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2009年 03月 23日

943) シカク 「中里麻沙子・個展 『温かい室(へや)』」 終了・3月20日(金)~3月22日(日)

○ 中里麻沙子・個展
     「温かい室(へや)」

 会場:ギャラリー・シカク
     中央区南11条西13丁目2-12・プラハ2+ディープサッポロ・2F 
     (東南角地の2階建て民家)
 会期:2009年3月20日(金)~3月22日(日)
 時間:11:00~21:00
     (最終日は、~18:00まで)

 【滞在制作期間】 :3月9日(月)~3月19日(木)

ーーーーーーーーーーーーーー(3・15、21)

○ 滞在製作中の作品。(一度目の訪問。3月15日。)

 二度訪問。最初は日にちを勘違いして、製作中に見に行った。

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 薄い生地の支持体を壁に張り付け、養生紙が色のはみ出しを防いでいる。紙の茶色が絵を浮き出させてやけに綺麗だ。勢いで描く画家(今春、教育大学を卒業)だから適当に色が垂れていて、制作中という生々しさがある。

 4.5畳の部屋だ。白い部屋だから狭さが眼に迫る。シンナー臭が強い。さらに、換気の無い部屋にストーブの温かさがムンムンと立ちこめている。絵に打ち込む画家の気分も重なり「温かい部屋」である。

 絵は想像あるいは心象を現した木であり森だ。片腕のリズムで流れで勢いとその時の感覚で絵が成立しているようだ。1年半前に彼女の作品を先輩との2人展で見たのが初めてだが、基本的には今見る絵とは変化がない。同じ画題と雰囲気だ。「木の人、勢いの人」だ。あまり他人がきにならない頑固な人かもしれない。「何がしたい、かにがしたい」というよりも、自分の中から出てくるものを大事にしたいのだろう。だから、絵の勢いとは裏腹に実験性や意外性がないのだろう。筆を持つ勢いと支持体のキャンバスとの会話だけで絵を描いている人なのだろう。自然に出てくる意外性や新たな着想を待っているのかもしれない。それまでは今していることを淡々と進めるだけだ、と決意している風情だ。


○ 正式展示期間中の作品。(2度目の訪問。)

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 (カメラが無かったので、今回は携帯です。作家には申し訳ない写真のできです。制作途中の作品と比較して見て下さい。)


 作品は2作。赤い森のワイルドな作品と、緑の木に雪が降っているような作品。
 狭い部屋なので、絵画がとても身近に感じて温かい。中里・絵画を少しは知っている人間にとっては新たな発見だ。絵がそうなのか?展示空間が新たな気付きをもたらしたのか?
 最近思うのだが、個展はある程度の広さがなければ成立しないと思っていたが、この考えは撤回したい。広さや場が個展を選ぶのではないのだ。作家の個性が場を決めるのだ。特異な空間のテンポラリー、小振りでお洒落なたぴおの個展の使われ方を見ていると、作家の強い意識と場の関係で個展は成立するのだろう。
 更に、完結した作品の展示だけが個展ではないようだ。個々の作品の強さだけが問題ではなさそうだ。作品成立までの物語や作家の脳内構造の開示が個展の主要な動機の一つになっているようだ。もちろん、力不足の作品を見せることへの作家自信の姿勢が常に問われていることは忘れてはならないだろう。

 今回は中里絵画を前にして、中里ワールドを語ることは少なかった。絵を見ていて自分の世界に長く居すぎたようだ。
 狭い部屋で画家と並んでイスに座り、同じ向きで同じものを見、ふとそこに描いた人がいるのだなと思うと、本当に「温かい部屋」を感じた。
 倦むこと無く、大きな絵を描き続けてもらいたいものだ。森だけによる春夏秋冬の絵巻物、太古からの歴史物、同じ画題であっても画法やアプローチに深化はあるだろう。
 今展、赤の円が、緑に降る雪のような円が印象的だった。

by sakaidoori | 2009-03-23 10:57 | シカク | Comments(0)
2008年 12月 23日

861) シカク 「今泉東子・個展 『海を探した日』&道展作品」 終了・12月12日(金)~12月21日(日)

○ 今泉東子・個展
    『海を探した日』

 会場:プラハ2+ディープサッポロ・2F ギャラリー・シカク
     中央区南11条西13丁目2-12
     (東南角地の2階建て民家)
 会期:2008年12月12日(金)~12月21日(日)
 時間:12:00~19:00
ーーーーーーーーーーーーーー(10・30、12・15)


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  ↑:2008年道展出品作品、「tomorrow」。

 今泉東子は海を描く。風景として心象として描く。

 どうして海を描くのだろう?海が好きだから。
 なぜ好きなのだろう?
 もし海でなければ、何を描くのだろう?
 彼女は他に好きな者は無いのだろうか?
 山、川、建物・・・好きな物は沢山あるだろう。
 なぜ他のものを描かないのだろう?

 今は確かに海を描いている。絵を描くことと海を描くことが一体化している。有り余る情報の中で、脇目を振らずに海を描いている。なんという情緒の安定さ。それは強情な気質の反映かもしれない?他を見る余裕の無さなかもしれない?


 上に掲載した作品は今年の道展入選作です。非常にリアルです。海をピンクに描くことの多い学生が海らしい色で写実的に描いています。奇をてらった大仰な表現は無く、海の大きなうねり、躍動感・存在感をリアルに表現しています。余りに素直な自然との対話に驚いてしまった。

     ~~~~~~~~~~~~~~~~~

 プラハ2+dという美術施設の2階にシカク・ギャラリーがあります。8畳?の真四角な部屋です。最近は仲間の個展を連続して開いている。間違いなく間断なく開いているのです。訪問者は少ないし、身内意識が強いから一般への広がりは期待できないでしょう。それでも発表者にとっては将来のためには大事な場です。
 今回は今泉東子さんも在廊していて、場所の紹介が出来ます。何かの用事でこの辺に立ち寄る機会があったら、顔を向けて下さい。


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     ↑:入り口傍の廊下に飾られいる作品。「何処にでもあるような」。
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     ↑:一面。
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     ↑:一面と二面。
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     ↑:三面と四面。左から、「これから」、「たいせつなひと」

 小品ばかりです。彼女は来春に教育大学の研究院を終えるので、大作はその卒業展?に出品するのでしょう。道展と卒展の間隙に小品制作で気持ちを高めているのでしょう。そういう意味ではとりたてて注目すべき作品ではないのですが、彼女が海に取り組む姿勢に個人的に強い関心があるので、シカクの紹介と同時に記録しておきたいと思います。

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 ↑:左から、「海を探した日」、「まだ少しだけ」。



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     ↑:左から、「仲直りしよう」、「何処にでもあるような」。


 タイトルを読めば分かるように、全ての絵は擬人化された心象と理解して構わないでしょう。少し少女的感覚が強すぎるとは思いますが、これが絵に込めた画家の正直な気持ちなのでしょう。同時に仮の言葉でもあると思う。

 この人が今後どう変化、深化していくのか?5年、10年、20年という間隔で見ていきたいがそれは不可能です。
 画家の気持ちは心象でしょうが、海には画家の思い以上のものがある。それが画家の意志を超えて表現される時に、海そのものの存在がぱっくりと目の当たりにすることができるかもしれない。

 海。今泉・海を越えた海を今泉・海に見てみたい。

 

by sakaidoori | 2008-12-23 23:41 | シカク | Comments(4)