栄通記

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2007年 12月 31日

452) 「石川ひと」誤字のお詫び&雑記&感謝

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 つい最近、法邑の「オペラ展」を報告しました。その中で、こともあろうに、「石川ひと」さんを「太田ひろ」と書いてしまった。ついでに「ヒロ・ワールド」とも。何とも申し訳ありませんでした。

 これは言い訳として聞いていただきたいのです。僕の頭の中では、「石川ひと」→「石川ひろ」→「太田ひろ」となってしまい、「石川ひと」→「石川セリ」とまでなり、最後は井上陽水の元女房・セリの幻の名盤・「八月の濡れた砂」にたどり着くわけです。セリのからっとしたべったとした都会的で色っぽい声を思い出すのです。友達がLPを持っていて、見開きのジャケットにはセリの上半身が縦長に載っていて、「・・・あの夏の光と影は・・・」と30数年前を思い出すわけであります。

 というわけで、石川ひと・さん、とんでもない表記すいませんでした。


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f0126829_14244548.jpg とうとう師走です。我が家のカレンダーの12月は伊藤若冲(1716-1800)です。徳川・化政時代以前にあんなに度派手で、画面一杯に大仰な作家がいるとは驚きです。カレンダーの作品は装飾性を抑えて、強烈な朱と、鶏を含めて力強さが印象的です。石の太い輪郭線!何歳の時に描いたのか、画力みなぎる若々しい絵だ。サイケでセクシャルな若冲とは違った感じなので掲載。

 それはそうと、本当に今年もあとわずかになりました。
展覧会の多くの作品写真を載せることができました。不出来や下手さ加減で多くのご批判を頂きました。誠に当の作家さんには申し訳ないと思っていますが、それなりに利用・鑑賞して頂ければ、それなりの価値はあるのでは思っています。それなりの価値があると思っている間は、当分はこのスタンスで行きたいと思っています。関係者の皆様、本当に有難うございました。

 また、多くの文章・お喋りをしてきました。一般の美術鑑賞家がどこまで文章化できるか、そこに意義はあるのか、なぜ僕は文章を書くのか、相手に失礼ではないのか等々、自問の日々が続きます。書かれた内容とは違って、その辺も感じていただければ嬉しいです。

 誤字・間違いの文章に対する僕の考えは明快です。読者の方を含めて皆さんの助言でより良いものにすれば良いと思っています。そして間違いは必ず起こるものであり、ですが、間違いを指摘されることは嬉しいことですが、やはり指摘された当人にとっては言い訳のできない恥ずかしいことです。このことは僕のブログのことを言っているのではありません。議論以前の間違いの指摘は優しくしてあげるのが本筋だと思います。ブログに社会的責任などと指摘することは論外だと思っています。私的発信でも社会性・公共性はある。しかし、責任は問わない。これが僕の立場です。責任の有る無しに関係なく、読者にとっては読むに値するか値しないか、ただそれだけです。そういう意味で、自己満足的な発信の場ですが、読まれるに値する文章が書けれれば、書きたいと思うだけです。

 来年もよろしくお願いします。

by sakaidoori | 2007-12-31 15:08 | ◎ 雑記 | Comments(2)
2007年 12月 30日

451)②大同ギャラリー 「亀井由利個展・柴崎康男個展」・油彩 終了・11月22日(木)~11月27日(火)

亀井由利の場合⇒3階

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 亀井さんは新道展の会員。大作は定期的にそこで見ることができる。それと、「たぴお」のグループ展で小品ではあるが絵画・立体作品を不定期的に出品していて、僕にとってはお馴染みであるし、気にかけている作家である。二年前にたぴお他で精力的に個展をされたのが印象的であった。

 作風はモノトーンでの裸婦。和的意匠というのか、2枚組み3枚組みで発表されることが多い。最近は顔を描くウエートが減ってきているように思える。僕は好ましく思っている。というのは、どうしても美顔になってしまい、全体の緊張が緩むのだ。今展もそうだが、顔が無い方がいろいろと連想されて楽しい。白黒の対比、体のリズム、全体でどこに誘われるのだろうかという心地良さがある。

 亀井・裸婦、それは描写としてではなく、生身の「女としての体」と「女の命」に関心のある結果であろう。自由な動きと健康美をたたえる裸婦は、「健康でありたい」という願望でもあろう。その裏返しは「死」である。死の象徴としての「祭壇」が会場にしつらえてある。朱色の小品を遺影に、自作の詩を弔辞のようにして飾っている。
 「絵画ー裸婦ー生命・美ー願望」、「インスタレーション(立体)ー祭壇ー死ー恐怖・諦念・祈り」。

 今展はあまり賑々しくなく、日々の画業を淡々と綴るという形式だ。得意の裸婦3点組みが奥の正面に展示、左側はそのシリーズの小品だ。右側奥には気分転換のような「鳥シリーズ」。カラスのようである。決してリアルではないが、裸婦で緊張を強いている分、リラックスに描いているのだろう。顔も描いて精神の平衡を保っているのだろう。僕はこの大きな足をした、チョッとヘタッピな鳥に何とともいえない愛着を感じている。何篇かの自作の詩も随所に展示されている。
 白黒の会場に、2点だけ朱色の作品があった。朱以外何も無い。まぶしかった。作家の激しさ、情念を思った。

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by sakaidoori | 2007-12-30 11:44 |    (大同) | Comments(0)
2007年 12月 30日

444)年末の挨拶

 だんだん師走も近づいてきて、慌しくなりました。寒さも本格的な昨日今日です。

 展覧会感想を書かせていただくという流れで、多くの作品の写真を撮りました。かなりの記が頭の中だけです。同時に、かなりの記憶がうに状態になってしまい、沈殿したり消えていったりしています。いつまでも引きずっていたのでは精神衛生上良くありません。年末年始は展覧会も少なく、精力的に書き続けようと思います。と同時に、来年の成人式あたりで、今年の感想記は打ち止めにしたいと思っています。個展、グループ展と次の機会に譲ることにします。もし、「栄通記」をお読みの関係者さんが居られましたら、そういうことですのでお許し下さい。

 楽しい楽しいお正月が目の前です。お体に気をつけて、日々をお過ごし下さい。

by sakaidoori | 2007-12-30 01:12 | ★ 挨拶・リンク | Comments(0)
2007年 12月 29日

450)①大同ギャラリー 「亀井由利個展・柴崎康男個展」・油彩 終了・11月22日(木)~11月27日(火)

○ 亀井由利個展・柴崎康男個展  
    
 会場:大同ギャラリー
    北3西3 大同生命ビル3F4F・南西角地 駅前通東側
    電話(011)241-8223
 会期:2007年11月22日(木)~11月27日(火)
 時間:10:00~18:00 (最終日17:00)


柴崎康男の場合⇒4階

 この展覧会はあくまでも3階、と4階に別れた別々の個展です。展示として二人の作家が肩を並べるということが無い、良い意味で方便として、相乗効果を高める為の合同展という形式を取られたのでしょう。二人の友情の産物でもあるのでしょう。

 ということで、まずは柴崎さんの作品の写真掲載。(11・27)

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 ↑:個別のタイトル・メモが不備でした。ランダムにメモしますので想像してください。「赤い船のある風景」、「船溜まり」、「北の空(遥か国後)」。

 個展を見る前に柴崎さんの印象を「栄通の案内板」に書いた。以下、その文章。

「 柴崎さん。泊り地の群れたサンマ船が印象的な作家です。黒い帆柱が幾本も林立し、サンマの魚群に立ち向かう男達の心意気が伝わってきます。サンマ船の絵が際立つ分だけ、様式のパターン化の危険性を孕んでいます。
 ところで、サンマは道東・釧路港が道内では大半の母港ではないでしょうか。柴崎さんは釧路に縁のある人なのでしょうか?たまたま、画題としてのサンマ船なのでしょうか?」

ーーーーーーー

 やはり個展を見るのは楽しい。
 公募展の1作がその年の精魂を込めた作品で、成功しても失敗しても作家の今を問う力作と言えるだろう。
 一方、個展はある程度の量の作品を提示するわけだから、会場全体を貫く作家の意思に接することができる。普段見れない作品にも触れることができて、意外な発見、楽しみの時間になる。

 今展は50号程の中作が三点だけで残りは風景画の小品。
 上掲の中作・三点、それらは新道展で見慣れていた釧路のサンマ船団と同じモチーフ。しかし、本邦初公開だ。大きな大作を期待していたが、搬入の都合で中作の古い作品の選択。そんな消極的理由でなく、過去の自分を公開の場でチェックしたかったのだろう。公募展とは違って小振りな分、凝縮した感じ。見慣れたサンマ船の黒い縦線は共通だが、色がある、光がある、構図など何やかやとチャレンジ精神がこちらに伝わってくる。この作品は旧作ではある。失礼な言い方だが、最近の見慣れたサンマ船団の作品よりも華やかで、いろんな可能性を想像できて楽しめた。


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 ↑:同じような3連作の2点。

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↑:小品。左から「大黒島(室蘭)」、「地球岬(室蘭)」。

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↑:小品。左から「赤い山」、「イワオヌプリ」。

 実は、今個展は沢山の小品を見せることが主眼だったのだ。柴崎さんは長く二科会を発表の場にしている。普通の風景では勝負にならないとの認識でサンマ船団に繋がる試行錯誤の画歴の持ち主なのだ。
 確かに普通の「風景画」かもしれない。だが、油彩らしくて色が重なり、筆致が踊り、作家の情念のほとばしりを見れて実に気持ちが良い。何のてらいも無く、ガッチリと「風景」を書いている。作家ご本人も大作しか公表しないので、普段の自分の姿を見せたくて、見たくての個展だったのだろう。

・1952年 室蘭生まれ
・1984年 二科展入選以後連続
・1993年 二科展会友推挙
・2007年 新道展会友推挙(新道展出品は近年のこと)
  現在、室蘭勤務、伊達市在住

by sakaidoori | 2007-12-29 18:48 |    (大同) | Comments(0)
2007年 12月 29日

449) ③法邑 「オペラ・展 Vol.2」・複合展 終了・10月31日(水)~11月11日(日)

友岡幸代、「じかんのとなり」。
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 上の写真が今展の全作品だ。全て横長で、上の方から、左に進行しながら見るわけだ。もっとも、順番としては反対側から見る人もいることだし、どちらが作家の意図を反映したものかは分からない。

 昨年彼女の作品を初めて見た。その時のことを日記に書いていたので再掲。
「 風景の写真が気に入りました。タイトルは『境(かい)』。石狩川の川岸だそうです。そこを通るとなぜかしらシャッターを押すのだそうです。数多く摂った中から時期を違えた2枚をダブらせて出来た作品。
 ワーク・ブックもあったので他の作品もかなり見ることができました。強い視点であまり枠に捉われないでいろいろ撮っています。意欲、積極性に好感の持てる作家です」

 やはり、その時のワーク・ブックが気になっていた。被写体がランダムなのだ。今回はそういう友岡さんの引き出しの中から、どういう傾向の写真を展示するのか確認したかった。
 見た瞬間に、そのランダムさを展示構成という手法で一まとめにしているのに驚いた。個人的に好きな作品はあるのだが、今展は全体の作家の意思を掴み取らねば話にならない。ヒントはタイトルの「じかんのとなり」、時間軸との関係で作品が存在し、時間とは異質な何かを表現しようとしたもの、ということになるだろう。
 連続した展示を見る時、人は何がしかの感情移入が働いてまとまった物語として作家に誘導される。それが、少し臭いラブ・ストーリーとしての完全な物語の場合や、起承転結の流れ、間を置かせずに畳み掛けるような躍動感の連続などなど・・・。感情溢れる作品群であっても、どのような場合でも知的構成である。ただ、作家のこれ見よがしの「知」や「知性」は顕わにしようとはしない。だが、何と今展は友岡主張を前提にした知的構成だろう。作家が「じかんのとなり」に何を表現しようとしているのかは分からない。むしろ、作家の強い意志に圧倒されて面食らってしまった。
 「『じかんのとなりに』などということは、ただ茫洋としていてはつかみとれないのだ。アプローチは感覚的であっても、そこに気付き表現しようとしたならば、グイグイと覗き込む勇気と意欲が必要なのだ。知による構築が大事なのだ」

 作品そのものについては語れなかった。今回は友岡・知に迫ることができた。次回の楽しみにしておこう。拙い僕の写真がその時の役に立つだろう。
 (2006・11・25、2007・11・9)

by sakaidoori | 2007-12-29 13:17 | (茶廊)法邑 | Comments(0)
2007年 12月 28日

448) ②法邑 「オペラ・展 Vol.2」・複合展 終了・10月31日(水)~11月11日(日)

置田貴代美、「生キユクコト」。
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 実に悩ましい写真だ。自分自身がもう一度置田ワールドを再確認したくて沢山の写真を載せてしまった。嫌いとまでは言わないが、好悪あるいは価値判断の分かれる作家ではないのか。これでもか、と言わんばかりのイメージ性の強い作品だ。
 僕はイメージと心象を少し使い分けて書いている。心との関係で言えば、イメージは心が作る形の世界、心象は感情的な心の気分の世界と。そうは言っても視覚表現として造形化されるわけだから、結果としては心の在りようとして同じ様なものかもしれないが。今展では心象の石川ひと、イメージの置田貴代美として捉えた。
 気分などを形と言う型にはめ込む、否、自然や空想の世界の形に明快な気分・人間的感情を読み解く能力の高い人なのだろう。いつもビビットに何かを感じる・感じたい、写真という形がそれらを再生させるのだろう。


 基本的にオペラ展は写真を中心に世界が広がっていく展覧会だ。その中でも若い人の感覚に焦点をあてて、語ってきた。以下、簡単に。

廣島経明
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 天地創造を思わせる七色の廣島ワールド。いつもそうですが、レイアウトに工夫される方です。今展、宇宙の中の星群のようです。群れて、一つ一つが輝いています。

松原成樹、「はしご」・石彫刻。
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 「栄通記」でも紹介したことのある松原さんの石の世界。氏の石は優しい、太古の人の歴史に引き戻らされる。古代建造物のような作品。「はしご」でその世界にタイム・スリップするのだ。

山岸せいじ
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 今展のコーディネーターでもある山岸さん。写真と絵画の二束の草鞋の持ち主。二束というよりも、目に見えないものの視覚化・造形化のためならば果敢にチャレンジされる方だ。
 今展は壁を他のメンバーに広く使ってもらおうという配慮からか、絵画作品のインスタレーション的展示。作品は抽象絵画と言ってしまえばそうなのだが、山岸さんの光と色が明滅し、裏側の存在・色と色の隙間に注目させようという作品。もっとも天井を覆う形に成っているので、作品を鑑賞するというよりも、部屋全体の舞台装置のような役割だ。
 「踊れや踊れ、ここはオペラだ」

by sakaidoori | 2007-12-28 23:59 | (茶廊)法邑 | Comments(0)
2007年 12月 28日

447) ①法邑 「オペラ・展 Vol.2」・複合展 終了・10月31日(水)~11月11日(日)

○ オペラ・展 Vol.2  

 場所:茶廊法邑
    東区本町1条1丁目8-27
    電話(011)
 期間:2007年10月31日(水)~11月11日(日)
 休み(定休日)・火曜日
 時間:10:00~18:00(最終日は17:00まで)

 参加作家:足立成亮、石川ひと、置田貴代美、友岡幸代、林玲二、廣島経明、松原成樹、山岸せいじ。以上8名。


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 随分遅い報告になりました。

 写真を中心に石彫刻・絵画などの部屋全体を立体的に使った展覧会。
 写真展示は部屋の「コ」の部分に、食い込むように残りの壁と床・天井に非写真を展示しての空間構成。モノトーンやカラーの写真、石彫刻作品の渋い茶、七色の絵画作品のために、会場は色づいて明るく点滅している。この辺が展覧会名のオペラ、歌あり芝居あり照明ありの何でもありの舞台空間を意識しているのだろう。

 入って右側から簡単に語りたいと思います。


石川ひと、「+」。
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 壁一面を使った9枚の連作。
 ピンポン玉のような白い球体が、静にそこに存在し、仲間を増やし、アクセントを付けながらリズミカルな動きの世界。ぼけてはいないのですが、何ともたゆたゆしいヒト・ワールド。
 イメージというよりも「写心」、心象そのものです。若い女性(作家)の美しさや他の人・物との関係の理想・願望、それでいてはかなくは無く、しっかりそこに居るという感じ。

 次は友岡幸代さんですが、別項で書きます。


足立成亮(しげあき)、「堆積するものよ、私を責めないでおくれ」。
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 物の重なりが、形が、重みが、写真家・足立に迫ってくるのでしょう。それらは自分自身の姿でもあり、自己との格闘の場でもあるのでしょう。ユーモアや無駄を排して、ビッシと撮っている姿に好感を持ちました。写真家・青年足立ここにあり、という同性としての好ましいエネルギーを感じた。


林玲二、連画ドローイング2007・「炭素粒/『揮発性の散乱』Ⅱ」、煤・土・銅粉・透明水彩他。
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 俗に言うコンピューター用紙を切り取らないで、反物のようにしていろんな画材で着色。筆跡を残したり、ぼかしなどを多用した七色の装飾の世界。日本(東洋)美を意識した、林ワールドだ。

 基本的に林さんは上手い。何でもこなす。現在は支持体にコンピュータ用紙を使い、色の重なりや流れ、それに連動して絵画としての時間、作家自身のイメージ・心象を時間軸に取り込み、全体の構成で空間がどう変容するかに関心があるようだ。
 つい最近、一枚一枚のコンピュータ用紙に、まさに抽象絵画を描いている作品集を見ることができた(大同ギャラリーの「存在派・展」)。小さい用紙にびっしりと七色で描きこみ、しっかりとした全体構成だった。ミクロ世界に食い込んでいた。集中度は抜群である。それらは7・8年前の作品だった。その集中度に耐え切れなくなったか、ミクロへの拘りすぎに限界を感じたのか、理由は分からない。今は広く伸びやかに色と装飾で時空を作ろうとしている。見がいのある林・ワールドだ。

 以下、②に続く。

by sakaidoori | 2007-12-28 20:52 | (茶廊)法邑 | Comments(0)
2007年 12月 27日

446)①ミヤシタ 「藤田真理・展 2007」 12月13日(木)~12月30日(日)

○ 藤田真理・展 2007
    「Whited Dandelion」

 会場:ギャラリーミヤシタ
    南5西20-1-38 西向き  
    電話(011)562-6977
 会期:2007年12月13日(木)~12月30日(日)
 休み:月曜日
 時間:12:00~19:00 (最終日17:00迄)



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 感想記を書くための予告、&期間は30日の午後5時まで、見に行こう

 完全なインスタレーションだ。敷居を上がったところには暗幕を垂らし、中は・・・。止めておきましょう。会期が終われば何枚か写真掲載、と同時にお喋りをしたい。その写真とて現場の方便、今展はまさに一瞬で作家に触れることができる。見る前の視覚情報はその一瞬性を緊張を阻害する恐れがある。

 それと、昨年も藤田さんは同じ場所で、同じ手法でインスタレーションをされた。だが、同じく白い世界なのだが、余りに違いすぎて、そのギャップが実に楽しい。昨年見られた方は、これはもう絶対に行って欲しい。幸い、その写真もあるので、同時に掲載して、藤田ワールドのお喋りをしたい。

 ついでに、タイトルはDMには無い。会場で確認することができる。
 Whited Dandelion=漂泊漂白されたタンポポ、白とタンポポに乞うご期待。

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by sakaidoori | 2007-12-27 20:41 | ミヤシタ | Comments(0)
2007年 12月 27日

445)①テンポラリー 「木村環×藤谷康晴 ・乱」 12月25日(火)~12月30日(日)

○ 木村環×藤谷康晴 「乱」

 会場:テンポラリー スペース
     北16西5 北大斜め通り・西向き 隣はテーラー岩澤
     電話(011)737-5503
 会期:2007年12月25日(火)~12月30日(日)
 時間:11:00~19:00

 ①木村環:作品展+公開制作(12・25~12・29)
 開催期間中、会場内にて公開制作します
。(在廊時間等はお問合せ下さい。)

 ②藤谷康晴:ライブドローイング(12月30日・日曜日)・17:00スタート
 完成した木村作品に、藤谷康晴が直接ドローイングするライブです。

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 二面の壁に10点ほどの作品が並んでいる。今年、木村さんの作品を何回か見させてもらった。鉛筆画ということで、小振りの作品がほとんどであった。今回はなかなかの大きさだ。掛け軸ほどだ。そして、これ等の作品に藤谷君が描き込むのだ。30日の当日(17:00~)は、木村さんが描いている壁に全作を一堂に集めて、ライブ・ドローイングが行われる。DMの目の痛々しい作品は含まれない。というか、その作品傾向とは明らかに違った、ふくよかで物語を紡ぐ作品ばかりだ。
 木村作品展の初日には藤谷君も見たであろう。失礼な表現だが、こめかみを引きつりながら、よだれを垂らす思いで見ていったであろう。見る前には他人の作品を傷つけることに、責任というか戸惑い喜び、屹立する思いで。だが、現物を見てしまえば、躊躇する思いなど吹っ飛んだろう。ご馳走を目の前にして、「お~、たまらんの~」と心で叫んで、その瞬間からライブ・モードになっているのだ。画材は何にしようか、どういう動きで描こうか、どんな服が合うのか、最初の一筆はどの作品に迫ろうか・・・。

f0126829_18475067.jpg 今回は余り木村作品のお喋りができなかった。見るこちらも、これ等の作品が「どう藤谷に立ち向かうか、藤谷はどう作品を見たか」に気持ちが入って、木村ワールドの次の世界が気になって仕方がないからだ。人によっては他人の手が入るなんて、もったいない。言語道断だ、などと言う人がいるかもしれない。だが、僕はこれ等の作品を未完成として見ている。完成後に、改めてお喋りの機会があるだろう。

 左の作品は、今展で一番の僕好みです。
 まるで映画を見ているような、ワン・シーンだ。神ならぬ木村ハンドから堕ちる聖水。頭はぐちゃぐちゃに清められ、心は大海をさ迷う。泳ぎ着く所から物語りは始まる。(12・27)

by sakaidoori | 2007-12-27 19:26 | テンポラリー | Comments(0)
2007年 12月 26日

443)③資料館 「北大写真部とその関係者が5室を使った写真展」 終了・12月18日(火)~12月24日(月)

○ 「COLOR & SHAPE」・北大3年生展→第3室

 3年生の2人展。
 もっとも展覧会らしい、若さをぶっつける展示。実に明快で、COLOR(色)の藤田諒太君、SHAPE(形)の松藤岳君の対決だ。

藤田諒太
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松藤岳
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○ 「4人展」北大写真部・2006年修了生→第2室

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 ↑:原田玄輝、「天地」。
 原田君は白の綺麗な人だ。
 北大農学部の建物内部の作品を見たことがある。北大に無縁な自分だから、資料館の建物に入るたびに原田君の作品を思い出していた。壁の白さ、手すりのウエーブ・ラインを優しく表現される方だ。今展は少し小さいので残念な感じだが、彼の白さに対する愛着、どっしりした優しい世界を久しぶりに見れて満足した。


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 ↑:齊藤市輔
 名前は以前から知っている。その作品をよく思い出せないので、はっきり言葉で言えないのが不本意である。実力者であることは間違いない。他の作品もそうなのだが、被写体の向こうをあぶりだすような作品だ。自分の世界を持っている人だ。


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 ↑:岸本宣子
 「私達が暮らしている『人のいる空間』の、何気ない一時を切り出してみました。当たり前の日常の中に見落としている何かがあるかも知れません」(会場のメッセージ版より)

 スナップ写真を上下一組にして、5組ほどの展示。その中で、上掲の作品が最も好きだ。日常の中のスナップ写真を、淡々と展示して見る物に何かを気付かせることは、相当に難しいと思う。過度に被写体に迫りすぎても、自己のイメージを拡大しすぎても成り立たない。普通のスナップ写真を普通に撮ったようにして、普通に見る者に「これ、何でもない写真群なんだけど、何か良いな」という言葉をもらうのは難しい。
 岸本さんは東京から来られていて、当日は在廊されていました。作品のことは話す機会はありませんでしたが、発表できて良かったという雰囲気を全身から発していました。来年は、是非、日々撮り溜めて、個展をしてもらいたい。日常を撮る、非日常の空間を見たいです。


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 ↑:大塚一世
 「・・・知らない場所で出会った人や物とのふれあいを通じて、僕とそれらの間に生まれる感情や関係性のようなものを、作品からご想像して頂ければ幸いです。・・・」(会場のメッセージ版より)
 この作品はおそらくベトナムだろう。一度も行ったことは無いが、多くの情報で想像できる。写真の情報は撮影者の意思を超えるものだ。特に、こういう喧騒な現場風景は。大塚君は現場と作家の関係性しか語っては居ないが、「現場(被写体)-大塚の目ー鑑賞者の五感」の三角関係を期待しているのだろう。下も同じ作家。

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by sakaidoori | 2007-12-26 23:55 | 資料館 | Comments(0)