カテゴリ:ミヤシタ( 66 )


2016年 05月 08日

2514) 「井上まさじ・展 2016」 ミヤシタ 4月13日(水)~5月8日(日)

井上まさじ・展 2016   
  

 会場:ギャラリー ミヤシタ
      中央区南5条西20丁目1-38 
      (南北の中小路の、東側にある民家)  
      電話(011)562-6977

 会期:2016年4月13日(水)~5月8日(日)
 休み:月曜日(休廊日)
 時間:12:00~19:00 
     (最終日は ~17:00まで)

ーーーーーーーーーーーーーーーーー(5.1)


 1階と2階との展示。簡単にそれぞれの部屋の展示風景を載せます。



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   ↑:(以上、1階から。)




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   ↑:(以上、2階から。)



 (以下、敬称は省略させていただきます。)


 いつもながら感じ入り、考えさせられる井上まさじ絵画だ。


 とにかく綺麗だ。

 絵画から色と光が真っ先に目に飛び込んでくる。
 同時に、描かれた「模様」も、言いしれね魅力で網膜に焼き付く。「模様」というより、なにがしかの「実体」と思えてならない。それを「大地」とか、「皮膚」とか、「自然風景」と思いたくなる。「大地を描いているから大地なんだよな~」、ではなく、「大地(自然)と思えてならないから大地」なんだ。
 大地と思うと同時に、画面の内側から「波長」とか「安定した揺らぎ」とか「思想」も発散している。だからなんだ、井上絵画が不思議なのは。
 この「光」と「色」と「自然」と「波長」と「揺らぎ」と「思想」が混じりあっているから、「綺麗な絵」という言葉からは想像できない力強さがあるのだろう。

 筆で描いてはいないという。凸凹にしている支持体に絵具を浸らせる。凸凹だから乾きにムラがある。その乾き具合の案配で、表面の絵具を落とす。乾いた部分には色が定着し、模様が出来る。そういう作業を繰り返していく。井上まさじは職人であると同時に、監督か指揮者のような目配りで、画面とにらみっこしているわけだ。今までの絵画経験という技術(職人技)と、自身の自然観で画面が立ち上がっていくわけだ。


 問題は、絵自体の「綺麗さ」「美しさ」「力」が今展の魅力ではないことだ。
 間違いなくここには「井上まさじ・美学」があり、「井上まさじ・自然観」がる。
 おそらく、「彼」と「僕」との間に自然や美に対する「共通感覚」が今展を成り立たせていると思う。作品に触発されて、「僕」は「共通感覚」を意識したと言った方がいい。
 そして、「共通感覚」の向こう側は、それはもはや井上まさじが世界観と距離を保つことになる。もしかしたら、井上ワールドから離れ、否定するかもしれない。共通感覚を有しながら、否定するかもしれないとは!それだけ現代人同士が強く結ばれるということは期待できない。
 最後は、「僕はいかなる自然観、宇宙観、生命観」を抱いているのか?にたどり着く。結局、自分自身を見つめることになる。

 
 絵画鑑賞という受け身的な行為。そこに井上まさじは小さく強くささやく。「自分自身を見よ!少なくとも、オレはオレの見えない世界を見える形でキミに見せる。自分自身を自然を再認識するキッカケにして下さい」。




 
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by sakaidoori | 2016-05-08 11:50 | ミヤシタ | Comments(0)
2014年 08月 01日

2435) 「釜谷美由紀展 Photo Exhibition」 ミヤシタ 7月16日(水)~8月3日(日)

   




釜谷美由紀 Photo Exhibition   
           



 会場:ギャラリー ミヤシタ
      中央区南5条西20丁目1-38 
      (南北の中小路の、東側にある民家)  
      電話(011)562-6977

 会期:2014年7月16日(水)~8月3日(日)
 休み:月曜(定休日)
 時間:12:00~19:00 
     (最終日は ~17:00まで)

ーーーーーーーーーーーーーーーーー(7.31)



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 (以下、敬称は省略させていただきます。)




 縦長の世界が窓のようにしてたたずんでいる。被写体はいくつかのパターンに分かれているが、全ては「向こうにある」、そして「覗いている」。その一つ一つは大事な一瞬なのだろうが、撮影者の心が止まった感じで、こちらも被写体を追いかけはするが、何とはなしに自分自身の風景感と対話している感じにもなる。

 淡々と作品を追っかけよう。






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 プロローグとしての小品。
 荒々しさだけが目立つ変な作品だ。「大地を見よ!向こうの区切られた空間を見よ!左右の壁も見よ!」と、訴えている。今展の主要部分を構成する作品とはムードを異にしている。だが、以下の心象風景的にも見える光景の背後には、こういう並々ならぬ強さが隠れているのだろう。





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 木々の傾く姿、横たわる姿は心をざわつかせる。木々の線で区切られた向こうの風景を僕らは垣間見る、見つめる。・・・撮影者は現場の臨場感を伝えたいのか?同時に、作品を見た瞬間に「これは過去の出来事だよ」と、作品の凸凹な画質感が教えてもいるようだ。過去と現在の結び目を探しているのか?
 水平線は中央にある。真ん中にも変な塊がある。決して手前を強く見ているのではない。全てが等価値でそこにある。いや、荒廃した姿だ。過去には「違った風景」があったはずだ。

 おそらく東北震災の姿だろう。確かに撮影者は歴史的風景を撮りはするが、記録とか告発という立場ではない。「非日常的な重い現実」と「今という普通の風景」を「撮る」という行為で重ね合わせ、「見せる」という姿勢で何かを付け足そうとしている。
 「何を」・・・。先に進もう。





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 寒々しい光景だ。全てが立っている。
 おそらく撮影者は「立つ姿」が好きなのだろう。しかも「堂々と立つ」ことを。







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 遠くにある。ならば近くには無いのか?撮影者は水平線の向こうの横拡がりの世界を近づけたがっている。高くにある理想郷をアゴを上げて求めようとはしない。上下は木々の立ち姿で充分だ。向こうにある世界をたぐり寄せたい。



 ここまでが今展の前半。震災とか、向こう側の時空とか、表向きの主張は以上の作品で充分だろう。

 後半は写真そのものをいろいろと楽しんでいる。以下の、寄せ集めとも思える種々なアプローチ、強いて脈路を付けてはいない。だから、今展には総合タイトルがないのだ。「残心」という言葉で写真気分を代弁させてはいるが、一人の人間が撮っているからそれなりの統一と関連はあるだろうが、やはり強いてあるコンセプトでくくらない方がいいだろう。風景を切り取る写真と自分の可能性の場でもある。

 女子たちを見つめるロマン、絵画のような切り口、恐いネコは自画像か?抽象を力一杯楽しんでもいます。そうなんだ、この人は全てに力一杯なのだ。だからこちらもついつい力が入るんだ。後半は力を出し加減、前半は力を溜め込んでいたのだろう。





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 奇を衒わずに付かず離れず、画面の細やかさは女性だからか・・・そんな窓越しでのあれもあるこれもあるという風景だった。










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 突然現れる怒るネコだ。吠える子ネコか雌ネコか化けネコか!





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 自画像として見た。

by sakaidoori | 2014-08-01 11:19 | ミヤシタ | Comments(0)
2014年 03月 05日

2359) 「藤山由香展 ~手を振らずに~」 ミヤシタ 終了/2月12日(水)~3月2日(日)



藤山由香展 

     ~手を振らずに
   
           



 会場:ギャラリー ミヤシタ
      中央区南5条西20丁目1-38 
      (南北の中小路の、東側にある民家)  
      電話(011)562-6977

 会期:2014年2月12日(水)~3月2日(日)
 休み:月曜(定休日)
 時間:12:00~19:00 
     (最終日は ~17:00まで)

ーーーーーーーーーーーーーーーーー(3.1)



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 (以下、敬称は省略させていただきます。)


 青の好きな画家だ。いろいろな思いで青に取り組んでいるのだろう。今回の青は空だ。もっとも、今までも「空」だったのだが、あれこれと絵画にチャレンジしていたから空そのものが見えたり見えなかったりしたものだ。そういう意味では、普通にありのままの空を眺める気分で藤山・青を見てきた。

 そうは言っても、入口付近の大作は濃い青のみだ。画家にとっては渾身の青だろう。「青い空」と言うよりも「青色」だ。やはりいろいろ気分だ。




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   ↑:910×652㎜。





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   ↑:530×530㎜。




 他の作品が雲を抱きながらの青い空ばかりだ。だから、上掲の大作も気分は青空なのだろう。でも、風心とか空気感とか良い気分とか、そういう幸せ気分とは少し違って見える。何て言うのか、「青よアオよ、その向こうにある青よ、姿を形をしっかり出してちょうだい、眼に見える姿を」そんな、画家の願望というか強い信念でキャンバスを見つめている感じだ。そこに青を塗り込むことによって・・・



 以下、他の小品を載せます。間違いなく空でしょう。そして中央に浮かぶ雲?がある。画家は空一般ではなくて、中央の空を凝視しているのだろう。とてもそんな「凝視」とは思えないムードだが、間違いなく「空を凝視」しているのでしょう。そうすることによってそよ風とかふわふわ気分とかを後から体感しているのかもしれない。






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   ↑:530×530㎜。




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   ↑:453×333㎜。




 随分とピンクを多用している。

 昔、高校の美術の先生が言った言葉を思い出した。「皆さ~ん、空をしっかり見ましょうね。青と白だけと思ってはいけませんよ。ピンクもありますよ、他にもいろんな色がありますよ。しっかり見ましょうね」
 以来、「空がピンク?」と疑問に思いつつその言葉で空を見る時がある。確かにピンクに見える時がある。
 ある画家が「ピンクもあるが黄色もある!」と仰った。確かに見えた。

 きっと藤山由香の調子は良いのだろう。そんな気がする。






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   ↑:530×410㎜。







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   ↑:左側、227×158㎜。右側、180×140㎜。

by sakaidoori | 2014-03-05 18:35 | ミヤシタ | Comments(0)
2014年 02月 12日

2345) 「井上治子展」 ミヤシタ 終了/1月22日(木)~2月9日(日)

  


井上治子    
           



 会場:ギャラリー ミヤシタ
      中央区南5条西20丁目1-38 
      (南北の中小路の、東側にある民家)  
      電話(011)562-6977

 会期:2014年1月22日(木)~2月9日(日)
 休み:月曜(定休日)
 時間:12:00~19:00 
     (最終日は ~17:00まで)

ーーーーーーーーーーーーーーーーー(2.9)



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 まるで結婚式の控え室のよう。水引がいっぱい!幸せで飾り過ぎるのも下品だから、ここに少し、あそこにも少し、ほらそこにも・・・井上家家宝の祝い用下がり物で色気をちょちょっと・・・、雪景色に染まったミヤシタ館は、嬉しく楽しく一足先に春を謳っている。

 「でも、これってアート?」と、天の邪鬼(あまのじゃく)氏は仰るかもしれない。確かにそうかもしれない。
 「そんなことはないわ、立派な空間造形だわ」と、清々しき井上心を支持する人がいるかもしれない。確かにそうかもしれない。
 「えっ、栄通さんはどっちよ!」と女性軍に怒られそうだ。でてきた清々しく愛でたい意匠よりも、あまりに素直な自然体の井上治子にビックリした。何か、その~普通を普通に愛し始めたみたいだ。


 白さや糸を利用したりは同じだが、一つの脱皮がある。
 以前は、糸をカーテンのようにして物を覆って、中の色味をチラリズムで表現していた。今展の下がり物が以前の傾向だ。



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 色を淡く表現したいのか、糸で何かを隠したいのか、関節手法を作家は楽しんでいた。今回、基本的に「隠す」ことを止めた。糸がその姿を直接に見せ始めた。始めは「水引」や「祝い用の飾り物」みたいに、それが最後は糸がドローイングのように「ちょっと自由を下さい」と、お洒落声をあげ始めた。そんな一連の姿が会場左回りでゆっくりと変化している。

 最後に、その変化している糸の姿をもう一度載せて行きます。

 今展はきっと、今後のための「リ・スタート」展に成ると思う。一皮むけた「井上治子」のような気がする。「アートか?空間造形か?」の返事は今後の姿を見て判断しても遅くはないでしょう。とにかく、「初くピンクに染まった井上心」をうらやもう。日々、気持ちよく糸を紡いで、手にやさしく目にやさしく編んでいるのでしょう。これは男の僕には遠い世界です。








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by sakaidoori | 2014-02-12 06:57 | ミヤシタ | Comments(0)
2013年 11月 28日

2315) 「高橋佳乃子展」 ミヤシタ 11月21日(木)~12月8日(日)

    



高橋佳乃子    
           



 会場:ギャラリー ミヤシタ
      中央区南5条西20丁目1-38 
      (南北の中小路の、東側にある民家)  
      電話(011)562-6977

 会期:2013年11月21日(木)~12月8日(日)
 休み:月曜(定休日)
 時間:12:00~19:00 
     (最終日は ~17:00まで)

ーーーーーーーーーーーーーーーーー(11.24)



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 爽やかな個展だ。綺麗な白壁の窓風景、季節は初夏、そんな伸びやかな心地だ。

 画家は道展の会員、だからか公募団体で鍛えられた画質感や構成は自分のものになり、安定感がある。強烈な激情とか、淡すぎる心象とか、そういう極端を好まない。あくまでも中間色、筆跡を留めず、薄く幾重にも色を重ね、しかも重さ厚さを排する。窓の向こうの一点を見つめて、「そこに自分を虜にする何かがあれば・・・」でも、のんびりと見つめるだけ。ただ澄み切った青空を見つめるように。もっとも、それでは我慢ができないのか、画面の四隅には「私だって激する心があるのよ」と、乱れ模様も挟んでいる。

 気になるのは枠だ。遊び心としてさりげなく、しかし強いメッセージとして小さな枠を展示している。しかも、床に置いている・・・目立たないようにイスの下に・・・でも、それは目立つ行為。枠に合わせるように柱が立っている。当館の名物存在だが、作品とは喧嘩をしていない。空間を縦割りにして、高橋佳乃子空間をサポートしている。

 枠は「窓」だろう。作品を「窓、そこからの風景として見よ」という暗示か?その真意は不明だが、作風に似ず強い意志を感じる。思えば、当ミヤシタ・ギャラリーでの「高橋佳乃子展」も意外だ。大作中心の公募展作家が、やや小振りの当館で作品のみで強く自分を見せるには狭い。
 「部屋のような閉じられた空間からの窓の風景、そこは世界との通り道、空想実景と心象との交差」、誰にも邪魔されずに当館で作りたかったのだろう。

 その拡がる心と情緒安定さを羨ましく思う。リズムのような乱れ模様、枠ともども前に進みたい証なのだろう。




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by sakaidoori | 2013-11-28 11:06 | ミヤシタ | Comments(0)
2013年 11月 04日

2289) 「山田恭代美展 2013」 ミヤシタ 10月30日(水)~11月17日(日)

  



山田恭代美展 2013  
           



 会場:ギャラリー ミヤシタ
      中央区南5条西20丁目1-38 
      (南北の中小路の、東側にある民家)  
      電話(011)562-6977

 会期:2013年10月30日(水)~11月17日(日)
 休み:月曜(定休日)
 時間:12:00~19:00 
     (最終日は ~17:00まで)

ーーーーーーーーーーーーーーーーー(10.21)


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 元気の良い個展だ。

 「水面」を画題にしている。以前からやや賑やか系の「水面」だった。それでも色数は少なく、安定感にも配慮していた。今回は飛躍的に賑々しくなった。賑やかさカラフルさで画面を前に押しだしす。その反作用を利用しながら水底への奥域を表現している。水底はチラリズム的なのだが、底の深みを感じてしまうと、「作家の飛躍期に出会えたのでは」と、愉快愉快で顔がほころんでしまった。
 

 最初のほうから載せていきます。
 不思議な白味から始まり、メインのはみ出るエネルギーと沈む情念、最後はその余韻、そんな感じで個展は終わる。
 あるいは雪解けと勘違いしそうな春から始まり、一気にムードは夏爛漫、やがて秋のはずだがまだまだ終わらぬ夏心、ともいえるでしょう。


 素材は全て、「木製パネル 和紙 シルクスクリーン アクリル着彩」です。



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   ↑:タイトルは左から、「泡雪(あわゆき)」、「はるかぜ」、「はなびら」、「やわらかい花」、「冬の陽」、「花のかげ」、「ひかる風」。




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 これ以降のタイトルは、最後の作品以外、「Nymphaea colorata」(ニンフェア・コロラータ。熱帯睡蓮の学名。「彩色された水の女神」の意)。




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   ↑:右側の最後の作品タイトルは、「汀の風景 pulorogue」。




 掲載順に何点か個別作品を載せます。




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   ↑:「泡雪(あわゆき)」・30.3×30.3㎝。



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   ↑:「はなびら」・30.3×30.3㎝。


 最初のほうの白い作品群、展示構成上は「春気分」だ。そういう展示全体の一つの流れで見ることはできるが、創作上の気分や意図は全く別なのではないか。それほど、後半の作品とは異質だ。
 画面の表面は和紙のざらざら感を保ち、「一点を、この白を、この美しさを見よ」という姿勢が強い。清々しさと強さに引きこまれる。今の山田恭代美はエネルギー発散型の元気印だ。どの作品も強い。
 もしかしたら、この前半の白い絵画群は、今展とは違った形で発展していくかもしれない。




 グイグイ伸びる山田恭代美の新境地、「彩色された水の女神」たちを見ていって下さい。
 色、構成、線、模様、あるいは激しさと深み・・・どこを楽しもうか?



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   ↑:「Nymphaea colorata #3」53×53㎝。



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   ↑:「Nymphaea colorata #6」・25.7×36.4㎝。



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   ↑:、「Nymphaea colorata」・72.8×103㎝。




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   ↑:「Nymphaea colorata #5」・53×53㎝。




 そして最後のエピローグです。


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   ↑:、「汀の風景 pulorogue」・53×53㎝。

by sakaidoori | 2013-11-04 13:00 | ミヤシタ | Comments(0)
2013年 10月 20日

2270)「カワシマトモエWORKS」 ミヤシタ 10月9日(水)~10月27日(日)

  



カワシマトモエWORKS 

 10年前の作品と新作を織り交ぜての作品展です。
  
           



 会場:ギャラリー ミヤシタ
      中央区南5条西20丁目1-38 
      (南北の中小路の、東側にある民家)  
      電話(011)562-6977

 会期:2013年10月9日(水)~10月27日(日)
 休み:
 時間:12:00~19:00 
     (最終日は ~17:00まで)

ーーーーーーーーーーーーーーーーー(10.19)


 (以下、敬称は省略させていただきます。)


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 小さな小箱、その中で遊ぶ子供の絵画、などなどが並んでいる。作家は「時」がテーマだと言ってくれた。
 少し駆け足気味で、小さな作品達を覗いてみよう。



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 子供達は街を旅しているみたいだ。どこに行くのか?後ろ向きなのが気になるが、先に進もう。




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 緑のカーテン、そして向こうの部屋。そこには10年前の作品が並んでいる。テーマは「窓」、そして「ドア」と呼びたくなる。



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 10年前のカーテン部屋から元に戻ろう。
 そこには小さいながらも賑やかに小さきもの達が待っている。




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 小さいけれども、素敵な絵画が一杯ある。ポッケに入れてお持ち帰り・・・、そして自宅で何かを語りかけたい、そんな気持ちにさせる作品達だ。



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 「時」という旅をしたのだろう、子供達は。何かの確認の旅かもしれない。確たるものを掴むたびかもしれない。いやいや、始めから結果は分かっていたかもしれない。どんな結果?




 もし明るい昼間に行って、もしそこに子供がいたりして、もし誰かが楽しそうに語り合っていたりして、もしそんな時間だったら、この展覧会も違ったイメージだったかもしれない。


 小箱の中に入りそうな小さな子供達、友達と一緒で楽しそうだ。一人っ子もいて、そんな子供は寂しいのかもしれないが、だからといって孤独をことさら強調してはいない。旅という遊びなのだから、一人にもなるだろう。見る人の目の高さに合っていて、覗き込んで次から次に見ていっても明るい雰囲気を確認するばかりだ。宝箱のような小さな遊園地、と呼んでもいいのかもしれない。でも誰もいなさそうな遊び場、どこからか声だけは聞こえてくるのに・・・

 確かに見る時は作品との距離は近いのだけれど、なぜだか全体世界に入り込めない距離感を感じる。不動の一定距離感が会場を支配している。中に入りそうで入れない距離感、それは安定的と呼ぶには的外れだろう。「所在なさ」と「所在あり」という距離感。




 2階も展示会場だ。こちらは一目でムードが伝わる。



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 多くを語った。ブランコを眺めながら夢うつつに四季を、時を遊んで下さい。




 2階の踊り場に不思議な作品?があった。



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 今展に合っているような合わないような、変な感覚。伺えばお花屋さんの賛助出品?とのことだ。参加する方もなかなかの勇気だ。小さな親切大きなお世話になりかねない。それを許す作家も不思議な人だ。予期せぬコラボを楽しんでいるのだろう。こういう遊び心もカワシマトモエの魅力だ。

by sakaidoori | 2013-10-20 23:47 | ミヤシタ | Comments(0)
2013年 10月 13日

2258) 「小峰尚・個展 ~夜にひらく花たち~」 ミヤシタ 終了/9月30日(月)~10月6日(日)

  



小峰尚・個展
 
夜にひらく花たち
  
           



 会場:ギャラリー ミヤシタ
      中央区南5条西20丁目1-38 
      (南北の中小路の、東側にある民家)  
      電話(011)562-6977

 会期:2013年9月30日(月)~10月6日(日)
 休み:
 時間:12:00~19:00 
     (最終日は ~17:00まで)

ーーーーーーーーーーーーーーーーー(10.6)


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 裸婦像のタイトルは「夜にひらく花」と思っていいでしょう。



 変則的ですが部分ですが顔を載せます。


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 驚いたね-。
 何を驚いたかって?
 「こういう作品」がギャラリーミヤシタに並んだことだ。
 小峰尚が造形美を越えてエロス美へと大転換したことだ。

 小峰尚は陶による造形作家だ。エロスを秘めながらも、妖艶な見えざる力などを造形にしていた。こともあろうに、「そのまんま東君」よろしく女そのものを作り始めた。まるで女性美に目覚めた画学生のようにして。


 「こういう作品」と言った。要するにエロスなのだが、その裸婦姿、制作姿勢はあまりにオーソドックスだ。教科書的彫塑像の範囲内だ。学生っぽいのだ。確かに大きな乳房などは若干の誇張はある。ヨガ風の姿勢でエログロ的要素も感じられる。中年好みの怪しげなポーズもないではない。
 が、作品の顔や肌に対する作家の姿勢はいたって真面目な写実的態度だ。「清楚で柔肌の若き女性」というプラトニック・ラブを追求している。髪型を見ればいい。どこか幼げで初(うぶ)な女学生だ。これが小峰尚の今の理想の女性なのだ。乳房は大きいが均整の取れた姿。なぜだかは知らないが、小峰尚は素直に自分の理想を造形化することに全身全霊を傾けた。だが、作品そのものはあまりにも普通の姿だ。
 普通でないところのある当館、あまりに普通さにびっくりしたであろう。しかも、普通でない作品はエログロ剥き出し的だから、困り加減は数倍に増しただろう。

 よくは分からないが、小峰尚は自分の檻とか殻をはがすために理想美を追究したと思う。「オレは女が好きだった。いつもあこがれの女性が心にいた。今、天の心が形にせよと命じている。隠すのを止めて、吐き出して、そして高き願望を目指して羽ばたけ、と命じている。素直に理想の女性をつくることにしよう」


 「理想の女」を追求すると言うことは、「理想のエロス」を追求することになるだろう。ロダン風の「接吻」はプラトニックの極地だろう。現代の先端をなりふり構わず突っ走りたい男が、「接吻」ではものたりないだろう。「男女の和合」、「性器そのものの神秘」等々、雅品からは遠く無縁な世界に行くかもしれない。命題は「永久なるエネルギー」、その源泉を求めてであろう。




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   ↑:「月」。



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   ↑:「男と女」。




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   ↑:左側、「曲線彫文壺」。
   ↑:右側、「花」。




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   ↑:(2階に展示されていた作品)「雪」。


 2階は主に実用的な焼き物です。もっとも、ペルシャ風の遺物を思わせる変形壺などもあり、なんとか利器でも遊びたい精神が見え隠れしていた。

 「画学生に戻ったみたい」などと記した。が、この肌感覚は青年のものではない。土質や人肌を知り尽くした、経験豊かな陶作家ならではのものだろう。



 とうとう最後です。ご本人にも登場して頂きましょう。



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 道外在住の作家です。北海道には縁が深く、やはり記念すべき個展だったと思います。また何年か後に再会できることを楽しみにしています。

by sakaidoori | 2013-10-13 07:00 | ミヤシタ | Comments(0)
2013年 10月 02日

2238)② 「MARI FUJITA EX. (藤田真理 展)」 ミヤシタ 9月12日(木)~9月29日(日)

MARI FUJITA EX.
  (藤田真理展)
 
           




 会場:ギャラリー ミヤシタ
      中央区南5条西20丁目1-38 
      (南北の中小路の、東側にある民家)  
      電話(011)562-6977

 会期:2013年9月12日(木)~9月29日(日)
 休み:月曜日(休廊日)
 時間:12:00~19:00 
     (最終日は ~17:00まで)

ーーーーーーーーーーーーーーーーー(9.13)



 2232)①の続き。


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 暗室仕立ての表現。

 タイトルは、「Under The Ground」・2013年 mixed media。


 以下、4枚の会場内風景、表現現場を掲載します。
 その都度、その時の印象を簡単に記します。


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 『あ-、根っこだな。根と影だな』
 それはDMで、ある程度予想していたことだ。

 『それにしても、今回はシンプルだな』
 見えそうで見えないとか、見えにくい陰はない。緻密に作られた根っこに、光を当てて影を作っているだけだ。





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 自然に目は白い根っこを確認し、影の方に意識が向いていく。

 『根っこも影も、確かに綺麗だ』
 ・・・
 ・・・

 暗闇の雰囲気に体が一体化していく。明瞭な灯りと影だ。時間と共に見えない部分が見え始める、という驚きは少ない。
 ただ、時間が進んでいくと、影の根の方に意識が集中していく。
 


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 どうしたわけか白い根が視野からこぼれ落ちていく。
 影の根だけが意識を占めていく。影の方がリアルになってしまったのだ。

 ふと、その影に近づこうと足が進む。細いロープが下の方で侵入を拒む。ロープの貼りは強い。ビシッと領域を切断し、思わず上半身が前に傾く。何もないと思った世界に、しっかりと境界ラインはある。
 それは作品の安全確保のためだろうが、自己(目)と他者(根)の適度な距離を保証している。近づく必要はないのだ。影の根と距離を置いて会話をすればいいだけだ。

 ただただ、そこに影がある。見れば見るほど、感ずれば感ずるほど、影が根になり、根を凝視する自分があるだけだ。実物の白き根は消え、影であった根の深み拡がり不思議さだけが記憶として残っていく。

 今展は「虚々実々」展ではない。
 そもそも白い根は造作物だ。造作物であれ、偽物であれ、本物であれ、影になれば皆同じだろう。違うのは表現者の感性であり、見る方の受容能力だ。
 影を信じる表現者がおり、その影に楽しく翻弄される受容者、その語らいの場であった。

 影の根に、作家が託す思いとは何か?それは各自が判断すればいい。
 私にとっては、影との無言劇であった。
 時折、白き根に目を向けて、作家の手の動きを連想しながら。
 時折、光源に顔を向けては目を細めたりして。




 

by sakaidoori | 2013-10-02 08:39 | ミヤシタ | Comments(0)
2013年 09月 29日

2232)① 「MARI FUJITA EX. (藤田真理 展)」 ミヤシタ 9月12日(木)~9月29日(日)

MARI FUJITA EX.
  (藤田真理展)
 
           




 会場:ギャラリー ミヤシタ
      中央区南5条西20丁目1-38 
      (南北の中小路の、東側にある民家)  
      電話(011)562-6977

 会期:2013年9月12日(木)~9月29日(日)
 休み:月曜日(休廊日)
 時間:12:00~19:00 
     (最終日は ~17:00まで)

ーーーーーーーーーーーーーーーーー(9.13)


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 やっぱり、暗室仕様の「藤田真理展」です。
 今日の午後5時までです。限りなく遅い最後のピーアールです。よかったら立ち寄って下さい。



 ちなみにDM印刷はこうです。


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 いろいろと想像して、カーテンを開けてみましょう。

by sakaidoori | 2013-09-29 11:59 | ミヤシタ | Comments(0)