栄通記

sakaidoori.exblog.jp
ブログトップ | ログイン

<   2011年 10月 ( 19 )   > この月の画像一覧


2011年 10月 31日

1597) 「松原成樹・展」 コンチネンタル  終了・10月25日(火)~10月30日(日)

○ 松原成樹・展   

    
 会場:コンチネンタル・ギャラリー A室
      南1条西11丁目 コンチネンタルビル・B1F
      (西11丁目通の西側)
      電話(011)221-0488

 会期:2011年10月25日(火)~10月30日(日)
 休み:月曜日
 時間:10:00~18:00 
 
ーーーーーーーーーーーーーーーーー(10.29)

 (作品は全て焼き物です。)


f0126829_1031078.jpg



f0126829_10315787.jpg



f0126829_10313075.jpg



 松原成樹さんにはここが似合う。無音無窓で天井も低く、コンパクトな空間にスポットライトが当たる。軽くあっちに行きこっちに行き、あの作品を見る、この作品を見る、見ては眺め静かに足を運ばせるコレクションのような作品達が焦らず静かにたたずんでいる。今展には、蓋の開いた小箱の作品があった。おそらく、この部屋全体がこの小箱のようなものだろう。浦島太郎のような「松原・宝箱の部屋」だ。


f0126829_11265445.jpg


f0126829_1127283.jpg



f0126829_11302023.jpg


f0126829_11304682.jpg
     ↑:(上の2枚の写真は同じ作品です。)


f0126829_11375061.jpg



f0126829_1275938.jpg



f0126829_1295819.jpg
f0126829_12101258.jpg



f0126829_12115615.jpg



f0126829_1139889.jpg
f0126829_11392368.jpg
     ↑:(土偶でしょう。細かい線跡がある。)



 松原成樹さんのテーマは「母を求めて」だと思っている。自己の原点確認作業だろう。自分史は人類史へと拡がり、古代や考古の時代に想いを巡らす。

 子を抱く2体の母子像がある。腰の安定したドッカリした「おっかさん」だ。海に浮かぶ種のようにして稚児がつつまれている。他の小箱と中味との組作品もテーマは同じだろう。子宮と種だ。包み包まれる一体感、分離の危機感はない。分離ではなく昇華が松原さんの目指すところだろう。
 ドッカリした姿は父親のようでもある。母に「男」が重なっているようだ。父親なのか自分なのか?具象に愛を見つめる作家ではあるが、あまりに美しく正直な気持ちがある。

 「土偶」、土の中の時の証を洗い流した凛々しい姿だ。中宮寺の弥勒菩薩の美少年の「中性美」だ。「オンナ」ではないが、思わず脇の辺りを愛でたくなる。「松原・美学」の門出に立ち会っているようだ。

by sakaidoori | 2011-10-31 15:20 | コンチネンタル | Comments(0)
2011年 10月 31日

1596) 「藤野千鶴子・展」 時計台 終了・10月24日(月)~10月29日(土)

○ 藤野千鶴子・展    


 会場:時計台ギャラリー 3階D室
      中央区北1西3 
       札幌時計台文化会館
      (中通り南向き)
     電話(011)241-1831

 会期:2011年10月24日(月)~10月29日(土)
 時間: 10:00~18:00 
      (最終日は~17:00まで。)
  
ーーーーーーーーーーーーーーーー(10.28)

 時計台ギャラリーとしては珍しく、お洒落で引き締まった個展だった。
 ピンボケ会場風景もあります。失礼ではありますが、全体を想像していただくために載せます。


f0126829_23291791.jpg
     ↑:会場正面。


f0126829_23313156.jpg
      ↑:会場の左壁面。

f0126829_23305449.jpg
     ↑:会場の右壁面。


 正面に2枚で200号の「宙」がある。ドーンと舞台中央で会場を支配している。円い形と色が会場を一周している。ここが作家のセールスポイントだ。ポワーン、ポカーン・・・ポワーン、ポカーン・・・。何とも楽しい気分になる。そして宇宙の暗黒色的な世界が背景を覆い、それでも画中の細かい世界はお転婆娘がはしゃいでいる。それは確かに一つの無言劇だが。暗にして底抜けに明るい。沈思する大人心、無鉄砲なじゃじゃ馬娘、好き放題な子供心、5才から80才まで楽しめる世界だ。


 ベテラン作家の安定した会場作りではあるが、当館にとっては新鮮だった。大作に偏らないで「個展」をされていた。インスタレーションによる「空間作り」という、時代の申し子とは違った楽しみがあった。


 以下、小品を載せます。しんみりさと軽快感が伝わればと思います。最後に大作と、その部分図です。お転婆娘達と遊んで下さい。


f0126829_9182525.jpg
f0126829_9184188.jpg
     ↑:左側、「宙ー2011 #2」。右側、「宙ー2011 有」。


f0126829_9193433.jpg
          ↑:「宙ー2011 王」。


f0126829_9222894.jpg
f0126829_9224437.jpg
     ↑:左から、「渚(なぎさ)」、「眠らない宙」。


f0126829_9284018.jpg
          ↑:「宙ー2011 希」・200号。


f0126829_9304267.jpg
f0126829_9305570.jpg



f0126829_9313359.jpg


by sakaidoori | 2011-10-31 09:42 |    (時計台) | Comments(0)
2011年 10月 30日

1595) ②「森本めぐみ・展 『ものもつ子のこと』」 テンポラリー 10月12日(水)~11月6日(日)

○ 森本めぐみ・展

     「ものもつ子のこと
    


 会場:テンポラリー・スペース
      北区北16条西5丁目1-8
     (北大斜め通りの東側。
      隣はテーラー岩澤。)
     電話(011)737-5503

 会期:2011年10月12日(水)~1011月306日(日)
 休み:月曜日(定休日)
 時間:11:00~19:00

ーーーーーーーーーーーーーー(10.28)

 (1581番の続き。)


f0126829_1645154.jpg



f0126829_16462935.jpg



f0126829_16485365.jpg





 「アッと驚く森本めぐみ」を期待してはいけない。冬を待ちわびるいささか引き籠もりの「森本めぐみ・展」だ。


 公開制作で真っ先に描かれた大作が正面中央にどーんと在る。タイトルの「ものもつこ子」とは、この少女だろう。それは自画像だろう。サンタさんのように袋を担いでいる。その中味が、他の作品群だろう。つまり、今の森本めぐみの関心・気分が細切れとして適当に壁に在る。だから、一つ一つの作品が有機的に繋がっているとは思わない。
 今年社会人になったばかりの若人だ。美術中心の生活から、生活の中で美術の時間の割り振りをどうするか、美術表現そのものをどうするかを暖めている時期だろう。静かな静かな自己確認点だ。


f0126829_16504756.jpg



 今春の卒業制作展で、樽前山にみたてたコタツを発表していた。分厚いコタツ布団はめくられていて、マグマ道が逆三角錐形でコタツの下に収まっていた。この三角錐を赤く染めればと思った。少し卑猥な感じはするが、コタツの中の三角錐自体が卑猥物だ。マグマの赤、性的赤、青年の主張の赤だ。
 おそらく、その時のし残し気分がこの赤作品を生んだのだろう。宿題を一つ整理して、燃える「めぶみ赤」を掻きたてている。肉塊のいやらし気分が良い。


f0126829_1651116.jpg


 こちらも支笏湖連山の心象風景か?
 「ものもつ子」といい、この絵の雪景色といい、冬を待つ少女の夢気分だ。何か楽しいプレゼントでも貰えるのかな?


 さて、2階の様子です。


f0126829_189597.jpg



f0126829_18103554.jpg


f0126829_18104611.jpg



f0126829_1813165.jpg



 全て小品ばかり。屋根裏部屋の「めぐみ」達だ。
 ちょっと暗い「めぐみ」達だが、どこか可愛いくもある。あれこれ深くは考えまい。今ある作家の心象気分を楽しもう。



 注意本展は昨日の土曜日までが公開制作でした。そして、今日(29日)から来週の日曜日(11月6日)までがオーソドックスな展覧会です。当初は今日までの予定みたいでしたが、そもそもが暫定的な日程だったのでしょう。


f0126829_18242571.jpg

by sakaidoori | 2011-10-30 18:33 | テンポラリー | Comments(0)
2011年 10月 30日

1594) 「第6回 水彩連盟北海道札幌支部展」 時計台 終了・10月24日(月)~10月29日(土)

f0142432_853579.jpg
○ 第6回 水彩連盟北海道札幌支部展    


 会場:時計台ギャラリー 2階A室
      中央区北1西3 
       札幌時計台文化会館
      (中通り南向き)
     電話(011)241-1831

 会期:2011年10月24日(月)~10月29日(土)
 時間: 10:00~18:00 
      (最終日は~17:00まで。)

 【参加作家】
 竹津昇他、16名。
 (DMを拡大して確認してください。)
  
ーーーーーーーーーーーーーーーー(10.24)

f0126829_10565579.jpg
500|333#]

f0126829_10574651.jpg


f0126829_10582729.jpg


f0126829_10585861.jpg




 さわやかな水彩展だった。さわやかといっても、大きな絵ばかりだし公募展的美学なのだから、自由気ままな雰囲気というのではない。それぞれの主義は異なるが、それでいて突出した極端表現からは遠く、ある種の範囲内の安定感といえばいいのか。「水彩だから」という雰囲気ではない。水彩画のイメージからは遠い。アクリルも使っているかもしれない。水溶性なら何でもありの団体かもしれない。

 沢山の作家達です。お気に入りの作品、気にかけている作家を中心に何点か載せます。


f0126829_1185498.jpg


f0126829_1195114.jpg



     ↑:畦原信子、「卓上の景」・80F。

 今展一のお気に入り。
 軽さ明るさ気ままさが良い。そして右下に描かれた絵画的窓が良い。全体の弾んだムードが、なんの変哲もない四角い空間と会話して、生き生きさが倍増している。


f0126829_11172810.jpg


f0126829_11175017.jpg





     ↑:小路七穂子、「初夏のよろこび Ⅳ」・60F。

 
 今展一の驚き。
 何が驚いたというと、強い絵だからです。僕は作家の作品を少しは知っている。小品の風景画などは、鋭く才長けた雰囲気がある。最近は俄然大作にいどんていて、主に女性を描いている。が、「女性美」にこだわりすぎて、ちょっと残念な気分だった。大作慣れしていないから仕方がないのだろう。

 今回は良い。色も強い、女性もどっしりしている。絵が大きく見える。
 背景をこれからはどうするのだろう。今回のように、画題を引き立たせるためのムード主義でいくのか?物で埋まっていくのか?一点画題主義で行くのか?構成的側面が加わるのか?今後の楽しみが一つ増えたのは間違いない。


f0126829_11593817.jpg
     ↑:石垣渉、「クローバーの祝福」・80F。

 青色を得意とする画家だが、緑中心の作品だ。発色の強い作風という印象だったが、今回は薄く淡い。つまりイメージの「石垣渉・風」ではない。それに、公募団体に属しているのも気づかなかった。ビシッと決める「小品中心の風景作家」を大きく脱皮したいのだろう。「公募展作家・石垣渉」として注意しよう。

 公募展が「見せる・競う場」と捉えれば、少し迫力不足のようだ。それに、小品でできることを、大きくしたメリットが少ない感じ。その実力からして、物足りなかった。


f0126829_1216944.jpg
     ↑:山平博子、「まどろむ大地」・80F。

 大地を、地面を、石?土の塊?を描いているだけだ。恐ろしく地味な作品なのだが、愛おしい。長(たけ)の低い草、そこのここに大地を見つめる。強くて、フックラとして、大きな存在がある。ただそれを見つめる。
 絵としては暗い部分がアッサリした感じだ。それが、特異な世界を表現しながら、イマイチ目立たないのだろう。


f0126829_12251546.jpg
     ↑:渡邉範子、「不撓(ふとう)」・100F。

 樹を描く人だ。画題はほとんど同じだ。今回、随分と立体的に見えた。ということは今までは平面的だったということだ。遠近感は意図的なのか、技術の進歩なのかはわからない。表情としても美しくなった。
 「不撓=(困難にあって)ひるまないこと」、ガチガチしたひるまない精神から、美しくしなやかな立ち姿、やっぱりここにもさやかな風が吹いていた。


f0126829_12395774.jpg


f0126829_1240288.jpg






     ↑:三村克彦、「有機体へ」・100F。

 機械の暗く蠢く世界を描く人。モミモミ画法を駆使して、機械という存在に迫る。今回もいつもと同じ作品なのだが、わずかな描き込みで、がらっと様相を変えてしまった。
 小さな蝶を浮きたたせて描いている。貼り絵のようにくっついて見える。コラージュと思いきや、しっかり描いていた。三岸好太郎風のシュールを求めているのか?リアルで浮いた蝶を描くことによって、「暗い機械たち」への眼差しを転換したいのか?あるいは今後の為の実験なのか?見る側を立ち止まらせるには充分だった。


f0126829_1251299.jpg
     ↑:遠藤直子、「倒木」・100F。



f0126829_12524047.jpg
     ↑:竹津昇、「吊るされた袋・80F。

 今回は既発表の旧作。この画家が一点しか出品しないのに、旧作を見せるというのは少しおかしい。変調をきたした行為だ。絵の場合は変調も時には魅力を増す。美術作品においては、その変調は不思議がることではない。しかし出品の姿勢の変調はおかしい。それで何かとお話をしたのだが、その理由がわかった。確かに忙しさはあるのだが、楽しい予定が控えていて、その為の準備不足のようだ。竹津ファンにとっては寂しい展覧会ではあるが、仕方がない。楽しき後の視点の変調を期待しよう。

by sakaidoori | 2011-10-30 14:50 |    (たぴお) | Comments(0)
2011年 10月 27日

1593) 「これから下りていこう / 齋藤周」 テンポラリー 終了・6月11日(土)~6月26日(日)

 

これから下りていこう / 齋藤周    


 会場:テンポラリー・スペース
      北区北16条西5丁目1-8
     (北大斜め通りの東側。
      隣はテーラー岩澤。)
     電話(011)737-5503

 会期:2011年6月11日(土)~6月26日(日)
 休み:月曜日(定休日)
 時間:11:00~19:00

ーーーーーーーーーーーーーー(6.16)


f0126829_23302274.jpg



f0126829_23303532.jpg



f0126829_23312891.jpg



f0126829_23322386.jpg



f0126829_23331682.jpg



 四ヶ月前の個展だ。果たしてどれくらいのことを覚えているのか。それに、、当時とは違う心理的状況が僕には生まれた。今僕には恋人がいる。齢(よわい)6才の少年だ。孫ではない。全くアカの他人の近所の子供だ。その子と多くの時間を過ごしている目で、齋藤周・青年画をどれだけ突き放して見れるか?写真作品を楽しく見ながら4ヶ月前の心と問答しよう。


 (個別作品と感想記は明日の夜にでも書きます。)


f0126829_11183538.jpg



 さわやかな大作だ。まさしくタイトルにある、「これから下りていこう」だ。皆な皆な下りていく。皆なで皆なで下りていこう。だから、誰一人としてこちらを向いた顔がない。絵としては後ろ向きの顔ばかりだ。前向きが明るくて、「後ろ向き」が暗いとはいえない。ムンクは「驚きと恐怖」顔を見せている。ゴッホは神経質な自画像でこちらに迫る。巨匠達の画く顔は決して明るくはない。明るかろうと暗かろうと、顔に現れた人間の本質に迫ろうという覇気がある。少なくとも、齋藤ワールドはそういう覇気とは無縁だ。

 薄塗り中間色と、それらの響き合う爽やかな色だ。さわやかな中での後ろ姿ばかりの人物群が気になる。そこにこだわりたい。
 確かに、明るく楽しい気持ちで下りていこう、前に進もうという気分は伝わる。前向きな「青年の主張」なのだが、何かがポッカリと抜け落ちている感じだ、無音劇を見ているようだ。笑い声は聞こえても、「声」ではなくて、「擬音」のようだ。どこかに肉声の欠如を感じる。「明るさと何かの欠如感との重なり」に、この絵の魅力があると思う。

 何かしら良い気分、だからといって何をするでもない、とりあえず坂を下りていこう。もしかしたら足を地面につけないで下りられるかもしれない。それって幽霊?それもいい。たたずみたくない気分、歩きたい、小走りに動きたい・・・これって幸せなのだろうか?違うような気がするが、まっいいか・・・そんな齋藤周のつぶやき絵画として見た。


 大作の部分図を載せます。作品毎ではありません。僕の好きなカット集です。


f0126829_11581575.jpgf0126829_11584464.jpg
f0126829_1159059.jpg



f0126829_1203982.jpgf0126829_121573.jpg
f0126829_121197.jpg



 以下、小品を載せます。宝箱のような箱庭の世界です。絵を描く充実感が伝わる。


f0126829_1253169.jpgf0126829_1255024.jpg
f0126829_126147.jpg



 (山のあなたの空遠く、幸い住むと人のいう・・・・)


f0126829_12105479.jpg


f0126829_1211749.jpg




f0126829_12141581.jpg
f0126829_12142727.jpg




f0126829_12144654.jpg


 上、山積みの中から選んだ好みの小品。

by sakaidoori | 2011-10-27 23:43 | テンポラリー | Comments(0)
2011年 10月 26日

1592) 「Phot Art Collection 2011 『3SS』 (写真3人展)」 cai02 10月1日(土)~10月8日(土)

○ Phot Art Collection 2011

      3SS
 (写真3人展) 

  佐藤正行 鳴海介 澤田千香子 
  
         
 会場:CAI02 raum
      中央区大通西5丁目 昭和ビル・B2 
      (地下鉄大通駅1番出口。
    ※注意⇒駅の階段を下りてはいけません。
          昭和ビルの地下2階です。)
     電話(011)802-6438

 会期:2011年10月1日(土)~10月8日(土)
 休み:日曜・祝日  
 時間:13:00~23:00

※ オープニングパーティー ⇒ 初日 18:00~ 
           
ーーーーーーーーーーーーーーー(10.1)

f0126829_1528149.jpg



 隣室では、200%自己主張の「鈴木涼子・展」が同時に始まった。小品中心主義の当展とはあまりにもアンバランスだった。それが意外な効果になればよかったのだが、「涼子・裸体」の大きな作品群に、こちらは圧倒されそうだった。いずれにせよ、全館写真展ということは良いことだ。

 初日はオープニング・パーティーということで、全体風景が撮れなかった。上の写真だけで想像して下さい。
 右回りに書いていきます。

○ 鳴海介 (ナルミスケ)の場合。 【odeur】札幌在住。

f0126829_17101593.jpg


f0126829_17104511.jpg



f0126829_17135917.jpg
f0126829_1714953.jpg



f0126829_17551317.jpg


f0126829_17553531.jpg



 白黒のヌードとカラーのライブ・生活・人・エトセトラのスナップ集だ。色合いのベタッコサが力感・エネルギーを伝えたいところだが、意外におとなしい。撮影者の被写体への情熱や意欲は感じるのだが、なぜか空回りしているみたい。思うに、撮影時に作品を他者に見せるという強い意識が薄かったのでは。発表の経験不足があるのではと思った。そういう意味では力を込めたスタート展だ。
 このベッタリ感、嗅覚は好きだ。遠慮や上品さをいったんは脇において、「ここまでするか」という写真体臭が伝わればと思った。


○ 佐藤正行の場合。  【faces】、小樽在住。


f0126829_188502.jpg


f0126829_18101747.jpg


 
f0126829_2043254.jpg


f0126829_2044288.jpg



 「小樽の壁」が被写体だ。壁を愛する人で、10年以上も撮り続けている。色に重きを置いた絵画的壁だ。実際、氏は絵画も手がけていて、先日の小樽市展にも女性画を出品していた。
 「壁」の年輪は切り捨てないまでも、時を経た美しさに主眼があるようだ。色による美しさ重視という意味で女性的だ。強い色感の持ち主のようだし、個展による「佐藤・壁」を見たいものだ。鳴海介氏とは違った意味で、軽い余裕を感じた。もったいない。


○ 澤田千香子の場合。 【仔鹿を追って森の中へ】、小樽在住。


f0126829_206959.jpg



f0126829_1841286.jpg



f0126829_18414034.jpg



 以上が今展の全作品。物語が展開していく。

 澤田千香子は「作る人」だ。「遊び心で作る」、と言葉を添えよう。撮る側の心象性とか、被写体の存在感やリアリティーなどは、「作る」の後から生まれる結果だ。
 今回は写真を切ってはつなげ合わせて、それらをスキャナーしたものだと聞いた。澤田流合成、あるいはコラージュだ。だが、試作中と範囲内のおとなしい表現で、「自由で物怖じしない遊び心」ではなかった。狭い空間での3人展ということ、新たな試みの様子伺いということがこうなったのだろう。一点一点の作品の完成度とか、「粗筋としての物語」にもこだわり過ぎたかもしれない。

 だが、「遊ぶ人、作る人の澤田千香子」は再確認した。もっと大きな作品、もっと自由な作品構成、もっとオテンバナな遊び心、もっと大胆な作り、これが彼女に対する個人的期待だ。


f0126829_20363480.jpg
f0126829_20365127.jpg



f0126829_2037457.jpg




 追伸:オープニング・パーティーへのご招待、ありがとうございました。美味しいお酒と楽しい時間でした。

by sakaidoori | 2011-10-26 20:58 | CAI02(昭和ビル) | Comments(0)
2011年 10月 26日

1591) 「鈴木涼子・個展 『Magnolia-マグノリア-』」 cai02 10月1日(土)~10月29日(土)

○ CAI02企画展 

   鈴木涼子・個展 Magnolia-マグノリア
         
 会場:CAI02
      中央区大通西5丁目 昭和ビル・B2 
      (地下鉄大通駅1番出口。
    ※注意⇒駅の階段を下りてはいけません。
          昭和ビルの地下2階です。)
     電話(011)802-6438

 会期:2011年10月1日(土)~10月29日(土)
 休み:日曜・祝日  
 時間:13:00~23:00

※ オープニングパーティー ⇒ 10月1日(土) 19:30~20:30 
            アーティストトークゲストに穂積利明氏(美術館学芸員)をお迎えし対談を行います。
                    20:30~22:00 オープニングレセプション

ーーーーーーーーーーーーーーー(10.1)


f0126829_1134965.jpg



f0126829_1133639.jpg



f0126829_114653.jpg



 個別作品のタイトルは「私は」、大きさは等身大と思って下さい。

f0126829_1201888.jpg



f0126829_1202845.jpg
 


f0126829_1205890.jpg
f0126829_121661.jpg



 トリッキーで挑発的な世界だ。


f0126829_9255727.jpg  
f0126829_926972.jpg



f0126829_933293.jpg



f0126829_9334035.jpg





 「私を見よ!男を見よ!女を見よ!男根を見よ!」と言っている。

 男の裸体に作者本人の顔を合成したものだ。茶目っ気な素振り、男色をそそる美青年、凛々しく立ちすくむ好青年、哲学者然とした風貌、愛する人の涅槃図・・・堂々としたたたずまいに、正視するまなざしに気後れしそうだ。

 見た時のインパクトが強かった。掲載の遅れはこちらの単なる怠慢さなのだが、何が一番印象に残ったかを確かめることになった。正直にいって。男根のリアルさに参った。「みたか~ないよ、そんなもの」だ。それでは女性器を見たいか?「みたか~ないよ、そんなもの」だ。何の夢もロマンもありはしない。
 「私を見よ!私は貴方を見返す!私を見よ!」と、目とポーズで攻めている。その簡単明瞭、実直真摯さが良い。作者は「私とは何か?女である私とは?私を生み育てた家族とは?」という問題意識が表現の出発にあったと思う。「私とは私とは私とは・・・」という自我の塊の権化である。まさしく悩める青年であり近代人だ。僕は今展にその答えがあるとは思はない。だが、この答え無き自己問答からの離脱ではある。社会からの眼差しとがっぷり四つに取り組もうという意志であり、宣言としての個展だ。

 彼女の「アニコラ」は有名だ。キャラクターアニメに自分の顔を引っ付けたものだ。これは彼女の機転にはなったと思う。「遊び心」の自覚だ。オタクアニメで結果的には強い社会性を持ってはいたが、「悩める自我と社会との関係」という本来の問題意識からは遠かった。
 彼女の女という問題意識は、「ジェンダー(社会的文化的性)」論者には人気があったろう。だが、彼女自身は自己のオンナ性と社会的オンナ性を結んで考えてはいなかったろう。
 だが、これからは違ってきそうだ。「あら、私の作品って、ジェンダーで考えるものなの?そういう切り口もあるのかな。それじゃー、そういう人を喜ばせちゃおうかな。私自身も変わるかもしれないし」そんな出発展として見た。挑発的な女になるかもしれない。

by sakaidoori | 2011-10-26 01:27 | CAI02(昭和ビル) | Comments(0)
2011年 10月 25日

1590) 「(小菅和成・シルクスクリーン作品展)」 g.犬養  終了・10月26日(水)~11月7日(月)

○ an exhibition of kosuge kazunari
    (小菅和成・展) 

   works serigraphy   kosuge kazunari
 
        (小菅和成・シルクスクリーン作品展)


 会場:ギャラリー犬養 
      豊平区豊平3条1丁目1-12 
     電話(090)7516ー2208 

 会期:2011年10月12日(水)~10月23日(日)
 休み:火曜日(定休日) 
 時間:13:00~22:30  

ーーーーーーーーーーーーーーー(10.23)

 栄通記初登場の新ギャラリーだ。そして間違いなく適時登場する場だから会場そのものを手広く載せたいところだ。幸いスタッフの犬養君は知らない人でもない。そのつもりであったが、こちらの体調と雨のためと既に日も没して、バシャバシャ撮りまくることができなかった。で、日を改めて詳しく場の紹介をしたいと思います。というわけで今回は個展風景のみです。



f0126829_1213983.jpg



 会場は民家の2階。階段を上がればそこに上のような写真風景なのです。見事な旧家のたたずまいだ。間仕切りを取り払って、申し分のない広さだ。床のいた色、壁の柱の締まり具合、天井高も悪くはない。外光の欲しい作品にはもってつけだろう。窓も作品のようだ。

 以下、会場の四囲を載せます。ピンボケ作もありますがお許しを。

f0126829_1233028.jpg


f0126829_124115.jpg


f0126829_1242827.jpg


f0126829_125729.jpg



f0126829_1322455.jpg
f0126829_13225794.jpg
     ↑:左側、「木陰に潜む」。右側、「あの日」。

 小菅和成君を当ブログ57番で取り上げていた。確か、さいとうギャラリーで本人とも会話をしたのでは。残念だが、その時の顔は忘れた。「染めをしている」と語っていたのは覚えている。今もその時と同じ生活スタイルのようだ。普段は「染め」を仕事にしていて、終末のシルクスクリーン制作は個人的な美術活動のようだ。

 さて上の作品、左側は旧作で当ブログでも載せた作品。右側は今展の中心作だと思う。イメージを視覚化するのが創作原点のようだ。イメージに取り囲まれて、暗闇を徘徊するというものではない。イメージの確認であり、心を開く、見果てぬ夢との戯れのようだ。「円」がイメージ空間だ。完結した「円」なのだが、どこかに次の世界への穴が空いて、その穴の向こうにも良い気分の世界がある、その良い気分はどんなんだろう。少年が空を見上げてボーッとしている姿を思う。旧作はいかにも覗き穴という制約があり、穴の破れの楽しみ方も具体的だ。新作は「大地と空」だ。作品自体が「窓」になりあれやこれやと往き来したい。愛や性の影は薄い。丸い形と淡い色の重なりに恋しているようだ。

 小菅青年と呼びたい。30前後の社会人ではあるが、奇をてらわずに素直な道を歩んでいる、そんな風な会話ができた。「染め」という職人的世界が仕事場のようだ。「染め」は技術であり「巧みさ」が第一に問われるだろう。そこにどんな小菅味があるのか、いずれ見ることもあるだろう。その時は宜しく。


f0126829_1351363.jpg
     ↑:「ひとつから」。
 

f0126829_13531134.jpg
f0126829_13532974.jpg
     ↑:左側、「テーブルを囲う」。右側、「振り子」。


f0126829_13552088.jpg
     ↑:「森の中で」。

by sakaidoori | 2011-10-25 14:10 | (ギャラリー&コーヒー)犬養 | Comments(0)
2011年 10月 24日

1589) ②「2011年墨人札幌夏期合宿 山の手小学校の樋口雅山房の場合」 終了・8月4日(木)~8月7日(日)

○ 2011年 墨人札幌夏期合宿から

     山の手小学校に於ける実践風景

        樋口雅山房の場合

 

 会場:山の手小学校 +某ホテル
 日程:2011年8月4日(木)~8月7日(日)
 時間:

 主催:墨人会

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー(8.6)

 (1588番の①に続く。)

 さて、樋口雅山房の書の流れを載せます。お題は「乱」。


f0126829_20414517.jpg


 どの書家も、書き始めの精神統一の仕方をお持ちだろう。氏はしっかりと沈思端座する。



f0126829_20513321.jpg



f0126829_205298.jpg



f0126829_2052258.jpg



f0126829_20524164.jpg



f0126829_20525396.jpg



f0126829_20531374.jpg



 たっぷりと墨を溜め込み、その重みを楽しみながら、歳とも体力とも対話しながら足を進めている。最後の筆の埋め込みに注意して欲しい。がっぷりと筆を突き刺しねじ込み、黒墨の中に毛跡を刻み込んでいた。

 明瞭に他の方とは動きの張りが違う。それは足さばきに現れているが、おそらく呼吸法が違うのだろう。吸って止めて吐いてそのテンポと腕のリズムが宜しい関係にあるのだろう。足腰はそれを支えるのだろう。氏はスポーツ系の人ではないだろう。書が氏をスポーツ人にもした。

 白黒のメリハリの明快な字である。乱れない「乱」だ。二人の小坊主というのか、二匹のひよこと言うべきか、上向き加減に遊んでいるようだ。氏の雅さか遊び心か、禅問答にも見えてしまう。「ひよこは書を喰うか?」何と雅山房禅師は応えるのだろう。




f0126829_2194865.jpg



f0126829_21103078.jpg


f0126829_21105266.jpg



 合宿最後の夜の研鑽も終わろうとしている。9時も過ぎている。良いものを見させてもらった。





f0126829_20533219.jpg


by sakaidoori | 2011-10-24 21:29 | 学校構内 | Comments(0)
2011年 10月 24日

1588) ①「2011年墨人札幌夏期合宿 山の手小学校に於ける実践風景」 終了・8月4日(木)~8月7日(日)

○ 2011年 墨人札幌夏期合宿から

     山の手小学校に於ける実践風景

 

 会場:山の手小学校 +某ホテル
 日程:2011年8月4日(木)~8月7日(日)
 時間:

 主催:墨人会

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー(8.6)

f0126829_17434077.jpg



 実に壮観な風景だ。夏とはいえ、既に戸外は真っ暗闇だ。自分の字に一所懸命な大人達、若いとは言えない風貌も見受けられる。淡々と一字に打ち込む姿が目の前一杯にある。

 「墨人会」のことを、某新聞に「・・・在野の前衛書作家集団・・・」、と会員の樋口雅山房は語っている。今、その「在野」性や「前衛」性を語るのは止めよう。この実践風景と、その印象を素直に報告しよう。

 本州方面から25名、道内から11名の36名の参加。ホテルに合宿し、「顔真卿と建中告身帖」に関する臨書研究報告と議論、そして当山の手小学校体育館での実践表現研鑽が実施された。スケルージュ表を頂いたが、まことにびっしりと予定が組まれていた。予定終了後に、道外の方達はそれぞれに北海道を楽しむのだろう。会の公式予定には漫遊等の息抜きは組み込まれていなかった。


 「顔真卿」、唐の後半の代表的な書家だ。その特徴を一言で言えば、「看板文字の大家」だ。ワイルドな個性的文字は破綻的個性を重視したい美術家にとっても面白い存在だと思う。
 顔真卿は省略して、今少し会場風景と個人の書き姿を載せます。
 (以下、敬称は省略させて頂きます。)


f0126829_18274194.jpg


 書に新聞紙は良く合う。紙紙紙紙・・・、黒黒黒黒・・・、隙間隙間隙間隙間・・・、そして「文字」が神棚のように輝いている。


f0126829_18301810.jpg


f0126829_18305597.jpg


f0126829_18315089.jpg


f0126829_18341297.jpg
f0126829_18345019.jpg
     ↑:「毬(まり)」を書いている吉田敏子、その字。

 吉田敏子さん、彼女の熱意・頑張りが合宿成功の大きな力になったことでしょう。ご苦労様でした。
 「吉田敏子・書」、字そのものへの拘りと、字の黒と余白の白との美意識に留意している。失礼な言い方ではあるが、字の拘りを減らして、美意識を剥き出しにした試みをされたらと思っている。より感覚的な書を意図的に試みてはと思う。極論を言えば、「字」を捨てるのです。
 それにしても「毬」とは難しい字を選んだものだ。字画の多い字だから大胆に省力せねばならない。この字に対して、円環運動の全体の中で細身の骨格で体をなし、白黒の対比の美学ごどう実現するかを確認しているようだ。


f0126829_18364142.jpg



f0126829_18474727.jpg


 年配者に混じって若い女性も参加だ。道外の方だろう。ベテランの指導を仰いでいる。
 太い線の割にはあっさり淡泊な字の体つきだ。一所集中というよりも、筆を大きく運ぶのが楽しくて仕方がないのだろう。


f0126829_1951616.jpg


f0126829_19514463.jpg


f0126829_19543950.jpg


 「女」かな?女が女を書いていた。自分を書いているのだろう。熟女のさわやかな動きだった。


 全体に女性の比率が多いので、動きがおとなしく見えた。「字を書いている」という動きだった。
 「書」は書きぶりや、その動作を見る芸術ではないだろう。だから、「芸術的動き」は必要ない。だが、良き動きが良き筆跡となり良き痕跡を留めるという考えも起こる。パフォーマンスとしての「書」、舞踊としての「書」の可能性もあるだろう。そういう意味では、力を蓄えた動きは少なかった。女性軍にスポーツとしての「書」をもっともっと考えて欲しい。

 さて、我が愛する樋口雅山房の動きと書を②でお見せしよう。

by sakaidoori | 2011-10-24 20:29 | 学校構内 | Comments(0)