栄通記

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2007年 08月 31日

307)エントランス・アート 「折登朱実・展」・水彩 8月27日~9月16日(日)

○ 折登朱実(おりと・あけみ)展

 会場:北2西2
    STV北2条ビル・東向き エントランス・アート
    電話(011)207-5062
 会期:2007年8月27日~9月16日(日)
 時間:月~金 9:00~18:00
     土・日  9:00~16:00

★1960年 北海道生まれ
   現在、札幌在住。春陽会会員、道采会会員。


 ホールの通りすがりに見るにはもったいない作品群です。通りすがりに思いもよらない作品に出会えて喜ぶべきでしょう。

 表装のアクリル板と建物全体の光の照り返しで、写真のできはあまりよくはありません。是非、ご自分の足で確認してみて下さい。
 会場全体の紹介です。

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 (一番下の作品群は少し高くて見にくいです。全体の高さをそろえるためだとは思いますが、作品がより小品になっているので上揃いには疑問を感じました。)

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 ↑:上、「雨の運河」・1997年、水彩・アクリル紙・インク、80×110cm。
 下、「旧市街」・2004年、80×110cm。

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 ↑:左側、「公会堂」・2004年、32×41cm。
 右側、「青の操作場」・2000年、34×53cm。

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 ↑:「轍」、2003年、同、66×91cm。
 外から見える場所の展示なのですが、外の光と景色が反射して全体像を写せませんでした。それでも何としてでもムードだけでもお伝えしたくて載せました。雪景色の中の自画像(人物群)のような建物が、「それでも生きている」といいたいようなた素振りです。
 (続く

 水で薄めたブル-ジンな色がもの悲しい。過去の袋小路に誘われる想いだが、思い出だけに漬かりきれない。過去によって蓄積された心象が、おぼろげな姿で今の想いをあぶり出す。絵画によって過去と現在を行きつ戻りつ、「悔恨」と言う二文字が頭をかすめる。「川」、「道」、「建物」、「橋」、「場」・・・暗喩的なタイトルや画題ばかり。

 「かぎの手の道」と言う絵がある。「かぎの手」のその形が面白いから、造形的な関心で描かれたものかも知れない。作家の絵画上の意思はわからない。屈折した一本の道、あの時僕はちゃんと道を歩いていたのだろうか?一本の道と思ったが、枝分かれする道もあったのでは・・・・。選択は間違っていなかったのだろうか?そもそも道と思ったのは勘違いで、思い込みだけで歩んできたのでは・・・。過去のことを問うのは止めよう。今日の明日の道のことに気持ちを向けよう。川を流れる水に同じものは無いという。川という器を信じようか、流れる水を信じようか、流れに身を任すのは危ない。流れに逆らう気力がまだあるだろうか。水から離れて小船にのろうか。泊り地に迎への建物はあるのだろうか。あって欲しい。たとえ壊れかかっていても傾いていても、夜露を遠ざけて火を灯す広間があればそれで良い。

by sakaidoori | 2007-08-31 14:45 | STVエントランスホール | Comments(2)
2007年 08月 30日

306)②市民ギャラリー 「新道展」 8月29日(月)~9月9日(日)

○ 第52回 新道展

 会場:札幌市民ギャラリー 2階3階
     南2東6
     電話(011)271-5471
 会期:2007年8月29日(水)~9月9日(日)
 休み:月曜日
 時間:10:00~17:30(最終日16:30まで)
 料金:

 個別に好きな作品、気になる作品、気にしている作家の作品を載せます。会員から。


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 ↑:会員・佐藤愛子、「Magic」油彩・162×260。
 いつも注目してみています。彼女(決して若くはありません)の画材は色爛漫の油彩と白黒の鉛筆画の二本立てです。ともに、自由さが売り物です。油彩は少し乱暴で雑な感じがして、落ち着きのある鉛筆画を好まれる方のほうが多いかもしれません。どちらかに絞った方が良いという意見があるかもしれません。僕は両方ともに強い関心をもってみています。
 今展では、油彩となっていますが彼女なりに先ほど言った油彩と鉛筆画を統一させようとしているみたいです。変化を目の当たりに見れてとても嬉しい。変に安定的な絵を求めることなく、「破綻、何するものぞ」という意気込みで描き続けて欲しい。とにかく自由な精神を見てもらいたい。

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 ↑:会員・東誠、「つまむ練習」・油彩・F100。
 軽い絵です。ブラックと言うより、ホワイト・ユーモアと呼びたい。つまんでいるのでは無く、刺しているようにも見えます。血は出ていません。おそらく背中をつまんでいる絵なのでしょう。東(あずま)さんは食べ物や食べるということを画題にしています。仕上がりはポップな感じ。もちろん社会・文明批判や皮肉をこめているのでしょう。ですが、僕は単なる文明批判的表現だけの絵は採りません。批判するも、批判されるも最後は表現者自身へと刃は向けられるのです。そういうことへの可笑しさ、哀しさを感じる絵が好きです。
 さぁー、今夜は何をつまみましょうか。酒や煙草だけでは男が廃ります。震える手で琴線をつまみましょう。

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 ↑:会員・白鳥洋一、「どうぶつ園の雪の朝」・油彩・P150。
 白鳥さんの絵はまだ深くは考えていません。深くは考えていませんが、その童画のような世界にいつも引き込まれています。いわゆる「ヘタウマ」な作品だと思っています。個展を見たことがないので、じっくりと白鳥体験をしたいものです。

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 ↑:会員・山本家弘、「赤い屋根07’」・アクリル・F120。
 この絵は変なというか不思議な絵なのです。
 ヨーロッパの町並みの赤い屋根と白い壁を描いています。日本にはない石造りの家並み、樹の緑は全然無く、赤と白のリズムを楽しんでいるようです。それを引き立たせるために空も青ではなく茶系にしています。
 僕の驚きの中心はそこにはないのです。中央最奥の塔、まるでピサの斜塔のように右に傾いて見える。遠くの家並みと空の輪郭線が少し右下がりに見える。この二つの縦と横の斜線が頭の中でついていけれなくて、焦点を定めようと努力していると、壁の白さや屋根の赤さが、不規則にランダムに迫ってきて、全体が踊っているように見えるのです。風景でありながら、風景でなくなってくるのです。そうなると絵画のボリューム感が膨らんで、枠が自然に取り払われて、絵の画題とは全然違った真実味が伝わってきたのです。

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 会員・今庄義男、「古里」・油彩・変300。
 (少し写真写りが悪いようです。今庄絵画のファンの方には申し訳ありません。出来れば差し替えをしたいと思っています。)

 優しくなったなー、軽くなったなーというのが第一印象です。「古里」をいろいろな視点で表現されているので、これが今後の方針という訳ではないと思います。引っかきラインをいれたりして、大地の掘り返しや時間の刻印といった静かに重く、それでいて見る者にそれぞれの「古里」を思い出させる絵が今庄ワールドだと思います。深さを追求する絵に軽さが跳ねだしたのです。一見、同じような絵ばかりを描いているようですが、好きな者にとってはわずかな変化が喜びなのです。作家とは日々留まることができなくて、大変な存在だとつくずく思ってしまった。

by sakaidoori | 2007-08-30 22:56 | 市民ギャラリー | Comments(0)
2007年 08月 30日

305)門馬 「酒井博史ソロライブ」・明日の8月31日

○酒井博史ソロ・ライブ

 会場:中央区旭ヶ丘2丁目3-38
     門馬 ANNEX・バス停旭ヶ丘高校前近く 
     電話(562)1055
 日程:8月31日(金)
 時間:18:00~19:00


 「森 美千代・写真展 -DILEMMAー」会場にて、酒井博史君がソロライブを行います。

 投げ銭スタイルです。な~に、お金はいくらでもよろしいのですよ。僕は今回は左のポッケに500円程用意しますが、100円でも、200円でも森さんの写真展がてら、是非是非聴きに、観にきて下さい。

 時間は7時までみたいです。しかし、しかしですよ。歌う場所は細長い写真展会場です。僕は当日、7時から撤去作業を始めるのです。撤去作業を無視しながら、7時半まで唄ってもらいましょう。作業をしながら歌を聴けるなんて最高だな~。

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 酒井君が良い男かどうか、少なくとも笑顔は可愛いです。笑いながら言ってました、「急にライブが決まりましたが、一人でもお越し下さい」

by sakaidoori | 2007-08-30 19:16 | 門馬・ANNEX | Comments(0)
2007年 08月 29日

304)①市民ギャラリー 「新道展」 8月29日(月)~9月9日(日)

○ 第52回 新道展

 会場:札幌市民ギャラリー 2階3階
     南2東6
     電話(011)271-5471
 会期:2007年8月29日(水)~9月9日(日)
 休み:月曜日
 時間:10:00~17:30(最終日16:30まで)
 料金:

 2007年度、道内公募展の第二段「新道展」が始まりました。
会員・92点、会友49点、一般・128点、遺作・1点の270点です。初出品者数が37名で、予想以上との関係者の言葉です。会員数等の数字の変遷は後日にご報告したいと思います。

 まずは会場風景を紹介したいと思います。

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 ↑:入り口直ぐのメイン会場の第一室。天井は高く、陳列は1列でじっくり見れます。新道展は彫刻(立体)部門を特に設けていないようです。替わりに、インスタレーションが空間作品として会場を埋めています。真ん中にベンチのような作品があって、どうしても座りたくなってしまって困りました。
 一番下の写真作品:手前のいすのような作品は会員・池田宇衣子、「失くしたもの見つかりましたか?」。
 左の白い作品は会員・白鳥洋一、「どうぶつ園の雪の朝」・油彩・P150。 真ん中の青い作品は会員・藤野千鶴子、「宙ー天国の青いポスト」・S変200。
 右の丸い作品は会員・比志恵司、「浮遊する種子」・油彩・S80。

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 ↑:第二室。順番としては第一室の直ぐの区画ではないのですが、インスタレーションの会員・細野弥恵、「「導く鳥」の部品が二室の部屋中に散りばめられています。

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 ↑:第二室の一区画。

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 ↑:二階のロビーの空間。

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 ↑:二階の一室。二階は二段組になっている所もありますが、平均にゆったりと作品を見ることが出来ます。

 まずは全体の写真紹介でした。個別作品や、全体の印象は明日にでも書きます。

by sakaidoori | 2007-08-29 23:48 | 市民ギャラリー | Comments(0)
2007年 08月 28日

303) 佐々木徹さんからのバースデー・カード

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 佐々木徹さんからバースデー・カードを頂いた。二通頂いた。


「お誕生日おめでとうございます。
FIXMIXMAX展のTAKEDA SYSTEM vol,007における「佐々木徹個展」、
ご高覧ありがとうございました。

この度、佐々木徹はかねてより闘病中でしたが、平成19年5月21日永眠致しました。
故人の意思を受け継ぎ、このBIRTHDAY CARDを遅らせて頂きます。

   家族一同」

 同様の内容で「水脈の肖像06ー日本・韓国・ドイツの今日」展の時のカードも届けられた。


 初めて佐々木さんの作品を見たのは「札幌の美術2004 20人の試み展」の時だった。キンキラキンの自転車の前にポップな写真?を沢山貼ってあった。他の作家とはちょっとずれた視点からの作品で、なんということもなく記憶にしまいこんだ。日めくりカレンダーが用意されていて、誕生日のところに連絡先を記載すれば、その日にお礼状を贈るというのである。これまた、なんという思いも無く記載した。

 2004年7月31日に送られてきた。実に何の興も湧かないで受け取った。「面白いことをされる人だ。何人送られたかは知らないが、ピンポイントでその日に着くようにするのって、結構大変だろうな」

 その後、間違いなくもう一度頂いた。何の発表時の礼状だかははっきりとは覚えていない。覚えているのは、最初の時とは違ってその日を期待して郵便物を調べ、カードを確認した時にニンヤリと笑ったことだ。こういう遣り方で「作家ー作品ー鑑賞家」を繋いでいることに「現代美術も悪くはないな」と一人満足したものだ。

 今年の5月に佐々木さんが亡くなられたのは知っていた。「FIXMIXMAX展のカードはどうなるのかな。もしかしたら家族の方が送ってくれるかもしれないな」と、軽い期待を持っていた。誕生日ではないが間違いなく贈られてきた。有難うございます。


 以下、三つの図録から写真紹介をします。

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 ↑:①「札幌の美術2004 20人の試み」展の時の会場風景。

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 ↑:②「水脈の肖像06ー日本・韓国・ドイツの今日」展の時の壁に貼られた365枚の部分図。

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 ↑:③FIXMIXMAX展の会場風景。家がタケダ・システムで、その中の犬を含めた作品群が佐々木さんの作品。

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↑:④⑤中の様子。


 近作は全て「対話する0と1」のシリーズである。試み展の図録によると1998年から始まったようだ。犬や自転車が佐々木さんの分身と理解している。目の前に意味もなく膨らんでいく陳腐な景色。繁華街の文化と言えばいいのか、性・商品・日常品・写真・記号・数字などなど。しかも成金趣味のような七色の世界。資本主義、消費社会の負の面ともいえるが、だからと言って我らを包んでいる風景を弾劾しようとか、乗り越えようなどという思想性は作品にはないと思う。映像のように留まることなく、垂れ流しの目の前の現象を、まるで自分とは関係なく、たまたまそこに居るかのごとく振舞っているように見える。「賑々しさ」と「傍観者」。この目くるめく世界にどっぷりつかって、体全体を汚濁にまみれようとはしない。徹底した傍観者にもなろうとはしていない。自転車は逃げる道具にもなれれる。なんと犬の表情の物憂いことか。体の人にも、目の人にもなりきれない。(続く

 佐々木さんの立脚点はどこなのだろう?
 最後の発表が象徴的である。若い武田浩志君とのコラボレーションである。武田君も隠微な裸婦の写真を多用し、エロスをもてあそぶように画題に取り入れている。しかし、「性の(男にとっての)消費」は佐々木さんと同様に重さよりも軽いウォーミング・アップのようにして視覚からすり抜けていく。佐々木さん、武田君は同じように他人との絡みでの自己表現を好んでいるようだ。佐々木さんは武田君に自分の若き影を見ていたのかもしれない。二人とももう一つ、装置を持っている。武田君は音楽を、佐々木さんは時をデジタル風に分節化し、無意味に繋ぎ合わせていく。万華鏡のような色と形の組み合わせ、一枚一枚の写真は日めくりのように時を告げ、最後に生身の人間にひょこりと挨拶に来るのだ。「お誕生日おめでとう」と。一期一絵の展覧会の出会いは、デジタル的時の経過の後、何かを鑑賞者に語らずにはいられないのだ。だが何を語ればいいのか。無縁なる他人に対して。間違いなく許される言葉がある。「お誕生日おめでとう」。

 美術表現は自己表現でもあるのだが、佐々木さんの場合は他者との交流ということが大きく頭をもたげてきていたのではないだろうか。その確認の途上で向こうの世界に逝ってしまわれた。佐々木ワールドに漂う甘さと優しさ。作品と葉書が思い出として私に残されてしまった。
 
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 ↑:⑥


 写真①:「札幌の美術2004 20人の試み」展の図録より。
 写真②:「水脈の肖像06ー日本・韓国・ドイツの今日」展の図録より。
 写真③④⑤⑥:「FIXMIXMAX」展の図録より。

by sakaidoori | 2007-08-28 16:03 | ◎ 個人記 | Comments(5)
2007年 08月 28日

302)  短歌 菱川善夫選「物のある歌」-8・8月26日

 短歌 菱川善夫選「物のある歌」
 (北海道新聞2007年8月26日朝刊、日曜文芸・P28より)

○ 真近くの鯨が噴きて飛ぶ潮に生臭き香りのわびしくまじる(冒頭歌)

○ 浮き出でて広き背あらはなる鯨無数の傷をそれぞれ負ふ
○ 実存的恋のほむらをただ惜しむ茂吉あるいはゲーテのごとく
○ ゲーテさへ凌ぐほむらがうつしみのうちに息づく生いとしまな

 秋葉四郎
 「鯨の海」(2007年、角川書店)。1937年千葉県生まれ。千葉市在住。

 作家は千葉の人。漁港銚子のある県だ。銚子には鯨にまつわる話が数多くあるだろう。秋葉氏が銚子の人かは定かではない。鯨への擬人化、自己の投影を見ているので幼き時から鯨に親しみ、思いが強いのではと想像される。
 動物を擬人化することは常套手段だ。だが、現代においてなかなか巨大なあるいは猛勇な生き物を使うことは少ない。現代日本人の気性が「闘い」をイメージした動物よりも、等身大の分身(家族の一員)としての生き物を好むからか。作家は現在70歳あたり。昭和の人とはいえ、古武士的な気骨を感じる。古武士は恋を語り、恋に炎(ほむら)を見ている。老いる自分に叱咤激励しているのか。語るなら小さな嘘より、大きな嘘の方が良い。小なる一日本の歌人を世界の大文豪ゲーテに負けないぞと大きな背伸びをしている。その気合、大いに宜しい。せめて、文の中だけでも真似をしたいものだ。


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by sakaidoori | 2007-08-28 10:56 | ◎ 短歌・詩・文芸 | Comments(0)
2007年 08月 27日

301) 門馬 「森 美千代・写真展」8月25日(土)~8月31日(金)

○ 森 美千代・写真展
   -DILEMMA- エキウムECHIUM

 会場:中央区旭ヶ丘2丁目3-38
     門馬 ANNEX・バス停旭ヶ丘高校前近く 
     電話(562)1055
 会期:2007年8月25日(土)~8月31日(金)
 時間:11:00~19:00

「・・テースティングする中で、ポジとネガをリバースしプリントアウトして出来上がったプリントが、異次元の世界のものとなり私の目の前に出現した。・・・」(案内文より)


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 (実は、この展覧会の飾り付けをしたのは私なのです。ですから、以下の文章で過ぎたほめ言葉を感じましたら、割り引いて読んでください。作業はあくまでも作家の意思に沿ったもので、なんらアドバイスや私の趣向は反映されていません。一度、並び順の助言を求められましたが拒否。)


 植物(花)を接写して拡大した普通の写真と、その原版を加工した写真を二枚一組、裏表にして展示されている。85cm間隔で14組。普通版は黒枠、露出過多風の加工版は白枠、部屋全体は白。白、黒、作品の緑、ピンク、赤が強烈に目に飛び込んでくる。最初の作品はチョウが止まっていてわかり易いのだが、だんだんと何を撮っているのかが解りにくい写真を見ていくことになる。ようやく作品の意味をつかめた頃、今度は裏側がどういうことなのか気になってくる。顔を右、左とせわしなく動かして確認していく。その度に目には見たい作品以外の部屋全体、他の作品が飛び込んで熟視するのを邪魔をする。作品と向き合うことは出来ないのだが、作家の遊び心が展示方法によって伝わってきて可笑しさがこみ上げてくる。アクリル板のない作品が最初の驚きとは違って優しく目に迫る。何度も何度も首を左右に振って、運動した効果が作品との距離感を縮めたのだろう。

 「虚実」という言葉がある。「夢現(ゆめうつつ)」という言葉がある。写真は「真」を「写す」と書く。もちろん、この場合の「真」は写真にとっての「真」であって、作家はその「真」を逆手にとって写真の「嘘さ」加減を遊び心という味の素で煙に巻いてみせる。
 作品をじっくり見たい人にとっては欲求不満の残る展示だと思う。壁に二枚並べて欲しいと思うだろう。だが、作家はそのことを拒否しているのだ。作家の拒否の姿勢に賛同する必要は無い。なぜ拒否しているかを考えることは楽しいものだ。個展とは会場全体を使った作家の思想なのだ。




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by sakaidoori | 2007-08-27 21:40 | 門馬・ANNEX | Comments(6)
2007年 08月 27日

300)テンポラリー 「佐々木恒雄展」 終了・8月19日まで

○ 佐々木恒雄展  「crickers」

 会場:テンポラリー スペース
     北16西5 北大斜め通り・西向き 隣はテーラー岩澤
     電話(011)737-5503
 会期:2007年8月14日(火)~8月19日(日)
 時間:11:00~19:00

 23歳の絵画展。
 自分の感情をストレートに表現していてわかり易い。青年らしく胸の底にたまっている悶々とする思いを描き殴っている。けっして雑には描いていない。震えてはいない。力強く、画面全体にエネルギーを感じる。だが、あくまでも自己のエネルギーの表白であって、自分を見つめ過ぎるあまりに、怖さ、狂気がにじみ出ているという作品群ではない。絵画制作が自己の内面のドロドロしたものを吐き出す行為なのか、更に進んで自分でもつかみかねていない深部の探索なのか・・・。もし嘔吐ならば出し尽くした後に治癒されて清く明るい世界を表現するかもしれない。出しても出しても尽きることのないヘドロの恥部ならば絵画の質が変わるかもしれない。

 絵画・イラスト・線描画が今展の要素だ。ここ数年の作品を一同に集めて、自己表現の整理ともいえる。
 大半が絵画で主に人物が主題になっている。絵画の肉声の直球とは違って、イラストもある。イラストは肉声から距離を置いたところに成立するものだと思っている。佐々木君は絵画とイラストを振り子のように使い分けて視覚表現を広げているのだろう。エネルギーの溜め込みと吐き出しに具合が良いのだろう。もっとも、佐々木イラストのモチーフはメジャーだとかスコップだとか手に纏わり付くものを選びがちだが。線描画(デッサン)は表現の根っこである。今展は今までの描きだめだからまとまった主張をなしてはいない。線は感情や認識がストレートに出る。直球派の佐々木君のことだ、線描画展を独立して開くことだろう。

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by sakaidoori | 2007-08-27 13:48 | テンポラリー | Comments(0)
2007年 08月 27日

申し訳ありませんでした

明日から栄通記は再開します。何も書かない間にご訪問していただいて有難うございました。

by sakaidoori | 2007-08-27 01:04 | Comments(0)
2007年 08月 20日

299 大丸藤井セントラル  「大島潤也展」・立体 終了(8・14~8・19)

○ 大島潤也展

 会場:大丸藤井セントラル 7Fスカイホール
    電話(011)231-1131
 会期:200年8月14日~8月19日(日)
 時間:10::00~19:00(最終日は18:00まで)

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 発砲スチロールで出来た壁面作品が壁ぐるりを囲み、板を黒く塗った物が真ん中で集中的にぶら下がっている。どことなく仏教的な香りがする。

 壁の作品、作家のイメージは何だろう?おそらく花だろう。僕は4年前の初見以来、船のスクリューに見えて仕方が無い。船体からバラバラに引き裂かれ、朽ちて静かに暗い海底に横たわっている姿を連想してしまう。決して悲惨な姿ではない。一つの仕事を終えて、終の棲家の海で静かに暮らしているのだ。鉄は陽に晒せば錆色で、触ればボロボロと崩れるかもしれない。けれどもここは、海の底。黒い姿でふっくら膨らんでもう一度回りそうだ。

 大島さんは完形を避けているようだ。たとえそれが花形であっても、花弁の一枚が欠落している。そして、そこからもう一度花びらを咲かせるような造型を好んでいるようだ。平安美学に朧(おぼろ)月をことさら愛でる歌がある。赤々と輝く満月に、かすみ雲がかかった月を賞賛するのだ。欠落の美学か。それともいつもいつも完璧なものは見れないので、たとえ霞がかかっていてもそれを連想しながら愛でようという貴族の知恵の美学なのか。
 大島さんは完形を崩すことによって、遊び心や新たな可能性を探っているようにみえる。

 壁の作品は発砲スチロールだ。ある程度の大きさ、形に削り取って、その上に砂や粘土や(ギブス用の)石膏ガーゼなどを貼り付けている。彫塑作品だ。しかし、作家は油彩画家として出発した。壁面作家の志から離れ切れなくて、どうしても作品を壁に取り付けたいのだ。作品を支持体に見立てて、あれやこれや着色したり、コラージュしているのだ。変な表現だが、絵の具が20cmほど盛り上がっていると理解したらいいのだろう。厚くなった為に壁に作品の影が誕生した。影も鑑賞の重要な要素になった。白壁に黒い影。今展は色をほんの少しちりばめている。画家心がうずくのだろう、壁の白と墨の黒ばかりでは・・・・。

 仏の台座のような花。決して完璧な姿ではないが。墓柱のようなぶら下げ物。本人は全体を一望できないための飾りと説明している。残暑の残る野外から別世界に導かれた一時を過ごすことが出来た。

 下がり物の下で、子供達が走り回っていました。

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by sakaidoori | 2007-08-20 18:28 | 大丸藤井スカイホール | Comments(0)