栄通記

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カテゴリ:☆北武記念絵画館( 7 )


2013年 09月 17日

2209)②「想像は想像力によって (橋本礼奈 小西まさゆき 他4名)」 HOKUBU絵画館 7月4日(木)~9月29日(日)



   


想像は想像力によって 

 カトウタツヤ 鈴木健介 小西まさゆき 橋本礼奈 
     
 

 会場:HOKUBU(ホクブ)記念絵画館
      豊平区旭町1丁目1-36
      (地下鉄東豊線「学園前」①番出口、徒歩7分)
     電話(011)822-0306

 会期:2013年7月4日(木)~9月29日(日)
 開館日:毎週木・金・土・日曜日
 時間:10:00~17:00
 料金:一般300円 小中生200円 幼児無料 

ーーーーーーーーーーーーーーーー(9.13)


 2208)①の続き。


 (以下、敬称は省略させていただきます。)


 ①では2階の鈴木健介、カトウテツヤを掲載しました。
 3階は橋本礼奈、小西まさゆき の二人です。



橋本礼奈の場合



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   ↑:(左側2点が橋本礼奈。右端は小西まさゆき。)


 3点のみの出品ですから、全作を載せましょう。


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   ↑:「完璧な世界」・2009年。



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   ↑:「水鳥」・1997年。



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   ↑:「擬態」・1995年。



 出展数の少なさ、唯一の女性画家ということ、遊び心の置き所が他の作家とは違うので、全体の中ではアクセント的に見てしまった。

 そんな中で、「完璧な世界」というタイトルには驚いた。この「完璧」なまでの言い切り、子供が積み木遊びをしているのだが、「何一つ、1㎜たりとも動かすべからず」という絶対命令として受け止めた。完璧な光、完璧な色、完璧な光景、それらはこの画家に限らず、絵描きにとっての理想郷だろう。それを為し得たというのか・・。稚児というエンジェルに託す母の祈りだろう。
 エンジェル、他の作品の画題にもなっている。




小西まさゆきの場合



 道内在住画家だ。見ての通りに絵も心も若い。とても道内画家とは思えない作風であり、画題だ。驚きもし、感心もした。人物画以外を全部載せます。



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   ↑:「月光」・2006年。


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   ↑:「Golden hours」・2003年。



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   ↑:「9月」・2003年。




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   ↑:左から、「WORKING MAN」・2002年。「月も一人の夜に」・2002年。



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   ↑:「薔薇と十字架」・2001年。



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   ↑:「黙示録のイメージ」。(制作年は不明だ。陳列の流れや、作風から判断して、2000年前後だろうか?)




 どこか漫画的な軽さはあるのだが、それが「笑い」と同時に「哀しみ」にも通じていて共感を覚える。軽さは現在の日本では文化的リアルさでもある。

 「大仰に振る舞っても仕方がない。道に迷っても、もともと何処を目指すのか。右の足と左の足が相談し合い、笑顔で勝った足が決めればいい。どうせ僕たちは誰かの手のひらの中で守られている。帰るべきお家はあるのだから。一人で歩いていても、家々は暖かく寄り添っている」・・・そんな声が聞こえそうだ。それは甘えん坊のツブヤキでもあるが、絵画という理想郷での夢の遊びだ。真摯で真剣な行為でもある。何より少年のような若き心に驚く。


 ほとんどキリスト教を連想する画題であり、工夫がある。画家は洗礼者と思いたくなるが、その問題はひとまず置こう。それと、最近作がないのも気になる。描いてないからか?次の機会に発表するのか?今展を機会に描き始めるのか?宗教性の問題とあわせて、画家の今日を考えさせられるが、今は作品を楽しもう。



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   ↑:「母の肖像」・2004年。



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   ↑:「私の好きな音楽」・2006年。



 女性画はともかくとして、今展の空想画あるいは想像画は刺激的だ。ドーンとくる刺激ではない。チクリチクリと忍び寄る優しい眼差しだ。
 是非是非近々作も日の当たらないコレクション・ルームから、この展示ルームに呼んで欲しい。

by sakaidoori | 2013-09-17 21:20 | ☆北武記念絵画館 | Comments(0)
2013年 09月 17日

2208)①「想像は想像力によって (カトウタツヤ 鈴木健介 他4名)」 HOKUBU絵画館 7月4日(木)~9月29日(日)

   


想像は想像力によって 

 カトウタツヤ 鈴木健介 小西まさゆき 橋本礼奈
 
     
 

 会場:HOKUBU(ホクブ)記念絵画館
      豊平区旭町1丁目1-36
      (地下鉄東豊線「学園前」①番出口、徒歩7分)
     電話(011)822-0306

 会期:2013年7月4日(木)~9月29日(日)
 開館日:毎週木・金・土・日曜日
 時間:10:00~17:00
 料金:一般300円 小中生200円 幼児無料 

ーーーーーーーーーーーーーーーー(9.13)


 (以下、敬称は省略させていただきます。)


 4人の絵画展。

 今展の目的なり主旨はパンフレットに明快に書かれています。が、どうしたことかパンフにはカトウタツヤ以外は触れていません。会場内でもプロフィール等の個人紹介やコメント・メッセージはありません。これが当館のいつものスタイルならばわかるのですが、そうではありません。
 
 「あえて作家の言語紹介は一切しない」、これが当展です。そのつもりで見ていきましよう。年齢が一番気になるのですが、間違いを恐れずに書き進みたいと思います。


 2階には鈴木健介、カトウタツヤ。3階は橋本礼奈、小西まさゆきの展示。
 展示作品数は無茶苦茶多くはありません。展示にゆとりがあり、ゆっくりのんびり会場で時をすごすのに適しています。その分、ブログで会場の雰囲気なりを伝えるのが難しいでしょう。作品に興味を持たれた片は是非足を運んで下さい。


2階の様子 



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 カトウタツヤと鈴木健介の展示。

 カトウタツヤは札幌在住。30歳強の年齢か?彼のことは本編でも多く扱っている。作品紹介だけにしたいと思う。


 始めは、鈴木健介作品から。(以下、全て鈴木健介 作。)



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   ↑:「旅の途中」・2001年。



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   ↑:左から、「K氏の帰り道」・1991年。「街の灯」。



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   ↑:「無題」。



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   ↑:「ほの暗い夜の青さから浮かび上がる街」・2002年。




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   ↑:左から、「シャイな女の子」・2001年。「sister」・2002年。


 情感溢れる作家だ。松本俊介的なロマンチシズムと孤独感。今風の一人遊びのたゆたゆしさ。それでいて、「sister 」に現れた精神性、それは思慕から生まれた率直な理想の人か。プラトニック・ラブともいえる。飽くことなく見続ける。


 大作のタイトル、「旅の途中」は象徴的だ。きっと旅の人なのだろう。ポカンと夢見ながら、明日を強く見るでもなく、昨日にすがりつくでもなく、それでいて浮遊せずに淡々と今にいる。
 「性」すら、エロスや交わる喜びという具体性からは遠く、それでいて「今、目の前にいる人(女)」だ。触ることなく見つめる対象であったり、せいぜいオモチャのように添い寝する大事な人だ。
 いったい、いつの時点が鈴木健介の「今」なのか?「明日」なのか?「昨日」なのか?小品群は旅の足跡なのだろう。間違いなく見つめた「風景」だ。「今」を否定することなく、「時空」を遊びのようにして徘徊する人だ。



 次ぎに、同部屋のカトウタツヤを載せます。

 先ほどの鈴木健介との関係も面白い。「遊び」に共通項を求めることができるが、カトウは全てが強い。たとえ背景描写が浮き沈みの、とりとめのない水模様であっても、実態としての「水」を連想してしまう。具体的な何かと遊んでいる感じだ。「強く描きたい気持ち」と、「世界は本当に強いのか」を自問自答して楽しんでいるみたいだ。その分、作品には意図的な余裕を感じるが、それは強くなってしまう画家の気質だろう。信念として意図的に強く描くにはすべきことが沢山あるみたいだ。
 それと、物語がドラマになってしまう。それだけ強く定点を見る人なのだろう。




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   ↑:左から、「無題」・2012年。「無題」。




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   ↑:左から、「無題」・2010年。「無題」。




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   ↑:「無題」・2009年。



 スケッチのような小品がガラスケースに入っていた。



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   ↑:カトウタツヤ、「無題」・2012年。




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 3階は②に続く

by sakaidoori | 2013-09-17 17:01 | ☆北武記念絵画館 | Comments(3)
2010年 08月 27日

1354) HOKUBU記念絵画館 「①油絵常設展  三岸黄太郎の場合」 8月26日(木)~12月19日(日)


○ 油絵常設展

 会場:HOKUBU(ホクブ)記念絵画館
     豊平区旭町1丁目1-36
     (地下鉄東豊線「学園前」①番出口、徒歩7分)
     電話(011)822-0306

 会期:2010年8月26日(木)~12月19日(日)
 開館日:毎週木・金・土・日曜日
 時間:10:00~17:00
 料金:一般300円、小中生200円 幼児無料

ーーーーーーーーーーーーーーーー(8.26)

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     ↑:以上、2階の風景。


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     ↑:以上、3階の風景。


 詩情に包まれた館になっていた。

 館側の指示で2階から見ていく。
 1作家2点以上の展示で、見知らぬ画家への想像を膨らますことになる。風景をメインにしながらも、それぞれの個性と技量が程良いリズムになって、「そうなのか、そうなのか」と一人うなずきながらの歩みだ。数少ない作家である赤穴が真ん中近辺で対面だ。グッと心が引き締まる。

 3階は人の生理の問題と部屋の構造から、左回りに見ることになる。
 最後近くになって、予告された三岸節子の新収蔵作品が登場する。得意の情熱作品ではなく、絵画上の大きな窓を二つ設定して、目くるめく世界を創出している。そして、いつもの激しい「花」の絵を見た後に、今展のメイン、三岸黄太郎の3点の赤い作品に出会うことになる。

 以下、三岸息子・母の順に載せます。後は時間の許す範囲で紹介します。


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     ↑:以上、三岸黄太郎

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     ↑:左側、「薄明」。右側、「幻の城」。


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          ↑:「オークル」。


 赤黒く暗い絵だが、沈鬱になることはない。薄塗りのキャンバスから何かが立ち上がる、というよりも、画家自身のイメージが一つ一つこじ開けられ、絵画という構築物に姿を変えていった趣がある。構築の中に閉じこめられ、発散する力となったのは常に見知った風土の力だ。黄太郎が生活の中で親しむ風景の象徴が、画家の五感の関わりで黄太郎・風土となり、絵画として甦っているようだ。

 風土、そこにはその土地だけの風や匂いや太陽や草や花があるだろう。黄太郎はそれらを、風土に埋め込められながらも、互いが互いを際だたせる強い「存在」として見ている。しかも人間と同類の存在として見ている。だからどうしても、画かれた存在を擬人化して見ることになる。画家自身も人の似姿である「建物」を好んで画く。

 屹立した絵だ。それでいて他者との関係を前提にした独り立ちだ。「我」ではなく「我々」を画いている。そして詩が前面を覆っている。これは画家のみが表現できる特権だろう。色の強さであり、色同士の混じり合い、関係としての詩だ。
 孤高の厳しさではない。詩情を湛えた等身大の人間臭さがある。




 1930年 東京都中野区生まれ。
 1953年 私費留学による渡仏。翌年帰国。
 1968年 母・節子と家族と共に再渡仏。
        すぐに、南仏カーニュに居を定める。
 1974年 一時帰国。
        南仏カーニュから、北仏ブルゴーニュ地方のヴェロンに転居する。
 1989年 日本に帰国し、日本とヴェロンを制作の拠点にしている。

 上掲の3点は、そのヴェロン時代の作品だろう。1989年以前か以降かは資料が無いから分からない。
 1978年から1989年の間の個展等の発表歴は彼の生涯の大きな山とのことだ。

 ヴェロンは本当に何もない寒村とのことだ。ゴッホが愛した南仏は彼の生理にあっていなかっと見えて、図録にもあまり紹介されていない。東京生まれの人だが、父親好太郎の北国の血が、無意識にヴェロンを選び、「三岸黄太郎」を作ったと評論家・中野 中氏は指摘している。確かに小説的推理だが、父・好太郎の都会的ポエム、母・節子の教養と情熱が混じり合った。都会しか知らない人間を都会を越えた詩人画家にしたようだ。



 予想に反して、黄太郎を書くだけで疲れてしまった。
 他にも沢山の作品があります。期間は長い。とつおいつと紹介することにします。



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     ↑:中谷龍一。
 

by sakaidoori | 2010-08-27 23:15 | ☆北武記念絵画館 | Comments(0)
2009年 12月 19日

1135) HOKUBU記念絵画館 「北岡文雄・展」 9月3日(木)~12月20日(日)

○ 北岡文雄・展

 会場:HOKUBU(ホクブ)記念絵画館
     豊平区旭町1丁目1-36
     (地下鉄東豊線「学園前」①番出口、徒歩7分)
     電話(011)822-0306

f0126829_765449.jpg 会期:2009年9月3日(木)~12月20日(日)
 開館日:毎週木・金・土・日曜日
 時間:10:00~17:00
 料金:一般300円、小中生200円 幼児無料

ーーーーーーーーーーーーーーーー(12・18)









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・ 人物のいる風景版画を中心にして

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     ↑:左、「渓流の森」・1984年。
     ↑:右、「羅臼岳晩秋」・1989年。


 北岡文雄といったら、頭にこびりついた二つのイメージがある。
 一つは、終戦後直ぐに発表された、モノトーンによる民衆画。暗さを特徴としていて、「人とは何か、時代とは何か」を問うている。彼の画業から振り返れば、若かりし時代の捨てられし青臭さであった。

 一つは近代美術館で度々見れる北海道の風景画。大判の掛け軸仕様で、実景の生命力を大胆に流動化し、見た目は抽象化された奔放なイメージ風景画だ。先ほど言った、若き時代の人への同情・慈しみの心が生命賛歌として昇華されたみたい。

 ところが、今展を含めて普通に氏の作品に触れる時には、そういう大仰さは微塵もない。「二つのイメージ」とは、特化された公的・美術館的イメージなのだろう。色を自由に使い、国内・海外と激しく旅してその旅情・異国情緒を僕らに伝えている。季節は春から初夏・夏を一番の好みにしているようだ。画面に多い「緑」は、その証だろう。秋も得意だが、色付く紅葉がいいのであって、画家の色好みの反映だ。


 今展、2階・3階と小品だが60点はあろうか。ほぼ一貫した美学・趣味の作品群だ。多様な色はハーモニーになっていて、心踊る。似た作品ばかりで深みがないと言えばそれまでだ。
 僕は、彼の「自然観照」「生命の普通のありよう」「普通な物・者の輝き」を、彼の理想を素直に楽しんだ。

 作品は風景ばかりです。
 彼の風景画の特徴は、見たものを中心にすえてドーンと描く、そこに色や形が絡み合って、飛び出すような迫力をともない目に迫る、そう理解した。
 作品に点景のように「人物」がいる作品もある。そういう作品は、純粋風景画とムードが違う。点景としての人物を生かす為に、画題が横に広がっている。画かれる中心は「物」としての存在ではなく、人を包み込んだ全体の情緒に主眼があるようだ。人無き風景画が、全てが中央に向かうのに反して、「人物」が居ることによって、横に横にと画面を素通りしている。「人物」は風景の小さな一部として、しかし絵全体の「作家の意志」を主張する道具として存在している。

 以下、人のいる風景画ばかり載せます。


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     ↑:「ライラックの季節」・1986年。



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     ↑:「晩秋の木曽路」・1990年。



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     ↑:「川岸の家」・1992年。





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     ↑:「紀州路の春」・1981年。



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     ↑:「初夏蘇州」・1981年。



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     ↑:「水辺の家」・1983年。



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     ↑:「雪降る街」・1966年。



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     ↑:「河岸通り」・1992年。


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     ↑:「ジョージタウン」・1966年。


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 ↑:「のりそだ」・1985年。
 (中品の大きさ。)



 

by sakaidoori | 2009-12-19 09:25 | ☆北武記念絵画館 | Comments(0)
2008年 12月 14日

848) ①HOKUBU記念絵画 「版画常設展」  10月23日(木)~12月28日(日)

○ 版画常設展

 会場:HOKUBU(ホクブ)記念絵画館
     豊平区旭町1丁目1-36
     電話(011)822-0306
 会期:2008年10月23日(木)~12月28日(日)
 開館日:毎週木・金・土・日曜日
 時間:10:00~17:00
 料金:一般300円、小中生200円 

ーーーーーーーーーーーーーーーー(12・12)

 明治維新は美術を一変させた。
 しっかりした伝統版画(木版画)の技術を持つ日本ではあったが、西洋絵画との出会いは衝撃的だった。創作・独創性ということや、石版画やエッチングという未知の版画に出合い、職人的技としての版画からの脱却が課題になった。
 一方で明治の社会環境の激変は職業としての版画師の職場を奪い、新たな時代要請の中で版画を捉え直すことでもあった。

 創作版画の確立、すべてはそこに帰する。それを自創・自刻・自刷で実現することでもあった。職人としての版画師・業師から、表現者としての版画家になることだ。
 新聞や雑誌という新たな大衆情報誌の中に発表と生活の足場を固めていくことでもあった。

 本展はその明治後半の版画黎明期から戦後の初期までを大雑把ではあるが、木版画によってその流れを確認しようとするものだ。
 2階が小振りな作品を中心にして、黎明期から戦前まで。
 3階がより大きな作品で戦前戦後の初めまで。

 現代のような大仰な個人主義の作品は全然ありません。
 人物画や風景画の中に当時の風景観、絵画感を、古拙なるが故に楽しめるとというものです。

○ 2階。

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     ↑:山本鼎、「漁夫」・1904年。
 日本近代版画黎明期の代表作として、必ずでてくる作品。明治37年の出来事です。三岸好太郎が生まれる頃の話です。

 物知りの冒頭文でしたが、言葉で書けれるのはそこまでです。版画史の細かい具体的なことは知りません。以下、展示作品の中から適当に個別作品を載せます。


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 ↑左:恩地孝四郎、「女俗選野内 桜」・1944(昭和19)年。
 ↑右:織田一磨、「モデル」1922(大正10)年。

 「モデル」、女性の顔の下手さ加減に笑ってしまった。苦労しているのですね。


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 ↑左:藤森靜雄、「羽田の秋」・1932(昭和7)年。
 ↑右:亀井藤兵衛、「車中の人」・1945年前。

 
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 ↑左:前川千帆、「みかんと柿」・1946年。
 戦後すぐの作品だからでしょうか、顔や姿が随分とくつろいでいます。

 ↑右:谷中安規、「葬葬行進曲」・1933(昭和8)年。


 2階はマニアックな部屋でした。古き良き時代のロマン、試行錯誤の画題のとらえ方などなど、版画らしい部屋でした。


○ 3階

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 ↑:畦地梅太郎。左から、「槍ヶ岳」・1952(昭和27)年。「大野原小松池」・1949(昭和24)年。

 いっぺんに畔地ファンになってしまいました。写実に捉われない自由な表現が良いですね。人物、目が特徴的です。古代エジプトの顔と同じです。体は横を向いて、目はこちらを向く。強い個性的な目を感じます。人物は漫画的なのですが、それだからこそ近代的人間を連想してしまう。
 風景、全然写生的でない。一つのイメージと思いますが、不思議と別の世界に引き込まれてしまいました。
 畦地梅太郎、きっと有名な方でしょう。

 (②として、もう少し3階の個別写真を載せます。)


~~~~~~~~~~~~~~~

 僕はここの知り合いでも宣伝マンでもありませんが、札幌という地方の地元の美術環境を多くの人に知ってもらいたいと思っています。企業運営のギャラリーは周りが勝手に盛り上げないともったいない。企業業績によって撤退もあるでしょう。それは仕方が無いことです。新たに業績の良い企業が登場してくれれば良いことです。そういうムードを作ることが大事です。もっともっと企業ギャラリーを盛り立てて、出来ることなら彼らにもっともっと前にでてきてもらいましょう。
 北武絵画記念館、来年こそ一度は足を運んでみて下さい。

by sakaidoori | 2008-12-14 11:33 | ☆北武記念絵画館 | Comments(0)
2008年 09月 29日

768)HOKUBU記念絵画館「萩原英雄・展  abstrct only」 終了・4月24日(木)~9月28日(日)

○ 萩原英雄・展
     abstrct only

 会場:HOKUBU(ホクブ)記念絵画館
     豊平区旭町1丁目1-36
     電話(011)822-0306
 会期:2008年4月24日(木)~9月28日(日)
 開館日:毎週木・金・土・日曜日
 時間:10:00~17:00
 料金:一般300円、小中生200円 
ーーーーーーーーーーーーーーーー(9・28)

 いつでも行けると思っていたら最終日になってしまいました。
 幸いにも館長にお会いすることができ、それ程の会話を交えることはありませんでしたが個別作品の紹介の許可を頂きました。有難うございます。
 会場のムードと個別作品を紹介したいと思います。

 会場は2階と3階が展示室です。今展は2階からの観覧です。比較的古い作品が2階の展示ですが、編年別にはなっていません。


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 ↑:以上が2階です。真ん中に横壁があって、部屋を二分しています。ソファーのある部屋が奥の広々とした空間です。左周りに見ていくことになります。

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 ↑:3階の入り口左側。テーブルの左側には本棚があります。ビデオも見れるようになっています。しっかりと萩原英雄氏の説明ビデオを見てきました。

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 ↑:以上が3階です。


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 (↑:クリックして大きくして下さい。)


 パンフレットには「近代の木版画を切り開いた祖」とあります。
 
 1913年 山梨生まれ。
 1938年 現・東京芸術大学美術学部油彩学科卒。
 1953年 結核療養中に年賀状の為に始めて木版画を制作。
 2007年 逝去、享年95歳。

 輝かしい画歴は木版を始めてからの成果だ。木版以前の荻原・油彩画がどの程度の力量で、どう評価されていたのかは知らない。木版を知ることにより、木版の制約を油彩画家の立場から克服していく過程が木版の可能性を広げていったようである。

 木版の制約?
 ① 木版凸版の平面さ。いかに油彩画のように深みのある画質を表現するか。
 ② 木の木目による鑿跡(線描)の方向性の制約。等々。

 それらの課題は棟方志功のように、強く刷られた色が裏に滲んでくるのを利用した「両面刷り」や、ドライ・ポイントなどの西洋凹版の技術を応用すること、小さな版木をコラージュの様にランダムに張り合わせたりして、色の深みと自由さを確保していった。その成果が各種の受賞へと評価されたようだ。

 一方で、キャンバス油彩への不満が浮世絵以来の木版画の伝統を踏襲することによって画家としての可能性が開けていったのだろう。キャンバスの万物創造と自己愛(画家が神になること)の窮屈さから、日本美への回帰として。パンフレットは「装飾的な平面の空間」創造と指摘している。

 追憶シリーズが明瞭だが、編年的に作品を追っていくと「土に還る」という意識が濃厚のような気がする。今荘義男氏を思った。
 技法の発明は先駆者としては讃えられるべきだが、今となってはそれだけでは後世に残らないであろう。技法を発明しなければ表現できない「荻原・ワールド」が大事なのだろう。
 わずかばかりの鑑賞で好き嫌いは言えても、それ以上の事を語る能力は僕にはない。識者の意見を聞きたいところだ。
 再び北武記念絵画館で展覧する機会があると思う。以上はその時の為の個人的メモだ。


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 ↑:「パリス(ギリシャ神話より)」・1996年 38.0×53.0。

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 ↑:「お伽の国(No.3)」・1966年 55・0×80.0。
 自由な線を木版で追求しようとした作品。
 上の絵、どこかミロの版画との近似を思う。
 木版画の線の自由度の確保。古代中国の書家は木簡の筆の制約性(例えば、横線は木目の抵抗にあい、力強い線が出来る。)からの開放を紙により自由さを実現した。四方八方への筆の自由な運びは書の成立となった。なぜか、その類似を連想した。


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 ↑:左から、「白の幻想(2)」・1962年 86×59。
   「古代の唄(No.1)」・1965年 90×60。


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 ↑:左から、「古代の唄(No.9)」・1965年 90.0×60.0。
  「追憶(No.1)」・1986年 54.0×72。
 背景のぶつぶつ模様は表に刷った色が裏側ににじみ出た色だと思う。深い色合いや空間表現の基礎になっている。
 
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 ↑:左から、「砂上の星(No.16)」・1983年 90×60。 
   「追憶(No.4)」・1987年 90×60。


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 ↑:左から、「追憶(No.6)」・1988年 90×60。
   「追憶(No.17)」・1994年 90×60。


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 ↑:左から、「追憶(No.19)」・1995年 90×60。
   「追憶(No.20)]・1995年 90×60。

by sakaidoori | 2008-09-29 22:09 | ☆北武記念絵画館 | Comments(0)
2008年 03月 24日

568)HOKUBU記念絵画館 「版画常設展」 11月8日(木)~2008年3月30日(日)

○ 版画常設展

 会場:HOKUBU記念絵画館
     豊平区旭町1丁目1-36
     電話(011)822-0306
 会期:会期:2008年1月24日(木)~3月30日(日)

 開館日:毎週木・金・土・日曜日
 時間:10:00~17:00
 料金:一般300円、小中生200円 
ーーーーーーーーーーーーーーーーー(3・21)
 【出品作家と作品の抜粋】
 吉田遠志・「冬の富士山」、川瀬巴水・「大阪宗右衛門街の夕」、山村耕花・「三五朗の三人片輪オシ」、名取春仙・「武者」、橋口五葉・「鴨」・1920、石川寅治・「鈴の音」、吉田博・「動物園くるまさかおうむ」・1926、竹久夢二・「春」、ポール・ジャクレー・「喪中の少年」、石井柏亭・「東京12景 赤坂」、硲(はざま)伊之助・「南仏の田舎娘」、吉川観方・「三条大橋の朝霧」、小村雪岱・「おせん(縁側)」、伊藤深水・「美人画」、他

 場所の説明。
 豊平川、南七条大橋を街の方から北側の歩道を豊平に向かって渡って行きます。広い道路(中ノ島通)を横断すると、直ぐにパチンコ「太陽」が左側にあります。その辺りに鋭角に左に侵入する中小路に入れば、左側に三角形の駐車場を有した立派な3階立ての建物です。
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 300円を払って入場。2階3階が展示場。
 北武絵画館では版画の蒐集が美術館の原点。北武グループ総帥北武社長(代替わりしたかどうかは不明)の収集品を核にして、多くの絵画も有している。

 その版画の中でも、今展は新版画といわれる作品の展示。
 浮世絵は原画作家、刷り氏、彫り氏の分業制作です。原画作家、版元が最終決定をして作品化していました。
 明治時代にヨーロッパの創作版画の影響の下、原画、自刷、自刻を一人の作家だけによる版画の時代になりました。古典的版画技法は衰退の勢いでしたが、浮世絵などの複製版画の必要性、著名作品の販売の便宜のために、新たな分業体制で版画の制作がなされるようになりました。それが「新版画」と呼ばれるものです。版画そのものの創作性というよりも、高い技術にささえられた工芸的要素の強い版画です。作品もある程度の販売実績が予想される無難な美人画、風景画が多いのではないでしょうか。
 実際、今展ではそういう作品の展示になっています。版画の複製としての高い技術、原画そのもののクラシカルな美、そういうものを楽しむ展覧会ではないでしょうか。

 一方、3階には版画に混じって、2点の大きな油彩画があります。版画とは逆に、現在風の作品です。とても若い感覚の絵です。この作品を見るだけでも300円の価値はあると思います。どういう経路での収蔵作品なのか、関係者に伺って、物語を楽しみたいですね。

 ピンポイント作品掲載は出来ないので、会場風景だけでも載せます。

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 ↑:以上、2階の展示場。

 以下、3階の展示場。
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 ↑:伊藤深水の作品群。
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 ↑:右端の油彩画は、堤健二・「旅人たち」。目の描きかた、画面からは独特なムードが伝わってきます。色合い、画質感は道展の伊藤光悦さんを連想していただければ良いのでは。もちろん、テーマは随分違います。
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 ↑:図録などをゆっくり読めるテーブルも用意されています。向こうに見えるのが、鈴木健介・「旅の途中」。シュールなメルヘンとでも言えばいいのでしょうか。
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 ↑:伊藤深水・「手鏡」・1951。展示されている戦前の伊藤作品は見慣れた彼らしい美人画ばかりです。この作品は戦後で、マティスばりの線や色面がリズミカルに踊っています。鏡という小道具を使い、華やかな作品です。今後、伊藤深水を勉強すると思うのですが、こういう一面があるのを覚えておきましょう。

by sakaidoori | 2008-03-24 16:22 | ☆北武記念絵画館 | Comments(0)