栄通記

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カテゴリ:   (時計台)( 253 )


2016年 05月 23日

2531)「第21回 山崎亮個展」 時計台 終了/5月9日(月)~5月14日(土)

第21回 山崎亮個展 


 会場:時計台ギャラリー 2階A室
      中央区北1西3 
       札幌時計台文化会館
      (中通り南向き)
     電話(011)241-1831

 会期:2016年5月9日(月)~5月14日(土)
 時間: 10:00~18:00 
      (最終日は~17:00まで。)
 
ーーーーーーーーーーーーーーーーー(5.14)


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 今回で21回目の個展だ。大学卒業後、2年毎に当館で続けて発表している。

 ご存じと思いますが、時計台ギャラリーは今年で閉廊とのことだ。


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   ↑:「残雪の旭岳を往く」・130号。




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   ↑:「白鳥大橋の羨望」・130号。





 画家は空が好きなんだ。飛行機も好きなんだ。いつから空を、飛行機を、天空からの眺めを描き始めたのだろう・・・。



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   ↑:「オスプレイ(沖縄)」・S100。




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   ↑:「30×30構成」・S100。



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   ↑:「30×30構成」・S100。



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 飛行機は、普通の旅客機があれば、戦闘機もある。沖縄と戦闘機を組み合わせて、画面を赤く染めた作品もある。その画意ははっきりしている。「現在の沖縄を考えよ!」という画家からのメッセージだ。もちろん、沖縄の現状を肯定的に主張してはいないだろ。反戦気分を濃厚に保ちながらも、画家はそれ以上を絵に託さない。良く言えば、「画家は問題をイメージで提起するのが仕事で、後は見る人に判断を委ねる」ということだ。悪く言えば、「もっと主張しても良いのでは!ちょっと中途半端なのではないか」という意見もあるだろう。

 それでは丸島はどう思っているか?僕も空が好きだ。飛行機が好きだ。空からの景色は最高だと思っている。そして、沖縄の米軍基地の有り様には反対である。画家同様に、今はそれ以上をブログで書く気はない。「闘う人」あるいは「実践派」ではない。

 発表歴などから画家の年齢を推測すると、62歳強ではなかろうか。僕は63歳だから同世代かもしれない。以下、同世代として書きます。
 僕たちの一世代上が「団塊の世代」だ。彼等こそ「闘う世代」で、安保闘争などの学生運動の主役だった。燃える政治の中で育った人達だ。彼等は組織を作るのが達者で、その中での上昇志向も強い。もっとも、ナンバーワンを目指す人達は能力はあるが、しょせん一人しか勝者として残れない。敗者は組織を去っていく。そして、意外にも組織を成り立たせている心の有り様は、周りの様子を見ていて、出しゃばらないのが生きる知恵だと理解した人達の気質だ。永遠にナンバーツーの存在に満足できる根性の持ち主だ。つまり、「団塊の世代」とは闘う人と闘わない人がうまい具合に同居して、「より良くなる社会」を築く人達だ。

 さて、山崎氏や丸島はどうか。「燃える政治を目の当たりに見たい、参加したい」と思っても、学生運動は既にディ・エンドなのだ。焼け跡派ではないが、熱き息吹の余韻を味わうだけだ。主張したくても、それを後押しする組織はない。社会的ムードはない。強いて頑張るならば、個人的にあれこれするだけだ。そして、当然ながら、それほど個を前面に出したりはしない。「何かがしたい」という情念をブスブスと抱いているだけだ。
 
 どうですか!山崎絵画・「戦闘機と沖縄」に戦えなかった男の思いを感じませんか!「沖縄、確かに問題だらけだ」とつぶやいて、見ることに集中して立ち留まっている!
 それは実践派からすれば立ち止まっているだけだ。だが、真面目に見つめて、ただただ見つめて報告している姿に愛着を覚える。「沖縄」・・・決して他人事ではないが、決して自分事でもない。その溝を絵画が繋ぐ。






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   ↑:「離陸」・F20。

by sakaidoori | 2016-05-23 15:07 |    (時計台) | Comments(0)
2016年 05月 22日

2530)「(徳丸晋写真展)『minamo Shin Tokumaru Exhibition』」 時計台 終了/5月9日(月)~5月14日(土)

(徳丸晋写真展)
 
minamo
Shin Tokumaru Exhibition



 会場:時計台ギャラリー 3階EF室
      中央区北1西3 
       札幌時計台文化会館
      (中通り南向き)
     電話(011)241-1831

 会期:2016年5月9日(月)~5月14日(土)
 時間: 10:00~18:00 
      (最終日は~17:00まで。)
 
ーーーーーーーーーーーーーーーーー(5.14)


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   ↑:(入口付近の風景。)



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   ↑:(入口からの会場風景。)



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   ↑:(上掲風景の続き。)




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 さて、今展一の大作、代表作を載せます。



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   ↑:「minamo 20131017_141854」。(数字は撮影記録と思います。つまり、2013年10月17日14時18分54秒。)


 写真なんだけど、極楽絵画と見間違えてしまった。金色に輝く涅槃図です。上掲の大作だけでなく、全ての作品が極楽図になってしまった。

 徳丸晋は羊蹄山の麓の半月湖(三日月湖だったか?)の水面(minamo)を撮り続けている。年々歳々の記録のためではない。水面に映る万華鏡に魅せられてしまったのだ。おそらく、春夏秋冬と親しんではいるが、メインは秋だ、紅葉の時期だ。上の大作、10月17日撮影とあるように、紅葉の時期だ。湖の周りが赤く染まる、その紅葉色が湖面に映る。わずかな風に水面は揺れる、そして紅葉色は極楽模様となって湖面を飾る。まるで拝むようにして、恍惚状態で撮り続ける・・・、そう思いたくなる写真作品だ。

 実は、徳丸晋はその湖の姿を個展の度に披露している。だから、「馴染みの徳丸ミナモ」なんだ。当然、同じ時期の同じ被写体ではあっても、模様とか、色合いとかがそれなりに毎回違っている。それが面白いから、同じような個展であっても新鮮な気分で楽しんでいる。

 しかし、今回は激変だ。「絵画みたいだね」、を通り越してしまって、僕には「金色に輝く極楽図」という仏教絵画に」なってしまった。禅寺のような「静かな涅槃図」ではない。光と色が統一的に乱舞する極楽世界だ。

 昔、戯れ歌で「酒は旨いし、ね~ちゃんは綺麗・・」と天国を夢見ていた。しかし、これほど綺麗だと、酒も女もいらない、と錯覚を起こしそうだ。



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   ↑:「minamo 20151016_134716」・A3 420×297㎝。



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   ↑:「minamo 20151016_132710tr」・450×1200㎝。




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   ↑:「minamo 20151016_144133tr」・450×1200㎝。



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   ↑:「minamo 20110927_143353」・M25 803×530㎜。




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   ↑:「minamo 20151019_142122」・900×600㎜。




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   ↑:「minamo 20110908_155843bw」・450×1200㎜。




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by sakaidoori | 2016-05-22 23:44 |    (時計台) | Comments(0)
2016年 05月 22日

2529)「徳丸滋個展 『All Kinds of Insects』」 時計台 終了/5月9日(月)~5月14日(土)   

徳丸滋個展
 
All Kinds of Insects
SHIGELU TOKUMARU
          


 会場:時計台ギャラリー 3階G室
      中央区北1西3 
       札幌時計台文化会館
      (中通り南向き)
     電話(011)241-1831

 会期:2016年5月9日(月)~5月14日(土)
 時間: 10:00~18:00 
      (最終日は~17:00まで。)
 
ーーーーーーーーーーーーーーーーー(5.14)

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 部屋は虫だらけだ。見慣れた虫ばかりだ。画家の好きな羊蹄山や、得意とする風景作品は一つもない。「虫だらけ」といっても、虫の標本展示とは全く別物で、まさしく「徳丸・虫」だ。
 それでは、「徳丸・虫」とはどんな特徴か。虫の形がかわいい、ググッと迫る細密描写、そして、「この虫は生きているんだ」という生命観だ。この三拍子、可愛くて、細かくて、生きている、を堪能していただきたい。








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 今展は、かなりの過去作(20年ほど以前)と最新作で構成されている。

 上掲の作品群は最新作だ。氏はそれなりの高齢だ。しかし、衰えることない緊張感がある。




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   ↑:「コガネムシ」・46×121㎝。



 どこか「かわいい」。2匹のコガネムシが大きなメンタマに見えてしまった。それは徳丸滋・眼球だ。
 リアルなんだけど、リアリズムではない。虫たちは「かわいい」。
 真善美を追求する徳丸ワールドにあって、こういう「かわいい」という人畜無害な日本女の子言葉は失礼かもしれない。

 氏の絵画追求は見えるものをトコトンまでリアルに追求して・・だからどうしても細密描写になる・・・見えない彼岸に迫るというものだ。だが、そればかりでは精神が「生真面目」という鎖に縛られる。そこで「虫」という良き画題の発見だ。虫はかわいくて、細かく見たくなるし、だからこそ生きている。そこに「徳丸・かわいさ」を注いで再生させよう。





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   ↑:「ヨツモンカメムシ」・44×88㎝。



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   ↑:(上掲の部分図。)





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 上掲のシリーズは20年前ぐらいに発表したもので構成されている。




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   ↑:「ヘラオオバコ」・30×70㎝。



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   ↑:(上掲の部分図。)



 虫の世界とは言え、いや、虫の世界ゆえに微に入り細に入り生きている場を見つめている。
 そして、このピンク!日本の画家はなかなかピンクを使おうとはしない。ピンクがあまりに狭いイメージしかあたえないからだ。いわく、「女の子っぽい」。「それでは本格絵画にはなじまない」と、生真面目な日本男子絵画作家は決めつけがちだ。昔は「貧乏」というのが身近だったから、「ピンク」では気合いが入らなかったのだろう。
 徳丸ワールドも徹底真面目ワールドなんだが、「遊び心」も旺盛だ。自由に取り組んでいる。色に対しては「ブルー」への禁欲的拘りと、それ故に百花繚乱のパラダイスを自由に往き来している。
 (今展では、本格的大作絵画のブルーへの徹底作は見ることができない。近美に闇夜の中で樹の這い回る根っこを描いた作品があります。いつの日にかご覧になって下さい。)



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   ↑:「アサツキ」・31×21㎝。



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 以下、適当に個別作品を載せます。


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   ↑:左側、「ハエ」・20×14㎝。
   ↑:右側、「ゾウムシ」。




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   ↑:「クジクチョウ」。




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   ↑:「トンボ」・18×11㎝。




[#IMAGE|f0126829_11281549.jpg|201605/22/29/|right|   →:「ハンノアオ」・31×21㎝。

by sakaidoori | 2016-05-22 11:29 |    (時計台) | Comments(0)
2014年 08月 12日

2444)「宮崎亨展 『生きる』」 時計台 終了/8月4日(月)~8月9日(土)

     
  
 


宮崎亨展 「生きる          


 会場:時計台ギャラリー 3階G室
      中央区北1西3 
       札幌時計台文化会館
      (中通り南向き)
     電話(011)241-1831

 会期:2014年8月4日(月)~8月9日(土)
 時間: 10:00~18:00 
      (最終日は~17:00まで。)
 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー(8.4)




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 (以下、敬称は省略させていただきます。)




 一見、オドロオドロしているが、そうではない。健全健康な前向き指向で、主義主張の絵画群だ。「みんな生きてるか~!オレは生きてるぞ~!生きていたら辛いこともあるだろ~、がんばろ~ぜ~!」と、メッセージを贈っている。

 画題としてのオドロオドロさは、草間弥生的な画家の人格上の妄想ではない。画家自身の主義主張として選ばれた姿だ。社会への意義申し立て、象徴としての暗黒からの叫び・・・だが、絵画としては観念的かつ説明的で、まだまだリアルさには欠ける。欠けるが、真摯一徹にこの道一筋という作画姿勢は10年先に期待を抱かせる。今の時代、学生時代ならともかく、頑固一徹にしかも生真面目に社会性を訴え、「原点から描きたい」という画家は貴重だと思う。


 ところで、大作は観念性が強いが、小品は画家自身の気質が正直に表れていると思う。ひ弱さや繊細さ、綺麗な絵を描きたい、ユーモア、ジョークなどなど大作の作られた世界とは異質だ。

 絵とは難しいものだ。小品の中の画家の気質を、大きな画面に正直に反映させればと思うが、そういうものでもないらしい。素直な自己感性は小品。「何かを描きたい」という意欲や主義主張が大作になるのだろう。それは仕方がないとしても、やはり大作の中にも、その観念絵画を支える画家自身の感性が埋め込まれていないと、なかなか絵としては本物になりにくいと思う。今は無理を承知で観念の旅をしているのだろう。若者の旅路なのだろう。

 宮崎亨・・・青年のような気持で一歩一歩進んでいるのだろう。




 まずは小品を載せます。


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   ↑:左側から、「アィウシ モレゥ シク シリキ」(アイヌ文様を意味しているのか?)。「生きる」。




 
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   ↑:左側から、「北回帰線」、「百年時計」。



 ユーモアと同時不思議さ繊細さもあり、興味津々。





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   ↑:左側から、「欲望は必ず暴走する」、「情念が止まらない」。




 次は大作です。

 始めに、今年の新道展出品作品を載せます。最新作であり、新境地?的作品です。




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   ↑:「生きる」。



 希望の明日に向かう一本の道、だ。

 ニーチェの「ツァラトゥストラはかく語りき」の冒頭だったと思う、サーカスで綱渡り師が高所で綱渡りをしていた。それを見たツァラトゥストラは、「進むも危ない、退くも危ない、ならば進むしか道はない」、そんな言葉を吐いた。「進め」と言ったかどうか?そしてその人は前に進み、そして墜落した。ツァラトゥストラは屍に歩み寄ったか?(読書の記憶が定かではない。)
 そんな光景を思い出した。

 絵としては高所としての恐怖心は少ない。明日に向かう希望心が絵を覆っている。確かに説明調ではあるが、人の顔も描かないで、いろいろな状況を推測してしまう。好きな赤も意図的に避けている。良いイメージが画家に降りたのだ。無理の少ない心地良い作品と思う。

 未完とのことだ。確かに全体が少し薄塗りだ。この淡さが今までとは違う宮崎調で面白かったのだが、画家の仕上げを今一度見定めねばならない。





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   ↑:「バトンタッチ」。





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   ↑:「生きる」。










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 新道展繋がりのお二人です。
 右側が宮崎亨氏。左側は新道展会友の三浦恵美子女史。
 三浦さんは9月22日から此処時計台ギャラリーで個展を開きます。初個展!?頑張って下さい。

 







f0126829_23582584.jpg →:「グランド・ゼロ」。

by sakaidoori | 2014-08-12 00:20 |    (時計台) | Comments(0)
2014年 07月 17日

2414)「第9回 櫂展(梅津薫 川本ヤスヒロ 斎藤継火 田崎謙一 他7名の有志展)」時計台 7月14日(月~7月19日(土

  
  
 


第9回          


 会場:時計台ギャラリー 2階A・B・C室
      中央区北1西3 
       札幌時計台文化会館
      (中通り南向き)
     電話(011)241-1831

 会期:2014年7月14日(月)~7月19日(土)
 時間: 10:00~18:00 
      (最終日は~17:00まで。)

 【参加作家】
 梅津薫 川本ヤスヒロ 斎藤継火 田崎謙一 福島孝寿 藤井高志 渡辺貞之 
 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー(7.15)

 当館2階全室、7名による有志展。
 特にAB室にはそれぞれの大作がありメイン会場。その部屋を中心にして、しかも一部の作家のみの感想記です。


 (以下、敬称は省略させていただきます。)


 まずはA室は--



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 そしてB室は--



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◎ 田崎謙一の場合


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   ↑:田崎謙一、「埃及幻想『王家の墓』」(未完)・213×517㎝。



 今回は何と言っても田崎謙一だ。間違いなく彼の代表作になるだろう。(北海道)近代美術館の収蔵作品に推薦しよう。時代の風潮をもろともせずに、闘う男・田崎謙一ワールドが全面開花した。僕はこの時をまっていた。
 ただ、この主義主張、美学が現代の感性を代表しているかとなると疑わしい。国家なり社会なりに直截に芸術でモンクを言う姿、それは日本では過去完了形の時代精神ともいえる。しかし、氏は時の流れに関係なく抵抗する姿勢を保存し膨らませていた。この絵画、一人仁王立ちしているではないか。
 
 以下、部分図を載せます。


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   ↑:(上掲の部分図。)



 上の写真、人の顔や姿が見え隠れしている。皆さんは何人ぐらい発見しますか?僕は瞬時に3人ほど見えて、次々に人が現れてきて8人になった。





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   ↑:(上掲の部分図。)




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   ↑:(上掲の部分図。)   







 凄まじい万華鏡だ。ある種の墓場だろう。激しい闘いの相があるが、血染めの赤や闇夜に染まる濃い青や黒はない。薄いピンクは女性の豊満な皮膚のよう。それは絵画の中では朽ちた皮膚とか骨なのだろうが、滅びのおぞましさはない。むしろまだ生きていて、そこで自然増殖している姿がおぞましい。
 もしかしたら、画家は「生きとし生きるものへの愛、そして彼等の滅び」に美学を持つ人かもしれない。それは古典的「滅びの美学」に近いのだが、それでは現代の相をロマンティックに語ることでしかないのだろう。
 皮膚色に象徴される生きとしものたち、墓場であり、修羅地獄であり、増殖する悪性腫瘍!そこにこそ誕生があると信じているようだ。きっと豊満な女性が好きな方だろう。なぜなら常に孕んだ姿だから。









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   ↑:田崎謙一、「MUTATION(萌芽)」・100S。




◎ 山本ヤスヒロの場合





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 田崎謙一が超大作スペクタルで大決算を企てた。

 川本ヤスヒロはずーっと死を見続けていたが、いよいよ乗り越えて調和と歓喜の心境に達した。しかも「楽しく楽しく歌声合わせて・・・」みんなが一つになろうとしている。
 「一つになる」、それは願望でしかないかもしれない。だが、今回の姿は素直で明るい。拘りが吹っ切れたのだろう。もっとも「素直で明るい」は氏の特徴ではあった。だが、チョッピリ格好良くしたいという余分もあった。今回、言葉通りに「素直に素直に」と自分に言い聞かせながら筆をすすめているみたい。





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   ↑:川本ヤスヒロ、「ベートーベン 第九より」・F100 。



 川本ヤスヒロの「明るく楽しく、みんなが一つに」の始まりだ。
 そうはいっても、なんとなく松本俊介の世界が垣間見える。松本俊介、ロマンティックな男であった。どの絵にも詩情が立ちこめていた。が、結果的には若死にの相でもあった。




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   ↑:川本ヤスヒロ、「奏A」・100F 。



 今回は概ね明るい絵で勝負なのだが、この作品は暗い。
 僕が氏を見始めたのは「挽歌」シリーズあたりだ。次ぎが「ロクロ」シリーズだ。明瞭に「死」や「祈り」がテーマだ。今回は「音楽」だ。しかも「みんなで奏でる演奏会」だ。「協調」と「再生」へと重点が移行した。

 そんな中で今作は暗い。やはり「挽歌」を奏でたくなるのだろう。






◯ 藤井高志の場合




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   ↑:藤井高志、「メモリー」・130F。



 藤井高志も気力充実している。後ろ向きに少年が寝そべっている。この姿はいつもの藤井ムードなのだが、目のすわった少年の横顔の大きいこと!描かれた一つ一つは記憶の残骸ではあるが、それらを踏み越える意志がバカでかい横顔に反映している。
 藤井高志は静謐を好む。常に「メモリー」という過ぎ去った時を問題にしている。追想という余韻も大事にしている。だから、象徴的事物を配したり、何も描かない面的装飾表現で余韻・余剰を醸し出したりしている。こういう時の画面は静かが基本だ。

 ところが、「メモリー」における事象や事物の一つ一つに強い拘りを示す時がある。そういう時は、比較的濃密に画題に迫り、画面構成の許す範囲で煩く描く場合がある。

 今回の大作、基本はうるさ系だ。物も煩いが、何より横向きの目が強い。珍しく画家の意志が全面を覆っている。ひたすら過去の余韻に浸る姿勢を良しとしない!そう宣言しているみたいだ。  





◯ 渡辺貞之の場合



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 かつて、「目の人・渡辺貞之」とネーミングしたことがある。画家にとって強い目の表現は無意識的だったようだ。今展は意図的に強い目を避けている。おそらく、目だけを見られるのを嫌がったのだろう。作品全体を見てもらいたいのだろう。「ドラマのような渡辺物語」全体を楽しんでもらいたいのだ。
 目でも何でもいいのだが、画中で一ヶ所だけを異様に強くすることに、どういう絵画的意味が発生するか?

 僕個人はあの強い目が好きだったのだが・・・。






◯ 梅津薫の場合



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   ↑:梅津薫。




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   ↑:梅津薫、「あの日の空 春夏秋冬 部分『春』(未完)」・341×130.5㎝。




 上の作品は春夏秋冬4連作の「春」に過ぎない。これまた超大作の部分ということになる。毎年この場で人季節ずつ発表するのかな?

 梅津薫もかつては変な作品を見せていた。感覚が凸凹していて、その意味するところはよく解らなかった。空間と闘っている、というイメージだった。
 そして、人間を含めて、今作のように普通の風景を描くことも希だった。それが何年か前に、風景に女性がでてきて、そして変さがだんだん薄れていった。要するに凸凹心が素直になった。もともと素直な人だと思うのだが、絵画に異様に頑張っていたと思う。その頑張り根性は普通の景色の中に普通に収めること方向に向いていった。その集大成がこの季節4連作だ。

 普通と僕は言った。確かに普通なんだが、以前は「普通じゃない」から出発していたから、あえて「普通」を連発しているだけで、今は「普通」の中に普通以上の何かを探求しているのだろう。


 今作は「未完」だ。だからだと思う、顔が描かれていない。今後、普通に目鼻口が描き込まれるのかな?この絵のような表情のない顔もいいものだが、さて、完成画の顔はいかに相成るや?

 それと、梅津桃源郷には男がいない。これも一種の母体回帰か?正直な画家だ。




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   ↑:(上掲の部分図。)


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   ↑:(上掲の部分図。)








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   ↑:斎藤嗣火







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   ↑:福島孝寿

by sakaidoori | 2014-07-17 23:57 |    (時計台) | Comments(0)
2014年 07月 08日

2401)「第3回グループ象(そう)展(竹津昇 田仲茂基 西村司 川上直樹)」時計台 終了/6月30日(月)~7月5日(土)

  
 


第3回 グループ(そう)展 

 竹津昇
 田仲茂基
 西村司
 川上直樹
       


 会場:時計台ギャラリー 2階A・B室
      中央区北1西3 
       札幌時計台文化会館
      (中通り南向き)
     電話(011)241-1831

 会期:2014年6月30日(月)~7月5日(土)
 時間: 10:00~18:00 
      (最終日は~17:00まで。)

※ ギャラリートーク ⇒ 7/5(土) 14:00~ ゲスト:伊藤光悦(二紀会) 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー(7.5)

 AB室、二部屋の有志4人展。

 4人は全国公募団体・一線会、道内公募団体・道展で結ばれていて、「物語性」と「具象性」を大きな共通項にしているようだ。中年以上の男性ということでも重なる。
 それ以上に、絵画思想を共有しているかは・・・、不明。なんとなく「思い出」とか「追想」とかの時間への拘りを共にしているみたいだが、それは多くの画家にもいえることだ。単なる気のあった絵画仲間かもしれない。絵画思想よりも、互いに切磋琢磨して「絵画探求」に励む、という感じだろうか。

 作家同士は彼等の問題だ。作品同志がギャラリー空間で個以上の何かが醸し出されたら幸いだ。さて。



 A室の様子は--。


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 次はB室。


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 (以下、敬称は省略させていただきます。)




◯ 田仲茂基の場合



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   ↑:田仲茂基



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   ↑:田仲茂基、「悠久の翼Ⅱ」(未完)・F120号。





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   ↑:田仲茂基、「春待つ夕景」・S20号。



 自然と生き物を描いている。人間を自然の中の動物に置き換えて、個人の有り様を描いている。闘う凛々しい姿に、自然との共生より孤軍奮闘ぶりを思う。「オレは頑張ってるぞ~」、そういう闘う個人は一人寂しく生きていく、そんなロマンチックな心象気分も漂わせている。

 他者を見る目、他者との関係よりも、自分を省みることが多いのだろう。だから、ロマンもついつい哀愁を帯びる。「共生」ということも作家にとっては大きなテーマだろう。が、それは作家の願望のようだ。色の発散といい雰囲気といい、正直な画風だ。正直だから「共生」なのだろうが、「個のロマン」のほうが全面に押し出されている。「理念としての願望」よりも、「腹の底からの願望」が出てきたら、もっともっと楽しく中年男性の味わいが出ると思った。きっと、気分は少年なのだろう。






◯ 川上直樹の場合。 




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   ↑:川上直樹




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   ↑:川上直樹、「国境地帯 (望郷)」・130号。





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   ↑:川上直樹、「国境地帯 (あかるいところへ)」・130号。




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   ↑:(上掲の部分図。)










 「象徴と物語」、「緊張と安らぎ」、「明と暗」、「精神性と都会性」、「静物画的要素と(現代的)宗教画的要素」、「静と動」、「生と死」といろんな要素がびっしりだ。まだある、黒を基調にしながら、どんな色を組み合わせようか?メインの横線をどう案配するか、その長さをどうするか、それに見合った縦線をどう入れるか?コラージュ技法も取り入れて「遊びと意外性」も加味する。数字だって使う。
 そして全体の構図の問題が川上直樹の前に立ちはだかる。まるで画学生の研究絵画のようだ。きっとそうだ。いろんなことをしたいのだろう。

 ただ、あまりに建前が強いと思う。知性は感じるが、画家自身の腹の底からの叫びというか、苦しみというか、喜びというか、「研究せねばならないという苦しみ喜び」をも含めて、そういう人間臭さに支えられてはいない。おびただしい拘りが画家にはあるはずなのだが、その拘りを絵画言語で隠すことに努力しているみたいだ。


 願望の強い作家なのだろう。
 一方、静物画要素の瓶や果物に甘えにも近い可愛さ優しさ遊び心を思う。それは作家の本来の持ち味みたいだ。しかし、そういう要素は部分の役割以上にはならない。構図は知性や修練で何とかなるが、こういう優しさは習得できない。この優しさを本来の隠し味にして川上物語が拡がればと思った。

 とは言ってもこの絵画研究はまだまだ続くのだろう。納得するまで描かねばならない。ならば、既存の絵画価値観に捕らわれずに研究されてはと思う。
 今展、全作の中央に横線が並んでいる。日の丸表現になっていて画家達は忌み嫌う。「真ん中に物を描くな」だ。僕は真ん中絵画が大好きだ。潔い、不退転の決意すら感じる。絵が上手くなると「真ん中に描くという不退転の決意」は邪魔なのかもしれない。僕はその正直さが好きなのだが。






◯ 西村司の場合




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   ↑:西村司




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   ↑:西村司、「パドックの男と女」・F100。





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   ↑:西村司、「卸売り市場の朝Ⅱ」・F120。




 写真のリアル感を絵画的リアリティーに置き換えようとしている。写真の立体感を無くしてフラットにする。その面的世界で面の量を構図にからめて問い直す。色調和や配合も作り替える。要所要所に立体表現に描く。目的は明るく元気なドラマによる人間讃歌だ。

 今展にも出品しているダンスの絵だが、躍動感は伝わるのだが、格好良すぎで作りすぎな感じだ。きっと女を頑張って描いたから良くないんだ。男画家がが女を描くと、詩情を越えて一人勝手なロマン臭が漂いすぎて、作品の美しさや出来映えの邪魔をする場合がある。
 その点、今展の男中心の作品は健全な若さだ。ほどよく人間臭も織りなして良い気分だ。群像の力と、男気を描く画家の意欲がかみあっていると思った。


 今展で一番興味を惹かれたのは下の作品だ。未完成だ。



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   ↑:西村司、「トノサマバッタのいるところ」・F100。


 人間、特に顔の表現が抜けた感じで、他のバリバリ・西村リアルとは違う。それに、頑張る強さも無いから、変な作品だ。案の定、「未完成」。

 確かに未完成だが、こういう抜けた部分をも西村流で表現できないものか。西村流具象表現はきっちりし過ぎて疲れるところもある。この作品、未完成が息抜きと余韻や拡がりにもなっていて思わぬ効果を発揮している。





◯ 竹津昇の場合 



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   ↑:竹津昇



 以前のムンムンするムードは影を潜めて、しっかり対象を見つめる丁寧に迫るという感じだ。そして、絵が上手くなった分、この画家のユニークな変調も薄らいだ。だから、大きな作品だが、引き締まってコンパクトな感じだ。次の作品は今展では小振りだが、卵の黄身のような充実感でまとまっている。





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   ↑:竹津昇、「時の方舟(はこぶね)」・80P。



 決して小さい作品ではないが、白に包まれていてこざっぱりとしている。
 年はとってもしっかり此処にある、軽やかに生きている、という絵だ。丁寧に丁寧に壁の一肌一肌を描き進めている。画家自身の情熱やロマンは密やかで、壁のしわしわを年輪を刻むようにして存在証明にしている。若きゴッホが悩みながら住みそうだ。青年ゴッホは悶々として沈鬱だが、この家屋は古くても清らかだ。間違いなく竹津流の生活現場という祈りなのだろう。



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   ↑:竹津昇、「シベリアの空」・80F。




 いよいよゴワゴワ感は無くなった。真っ直ぐな心で壁板の輪郭を描き進めている。「壁」そのものを問いつつも、珍しくいろいろと「壁」で試みている。窓枠の四角は別物のよう、こぼれ落ちる板の裏側は神田日勝の馬の肉のよう、果物を静物画のようにして棚に置く・・・しかも、入念に描き込んではいるが平板な仕上げだ。

 氏は昨年、ロシアに行かれた。その時の風景だろう。普段との違う風景に、いろいろな試みをしたくなったのだろう。






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   ↑:竹津昇・「再生」・145×130㎝×2枚組。



 壁画だ。3m前後の大作だ。


 確かに「再生」だ。画家の過去や時間に対する愛が、画面四隅に花咲いた。元気な朝の目覚めのようだ。農作業にいそしむ人がもうすぐ画面に現れそうだ。

 確かに小道具は賑々しく描き込まれている。が、物としての賑やかさはあるが、タッチや空間への迫りかたは穏やかだ。未知なるものの誕生ではない。求めていたものをしっかりと把握し自立させている。一つの到達点・記念碑だ。壁が万華鏡になって、人々に拍手を贈っている。

 かつてのユーモアやエネルギーや、スポーツマン的汗の臭いは薄い。
 絵が上手くなるとそういう要素は消えるものなのか?。清々しくて元気の良い「再生」に昇華されたと考えるべきなのか?
 あるいは、より高みへの悪戦苦闘の始まりかもしれない。

by sakaidoori | 2014-07-08 21:11 |    (時計台) | Comments(0)
2014年 06月 30日

2390)「森山誠 個展」 時計台 終了/2014年6月16日(月)~6月21日(土)

 


森山誠個展      


 会場:時計台ギャラリー 2階A室
      中央区北1西3 
       札幌時計台文化会館
      (中通り南向き)
     電話(011)241-1831

 会期:2014年6月16日(月)~6月21日(土)
 時間: 10:00~18:00 
      (最終日は~17:00まで。)

ーーーーーーーーーーーーーーーーー(6.19)



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 (以下、敬称は省略させていただきます。)



 森山誠の画題、様式、型式はほぼ決まっている。画風もはっきりしていて、森山作品は瞬時に見分けが付く。狭い世界の中での絵画作業だ、「探求派」だ。
 
 森山絵画の魅力は緊張感だ。静かな世界に一本の横線が入り空間を切り裂く。それに反して、筆を腕の振りに任せる。制作途中で筆を置く。そんな静と動をかねた緊張感、未完ではという驚きが、似たような画題ではあるが、いつも新鮮に感じている。


 静と動、比喩的に言えばモンドリアンとポロックを重ね合わせて、ジャコメッティーの「それでも人間がいる・・」という人間臭さを秘めている・・・そんな風に僕は見ているから。実に楽しい。




 さて、いつもと似ているが、やはりいつもとは微妙に違う。いや、微差がかなりの違いとして感じた。

 ① いつもは横線の緊張度が高いが、今回は縦線が多い。その分、画面が賑やかになり物語性が強くなった。

 ② 森山的人間が描かれてはいるのだが、無表情でのっぺらぼうな面構えになった。
 いつもだったら、「描かなくてもいいのだが、やっぱり人間を入れるんだよな~」という照れがあった。実際、ピエロ的雰囲気があった。大きい人物であっても、画中での存在感は軽い。
 今回はそんな人間臭さからは遠い。強いていえば能面か。こうなると画中から人が消えてもおかしくない。その方が抽象性が高まるだろう。でも、代わりにイスが重きをなすかもしれない。どうみても氏は抽象表現び親和感を抱いている。一方で具物からは脱却できない人間・森山がいる。

 ③ 展示構成が、人のいる作品といない作品との2作組み合わせになっていた。たまたまなのか?意図性は少ないと思うが、こういう見方を画家自身が欲したのだろう。つまり、一枚で完結ではなくて、2系統の画風を一つのまとまったものとして森山脳内絵画は成立しているのだろう。実際、2作一組として鑑賞したら、個々の作品とは違った膨らみと大きさがあると思う。より物語性と絵画虚構が膨らんでいるような気がする。



 以下、2点一組風に掲載していきます。クリックすれば大きくなります。

 
 より具体的に今展の森山ワールドを書くべきでしょうが、すでに多くを書いてしまいました。以下は写真だけになるかもしれません。





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 縦線が多くなったと先に書いた。単なる模様的な縦線ではなくて、ドアなり、部屋の四隅なりの具体的な線だ。それらの多くは「絵画トリックとしての窓」を構成している。画面中央の画題なり中心への視線を、違う世界に無意識にもっといかせる虚の世界だ。仮に具体的な窓やドアであっても、どこかホワイトホール的な違和感が漂うものだ。その不思議感が生まれていなければ失敗といえるかもしれない。
 今回の森山ワールドは、窓を何層もの入れ子にしたいようだ。強引すら感じる。そのことが物語り性を強めてもいるのだろう。ではどんな物語を・・・。そこは見る人の裁量だろう。画家は賽を投げるだけでその目を確認しない。

 それと、人物のない作品に顕著なのだが、画面中央には何もないような間取りだ。その分廻りを賑やかにしている。やはり「窓」を構成しているのだろう。




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   ↑:「卓上 13-4」・20F 2013年。





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   ↑:左側、「卓上 13-1」・6F 2013年。右側、「白い卓上」・F8 2013年。






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by sakaidoori | 2014-06-30 11:24 |    (時計台) | Comments(0)
2014年 06月 28日

2386) 「西村一夫展 -内なる風景-」 時計台 6月23日(月)~6月28日(土)

 


西村一夫
    -内なる風景





 会場:札幌時計台ギャラリー 2階A室
      中央区北1条西3丁目
       札幌時計台文化会館
      (東西の中通りの北側にあるビル)
     電話(011)241ー1831

 会期:2014年6月23日(月)~6月28日(土)
 時間:10:00~18:00 
     (最終日は、~17:00まで)

ーーーーーーーーーーーーー(6.27)



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 (以下、敬称は省略させていただきます。)





 爽やかな空間だ。
 西村一夫模様が壁に並んでいる。色があるから花々風だが、空気のようだ。作品だから一枚一枚を楽しむのだが、全体の「西村・気分」に浸ってしまった。その気分をこのブログでも再現できないものか?というわけで、作品群を連続して載せます。

 画家の内なる風景は、僕らにとっては単なる慰めかもしれない。「慰め」、それも画家にとっては悪くはないだろう。





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 まるで壁紙のような掲載になってしまった。
 「壁紙」画家には失礼な言葉か?「壁紙」のようで「壁紙」でない、「絵画」のようで「デザイン」に見られる。心象風景だが、自己の風景を押しつけない。見る人が気持ち良ければそれでいい。  

 やはり肉筆を見ないとその心地良さの質は伝わらないだろう。仕方がない。クリーミーな絵肌、他者に迫らない色構成、色と色との境界は毛糸のように優しく触れ合いそう。
 「内なる風景」、それは水平線のある風景でもあり、人間関係の投影でもあろう。他者(自然、人間)との語り合いの場だ。喧嘩することなく強く交わることなく、各自が自己領域を宣言しつつ全体は調和する・・・そんな風景だろう。





 いくつか個別作品を載せます。


 いつもの西村模様ですが、モノトーンの大作に少し驚く。



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   ↑:「内なる風景 M-4」・2014年 アクリルガッシュ。



「カラーからモノトーンへ」、それは人生の筋目の反映か?単なる絵画上のバリエーションか?もっとも、「モノトーンというカラー」かもしれない。




 全体のポピー的華やかさに慣れた目には、個別作品は意外と地味な感じがした。西村絵画は優しく吸引させるところがある。だからか?




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   ↑:「内なる風景-ACS46」・2014年 アクリルガッシュ。


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   ↑:「内なる風景-ACS-55」・2014年 アクリルガッシュ。



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   ↑:「内なる風景-ACS-53」・2014年 アクリルガッシュ。




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   ↑:「内なる風景-SA-1」・2014年 アクリルガッシュ。




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   ↑:(ともに)「内なる風景」・2014年 オイルパステル。









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   ↑:左側、「小さな彫刻-4」・2014年。右側、「三つの形―10」・2014年。

by sakaidoori | 2014-06-28 10:05 |    (時計台) | Comments(0)
2014年 03月 20日

2376)①「第13回 サッポロ未来展」 時計台 3月17日(月)~3月22日(土)

   



第13回 サッポロ未来展        




◎ 会場:札幌時計台ギャラリー  
     中央区北1条西3丁目・札幌時計台文化会館
      (東西に走る仲通りの北側のビル)
     電話(011)241ー1831

 会期:2014年3月17日(月)~3月22日(土)
 時間:10:00~18:00 
     (最終日は、~16:00まで)


◎ 会場:青森県立美術館 コミュニティーギャラリーA・B・C  
     青森県

 会期:2014年3月29日(月)~4月6日(土)
 時間:10:00~17:00 
     (最終日は、~15:30まで)




 【参加作家】& 【各種イベント】
 (パンフを拡大して確認して下さい。)

 
ーーーーーーーーーーーーー(3.19)




多人数参加で、しかも全館びっしりの展覧会です。とても詳細には報告できません。最後は尻切れトンボになると思いますが、深く考えずにだらだらと綴っていきます。



 まずは、当然ながら2階A室の風景から始めます。


 (以下、敬称は省略させていただきます。)




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 当館で一番広い空間だが、あえてモザイク的小品群だとか、立体作品の制作過程写真群の展示だ。贅沢というかもったいないというか、一捻りした空間だ。


 

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   ↑:佐藤舞。1985年青森市生まれ、武蔵野美大在籍。




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   ↑:佐藤舞、「再生」・2012年 FRP 45×45×50㎝。




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   ↑:佐藤舞、「祈り」・FRP。



 目を閉じて、上向きの姿勢が好きな作家だ。佐藤舞の「祈り」はそういう姿勢なのだろう。前向きな何かを求める「祈り」だ。









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   ↑:佐藤広野、「The White Sights arise twice」・2013年9月~2014年3月 紙 アクリル絵具 20×93㎝が10組。(1982年青森市生まれ、同市在住。)



 自由連想、心象風景・・・イメージの連続をあえて2段組にし、しかも10組というそれなりの量だ。基本は「色」と「風景」と「人」だろう。もちろん、空気だとか風とか何やかやと小さい世界から沸き立たせたい。佐藤広野版「パンドラの箱」だ。
 興味が湧いてくる作品群です。佐藤広野の湧出を、以下楽しんで下さい。




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   ↑:左側、宮地明人、「そこに在るということ」・2013年 木製パネル 綿布 アクリル絵具 162×130.5㎝。
   ↑:右側、佐藤仁敬、「ツミキのミライ」・2013年 パネル 油彩 194×162㎝。



 期せずしてというか、宮地明人と佐藤仁敬の2人展になっていた。

 宮地明人は妊婦や赤ちゃんが画題になってはいるが、見た目は決して明るくない。「静謐」と「沈鬱」と「女」を通して存在を追求している。なぜだかだんだんとかつての佐藤仁敬調に親和している。


 佐藤仁敬は凄く暗いタイトルで、やはり「現代人の在りよう」を追求していた。気分は同じなのだろうが、最近は軽やかになった。かつての宮地明人の明るさを思い出した。







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   ↑:谷地元麗子、「虚無」・2013年 綿布 銀箔 岩絵具 162×162㎝。



 「猫と裸婦の谷地元麗子」だ。
 裸婦の造形に苦心している作家だ。そこが満足すべくできないと先には進めない感じだ。それに表情も苦労の産物だ。

 いつも妖艶さを期待している。今作、意外にも清楚だ。猫の表情は愛くるしい。静謐、清楚か・・・それに猫の親しさ。性欲、官能、欲望とは真逆だ。期待の方向を修正しないといけない。





 以下、B室他を簡単に載せます。もう1、2回は報告したいと思っています。





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   ↑:(以上、2階B室。)








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   ↑:(以上、2階C室。)




 ②に続く

by sakaidoori | 2014-03-20 11:03 |    (時計台) | Comments(0)
2014年 03月 08日

2362)「2014年行動展 (北海道地区作家展)」 時計台 3月3日(月)~3月8日(土)

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2014年行動展 

北海道地区作家展
       




 会場:札幌時計台ギャラリー 2階全室 
    中央区北1条西3丁目・札幌時計台文化会館
    (東西に走る仲通りの北側のビル)
    電話(011)241ー1831

 会期:2014年3月3日(月)~3月8日(土)
 時間:10:00~18:00 
     (最終日は、~17:00まで)

 【参加作家】
 (DMを拡大して確認して下さい。)



ーーーーーーーーーーーーー(3.4)

 会員・会友・一般、総勢20名がが3部屋に別れて展示。

 とにかく作品が大きい。しかも、大きな塊をドドーンと放り投げるような豪快な作風が多い。大きさ以上に迫力ある絵画ワールドだ。


 三部屋の紹介をザーッとします。



 A室から。



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 次はB室、




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 次はC室、





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 (以下、敬称は省略させていただきます。)



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   ↑:会員・小笠原実好、「残像」・P150。




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   ↑:(上掲の部分図。)




 「残像」には違いないが、「標的」のほうがピッタリだ。
 狙い撃ち!!だ。誰を?こういう実弾剣闘士にとって、今のような社会では向ける相手が難しい。「社会だ」と言い切りたいのだが、イマイチ迫力不足だ。なぜなら、何だかんだと言って充足しているから。というか、未曾有の物質的豊かさの前で「敵」が意味不明気味だ。それでも頑強に「敵」を定めて狙い撃つのが小笠原美学だ。
 「絵画的遊び」すらかなぐり捨てて、己の美学共々に嘴(くちばし)を磨いている。ドン・キ・ホーテと呼ぶには鋭い眼だ。だが、全ては「残像」に、「幻影」になりかねない。






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   ↑:会員・石原佑一、「ポートレイト 14-1」・S100。



 非常に個性的な描き方だ。三角形や四角形の鋳型に絵具を塗り込め、それをバタバタと投げつける、そんな画質と筆さばきだ。

 登場人物には動きがない。動く必要はない。絵さばきで十二分に動いている。座ったままで、何かに食いつきかねないムードが漂っている。ではあるが、「幸せの肖像」と呼びたくなる。不気味な世界だが、彼等の一体感には犯すべからずものがある。こういう一体感は現世的ではない。「死者の団らん」か?







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   ↑:会友・佐々木治、「静物(青い蝶)」・F100号。





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   ↑:会友・佐々木治、「静物(冬)」・F60号。



 明るい、強い、しかもゴワゴワしている。水彩的なサラリとした明るさ空気感を拒否して、どん欲な明るさで静物たちにムクムクと生命力を吹き込んでいるようだ。

 背筋を伸ばして、昇る朝日をギラギラにらみ、ふーっと息を吹きかけては大きく「おはよう」と叫んでいるみたいだ。







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   ↑:会友・手塚昌広。ともに、「borm.」・F130。




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   ↑:(上掲の部分図。)




 この作品も重厚だ。

 先ほど紹介した小笠原実好ワールドの黒ずんだ血なまぐささを取り去り、代わりに空間という標的でどれだけ絵が耐えられるか!にチャレンジしているみたいだ。

 この空間への問いかけの激しさはどこから来るのか?
 ポロックは空間恐怖から始まり、埋め尽くすことによって安心の境地を願った。
 手塚昌広に空間への恐怖とか涅槃願望があるのだろうか?「装飾過多」でキャンバスという重箱を埋め尽くそうとしている。一様な色味と秩序で。どこまで「重厚荘重な装飾過多」で突っ走るのか?なかなか柔な時代においては貴重な試みだ。





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   ↑:会友・菊池章子。ともに、「メモリー」・F130号。



 安定、不安定をもろともせずに、とにかくグローブ?と巨球?を画面中央に収める。あとは思いつくままに囲い込む、そんな世界だ。

 魅力は、野放図な精神だ。やさしいとか、かわいいとか、そんな言葉を拒否する心意気だ。






 多くの作品に感想記を添えたいのですがキリがありません。何点か作品だけを載せます。




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   ↑:一般・泉よう子。ともに、「刻の記憶」・F130号。







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   ↑:会友・松木眞智子。左側、「景」・P150号。右側、「潜」・P150号。






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   ↑:一般・梅津美香、「出せなかった答え」・P130号。




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   ↑:(上掲の部分図。)





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   ↑:一般・梅津美香、「あれからのこと」・P130号。








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   ↑:一般・中江孝子、「射程北緯43°」・S100号。

by sakaidoori | 2014-03-08 00:08 |    (時計台) | Comments(2)