栄通記

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2009年 01月 31日

878) さいとう 「多摩美術大学版画OB展 2009」 1月27日(火)~2月1日(日)

f0126829_23151449.jpg○ 多摩美術大学版画OB展 2009

 会場:さいとうギャラリー
     中央区南1西3 ラ・ガレリア5階
     (北東角地)
     電話(011)222-3698
 会期:2009年1月27日(火)~2月1日(日)
 時間:10:30~18:30
     (最終日は、~16:30まで)

※ 開催パーティー:1月27日(火) 16:30~18:30

 【出品予定作家】
 (DMで確認して下さい。)

ーーーーーーーーーーーーーーー(1・11)

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 今年で10回目以上にはなる展覧会だと思います。いつも楽しみにしています。

 今年の特徴は作品が小振りです。販売用の統一した小型の大きさの作品がありません。メルヘン過多とは言えないのですが、物語性の強い作品が多くなっているみたいです。若い女性が多いからかもしれません。
 静かな落ち着いた展覧会とも言えるでしょう。

 僕自身は日頃見られない本州の若手版画家達の技術や感性や感覚、最近のの傾向などを知る楽しみにしているので、もう少し大きめの作品を期待していた。そういう意味では少し寂しかった。
 それと、定番の人というわけではないのですが、お気に入りの作家も見つけたのに不参加なのがこれまた残念なことだ。OB生は年々増えるわけですから、メンバーの入れ替えなども必要なことですし仕方が無いですね。


 さて、個別作品を何点か紹介します。

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     ↑:友野直美、「梅図」・68×53cm 木版画 2009年。
 花鳥風月的な絵です。日本画的な画題ですが、古典的美を追求してばかりの作品ではないでしょう。友野・版画は茫洋とした輪郭でどこか捉えどころの無さがあります。
 僕にとっての彼の魅力は明快です。ふんわりとした膨らみのある造形感覚です。ふんわりしているから、イメージとか空気感を現しているとも見れますが、確かにそれも付随しているのですがメインではないと思う。中が空洞になっていて、その空洞を包み込んだ存在感、絵画的リアリティーに魅力を感じるのです。

 今展の作品も中央の白味の強い部分が画面からやや浮き出ていて、何となく無意味と思えるほどに円い空間を作っているのです。絵全体も空気の厚みを持たせたいのでしょう。

 だが、彼は余りにも寡作家だ。まだ一度もまとまって作品を見たことが無い。是非そういう機会をお願いしたい。


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     ↑:熊崎阿樹子、「櫁-4」 2008年。
 黒を追求している人です。黒それ自体の深みの世界と、白との対比で立ち現れてくる動きの世界。一度見れば記憶に残る印象的な画風です。
 巴模様の太い部分は輪郭線はスッキリしていて、適当に茫洋とした部分がある。この黒、「生き物」としても見ることができる。心の動き、空気の気配、闇夜を徘徊する塊。造形それ自体として発展していくのか、作者自身の見る目(感性)の深まりとして変貌していくのか?5年単位での変化が気になる作家です。


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 ↑:川田竜輔、「コタツに乗ってー1・2」・103×72.8cm 木による平板 2009年。
 コタツを愛する好青年、川田・ワールドです。
 今回はうねうね感を追求しています。細さを感じた。穏やかな心境での作品では。乗っている生き物はコタツの精で自画像でしょう。ヒョウキンです。


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     ↑:ネモトサトコ、「a hundful of seeds」・リトグラフ 2008年。
 大きな作品です。人の顔を伸びやかかにダブらして表現している。このダブり、心の矛盾の現われではなさそうだ。感情の仄かな綾、静かな落ち着きや喜びのようにも見える。首を傾げて唄っている様にも見える。
 顔だけの作品だが、全体像は裸体として想像してしまう。女性的な裸体美に向かうかもしれない。


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     ↑:南敦子、「種・樹木・人」・70×90cm 木版リトグラフ 2008年。
 メルヘン的な印象を受けるのですが、山並ラインの大らかさや個別の画題の配置が僕には好ましい印象を残す。何故だろう?ゴチャゴチャしていないアッケラカンさが良いのだろう。無造作に見える配置が見慣れない感覚を与えるのだろう。


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     ↑:林朝子、左から「嬰治の部屋」・77.5×59.5cm エッチング 2008年、「花のいたづら」・43×55cm 2009年。
 このグループ展にしては珍しくサイケでエロチックな作品です。非常に漫画的というか大衆的なストレートさが目を惹く。大正ロマンあるいは江戸時代好みの趣味性があります。


 もう少し書きたいのですが他の記事が書けなくなりそうです。余裕ができたら②へ追加ということにします。

by sakaidoori | 2009-01-31 23:55 | さいとう | Comments(2)
2009年 01月 31日

877) 大通美術館 「楢原武正・展」 1月27日(火)~2月1日(日)

○ 楢原武正・展

 会場:大通美術館 
    大通西5丁目11・大五ビル (東向き)
    電話(011)231-1071
 会期:2009年1月27日(火)~2月1日(日)
 時間:10:00~19:00
    (最終日は ~16:00まで)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー(1・31)

 会場の奥深くの広々とした空間を利用したインスタレーションです。光を全く当てること無く、洞窟の奥を覗き込む形での鑑賞になります。
 洞窟、まさにそこに林立する千仏羅漢像を見る思いです。

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     (↑:少しボケていますが全体像です。)
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 例年のようにエネルギッシュな展覧会です。いわゆる楢原パワーです。ですが、良し悪しあるいは好みを別にして、エネルギーの方向や深度はかなり異なっています。

 例えば、以前には御柱のような立体に釘をびっしり打ち込んで、それを野ざらしにすることによって錆色を作品に付着していた。まるで修行僧が岩をノミで穿つ一心不乱な執念の塊でもあった。野に晒す事によって、屈折した時間が作品に乗り移っていた。求心的作品群であった。

 今展の一つ一つの柱は芸術家が永年の修練で培った感覚での仕上がり具合であって、個別の作品にエネルギーを感じることはない。それらを沢山作り水平的に拡大することによって開かれたエネルギーを僕らは感じることができる。拡散型作品群ということだ。
 だが、壁に飾られた作品群を見ても分かるように、今回の楢原武正は「黒」に拘っている。立体作品を作る拘りが、絵としての黒色を出すことに拘っている。

 「大地/開墾」が氏の永久のテーマだ。
 ということは、黒とは大地を意味しているのだろう。だが、現実の大地は単一な黒色ばかりとは言えない。大地が黒色とはあくまでも日常会話における比喩的な言葉だ。僕は「黒」という言葉に白き雪に覆われた世界で、雪を払いのけて出てくる色を「黒」としてとらえ、その事が「開墾」という意味ではないかと思う。つまり、会場にはその痕跡が全く無いのだが、雪の白があたりを覆っているのだ。
 そして、いままでは「開墾」における労働に重点があって、エネルギーは集中的であった。氏自身の老齢化にともない、開墾の過程の労働から、結果として表に表れた大地の色を慈しむというのが今展の心境なのではないだろうか。だから、絵としての「黒」に拘り、絵肌感は楢原・自然観と一体化しようとしているのだろう。


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 畳の大きさまではないのですが、かなりの大きさの「絵画」が縦長に展示されています。色としての黒もそうですが、いろいろと細かく装飾されていて、それらの模様も目に優しかった。

by sakaidoori | 2009-01-31 22:51 | 大通美術館 | Comments(0)
2009年 01月 30日

876) 再スタート&「しらせ」

 長くの休みでした。実家から更新しようと思っていたのですが、いろいろな理由で無理でした。旅行記はともかくとして、ゆっくりと始めようと思います。

 何から書きはじめようかと思っていたら、昨日の道新夕刊に引退した砕氷艦「しらせ」の記事がありました。実は、舞鶴の港で「しらせ」を見たのです。何かの縁ですからその船の写真から始めようと思います。

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 この船、てっきり引退した「しらせ」だと思っていたのですが、新聞の「しらせ」の船番は「5002」になっていて、調べてみました。実は昨年完成したばかりの新造船で、2代目「しらせ」だったのです。来シーズンから本格的に運用されるようです。今冬の南極隊員や物資の運搬はオーストラリアの民間船を利用しているとのことです。


 二つの「しらせ」の概容を載せます。

      新南極観測船(砕氷艦)2代目「しらせ」      南極観測船(砕氷艦)引退「しらせ」
○寸法    138m x 28m x 15.9m x 9.2m   134m x 同左
       (長さ x 幅 x 深さ x 喫水)
○基準排水量  約12,500トン        約11,500トン
○砕氷能力  厚さ1.5mの平坦な氷を3ノットの速力で連続砕氷可能 同左
○巡航速力    15ノット             同左
○最大速力    19.5ノット          19ノット       
○出力       30,000馬力          同左
○物資輸送量    1,100トン          1,000トン
○搭載ヘリコプター  3機             同左
○定員  本艦175名、観測隊員80名    本艦170名、観測隊員60名
○竣工年    平成21年(2009年)予定    昭和57年(1982 年)


 新「しらせ」は長さが4mだけ長い。ほんの少しだけ大型化したようです。ですが、最新の設備ですから、見た目の大きさ以上に性能は随分と高まっているのでしょう。
 初代「しらせ」は見たことはないのですが、船首のラインが随分と違うようです。丸くなっている。

 ところで、なぜこの船が舞鶴の港にいるかということです。
 実は「しらせ」の所属が海上自衛隊だからです。民間船ではなくて、軍艦なのです。観測隊員は別にして、艦の乗組員は自衛官として訓練されている人達です。「しらせ」の回りには軍艦がうようよいた。自衛艦の中心をなす護衛艦(「すずなみ」)などは国道沿いの岸壁に停泊していて、僕は国道の横断歩道橋からバチバチと写真を撮ってきた。舞鶴港は昔も今もしっかりした軍港なのです。
 土日祝日は艦船の見学が出来るとのことです。それを知っていれば今回の旅の行程に組み入れていたのに残念なことをした。次回は是が非でも乗船したいものだ。もっとも、護衛艦ではなくて掃海艇ぐらいにしか乗れないかもかもしれない。どんな船でも構わないから、現役の軍艦に乗りたいものだ。


 初代「しらせ」を海上自衛隊のH.P.から掲載します。

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by sakaidoori | 2009-01-30 10:37 | ◎ 旅・飛行機・船 | Comments(0)
2009年 01月 16日

875) 留守のお知らせ

 長らくブログが休止状態で、やっと書きはじめたのですが、またまた休みのお知らせです。
 2週間ほど留守にします。船に乗って関西、北九州という行程です。一応帰省ということになります。今回はパソコンを持っていくので、実家から書き込みをするかもしれません。個人的な記録ですが、帰省行程でも載せようと思います。

 以下、帰宅後に書く予定の展覧会です。

 ・ミヤシタ・ギャラリーの藤田真理・個展。
 ・テンポラリーの佐々木・チQ2人展。
 ・CAI02の富樫・個展。
 ・市民ギャラリーの教職員展。
 ・法邑でのSAG展の続き。
    ・・・・他。

 コメントの返事等は遅くなります。

 帰ってきたら会いましょう。再び愛読していただければ嬉しいです。

by sakaidoori | 2009-01-16 14:16 | Comments(0)
2009年 01月 16日

874)アートスペース201 「第18回書と絵の五人展 ー川本ヤスヒロの場合」・終了 1月8日~1月13日(火)

○ 第18回 書と絵の五人展
       (川本ヤスヒロ のみ掲載)  

 会場:アートスペース201 E室(5階)
    中央区南2条西1丁目7-8 山口中央ビル
    (北向き)
    電話(011)251-1418
 会期:2009年1月8日(木)~1月13日(火)
 時間:11:00~18:00
    (最終日は、~17:00まで)

 【参加作家】
 佐藤辰舟(書ー併設個展) 川本ヤスヒロ(油彩画) 保原旦舟(書) 松竹谷智(水彩画) 堤艽野(書) 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー(1・13)

 北海高校関係の仲間による五人展です。書、水彩画、油彩画と実力のある堅実な作品を年初から見ることができます。

 昨年は個展をされていた書家を載せましたが、今年は油彩画の川本ヤスヒロ氏のみの掲載です。
 小品ばかりの4点の出品でしたが、なかなか考えされられてしまいました。

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     ↑:①、「2008 12 10」・油 F6号 08年。

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     ↑:②、「生と死」・油 F20号 08年。

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     ↑:③、「生と死」・油 F20号 08年。

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     ↑:④、「生と死」・油 F20号 08年。


 川本さんは画題にロクロを多用しています。テーマは「生と死」です。挽歌ー亡くなられた愛おしい女性を悼む絵画を見たことがあります。奥さんと思いましたが、作家に直接伺ったわけではないので断定することは出来ません。
 その頃の絵は少し美的過ぎると思っていました。故人に対する美化はどうしようもないので、今後どういう風になるのかなという関心が強かった。と同時に、ロクロを多用しているのですが、僕は日本人の描くロクロにはあまり興味がわかないので、川本ロクロもそれ程好きではなかった。西洋人のロクロは「死」に対するリアリティーが強い。だから魅力的だ。日本人のロクロは甘い。だから興味がわかない。生活の中で本当のロクロを目にする機会の差だろう。日本は火葬だから消滅してしまう。それと、異民族が日常生活にいないからだと思う。
 最近の川本ロクロは非常に大きい。「死」というリアルさではなく、「存在」しているという迫力がある。

 今展の①の絵、間違いなく自画像だ。厳しい表情だ。決意のようなものを感じる。僕はこういう自画像が好きだ。
 ④の女性像もビシッとしている。画家が画題と対峙している。
 ロクロは山川本張りのユーモアだ。
 リラックスした小品ばかりだが、背筋を伸ばして見た。

by sakaidoori | 2009-01-16 14:02 | アートスペース201 | Comments(2)
2009年 01月 15日

873) さいとう 「内海真治・展」 1月13日(火)~1月18日(日)

○ 内海真治・展

 会場:さいとうギャラリー
     中央区南1西3 ラ・ガレリア5階
     (北東角地)
     電話(011)222-3698
 会期:2009年1月13日(火)~1月18日(日)
 時間:10:30~18:30
     (最終日は、~17:00まで)

ーーーーーーーーーーーーーーー(1・13)

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 「へたうま」という言葉がある。写実的な描写力がなくて子供チックで下手な感じなのだが、捨てがたい魅力のある作品に対する褒め言葉だ。さしずめ内海・ワールドをそう呼んでも良いのかもしれない。だが困ったことに、今展の陶板画や数々の作品はそれなりの上手さが加わっていて、安定した美の世界になっている。「それなりのうまうま」である。

 今展の内海真治は非常に絵を意識している。懐古趣味的なムードをメインにして、陶板でここまで絵が描けるというところを確認しているようだ。抽象画陶板もあるが、遊びではなくて意図的だろう。どこぞで見たような顔のデフォルメもある。

 初めてお会いした時に、「青」を出したいと語っていた。ペルシャン・ブルーだ。その気持ちは今も変わらないだろう。
 一方で、具体的な画題が鮮明になりつつある。人体だ。
 確かにピノキオもどきの人物はオブジェとして作っていた。
 だが、何かの個展の折に大昔の版画を展示していたことがある。余程その画題が気に入っていると見えて、その版画のムードやメルヘン的人物が陶板画に登場するようになっってきている。今展で多く見ることができるだろう。
 同時に、薄気味悪い人形や小悪魔のような天使もオブジェとして発表するようになった。前者が日常的な癒しや美の世界だとしたら、後者は追求すればするほど奥という暗闇が広がる禁断の木の実の世界だ。それを深めるためにバランスよく絵画的な陶板画で、技法としての実験をしながら遊んでいるみたいだ

 僕は彼の薄気味悪い人形に大いなる価値を見出している。。

 今展、実にバラエティー豊富だ。並べ方もこだわりがない。見る人は好みでとチョウチョのようにあれこれと目移りするだろう。


 初めに、僕自身の好みの作品を載せます。

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 次に気持ちの良い人物画を載せます。

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 男が女を表現すれば、凡人は単なるエロスやロマンで終わってしまう。内海真治、どこまで凡人を超えて超凡人になれるのだろう。



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by sakaidoori | 2009-01-15 21:54 | さいとう | Comments(0)
2009年 01月 15日

872) 時計台 「野口裕司・個展 “may be”」 1月12日(月)~1月17日(土)

○ 野口裕司・個展
    “may be”

 会場:札幌時計台ギャラリー
    中央区北1西3・札幌時計台文化会館
    (東西の中通りの北側にあるビル)
    電話(011)241ー1831
 会期:2009年1月12日(月)~1月17日(土)
 時間:10:00~18:00 
     (最終日は、~17:00まで)

ーーーーーーーーーーーーー(1・13)

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 毎年この時期にこのビルで個展を開く野口裕司。僕は彼のことを「皮膚の人、あるいはレシーバー」として見てきた。皮膚という境界で、美しくエロチックに表現していると思う。最近は激しい作品が多い。川を向こうとこちらを隔てる境界として見た時、中国の黄河下流のように対岸が見えない川もあれば、谷間を激しく流れる姿もあろう、風光明媚な自然の移ろいを映す時もあろう。野口・川(皮)はなかなか手強い。様式を固定せずにあれこれと見せてくれる。

 今展、厚みはあるが軽いプラスチック版を屏風仕立てにして、それに絵を描いている。左右対だ。しかも、プラスチック版の裏表に描かれていて、反対側が透けて見えるから裏表で一体をなしている。全部で4面に描かれたことになる。絵が川になり、見る人も通路という川を流れながら見ていくことになる。

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     ↑:①・左側の激しい落書きとも暴力の証とも言える絵。

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     ↑:②・①の裏側には細い筆での書のようなドローイングの世界。ゴチャゴチャした隙間に線がしみ込んでいる、進入していく。

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     ↑:③・右側の屏風。裏側はにじみ(垂らしこみ)による茫洋な世界だ。表からの線によってそれらは輪郭を鮮明にさせて、妖怪のように生きる姿として立ち上がっている。それは余りにも古典的である。古典から飛び出そうとする悶えもある。古き美しくさを見るか、様式美を見るか?僕は今という可能性に挑みかけた前触れとして見た。もちろん、野口裕司に対する期待度の反映だろう。


 僕は激しく汚い屏風を背にして、絵画としの模様がうねっている屏風を中心にして見ていった。だが、僕には背中にも目があるので、黒い描き殴りのエネルギーをだんだんと強く感じてきた。まるで、ドロ池に浮かぶ蓮に座って、その美しい蓮の花を見る思いだ。激しい空気の中での静寂を堪能することが出来る。
 美しい屏風ばかりを見ていて、振り返って落書き画をあらためて真面目に見据えると、汚さの中にいろんな残像が浮かんできて、たんなる落書き線がドーンと意味ある姿で立ち現れてくる思いがした。「意味」といっても、何を表現したいかが分かったということではない。こういうことをせざるを得ない心境なんだなー、そういう時はこういうことをせねばならないのだろうなーと、一人うなずいてしまっただけだ。

 会場には詳細なパンフが用意されている。いつもより優しく丁寧な感じだ。

 「・・・、ある外国人と2人きりで食事をする機械があった。彼も私も母国語以外はそんなに話せない状態だったが、・・・。注文したパンを食べつつコミュニュケーション(は)・・・パンのトレイにのっていた紙への絵での筆談だった」。文章はそれからコミュニュケートのための言語以外の五感や皮膚的な直感という思弁的考察に入り、「今回の作品は、全て“may be...”という題名で、変形屏風によって、自と他の界面でのわかろうとする心のうごめきと、うねりをあらわしました。・・・・空間を仕切りました」。

 野口裕司の分かろうとする心の動きの視覚化が、僕らに何をもたらせたか?彼自身の個的な小さなさざなみ、それは川の始まりのあまりに小さな姿かもしれない。他人の個的なさざなみと重なって、どれほどの激しさと緩やかさで大地を流れていくことができるのだろうか?小さな流れで終わるかもしれない。長い川に成長するかもしれない。


f0126829_18445262.jpg 会場には今展のタイトルの別の表現手段として108枚のCDケースと微妙に中身をかえているというCD作品が用意されています。一枚500円。視聴も出来る。買ったのだが、我がパソコンは不具合があって物によっては再生できないのです。野口・ワールドもそうだった。

by sakaidoori | 2009-01-15 18:45 | 時計台 | Comments(2)
2009年 01月 14日

871) アートスペース201 「札幌国際情報高等学校 美術部展」・終了 1月8日(木)~1月13日(火)

○ 札幌国際情報高等学校 美術部展

 会場:アートスペース201 E室(5階)
    中央区南2条西1丁目7-8 山口中央ビル
    (北向き)
    電話(011)251-1418
 会期:2009年1月8日(木)~1月13日(火)
 時間:10:00~18:00
    
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー(1・13)

 3年続けての鑑賞です。
 一昨年は顧問の先生との会話、昨年はOGとの会話、そして今年は学生との会話がやっと実現しました。
 10号前後の中品が大半ですが、なかなか見応えがあります。昨年までは学年ごとのレベル差が大きかったのですが、今年の1年生はなかなか良い。


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 丁寧に丁寧に対象と取り組んでいます。カラフルさもあるのですが、やや抑え気味です。そのことが却って初々しい。
 自己と対象の関係を考えた時、絵に限らず表現には二つの道があると思う。自分の気持ちを抑えて対象そのものに迫る方法。対象は自己の仮の姿で、自分の気持ちや感情・思想をどれだけ出せれたか。もちろん、完全に表現者を抜きにした対象や、その逆はないでしょう。あくまでもどちらに立脚点を置いているかでしょう。

 今展の高校生の作品は、絵に取り組んで画題をしっかり見つめ表現することによって、対象の意味と自分自身を問い直そうとしているみたいです。指導の先生は日本画を修得された方です。日本画は対象の真理に迫る眼差しや、暮らしの中の可笑しさを引き出すという伝統をはぐくんだ。近代西洋絵画の自己中心的な対象無視という地点に至らずにその伝統の断絶と再生ということで現在があるのでしょう。
 それにしてもどれをとっても恥ずかしくない作品ばかりだ。絵と云うものは難しいとつくづく思う。更に上手くなるとはどういうことだろう?3年生の作品などは十分に独り立ちしている。テクニック過多と思える作品すらある。あとはどれだけオリジナルを高めるかだろう。それはこの美術部の役割を超えている。

 学生と話しばかりしてしまって、あんまり嬉しくて、写真を撮り忘れてしまいました。特に3年生は上手い。会話をした学生を中心に載せます。

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     ↑:2年・竹内綾香、「いくつかの刹那」・油彩。
 僕は顔をダブらせている絵画が大好きだ。そういう作品に久しぶりに合えた。しかも高校生とは・・・。
 三つの顔と定まらない姿、よじれた空間描写ー絵画という刹那的な停止時間に動きをもたせようというものです。と、キャプションにも説明されています。僕はそれも表現しているとは思うが、絵全体が映像的手法を利用して、学校の中での学生の心の襞、心ここに在らずという真理にも迫っていると思う。余りに上手くまとまりすぎているのが、この絵が異次元世界への窓口と働きを薄めてはいるが、それは作家の意図とは別のことかもしれない。

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     ↑:2年・川尻舞、「小さなハロウィン」・油彩。
 カラフルに楽しく描いている。
 明るくて良いのだが、もっともっとはじけるぐらいに明るくて、優しくて、可愛らしい色や姿にチャレンジしたら良いと思う。本人は明るい絵は初めてだと語っていた。そうだと思う。どこかに遠慮がある。礼儀正しくて清楚で素直な感じ。でも、明るい世界にかなりはまって描いたと思う。
 下手だって構わない、大きな紙にクレヨンやパステルやマジックや何でも使って大きく大きく描いたらいいと思う。もっとはじけて、川尻さん自身がもっともっと輝くと思う。


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     ↑:2年・田中亜紗美。左から、「水芭蕉」、「ちっちゃなキラキラ」・日本画。
 絵だけ見るとどこかに画題を見つけに行って、気に入った風景を心象を交えて描いてるように見える。キャプションには登校中の景色や身の回りの公園を描いたとのこと。
 自然を優しく見る目が伝わってくる。まーるく膨らんだ輪郭線がそう思わせるのだろう。かなり細かく描いていると思うのだが、他の学生の作品に比べたら、結構ぞんざいななところがありますと語っていた。そうかもしれないが、なかなか小さい世界まで思いやっていると思う。ぼやけた色の出し具合の技術の高さが、初々しさと重なってなかなか魅力ある作品だ。

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     ↑:1年・林満奈美、「すすめ」・油彩。
 信号や電線を描いた絵を時々目にする。余り色気の無い画題だけに、見る人の興味を惹くのは大変だ。
 登校路の信号機だろう。人はその機械に縛られて歩みを強制されている。きっとこの学生は毎日毎日この機械を見ていて、「赤」「青」で命令し命令される関係から、自分の似姿のような擬人的な何かを感じたのだろう。綺麗に優しい絵だ。見上げる目線と見下す目線が交差している。大きく立ち上がって、自分にゆっくりでも「すすめ」と鼓舞しているみたいだ。


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     ↑:1年・梅川萌、「キャンディーと少女」・油彩。
 パッチリ見開いた目が素直だ。膨らんだ頬が可愛い。キャンディーに包まれた甘い世界、絵がどうのこうのというよりも描きたいことを余りにストレートに表現しているので眩しい。この甘さに酸っぱさが加われば初恋になり、口入れたく無い時が恋の悩みかもしれない。いやいや、恋に悩んでも甘いキャンディーは空ろな幻想を生むかもしれない。
 来年はどんな甘い世界を見せてくれるのだろう?


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     ↑:3年・菅原加奈恵、「芽吹く街」・油彩。
 やはり3年生ともなると可愛い可愛いばかりでは絵は描けないようです。賑やかな花屋さんをバックに傘を持ってこちらを睨み返すような女性。女性の門立ちの不安と孤独、と同時に闊歩して進むんだという意欲、それらを花や傘や雨模様が見守っているようです。

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     ↑:3年・松尾彩香、「ensemble」・デザイン。
 なかなか意味深な作品です。取りあえずは可愛い。ですが、それらの人形を筒に入れ込んで、上から人の重みで圧力を加えて、羊が蓋をする、可愛さに棘がありそうです。
 キャプションには「いろんな国の人々が仲良くなるように・・・」、会場の学生の補足説明によると、作品にしてしまったら、むしろ人種や民族の違いに重心が行ってしまった風のことを語っていました。
 作品自体が作家の心の闇を照り返したのです。決して「作品=作家」ではない証でしょう。そのことが、どれだけ意識して作品を見直すことが出来るか、ここが作品を作る人と表現者を分かつ分岐点だと思う。

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     ↑:1年・三上智子、「そんなバナナ」・油彩。
 バナナの花言葉は「風格」とのことです。それぞれのバナナ、個性的なバナナということです。メインのバナナはどれだか分かりますか?青いバナナです。熟していないのです、どんな風になるのかと可能性を楽しんでいます。
 それにしても、ほんの少しエロチックでおすましした少女達を連想してしまいます。グラスの透明感、おしゃれなドレスです。どんな踊りをするのでしょう?背景の黒が何とも渋い!食べられないように気をつけて。


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     ↑:1年・三上夕貴、「牛」・デザイン。
 「牛」とは変なタイトルです。三上さんのニックネームは「ウシ」とのことです。自画像です。見かけの自分は紙に覆われた皮、内側の自分がその見かけの自分を中から輝かせる。直向な作品です。


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 こういうデザイン風な作品もかなりありました。


 しっかりしたキャプションが付いているのがこの美術部展の大きな特徴です。絵に対する思いを綴っています。会場では文章は面倒臭くてあまり読んではいないのですが、紹介に当たっては全部の文章に目を通しました。良い文章だと思います。
 顧問の先生の作品も今回はあります。数は少ないのですが、卒業生の作品もあります。
 もう一部屋借りて、先生やOGなども展示をすればと思います。卒業生も良い励みになると思う。
 来年もよろしく。
 

by sakaidoori | 2009-01-14 23:57 | アートスペース201 | Comments(0)
2009年 01月 14日

870) 白石区民センター 「謹賀新年 ー樋口雅山房」 2009年1月14日

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 白石区民センターに寄贈されている同区在住の樋口雅山房の書画です。

 1月5日に借りた本の返却がてらの鑑賞でした。もっと早くに載せなければならなかったのですが、本当に遅くなりました。旧正月になってしまう。
 何はともあれ、今年も掲載できて嬉しい限りです。



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 ついでに12月1日での札幌市の人口です。
 白石区は多い。

by sakaidoori | 2009-01-14 18:42 | 区民センター | Comments(0)
2009年 01月 14日

869) 時計台 「第3回 にかわえ展」 1月12日(月)~1月17日(土)

○ 第3回 にかわえ展 

 会場:札幌時計台ギャラリー
    中央区北1西3・札幌時計台文化会館
    (東西の中通りの北側にあるビル)
    電話(011)241ー1831
 会期:2009年1月12日(月)~1月17日(土)
 時間:10:00~18:00 
     (最終日は、~17:00まで)

 【参加作家】
 朝地信介 池田さやか 今橋香奈子 笠嶋咲子 熊崎みどり 駒澤千波 富樫はるか 富山真佑 内藤まゆ 野口絹代 野口裕司 百野道子 桝本士乃 丸野仁美 ミクニキョウコ 宮町舞子 村木愛 吉川聡子

ーーーーーーーーーーーーーーーー(1・13)

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 広い会場に入るなり思ったことは、「やっと展覧会らしくなったなー」という印象です。それは、今年の代表作、意欲作を発表しているということではなくて、普段、こんなことをしたい、あんなことをしたいということをきちんと後付していることです。「お仲間展」から脱皮していることです。
 このグループ展は教育大学札幌校の日本画研究室展として出発した。担当教授の定年退官にともなって、研究室は消滅した。その息吹を残すような形で若手のOBが一昨年から引き継いだのだが、研究室(教室)展のムードをそのままにして個性薄きものだった。「これでは遺憾」と、思ったのですね。グループとしての問題意識が、参加作家の意欲を高めたようだ。
 
 「グループ展」になったが、だからと言って素晴らしい作品が集まったということではない。作品の質はともかくとして、意欲薄き作品作家には会員相互が厳しい目を向けあって欲しい。

 結構楽しんだので全員を載せたいのですが、それは無理です。好みのままにいきます。


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     ↑:野口絹代、「某春」・F50。
 以前の細く暗い人物(青年)画に比べて、豊満で裕福な女性画だ。傲慢な性格が垣間見える。最近は朱系の色に独自色を深めている。それよりも、単純に上手になっている。良いことだ。
 ただ、以前の画題としての現代青年への関心が、未熟な腕も手伝って青年画家としての味わいがあったが、そこんところが薄らいでいる感じがする。


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     ↑:百野道子、「縁側に腰掛けて」・F20。
 女性を綺麗に美しく描くことが多かったが、こうして後ろ向きの子供を描いた絵を見ると嬉しくなってしまう。力強い輪郭線を得意にする作家だが、輪郭無視の絵も描く人だ。もっともっといろんなことを試みたらと、いつも願っている。


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     ↑:池田さやか、「淵」・183×93cm。
 暗き水底に沈んでいく。立つ髪の毛は沈むスピードを思い描く。僕自身はもっと妖艶な絵を、スカートから足元にかけて禁断の色合いを見たいが、果たして画家の意図はどの辺にあるのだろう。空ろな世界でのシュールな夢を画きたいのかもしれない。


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     ↑:宮町舞子、「美しい珈琲と。」・F30。
 カラフルな世界です。もっともっと美しくカラフルに、とも思うのだが、作家は静物画的な空間を色だけで埋めるのを欲しないみたいだ。


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     ↑:富樫はるか。左から、「フラッグツリー」、「夜の散歩」・ともにM20。
 小品で独自の世界を築いていく富樫はるか。「フラッグツリー」とはとてもユーモラスだ。シンプルな絵だが、白い部分はなかなか丹念に花柄が散りばめられている。
 何かしら物語が始まりそうだ。喜怒哀楽の人間の話か、不思議な世界とこちらとの行き来の日記か、暗い物語、明るい物語・・・。


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     ↑:駒澤千波、「dragonfly rabbits」・61×273cm。
 ただうさぎが並べられているだけだが、なかなか見せてくれる。うさぎの可愛さにおもねらないのが良い。もともと数珠繋ぎによる物語の好きな画家だ。その色と動物の連環が、僕たちを違う世界まで連れて行って欲しい。


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     ↑:吉川聡子、「Goth-Loli」・160×260cm。
 彼女の新作には期待値が大です。
 古風な屏風に妖しげな女の子が二人、人形遊びだ。こういう絵の前で座り込んであれやこれやと誰かと語り合いたいものだ。他人の夢物語を聞きたいものだ。絵の立ち姿の女の子かに上からにらまれたいものだ。恐さが快感になりそうだ。
 タイトル、どういう意味だろう?

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     ↑:朝地信介、「或る表現形 Ⅱ、Ⅲ」・ともにS50。
 朝地信介はいろんなことを試みている。今作も「実験画」といえるだろう。最近は画題と背景、いわゆる「地」と「図」に拘っている。それはどちらがどちらだかは分からないということと、過剰なまでの形態の肥大化や運動をキャンバスの中で試している。その姿勢はかなり以前からのものだが、細部に拘らないで、大きな視点が最近の特徴だ。
 試み作ではるが、画家のやる気満々な姿勢がキャンバスからほとばしっている感じで、好ましく見ている。今作は、海老茶の背景部分がかなり独り立ちしている。一枚の絵の中で、「字」と「図」がともに主張している。線の主張を減らして、油彩画的な画材のボリュームで厚みを持たせている。
 さしずめ抽象画と言いたいがこれはこれで表現の一里塚だろう。次回もよろしく。


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     ↑:ミクニキョウコ、「偶然の音楽」・キャンバス 顔料 岩絵具 油絵具 181.8×227・3cm。
 他の方は日本画ですが、この作品は油彩画です。画材に日本画の画材を使用しているのでしょう。
 昨年は道展では最高賞を確保しました。その絵は好きな犬を画かかない抑制が好結果をもたらせたと思う。
 今展、油彩画代表?として大作の出品だ。犬と人が視線と方向を無視して画かれている。
 彼女は堅実な画家だと思う。僕は主題の生き物は無視して、背景ばかりを見てきてしまった。平面的な世界にいろんなものが散りばめられている。しっかりと描かれている。時間が止まったかのような世界で、静と動をいかに膨らませるか。画題としての日常に拘る画家が、どれだけ絵としての非日常を実現できるか?


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     ↑:野口裕司、「DOROP」・タキロンプレート他 直径80cm。
 床の上にいかにも踏んでくださいと言わんばかりに置かれている。踏むにはもったいない、というよりもどこか痛ましい。
 イメージのような模様画、僕にはトルソに見える。壁のトルソは不思議ではないが、床のトルソはきつく迫ってくる。切られた胴体として転がっているようだ。血が死にきれなくて皮膚から浮かび上がってきている。


 
 今展では同一テーマによる制作という企画を試みています。
 テーマは「」。本当に小品です。壁に17点がゆったりと並べられ、一人野口作品だけが棚で主張しています。
 自分を落ち着かせるための小品ではなく、「見せる」小品はとても大事です。特に大作中心の方はなかなか小品が描けない。
 細やかな筆さばき、日本画ならではの小さな世界での線(輪郭線)の味わいでした。

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 ↑:左から 富樫はるか・百野道子・吉川聡子

by sakaidoori | 2009-01-14 17:00 | 時計台 | Comments(0)