栄通記

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カテゴリ:【道外・関西】( 2 )


2012年 04月 15日

1706)「(藤谷康晴)CITY NECROMANCER YASYHARU FUZIYA」(京都)同時代ga. 終了・6月14日(火)~6月19日(日)

   
   
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○ CITY NECROMANCER  

    YASYHARU FUZIYA
     (藤谷康晴
 

 
 会場:同時代ギャラリー
      京都市中京区三条通り御幸町角・1928ビル1F
      電話(075)256-6155

 会期:2011年6月14日(火)~6月19日(日)
 休み:
 時間: 12:00~19:00
     (最終日は、~18:00まで)
   
ーーーーーーーーーーーーーー(5.5)

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 (以下、敬称は省略させて頂きます。)

 藤谷康晴の道外での作品を見たくて京都に行った。なのに、報告が限りなく後れてしまった。が、個人の定見のない美術活動だ。掲載承諾をいただいた作家には申し訳ないが仕方がない。遅くはなっても記録にはなるでしょう。それに、彼のファンにとってもその様子は見たいことでしょう。

 会場は天井は低く、柱もあり、変な間取りだ。そして古い。古き時代の既存建築物をギャラリーに衣替えしたのだろう。古き伝統と今様、いかにも京都らしい。そこを藤谷康晴は気に入ったのだろう。気分は殴り込み、若さ溢れる展示である。


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     ↑:(以上、メイン会場のグルリ一周です。)


 会場は二部屋。広くて変なメイン会場と、その奥の隠れ家のような部屋だ。(小さいへの様子は②に載せます。)そこに額装することもなく、情念を吐き散らすでもなく、「生」の状態での展示だ。部屋と紙の白さから、情念を、目に見えないものを浮かび上がらせようとしている。

 藤谷康晴の絵は、微視的に見れば情念を吐き出す作業だ。漲るエネルギーの出口を強引に探している。燃える狂気だ。一方で、淀んだ空気の中に、何かがあると必死に探している姿がある。それは白昼夢として絵画化される。えぐる狂気、あるいは冷めた狂気とでも言いたい。燃える自分がいて、不可知な磁場があって、その関わり闘いが燃える狂気、冷たい狂気として目の前に屹立する。

 今展、場所は京都だ。しかも、自力での一ヶ月滞在、路上ライブも実践した。坊主の修行行脚と同じだ。
 京都、日本の支配者・貴族階級の歴史、文化、奢り、傲慢、いたわり、もごもごの内なるエネルギーの権化の地だ。経済的にも、もっとも金のある場所だと思っている。金持ち階級の文化の殿堂だ。金のない人も普通の人も、金持ちの矜恃は共有している。
 そこに、日本文化の移設地・北海道から果敢にチャレンジしているのが藤谷康大だ。北海道、既にアイヌがいた。彼らは排除あるいは同化の対象でしかなかった。まるで平安貴族が奥羽の地で実践したことと同じではないか。じっさい、ミニ京都の名残が北海道には随所にある。

 チャレンジとして京都に来たが、そればかりではないだろう。「同化、羨望、憧れ、思慕・・・」などなどが心の中で同居しているだろう。どこに軸足を定めるか、その確認の為の展覧会でもあろう。
 それにしても屈折多き京都に、素直に自分を対峙したものだ。恐いもの知らずと言えばそれまでだが、立派な行為だ。自分の燃えるテンションを、美術家魂を高く維持するには普通の処ではダメなのだろう。


 個別作品と小部屋の様子は②に続く。


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 (この時期、京都を始まりとして、南紀伊半島を旅行した。熊野川を下って篠津村も見てきた。高野山、熊野大社、伊勢神宮にも立ち寄った。わずかばかりだが熊野古道も歩いた。最後は松浦武四郎記念館だった。旧家のたたずまいと旧道は今もそのままの姿だった。いろいろとさわりだけでもブログに載せたいのだが、今は中国旅行で一杯だ。)

by sakaidoori | 2012-04-15 07:16 | 【道外・関西】 | Comments(0)
2009年 02月 03日

881)①大阪市・AD&A 「谷口顕一郎・Hecomi Study #15」 終了・1月9日(金)~1月23日(金)

○ 大阪・ハンブルグ友好都市提携20周年 
    谷口顕一郎  Hecomi Study #15
  
 会場:AD&A gallery
     大阪府大阪市西区京町堀1-6-12 
     電話(06)6443-3300
 会期:2009年1月9日(金)~1月23日(金)
 休み:木曜日(定休日)
 時間:?:00~20:00

 主催:日独文化交流実行委員会
   
ーーーーーーーーーーーーーー(1・20)

 大阪に見に行った。

 昨年、彼は現住所のドイツで個展をした。その為の図録をテンポラリーで年末に見た。
 かなりの広さの道路の傷をトレースして、薄くて黄色いプラスチックに転写する。それらを切り刻んで蝶番でつなぎ、いろいろと折りたたんで立体作品として仕上げたものだ。宙にぶら下げらていた。その作品が今回の作品でもある。
 親しく彼の作品に接しているから、図録で見てもおおよその見当は付いた。だが、印刷物ではあっても彼のエネルギー、情熱がはちきらんばかりだ。同時に抑制の美学とユーモラスのさまは若き作家の記念碑的なものであることは間違い、「これは現物を見ておかなくてはいけない」。
 「ついでがあったら見に来てください」と彼の笑い顔を勝手に描いてしまった。そして、本当についでに北九州の実家に帰省する事になった。


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     (↑:拡大率は違いますが、左右を引っ付けて一つの作品として見て下さい。)


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 午後4時前に現地に到着。JR大阪駅近くの北進一方通行の4車線以上の道路を左にひょいと入る、車一台しか通れない中小路だ。直ぐの所にギャラリーがある。
 外から見ると細長くて窮屈な感じ。だが、ギャラリー専用の建物で、作品以外のものは何一つ無い。外からでもわずかに中の様子が伺える。
 1階がメイン会場、高さをゆったりと取っている(上の写真)。この会場に負けないだけの作品を並べることは大変だ。大作でなければならない。そこにただ一点だけ大きく伸びやかに作品が吊るされている。壁には装飾的にヨーロッパの凹みがマップ風に貼られている。

 作品自体は恐竜の標本に見えるが、見え方は人それぞれで楽しめばいいのだ。
 実のところ、この立体造形が美術的に良いのかどうかは僕には分からない。
 かつて見た手の平サイズの小さな凹み作品が、子供があれやこれやと手にとって遊ぶ付録のおもちゃのような作品が、いったいこの青年は何を考えているんだと僕を悩ました作品が、これほどまでに大きく変貌したことに驚く。しかも、この素材の中には都市の時空が埋め込まれている。それを遊び心で徘徊し、嫌味無く人の歴史や自然との関係に思いを抱かせ、しかも何より作家自身の笑い声が聞こえてきそうだ。
 作品を背にした時、蝶番をしなやかに動かしながら、それらが優しく襲ってきそうな錯覚を覚える。
 谷口顕一郎、トリックスター的怪しげな振る舞いをする人である。

 人は社会的存在だ。だから芸術家が社会を表現することはあたりまえだし、その独自の感性が社会の矛盾に気付き視覚表現として提言することもあるだろう。だが、芸術家の社会性ほど妖しげなものはない。彼の内発的な行為、その結果としての作品の作家の意図が多くの人に認知される時代ではない。作品の中の社会性は限られた仲間同士で認められる以上のものではない。
 現在の芸術家の難しさはどこまで徹底的に個人として行動できるか、これに尽きると思う。

 作家は社会性をより強めている。個人としての発散するエネルギーがどこまでその社会性と調和可能なのだろう?危険で楽しい綱渡りをする人だ。 もっともっと高いところで、もっともっと細い道の上で踊りながら渡って欲しい。この作品群はその始まりでしかない。


 (2階の展示風景は②に続く。)

by sakaidoori | 2009-02-03 12:52 | 【道外・関西】 | Comments(0)