栄通記

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カテゴリ:富樫アトリエ( 5 )


2014年 08月 06日

2439)「第12回 富樫正雄アトリエ展 -謳うニレと花たち-」 富樫邸 終了/7月31日(木)~8月5日(火)


第12回 富樫正雄アトリエ展 

謳うニレと花たち
  

 



 会場:富樫正雄アトリエ・ギャラリー
     手稲区富丘2条7丁目2-13  
     (JR手稲駅より徒歩約10分。
     国道5号線沿いのバス停より徒歩約3分。)
     電話(694)4218 (富樫耕)

 会期:2014年7月31日(木)~8月5日(火)
 休み:無し
 時間:11:00~17:00
     (最終日は、~15:00まで。)

ーーーーーーーーーーーーーーー(7.31)



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 暑い日だった。
 いつものようにテントが建てられ、気ままな言葉が飛び交っていた。僕も作品を見た後にお邪魔した。




 アトリヱに入ろう。





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f0126829_10534371.jpg (←:「自画像」・1945年。終戦の年の作品。1913年生まれの人だから、32歳?)



 今年は綠が多かった。要所要所に静物や風景の花、「唄うニレと花たち」だ。

 花もあるが、メインは「綠」です。
 








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   ↑:「農学部のニレ」・1983年(70歳?)。



 今展は1980年代の作品が多い。作家60から70代だ。迷うことなく自然の生命力と張り合っている。木々の強さ逞しさは、絵の具自体の生命力を木々で代弁している。




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   ↑:「春近い泉のほとり」・1974年(61歳?)。



 氏はストレートに画題の生命力と向き合う。だから、萌える綠とか、爛漫な花姿はもってこいの画題だろう。
 ということは、秋や冬の景色には春や夏ほどには画題としては向き合いにくいかもしれない。間違いなく春夏秋冬は好きなはずだが、絵としてはまた別の問題だ。

 そんな中で上掲の雪多き世界、「春近い」ではないだろう。画家にとっては春そのものだろう。
 絵画造形力としての雪の白、絵筆を押しつぶす感じの筆圧、「力」の好きな画家だ。
 爛熟の夏より、萌える春や力を溜め込んだ春が氏のテーマになっていったのかもしれない。





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   ↑:左側、「クラーク像前のニレ」・1983年(70歳?)。
   ↑:右側、「真昼のニレ」・1985年(72歳?)。



 元気な綠だ、黒だ。70歳にして素直に力と対峙している。シルエットに見るロマンとかエロスとは無縁だ。ただただ木と絵の具の力を信じている。







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   ↑:左側、「裸僕のニレ達」・1985年(72歳)。
   ↑:右側、「裸木のニレ(北大)」・1972年(59歳)。



 木々や木のシルエットが中心ではない。それら以外の空や道や建物や風や、描かれた一つ一つに焦点を当てているのだろう。春爛漫ハーモニーだ。






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   ↑:「芽吹きのニレ巨木たち」・1988年(75歳)。





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   ↑:「富岡風景」・1974年(61歳)。





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   ↑:左から、「我が家のボタン」・1981年(68歳)。「農学部前のニレ巨木」・1983年(70歳)。





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   ↑:左から、「古河講堂とニレ」・1984年(71歳)。「旧農学部前のニレ」・1984年(71歳)。






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   ↑:左側から、「農学部前のニレ」・1983年(70歳)。「水芭蕉と芽吹き」・1976年(63歳)。





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 隣家との間に立つ樹木。





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 富樫邸の前の道路。坂道を登れば国道5号線だ。右に行けば小樽。左に行けば円山。

by sakaidoori | 2014-08-06 13:01 | 富樫アトリエ | Comments(0)
2013年 08月 03日

2125)「2013年 富樫正雄アトリエ展 -生誕100年『におとポプラ』-」 富樫邸 7月27日(土)~8月4日(日)

2013年 富樫正雄アトリエ展 

 -生誕100年「におとポプラ」




 会場:富樫正雄アトリエ・ギャラリー
     手稲区富丘2条7丁目2-13  
     (JR手稲駅より徒歩約10分。
     国道5号線沿いのバス停より徒歩約3分。)
     電話(694)4218 (富樫耕)

 会期:2013年7月27日(土)~8月4日(日)
 休み:8月2日(金)
 時間:11:00~17:00
     (8日はコンサートの為、~13:00まで)


ーーーーーーーーーーーーーーー(8.1)

 この日は本当に光り燦々だった。なのに風景写真を一枚も撮らなかった。なんという余裕のなさ。



 富樫邸の富樫アトリエ展。会場風景を載せます。会場に差し込む強い光、そのさわやかな影、部屋を満たす太陽の力、そして外の空気も想像しながら作品を見て下さい。



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 今回のタイトルは、1975年夏制作の「におとポプラ」です。
 まず、その作品を載せます。
 そして、制作年「1975年」に拘りながら、その作品を中心にして書いていきます。


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   ↑:「におとポプラ」。


 「にお」とは、「刈稲を円錐形に積み上げたもの」、と某辞書にある。北海道では酪農用の牧草を積み上げたものを「にお」と呼んだようだ。道外全域で「にお」と呼ばれていたかどうか?この言葉自体も方言的要素が強いと思うが、「稲藁」転じて「牧草」になったところが興味尽きない。


 それはともかく、作品は「にお」に焦点を合わせて大きく堂々と描いている。富樫風景画で、一点中心主義で描くのも珍しい。初めて見る作品でもある。それが、今までにない構図であり画題だと思うと強く興味が惹かれる。
 今展で、こういう作風の作品がないかと見渡したら・・・あるではないか。しかも、今までは一点中心主義の絵画としては全然見ていなかった・・・。


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   ↑:「春近い泉のほとり」・1974年制作


 氏の代表作の一つだ。
 雪のボリューム感の力強さは、「春は近いな~」というのんびり心ではない。春とか、夏とか、秋とか、冬とか、そういう季節感なり詩情とは趣を異にしている。もちろん、北海道人だから春への思いは強いだろう。だから、見る人も画題としての「(季節としての)春近し」、に焦点を合わせがちになる。
 一方、窪地の草々は至って普通だ。その普通さと雪の強さが対比をなしているのが一大特徴で、ある意味では雪しか描いていない。表現上は真ん中を抜かして描いているが、一点中心主義の絵画と見ても構わない

 この作品は1974年だ。「におとポプラ」の一年前だ。(氏の画歴から判断すべきだが、僕は勝手に今展のみで以下のことを判断した。)

 1974年を頂点にして、独り立ちする個の力強さを求めた頃ではないか。その余韻が「におとポプラ」だ。74年作の雪がそうであるように、この「にお」を擬人化してみてもいい。一点の「にお」を見る、そして「描く」・・・。が、この作品は氏にとっては思い深いものであろうが、代表作にはならないだろう。木の葉の一枚一枚の動き、その隙間の息吹、生命力を、全体風景の中で生かす作家だから。あまりに一点のみに拘ると、氏のもつ調和精神や詩情が弱くなる。いや、見えなくなる。


 そして、1974年、1975年の意味だ。61歳頃だ。
 (以下は、これまた僕の勝手な想像だ。)

 その頃は、1970年安保闘争という熱き政治が完全に終わった時期だ。中近東で局地戦争も発生したが、政治を語るのではなく、油輸入減→油代高騰→油関係の商品不足→トイレット・ペーパーがお店から無くなる、→・・・。ということで、テレビの話題は戦争を素通りして、トイレット・ペーパーなどの日常品確保が話題の中心になった。

 氏は戦後、生活派を標榜して絵画活動に専念した。この作品を描いた頃は、焼け跡時代の戦後とは違った意味で、「個」の問題を意識した時期ではなかったか?それが「強い雪」になり、「個のような『にお』」になった。

 が、特定の命題を追い続ける画家ではない。この絵の中にある「力強さ」を保ちながら、どちらかと言えば「風の人・会話する人」、として風景全体を見つめていった。
 熱き政治が終わった頃、改めて「個と社会」を強く意識し、そこから離れていった時期・・「におとポプラ」をそんな風に見た。


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   ↑:「手稲の秋」・1970年代。



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   ↑:「三月のサンタルベツ川」・1987年。




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by sakaidoori | 2013-08-03 13:18 | 富樫アトリエ | Comments(2)
2010年 08月 13日

1334) 画家のアトリエ・手稲富岡 「第8回 富樫正雄・アトリエ展」 終了・8月3日(火)~8月10日(火)


○ 2010年 第8回  富樫正雄・アトリエ展
    ー新しいリアリズムをめざして、「春近い泉のほとり」


 会場:富樫正雄アトリエ・ギャラリー
     手稲区富丘2条7丁目2-13  
     (JR手稲駅より徒歩約10分。
     国道5号線沿いのバス停より徒歩約3分。)
     電話(694)4218 (富樫耕)

 会期:2010年8月3日(火)~8月10日(火)
 時間:11:00~17:00
     (8日はコンサートの為、~13:00まで)

※ アトリエ・コンサート ⇒ 8月8日(日) 16:00~
                  演奏楽器 チェロ&ピアノ
                 要予約(011)694-4218

ーーーーーーーーーーーーーーー(8.7)

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 その日は今日のように快晴だった。ただ、夕方から激しい雨模様でもあった。お馴染みの富樫邸テントが大活躍したことだろう。


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 今回のテーマは「リアリズム」。

 富樫正雄氏の中心画題は自然風景だ。
 労働風景とか建造物の擬人化からは遠い描き手だ。人物も描いてはいるが、依頼された肖像画が中心のようで、人の内面を追求する作家ではない。
 そういう意味で「何を描いたか」という視点で氏のリアリズムを考えるのは躊躇したくなる。描くテーマにブレはない。自然であり、身近な見える風景に対する美であり、輝きであり、愛だ。

 「何を」描いたかはひとまずおいて、「如何に」描いたか。
 そういう意味で、今展の展示は実に明快に氏の造形手法と感覚を浮き彫りにしている。会場入り口左側の作品たちだ。明快に二群に分けられる。


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     ↑: ①群。左から、「白いボタン」・1981年、(「プラムとサクランボ」・1989年、)「春近い泉のほとり」・1974年。


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     ↑: ②群。左から、「栗の木の秋」・1988年、「昼下がりの栗の木」・1988年。




 ①群(真ん中の赤い静物画は考察外)。
 いかにも油彩的で、塗りが画面全体を覆っている。とことん見える対象にこだわり、近視眼的に近づき、見えない向こう側の世界に迫ろうとしている。
 大事なのはそのボリューム感だ。輪郭がはっきりとしていて、ふんわりと大きな丸い膨らみ、それは造形であると共に強い愛情表現だ。大らかな自己顕示であり求愛行為でもある。雪の消えた凹みの部分ですら、ふっっくらとした造形の裏側、内面を表現している。

 ②群
 どこか日本的な描かれない間(ま)が、至る所に顔を出している感じだ。目の前の風景を描くと言うよりも、心はあらぬ空想の世界を遊び、その気分を風景に留め置こうとしているみたい。
 色は軽いのり具合で、ぞんざいとも言える筆跡が無数に走っている。

 ②は、①のボリューム感に反して、線が中心だ。①が体型作品ならば、②は体の内部の神経系統作品とも言える。①には若さがある、エネルギーの蓄えがある。②には透き間を楽しむ風雅の趣がある。
 そうは言っても②には①では明快な丸いふっくら感が樹の葉の姿として、中心のテーマから外れながらも大きな存在として描かれている。おそらく、このボリューム感は氏の原型なのだろう。かなりの高齢になって、その意味を変えていったようだ。絶筆でもある最晩年の作品は、②を更に進めて飛ぶ鳥を挿入している。「力・充実絵画」から「スピードと軽み・一瞬の絵画」へと変質しつつある。
 僕はその絶筆が氏の代表作だと思っている。僕のもっとも愛する作品でもある。次が、①群の「春近い泉のほとり」である。



    ~~~~~~~~~~


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          ↑:「新緑のサンタルベツ川(蛇と会ったサンタルベツ川)」・1986年。


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          ↑:「真昼のニレ」・1985年。


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          ↑:「庭の秋」・1988年。


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f0126829_1551661.jpg →:「秋菓」1977年。

by sakaidoori | 2010-08-13 16:40 | 富樫アトリエ | Comments(0)
2009年 07月 27日

1046) 画家のアトリエ 「第7回 富樫正雄・アトリエ展」 終了・7月18日(土)~7月25日(土)

○ 2009年 第7回  富樫正雄・アトリエ展
    正雄の軌跡“北海道生活派”時代(1952~1971年)の作品から

 会場:富樫正雄アトリエ・ギャラリー
     手稲区富丘2条7丁目2-13  
     (JR手稲駅より徒歩約10分。
     国道5号線沿いのバス停より徒歩約3分。)
     電話(694)4218 (富樫耕)

 会期:2009年7月18日(土)~7月25日(土)
 時間:11:00~17:30

※ アトリエ・コンサート ⇒ 25日 19:00~
             チェロ・藤田淳子 ピアノ・西條暁
             定員10席、会場先着順にて予約受付。

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 富樫正雄氏が同人として所属していた「北海道生活派美術集団」の展覧会時代の作品紹介です。
 1952(昭和27)年~1971(昭和46)年、33歳から52歳の頃です。

 おそらくこの団体は故・大月源二氏(1904年~1971年3月18日・享年68歳)が中心になって旗揚げされたと思いますが、はっきりしません。
 実際、氏の逝去の年が最終展覧会にあたります。もっとも、「生活派美術集団」と名乗って展覧会を開く必然性が希薄な時代になっていたのでしょう。「戦後」という時代の中から生まれた団体が、「戦後」が希薄になることによって解消されていったのではないでしょうか。
 会場には小さな字ですが、団体の小史と綱領が書かれてあり、この団体が日本共産党の文化運動から派生しただろうことがうかがわれます。だからといって、団体が政治運動の一翼を担っていたとか、絵が政治のプロパガンダなどとは無縁です。風土性・土着性に根ざして絵を描こうということを宣言しているのでしょう。

 作品全体は少し暗い感じで、時代にタイム・スリップしたみたいです。氏は風景画が真骨頂だと思いますが、初めて見る労働風景画などもあり、「画家の足跡」を実感します。
 以下、順不同で個別作品を載せていきます。


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     ↑:「北晴合板工場にて」・1966年(第12回生活派展出品) 市立小樽美術館蔵。
     ↓:上の絵の部分図。

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 戦前の労働画を見たことはありますが、こういう風なワイドな全体風景でなかった。新鮮な思いで見ました。こういう画題へのアプローチにしろ、風景画やミズバショウなど、大月源二氏の影響を感じる。若い頃は彼を慕っていたのではないでしょうか。

 絵の中央、奥の方の白い屋外風景が目に止まる。雪でしょう。季節は冬です。当時は吹きさらしの工場で合板を制作していたのでしょうか?
 画家は働く人と白い風景とのコントラストを強調している。白い部分の面積を押さえて、屋外の自然や人の動きを想像で見させようとしている。暖かい雪色です。
 人声まばらに、機械の音だけが響いているのでしょう。それが近代の活気というものです。


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     ↑:左、「塩かつぎ」・1952年(第1回出品) 市立小樽美術館蔵。
     ↑:右、「石炭ローダー」・1957年 市立小樽美術館蔵。


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     ↑:左から、「小林多喜二像」・1955年 市立小樽美術館蔵。
     :「小林セキ像」・1966年(第11回出品) 市立小樽美術館。


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     ↑:「みのり」・1958年。

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     ↑:「疎林のみずばしょう」・1968年 市立小樽美術館蔵。

 枝の重なり具合や、花の配置のリズム感などは氏の美学・自然観が最もよく発揮される場でしょう。絵から喜びが伝わってきます。見る人をきつく細かいところに誘わないで、画布から出てきた明るさだとか喜びだとかエッセンスだけを引き立たせようとしているみたい。
 この頃はまだまだ暗めです。そして几帳面です。だんだんと画布からの発色が自然のそれに近づいていくのでしょう。


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     ↑:「逆光のニレ」・1968年 市立小樽美術館蔵。

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     ↑:「よっちゃん」・1969年。


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     ↑:左から、「自画像」・1945年頃(32歳頃)。「大月源二デスマスク:・1971年。

by sakaidoori | 2009-07-27 11:34 | 富樫アトリエ | Comments(0)
2008年 08月 04日

712) 画家のアトリエ 「第6回 富樫正雄・アトリエ展」 7月30日(水)~8月6日(水)

○ 2008年 第6回  富樫正雄・アトリエ展
    ー山の見える風景ー

 会場:富樫正雄アトリエ・ギャラリー
     手稲区富丘2条7丁目2-13  
     (JR手稲駅より徒歩約10分・国道5号線沿いのバス停より徒歩約3分。)
     電話(694)4218  担当・富樫耕
 会期:2008年7月30日(水)~8月6日(水)
 時間:10:00~17:00
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー(8・1)

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 富樫正雄(1913~1990 享年78歳)

 富樫アトリエには3回目の訪問。
 それはいつも暑い時期だ。夏らしいどしゃ降りの日もあれば、光燦々とまばゆく目を刺す日もあった。見終わった後で、テントの下で親族の方と絵のことや、それにまつわる思いでの団らん、別次元の時の流れを感じる。
 絵を交えての会話、不思議な物だ。画家・富樫正雄氏とは一面識もなく、その作品を知ったのも6年ほど前というのに、既に氏は亡くなられて幾歳月が過ぎているというのに。

 僕は絶筆に代表される晩年の作品が好きだ。
 点描のように筆を粗く押し当てて色を重ねていく。光の通る空を空気をその手法で埋めていく。そこに葉の付いていない枝がせわしげに伸びていく。それは老人の肉体のように、生きる上での一切の無駄を削ぎ落としたような姿だ。この枝振りと、粗いタッチの空気が呼応しあっている。画布は平面なのだ。なのにその粗いタッチの重なりの隙間に枝の末端が入り込み、裏の影を作り、深みと立体を呈して僕の眼に飛び込む。
 枝の先々、枝が空気と触れる瞬間に画家は言い知れぬ「何か」を見出したのだろうか?生きとし生きるものへの賛歌かもしれない。全ての物への畏敬かもしれない。

 僕はただただ、その何の変哲も無い枝振りが空気と触れる瞬間の震えにいつも驚く。

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 今展は「山」がテーマですが、厳密には「山とその周辺展」と言えましょう。作品は小中品が中心です。縦長の狭い会場ですから、手ごろな大きさの展示だと思います。
 古い作品もありますが、晩年の作品の比率が高い。おそらく所蔵作品の都合上だと思います。全部を「山」で埋めれなかったのも同じ理由だと思います。
 ところが、僕個人にとっては実に都合の良い展示なのです。上掲の作品群、全てこれ僕好みの羅列ですからたまりません。始めの文章に「葉のない樹」のことを書きましたが、葉があってもなくても同じ文意です。

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 ↑:「昼下がりの栗の木」・1988年11月制作(75歳)。

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 ↑:「栗の木の秋」・1988年制作(75歳)。


 展示後半ばかりを紹介してしまいました。失礼。前半部分の作品です。

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 ↑:「コスモスのゆれる富丘」・1984年制作(70歳)。
 右側後方に緑に見える部分は暑寒別の産軍です。

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 ↑:「秋、富丘の夕映え」・1984年制作(70歳)。

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 ↑:「石狩」・1962年制作(48歳)。


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 ↑:付近から北の風景。
 昇り勾配の向こうには手稲山が見えます。この近辺が丘であること、手稲山が目と鼻の先なのがよく分かります。今はビルの合間から顔を覗かしています。


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by sakaidoori | 2008-08-04 10:51 | 富樫アトリエ | Comments(0)