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2011年 05月 31日

1577)③「’11 第38回 北海道抽象派作家協会展」市民ギャラリー 終了4月12日(火)~4月17日(日)

  
○ ’11 第38回

    北海道抽象派作家協会



 会場:札幌市民ギャラリー 
     中央区南2東6(北西角地)
     電話(011)271-5471

 会期:2011年4月12日(火)~4月17日(日)

 【出品作家】
 同人:甲斐野弘幸(新同人) 今庄義男(岩見沢) 後藤和司(札幌) 佐々木美枝子(札幌) 外山欽平(函館) 名畑美由紀(札幌) 林教司(岩見沢) 三浦恭三(小樽)・・・以上、8名。

 一般:甲斐野市子(札幌) 笹岡素子(江別) 能登智子(札幌) 櫻井亮(初・夕張) 田村純也(初・苫小牧) 横山隆(札幌)・・・以上、6名。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー(4.15)

 (1499番①、1522番②の続き。)

 個人作品を何点か載せます。

 (以下、敬称は省略させて頂きます。)


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          ↑:今荘義男、「古里(コリ)シリーズ」・左から イ、ロ、ハ・180×240㎝。



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 (今荘作品の魅力を伝えるには良い写真ではありません。あえて部分図も多く載せましたが、拡大してその筆跡を幾ばくかでも推し量って下さい。)

 3点の組み作品の出品。左側の2点が新作と思う。
 渋い、という印象が強く飛び込んでくる。渋く、華やかに、どっしりと、そういう「古里」だ。
 新作は、ストレートな遊び心は見られない。確かに、積み木のような形の重なり方、大きな形を上部に画いて転びそうな不安定感に、遊び心を思わないでもない。だが、全体としては「遊び」というより「余裕」なり「不動」としての存在感を思う。
 とりたてて明るい色を散りばめてもいない。なのに、紫にも通じる青が内側から華やかさを保っている。幾重にも重ねられた画質は、古里(ふるさと)の春の土色に還元されそうだ。掘り起こされた「春の土」、空気に触れて暗黒色を輝かせている。


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          ↑:同人・林教司、「作品 A B C D」。


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 全て旧作だが、「鉄の人 エロスの人・林教司」の面目躍如たるものがある。氏のエロスは鉄に支えられているから、重く熱く渋い。しかも十字に縛られたエロスだ。封印とも禁断とも解せよう。実際、「死」の影がムンムンする、匂う。

 一番下の作品は、相当に古い作品だ。作者20代のものと聞いたが、この絵の出来映えたるや、信じがたい年齢での作品だ。「早熟・林教司」という呼称も冠しよう。
 画業の出発から青緑色の棺桶を背負っていたことになる。「背負う」、何て重い行為なのだろう。誰のための行為?知らない。背負わざるを得ない性(さが)としか言いようがない。
 さて、この絵から何十年も経った。何故にかくも古い絵を披露したのだろう?原点の確認ということはあるだろう。その先は・・・、今後の作品を楽しみにしよう。

 それにしても、「古里」という古い言葉で今を画く今荘義男。今という視点で過去の原点を見つめる林教司、好対照の二人であった。



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          ↑:同人・後藤和司、「見つめる時’11」・S20×9枚組。


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 後藤和司は、日本画のような静寂な美を青で表現していた。静かな動きがいっそうその美しさを引き立たせていた。何かしら一点の美学を追究して止まない画家、そんな人だと思っていた。ところが彼は自分を固定的に見られるのを潔しとしないのか、近年はいろんな事に無手勝流的に取り組んでいる。悪く言えば、落ち着きの無い画風の変貌といえる。良く言えば、求めて止まぬ思いの探求である。
 今作も、好きな青の世界ではあるが、時計という具象物を赤裸々に画き、時を表現しようとしている。かつての純粋抽象にこだわってはいない。この作品がかつての抽象そのもので、堂々とした気品漂う世界を越えたとは思わない。しかし、彼は現代人なのだ。今は走り続けようとしている。自己のマンネリズムの打破なのか?新たな世界の生まれいずる迷宮なのか?走りながら画き上げ、確認しては新たな行為に着手するのだろう。この作品傾向も長くは続かないだろう。


 間違いなく④に続く。
 

by sakaidoori | 2011-05-31 23:59 | 市民ギャラリー | Comments(0)
2011年 05月 30日

1576)⑥「松本ナオヤ・個展 中島ゼミ展・道都大学(第50回記念展)」 市民g. 終了5月11日(水)~5月15日(日)

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○ 第50回記念 道都大学 

    中島ゼミ展 

型と版をめぐる
    5人と22人の冒険




 会場:札幌市民ギャラリー 
     中央区南2東6(北西角地)
     電話(011)271-5471

 会期:2011年5月11日(水)~5月15日(日)

 【個展メンバー】
 阿部真大 石井誠  松浦進 大泉力也 松本ナオヤ   

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー(5.15)

 1548番①、1555番②、1557番③、1566番④、1570番⑤の続き。
 (以下、敬称は省略させて頂きます。)


・ 松本ナオヤ 個展


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 今展は写真展としての要素が強い。写真を基本にして、パソコンで引っ付け、はっ着け、引き延ばし、切り刻み、最後はシルクスクリーンで仕上げる。(もっとも、今記念展がシルクスクリーン展だから「シルクスクリーンで仕上げる」と書いたが、本当はプリンターなのか、現像なのか、シルク・転写なのかは識別不能だ。そこまで細かく見なかったし、聴きもしなかった。能力不足ということ。)
 私は写真展として見た。

 そこで、松本ナオヤは何をしたいか?


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 「オレは吠える。
  オレは走る。
  オレは見つめる。
  オレはどこに行くのか」

 今展の作品上の眼目は上の3点だと思っている。「自画像展」だ。

 松本ナオヤの学生時代の作品は、ある動きを、別の人間の動きに見立てて再構成していた。シルクという技法と、人間の動きを楽しんでいた。どこか繊細なところがあるのだが、それを隠すかのような遊び心だった。たおやかな線質を嫌い、鉄筆線のような力のこもった線が走っていた。そして、背景にまで意が及ばなかったのか、余白をそのままにしていた。
 「遊び心と、強い線と、人間への関心」、それらが制作の推進力ではあったが、「何を画くか」に関しては保留していた。学生時代という自由さ、制作表現できる楽しさの前で、無意識な「保留」であったと思う。

 今個展も基本的にはその延長だが、様相が一変した。無意識な「保留」が有意識な「保留」になったのだろう。
 繊細さを懐にしまって、あえて強く振る舞おうとしている。柔な遊びから、剛な遊びになった。余白を残すのを嫌い、何でもいいから埋め尽くそうとしている。「何を画くか、表現するか」は見えないが、自分を男ぶり良く晒そう。物事を直視し、あるがままに迫ろう。
 それらの強い意志が、展覧会を強くしている。それでもでてくる繊細さ。それは自己へのセンチメンタルさになっている。それは構わない。男の自画像とはそういうものだ。

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          ↑:「Glitch Image」。



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          ↑:「Tsugal」。

 今回、彼が青森の高校出身だと知った。当地生まれなのかは分からない。
 「津軽」、どうしても太宰治を連想してしまう。東北出身の文化人を思い出してしまう。彼の地の文化人のエッセンスは、強い風土性を器にした繊細さと粘着質さにあると思っている。

 学生時代から今展への変貌は実に良い。今の表現が5年後も残るとは思わない。間違いなく変化する。東北人の自分捜しは永久なるもので、そこを通奏低音のようにして、見る世界を闊歩する。その姿は他地域のマネの出来ない力がある。その力を松本ナオヤにも見たいものだ。


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          ↑:左から 「The Factory」、「カタルシス」、「moon head」。


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          ↑:左から 「Untitled(womon)」、「同(man)」。


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          ↑:「Portrait 4」。



 今回で、当記念展の個展全ての報告を終えました。全ての作家を何がしか知っていたので、全員掲載しました。当初の予定通りに進んでホッとしています。
 紹介した5名の20代の作家達が今後どうなるか、当分は画き進むのは間違いないでしょう。が、5年後、10年後、20年後はどうなるか。たとえ個人としては制作を止めても見る人にはなっているでしょう。たとえ見る人も止めても、一時期の画き続けた意志と意欲と行為は間違いなくあった。
 先は分からないと書きましたが、今後の健闘を期待します。



f0126829_11464418.jpg →:「2010年より愛を込めて」。

by sakaidoori | 2011-05-30 12:55 | 市民ギャラリー | Comments(0)
2011年 05月 29日

1575)②「MADE IN HOKKAIDO 2011 『北海道から世界へ!』」 アートスペース2 5月26日(木)~5月31日(火)

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○ HIGH PRIDE ANIMAL presents.

  MADE IN HOKKAIDO
           2011

   北海道から世界へ!
      


 会場:アートスペース201 
      中央区南2条西1丁目7
       山口中央ビル 6階ABC室
      (東西に走る道路の南側。)
     電話(011)251-1418

 会期:2011年5月26日(木)~5月31日(火)
 休み:水曜日(定休日)
 時間:10:00~19:00
             
 
 【参加作家】
 多数。

ーーーーーーーーーーーーーー(5.27)

 1574番①の続き。


立体作品の部屋


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          ↑:竹中良尚


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 くるみを輪切りにして卵形に作ったもの。「クルミ割りロクロ」といった感じだ。
 これまた、ピース作品同様に何かの賞を上げたい。遠目には、ただぶら下げられているだけで自己主張していない。近づけば近づくほどにビックリしてしまう。アフリカン・アートみたいで非日本的な見た目だが、細やかさ器用さは日本人だ。。
 作品は興味深いのだが、グループ展で見せるとなると難しい。何よりも目立たない。しかししかし、根気よくマイペースで続けて欲しいものだ。


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          ↑:こうた


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 いや~、この下がり物は最高だ。
 宙に浮いている仕草が実にはまっている。パッチワークの色づかいも上手い。縁取りのはみ出しが、人形をいっそう生き生きさせて、小憎らしい技だ。夢膨らむボリューム感でもある。飛んで跳ねてくるくる回って、すっとんきょうの「こうた・ワールド」だ。
 そして、この「こうた」、てっきり男性かと思ったら女性です。よかった。こういうのを作れる男性も、ついに現れたかと困っていたところだ。ちょっとボーイッシュに「コウタ」と呼ばれたい呼びたい、やんちゃな女性かな?


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          ↑:ウリュウ ユウキ


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 ご存じ、旅する撮影者・ウリュウ ユウキ。

 スナップ写真のぶら下げいいのだが、中を歩けるぐらいの簡単な回廊にして欲しかった。倍くらい増やして、なんとなく「ウリュウ迷路」にして作品を見たかった。少し遠慮気味の展示であった。



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          ↑:コガラ リョウスケ と hapo の合作?


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          ↑:左側から 長谷川史織、?。

by sakaidoori | 2011-05-29 17:09 | アートスペース201 | Comments(0)
2011年 05月 29日

1574)①「MADE IN HOKKAIDO 2011 『北海道から世界へ!』」 アートスペース2 5月26日(木)~5月31日(火)

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○ HIGH PRIDE ANIMAL presents.

  MADE IN HOKKAIDO
           2011

   北海道から世界へ!
      


 会場:アートスペース201 
      中央区南2条西1丁目7
       山口中央ビル 6階ABC室
      (東西に走る道路の南側。)
     電話(011)251-1418

 会期:2011年5月26日(木)~5月31日(火)
 休み:水曜日(定休日)
 時間:10:00~19:00
             
 
 【参加作家】
 多数。

ーーーーーーーーーーーーーー(5.27)

 「エゾから北海道から、世界へ発信する」、をコンセプトにした若者のグループ展。志は壮大だ。美術、芸術、アートは誇大広告的表現になりがちで、それはそれとして展覧会を楽しみたい。

 てっきり賑やかで、若者風ハチャメチャ気分になるのかと思ったら、意外にオーソドックスそのもの。しかも、当館6階全部を使うには控えめでもある。これだけの人数での展覧会は初めての経験なのだろう。企画者、参加者を含めて手探りな感じで、そして、「チャンと発表し合おうぜ」と仲間に呼びかけているようで、そういう意味では初々しく、先を楽しみにしたくなる。

 展示は3部屋に別れている。左の部屋は壁面作品、真ん中の部屋は融合展的な空間構成展、右の部屋は立体作品と明快な区分だ。この明快さが展覧会を落ち着いた気分にさせている。真ん中が一番充実していて、おそらく当館の特徴を知っている経験者達だろう。ということは、この部屋に企画作家がいるのだろう。
 左右の部屋の壁面(平面)と立体作品の部屋は顔見せ展のようだ。特に立体の部屋は個々の作品が面白いのに、発表意欲をセーブしていて残念だった。

 見た順番に部屋毎に紹介します。


・ 左側の壁面作品群の部屋

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          ↑:久保芙美子

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 70㎝位の真四角の大きさに、びっしりビーズを埋めての作品。このエネルギーは凄い。今展の努力賞、敢闘賞だ。栄通賞をあげたい。千個単位、いや万個単位のビーズ数だ。
 ただ、今回はビーズでそれなりの大きさの作品を作ることで精一杯のようだ。色合いとか、意匠とか、展示構成までの余裕はなさそう。丁寧でオーソドックスな文様だから初めての大きさなのだろう。久保芙美子の情念なり美意識を展示全体で大らかに大きく取り組んで欲しい。ということは、もっともっと意識的に作らないといけないのだろう。大変だが、大いに期待しよう。


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          ↑:コニシ ダイスケ

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 秀逸な作品だ。大道張りの光サンサンだ。明かりの強さは白昼夢だ。人間社会に低みから高みから進入している。やはり大道張りにこそっと女性も入れて男のロマン臭も漂っている。
 かなりの大きさの作品にして、しかもセレクトされた展示を見たい。今作は、あまりに一点一点が小さすぎた。しかし、この小ささは素晴らしい。力のある証拠だろう。


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          ↑:佐々木ゆか

 未来展にも参加している作家。大作で出せるのが公募展作家の強みだ。
 左側、自画像だろう。パーティーでの顔顔顔なのに、背景色も表情もイマイチ芳しくない。佐々木ゆかの、この暗さに引っかかるものがある。公募展作品が色燦々、明るい笑顔丸出しでは絵にならないのだろう。人間を通して絵の精神性を表現したい時、コミカルな笑顔は邪魔なのだろう。
 しかし、こういうグループ展の場合、日頃の公募展ではできない表情にチャレンジしてはどうなのか?こういうグループ展は公募展的約束や美学を外から見つめる良い機会だと思う。


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          ↑:佐野穏郁

 「目」の前にある狭い世界、そこを見つめるボク・・・。こちらが作品を見て楽しむには材料不足で残念だ。



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     ↑:左側 荒木由聖
       右側 時原美里



・ 真ん中のインスタレーション的空間


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 北海道と言えば広大な大地だろう、このちの大地と言えば、熊だろう、鹿だろう、野生だろう。しかし今は「野生」という言葉は死語かもしれない。それを弔って・・・、そんな感じの展示だ。


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          ↑:佐々木宏通


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          ↑:西川亜由美。

 昨年、某専門学校を卒業された方だと思う。卒業時に仲間とグループ展を開き、その様子を本編にも載させてもらった。こうして会えるとは奇遇でもあり、嬉しいものです。



 予想に反して長くなったので切ります。
 残りの立体作品の部屋は、②として続けて載せます。

by sakaidoori | 2011-05-29 11:21 | アートスペース201 | Comments(0)
2011年 05月 28日

1573) 「女が表現する 女・4人展・」 たぴお 5月23日(月)~5月26日(土)

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○ 女が表現する 4人展     

   
 会場:ギャラリーたぴお
      中央区北2条西2丁目・道特会館1F
      (中通りの西側の郵便局のあるビル。)
     電話・林(090)7050-3753

 会期:2011年5月23日(月)~5月26日(土)
 休み:日曜日(定
 時間:11:00~19:00

 【参加作家】
 北村穂菜美 工藤エリコ 坪内あい 名畑美由紀

※ オープニング・パーティー ⇒ 初日18:00~    

ーーーーーーーーーーーー(5.27)

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 4人だけの参加だから、スキッパーを危惧していたが、そうではなかった。テーブルなどの設置工夫もあるのだが、それぞれの作品が女性らしい爽やかな発散型だったからだと思う。画風が異なっていたのも幸いした。決して沢山の出品ではないのだが、間合いはゆとりになっていた。
 (以下、敬称は省略させて頂きます。)


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          ↑:工藤エリコ (切り絵)。


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 今展の主人公は工藤エリコの切り絵だろう。切り取った作品を額装に入れることなく、壁にピンで浮かせての展示だ。微妙に影が写り、目を楽しませてくれる。
 作家に伺ったところ、こういう構想での予定ではなかったと言う。壁面の空き具合で、急遽決めたそうだ。大きな額装作品も予備での搬入だった。会期中、乙女を取り巻く装飾模様は随分増えたとのことだ。なるほど、発展・増殖する展示で実に素晴らしい。実際、良い展示になったと思う。

 しかし、ここは写真の姿を最終展示風景として、チェックしたい。
 シンメトリーを基本的に好む作家のようだ。そのことは作家の気質だから構わない。構うのは、作風の与える流動感覚が、今回のシンメトリー展示では充分に生かされていないようだ。流動性と、シンメトリーの与える重厚性、かつ今回の方法の増殖性、これら三者がからみ合って、壁面全体に雄大なドラマが生まれたらと、勝手に夢想した。いずれにせよ、作者自体のエネルギーをこの壁に打ち込まねばならないだろう。今回は期せずして、その可能性を垣間見てしまった。ここで止めるか、突き進むか?雄渾なるドラマを持ち得るかいなか、それを具体的にするエネルギーがあるかだ。期待しよう。


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     ↑:名畑美由紀

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 今回も名畑美由紀は面白く見せてくれた。
 僕は名畑美由紀のファンだ。
 中間色や線による抽象画は爽やかでリズミカルだ。若さ自由さが良い。
 それは作品の質のことだが、それ意外に特筆すべき魅了がある。どうでも良さそうな出来映えの作品を、無造作にスポーンと発表として見せるのだ。その無防備というか、無神経というか、無手勝流というか、ざっくばらんな精神がすこぶる宜しい。それは主婦のもったいない精神のようで、「作ったんだもの、見せちゃおう」という感じだ。「良い悪いなんて、どうでもいいわよ見て見て、見たくなければ見なくともいいわ」という態度だ。僕は発表者としての、その精神を高く評価している。見せる人はかくあるべしと思っている。

 今展もそういう要素が強い。だから決して上手い作品ではない。それでも見せたい理由が今作にはありそうだ。しばらく、当館に彼女は出品していなかった。だから、心機一転、再出発という思いからだ。それには「女展」とはうってつけだ。「画き慣れない女を画こう、自分も画いてみよう」ということだろう。名畑美由紀の潔い態度を大いに楽しむことができた。


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          ↑:坪内あい

 「夢見る乙女、襲いかかる目ン玉」だ。
 「目ン玉」は意外に怖くない。女性の夢見心地の水玉心が何故に目ン玉になったか?絵だからだ。夢が増殖して、目ン玉として自動運動を起こしそう。何より黄色が迫力満点だ。黄色の中に星の王子様がいるのかもしれない。水底に眠る美女と、黄色で泡立つ王子様、目ン玉は娘を安全にどこまでもどこまでも誘うのだろう。
 坪内あいのシュールな愛と冒険物語が始まりそう。ところが、彼女自身は「普通の風景を描く人です」、と自分のことを語っていた。新道展に出品しますとも。
 何はともあれ、円の好きな人だ。


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          ↑:北村穂菜美


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 よくコンパクトにしっかりと色と線描を入れ込んだものだ。絡ませたものだ。色合いと言い、空間の埋め方といい、このバランス感覚は素晴らしい。
 「女の子の垣間見る人間社会の不安や覚束無さ」を表現している。その女の子達を「ほなみチャン」と言いたくなる。不安を描きたいから、大きな絵にしたいのだろう。一杯描かないと、より一層不安になりそうだから。そう思わせる北村穂菜美の追跡力だ。画面一杯に揺るぎがない。確かに漫画ティックだが、見る目を引き込ませる力がある。なめるような丸い線描を得意とする人でもある。この辺にも彼女の魅力がありそうだ。

by sakaidoori | 2011-05-28 22:37 | たぴお | Comments(0)
2011年 05月 28日

1572)「道教育大学岩見沢校 美術コースグループ展 『エンピツテン』」 時計台 5月23日(月)~5月28日(土)

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○ 北海道教育大学岩見沢校
   美術コースグループ展 

    エンピツテン
    


 会場:時計台ギャラリー 2階C室
      中央区北1西3 
       札幌時計台文化会館
      (中通り南向き)
     電話(011)241-1831

 会期:2011年5月23日(月)~5月28日(土)
 時間: 10:00~18:00 
      (最終日は~17:00まで。)

 【参加学生】
 片平絹子 工藤瑛子 佐藤菜樹 渡邊真帆
  
ーーーーーーーーーーーーーーーーー(5.27)

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 北海道教育大学美術専攻3年生4人による作品&空間造形展。3人が立体造形専攻、1人が版画専攻。
 作品は全て「エンピツ画」だ。作品そのものの質が高いとか、将来性を感じさせるというものではない。照明を暗くして、少ない作品数ながら「何かがしたい」という学生らしさ、展示雰囲気が好ましかった。
 それに、小柄な学生二人との会話もよかった。渡邊真帆さんの笑みを絶やさない安定感、片平絹子さんの返事に応える時の感情顔の正直さ、背の高さは同じなのだが、好対照の雰囲気も愉快だった。人間顔が露わになるのも展覧会というものだ。

 それぞれの個別作品と、落書き風のエンピツ画を貼り合わせた「エンピツノイエ」で展示は構成されている。

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     ↑:左から 工藤瑛子、「母子」。片平絹子、「Hartsoeker's Pencil」、(脚立)、「ためいき」。

 なぜ脚立があるかというと、真ん中の作品を追加展示していたからだ。なぜ追加したかというと、展示を終えて作品が寂しかったからだ。明日で展示も終わるのに、何故終盤に作品を持ってきたかというと、追加作品を片平絹子は新たに制作したからだ。既作品で直ぐに埋めればと思うのだが、そこが彼女の拘りなのだろう。意地ががそうさせたのだ。
 たった一枚の展示だったが、なかなか時間のかかるものだった。おかげで作業風景も見ることができた。折角だから、その最新作を個別に載せよう。


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          ↑:渡邉真帆、「ANT laboratory」。

 可愛らしい小物部屋だ。手作りの小さな幸せ作りを得意にするのだろう。


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          ↑:佐藤菜樹、「?」。

 小さいながら、しっかりと画いてはいるのだが、いかせん、エンピツ画は薄い。飾り的雰囲気になりがちで、作品にはかわいそう。が、この場では中心になれない作品だから仕方がない。努力を背負った名脇役だ。



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 さて、メインの作品だ。4人のお持ちよりのエンピツ画をペタペタと貼り合わせただけのものだ。だからどうだと問われれば応えに窮するが、これはこれで良いものだ。
 貼られた作品が完成度を追求してはしないので、何となく全体雰囲気を楽しむことになる。発表者自身のセンスを鍛えているわけだ。それに、作品のタッチや画題がバラバラ、継ぎはぎだらけ、隙間だらけで、淡くも脆い皮膚にもなっている。発表者達の世代の軽さ、取り留めの無さにも繋がっている。辺りは暗い、引き籠もりや独り寝の妄想にもなりかねない。何となく夢想したくなる。次につなげたい立体空間造形だ。


 貼られた作品をアップしよう。まだまだ3年生だ。次も見れるだろう。特に片平絹子は無理してでもムキになってでも進まないと行けない。徹底して何かをすべきだろう。


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     ↑:(部屋の中に鎮座する「エンピツ玉」君。)


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by sakaidoori | 2011-05-28 10:26 | 時計台 | Comments(0)
2011年 05月 27日

1571)「佐藤泰子・個展」 時計台 5月23日(月)~5月28日(土)

  
○ 佐藤泰子・個展     


 会場:時計台ギャラリー 2階B室
      中央区北1西3 
       札幌時計台文化会館
      (中通り南向き)
     電話(011)241-1831

 会期:2011年5月23日(月)~5月28日(土)
 時間: 10:00~18:00 
      (最終日は~17:00まで。)
  
ーーーーーーーーーーーーーーーーー(5.27)

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 (以下、敬称は省略させて頂きます。)


 「パステル」という画材、「桜・フィニッシュ」というタイトル、それで何を連想されるだろう。「爽やかな春、良い気分、しあわせ~~」ならばいいのだが、そう簡単に言えないところが佐藤泰子だ。

 2003年に画家の属している自由美術協会の自由美術賞を得ている。私が佐藤・パステル桜を見だしたのは、その賞を得た後の、直ぐの当館個展からだ。
 桜の爛熟した美に託した、「執念」であり、「自由」を見た。
 パステルという空間の抜けた淡さ、パウダー的な淡さ、そのパステルの隙間隙間を同じパステルで「これでもか、これでもか」と言わんばかりに埋めつくす執念。陰影の線が居合い抜きのように鋭く画面を横断していた。花の散る爛熟の姿に生の執念を見つめ、自由に舞い散る姿に死を見つめている。
 執念と言っても、泥沼の出口無しというのでない。自由さを確保した吹っ切れた執念だ。執念と言うからには泥沼はある、が、自由なのだ。が、その自由は執念という生に反する死に近い。

 以来、どうしても佐藤作品を「執念」と「自由」で見てしまう、「生」と「死」で見てしまう。見始めて7,8年は経っているのだ。似た世界ではあるが変化はしている。見始めの頃の鋭さは薄れた。色はより一層分厚くなってどっしりした感じだ。それは画家の死生観の緩やかな変化なのかもしれない。より絵を楽しんでいるのかもしれない。


 今展、「波」をタイトルにした緑の作品は新作だろう。おそらく、大震災に触発されたものだろう。満開の桜の散る姿を見た目が、同じ目で巨大な大津波を見ているのだ。画家は象徴的に桜に生と死を見た。その時、もしかしたら健康上に何かがあったのかもしれない。余りに個人的な桜であった。
 そして再び、波に生と死を見ている。波は余りにも具体的で社会的であった。だから「祈り」という言葉が添えられたのだろう。




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     ↑:「波立つ...祈り」。


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          ↑:「波立つ」。


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          ↑:「さくら さくら finish c」。


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     ↑:「さくら さくら finish A」・2009年 パステル 水性絵の具 アルシュ紙 98×392㎝。


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     ↑:左から 「吊り上げられたさくら」、「さくら色に染まるとき finish」。


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     ↑:左から 「さくら色に染まるとき finish」、「からみ合う情景 さくら さくら finish」。 


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     ↑:「さくら さくら finish B」・2009年 パステル 水性絵の具 アルシュ紙 98×392㎝。

by sakaidoori | 2011-05-27 22:45 | 時計台 | Comments(0)
2011年 05月 26日

1570)⑤「松浦進・個展 中島ゼミ展・道都大学(第50回記念展)」市民gallery 終了5月11日(水)~5月15日(日)

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○ 第50回記念 道都大学 

    中島ゼミ展 

型と版をめぐる
    5人と22人の冒険




 会場:札幌市民ギャラリー 
     中央区南2東6(北西角地)
     電話(011)271-5471

 会期:2011年5月11日(水)~5月15日(日)

 【個展メンバー】
 阿部真大 石井誠 犬養康太 松浦進 大泉力也 松本ナオヤ 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー(5.15)

 1548番①、1555番②、1557番③、1566番④の続き。
 (以下、敬称は省略させて頂きます。)

◎ 松浦進個展


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 ご覧のように幅狭な会場だ。距離をおいては楽しめない。が、全体の流れからして、こういう狭い部屋も良いものだ。「フンズマル松浦進、ヨミガエル松浦進」という親近感がある。そもそも今記念展自体が量的にもかなりの展示だし、お祭り気分的なところもある。こういう窮屈な部屋も意外に自然な感じだ。

 ところで、彼は5人の個展メンバーの中で唯一の道都大学現役生だ。だから、もっとも若い。以下個別作品を載せるが、若さかくる頼りなさは否めない。が、精力的に発表している学生でもある。ランナー ウエイ・松浦だ。たゆたゆしさが作品にも感じるだろうが、エネルギッシュさも見て欲しいところだ。もっとも、そのたゆたゆしさも彼らしいのだが。
 彼のセールス・ポイントは「人が好きで、どういう風にして人に迫ろうか」という軌跡でもある。まだまだ、どこぞの巨匠や見慣れた漫画に通じるところがあり、オリジナルを模索している段階でもある。あえて形を決めようとはしないで、フラフラとユーモアと洒落た世界で遊んでもいる。頻繁な作品発表経験・体験が何かをもたらすだろう。楽しき生まれ出ずる回廊をひた走りしているわけだ。
 4年生だ。学生時代に再び本編に登場してくれるだろう。もし成長の跡が見えなければ、「しっかりせい!!」と、檄をを飛ばそう。もし、意外な成長を遂げたならば、「まだまだ」と言うべきか、素直に「よろしい」と言うべきか、その時を楽しみにしよう。


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     ↑:「知らず知らず ああ 水のよう」。

 今展の中の、唯一の未発表最新作。自慢の作品群かどうかはわからないが、人を表現する一里塚であることは間違いない。


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     ↑:左から 「さよならクラージュ」、「自業の歳」、「膨らいで逝く」。


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     ↑:左から 「静粛な人々」、「しらじらしいわ」。



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          ↑:「喪」。


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          ↑:「暮れるのも寄りて」。



 松浦進の人間への関心、そのタイトルと合わせれば合点がいくと思います。深刻ぶらないで人間関係の綾を楽しんでいる感じです。何よりも輪郭線のくにゃくにゃ感や間延び感が、人間と人間関係を見る学生の眼差しなのでしょう。

by sakaidoori | 2011-05-26 23:33 | 市民ギャラリー | Comments(0)
2011年 05月 26日

1569)「札幌大谷中学校美術コース+札幌大谷高校美術科 infinity展」市民g. 終了2月23日(水)~2月27日(日)

   
○ 札幌大谷中学校美術コース札幌大谷高等学校美術科 

f0126829_18165616.jpg     infinity展 ※+※=∞
  


 会場:札幌市民ギャラリー
      2F第4展示場+展示ホール1・2 
      中央区南2条東6丁目
      (北西角地)
     電話(011)271-5471

 会期:2011年2月23日(水)~2月27日(日)
 時間: 10:00~17:00 
      (最終日は~15:00まで。) 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー(2.25)

 もう3ヶ月も前の中高学生美術展(札幌大谷)です。
 折角当番の先生にブログ掲載許可を頂いたのに、そのままになってしまいました。
 会場風景を中心にして、何点か気になった作品を紹介します。

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          ↑:2年 齋藤みなみ、「隠れた明るい見通し」。

 「少女ではなくなります。ていねいに深く・・・」、可愛い大胆さです。
 「齋藤みなみ」、アルテピアッツァ美唄で昨年個展をされた学生だと思う。その時のDMが気になっていた。名前を見つけたので、写真にパチリです。DM作品はシンプルで大らか感じだったが、それとは随分と違うものだ。紫の使い方に少しビックリ。顔も仕草も漫画的だが、さて、どんな風に成長するのだろう。記録に留めておきます。


 以下、今回はコメントを省略します。好みの作品をアップしました。全体風景は、クリックすれば大きくなるので、おおよその作風を想像して下さい。女生徒のカラフルな七色の心模様です。
 展覧会時の学年です。今は一学年進級しています。


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          ↑:左側 高1・須長未紅里、「カンパネルラ」。
            右側 高1・宮崎文香、「こころ」。 




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          ↑:左側 高1・中島邑果、「僕の頭の中にイル彼女」。
            右側 高1・白川句留実、「壊朽」。


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          ↑:左側 高2・鈴木美夏、「聞こえる?」。
        右側  高2・山地結花、「親愛なる私の目」。


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          ↑:左側 高2・福本蒔希、「稲荷神社」。
        右側  高2・今野なずな、「記憶」。


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          ↑:左側 高1・坂本沙耶香、「風船の飛ぶ村」。
            右側 高1・古田和代、「模索中」。


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          ↑:高2・佐藤心、「観察者」。


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・  次は中学生です。


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          ↑:中学生・藤井絢子、「ちびりんごが集まってでかりんご」。



  

by sakaidoori | 2011-05-26 20:59 | 市民ギャラリー | Comments(0)
2011年 05月 26日

1568)「一線美術会北海道支部展(絵画)・第29回 2011」 市民ギャラリー  5月18日(水)~5月22日(日)

  
○ 第29回 一線美術会北海道支部展(絵画) 


 会場:札幌市民ギャラリー 
      中央区南2条東6丁目
      (北西角地)
     電話(011)271-5471

 会期:2011年5月18日(水)~5月22日(日)
 時間:10:00~18:00?
   (最終日は~?:00まで。) 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー(5.20)

 参加作家の川上直樹さんと、竹津昇さんは日頃から親しく見ています。その方々を中心にした文章です。
 (以下、敬称は省略させて頂きます。)

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     ↑:竹津昇。左から 「レンガ倉庫(夜)」・100F、「大地の容(かたち)」・50F、「光陰」・100F、同、「つるされた袋」・80F.

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 竹津昇はサイロの内部や納屋の様子を克明に画く。
 5点もの出品は氏だけであり、力の入れ具合を思う。しかし、出品数の多さに反して何やら迷い気味のものを感じた。迷っているかどうかは分からないが、ちょっと退き気味に何かを確認しているのは間違いない。全力投球の作品群とは思えない。
 納屋内部の床や壁や細部だけを画くことによって、空などの背景を画く風景画の約束から自由になった。だが、内部のみを見る視点に、不満感とか物足りなさが生じたのかもしれない。上の5点には、見た目の違い以上に、親和性の少ない作品群だ。
 「光陰」は2点一組と考えて良いだろう。今展の主役だろう。光がテーマで、氏の日頃のモチーフの一つだ。いつもとは視点をかえた床や壁に見える。すくなくとも、床板は初めて見る。板が画きたかったのか、普段画いている筆致や筆触を止めたかったのか?光がテーマだが、中心のない取り留めの無さを思う。イスの絵は、イスという中心があるのだが、ゴッホばりのイスが連想されて、竹津風の中心感とは微妙にずれる。
 巨大蛇口に見える絵も不思議だ。その形が面白くて描きたかったのか、なんでもいいから大きく画きたかったのか?
 表現主義風の建物、昨年の回顧展の時に見た作品に似ている。ニューバージョン?心機一転気分の情念爆発型の絵を画きたかった、見たかったということか?

 個人的に一番好きな絵は一番右の吊された袋の絵だ。袋の浮遊感と、袋を縛る紐の線に寂しさや軽い緊張感を感じてジーンとする。

 多くのグループ展に参加している画家である。いろいろと試しているのだろう。



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     ↑:川上直樹、右から 「静影」・100F、「跡地 ー夕張追想」・100F、?。


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 「静影」はいつもの画題であり構成だ。骨格が大きくなって、和らいだ感じだ。

 「跡地」、初めて見る趣向だ。後ろ向きの都会風美女も描き入れてカッコ良い。面と線が重なり合って、時間を入れ子状にしたいのだろう。中央なのに四角面をボカシ気味に画いて大胆だ。ボカシの向こうのエレガントな女性、追憶とロマンがあり、建築群の縦線はほんの少しの緊張感も強いている。
 かつて、氏の作品にユーモアを感じた大作があった。思った通りに書いたら、「ユーモア」という指摘に画家は不満だった。確かにこういう絵を見ていると、「緊張感」や「精神性」を追求していて、「ユーモア」を画きたいとは思っていないようだ。だが、氏の絵からにじみ出る「ユーモア的優しさ」は捨てがたいものがあった。そのことを意図しようとしまいと、一つの個性だった。今回の「追跡」はコラージュなども取り入れた実験作だろう。どうい形で個性的になるか楽しみに待とう。


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          ↑:田仲茂基、「月夜「・F50。

 画かれた羊が、どこから見ても胴体半分だけの切り落とされ姿なので困ってしまった。羊が絵からはみ出していて、残りの半分が壁に隠れているようだ。しかも時は夕刻、寝静まって妖精どもが踊り始める時間だ。それは画家の意図なのか、たまたまなのか?


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          ↑:石山宗晏、左から 、「アカシア咲く」・?。「初雪の朝」・100F。

 堅実な叙情性。「アカシア咲く」が特にお気に入り。



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by sakaidoori | 2011-05-26 16:39 | 市民ギャラリー | Comments(2)