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2010年 02月 28日

1212) 岩見沢(マネジメントS.)「煌めき ~1989年炭鉱・閉山~斉藤靖則・写真展」 2月18日(木)~3月末頃

○ 煌(きら)めき 
    ~1989年炭鉱・閉山~
      斉藤靖則・写真展
  

f0126829_20173376.jpg 会場:そらち炭鉱の記憶マネジメントセンター
     岩見沢市1条西4丁目3番地
     (JR岩見沢駅を出て、左に数分。)
     (電話)
 
 会期:2010年2月18日(木)~3月末頃
 休み:火曜日(定休日)
 時間:11:00~17:00

ーーーーーーーーーーーーーーーー(2・27)

 久しぶりに岩見沢・キュウマルに立ち寄る。そこで得た情報での当館の訪問。
 普通の空間での炭鉱関係写真展と思いきや、展示空間に驚いてしまった。
 事務所風のドアを開けると、やっぱり事務所という入り口空間。どこが展示場だろうと一瞬ひるむのだが、そこは心得たもので関係者がすかさず応対してくれる。
 「・・・、会場はいまでは珍しい札幌軟石を使った倉庫で・・・○○年頃の創建で・・・」
 事務所から再びドアを開けて隣室へ、ガランとした冷ややかな空間から、更にビニールのカーテンを開けて・・・。
 驚いたね~、いきなり座敷牢のような薄暗い倉庫に入ってしまった。どうしてあの事務所からこの倉庫なのか?要するに、事務所と軟石倉庫が引っ付いているのです。その両者の跡地をそのまま「NPO法人・炭鉱(ヤマ)の記憶推進事業団」が借り受けて、「マネジメントセンター」として運営しているわけです。昨年の8月頃にオープンしたとのこと。

 この団体や建物のことはまた書くことがあるでしょう。
 炭鉱写真展です。会場風景のみの掲載です。


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 おおよそ会場ムードは伝わったのではと思います。ハロゲン・ライトが明るく、照明はしっかりしています。薄暗い場所もありますが、それはそれなりにムードが楽しめます。写真作品が坑内の模様や炭鉱夫の煤けた労働顔などですから、奇妙なリアル感があります。
 館内は少しカビ臭い。その辺は春になればドアを開けて、風を一杯吸い込んでしっかりメンテナンスされるでしょう。だんだん良くなる「マネジメント・センター」です。新しい施設です。炭鉱関係の情報の発信基地として育っていくのでしょう。


 撮影者の斉藤靖則さんは、幌内炭鉱に昭和40(1965)年6月に坑内工作員として入り、平成元(1989)年9月の閉山まで勤務された方です。時折カメラ持参で坑内に入られたのでしょう、作業前後の仲間の顔も、当人の顔も登場します。幌内の風景や機械工作の様子など、炭鉱写真に詳しい人には見慣れたものかもしれませんが、やはり撮る人によって目線や価値観が違うものです。
 パンフによれば、斉藤さんは幌内炭鉱跡地のガイドをしたり、旧幌内発電所で閉山時の写真展などを開いたりと、余生も炭鉱活動をされています。
 炭鉱住宅の模型なども作られていて、作品が展示されています。
 幌内炭鉱の職員住宅(事務員&管理者用)と抗員住宅の模型もあります。ともに2軒長屋なのですが、大きさは大分違う。

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 今回は会場紹介が主になってしまいました。「幌内炭鉱」のことなども、もっと詳しく書かないといけないのでしょうが、それらは追々ということにします。
 当館展覧会は記録していきたいと思っています。

 

by sakaidoori | 2010-02-28 12:38 | [岩見沢]キューマル 他 | Comments(0)
2010年 02月 27日

1211) ①アトリエムラ 「第4回企画展 [Three Pairs !]」 11月1日(日)~2010年3月5日(金)

○    ~第4回 特別記念企画~

   Three Pairs !]

 会場:アトリエムラギャラリー <札幌>
    中央区南13条西11丁目2-12
    (宮越屋珈琲石山通店の横を入る。
     狭い仲通の北側の民家風のモダンな建物。 
     駐車場3台有。)
    電話(011)590-0050 
 
 会期:2009年11月1日(日)~2010年3月5日(金)
 休み:火曜日、第4水・木曜日
 冬期休館:2009年12月22日~2010年1月9日(土)    
 時間:10:00~19:00
     (最終日は、~17:00まで)
 注意 ⇒ 次回企画展より、定休日と開館時間が変更になります

 【参加作家】
 阿部典英・阿部美智子  三木俊二・かとうかずみ  平野尚幹・品田かなた
 
ーーーーーーーーーーー(2・26)

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 3組男女のペアー展。
 阿部夫婦、三木夫婦。平野・品田組は?若い二人です。どういう関係かは想像で楽しみましょう。
 その男女の味、ベテランの味、若手の味、男の味、女の味、道内・道外の味と、いろんな人の味の組み合わせをを企画者は用意したようです。たったの6名なのに意欲満点の企画者です。

 さて、わずか6名と言っても、個人的趣味のブログ紹介となると公平対等にはできません。見慣れない人中心にいきましょう。


◎ 平野尚幹(なおき)の場合

   1984年 新潟県生まれ
   2007年 東京造形大学彫刻専攻・卒業
   2009年  同大学造形研究科修了

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     ↑:「水面への畏怖」・鉄 鉱物油 2009年 1100×900×500㎜。

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     ↑:「嘘の花」・鉄 2009年 800×900×800㎜。「陽の境界」・鉄 珊瑚 2009年 500×500×500㎜。

 会場中央の「くたびれた犬」が目を惹く。犬をあざ笑うかのような「逆さのアヤメ」、「カラス」がそれらを見守っている。象徴的なタイトルと合わせて、一編の無言劇のようだ。その無言劇、僕には冷ややかな優しき傍観者の空気を感じる。
 確かに、「犬」の姿は痛々しい。「それでも生きている、生きねばならぬ」という叫びにも似た苦吟が聞こえてきそうだ。部分部分の表現はリアルで凄みがある。だが、全体が円くて循環運動を起こしそうで、心地良い動きと優しさも感じる。
 しかし、「吊されたアヤメ」はのっぺらぼうだ。僕はこのアヤメが自画像に思える。タイトルは「嘘の花」、「嘘」さというリアルはなく、ただそこにぶら下がっている。そこが僕には傍観者の位置に見える。
 「花」を自画像に見るか、「犬」を自画像に見るかによって、この無言劇の展開は変わるだろう。両者を自画の裏表と見れないことはない。その場合、カラスが和解の象徴になるのだろう。だが、それでは物語が平板過ぎる。
 作家はもっともっと苦しまなければいけない。既にそれなりの技術の持ち主だ。1984年生まれだから、制作時は25歳位だ。眩しいくらいの若さだ。安易な解決は不要だろう。解を求めすぎる気がする。


◎ かとうかずみの場合

   1950年 京都生まれ
   1974年 愛知県立芸術大学絵画科卒業
   1976年  同大学・大学院修了
             多数の海外旅行経験の持ち主。

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     ↑:おおむね左から、「かぐわしき朝の」・油彩 キャンバス(以下同じ)、「しばしがほどたたずむ」、「ふきかよう風のまにまに」(一番の大作)、「こえさやけくきこゆ」、「ほがらしにしろを」。


 これは抜群に面白い。味わい深く、興味尽きない作品だ。
 異様に真っ白に塗られたキャンバス、役者の化粧顔の出発点みたい。その縁取り部分だけに作家は気分良く模様を描き込む、ただそれだけの油彩画だ。若い女学生の気楽な出品作品と間違えそうだ。
 朝カーテンを一気に開ける。白い光が射し込む。画家には光や風景が色と音楽になって飛び込むのだろう。「さー、ここから1日が始まる。何を描こう。白地を描いちゃった。気分を縁に描いちゃった。あー、これ以上キャンバスに描くのはもったいない。見る人よ!後は貴方が好きに描いて下さい」
 作家からの優しきメッセージだ。

 それにしても女性は怖いとつくづく思った。何のてらいもなく、スポンと「心」という器を広げる時がある。この作品には何の悩みも感じない。それでは作家が日々ノーテンキに夢うつつに生きているかというと、そうではないだろう。外面は普通の女性だろう。だが、芸術においてあたかもご自身が「無垢の存在」として振る舞える。それを見る僕は何の違和感もない。なかなか男にはそれができない技である。

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◎ 品田かなたの場合

  1983年 新潟県生まれ
  2007年 東京造形大学彫刻専攻・卒業


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 彫刻科を専攻したのに、壁面作家にいち早く転向?のようです。そうはいっても、作品は赤を基調にしているし、モザイク状でもあるから、作家には立体として見えているのかもしれない。かつての「立体主義」の現代版などと共通するのかどうか?タイトルから画家の気持ちを推し量れば、「色」を知り、「心象」を写し、「記憶」をつむぐ、そんな感じでしょうか。

 おそらく心の中の「物語」が膨らんできて、一個一個の立体作品では追っつかなくなったのでしょう。一つの作品に思いを閉じこめるのではなく、生まれては消えるかもしれない「痕跡」を一つでも多く描き残したいのでしょう。今は「赤」と勝負の画家の姿です。いつかはこのモザイクに円も形も登場するのでしょう。
 会場にはドローイング集もあります。若い人には好まれると思う。ウサギのシリーズがお気に入りでした。
 こういう作家は、流れを不定期的に見つめていくと、もっと楽しめると思う。



 長い会期なのに、残りはたったの2週間。長い会期は必ず遅く行くという悪い性癖、ようやく昨日の訪問です。
 ですが、2週間の展覧会と思えば、遅い紹介でも早い紹介と言えなくもありません。見て損のない企画展です、是非是非・・・。
 (残り3人、会期内に会場風景だけでも載せたいと思っています。)

by sakaidoori | 2010-02-27 11:44 | (カフェ)アトリエムラ | Comments(0)
2010年 02月 26日

1210) 時計台 「札幌大谷大学短期大学部美術科・展」 2月22日(月)~2月27日(土)

○ 札幌大谷大学短期大学部美術科・展
   
 会場:札幌時計台ギャラリー・3階全室。
    中央区北1西3・札幌時計台文化会館
    (東西の中通りの北側にあるビル)
    電話(011)241ー1831

 会期:2010年2月22日(月)~2月27日(土)
 時間:10:00~18:00 
     (最終日は、~17:00まで)

ーーーーーーーーーーーーーーーー(2・10)

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 名称は短大ですが、実質は4年制大学の各学年が参加した、年度末の発表展です。
 美術科1年・1名、美術科2年・11名、美術専攻1年・10名、美術専攻2年・7名、合計29名の油彩とアクリルによる平面画ばかりです。

 気になった作品からバンバン載せていきます。


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     ↑:美術専攻2年・川嶋みゆき、「みえないチカラ」・油彩 パネル 石膏 S120。

 「目」の部分が真っ先にこちらの目に飛んできて、可愛い顔に見える。ところが、視野を広げていくと、顔と思った部分はクジラの一部分に過ぎないのに気が付く。「オッ、何て大きくて迫力があって、優しいクジラなのだろう」と、思わず感じいってしまった。下あご?の縦縞の白い部分、海を泳いでいるのが見えるようだ。
 他にも小品が20点も展示してある。意欲満点の人だ。


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     ↑:美術専攻1年・佐藤綾香。大きい作品が、「BESIDES WORLDS」・油彩」パネル F150。中品が、「INSIDE BLACK」・同 S50。

 先日の道展U21展」で最高賞を確保した学生です。右側の小さめの作品がそれです。
 円い顔や潤んだ目、赤ちゃん的かわいさを残していて、非常に記憶に残りやすい。
 こうして、しっかりと大作も描いている。キャラクター的風貌とは違って、頼もしいものです。


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     ↑:美術専攻1年・石川裕己、「反復する思考」・油彩 アクリル絵具 パネル 212×212㎜。

 森弘志さんの人形の胸に文字を書いた作品を連想してしまった。非常に衝撃的作品であった。一つの実験シリーズなのだろう。作品の見せ方、画中の文字の挿入、沈鬱な物語展開、夢心地で見たのを思い出す。一昨年の近代美術館に於ける5人展だった。
 もしかしたら、石川さんもそれに触発して描いたのかもしれない。悪いことではない。
 学生自身の若さからくる華やかさと、「反復する思考」が重ならないみたい。


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     ↑:美術科2年・菊池さくら、「Beaming」・アクリル絵具 変形パネル 水性ペン 250×300㎝。

 「ビーミング=輝く」、元気一杯です。もっともっと輝いてもいいと思う。枠にこだわらない作品もいいものです。


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     ↑:美術科2年・山形牧子。上から、「for breath」・油彩 パネル F100、「同」、同 S100。

 会場でお話をした学生です。上の作品を見てもわかるように、キリンとその模様が好きな女性です。膨らみのある「まーるい物」や「ちょっと不思議な想像上の生き物」にも関心があるのでしょう。
 「不思議な生き物」にトライするには大人しさと収まり過ぎを感じる。床があって、真ん中に生き物があって、それを背景が取り巻いている。これでは不思議さが伝わらない。それと、塗りなど上手に描くことができる人なのだが、「良い絵」の探求が不足気味だ。こういう絵は「描きたい」ことよりも、「描かれた絵」が自動運動を起こすぐらいの入れ込みが必要だと思う。
 お話していると、物怖じしない素直な意欲を感じる。そういうのが絵に現れたらと思った。
 絵と同じ色の服を着ていた。もっともっと赤茶けた、踊り合う変な世界になったらと思った。


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     ↑:美術科2年・丹野真莉枝、「無より」・油彩 パネル 182×92㎝ 2枚組。

 会場でお話した学生です。
 「絵画から感情が生まれたら」、そんな制作動機を語っていた。非常に難しいテーマだから、この作品が成功したとか、しなかったとか言っても始まらない。無形な事にチャレンジしている姿勢が良いのです。
 顔しっかり描いている。手も大きい。そのこと自体は「無からの感情表現」としてはマイナスだと思う。なぜなら、顔や手という具体物の描き方がある種の感情を明瞭に表現しているからです。例えば、大きな手は強い意志と。でも、学生だから、ムヤムヤな朧月夜のような心象ムード的抽象画は面白くない。何かをしっかり描くこと、そこら辺を見る方は楽しんでいる。
 こういう絵を描く人は道内公募展を一つの目標にしていると思う。公募展には是非2、3作の出品を心がけて下さい。


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     ↑:美術科2年・皆川茜、「苦難」・油彩 キャンバス F100。

 吊り下げられて笑っている。こういうのを「絵画」というのでしょう。「嘘」の世界。数学的に言い換えると「絵画=嘘」です。ここにどういうリアリティーを挿入するかは画家の個性です。
 皆川茜さん、どんな女性でしょう?


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     ↑:美術科2年・河合春香、「Dear Lonelynight」・油彩 パネル S80。

 ちょっとズラした左右対称の世界。華やかに妖艶に・・・、この路線でガンガン大胆に進んで欲しいものです。ハッピー・ダブルナイトのセクシャル・レスビアン。


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     ↑:美術専攻1年・吉田紋子、「L・R」・油彩 パネル F50 2枚組。

 日本画的ムード一杯の巧みの世界。装飾性?心象性?どちらを強めていくのでしょう?


 まだまだ報告したいのですが、この辺で止めておきます。
 大谷短大の皆さん!是非是非仲間を選んで2人展、3人展とチャレンジして下さい。お金が無い・・・資料館は安い!描くエネルギーを溜め込む、発表ほど辛くも楽しくもある場はないでしょう。

by sakaidoori | 2010-02-26 22:01 | 時計台 | Comments(0)
2010年 02月 24日

1209) ②資料館 「2009年度道教育大学岩見沢校 卒業展(5人の個展)」 終了・2月16日(火)~2月21日(日)

2009年度 北海道教育大学岩見沢校 芸術課程・美術コース 
     実験芸術専攻
       「空間造形研究室 卒業制作展


          【参加学生】
          三上詩織(2室) 大塚由夏(6室)  

2009年度 北海道教育大学岩見沢校 芸術課程・芸術文化コース
     芸術理論専攻
       「美術学研究室 美術学展


          【参加学生】
          小林香苗(3室) 中川彩加(4室) 高杉大介(5室)     

 会場:札幌市資料館2階・1室
    中央区大通西13丁目 
     (旧札幌控訴院。
      大通公園の西の果て)
     電話(011)251-0731

 会期:2010年2月16日(火)~2月21日(日)
 時間:9:00~19:00
     (初日のみ、13:00~)
  
ーーーーーーーーーーーーーーー(2・21)

 (1208番の①の続き。
 ①で頑張りすぎたので、簡単にします。以下、敬称は省略させて頂きます。
  「小林由夏」さんを「小林由香」と表記していました。訂正が遅くなってすいませんでした。)

◎ 大塚由夏の場合

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     ↑:大塚由夏、「始まりの記憶」・画仙紙(しわ加工) パラフィン紙のカーテン 銅管 電気マット 3010×3010×1850㎝。

 見ての通りの作品です。他の学生が暗め系の部屋が好き。「やっぱり明るく暖かくなくちゃー、人と交われないよー」と、光燦々な中に大らかな作品の提示。電気マットまでひいているので、いつまでも居れます。
 「これはどういう意味?」、などと無粋なことを聞かないで下さい。大塚由香流の「心地良い空間作り」です。目玉は折りたたみ自由で、どこでも安直に作れる。移動保育園にぴったり。
 作品を語る大塚由夏さんの目、輝いていた。ほっぺも丸く膨らんでいた。眩しい限りです。


◎ 中川彩加の場合

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     ↑:中川彩加、「柔らかな不快とともに」・電球 保存瓶 水。

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 ワイン・グラスのピラミッドから水が流れている、そんなイメージ。
 この部屋は、作家が亡霊のように此処にいないと面白くない。
 彼女は訪問者に、暗がりから黄色い声で聞くであろう、「どうですか~」と。
 聞かれた人はオウム返しのように応えるであろう、「綺麗ですね~」と。
 そこからは作家が占い師のような読心術者にならなければいけない。相手の力量を判断して、話が弾むように持っていく。インスタレーションによる現代美術の場合は、対話も大きな要素だろう。特に関係性を重視する作家にとっては。
 そんな作家にとっての、会話術の道場のような部屋だった。
 タイトルの、「柔らかな不快とともに」の意味?会話術をマスターしきっていない中川彩加さんの悩める独白みたい。


◎ 高杉良介の場合

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     ↑:高杉良介、「遺跡」・木材 コンクリート・ブロック 鉄など。

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 並んでいる小道具は親戚の家にあったものとのこと。そういう意味での「遺跡」です。その心は、民家から役目を終えた生活品を、「美術展示」したらどうなるのか?作家自身が確認したかったのでしょう。それと、鑑賞者との会話の道具にもなるし、「空間」それ自体の研究にもなるし、「空間」を切り取る自分自身の性癖も自覚できるし、そんなところでしょうか。一つの始点、高杉良介君にとっての出発展でしょう。

by sakaidoori | 2010-02-24 16:56 | 資料館 | Comments(3)
2010年 02月 24日

1208) ①資料館 「2009年度道教育大学岩見沢校 卒業展(5人の個展)」 終了・2月16日(火)~2月21日(日)

○ ・2009年度 北海道教育大学岩見沢校 芸術課程・美術コース 
     実験芸術専攻
       「空間造形研究室 卒業制作展


 【参加学生】
 三上詩織(2室) 大塚由香(6室)  

  ・2009年度 北海道教育大学岩見沢校 芸術課程・芸術文化コース
     芸術理論専攻
       「美術学研究室 美術学展


 【参加学生】
 小林由夏(3室) 中川彩加(4室) 高杉大介(5室)     

 会場:札幌市資料館2階・1室
    中央区大通西13丁目 
     (旧札幌控訴院。
      大通公園の西の果て)
     電話(011)251-0731

 会期:2010年2月16日(火)~2月21日(日)
 時間:9:00~19:00
     (初日のみ、13:00~)
  
ーーーーーーーーーーーーーーー(2・21)

 実に長たらしい展覧会名になってしまいました。
 要するに、教育大卒業生が一人一部屋を使っての展覧会です。他の卒業生が時計台ギャラリーを使って「卒展」を開いていています。時計台ギャラリーでの場は、「自己表現としての美術作品」に重きがあり、資料館ギャラリーでは、「空間を作り、そこでの鑑賞者との関係を模索する」、そんな違いがあるようです。

 それはともかくとして、一人一室での5人の発表展としてひとくくりに考えたい。意欲的だ。鑑賞者とコミュニケートを図りたいということだ。積極的で頼もしい振る舞いだ。更に更に嬉しくなってしまう。インスタレーション展示によって、1対1で関わろうという姿勢が良い。どうのこうの言って、これが発表の原点だ。
 もちろん、作品の質にはいろいろと意見・批判があったことだろう。それは当然だ。自己研鑽、仲間研鑽と続いて「総括」となるのだろう。できれば2、3回と続けて、より一層の手応えをつかんでもらいたいものだ。

 (以下、敬称は省略させて頂きます。)

◎ 三上詩織の場合

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     ↑:三上詩織、「NO ANSER」・TV 鍵 銅線。

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 非常に良い作品だ。何が良いかというと、沢山の鍵をぶら下げていることだ。このチマチマした涙ぐましい努力が良い。
 それと、他の部屋の作品は、学生自身のエモーショナルな部分を不問にして、一気に鑑賞者に寄りかかろうとしている。三上詩織は自分の感性を信じて遊んでいるのが良い。「他人なんて、どうでもいいのさ。でも、アタイの作品、気になるだろう?だったら見て見て!」

 部屋は暗室状態。沢山の鍵が細い銅線でつり下げられている。いくつもあるモニターには、その鍵を使って南京錠をこじ開けている手が流れている。当然ながら、鍵と南京錠の組み合わせは悪くて、開くことはない。永劫回帰の「ノー・アンサー(答え無し)」、自作自演のイライラムードが「ガチャガチャ」という音響を伴って流れている。照明に写る鍵の影もセールス・ポイントだろう。
 「答え無し」、それは青年の閉塞状況を写しているとは思う。メッセージ性の強い社会派作品とも言える。間違いなく、そういう主張もある。あるのだが、南京錠をこじ開けているのを楽しむかのようなナルシズムも感じる。手が楽しんでいる、鍵を楽しんでいる。そこんところが古風な様式に今を感じる。


◎ 小林早苗の場合

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     ↑:小林香苗、「How Should I Live In This World?」・竹 洗濯道具 白布。


 How Should I Live In This World?「どう生きたらいいんだろう、この世界で?」、そんな意味だろう。

 下着のような洗濯物が干されていて、シェークスピア的な「生きるべきか死ぬべきか・・・」を連想してしまう。学生展だ、こういうタイトルに出会えるのは嬉しいことだ。
 タイトルに引っ張れらながらも、作品をのぞき込む。古い金だらいや燃えた洗濯物もあったりと、青年的なのだが少し収まりが良すぎる感じ。白布の綺麗さも手伝って、情念と場の関係が未整理な感じだ。この辺は経験不足で、今後に期待しよう。
 その辺を学生と意見交換して、そこで話が終われば簡単だったのだが、一筋縄では行かない議論になってしまった。

 学生曰く、「『どう生きるべきか?』、そういうことがメインテーマの発表ではないのです」。つまり、表現者の個人的自己主張は、言わば方便のようなもので、「作品と場」がどういう社会関係を築いたかを考察することにあるようだ。小林由香の卒論テーマの「芸術による社会変革」、その可能性を見定めることのようだ。
 良く言えば、鑑賞者と対話し相互交流を図ること。悪く言えば、鑑賞者が何を考え発言したのかを観察することだ。学生だから、こういう社会実験的アプローチはいいことだと思う。戦術・戦略的展覧会は大いに賛成だ。だが、実験するのに余りに生理的なタイトルを選んでしまった。作家が「どう生きるか」ということを悩みながら視覚芸術に転換した、そういう苦労・恥ずかしさの痕跡がなくて、何を会話しようというのだろう。「関係性」など生まれはしない。冷ややかな学者の観察眼のみだ。「良いものは良い、悪いものは悪い」と腹の底から明言して、初めて「芸術空間的創造」が可能だと思う。

 本格的に芸術を理論的に考えようとする若者に初めて出会った。僕には作品よりもそのことの方が嬉しかった。自分の見識をバンバン言語化・文章化して、理論を血肉化してもらいたい。僕はほとんど、「現代美術の知の最前線」をほとんど知らない。それを学んでいる人から、少しでも学びたいものだ。


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 (②に続く予定。)



 

by sakaidoori | 2010-02-24 14:09 | 資料館 | Comments(0)
2010年 02月 24日

1207) ミヤシタ 「藤山由香・展 『軌跡』」 2月10日(水)~2月28日(日)

○  藤山由香・展
    軌跡


 会場:ギャラリーミヤシタ
    中央区南5条西20丁目-1-38 
    (西向きの民家)  
    電話(011)562-6977

 会期:2010年2月10日(水)~2月28日(日)
 休み:月曜日(休廊日)
 時間:12:00~19:00 
     (最終日は ~17:00まで。)

ーーーーーーーーーーーーーーーーー(2・21)

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 (以下、敬称は省略させて頂きます。)

 青を基調にした世界を展開する藤山由香の個展。

 今展、ようやく絵が自由になったとつくづく思った。
 それでは今までの絵は不自由だったかというと、絵以前に藤村由香そのものが不自由だったと思う。今までの絵は、その不自由の「軌跡・足跡」だったと思っている。
 彼女の場合、不自由な絵で構わなかったのだとも言える。というのは、画家自身が心のモヤモヤというか袋小路の中で、絵を描くことによって方向を見いだそうとしているように見えた。だからといって激しい情念をぶっつけるのではない。結果として心の状態がキャンバスの上に筆跡として色として残ってしまう。そうすることで身も心も安定し、自由を勝ち得る。つまり、「何かを描く」というのではなくて、「色をキャンバスの上に載せる、筆跡を残す」だけなのだろう。「なぜ絵を描くか?」ではなくて、「絵という行為がある」という作家だろう。


 今展、晴れやかな気分が画面に反映されだした。筆跡と色とキャンバスの馴染みがスッキリしている。ようやく画材と友達になったようだ。下の作品が今展の代表作、自信作だろう。


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     ↑:ノンタイトル、油彩 キャンバス 1303×803㎜(M60)。

 今作、ピンクが見える、黄色が見える、下地の黒も角張った姿で主張している。いくつかの色の塊が絵の中で自立して見える。人の姿にも見え始める。4、5人の裸体がたたずんでいるようだ。
 作品サイズも大きくなった。春気分が大きな画面で踊り始めた。

 藤山由香は「青」が好きだ。好き以上に「青」にこだわる。おそらく「自画色」なのだろう。こだわる姿を見ていると、小柄で優しそうな風貌だが、頑固に絵に関わっているのだろう。「青」意外には寄せ付けない、私以外に絵の中での存在を認めない、そんな態度だ。他の色を使いたくても使えない不自由さの反映かもしれない。
 「青」にも友達や恋人ができたみたいだ。喜ばしいことだ。人はなかなか一人では生きて行けそうにない。

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     ↑:油彩 キャンバス 803×803㎜。


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     ↑:油彩 キャンバス 1303×803㎜(M60)。 

by sakaidoori | 2010-02-24 08:55 | ミヤシタ | Comments(0)
2010年 02月 23日

1206) 自由空間 「柿崎秀樹・展」 2月15日(月)~3月13日(土)

○ 柿崎秀樹・展 

 会 場 : 自由空間
     中央区大通東1丁目・中央バス札幌ターミナルB1
     (地下1階は食堂街。その一画の広場。)
     電話

 会 期 : 2010年2月15日(月)~3月13日(土)
 時 間 : 10:00~20:00

ーーーーーーーーーーーーーーーー(2・20)

 (以下、敬称は省略させて頂きます。)

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     ↑:「黒い冬の心象と金色のレディーメイド」

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 実に痛快な個展だ。
 自由空間は中央バス・ターミナル地下食堂街の一角にある公共空間。だが、廻りには料理の匂いもしている、夜は酔客も通ることだろう。もっとも、一昔前の繁盛の面影は影を潜めてはいることだろう。ギャラリーとしてはとても変な空間だ。

 その料理と酒の場に、男っぽい作品が並んでいる。余裕を感じる「男のバラード・展」だ。
 個別作品のタイトルに、「レディーメイド」とか、「汚物」とか、風俗写真も利用したりしているから、反芸術・反社会性というアヴァンギャルト的要素の強い世界だ。ところが、描き殴り的作品は全くなく、仕上げが実に綺麗だ。反○○性というよりも、毒素+遊び+余裕というスパイスで、自分の表現スタイルを拡げようという意欲を感じる。毒素のための遊びなのか、遊びのための毒素なのか、その辺は見る人が判断して、今後の作家の意志・意欲を見つめたらいいのだろう。

 今や場末と化した地下食堂街だ。それでも清掃は行き届いて綺麗な場所だ。柿崎秀樹は刺青師にふんして、いろんな刻印をしている。都会と芸術がランデブーしている。根っこには大いなる反逆精神が渦巻いているのだろう。

 それにしても、こういう作品にはなかなかお目にかからない。実に爽快な思いだ。


 本展はいろんな作品の組み合わせである。個別スタイルと同時に、全体の流れも楽しみたいところだ。

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     ↑:「自動書記の戯れと、ホップなコラージュ」

 今展の中で、上の作品がもっとも気になるところだ。
 中の模様は、タイトルが示すように自由書記(ドローイング)でつづった作品が原点だ。それを切り取っては重ならないように貼り合わせる。このフワフワ感は毒師・柿崎秀樹の余裕の証だ。


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by sakaidoori | 2010-02-23 22:35 | 自由空間 | Comments(0)
2010年 02月 22日

1205) 大通美術館 「札幌市立高等専門学校  修了制作展 2010」 終了・2月16日(火)~2月21日(日)

○ 札幌市立高等専門学校
    修了制作展 2010

       
f0126829_15253443.jpg 会場:大通美術館 A・B室 
    大通西5丁目11・大五ビル 
    (南進一方通行の西側。)
    電話(011)231-1071

 会期:2010年2月16日(火)~2月21日(日)
 休み:月曜日(定休日)
 時間:10:00~19:00

 【参加学生】
 12名。
 (パンフを拡大して確認してください。)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー(2・20)

 いよいよ、当校専攻科も今年の3月で閉じることになります。将来のOB展はともかくとして、「札幌市立高等専門学校」という呼称での展覧会はこれが最後です。

 学生の作品制作動機は大分違う感じです。芸術家、デザイナー、教育者・・・それぞれの目指す将来の道、制作スタンスの違いが作品に色濃く反映されていて、好みの作品に出会えたら良しとすべき展覧会です。強い自己主張展ではありません。こざっぱりとして、まとまりの良いものでした。

 という訳ですから、会場風景と気になった作品のみを載せます。


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     ↑:佐藤真名、「不気味の谷の、満開の下」・球体関節人形。

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 清潔感漂う高専展で、異様な輝きのする人形です。学生展ですから、こういう自己主張の強い作品が
一点でも無いのは寂しいものです。
 「満開の桜」と「性と死」、確かにテーマ自体はよく耳にする。
 球体人形を作る。それに化粧をほどこす。更に生地を肌に絡ませて、子道具の中でのセッティング。鮮明な主張は、人形師が一度は通る道でもある。佐藤真名流の「不気味な世界」を初めて見た。必ずや、次回もどこかで会えるであろう。


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     ↑:川名宏和、「QUOTATION」・リノベーション家電による空間演出。

 ほとんど、情念の自己主張とは関係ありません。いかにも高専で学んだ学生らしい作品です。商品と生活と社会を結ぶ、その結ばれ方の一つの主張です。
 身の回りの、直ぐに廃棄される大量生産の日常品。確かに機能性は終えたが、その意匠やデザインは残っている。そこに川名君は着目し、大胆に日常生活の空間作りに利用してはと主張する。その試みの一つが、今作品だ。
 確かに僕たちは機能の終えた「物」を再利用している。いわゆる、「エコ」なのだろう。川名君の主張もこの環境問題の一つのアプローチであり、その主張自体には新しさはないだろう。
 僕が感心したのは、「廃材を使って日常に芸術をしようよ!それも、大きく大きく他人に自慢しようよ。僕の作品はたいしたことは無いかもしれないが、皆な皆な無駄なことをして遊ぼうよ」、そんな簡単な事を自作で演出したことだ。そして、そんなシンプルな主張を、わざわざ難しい横文字やタイトル名で説明している姿にも微笑ましい。僕には余りにも遠回りで無駄な演出に思えるが、こういうカッコ良さも若い時には大事なのだろう。


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     ↑:松生真実・「『SOUZOU』が生まれる場所」。

 「SOUZOU」は「想像」と「創造」のかけことば。太い「創造・想像」というよりも、身近な所での小さな喜びに結ばれるような、そんな夢見心地の「SOUZOU」です。
 机のこぢんまり感は制作重視のレイアウトですが、どこか壊れそうで物憂げです。
 絵本も作品の一部です。

by sakaidoori | 2010-02-22 16:48 | 大通美術館 | Comments(0)
2010年 02月 19日

1204) たぴお 「MOVE 3(写真展)  パート1」 2月15日(月)~2月20日(土)

○ MOVE 3 (写真展)

 会場:ギャラリーたぴお
    中央区北2条西2丁目・道特会館1F
    (中通りの西側の郵便局のあるビル。)
    電話・林(090)7050-3753

 会期:◎パート1 → 2010年2月15日(月)~2月20日(土)
     ◎パート2 → 2010年2月22日(月)~2月27日(土)
 休み:日曜日
 時間:11:00~19:00

※ オープニング・パーティー ⇒ それぞれの初日、18:00~

 【参加作家】
 ウリュウユウキ 神成邦夫 北川陽念 小林孝人 高井綾 為岡進 野呂田晋 濱田トモミ 藤川弘毅 細野祐太 山岸せいじ 山下敦子

ーーーーーーーーーーーーー(2・18)

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 12人の撮影者。ギャラリーたぴおでの初参加者もいます。初耳の方もいます。普段見慣れない組み合わせの写真展でした。ちょっとした新鮮さがあります。

 気になった作品から何人かを載せます。

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     ↑:細野祐太、「そんなにいやがるなら。 いっそのこと、きってしまおうか」

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 ありそうで、なかなか見れない大胆で怖くて不気味な作品です。
 おそらく、顔も撮ってはいるのでしょうが、顔の部分を切っての作品でしょう。もし、こういうアングルで撮っているのであれば、相当にキツイ撮影者です。

 二つの問題がくっきりと浮かび上がってくる。
 一つは、「この人達は誰なのか?明日も本当に生きてどこかにいるのか?そして、首を切り顔を見せない撮影者とは誰なのか?」、という「被写体ー撮影者ー鑑賞者」の人間臭い問題です。
 一つは、「作品を切ることでも自立する写真表現」という問題です。「芸術と様式」あるいは、「様式という枠と、表現者の意志」とでも言ったらいいかもしれない。
 被写体がもう少し気楽なものならば、後者の問題を深く考えてみたいところです。ところが、被写体の凄みと、様式へのチャレンジが重なりあって、異様なリアル感がある。
 撮影者は20代前半の若者とのこと。「細野祐太」、覚えて損のない名前だ。


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     ↑:山岸せいじ、「hitobito」。

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 細野祐太が「首の切り取り魔」だとしたら、山岸せいじは普通にファージーに全身像を切り取る。デザインのようにして、人の生理を脱ぎ捨てたような切り取りだ。ところが、それでも引っ付いて離れていかない「人々」の生理、これが山岸風なのだろう。ユーモアという仮面をかぶって画面を覆っている。
 都会人のあわただしき雑踏を、一人山岸せいじは愉しんでいる。


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     ↑:中央の小品・4点がウリュウユウキ、「focus」。

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 被写体は都会風景だが、オシャレな展示では負けてはいないのがウリュウユウキだ。ちょっとヒップ・アップの三角型の展示だ。上から目に優しく見てもらおう、あるいは腰をかがめて心地よい動きを強制しているのだろう。

 たったの4点だが、いろいろと趣向を変えての作品群。
 雨に濡れる傘のウリュウ・ロマンティシズム。交差点内の模様をユーモラスに。
 何と言っても今回は横断歩道が良い。ビシッと画面中央にラインが伸びている。図太い。「旅の足跡」ではない、「俺の歩む道」だ。
 キャプションの自己説明も、いつものさすらい人的弱さが無い。


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     ↑:野呂田晋、「a look」。

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 写真歴はこの数年と浅い。浅いがデザイン感性が良いから、早くも一つの美学を提示できる。
 細かく細かくコンパクトに押し込めて、「人」を楽しんでいる。男は自画像?ナルシズム的に「顔」を楽しんでいる。「野呂田晋」、この名前も覚えておかないと。


 (続けて、あと2、3人載せます。少し休みます。)


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     ↑:藤川弘毅

 こちらは、美女を切り取り、取り込む藤川弘毅。美女には気取ったスタイルがよく似合う。

 君がワインなら、僕は日本酒
 赤と白、グラスとおちょこがもたれ合う
 セピアの枠は更けて、妄想が過ぎていく
 鋭き眼(まなこ)、
 唇がワイン色に染まる・・・男の血 
 飲み込まれる、飲み込まれたい・・・


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     ↑:為岡進、「モヨロの夜祭り。毎年10月1日~11月8日 網走湖呼人浦キャンプ場白羽川河口」(5点組)

 網走のモヨロ貝塚はオホーツク文化遺跡として有名だ。
 流氷に乗って、はるか北方から来たというオホーツク文化人、忽然と消えた文化としても知られる。彼等は海洋民族と呼ばれるように、海の恵みを謳歌していたという。もちろん、アイヌ同様に川のサケも山の熊も大事な恵みであったろう。
 その姿は誰も知る由はない。現在のサハリンに住む少数民族の知見も取り入れて、観光のために空想の「夜祭り」を開いているのだろう。そこには多くの「虚構」もあるだろうが、それはそれ。古代に夢飛ぶ儀式にもなるだろう。一度、見てみたいものだ。


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     ↑:山下敦子。

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 「エビフライ」でご存じの方もいるかもしれない山下敦子。ポップ絵画に本格抽象画に写真にと、分野を問わずに発表している。
 他の撮影者が枠装などをバッチリ決めている。彼女はあり合わせの物で、力勝負での展示スタイル。
 中身も、心象風、普通のスナップ、友にモデルを頼んでの作り写真と、小さいながらもいろいろチャレンジ。無手勝流のアッケラカンさ、良い子振らないのが特徴だ。

by sakaidoori | 2010-02-19 17:49 | たぴお | Comments(2)
2010年 02月 19日

1203) カフェ・エスキス 「中嶋幸治・展 0m/s -zero meter per seconds-」 2月18日(木)~3月9日(火)

○ 中嶋幸治・展 0m/s
   -zero meter per seconds-


 会場:カフェ エスキス
    中央区北1条西23丁目1-1
      メゾンドブーケ円山1F
    (南東角地)
    電話(011)615-2334

 期間:2010年2月18日(木)~3月9日(火)
 休み:水曜日(定休日)
 時間:12:00~24:00
    (日・祝日は、~21:00まで)

ーーーーーーーーーーーーーーーー(2・19)

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     ↑:「過剰封緘」・紙 蝋 青銅 アクリル材 ビス 木材 石膏 膠 2010年。

 オープン初日に拝見。驚いたことに、ほぼ満席の繁盛振りです。見知ったお顔も多く、そういう人達との話も弾むは、作品は気になるは、気になっても店ということで魅入ることはできないは・・・、そして飛蚊症が高じて、白く小さい物がよく見えないはと、楽しい時間を持てたのですが、鑑賞ということでは恥ずかしい結果です。もう一度見に行って、頭を整理して報告したいと思います。

 とは言っても何も書かないでは作家にも読者の方にも失礼です。簡単に印象をメモしておきます。

 今展の作家は饒舌です。展覧会に寄せる言葉、「手紙」にこだわっている理由も詳しい。それらの言葉には嘘はないでしょう。
 親しい人から、実のある手紙を頂いた。この喫茶店エス・キスで、その返事を書きはしたが、送ることなく文章だけが増えていった・・・、それらのことが大きなキッカケとなって「封緘(ふうかん)」を作るようになったと。
 この言葉は作品の説明ですが、今展を一つの劇場に化するプロローグのような役目を果たしています。この喫茶店で、早く返事を書かなくては、気はせくのですがなかなか言葉が出ない、書きはしたが送ることができない、そんな一人の男がテーブルに釘付けになる姿が連想される。それは、映画の一シーンのような光景でもあり、場所は違っても誰でもが身に覚えのあることかもしれない。

 展示はまれに見る美しさです。昨年のテンポラリー個展で見ることのできた「封緘」がプラスチックの容器の中に閉じこもっている。だが、同じ封緘だが、かなり様子が違う。焼かれたり、蝋を塗られたりと、「過剰な精神」が込められています。(残念なことに、全封緘を見られなかったし、見た作品も視力の都合上、妖しげな見方しかできなかった。)最大の違いは、これらの封緘は手に取ることも出来ないし、ましてや風に乗って運ばれるなどありはしない。まさしく、送ることを拒否した封筒達であり、そのなれの果てです。
 しかし、この展示レイアウトを見るだけでも作家の非凡さがうかがわれる。容器の影は透視画法のように青壁に映り、作品そのものが標本化石になってしまった。

 棚の上には、白い封筒が大仰に膨らんで何列にも積まれています。ご祝儀袋のような無垢な白さであり、ぞんざいな積み上げ振りです。
 そして天井には、赤い「封緘」がたった一つ吊されている。風が無くても、切り離せば落ちていく。作家は吊すことが好きな青年です。どんな浮遊感覚の持ち主でしょうか?


 喫茶店、ホテルのロビーのような劇場空間かもしれない。マスターはホテル・マンです。「喫茶」という利便性を方便にして、いろんな人が訪れる。一人一人が物語を抱えているのです。「中嶋・封緘」はその物語を代弁しようとしているのでしょうか?


 中嶋幸治展。今展に限らず多くの人に見てもらい、あれやこれやと話題になればと思っています。


 (簡単なメモのつもりが、作品を離れて長い雑感になってしまいました。間違いなくもう一度見に行きます。もう少し写真紹介をするかもしれません。ただ、アクリル版が照明をまともに受けて、写真には難しい。
 会場で作品・「風の鱗うろこ(封緘)」が販売されていました。買ったので、そのうちに写真紹介します。)


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by sakaidoori | 2010-02-19 14:54 | (カフェ)エスキス | Comments(0)