 綿布 水干 岩絵具。 


 同じ人が描いたと思った。左側は清楚に、右側は色付き・・・共に若い女性が若い女を描いている。大人になる前の美人画だ。



 今展も、そこそこの作品を載せることができました。僕好みという優先度は無視して、会場入り口からの掲載でした。③に続きたいのですが帰省したりするので、あまり期待しないで下さい。

by sakaidoori | 2013-03-27 08:36 | 時計台 | Comments(0)
2013年 03月 26日

1993)②「御代田晃 写真個展 『なんたってモノクロ』」 富士フォト 3月22日(金)~3月27日(水)

   

御代田晃 写真個展 


   なんたってモノクロ      


 会場:富士フォトサロン札幌
      中央区大通西6丁目1
       富士フイルム札幌ビル1階
     電話(011)241-7368

 会期:2013年3月22日(金)~3月27日(水)
 時間:10:00~19:00

ーーーーーーーーーー(3.23)


 1989番①の続き
 (以下、敬称は省略させて頂きます。)



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 前回も同じような風景写真を載せた。同じだが、やはり「御代田晃 展」はここがないと始まらない。


 光が好きで、光を求めて川を遡上したこともある。若かりし頃だ。だから、被写体はどうしても自然ばかりになってしまう。今でも彼の基本は光だろう。そして、野獣的嗅覚が、自然の中の光を欲した。自然と光が相手で、自分だけの世界だ。
 きっと今でも「自分だけ」なのだろう。が、その野獣性は光に写る自然だけでは物足りなくなった。「都会」というゴミゴミした世界。良い人か、悪い人か、本当のところはよくわからない「人間たち」、その臭いや香りが無性に恋しくなったのだろう。餌になったのだ。

 会場にはファイルによる写真集がある。
 その中から2点載せます。


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 御代田晃は光を求める、女に迫る。人間を嗅いでいる。




 人から離れよう。いや、人が前景から後景に隠れたと言ったほうがいいだろう。ある種の無言劇のような世界でもある。




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 モノクロって嘘だと思う。良く言って嘘から出た誠と思う。物があって、それをモノクロにすると、物そのものではなくて、物に寄り添っているというか、物の中身がポッカリでてきたような、そんな誤解をする。それを「存在」といっても、「真実」と言ってもいいのだが、見ている方の夢幻(ゆめ まぼろし)が、そこに現れたような気がする。きっとモノクロって、見る人の影だと思う。夢だと思う。だから、モノクロを撮り続けるっていうことは、終わりのない旅のような気がする。それがロマンなのかどうか?ただ、ロマンが支えていないと、いつまでもいつまでもモノクロばかりを撮れないと思う。モノクロ写真って、その人を撮り続けるのだから、本当のところは最後は何が誕生するかわからない。

 森山大道が最近よく言っている。「写真は記録だ」。そんなのは当たり前と思う。「文は記録だ」と言っているのと同じだろう。「写真は武器だ」と言ったほうがカッコいいし、それも本当だろう。
 大道だって、若い時には記録のためだけで撮ってはいない。そんなことを自信をもって言うということは、彼が文化人になった証拠だろう。餓えた写真家を卒業したのだろう。おめでとう。

 御代田晃って飢えている人だと思う。こんな人が身近にいるなんて・・・。


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by sakaidoori | 2013-03-26 15:41 | 写真)富士フォト・サロン | Comments(8)
2013年 03月 26日

1992)「越中富山で・パートⅢ 石黒義榮・村上和美 パステル画展」 さいとう 終了3月19日(火)~3月24日(日)

  

  
越中富山で・パートⅢ 

 石黒義榮村上和美 パステル画展
            




 会場:さいとうギャラリー
     中央区南1条西3丁目1
      ラ・ガレリア5階
      (北東角地。
      1階が日産のショールーム。)
     電話(011)222-3698

 会期:2013年3月19日(火)~3月24日(日)
 休み:月曜日(定休日) 
 時間:10:30~18:30
     (最終日は、~17:00まで)

ーーーーーーーーーーーーーー(3.22 正)


 親子二人展ですが、父親の故石黒義榮氏の紹介です。
 75歳から80歳までの作品。 

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 L字形の会場。狭い方の空間が父親の展示だ。


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 明治の末に生まれ、享年97歳。現在の教育大学にあたる師範学校を卒業されたとのことだ。学生時代に油彩を学ばれたようだ。概ね退職後(55歳過ぎ)に集中的に絵に親しんだとのことだ。パステルは楽だから選んだのだろう。

 「明治の教養人が、若き頃の絵心を保ち、定年後に悠々自適に日常の花鳥風月を愛でている」、と語ればいいのだろう。


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          ↑:「群れ咲く紫陽花に心ひかれて」。(言葉はタイトルに換えてと解しましょう。日記等からの抜粋かもしれません。)


 確かに紫陽花を愛でての作品だが、紫陽花を詠う姿勢よりも、絵画として紫陽花の存在を強く主張している。
 この絵に限らず、今展の石黒義榮作品は暗い。あたかも老いた晩年の心境を語っているようだ。明るい絵も沢山描いていて、色味に合わせての選定なのだろう。
 全ての絵画は晩年の心境であっただろう。ここにはないが、普段着として自然に親しむ絵もあろう、植物の生命力をまばゆく凝視している作品もあろう。昔を懐かしむ作品もあるはずだ。

 今回の作品群、対象の存在と、自己の存在を重ねている。確かに、一方で死を見つめる姿勢もある。それ以上に、存在することの意味を問う強い姿勢を思う。まさしく老いて矍鑠(かくしゃく 元気)なさまだ。
 私は、この絵画という小さな世界に閉じこめた正直さ、意志の強さ、氏の一生を貫いた気持ち驚き入る。それは氏の人となりを知らない誤解かもしれない。だが、絵画を信じるように、氏の晩年に共感する。



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          ↑:(「咲かぬ花は作りたくない だけど開かぬ蕾を 切り捨ててはならない 花の命によせて」)



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          ↑:「逆流に向かい 泳ぎ進む鯉たち」。


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          ↑:「動を秘めた静」。



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          ↑:「20代のの自画像」。



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 石黒義榮氏の日記より--

   「絵は心を満たせば それが表現となって あらわれるものだ」

   「人々のしあわせを願えば 物欲に育つ文化に反逆心燃ゆ」

   「真実を描く道は 残る命でひたむきに 追いかけている」

   「日記は 繰り返す生活の 読みばえのしない記録である。
   ひ弱くて消極的な自分自身に呼びかける励ましの記録である。
   良心に問い 理性に照らし 腐食に汚されたくない戒めである」



 最後になりましたが、2人展の一方の主役・村上和美さんの部屋の様子を簡単に載せます。


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 パステル画です。植物中心で強さが特徴です。
 

by sakaidoori | 2013-03-26 10:17 | さいとう | Comments(0)
2013年 03月 25日

1991)②「CAI現代芸術研究所 第十七期生卒業制作展」 cai02 3月23日(土)~3月30日(土)

  

CAI現代芸術研究所 

   第十七期生卒業制作展
       

         
 会場:CAI02
      中央区大通西5丁目 昭和ビル・B2   
      (地下鉄大通駅1番出口。
    ※注意⇒駅の階段を下りてはいけません。
          昭和ビルの地下2階です。)
     電話(011)802-6438

 会期:2013年3月23日(土)~3月30日(土)
 休み:日曜・祝日  
 時間:13:00~23:00

※ 開催祝賀会 ⇒ 初日 19:00~ 

 【参加作家】
 阿部芳美 阿武勝広 阿武奈津実 伊勢千絵子 金侑龍 小林龍一 コイマウ 坂庭夢都美 佐々木幸 佐々木達郎 下澤央彩 高橋亜紗子 竹中昭子 山内絵理・・・以上、14名

ーーーーーーーーーーーーーーー(3.23)

 1990番①の続き。
 (以下、敬称は省略させて頂きます。)


○ 下澤央彩の場合  
 

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 下澤央彩の粘土による造形を堪能して下さい。


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     ↑:「カンジュセイ」・土(別海 西春別) 水 粘土 鉄。


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     ↑:(人物の下半身。)


 パワーあふれる秀作だ。でっかい太腿に、顔を埋めたくなる。体内回帰だ若い作家なのに、思わず「オッカサン」と声が漏れかかった。色気はないが若さと生命力の塊だ。全く、恐れいる。

 人物造形、鉄板の上に置く方法、命の泉のような点滴、水溜まりの模様美など、センスの良さを感じる。それもそのはずだ。名前を知って驚いた。焼き物造形下澤敏夫氏の息女ではないか。本人は否定も肯定もしなかった。(勝手に息女と決めつけて話を進めよう。間違いないと思うが、間違ってもたいしたことはない。僕が恥をかくだけだ。)父親はバリバリの現役造形作家だが、祖父も道内では著名な焼き物師であった。血筋だ。

 美の収め方はセンスの良さなのだが、それは欠点にもなるだろう。今作、意外に破綻がない。胸のボロボロ感など、破滅へは至らない。引き裂かれた自己ではない。この辺は感覚的な作業でどうにでもなるのだろう。既にそういう領域の人だ。

 今作の最大の長所は「顔」だ。次の写真を見て欲しい。


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 はっきり言って、下手だ。
 彼女ほどのセンスがあれば、首無しのトルソを考えたであろう。そうすれば、画竜点睛を欠いた作品にはならなかったのに!だが、彼女にとっては「顔」がどうしても必要だった。
 ならば、いろいろとこねくり回して、「顔」の造形を試みれば良かったのに!たとえ失敗しても。
 だが、それができないのだ。なぜなら、自画像というか、自分を晒すような行為は、いかに美術のセンスの良い家系に生まれても習ってはいない。いや、「自画像」は血筋センスのらち外だ。
 『ここでどういう顔にするか』、下澤央彩の手が止まった。彼女にとっては未知の領域だ。綺麗に作れないということは許されない。

 それでも「顔」を出したのは良いことだ。
 だが、「顔」にチャレンジしなかったことは悪いことだ。
 充分に自己愛の強い人だろう。もっともっと自己に耽溺して、美しい顔、醜い顔、何かを求めている顔、・・とにかく立派な失敗作としての顔が課題だろう。

 「現代美術」はセンスではない。それを自覚した出展であっただろう。だが、センスの良さは大きな財産だ。この財産を大きくせねばならない。

    ※※※


○ 阿部芳美の場合 


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     ↑:阿部芳美、「ひっそりと」・紙。


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 阿部芳美はとんでもない作品を出品した。

 自分のシルエット拡大し、そこに無数のセルフ・ポートレートを小さく小さく貼り合わせる。そして堂々とした「阿部芳美」が誕生した。
 「自分って何なの?」が出発だったと思う。終着駅は、自分を飛び越えて芸術・自己表現の奥底まで進んでしまった。

 いったいこのアイデアはどこからきたのだろう?アイデアは今の時代としては普通かもしれない。だが、だが、だが、ここまでの作業はなかなかできない。いや、貼り合わせ始めたら、「止められない止まらない、かっぱエビセン」になるのだが、始めようとはしないだろう。


 はっきり言って、この作品以上はなかなかできない。神様が勘違いをして彼女に降りてきてしまった。彼女も勘違いして身を捧げてしまった。冗談っぽく書いたが、そうとしか言いようがない。これはセンスの問題ではない。前回の下澤央彩はさらに上昇するだろう。技術とセンスが支えてくれる。が、この作品は深化の道を進むしかない。遊びの世界で膨らませるしかないだ。一気にここまで来た阿部芳美・・・一発屋で終わるかもしれない。かげながら応援したい。


○ 小林龍一の場合  


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     ↑:「sensitive tower」・紙。



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 綺麗な紙がバベルの塔のようにして建っている。
 「これはこれで綺麗だが・・壊れそうだね・・・そういう美学を表現したいのかな・・・それも悪くはない。だが、これではインパクトがない。僕なら天井まで積みたい。天井にぴったり引っ付けば、なかなか壊れにくいし・・・」
 そんなことを作家に語った。すると・・
 「もっともっと高く積むつもりなんですよ。既に一度壊れちゃたんです。まだまだ会期はあります。高くします」

 要するに、小林龍一にとっては、今展はチャレンジャーなのだ。子供の積み木遊びと同じなのだ。同じでないのは、彼は子供ではない。子供に埋没して遊ぶのではない。子供を越えるためか?大人になるためか?内にエネルギーが溜まっているのだろう。発散したいのだ。だが、単なる爆発では彼の美学が許さない。外に高く高く、内にやさしく繊細にエネルギーを込めたいのだ。天井まで引っ付いてはいけないのだ。壊れそうで壊れない、綺麗な立ち姿を披露したいのだ。この場限りの美学を。

 かれにとっての砂絵なのだろう。どこか危険な砂遊びだ。



 もう何人か載せたかったが、なぜかシツコイ文章になりました。気分は③に続く

by sakaidoori | 2013-03-25 18:53 | CAI02(昭和ビル) | Comments(0)
2013年 03月 25日

1990)①「CAI現代芸術研究所 第十七期生卒業制作展」 cai02 3月23日(土)~3月30日(土)

  

CAI現代芸術研究所 第十七期生卒業制作展       

         
 会場:CAI02
      中央区大通西5丁目 昭和ビル・B2   
      (地下鉄大通駅1番出口。
    ※注意⇒駅の階段を下りてはいけません。
          昭和ビルの地下2階です。)
     電話(011)802-6438

 会期:2013年3月23日(土)~3月30日(土)
 休み:日曜・祝日  
 時間:13:00~23:00

※ 開催祝賀会 ⇒ 初日 19:00~ 

 【参加作家】
 阿部芳美 阿武勝広 阿武奈津実 伊勢千絵子 金侑龍 小林龍一 コイマウ 坂庭夢都美 佐々木幸 佐々木達郎 下澤央彩 高橋亜紗子 竹中昭子 山内絵理・・・以上、14名

ーーーーーーーーーーーーーーー(3.23)

 昨日は栄通夫婦の文化の日であった。(長い前置きです。)

 富士フォトサロンで、「なんたってモノクロ」で一気にハイテンションになった。

 三岸美術館で久しぶりにミニ・コンサートを聴く。ピアノとクラリネットの競演だが、ピアノ佳人の黄色い衣装があでやかなこと!またまた圧倒された。稚内から来られた若い女性二人で、「遠方から弾きに来た」、という気合いがあった。

 次は近くの近代美術館で「アイヌ展」だ。「工芸品」とパンフにあり、博物展的な要素を想像していた。これがまたまた宜しい。アイヌ美術家としてはビッキが有名だ。ところが、僕は彼しか知っていないのだ。そのこを痛感した。それに、ビッキ的世界がアイヌの全てを語っていると思いこんでいた。思い込みは時には力になるが、それも適度にモデル・チェンジせねばならない。今展はそういう機会であった。
 「工芸展」ではあったが、「アイヌー工芸展か?現代美術展か? 彫刻(木彫り)、テキスタイル展」それくらいのネーミングが欲しかった。

 次は、そもそもの本日の目的であった旭丘高校合唱部演奏会だ。キタラ大ホールだ。オーソドックスにクラッシック、荒城の月などの文部省唱歌、キャンディーズ・メロディーやウルトラマンを歌って踊って、最後はOB・OG参加と盛りだくさんだ。踊りの時、歌う時と同じ制服で、それは仕方がないのだが、胸にワン・ポイントとか、髪飾りとか、ネッカチーフとか、何か色で添え物が欲しかった。もっと明るくなっただろう。
 来年はフィレンチェからオファーが来ているという。サン・ピエトロ大聖堂で歌うのだ。おめでとう。(あたしも行きたいよ。)それで定期演奏会は中止という嬉しい報告、お決まりのアンコール、いよいよ最後は旭丘高校校歌である。

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 この余韻を引きずって帰ろうか、CAIによろうか?ドニチカ・切符だ、ままよ良い展覧会であれ、と足を運んだ。


     ※※※※※※※※※※※


 CAIアート・スクール卒業展だ。これが久しぶりの見応えだ。半分近くの作品がかなりのお気に入りだ。文化の日の一日を楽しく飾ってくれた。
 今展の良い点というか、特徴の第一は大きく見せていることだ。もちろん全員ではない、。が、それは当然だ。何と言っても若い人は「大きく沢山」、これが基本だ。上手さ、質の密度を見せる必要はないと思っている。今何をしたいか、それを大きく表現することが第一だ。その人の実力は常に作品の中にへばりついている。見せ方も大事だが、見せ方以前の悩ましき作業に没頭だ、その姿を見せればいい。評価される以前の、自己の立脚点、模索する姿を視覚化する努力が一番だ。生まれいずる悩みだ。

 美術表現なんて、一種の熱病かもしれない。熱が冷めたら止めるかもしれない。それでいいではないか。少なくとも、熱のある間はうめき声だ。勘違いが嵩じて、歓喜のもだえ声だ。それが天から降りてきたら最高だろう。


 会場は2部屋。

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      -----


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 本論に入る前が長すぎた。すいません。一点だけ載せて②に行きます。


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     ↑:kim yuryong(金侑龍、「 「   」 」・デジタルプリント。



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 北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の指導者、故・金日成(キム イルソン)、故・金正日(キム ジョンイル)親子の写真だ。特大葬式会場での遺影写真のようだ。

 見てわかるように、そのまんまの金親子だ。現代美術特有の風刺や揶揄や批判やレトリックなどはこれっぽっちも無い。若い人で、金親子を知らなければ、金侑龍の親族なのかと思うかもしれない。
 結論から言えば、この作品は金侑龍だけの為の作品だ。在日朝鮮人として、一体この親子は何だったのか?この親子の血を引いている現国家元首の存在とは何なのか?北朝鮮とは何なのか?在日の自分とは何なのか?をきっちりと向き合う。それだけの作品だ。

 「そんなこと、わかりきっていることでしょう。何もお金をかけて、こんな大きな写真で見なくっても。そんなにこの親子が大好きなの?」

 もっともな意見だ。だが、彼、金侑龍にとって、美術を芸術を志す人間にとって、人間を見つめる人にとっては、避けては通れない人物であり現象なのだ。「いったい、この親子は何だったのか?何なのか?オレにとっては何なのか?」



 続けて②に続く

by sakaidoori | 2013-03-25 15:13 | CAI02(昭和ビル) | Comments(0)
2013年 03月 25日

1989)①「御代田晃 写真個展 『なんたってモノクロ』」 富士フォト 3月22日(金)~3月27日(水)

御代田晃 写真個展 


   「なんたってモノクロ」      


 会場:富士フォトサロン札幌
      中央区大通西6丁目1
       富士フイルム札幌ビル1階
     電話(011)241-7368

 会期:2013年3月22日(金)~3月27日(水)
 時間:10:00~19:00

ーーーーーーーーーー(3.23)

 当会場を写真紹介するのは初めてです。実に嬉しい限りです。今後もチャンスがあればドシドシ載せたいと思います。御代田晃さん、ありがとうございました。


 というわけで、会場風景を載せます。その風景を見るだけで、なぜ栄通記に載せたいかが分かると思います。

 (以下、敬称は省略させて頂きます。)


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 入り口からの全景でした。

 左側の壁面が見えない。そこを載せます。


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     ↑:①。


 真ん中のついたて風壁面の裏側が見えない。次はそこです。


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 どうです、この元気良さ!!このエネルギー!!
 そしてタイトルが、「なんたってモノクロ」だ!!
 そうなんだ、なんたって個展だ!!なんたって写真だ、なんたって御代田晃だ!!

 僕は嬉しくって仕方がない。別に風俗や性や女に迫っているからではない。とにかく写真を愛している姿に感動した。いつも狙っている、シャッター・チャンスを。いや、もしかしたら見るもの見るもの、全て自分の世界で作りかえたいのかもしれない。だって現実はカラーだ、彼の目は白黒だから。なんたってモノクロ、それが全てだ。
 
 左側の空間からまとまって作品を載せます。被写体の世界がわかるでしょう。御代田晃ワールドもわかるでしょう。僕が興奮して書いているからといって、何も不思議な世界ではない。


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     ↑:②。



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     ↑:③。


 ①、②、③で一部屋構成している。


 次は隣の空間だ。

 壁の方から載せます。


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     ↑:④。


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     ↑:⑤。


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     ↑:⑥。


 ④、⑤、⑥で一部屋を作っている。

 それにしても、⑥の壁の賑々しさは圧巻だ。人が主役だ。もちろん都会だ。都会礼讃絵巻だ、マンダラだ。

 そうだ。忘れる前に書いておきます。この壁は、今展ではついたて風に独立して見える。人が左右の空間から自由に出入りする。しかし、普段は右側を塞いで、二部屋独立仕立てで使用している。開けたのは今回で2度目だ。撮影者は密閉された閉塞感を嫌ってオープンにした。実に風通しが良い。

 気持ちが良いところで、このうるさい作品群を楽しもう。


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 もし、ガチガチ頭のビビットな風景写真家が、御代田晃の作品を見たら敬遠するかもしれない。
 曰く、「どうして額装作品を床に置くの?」
 曰く、「輪郭が緩いんでないかい?」
 曰く、「作品に細かな雨が目につくよ。ゴミでしょう?どうして綺麗に処理しないの?」
 曰く、「どうして・・・?どうして・・・?」

 
 技術的なことは僕には全くわからないが、作品に職業写真家のニオイが少ない。職業人の作品は、仕上がりが何だかんだと言って綺麗だ、抜群だ。一枚の写真としての純度が高い。構図も構図学をわきまえていて破綻が少ない。どこかに一般大衆の目を配慮していて安定感がある。要するに外の目線が内在している。
 御代田晃の場合は、風景作品など逆光好みの光を追究していて、飽くことがない。この飽く無き拘りというか、撮影者自身が納得しないと気が済まない偏狭好みが垣間見える。その拘りが作品全体を貫いていて、個々の作品を越えた御代田晃ワールドという安定感を実現している。何となく輪郭が緩いのも、強烈さを押さえていて、撮影者の今を反映しているみたいだ。
 ハマルと見ていて落ち着くのよ。それに、なんたって何かを求めている態度がビンビン感じる。嬉しい極みだ。

 一方、相当なお金をかけた個展だ。印画紙だけでも、ハンパでない。他にも経費がかかっている。だから、純粋のアマチュアなんだろうか?と、判断しかねる。
 話を進めるために思い切って尋ねた。「プロですか?」「いえ、春から秋まで働いて・・・冬には・・・。お金?写真好きなんですから。仕方ないッすよ。当然ですよ。なんたってモノクロ、ですから」そう言いながらジュースをいただいた。


 情熱に、エネルギーに、拘りに、恐ろしく感動した個展だ。一回だけの掲載ではこちらのエネルギーが消化しきれない。②で個別作品を何枚か載せます。そして、駄弁も追加するかもしれません。




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 ②に続く



 

by sakaidoori | 2013-03-25 01:40 | 写真)富士フォト・サロン | Comments(0)