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2007年 05月 31日

199) 花

 徳丸滋さんがブログで毎日の様子を一枚の写真に載せている。主に身の回りの植物や小さな生き物が主人公だ。絵日記ならぬ写真日記だ。実は僕もああいうのが自分でもやれたら良いなと思うのだが、我が強い絵画鑑賞日記になっています。人は批評などといってくれますが、僕は批評という言葉に強い価値を置いていますので、とても自分の見る目、自分の言葉、自分の文章を批評という範疇に置かれることを恥ずかしく思っています。徳丸作品を見ていると、自分の文章があまりにうすっぺらに見えるのだが、薄っぺらであっても絵を見て感じたことを暫くは書きたいと思っています。

 我が家の花たちを紹介したいと思います。

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 スズランです。
 昔、作業をした家屋で、スコップ分の株をもらって植えたものです。今日の写真では全体はわかりずらいのですが、北向きの日が当たらず、軒先の下ですから雨水にも当たって条件は悪いところに何年も生きています。スズランは根っこの方で竹の子のように分かれて子孫を残すのです。始めに植えた親株がダメになったなーと思っていたら、放射状に子孫を残しているのです。非常に生命力の強い生き物で、薄いコンクリートでも突き抜けて姿を現します。

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 オダマキです。
 この花も非常に生命力の強い花です。駄草といっていいのですが、駄草なのに可憐な花を咲かせて好きな花です 。
 我が家の西向きの軒先に咲いていたのですが、他の草を除けてオダマキ畑にしています。


 

by sakaidoori | 2007-05-31 01:17 | ◎ 花 | Comments(0)
2007年 05月 28日

198) 時計台 「萌え黄会油絵展」・教室展 終了(5月26日まで)

○ 第10回 萌え黄会展

 会場:時計台ギャラリー 3階DEFG室
    北1西3 札幌時計台文化会館・中通り南向き
    電話(011)241-1831
 会期:5月21日~5月26日(土)
 時間:10:00~18:00 (最終日17:00まで)

 道展会員の山川真一さんの教室展。
 DMによれば22名の参加です。3回全室の展示です。なぜ「萌え黄会」なんだろうと思っていたら、山川さんの作品があったので納得しました。萌える山、紅葉でむせぶ山川ワールドにあやかっての命名でしょう。気になった作品だけの紹介です。会場全体の写真がありませんがお許し下さい。

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 上の写真は木村美知子さんの「ダチョウ君」。背景色とダチョウの色が混じりあっていて、一瞬何を描いているのか見失いますが、そこがこの絵のいいところです。片目をつぶったヒョウキンな顔、細長い首も大胆でいいですね。木村さんは4点出品していました。それぞれ上手なのですが、バラバラの作品傾向で展示としては残念でした。おそらく、普段展示を考えた制作をしていないのでしょう。なかなか表現力があると思うので、資料館で個展をしてはと勧めました。もっと上手くなるには積極的にある程度の量を見せるしか方法が無いでしょう。そして、絵を仲立ちにして今まで以上の交流を拡げられればと思います。

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 豊島勢喜さんの「大雪山の秋」。おおらかな絵です。おとぎの国のような風景です。萌える秋というより、夢ある世界といった方がいいと思います。紅葉がこういう風に見れる人がいるなんて初めて知りました。嬉しい限りです。


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 谷藤茂行さんの「秋の畑地」。中景の土色の畑地のうねりが心地良いです。丹精に丹精に描いています。きっと光が好きな方でしょう。他にも風景の作品がありましたが上手な方です。

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 栗本キミさんの「錦色」。川の流れをはさんで、左側が春紅葉(はるもみじ)風、右側が本格的な紅葉です。今の時期にピッタリです。

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 牛丸亮さんの「冬の小樽運河」。少し画題がありふれていますが、教室展はそういうのを楽しむことができるのが特徴です。まろやかな表現が、作家はどんな人だろうと想像してしまいました。

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 芳村朋子さんの「旅の思い出」。思い出といっても、たんなる回顧にならずにしっかりと芳村さんの世界に纏めきっているのに感心しました。人間はいませんが、ドアの一つ一つからひょっこりと夢追い人が現れてきそうです。人を描かなくて人で楽しく賑わっているのが想像されて、嬉しくなりました。

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 写真掲載の仲介をお願いした道展会友の秋山久美子さんの作品。左から「青い布と花」「花」。(少し多く載せて、迷惑をおかけしたかもしれません。連絡有り次第、対応します。)秋山さんが2,3年前に個展をした時に向日葵を出品していました。「出品しない方がいいですよ」とお節介なことを言っていろいろと絵の話をした人です。その時は顔を思い出せませんでしたが、名前はしっかり覚えていて、あの時の会話も思い出しました。なかなか女性の顔が覚えられないのが最近の悩みです。毎年の道展では間違いなく見ています。精進されてください。

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 教室展で先生の作品は載せたくないのですが、やはり紹介したくなります。道展会員・山川真一、「秋色」。
 

by sakaidoori | 2007-05-28 23:29 | 時計台 | Comments(0)
2007年 05月 28日

197) 時計台 「池上啓一油絵展」・油彩 終了(5月26日まで)

○ 池上啓一油絵展

 会場:時計台ギャラリー 2階A室
    北1西3 札幌時計台文化会館・中通り南向き
    電話(011)241-1831
 会期:5月21日~5月26日(土)
 時間:10:00~18:00 (最終日17:00まで)

 池上油彩はオーソドックスな風景画だ。

 冬過ぎて、雪解けすすむ絵が多い。雪の白と大地の色とのせめぎあいというよりも、厳しい冬が今終わろうとしている、自然の命が今芽吹こうとしていることが大事なのだろう。形あるものをいとおしむように絵にしていく。家、電信柱、船などの人工物ー池上さんにとってそれらは絵の飾りや引き立て役ではないのだろう。優しく包み込むように小さく描いていく。それらが全体の中でいかされ、全体が生き生きするような絵画の世界。

 風景画は水平線(地平線)の位置を見なければいけない。池上さんの場合は中央よりやや高め、全体の安定感に主眼が置かれている。必然的に空の青がそれなりの量を占める。すると雲を入れるかどうかに作家の強い意志が働く。雲を描けばその形と動きが問題になってくる。水平線より手前、池上さんは大きく大きく膨らむように表現する。ここが池上絵画の中心、自然讃歌の舞台だ。近景には道を描く。絵に鑑賞者の目線に動きを与える。道が描かれてなくても道のような具合にうねってうねって、優しく向こう側に誘導する。絵を切るというものではない。道、人生の舞台の繋ぎであり、常にその向こうに何かがあるだろうということを期待させる。池上絵画の道の向こうには心地良いご褒美が用意されているようだ。たとえそんな事はなくても池上さんは軽やかに僕を誘ってくれる。絵が嘘の由縁である。絵だからできる嘘もある。

 大作のみを写真紹介します。

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 (上から「集落早春」、「行春」、「残雪」、「港の春」)

by sakaidoori | 2007-05-28 16:25 | 時計台 | Comments(0)
2007年 05月 28日

196) マカシブ 「藤谷ドローイングライブ」 終了(5月27日)

○ 藤谷康晴ライブドローイング 
       -半透明 肉体関係ー

 会場:北海航測マカシブ
     中央区北3西17-2-36 ㈱北海航測1F・近美北側
     駐車スペース数台あり。現地付近の地図 
 日時:5月27日(日)
     9:30オープン、10:00スタート、18:00終了
     10時から18時まで描き続けます。

 ㈱北海航測・マカシブ、三岸美術館の向かいから西に1丁程歩いたところにある。立派な建物で、会社の会議室のような空間でのライブだ。

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 いままで何度かしているが、手を変え品を変えいろんなやり方でパフォーマンス(落書き)を続けている。そうは云っても、幾つかの約束はある。描かれる物へのこだわり。今のところ素材は違っても紙類だ。タイトルとのにらみ合いで色や紙質を決めているようだ。今回はDMに使われたトレーシング・ペーパー。壁を汚してはいけないという場の制約が、結果的には壁に何かを貼って、その中に彼自身が居るという構図になっている。神田日勝に「室内」という作品がある。壁中に新聞を貼り、その中で生活品を辺りに散らかし、ぽつねんと作家が座っている作品だ。おそらく藤谷君は許されることならば床から天井から壁まで全部を自分の筆跡という痕跡で囲まれたいのかもしれない。窓はいらない。光がまぶしい。自分自身の力が光だ。音楽はいらない。自分の筆さばきが発する音があれば充分だ。

 マカシブは広い部屋だ。色気の無い事務室だ。駐車場の見える窓から光が一杯に入り、タイルの床は輝き、壁が益々白い。藤谷は白壁に遊ぶように落書きをして行く。トレーシング・ペーパーに黒いカーボンをあて、右手の5本指でかきむしっていく。指跡は転写され模様が姿を現す。かきむしるというより、こちょぶるといったほうが正確かもしれない。「考古学者が大地を優しく剥いでいく。女体に触れるように」と前回の記事で書いた。その言葉に合わせるならば、「女体をガーゼで包み、指が這いずり回り、女体に何かを伝えようとしている」と。単なる男の想いかもしれない。美への止みがたき憧れかもしれない。芸術を極めたいと言う願望かもしれない。

 多くの人が彼の「自己格闘」を見に来た。静に魅入る人、驚きで笑みを浮かべる人、雑談に戯れる人、長く居る人、知人に目配せしてソーっと帰る人・・・満足したかどうかは知らない。だが㈱北海航測など知らない人がほとんどなのに、本当に嬉しいことだ。近美の「空海展」の後の人も居たかもしれない。曼荼羅の暗い空間から、青年のあけっぴろげの「明るきエロス」も一つの美術。
 6月も予定が組まれています。変な場所ですが期待してください。

 場の管理者である社長さんも素敵なスタイルで1日中居られた。社長の計らいで報道関係者が来ていたが、手には社長から送られた藤谷君の数枚の資料を携えていた。マカシブが今後どうなるかは知らない。仮に社長の一時的なアイデアで発表の場を提供したとしても、今展に寄せる社長の態度は真剣なものだ。笑顔を絶やさず社長風もなく本当に良い人だ。願わくば小なりとも企業人として作家達やその環境を今後とも支援して頂きたい。

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 (↑:左、道新の記者さん。右、社長さん。)


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by sakaidoori | 2007-05-28 14:51 | マカシブ | Comments(1)
2007年 05月 26日

195) 案内 藤谷康晴ライブドローイング 明日、5月27日(日)

○ 藤谷康晴ライブドローイング 
       -半透明 肉体関係ー

 会場:北海航測マカシブ
     中央区北3西17-2-36 ㈱北海航測1F・近美北側
     駐車スペース数台あり。現地付近の地図 
 日時:5月27日(日)
     9:30オープン、10:00スタート、18:00終了
     10時から18時まで描き続けます。

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 藤谷君のライブ・ドローイングだ。
 タイトルは「半透明、肉体関係」。DMでも露骨というか、セクシーというかクリーム色のなかにストレートに表現している。宛名書きもピンクだ。4月のアートマンのライブで花を一杯描いていた。思わず、「女を描いているな」と思った。二日目は見ていない。、写真で一部をみたが、ほぼ等間隔の直線が縦に横に惹かれていた。花(女)を描く自分自身を封印するようにしていた。弛緩する興奮を直線で囲み、緊張を高めようとしているように見えた。だから、葉書のタイトルとデザインを見て、内心ニヤリと笑った。透けた花(女)は美しい。

 DMは酒井博史君の制作だ。当然活版印刷だ。このDMは触らなければならない。ややザラッとした紙質に、活版の凹凸のある刻印が指に心地良く迫ってくる。ビニール系の半透明の紙片が冷たく伝わってくる。糊の部分が少しごわごわしていて、こする指先と同時に波打っていく。
 考古学者が大地を優しく剥いでいく。女体に触れるように。
 画家・藤谷はどういう迫り方を紙にするのだろう。僕の今日の言葉は妄想に終わるかもしれない。

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by sakaidoori | 2007-05-26 17:31 | ★ 案内&情報 | Comments(0)
2007年 05月 26日

194) ユリイカ 「アフリカン・アート展」 今日まで(~5月26日・土まで)

○ 高橋朋子の「アフリカン・アート展」

 会場:ギャラリー・ユリイカ
    南3西1和田ビル2F・北向き
    電話(011)222-4788
 会期:5月22日(火)~5月26日(土)
 時間:11:00~19:00 (最終日16:00)
 
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☆ 今後の予定

○会場:苫小牧egao(えがお)6F
     苫小牧市表町6丁目2-1・苫小牧駅南口前
     電話(0144)36-1122
 会期:6月27日~7月1日(日)
 時間:10:00~19:00(最終日16:00)

○会場:ギャラリー粋ふよう
     札幌市東区北25東1-4-19
     電話(743)9070
 会期:7月3日~7月8日(日)
 時間:10:30~18:00(最終日16:00)
 
 粋ふようでは以下の予定で高橋さんとのジンバヴエについて語る茶話会の予定。ジンバヴエの紅茶とお菓子付きで500円。要予約。

 7月4日(水) 18:30~19:30
 7月8日(日) 13:00~14:00

 ジンバヴエ在住、音楽プロモーターの高橋朋子さんのアフリカの雑貨販売展です。いつから始められたかは知りませんが、毎年ユリイカでしています。いつもは日曜日までしているのですが、ジンバブエに用事があるので、土曜日の今日までです。案内だけでも早めにしておけばと、自分の怠慢さに恥ずかしい思いです。けれども、7月には東区の粋ふようで開くので是非行ってもらいたいです。

 雑貨販売といっても、言葉通り「アフリカン・アート展」です。なかなか、これほどの現地制作の品々を北海道で見れる機会は無いと思います。タペストリー、帽子、ビーズ、ブリキや鉄片による動物などの小物、石製品、絵画などなど。見て触って高橋さんと話して、気分はアフリカです。当然買ってもらいたいのが高橋さんの気分なんでしょうが、こういう展覧会で少しでもアフリカのことを思ってもらいたいというのも本音でしょう。いまやテレビや美術館の展覧会などでアフリカの民芸品の知識はかなり浸透しています。ピカソとアフリカ芸術との関わりは有名な話です。芸森にも寄贈されたアフリカのお面が沢山あります。でも、アフリカ(主にジンバブエだと思います)の現在の生活の周りにある石の作品などを手にとって眺めていると、かってにかの地の自然風土が想像されて、何とも居心地が良いものです。例えその想像がメディアから流された固定観念に近いものであっても構いません。他人との関係は誤解から出発して、誤解と実像の間を行ったり来たりするものでしょう。アフリカ、自分の世界とは「全く違う何か」であり、その世界に少しでも近づく機会をを与えてくれるのがこういう展覧会でしょう。

 毎年何かを買ってきて家族に自慢しています。最初は高橋さんの書かれた本で、次は石のお面ー文鎮にしたり、触ったり眺めてたりー、昨年は小さなビーズの飾り物とマタンバという植物の実をくりぬいて中に何かを入れて音のする物、今回は鉄片のダチョウです。

 最後に高橋朋子さんのDMの案内文を紹介しましょう。
 「神戸のアート展で『なぜアート展をしているのか』と尋ねられました。それはジャナグルアートセンターを建設するためで、今年の雨期が来る前になんとしても屋根を完成させたく、その資金のためだとお話ししました。愉快なものがたくさん!是非、見にいらしてください」

 高橋さんはボブ・マーリーにあこがれてアフリカを知り、そのままジンバブエに住むようになった方です。ジンバブエのことを少しは勉強して、次の機会に何かが書けれたらと思います。(注意。掲載写真の再利用は一切不可。)

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 (↑:石と鉄でできた踊る人たち。)
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by sakaidoori | 2007-05-26 11:54 | (ユリイカ) | Comments(0)
2007年 05月 24日

193) 黒木孝子考

 谷口顕一郎君のことを書いた記事について、やないさんから黒木さんに関するコメントを頂きました。
 その文中に2年前に「どらーる掲示版」に投稿した旨、記しています。昨年の誤りでした。管理人・坂本公雄さんの主体展レポートに関するレスという形での投稿です。関係のあるところだけ全文そのままに再掲します。興味のある方はRyoさんのいーとあーと から[3963]をのぞいてください。参考写真も載せます。


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 (↑写真①:黒木孝子展「1985年から2003年の500枚の小さな世界」のDM。2003年1月7日(火)~1月12日(日)、於ギャラリー・ユリイカ。)

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 (↑写真②:2003年 全道展カタログより。本文中の作品の3分の1の量。)

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(↑写真③:2005年、全道展のカタログより。本文中の作品の2分の1の量。) 


[3963へのレス] 全道展・主体展の黒木孝子さん 投稿者:栄通 (丸島) 投稿日:2006/06/22(Thu) 17:34

(少し遅い投稿になりましたが、お許しください)

 絵を見始めた頃、一所懸命に観て、考え続けた作家達がいた。黒木さん、全道展・小樽在住の西辻さん・・絵の持つおおらかさや優しさを学んだ、現代美術の谷口顕一郎君・・苦渋のユーモアや作家自身の哀しさを。

 三年前のことだ。黒木さんが年始早々にユリイカで個展を開いた。スケッチ・ドローイング展であった(写真①)。何年もの間、折にふれ落書き風に花や動物、建物などを描き記したスケッチ帳を、一点一点葉書大程に切り抜いて展示したものだった。五百点以上あっただろうか。線描に現れた作家の脳内世界、その移り変わりを見続けて飽きなかった。近作が特に気に入った。輪郭にこだわらないで伸び伸びと大らかで、線が踊っていた。
 その年の道内主体展で油彩の大作を初めて観た(写真②)。坂本さんが今展(写真③)で撮られた写真でも分かる様に、タテの直線を基調にした抽象画だった。その時はスケッチ画の延長上の中品もあった。弾けんばかりの線描だ。十色の世界が小活火山のように飛び跳ねて、島倉千代子の「人生色々」-ー女だからって慎ましいだけじゃ無いのよ、弾けて飛んで何をするのかわからないのよ、恋だって浮気だってーー黒木さんのかん高い声を更にオクターブ高めて歌っていた。なぜこの自由さが油彩に出てこないのだろうか?むしろ、なぜ自分を曝け出すようなスケッチ展をしたのだろうか?たとえ、オーナー鈴木さんのアイデア・きっかけがあったとしても。その時の油彩画に十字らしきものが中央上部に滲み出ていた。僕はこれを小谷氏の鎮魂(レクイエム)と見た。決して小谷さんは画家仲間や後輩達に強圧的影響を与えたとは思われない。彼女にとって小谷さんの死は精神的エア・ポケットと同時に自立えの契機になったのではなかろうか。彼女の中にある自由さ軽やかさと生真面目さ硬さという二面性。その後の発表作品に自由度の強い作品は消えた。何ごとも無かったかのごとく黒と黄を基調にした縦縞の世界に引きこもってしまった。確かに今展の作品(写真③)は以前のよりもリズミカルでどこか心が和む。表具のような装飾性、日常生活の中の気持ちいい壁紙とも生け花風とも言える。

 どうして曲線を使って自由度を高めないのだろうか。それを持っている人だと思う。もっともっと自分をさらけ出して、かろやかな女を演じてもらいたい。

 
 他、二人の作家のメモ書き。(以下省略。)

by sakaidoori | 2007-05-24 14:38 | ◎ 個人記 | Comments(0)
2007年 05月 23日

192) 凹みの谷口顕一郎記

 突然ですが、凹みの谷口顕一郎君のことを書かせてください。

 1976年 札幌生まれ
 2000年 教育大学札幌校芸術文化過程卒業
       現在、ドイツ在住。年末にテンポラリーで個展の予定。

 一月ほど前に、道新で本人の写真入でドイツでの活躍が紹介されていました。ご存知の方も多いと思います。その時の記事を写真紹介できれば親しみの持てる記事になったと思うのですが、手元にないので省略です。適当に資料を載せますので参考にしてください。

 
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 (↑:「札幌美術2003 19+1の試み展」図録より。)
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 (↑:4年前、旧テンポラリーでの個展の時の作品図録より。)

 4年前の2月(?)旧テンポラリーで彼の個展を見た。彼は凹みの研究というフレーズで現在も発表している。その時は壁などの凹みをトレースして薄いプラスチックに型どったものだった。色は黄色。しかも、あまり大きくない作品を適当に切って兆番で引っ付けていた。四角い部屋の白壁に綺麗に一列になって展示されていた。20個位あったと思う。先に見ていた女性(学生?)連れが作品に顔を引っ付けながら折ったり伸ばしたり、「かわいい」などと言い合い楽しんでいた。僕は何の感慨も無く、部屋をぐるぐる何回も何回も廻っては、彼女達の真似をして触ったりもした。作家が別室にいたので話しを聞くことにした。
 開口一番、「全然わかりません」。
 作家は余に正直な質問に少し赤らめながら説明し始めた。
 「これは建物の傷などの凹みで・・・・なんでこんな事を始めたかというと、あるレンガ造りの倉庫でこんな風な傷があったのです。これだっと思いましたね。僕の作品は平面ですが、彫刻、立体だと思っています。限りなく厚みの無い立体作品。兆番はどうしても必要ですね・・・」。そういいながら、キッカケになったという傷の写真を僕に見せた。僕は彼が抱いた驚きとは全く違う驚きを抱いた。何かを谷口君は語っていたと思うが、虚ろな気分で時を過ごしてその場を後にした。

 赤いレンガ壁に胃を細めたような形の傷であった。凹みだから黒かった。人体の傷口が赤黒く固まったように見えた。もしマチエールを追求する画家ならば、その模様をリアリティーの対象として、迫真の色合いで描くだろう。見る者も驚愕をもって応えるだろう。だが何としたことか。谷口君は歴史的象徴として、あるいは切実な擬人化の対象として捉えてもいい形を、一切の生理を剥ぎ落として作品にしてしまったのだ。それはピエロ、狂言回しあるいはトリック・スターのような行為だ。
 「あっ、貴方。アナタはこの形に人間の真理を見出したのですね。おー、何と素晴らしい。僕が再生してあげましょう」。そう言ってトリック・スターはチョチョイのチョイという感じで凹みをプラスチックに置き換えて注文主に差し出すのだ。そこには凹みの中にしみこんだ歴史という時間や、他との関係性という空間概念を軽く否定しているのだ。注文主が首をかしげていると、「えっ、気に入りませんか?そうですか、それでは兆番を付けて折ったり伸ばしたり、もっと楽しくしてあげましょう」。形は更に更に注文主の気持ちから遠くなるが、「あー、確かに兆番があるほうがいいですね。プラスチックも手に親しくていいですね」。そんな会話で場面は終わり、谷口トリック・スターは次のお客さんの所に行くのである。

 ここには、都会の青年の複雑な思いがある。芸術を自己表現の忠実な反映とすることに意義申し立てをしているようだ。きっと谷口青年は良い人だと思う。だが、自分に対しても他人に対しても冷めたところがある。齊藤作品のように対人関係を楽しもうという余裕が無い。それでいて、人の心に残る凹みという型を再生する感知能力に長けているのだ。「良いものを良い」と言って他者に対峙する事をかっこ悪いとおもっているのかもしれない。少なくとも自分自身が真剣と見られることを憚っているようだ。

 最近の谷口君はプラスチックを止めてステンレスの世界に生きているようだ。ステンは硬くて加工し難いが、料理し終えた後のステンは輝きといい、縁取りの丸みといい美の象徴のように現れてくる。プラスチックの凹みの無機物性から、時空や肉声をを取り戻そうという行為なのだろうか?美を求めていることだけは間違いない。美のみが信じれるものとしてあるのだろうか?現代美術が「美」を不問にしようとしているのに、皮肉な対応だ。谷口君は現代美術という視点からも離れているのかもしれない。おそらく作家は美を中心にして社会性、時間性、空間性の留保と取り込みの往還をして行くのだろう。

 
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 (↑:2年前、旧テンポラリーでの個展の時の作品図録より。ドイツの壁と作品。)

 *トリックスター:文化人類学用語。機智に富む超自然的存在。二項対立(創造ー破壊、善ー悪など)を体現する両義的・媒介的性格を持つ。文化英雄とも。「コンサイス外来語辞典」より。


 
 絵の見始めの頃に一所懸命に考えた作家が3人います。今月紹介した西辻さん、同じ全道展会友の黒木孝子さん、それと谷口君です。黒木さんのことは二年ほど前に「どらーる」の掲示版に書きました。谷口君は書く機会がなかったのと、今秋に個展をするということですから、それ以前に記録に残す為に理由も無く今日紹介します。なぜこの3人かというと、何の理由もありません。上手、あるいは表現力が高いというわけではありません。偶然にも、一所懸命に考えたことがその後の絵画鑑賞の役に立っているので、どうしても文章化しておきたいのです。以上の谷口考は本人には語ったことなので彼にとっては目新しいことではありません。



 
 

by sakaidoori | 2007-05-23 15:03 | ◎ 個人記 | Comments(4)
2007年 05月 21日

191) 4プラ 「House展」・企画展 ~5月24日まで

○ House展

 会場:4丁目プラザ 7階4プラホール
    南1西4
    電話(011)261-0221
 会期:5月16日~5月24日(木)
 時間:10:00~20:30 (最終日は18:00まで)

 4プラ7階の「華 AGRA」さんの名刺を頂いたので、アグラさんの企画だと思います。沢山の参加者で派手でにぎにぎしく展示されています。派手ですが総合タイトルが決まっているので、とんでもない方向にだけは行っていないようです。「家」というテーマで小さな空間を家だらけにしようというものです。
 
 出品作家を列記します。(無断でシリウス通信の記事をコピーしました。後で挨拶に行きます)

 阿部雄冬、Anna、石尾真穂、石井誠、gla_gla、紅露周平、小山あかり、佐々木愛、佐野妙子、JAMANI、Jobin、高誠二、高幹雄、田中くみ子、富樫はるか、内藤ヒナ、早坂まみ、原田ミドー、hiura(p)、ヒロポン、平塚翔太郎、Pater、PAUL、前川アキ、maco、三浦恵子、森迫暁夫、森本めぐみ、山口大樹、山口哲志、脇坂淳。総勢31名です。渡辺陽子さんは僕の行った段階では不参加でした。他にも不参加の人がいるかもしれませんが、確認は取っていません。

 「家」ですから入り口のカーテン(富樫はるか)やその辺の飾り付けから展示は始まります。はいって直ぐに目に付くのは森本めぐみさんです。顔です。きつい目です。、二十歳ぐらいの学生だとアグラさんは言っていました(1987年 恵庭市出身。現在、札幌市立高等専門学校在籍)。2月頃でしたか、栄通記でも紹介した石井誠君もしっかり発表しています。前川アキさんはいつもの自分の作風です。木枠にはまった作品です。不思議と似合います。それでも、いい機会だから、喫茶・ピピンでしたような普段しないような展示方法もあったのではと思いました。もう一度見てみたいものです。2点出品しているのがこの人らしい。原田ミドーさんは昨年の立体展でいじけた前かがみの人物像を沢山並べていましたが、同じパターンで小さな家を並べています。知っている人の作品は、「こういう場を、どう攻めるんだろう」という感じで見てしまいます。たくさん知らない人がいるので、名前と作品を記憶にしまいこむなどできません。
 お祭り展です。4プラは若い人の行くところだと思います。僕のような中年は少し恥ずかしいものがありますが、美術展だと思うと気持ちをふるいだたせて行っています。小さな世界の寄せ集めですが、結構自己主張していて見応えが有ります。「栄通記」愛読の中高年の読者の皆様、4プラホールがどんなところか確認を兼ねて立ち寄ってみてはいかがでしょうか。24日の木曜日の6時までです。参考として写真紹介をしておきます。

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 ↑入り口の富樫はるか作品。「夢の世界にいらっしゃい」と誘っています。

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 ↑いきなり「森本ワールド」を見せ付けられます。印象に残る作品です。彼女だったらテンポラリーやミヤシタの民家をどういう具合に飾るのだろうと思ってしまいました。反対側のかわいいだけの絵画と好一対でした。

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 ↑入り口からの全体像。

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 ↑左:石井誠。右:原田ミドー。



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↑左:前川アキ。右:jobin、「とちも じかんも すむひとも ちがっていても つながって」。天井にくっついているのと、ぶら下がった紐と、床の白い作品。

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 ↑左側の奥の部屋。奥の床に置いてあるボストンバックは森迫暁夫。楽しく家から旅立とうとしているのでしょうか。この人の描くキャラクターはいつも口を開けて笑ってばかりいます。三省堂の明快国語辞典には「家出」を「こそっと、誰にも言わず静かに家を出る」というようなことが書いてあったのを思い出しました。隣に傘を持った女性が鑑賞しています。この日は雨模様・・・・この人が家を出るときには傘だけを持って、ズック靴なのでしょうか・・・。

by sakaidoori | 2007-05-21 15:54 | 4プラ・華アグラ | Comments(5)
2007年 05月 21日

190) タピオ 「佐々木しほ個展」・布のコラージュ 終了(19日まで)

○ 佐々木しほ個展  ~胎動から躍動へ~

 会場:タピオ
    北2西2・中通り東向き・道特会館1F
    電話(011)251-6584
 会期:5月14日(月)~5月19日(土)
 時間:11:00~19:00 (最終日18:00)

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 1967年 札幌市生まれ
 1990年 東京蔵野美術大学彫刻家卒業
       以後、東京を中心に創作、発表をする
 2000年 作曲を始める
 2004年 体調を崩し、北海道に帰郷

f0126829_1052345.jpg ガーゼに薄く着色し、何枚かを重ね貼り付けして、アクリル板に挿んで展示したもの。一見するとガーゼの薄さやしまり無さがそよ風を表現しているようだ。「コンチェルト」、「シンフォニー」というタイトルの付いた作品がある。こんなタイトルばかりだったらいいのだが・・・・・。「夕闇」、「心の形」、「つながり」、これらは明らかに心象風景だろう。「庭園」、「自然に帰る」、自然讃歌のようだが、存在のありようの願望と捉えたい。D.M.にも使われた「春風」(80×110cm)の右横に「在るべきときとして在るもの」(写真掲載)、「確固たる宇宙」という小品2作が並んでいる。作品としてはこれ等が最も落ち着いて見れたし、作家自身の現在の心境のように思えた。特に前者に「私はそこにいる。何があってもここにいる」と宣言しているような自信と力強さを感じた。総合タイトルに「胎動から躍動」とあるのは、「私もいろいろあった。だがようやく自分に立ち返り、自分を取り戻し、再出発をしようと思う。時は春、命あるもの達が胎内の大地から姿を現すように、私も躍り出よう」という意味だろう。だがこの総合タイトルは作家の意思・意欲であっても、作品群からは別の何かを感じるのだ。
 会場のコーナーには立体作品が置かれてある。作家の経歴を見るに、彫刻から出発し、立体を中心に創作活動をしているようだ。ガーゼは立体の面を表し、立体を解体して再構築しようとしたものだろう。織物作家が布としてのガーゼに注目したのとは違う。立体作品に表現しきらないものが大きくなってきて、それでいて立体を手がける精神までは否定できなくて選んだ素材がガーゼではなかろうか。立体作品は削ったり加えたりする素材そのものに対して絶対の信頼を置いている。素材は物ではなく、作者自身の肉塊と精神の代替物とまで言っていいかもしれない。「信、不信を問はない」物の塊が素材なのだ。それは同時に自分自身の確認であり、自己飛躍でもあるだろう。作家・佐々木女史は素材に対峙する自分自身への揺らぎがガーゼという道を選んだのではないだろうか。ガーゼ・・・それはまるで皮膚のようであり、裏が透けて見える。おそらく女史は裏が見たいのだ。眼(まなこ)をつぶった闇夜の透視ではなく、光燦燦とした白昼に、目を大きく開いてみたいのだ。存在の実在性を確認したいのだ。

 今展を見ていると何ともいえない食い違いを感じる。痛々しいとまでは言えないが、ほのかにきつい隙間が垣間見える。「作家と作品」に、「作家の表現したい事と、表現した事」に、「作家と作家自身」に。
 作家は今表現意欲が旺盛だ。おそらく、深い悩みから浮き上がってきた時期なのだろう。お話を伺っていると、とても一途なところがある。芸術を志す人にとって、非常識とも思える頑固さは素晴らしいことだと思う。日常生活では隠れている何かが、作家の活動を通して浮かび上がってくるかもしれないのだ。それが女史の言葉の「癒し」になるかどうかはわからないが、見るものを刺激するであろう。発表の機会が膨らめばと思う。

 モエレ沼公園のガラスのピラミッドの空間に、ガーゼを立体のように組み合わせて展示したいという望みを語っていた。公立の建築物に直ぐに希望がかなうとは思えないが、実現できたら真っ先に見に行こう。

 昼をかなり過ぎた時間に訪問した。彼女は音楽もする人だ。弁当のおにぎりを食べながら電機鍵盤のヘッド・ホーンから流れるジャズ演奏を楽しむことができた。ありがとう。

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by sakaidoori | 2007-05-21 09:17 | たぴお | Comments(0)