栄通記

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カテゴリ:資料館( 83 )


2017年 01月 22日

2554)②「4年・太田友真 ~道教育大空間造形研究室展+卒業制作展」資料館 終了/1月17日(火)~1月22日(日)

北海道教育大学岩見沢校
芸術課程美術コース 実験芸術専攻
 
空間造形研究室展+卒業制作展
  


 【参加学生】
 ギャラリー1: 3年・高橋乃亜 2年・齋藤柚花 2年・中村樹里 
 ギャラリー2: 院1・藤原千也 
 ギャラリー3: 4年・山田大揮
 ギャラリー4: 2年・島田真祈子
 ギャラリー5: 4年・太田友真
 ギャラリー6: 4年・内藤万貴


 会場:札幌市資料館2F ミニギャラリー全室
     中央区大通西13丁目 
     (旧札幌控訴院
      大通公園の西の果てにある建物)
     電話(011)251-0731

 会期:2017年1月17日(火)~1月22日(日)
 休み:月曜日(定休日)
 時間:11:00~19:00
     (最終日は、~17:00まで。) 
 
ーーーーーーーーーーーーー(1.21)


◎ギャラリー5:
4年・太田友真 の場合


タイトル:級
    動物の骨 動物の毛 ガラス板 他




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 墓標だ。霊安室のようだ。

 静かだ。光が空間を十字に切り、影となってこの場を厳かにしている。

 アクリル板には文字が敷き詰められている。まるでバイブルだ。文字よ永遠に!聖書こそ本の中の本、聖なる言葉の箴言集・・・をここに再現したみたいだ。

 それでは何を書いてあるか?全然読む気がしない。まるで呪文のようで、読む気がしない。それどころか、避けたい気になる。そうなんだ、墓場みたいで親近感がわかない。こんなに綺麗で静かで厳かなのに。
 どこか突き放したような孤高感。それがこの作品の生命線かもしれない。狭き門より入れ、どこに門があるかは「君自身が発見せよ」と壇上から神のごとく命令している。





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 実は、ここに書かれているのは「ハエ」のことです。タイトルは「級」。「審級」という意味を含んでいる。「審級」がまたまた面倒です。裁判で2審、3審と上訴して上級審で審理すること「審級」と呼ぶみたいだ。つまり、ハエは不当にも人間におとしめられたから、上級審でハエの潔白を証明するのが、展示作品の文字論文のようだ。
 「ハエ」を救うというほとんどムダなことに全エネルギーを注ぐ!人の過剰な精神を墓場の中に閉じ込めた作品ともいえよう。どこか、ドストエフスキーの「罪と罰」をアレンジしたみたいだ。

by sakaidoori | 2017-01-22 23:31 | 資料館 | Comments(0)
2017年 01月 22日

2553)①「2年島田真祈子 ~道教育大空間造形研究室展+卒業制作展」資料館 1月17日(火)~1月22日(日)


北海道教育大学岩見沢校
芸術課程美術コース 実験芸術専攻
 
空間造形研究室展卒業制作展
  


 【参加学生】
 ギャラリー1:3年・高橋乃亜 2年・齋藤柚花 2年・中村樹里 
 ギャラリー2:院1・藤原千也 
 ギャラリー3:4年・山田大揮
 ギャラリー4:2年・島田真祈子
 ギャラリー5:4年・太田友真
 ギャラリー6:4年・内藤万貴


 会場:札幌市資料館2F ミニギャラリー全室
     中央区大通西13丁目 
     (旧札幌控訴院
      大通公園の西の果てにある建物)
     電話(011)251-0731

 会期:2017年1月17日(火)~1月22日(日)
 休み:月曜日(定休日)
 時間:11:00~19:00
     (最終日は、~17:00まで。) 
 
ーーーーーーーーーーーーー(1.21)


 各部屋を「独立した空間」と見立てての「個+空間」展。
 個展が5部屋。大広間は目に見えない壁を作り、3人が展示。

 毎年楽しみに見ている。
 「空間造形」ということを勉強させてもらっている。

 個々の作品を、「これは素晴らしい」と思って掲載することはない。作品の質の問題ではない。そもそも、「空間造形という視点で自己表現を見る」ということを、ギャラリー巡りの中で集中的に関わる機会は少ない。個々の作品の問題意識を離れて、意義深き自己表現の場だ。

 昨日、駐車違反をしながら各部屋を見て回った。気ぜわしいもので、失礼なことである。
 担当教授を交えて、学生たちは作品の周りで集中していた。
 静かである。皆、黙って出品者の話を聴き、しっかりと感想を言い合っている。
 教授の言葉は優しい。スキッパー的展示量の壁面がある。僕だったら、「もっともっと作品を出して、自己を剥き出しにしたら!そうすれば、次は省略の美学でチャレンジしようよ!」。しかし、教授は落ち着いている。「こうしたら◯◯君の思いがよりよく反映されるのでは?」すべてが優しい。優しく言えるのは、作品と作家への眼差しがしっかりしているからだろう。

 全ての作品は掲載できない。時間に任せて可能な範囲で載せていきます。


◎ギャラリー4:
2年・島田真祈子 の場合

タイトル:BORDER
     パイプベッド 木 砂 他



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 入口、中央に糸がぶら下げられている。5円玉のような重しが足下で通せんぼをしている。
 きっと何かの象徴だろう、出入り口を喚起する仕掛けだろう。展示室内は全てが2項配置だ。そのイントロでもある。
 そうなのだ。室内、全てを2分割する心構えだ。明解な分割線が部屋を徘徊している。

 骨組みが剥き出しのベッド、ツートンカラーが赤裸々だ。
 寝る寝ない、服を着る脱ぐ、敵と味方、愛と憎、許しと拒否、男と女、生と性・・・
 樹がある。影がある。黒ではない。影色の黒を拒否した虚像。それは常識という世界からの離脱?幻想への誘い?

 此処には理知的2分割・2文法で目に見えない世界をスパッと割り切ろうとする学生の一本勝負的明解さがある。理知さ加減が真っ先に目に飛び込むのは鑑賞上のマイナスだ。が、ファージを良しとはしない強さ健全さは頼もしい。しかも、まだ2年生だ。

 ただ、気になるのは、自分の問題意識を下敷きにしながら、「問題意識」=「指向の対象」にし過ぎた感じがする。「悩み」すら無いかのごとく、立ち消えそうだ。明快に表現しつつも、整理のつかない心の揺れがにじみ出ていたら。



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by sakaidoori | 2017-01-22 15:53 | 資料館 | Comments(0)
2016年 05月 19日

2527)「『ドローイングガールのへや』 ドローイングマン個展&ライブ」資料館 終了/5月3日(火)~5月8日(日)



ドローイングガールのへや 
ドローイングマン エキシビジョン
  



 会場:札幌市資料館2F ギャラリー2
     中央区大通西13丁目 
     (旧札幌控訴院
      大通公園の西の果てにある建物)
     電話(011)251-0731


◎ドローイングマン ライブ⇒2016年5月7日(土) 16:30~ 無料

 会期:2016年5月3日(火)~5月8日(日)
 休み:月曜日(定休日)
 時間:9:00~19:00
    (初日は、11:00~)



ーーーーーーーーーーーーー(5.7)


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 ここがライブの舞台だ。すでに作品はある。この絵を壁紙のようにして、ライブで描き進める。「描く」といっても、落書きのようなものだ。描かれることによって、「更に良い作品」になる保証はない。多分、「上描きしないほうがいいのにな~」という結果になるかもしれない。絵画は好みだ。皆さんは彼の行為を支持しますか?

 今日で何回目になるのだろう、ライブは?過剰な情念の、その軌跡をご覧下さい。



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 おっ、カッコイイ!



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 ライブは終わった。

 祭りの後を散策しよう。



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 右側の、上書きされた細井赤ラインは気になる所だ。ライブとしては線が細くて見栄えはよくないが、「作品の仕上げ」になっている。




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 今回のタイトルは「ドローイングガールのへや」。確かにオンナだ。目なしのおかめ八変化だ。コーラスでドローイングマンにラブコール。「愛してるよ~、もっと描いて~、キスして~」
 オンナには赤だ。
 そしてオトコは黒だ。



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by sakaidoori | 2016-05-19 07:07 | 資料館 | Comments(0)
2016年 01月 22日

2487)②「ドローイングマン個展 コンクリートフィクション」資料館 終了/'15年12月8日(火)~12月13日(日)

ドローイングマン個展 
   コンクリートフィクション




 会場:札幌市資料館2F ギャラリー6
     中央区大通西13丁目 
     (旧札幌控訴院
      大通公園の西の果てにある建物)
     電話(011)251-0731

 会期:2015年12月8日(火)~12月13日(日)
 休み:月曜日(定休日)
 時間:9:00~19:00
 
ーーーーーーーーーーーーー(12.12)

 ①の続き。

 またまたダラダラ続きます。見て下さい。



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 マンホールだ。
 今展のタイトルは「コンクリートフィクション」・・・さて、何を連想するか?狙い目マンホールだ!
 ここは都会だ。いや、札幌というリトル東京だ。彼は昨年、札幌をパフォーマンスでねり歩いた。地元を確認したのだろう。だから、虚構ではあってもここは札幌だ。札幌をコンクリート・タウンとして見ている。札幌を虚構としている?虚構の中にマンホールがある。穴だ、抜け穴だ、こちらとあちらを繋ぐくぐり穴だ。向こうの住人がやってくる通り道だ。


 今、彼は穴を揺すっている、運んでいる・・・穴を壊す?塞ぐ?

 この穴の向こうに実像があるというのか?あるはずはない。だが、こちらとは違う何かがあるかもしれない。ないかもしれない。だが、コンクリートマンは何かを信じてこの穴と闘っている。結界を見極めたいのだろう。


 パフォーマンスはまだ続く。もう少しご覧下さい。





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 会場に展示されていた個別作品を次回に紹介します。
 ③に続く。

by sakaidoori | 2016-01-22 22:15 | 資料館 | Comments(0)
2016年 01月 22日

2486)①「ドローイングマン個展 コンクリートフィクション」資料館 終了/'15年12月8日(火)~12月13日(日)

ドローイングマン個展 
   コンクリートフィクション




 会場:札幌市資料館2F ギャラリー6
     中央区大通西13丁目 
     (旧札幌控訴院
      大通公園の西の果てにある建物)
     電話(011)251-0731

 会期:2015年12月8日(火)~12月13日(日)
 休み:月曜日(定休日)
 時間:9:00~19:00
 
ーーーーーーーーーーーーー(12.12)

(以下、敬称は省略させていただきます。)


2015年12月12日に、ドローイングマンによるドローイングライブがあった。見た。それを報告します。

 ⇒このドローイングマン、丸島企画群青にも参加する。当然、ライブもする。2月5日午後5時~。是非見に来て下さい。今回の報告はその宣伝も兼ねた前哨戦です。


 文章を何だかんだと書いても始まらない。あまり良い写真ではないが、沢山載せます。彼(ドローイングマン)の心意気を感じ取って下さい。ダラダラと続きます。



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   ↑:始まる前。


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 ②に続く。

by sakaidoori | 2016-01-22 11:26 | 資料館 | Comments(0)
2016年 01月 18日

2483)②「こここここここ(道教育大空間造形研究室展+卒業制作展)」資料館 終了1月13日(火)~1月17日(日

北海道教育大学岩見沢校 芸術課程 美術コース 実験芸術専攻

  こここここここ 
空間造形研究室展+卒業制作展
  


  


 【参加学生】
 ギャラリー1:2年高橋乃亜 4年八谷説大 
 ギャラリー2:4年泉菜月 
 ギャラリー3:3年内藤万貴
 ギャラリー4:4年林満奈美
 ギャラリー5:4年花井みか
 ギャラリー6:3年山田大輝


 会場:札幌市資料館2F ミニギャラリー全室
     中央区大通西13丁目 
     (旧札幌控訴院
      大通公園の西の果てにある建物)
     電話(011)251-0731

 会期:2016年1月13日(火)~1月17日(日)
 休み:月曜日(定休日)
 時間:11:00~19:00
     (最終日は、~17:00まで。) 
 
ーーーーーーーーーーーーー(1.16)

(以下、敬称は省略させていただきます。)


 1人一部屋の展示、4人四部屋を載せます。


花井みか の場合



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   ↑:「さんについて」、岩見沢の土 植物 火 北上川 蜜蝋。




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 映像は人物を大きく見せておおらかだ。が、室内展示はスキッパー感覚でもの足りない。作品を見ていると、川、火、焼き物(土偶)、そして「自分」、「女」ということを思う。思うのだが、何とも間が空きすぎた感じだ。時の流れに任せたおおらかな気分とか、何かしら象徴的な事柄を表現したかったのだろう。同時に余白美を。が、この余白美ほど難しいものはない。




林満奈美 の場合



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   ↑:「つむぐ」、羊毛 糸 他。



 羊毛や糸、女性特有の美と思いの世界だ。僕はここに触感や視覚としての「あやかし」とか「無限増殖」があると一人興奮するものだ。要するに、静的「美」にたいする動的「破壊・カオス」とか、「安心なるもの」に対する「不なるもの」に拘るタイプだ。だが、それは僕の単なる好み。淡々と紡ぐようにして部屋を飾った作者、追体験しよう。作者はつむぎ、ぼくらは包み込まれ、その中を軽く歩み、どこかに辿りつく・・・淡々とたたずんでみよう。



 中は通路のようになって羊毛の塊に辿りつく。塊、どこか脳みそみたいで、気持ち良いような悪いような感じ。
 歩いて見て下さい。



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 ちょっと上下を見てみましょう。



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 ○内藤万貴 の場合



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   ↑:「大地の血管」、ビニールホース 土 ガラス板 他。




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 非常にシンプルで分かりやすい。この単純明快さ、と同時に女性的しなやかさ、こだわりへの軽さが売りだ。

 タイトルが全てを言い尽くしている。「大地の血管」だ。大地の中の血管といえば、厳密に言えば変なのだが、鑑賞者は人間だ、生き物だ、その意味するところはストレートだ。
 さらに作者は、「・・・普段は気にかけない地中の生き物たち。ミミズ・・・(略)・・・地中にたくさんのトンネルを掘って・・・(略)、地上だけでなく、地下にも意識を向けてみませんか」と記している。

 この土の入ったビニールホース、それは「血管」であり、ミミズの「足跡」であり、生き物の「住み家」だが、そこんところへの迫りかたの軽さ、そこがいい。誰かのお家に「ちょっと寄ってみませんか・・・春ですよ・・・」というリズム感だ。しなやかにしなやかに、大きく大きく成長して欲しい。



泉菜月 の場合



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   ↑:「涙の部屋」、涙 紙 アルコールランプ(あぶり出し) 涙壺



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 軽くてさわやかなような、それでいて重たいのかな?ふわふわしているような、やっぱり重たいのかな?そんなとりとめのない気分にさせる作品だ。
 悩ましき理由の原因ははっきりしている。「涙」で字を書いているからだ。日々、涙を壺にためては字を書き、火にかけて文字をあぶり出している。泣かざるを得ない理由があって涙しているわけではないだろう。間違いなく作品の為の涙だ。「女の涙」といえばロマンティックだが、どこかおぞましい行為だ。そしてその文字に火を当てる。まるで火あぶりの刑だ。危険な行為だ。そうして出来上がった姿、どこか寒々としている。しまりがあるようなないような。

 泉菜月、不思議というか変な学生だ。
 生活感を求めつつ、どこかにぽっかりした洞穴、意味を問いつつ、「何が何だかわからない、でも記録と記憶に残しちゃおう」と動き回る。深刻ぶらずに楽しんでいる。「ニヒリズム」、そんな野暮ったい言葉は止めよう。どうも男性言語は現代女性には不向きだ。
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by sakaidoori | 2016-01-18 17:50 | 資料館 | Comments(0)
2016年 01月 17日

2483)①「こここここここ(道教育大空間造形研究室展+卒業制作展)」資料館 終了1月13日(火)~1月17日(日

北海道教育大学岩見沢校 芸術課程 美術コース 実験芸術専攻

  こここここここ 
空間造形研究室展+卒業制作展
  


  


 【参加学生】
 ギャラリー1:2年高橋乃亜 4年八谷説大 
 ギャラリー2:4年泉菜月 
 ギャラリー3:3年内藤万貴
 ギャラリー4:4年林満奈美
 ギャラリー5:4年花井みか
 ギャラリー6:3年山田大輝


 会場:札幌市資料館2F ミニギャラリー全室
     中央区大通西13丁目 
     (旧札幌控訴院
      大通公園の西の果てにある建物)
     電話(011)251-0731

 会期:2016年1月13日(火)~1月17日(日)
 休み:月曜日(定休日)
 時間:11:00~19:00
     (最終日は、~17:00まで。) 
 
ーーーーーーーーーーーーー(1.16)

(以下、敬称は省略させていただきます。)

 空間造形研究室という、なかなかややこしいことに取り組んでいる。とにかく「一部屋を使って、何でもありで表現してみよう」、というものだ。「自由な表現ができる」といえば楽に思いがちだが、なかなかそうはならない。人は言うほど自由に振る舞えない。出発は他人の物まねであったり、伝統様式の拝借だったりだ。そのほうが表現様式自体を問うことはないから楽だ。それに加えて北海道の場合は、変な表現者が少ないから、「自由をまねる」こともなかなか難しい。

 それでも彼等は、この分かりにくい分野を選んだ。選んだからには何かを発表せざるをえない。当然迫力不足の作品が多い。失敗にめげずに突き進んで欲しい。


八谷説大(ハチヤ トキオ) の場合



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 ピンボールだ。
 おー、何て楽しく、否、悩ましく、否否、自分を思い、故郷を思い、今住んでいる場を想い、ちまちまとねちっこくノスタルジックに玩具を作った。

 単品の立体作品と見て充分だ。ことさら空間造形と呼ぶ必要はないかもしれない。何にもない広い空間で、何もない部屋の空気が八谷作品に華をそえている。

 僕はこういう作品が他愛もなく好きだ。どこが良いかというと、ピンボールの表面にちまちまねちねちと地図を描いていることだ。地図とは不思議だ。記号の極みだ。「他」を見る約束事がびっしり詰まっている。それに、地図の線が細密画を構成していて、地図という客観物が主観的な肉声として見てしまう。





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 描かれているのは岩見沢だ。道教育大学が当地にあるから描いたのだろう。卒業記念だ。八谷説大は東北出身だという。このねっちこさは彼の地出身だからか?もしそうなら、おそらく故郷がこの岩見沢に隠れていると思う。それが東北魂というものだ。事物の対する愛が強い土地柄だ。
 そして何故だか知らないが「ピンボール」だ。僕のような六〇歳代はよく知っている。ディズニーランド的なミニ・アメリカンだ。盤上でネオン・チカチカ、原色ギラギラ騒がしい存在だった。
 「ピン・ボール」、作者にとってはノスタルジーの象徴かもしれない。古き物が醸し出す夢やロマンかもしれない。
 今年卒業する学生だ。古き物を抱いて明日の糧にするのかもしれない。



○2年高橋乃亜 の場合



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   ↑:「逃げる」・セルフポートレート ポスター 他。


 空間造形というより、普通に写真展と見て充分だろう。そういう意味では今回は将来のための予行演習だ。まずは「発表することに意義あり」だ。

 普通の写真だが被写体は可愛い。自分をモデルにした仮想逃避行ロマン。何点か載せます。


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 (以下、作者の言葉。)
   きっともうこれ以上遠くへは行けない
   ここが私の逃げる限界
   価値観はどこまでも背中についてまわる



○3年山田大輝 の場合



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 白いカーテンで展示会場の入口をふさいでいる。
 会期も終了した。当ブログに訪れたお客さんには中をほんのチョッピリお見せしよう・・・
 ・・・  ・・・
 ・・・

 見せたいのだが見せられない。何故かというと作者は中を見せないからだ。おそらく、もっと暗くなった時だったら少しは中の痕跡が分かるかもしれない。
 「見せない」という方法・考え方もあるだろう。しかし、それは一般的ではない。見せてどうなるかから始まるのが視覚芸術の宿命だから。

 今作は完璧な失敗作だ。見事なる失敗作だ。今作を変に誉めてはいけない。おそらく、この細胞膜のようなカーテン門が今作のテーマなのだろう。「こなた と かなた」、「境界領域の内と外」、「境界(カーテン)の美しさ」、中を見ようとする人達を見る楽しみ・・・などなど、テーマを想像すれば幾つでも書ける。だが、これらの言葉は「概念」だ。思考の産物だ。学生はきっといろいろ勉強したのだろう。今回の教訓は更なる勉強と、自分自身の視覚感覚の鍛錬になるだろう。
 山田大揮君、頑張ってくれたまえ。


 最後にカーテンの一部を載せます。


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 (②に続く予定ですが、どうなるでしょう。)

by sakaidoori | 2016-01-17 18:08 | 資料館 | Comments(0)
2015年 02月 26日

2471)②「土踏まずのあと(道教育大空間造形研究室展+卒業制作展)資料館 終了/1月20日(火)~月25日(日)



土踏まずのあと  

北海道教育大学岩見沢校 芸術課程 美術コース 実験芸術専攻
空間造形研究室展+卒業制作展
   


 【参加学生】
 ギャラリー1:泉菜月 内藤万貴 山田大揮 
 ギャラリー2:林満奈美 
 ギャラリー3:舛野蓮 
 ギャラリー4:杉下由里子  
 ギャラリー5:佐藤拓実 
 ギャラリー6:八谷説大
 


 会場:札幌市資料館2F ミニギャラリー全室
     中央区大通西13丁目 
     (旧札幌控訴院
      大通公園の西の果てにある建物)
     電話(011)251-0731

 会期:2015年1月20日(火)~1月25日(日)
 休み:月曜日(定休日)
 時間:11:00~19:00
     (最終日は、~17:00まで。) 
 
ーーーーーーーーーーーーー(1.24)

(以下、敬称は省略させていただきます。)


◯杉下由里子の場合


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   ↑:(会場は完全な暗室空間。)




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   ↑:杉下由里子(卒業生)、「common」、トレーシングペーパー 画像 テキスト 光。



 希望の灯火のように小さな写真がある。文字が重ねられて、学生の生真面目な語りと接することになる。とは言ってもかなりの数だ。暗がりだし、一つ一つは小さいから、どうしても全体の気分との会話になってしまう。その幾つかを以下に載せます。



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 「common」、共有。
 「コモン・センス」という言葉がある。「共通感覚」と勝手に理解している(「常識」「良識」と解するようだ)。この言葉こそが「現代大衆社会」を支えている。心理学的言葉ではあるが、社会的言葉そのものだ。
 現在、人は何を共有しているか?この言葉が生まれたときには、「共有」すべき事柄は自明だっただろう。が、「共有」が危機にさらされて、あらためて人は社会の共有を模索し始めた。他人同士は何故に結ばれているのか?その結ばれの根拠は何か?未来永劫に共有できるのか?自分と自分自身との共有感覚、自分と家族、自分と親しい人々、自分と他人、自分を取り巻く社会・・・自分自分じぶんじぶん・・とエンドレスの繋がり。



 杉下由里子は「作者ー作品ー鑑賞者」の共有を模索している。

 確かに会場は他者があって成り立っている。しかし、僕には彼女自身の立つ位置の確認、自分を見つめる場・儀式ではないかと思っている。非常に迂回した自己のさらし方だ。記憶や装置という回路を利用して、自分の世界を「客観的」舞台にしている。「私はここまで心を開いた、これを見つめる他者であるアナタ、私とアナタとの間に会話は成り立つのでしょうか?」と言いたげだ。
 決して叫んではいない。作者・杉下由里子には広い空間がある、そこが彼女の安全域のようだ。私はその安全域を垣間見るだけだ。それぞれが自己の安全域から他者と触れ合う。それが「共有」なのかもしれない。





◯桝野蓮(卒業生)の場合



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   ↑:舛野蓮、「停滞」・海水(能登及び道南、木古内町のもの)映像。


 
 白い置物に映像が流れているだけ。置物は小舟のよう、人魂のよう、楽器のケーナのよう。

 (それなりに写真を撮ったのですすが、ほとんど失敗でした。)



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   ↑:(まるで地球を見ているようだ。)




 綺麗な映像だった。海の青が印象的で、置物の白さも心に残り、ただなんとなく海とか川とかを旅してしまった。

 ルーツ、自分探しの旅なのでしょう。
 映像はどうしても客観性が強くなってしまう。それでは自分が離れてしまう。何とか映像の強さに自分を偲ばせて、美しく旅をしたい。小舟に乗って、歌を唄いながら優しく旅をしたい。
 
 家系が能登半島から木古内町に移住してきた学生なのでしょう。江戸時代に北前船に乗って。もしそうなら、舛野蓮は何代目になるのだろう。先祖は漁師だったのか、商人だったのか、農民だったのか?家には語り継がれた物語があるのだろうか?彼女ならずとも気になるルーツだ。




◯ギャラリー1の場合




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   ↑:泉菜月、「それぞれの窓」・映像 布 フィルム 他。




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 門が丸くって細長いアクリル板をぶら下げる、そのアクリル板には何やら小汚く落書き、そこに何やら風景らしきものが写った映像を当てるだけ。

 そのアクリル板がスクリーンに映っているのだが、ミジンコが泳いでいるようだ。あるいは精子がたむろして明るい方向を目指しているみたい。要するに蠢いている、学生のテーマの窓の中で、窓を目指して。
 文字の模様は映像では遺伝子の二重螺旋構造みたいで、やっぱりこのミジンコは精子なんだと一人合点してしまう。それぞれの精子はぶつかり合うこともなく、自分の存在域で泳いでいるだけ。本来、射精された精子はおびただしい数で、卵子への一番到着号以外はこの世のあだ花のような存在だ。だが、そんな過当競争じみた世界は泉菜月には無縁だ。ましてや精子に付きまとう過剰性や官能などははるかはるかに無縁な言葉だ。気になるのは「窓」だけ。

 「窓」、良い言葉だ。かりに硝子で遮断されていても、人は向こうの世界を連想してしまう。「山のアナタの空遠く、幸い住むと人の言う・・・」ところの窓を夢見る。

 さて、二十歳過ぎくらいの泉菜月の「窓」はどんなだろう。四角い部屋を天上から眺めて描くのが
好きな人だ。部屋ばかり見ていたから飽きたのだろう。今回はその部屋に窓を作った、アクリル板に夢を描いた、そして部屋から外を眺めている。




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   ↑:山田大揮、「土踏まずのあと」・アクリル板 炭酸水素ナトリウム 塩化ナトリウム 足跡。




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 (内藤万貴さんと花井みかさんは記録ミスです。次回はチャンと見よう。9

by sakaidoori | 2015-02-26 11:49 | 資料館 | Comments(0)
2015年 02月 25日

2470)①「土踏まずのあと(道教育大空間造形研究室展+卒業制作展)資料館 終了/1月20日(火)~月25日(日)







土踏まずのあと  

北海道教育大学岩見沢校 芸術課程 美術コース 実験芸術専攻
空間造形研究室展+卒業制作展
   


 【参加学生】
 ギャラリー1:泉菜月 内藤万貴 山田大揮
 ギャラリー2:林満奈美 
 ギャラリー3:舛野蓮
 ギャラリー4:杉下由里子 
 ギャラリー5:佐藤拓実 
 ギャラリー6:八谷説大
 


 会場:札幌市資料館2F ミニギャラリー全室
     中央区大通西13丁目 
     (旧札幌控訴院
      大通公園の西の果てにある建物)
     電話(011)251-0731

 会期:2015年1月20日(火)~1月25日(日)
 休み:月曜日(定休日)
 時間:11:00~19:00
     (最終日は、~17:00まで。) 
 
ーーーーーーーーーーーーー(1.24)

 実は、この期間中入院していた。暇だったから外出した。何となく当館を訪れた。運良く見ることができた。

 教育大学空間造形研究室が全館を借り切っての展覧会だ。この型式でもう何年も続いている。楽しみにしている学生展だ。
 楽しみにはしているが、なかなか気に入った作品に出会うことは少ない。思いが先行していて、形にするのに苦労している。しかもコンパクトにまとめすぎで、無我夢中さのようなエネルギーを感じることもない。もっともっと赤裸々に「空間表現」を苦労したらいいのにと思う。

 それと、「個展」経験の少なさも災いしていると思う。いかに空間造形を研究探求しているからといって、学生が一部屋を作りきるのは難しいのだろう。とくに、昨今の学生はグループ展ありきだ。「個」を見せようとはしない。今展も個展形式には違いないが、卒展も兼ねているし「みんながやるから私だって」かもしれない。個展はお金も時間も精も根も使う、仕方がない。

 しこし、今年は面白かった。あっさりスパッとストレートだった。エネルギーとか悶々とは縁遠いが、学生のりりしさを感じて好ましかった。
 
 全員を細かく載せるのはシンドイです。なるべく多くの部屋を載せたいので、言葉少なにいきます。


 まずは真っ先に見たギャラリー6から。


ギャラリー6:八谷説大の場合




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   ↑:八谷説大 「crumple(くしゃくしゃにする)」、紙(チQの面積の1/10・14乗の広さ) コンパス。



 なりの大きさの白紙をくしゃくしゃにして、あたかも地球の電磁場のようにしていた。ぶら下げられた磁石が心憎い小道具だ。磁石ー磁力ー磁場ー物と物との関係性ー親和力・・・などなど、シンプルな二つのしわしわ紙が磁石と結び合い、壮大なる物語にも発展しそうだ。地球45億年の旅という物語を。

 ちなみに、下の紙はコンピューターがくしゃくしゃしたもの。上の紙は学生自身がくしゃくしゃしたもの。折り目が随分と違っていた。

 ところで、八谷説大は四角い面を愛する人のようだ。面で構成されたコラージュ作品を見た記憶がある。彼の空間感覚は四角き面がアトムになっているのだろう。それらの面同志が結ばれて空間の分子になるのだろう。面白い感覚だと思った。面の人・八谷説大か?



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   ↑:上部のつり下げられた紙は人間である八谷説大がくしゃくしゃにしたもの。確かにくしゃくしゃだ。




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   ↑:床に置かれた紙はコンピューターという機会が折ったもの。確かに機械的だ。



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佐藤拓実の場合


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   ↑:佐藤拓実、「日本人論」・はんこ 紙 他。




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 「日本論」を考えた結果を形にしたもの、と学生は記している。

 この展示風景に見える、どこか神がかった型式、様式美を「日本人」として把握しているのか?ブラック・ユーモアとしての儀式にも見える。鉢巻きして、天皇をご神体として拝礼し、「乾坤一擲なせばなる、なさねばならぬ何事も!言行一致、突貫あるのみ!」という大東亜大戦争を思ってしまった。







林満奈美の場合



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   ↑:(入口からの光景。)




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   ↑:林満奈美、「道と川と暮らす場所」、布(衣類、寝具等) 糸 枕 布団 ハンガー 等。



 ちょっと寂しい。

 タイトルに「道」とか「川」があるから、流れ流れる日々の暮らし、流れる時間といつもそこにある私の暮らし。並べられた物は学生自身の生っぽさがあるはずだが、展示空間に綺麗さ漂いは生理からは遠く、普段着からも遠い。そんな淡々とした中で、少しでも「何か」を確かめようとしているみたい。




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 布団に川と橋。布団は寝るところ、夢見るところ、汗をかくところ、男と女の営み所、そこに小川が流れている。かぼそき橋が架けられている。布団の中、渡ろうか渡るまいか。川に沿って歩いてみようか・・・たゆたゆしい学生作品だ。夢に追いすがるでもなく、ただ淡々と布団を楽しんでいる。秘め事深き布団であっけらかんと遊んでいる。着せ替え人形達の部屋のようだ。これはやっぱり女の子の部屋なのだろう。




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 一本道の刺繍が意地らしい。




 ②に続く。

by sakaidoori | 2015-02-25 23:45 | 資料館 | Comments(0)
2015年 02月 02日

2451)「札幌ビジュアルアーツ写真学科 卒業制作作品展2014」資料館 終了/1月27日(火)~2月1日(日)




専門学校札幌ビジュアルアーツ写真学科 
 平成26年度卒業制作作品展
  
   

 会場:札幌市資料館2F ミニギャラリー1室
     中央区大通西13丁目 
     (旧札幌控訴院
      大通公園の西の果てにある建物)
     電話(011)251-0731

 会期:2015年1月27日(火)~2月1日(日)
 休み:月曜日(定休日)
 時間:9:00~19:00

 【参加学生】
 勇綾音 滝本菜摘 川南咲季 佐藤翔太 星雄大 安達敏亮 櫻井杏香 大黒咲季 川村康平 細木隆生 松川季香 稲雪絵 ・・・12名? 
 
ーーーーーーーーーーーーー(1.31)


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 (以下、敬称は省略させていただきます。)



 札幌ビジュアルアートの卒展、以前はかなり楽しみにしていた。最近は学んだ成果を発表するという感じでもの足りなく思っていた。思えば、今展の学生達は2年間の勉学だから二十歳が主体だ。「まだまだ・・」の感は仕方がないのだろう。

 今年は撮影者の趣味とか追い求めている事に取り組んでいた。特に細木隆生と川南咲季はかなり自分好みだった。一度に二人も良いものを見れるとはめったにない。そして、受付嬢ともしっかり話が出きて楽しさも倍増だ。そんな4人を中心にして報告します。



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   ↑:細木隆生、「ふたり」。



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 「写真は現実であり虚構である。・・・(その)曖昧な境界を行ったりきたり」と撮影者細木は語る。まったくそういう作品だ。合成写真のような違和感、同じ人のような別人のような幼子、「もしかしたら双子?でも違うし・・・」。大人びた眼差し、本当のような嘘のような空気と存在感・・・。

 幼子の眼差しは撮影者の眼差しなのだろう。自信ありげな主張、それは同時に自信のなさを抱いているから、こういう切迫感が生まれたのだろう。
 表現者の作品だ。紆余屈折を経ながらも成長して欲しい撮影者だ。発表し続けて欲しい。





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   ↑:川南咲季、「COLONY」。



 こちらは一見すると明るく楽しく健康的、ただそれだけの感じに思えるのだが、「なんか変だな~」、「何が変なのか?」。七色の明かりに包まれて幸せ一杯の夜の地上、でもこの明るさは異常に人工的で、幸せも何もかもが人工的で、そう思い始めたら夜空もビルも明かりも、嘘っぱちに見え始めてしまう。七色の世界に本当に人は住んでいるのだろうか?「明かり」という嘘の生き物しかいないのかも?そう思うと、作品を見ている自分の世界が本当にほんものだろうか?

 僕はこの作品に「世界の嘘」に思いを馳せた。さて、撮影者の意図はどこにあるのか?




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   ↑:櫻井杏香、「#Kaori」。




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 「面白いのだが・・・何かもの足りない。何だろう、この不満感は・・・」そんなことを呟きながら櫻井杏香と作品を見つめ合った。
 「季節に変化がないから、風景色が同じになって・・・」
 確かにそうだ。でも、この安定感は悪くはない。
 「彼女の服装に変化が少ないかも。撮影回数が少なかったから・・・」
 確かにそうだ。だが、この一様さも悪くはない。
 「被写体との距離感とか、もっと遠近感があった方が良いかも・・・」
 確かにそうだ。

 でも、素人のモデルの表情も自然だし、「女が女を撮る」という信頼関係がヒューマンな雰囲気作りに成功していると思う。

 モデルは撮られることを楽しんでいる。・・・そうなんだ、被写体は日常とは違う「モデル」を普通に演じている。
 その普通さに撮影者は普通に甘んじている。若いんだ、もっともっと「撮る」冒険をしたらと気が付いた。結局、撮影者は「日常」に拘っているのか?「日常」をはみ出したいと思っているのか?その辺の自己探求が弱いのだと思う。
 「何を撮りたいか」はなかなかつかめないだろう。それは仕方がない。ならば、無意識の撮影衝動にもっともっと身を委ねて冒険をしたらと思った。


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   ↑:松川季香、「¥100+税」。




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 身の回りにある小物が素材だ。それらの用途は無視してデザインを楽しんでいる。無機的デザインなのだが、そこはまだまだ若い女学生だ、可愛く優しくチャレンジ。学んだデザイン感覚と写真技術の域を抜けてはいないから、今回は学習成果の総仕上げなのだろう。

 デザインにあまり生理を植えてはいけないのだろう。でも、そんな硬いことは思わないで、もっともっと変化球を挿入して「デザインを遊ぶ」にしたらと思った。




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   ↑:星雄大、「色水」。



 パソコンでデジタル処理したのかな?水彩画みたい。この着想、技術でもっともっと本格的に七色混合・融合万華鏡になればと思った。






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   ↑:佐藤翔太、「抽選者たち」。



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 スポーツをいかに料理するか?それは躍動感をどう見るかにかかっているだろう。ただ、佐藤翔太の場合は、スポーツをどう見つめるかというよりも、写真という枠にどう収めるかに主眼があるみたいだ。ある程度の流れを保ちながら、慌てるでもなく、瞬間に迫るでもなく、どこか永久運動を続けているような機械の動きを感じる。おそらく、撮影者は醒めた感覚で動きを冷静にみたいのだろう。極端を無意識に排除しているみたい。すべては「構図」という画面撮りになって、どこまでも意外性には気が付かないふりをしている。

 確かに悪くはない。冷静に、美しく、調和を保っている。

by sakaidoori | 2015-02-02 22:19 | 資料館 | Comments(0)