栄通記

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カテゴリ:   (写真ライブラリー)( 11 )


2010年 02月 09日

1189) ③写真ライブラリー 「札幌・いま・写真・これから [Part 1]」 終了・11月18日(月)~11月29日(日)

○ 札幌・いま・写真・これから

◎ [Part 1]  Then & Now

 会場:札幌市写真ライブラリー
    中央区北2条東4丁目 サッポロファクトリー・レンガ館3階
    電話(011)207-4445  

 会期:2009年11月18日(月)~11月29日(日)
 時間:10:00~19:00
     (最終日は~17:00まで)

 【参加写真家】
 ウリュウ ユウキ kensyo 白崎弘幸 竹本英樹 鳴海伸一 藤倉翼 メタ佐藤 山岸せいじ

 主催:さっぽろフォトステージ実行委員会
 共催:札幌市写真ライブラリー

ーーーーーーーーーーーーーーーー(11・28)

 (1148番の①、1152番の②の続き。一番下のタグの「さっぽろフォトステージ実行委員会」をクリックして、過去の記事を参照して下さい。)

 お二人の紹介が残っていました。簡単になりますが、遅ればせながら載せます。
 (以下、敬称は省略させて頂きます。)

○ ウリュウユウキの場合

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 趣向を凝らした風変わりな展示方法。
 古い札幌の風景写真を薄くて透明なプラスチック用紙に転写し、それを旗のように壁から立てての展示。
 その同じ現場の「今」を壁に添えて、2枚一組の「今と昔」を比較しながら楽しむということだ。全部で6組の組み写真。
 プラスチック写真は腰が弱くてブラブラしているのと、色が透けた感じに古色なムードを作ろうとしているのだろう。「今と昔」を普通に並べたら余りに芸が無いと思ったのかもしれない。ちょっと懲りすぎの感じがしないではないが、写真の切り口がウリュウ・ワールドを伝える。愛すべき、その「今と昔」を3組紹介します。


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     ↑:「中央区南3条東3丁目 旧南2条東3条バス停」。


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     ↑:「中央区南13条西22丁目 啓明バスターミナル」。


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     ↑:「中央区南1条西20丁目 旧20丁目電停」。


 選び取れた古き写真にウリュウユウキの「愛」を思う。時を追いかける見果てぬ夢を思う。
 さて、その懐かしき現場の「今」を、写真家はどういう思いで写真にあぶり出したのだろう?
 近代化したその姿を、やさしく見つめているように思える。彼の目は旅人の視点だ。どこにでもやすらぎと価値を認める目だ。吟遊写真家だ。とどまり弾劾する目ではない。そこに甘過ぎるロマンやひ弱いヒューマンがあるかもしれない。だが、人は二つのことを同時には出来ない。二つの気質を同時には持てない。過度なロマンやヒューマンは指摘せねばならないだろう。だが、「小さな夢」を見る目に、素直に喜びたいものだ。


○ 山岸せいじ の場合

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 山岸流「白と黒の世界」。
 中に小さな写真を張り込んだ作品は、どうしても全体のイメージだけで見てしまいがちだ。今展の場合は「雪降るように写真が舞い降りる」と。
 実際、始めはそんな感じで素通り気味だった。あまりにも多くの作品があるから面倒くさい!そんな気になってしまった。それでも、「白と黒」のメリハリがキツイから、何とはなしにそのキツサに誘われるようにして、「黒」画面の方に引っ張られてしまった。
 困った!非常に困った!小さな一枚一枚がかなり鮮明で、そして、どうしても数枚が目に飛び込んでくる!強い写真達だ。

 情緒的に見られがちな山岸・ワールド。その視点のみでは誤りのようだ。今作、映像的流動性を拒否し、過剰なイメージを廃しつつ、それでいて山岸・ワールドに引っ張り込む。憎たらしい程の技と感性の持ち主だ。

by sakaidoori | 2010-02-09 22:15 | 写真ライブラリー | Comments(0)
2010年 01月 08日

1152) ②写真ライブラリー 「札幌・いま・写真・これから [Part 1]」 終了・11月18日(月)~11月29日(日)



○ 札幌・いま・写真・これから

◎ [Part 1]  Then & Now

 会場:札幌市写真ライブラリー
    中央区北2条東4丁目 サッポロファクトリー・レンガ館3階
    電話(011)207-4445  

 会期:2009年11月18日(月)~11月29日(日)
 時間:10:00~19:00
     (最終日は~17:00まで)

 【参加写真家】
 ウリュウ ユウキ kensyo 白崎弘幸 竹本英樹 鳴海伸一 藤倉翼 メタ佐藤 山岸せいじ

 主催:さっぽろフォトステージ実行委員会
 共催:札幌市写真ライブラリー

ーーーーーーーーーーーーーーーー(11・)

 (1148番の①の続き)

 残りの全員ではありませんが、右回りに何人か紹介します。(以下、敬称は省略。)


・ 白崎弘幸の場合

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 札幌を近代都市に変えた一大イベントが「1972年 冬期オリンピック」です。
 「その輝かしきオリンピックが忘れかけているから、それを軽く見つめましょう」と軽い言葉で僕らを誘う。「何だ、単なる懐古趣味か」と思いきや、その輝かしき古き姿を「老兵のなりの果て」というスタンスで提示する。タイトル名もかなり皮肉&辛辣だ。

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     ↑:上、「老巧化で閉鎖されたボブスレーハウス」・2009年11月撮影。
     ↑:下、「オリンピック中のボブスレー競技場」・1972年2月。

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     ↑:上、「札幌ドーム建設後イベントも少ない真駒内屋内競技場」・2009年11月。
     ↑:下、「オリンピック開会式」・1972年2月。

 他のタイトル名は、「名の由来も忘れられ 日々行き交う五輪大橋」、「近年高齢化が進む 五輪団地周辺」。


・ 藤倉翼の場合

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     ↑:①「札幌 お盆」・2009年 と 1964年。

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     ↑:②「モーターサイクル・サーカス」・2009年 と 1965年。

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     ↑:「モエレ」・2008年 と 1967年。


 不思議な作品群です。一応は市民的な祭りなり憩いの場の新旧の写真です。ですが、被写体を提示するというよりも、撮影者の美学なり空気感覚をやさしく伝えようとしているみたい。
 作品は3組構成ですが、「モエレ」は他とのバランスを大胆に欠き、しかも現在のモエレの冬遊びのシーンは特に目立つ存在です。僕にはこの大判の存在を高める為に、他の5枚の作品を並べているように見える。非常に功名で自然に撮影者の世界に惹き込ませている。
 ということは、この大判の理解がこの作品群の生命線になると思うのです。
 が、これ以上のことをわずかな作品数で言葉にするのは止めたほうがよさそうです。少なくとも、「過去」よりも「現在」を大事にしているように見える。
 「藤倉翼」の丸く包み込む視覚世界を楽しみましょう。


・ メタ佐藤の場合

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     ↑:[性的な系譜]・札幌で撮影された、30年以上前と現在の作品。

 「メタ佐藤」というネーミングにふさわしく、思弁的解説文が伴っています。
 「2枚の写真の表面的差異に関わらず、本質的な同意性。それは札幌という地方都市のみならず、現代社会に希求されている物・・・我々の暮らす都市について憂慮せざるをえない・・」。以上の言葉は抜粋を利用しての僕の理解した言葉です。

 思うに、こんな言葉が無いほうが単純に楽しめます。
 僕などは女性の健康的なセックス・ポーズでも、恥ずかしくも直ぐ興奮してしまうので、「メタ佐藤にやられたな」と思うのです。文章があるばっかりに、「そんな当たり前の現代文明批判なんて、ツマラナイ」というのが感想です。
 都市というものは猥雑でスケベで、直ぐに二日酔いになって吐き気がしそうで、それでも日々の繰り返し。人はなかなか反省できないもので、都市は反省を強要せず、暖かく人の欲望を満たそうとしてくれる。
 いつからか札幌には「ストリップ劇場」もなくなった。何て薄っぺらな猥褻さの都市なのだろう。僕はそのことの方を「憂慮」してしまう。


 (残りは二人です。時間をおいて③に続くということで。)

by sakaidoori | 2010-01-08 00:11 | 写真ライブラリー | Comments(1)
2010年 01月 03日

1148) ①写真ライブラリー 「札幌・いま・写真・これから [Part 1]」 終了・11月18日(月)~11月29日(日)

○ 札幌・いま・写真・これから

◎ [Part 1]  Then & Now

 会場:札幌市写真ライブラリー
    中央区北2条東4丁目 サッポロファクトリー・レンガ館3階
    電話(011)207-4445  

 会期:2009年11月18日(月)~11月29日(日)
 時間:10:00~19:00
     (最終日は~17:00まで)

 【参加写真家】
 ウリュウ ユウキ kensyo 白崎弘幸 竹本英樹 鳴海伸一 藤倉翼 メタ佐藤 山岸せいじ

 主催:さっぽろフォトステージ実行委員会
 共催:札幌市写真ライブラリー

ーーーーーーーーーーーーーーーー(11・28)

 (先に言い訳です。今回は実に撮影に失敗。誠にすいません。かなり画像調整をしています。
 思うに、この頃はあまり写真を撮っていなくて、緊張感を欠いていたようです。)


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 8名の男性撮影家による写真展。(以下、敬称は省略。)

 テーマは「札幌の街、今と昔」。
 かなり忠実にテーマに沿った写真展だった。おそらく、当館がこの1月で閉館になるので、それを意識したテーマだろう。撮影家も男ばかりなのが気になる所で、武骨で生真面目で、一本勝負的だ。「かるみ、冗談、ユーモア」に欠けるが、こういうメンバーを選択された方の好みだろう。

 昨年も同時期に同様な写真展が開かれた。その時は、入り口から順番に半分位を紹介した。同じ方法だと今回も最後の展示の鳴海伸一が載せれなくなるので、彼を初めに、後もランダムに進めていきます。


・ 鳴海伸一の場合

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     ↑:「ある夫婦」。

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     ↑:「遺伝子の定点観測 祖父と孫」。


 鳴海伸一の札幌の定点観測は大友亀次郎の創世川。それではありふれていると思ったのだろう、「自身のご両親?の過去と今」、そして「鳴海伸一の祖父と自分」を用意した。
 特に、祖父を真似た写真の組み合わせは面白い。
 鳴海伸一は軍国主義者どころか、徹底した平和主義者だと思う。ここに、かつての日本の姿への批判があるのかどうか?自分自身への自戒を込めているのかどうか?「チョッと遊んではみたものの、遊び以上になってしまった」、そんな撮影家の声も聞こえそうだ。
 僕自身はもっとユーモラスにアプローチして欲しいと思うが、鏡が祖父ならばそれも限界があるのだろう。筋の通った真面目さに、どこか悲しみの伝わる組作品だ。


・ kensyoの場合

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 ケンショー・写真といえば若い女性のセクシャルさ、その皮膚の表面と写真の表面とのせめぎ合いを連想してしまう。初めて見る別の世界にビックリしてしまった。

 今展のテーマを「今と過去」と書いてきたが、厳密には「nowとthen」で、その「then」は「その時、あの時」であって、過去にも未来にも使えるようだ。(日本人なのに、英語を駆使してのテーマに、僕はとてもついてはいけない。テーマとはほとほと難しいものだ。)
 そしてケンショーは二組の連続写真で、「過去ー現在ー未来」を横断しているようだ。
 ダイレクトに訴えるのが下の燃える写真群だ。札幌の崩壊の近未来像という誤解イメージを見る人に植え付ける。実際は「札幌大火」の現実写真をケンショー得意の画像処理で別の物にしたのかもしれない。
 「赤と黒」に対比しての「白と具象世界」だ。いずれにせよ象徴的アプローチで、見る人の知性に訴える。
 武骨で知的、活きの良さは圧巻であった。


・ 竹本英樹の場合

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 「自己表現の写真」というよりも、あまりに忠実にオーソドックスに「写真の記録性」を披露してくれたのが竹本英樹。

 北海道草創期の写真家といったら田本研三がいるが、彼を「北海道の写真の父」と撮影家は尊敬している。
 田本研三氏撮影の札幌風景写真が当ライブラリーにガラス乾版4枚収蔵されている。現住所・中央区北4条東1丁目あたりだ。写真で見ると、創世川の向こう側の「貯木場」風景のようだ。
 その4枚の写真を忠実にトレースして、田村研三氏と抱き合わせたのが展示作品の4組。
 プリントは写真店の橋口義大氏によるもの。札幌の「写真屋さん」の仕事ぶりも見せたいという配慮だ。どこまでも優しい人だ。
 ということです。僕らも「北4条東1丁目」あたりを、創世川越に見に行きましょう。


 (もっと書きたいので②に続くと言い切りたいのですが、書かないかもしれません。)

by sakaidoori | 2010-01-03 12:59 | 写真ライブラリー | Comments(0)
2010年 01月 02日

1147) 写真ライブラリー 「札幌大学写真部 学外展」 終了・12月23日(水)~12月27日(日)

○ 札幌大学写真部 学外展

 会場:札幌市写真ライブラリー
    中央区北2条東4丁目
     サッポロファクトリー・レンガ館3階
    電話(011)207-4445  

 会期:2009年12月23日(水)~12月27日(日)
 休み:月曜日
 時間:10:00~19:00
    (最終日は、~17:00まで。)

ーーーーーーーーーーーーー(12・26)

 年末年始は大学生の写真展が多い。記録になるので載せたいのだが、学生の数が多くて遠慮がちになってしまう。気になった作品だけになりがちだが、記録しておきたいものだ。

 今年の1月で閉館となる当館、とにかく広い。この広さを大学生が写真作品の質で勝負するのは大変だ。だから、質ではなくその意欲・可能性・試みなどの点で楽しめたら充分だ。(以下、敬称は省略。)

 二人の学生が広い壁をあてがわれ、全く逆な立場で個性を発揮していた。
 阿部雄田中脩(おさむ)。

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     ↑:法学部2年・阿部雄、「2009年度写真部」。

 先輩の残した大量の印画紙を目一杯利用しての大作だ。右側にカラーによる写真部全員集合の記念写真。左側は、その写真を分割して拡大してベタベタと集合させた大作。印画紙が古くなっていたことや拡大の程度もあって古風に色焼けしている。明るい笑顔の今の仲間達が、時間に取り残された向こう側から、「それでも僕らはいるんだ」と、主張しているようだ。写真の持つ力、今と過去との親近性とその断絶の姿だ。
 方法自体には新鮮さはないが、やはりこういうのは写真方法・技法の基準のようになっているので、そこに全力投球している撮影者の姿が好ましい。
 それに、阿部雄は人が好きなのだろう。それと真正面から向き合っている。顔をどこで切ろうか?どこでつなごうか?と実物よりも大きい面相をあれこれといじくっていることだろう。
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     ↑:上、阿部雄・作品。下、「先輩と後輩」。

 とにかく阿部雄は精力的に写真を撮り、沢山発表していた。学生グループ展で彼ほど意欲的な人はそんなに多くはない。沢山出すからと言って、勢いで勝負というのでもなさそうだ。人や時間を取り込む、構図も気になる、もっと良い黒を出したい、歴史の足跡が残したいと、したいことが一杯あって、したいことほど写真技術が伴わなくて、それにめげずに沢山撮る、発表するという態度だ。
 まだ2年生だ。今後も楽しみに見ていこう。



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     ↑:文化学部2年・田中脩、「夏の合宿」。

 不思議な魅了の学生です。阿部雄が「良い被写体はないか?」という探求派というタイプだろう。それにひきかえ田中雄は全くの「自然派」だ。カメラ坊やなのだ。カメラを手にして、それを覗いたら「何でも撮っちゃえ!」というタイプだ。被写体と撮影者の目と作品がストレートな関係だ。
 だから、作品を見て行っても、「これは凄い」とうなりたくなるようなのは一枚も無い。普通だな~、普通だな~と淡々と歩んで行っていると、見て楽しんでいる自分に突き当たってしまう。それでも撮影者はこちらの思いなど眼中に無く、ただただ楽しそうな写真を撮るばかりだ。

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     ↑:法学部2年・石割光起

 この石割桜、確か弘前市の市街地にあったと思う。ここで「桜」を見るか「石」を見るか?石割君は当然「石」に着目。この作品ではわかりにくいがなかなか立派な桜と記憶している。


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     ↑:法学部2年、鷹嘴(たかのはし)君也・全6作中の4点。

 局所的な穴、空間、隙間に強い関心を持つ撮影者だ。それも強く見ている。
 思うに、そのことに対して撮影者は自覚が無い感じ。自意識が薄くて、「なぜそこを見つめているか?」という視線が伴っていないものだから、穴を見ていて穴の周囲の実景に頼りすぎみたい。露光の強さも作品自体の魅力を引き出すというよりも、装飾性で終わりそう。一枚一枚の作品の良さが、全体の良さにはつながっていないみたい。
 「実景」と「撮りたいこと」、「写真という技術の世界」、その辺を問い詰めていったら、作品に芯が生まれると思う。


 

by sakaidoori | 2010-01-02 11:27 | 写真ライブラリー | Comments(0)
2009年 07月 16日

1035) 写真ライブラリー 「三大学合同写真展’09」 終了・7月7日(火)~7月12日(日)

○ 三大学合同写真展 ’09

 会場:札幌市写真ライブラリー
    中央区北2条東4丁目
     サッポロファクトリー・レンガ館3階
    電話(011)207-4445  

 会期:2009年7月7日(火)~7月12日(日)
 時間:10:00~19:00
    (初日は、12:00~。最終日は、~17:00まで。)

 【参加大学】
 札幌学院大学 北星学園大学 酪農学園大学

ーーーーーーーーーーーーーーーーー(7・11)

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 参加学生がかなりいて、大振りの作品は少なくて、一人一人が淡々と自分表現をしているという感じです。目立つ作品や大仰な作品はほとんどありません。写真は技術の修得も大事な要素なので、もっと失敗作があってもと思いました。

 そんな中で自分好みに出会う事ができた。名前を見れば顔見知りの学生だ、ちょっと驚いてしまった。

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     ↑:北星学園大学2年・長面川(なめかわ・ひとみ)、「窓/母校・団地」。

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 一つの事にテーマを絞って、展示全体に浮気心が無いのが良い。

 「どうしたの、この徹底振りは?」と聞けば。
 「窓を撮りたくて・・・、あまり面白くないんじゃないですか?」
 そんなことはない。
 窓、廊下、直線、斜線、四角、白と黒、光と影、それ以外は何も無いのが良い。なかなかこうは徹底できない。つい廊下に人やその影を入れたくなってしまうものだ。
 もちろん、白黒の色具合とか技術的な問題はいろいろあると思う。
 「なぜ『窓』なのか?光や影の意味は何なのか?」という、根源的な問い詰めも大事だ。が、全てが解決されて作品があるわけではないと思っている。自分の作品を見ることで撮影者もいろんなことが見えてくるのでは。

 空間越しに窓を見る。上から見る。下から見る。空間が廊下であったり通路であったり、空間と云う存在にもなる。光が表情を作る。窓からの光、窓を照らす光、必ず闇が生まれる。
 イメージが生まれる。イメージが膨らむとはどういうことか?
 ようやく長面川瞳の旅は始まった。いささかキツイ旅路かもしれない。


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     ↑:北星学園大学2年・安達花奈

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   ↑:北星学園大学4年・田村佳奈

 風景の取り込み。2点1組の組み作品でです。
 遠景をピンボケにして、ビシッと全体を睨みつけている。被写体一杯に、見たものは逃さないという強い思いを感じる。遠景と近景、ピンボケと適正な世界との対話が面白い。
 4年生だ。10点ほど、まとまった世界が見たいものです。

by sakaidoori | 2009-07-16 12:18 | 写真ライブラリー | Comments(0)
2009年 02月 21日

917) ②写真ライブラリー 「札幌ビジュアルアーツ写真学科 卒業制作写真展」 2月18日(火)~2月22日(日)

○ 専門学校 札幌ビジュアルアーツ・写真学科
    卒業制作写真展

 会場:札幌市写真ライブラリー
    中央区北2条東4丁目
      サッポロファクトリー・レンガ館3階
    電話(011)207-4445  
 会期:2009年2月18日(火)~2月22日(日)
 時間:10:00~19:00
    (最終日は ~?:00まで。)

ーーーーーーーーーーーーーーーーー(2・20)

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 (①・916の続き。)

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     ↑:中明昌弘、「或肖像、或想像」。

 上が撮影者の野菜を組み立てての肖像画写真。下がそれらの写真作品を子供達に見せて書いてもらった絵、と説明書きにあります。
 この方法自体は取り立てて目新しくも無い。例えば、教育大学の学生が「子供にとっての絵画の可能性」という課題でパネル展示をするかもしれない。街中の公共空間の壁面を使っての展示も普通にあるだろう。
 していることはもしかしたら全く同じかもしれない。実際、説明書きには「小学校低学年の想像力を養うための教材としての写真」とある。
 だが、「ビジュアルアート」の卒業写真展の中でこういうのを見ると、ある種のアイロニーなり、この撮影者ならではの遊び心を感じてしまう。僕の誤解かもしれないが。


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     ↑:横塚大志、「バイタルチェック」。

 ピエロのパントタイム映像を見ているみたいです。痩せぎすで神経質な都会の青年のセンチメンタルな孤独と、自分しかできない哀しき曲芸の個性、その対比構成です。
 とても臭い、臭いがスケボーの動きが生きていて臭さも味になっている。心象的なムード先行の写真が無いのも良い。
 それにしてもスケボーの被写体と撮影者の呼吸はぴったりで感心ものだ。


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     ↑:李 嘉慧(韓国アンニャン芸術高校出身・韓国からの留学生)、「Fake」。
 「シンプルなものは美しい、美しさの中に遊び心を」、そんな見本のような作品。
 膝下のラインや素肌、若い生命力を思う。かかとの上がった姿も人目を引く。街中のショー・ウインド用に大きなポスターを作ってみたい。

 学生が会場にいたので話がしたくなった。写真のことよりも、その人のムードが知りたかった。優しく綺麗な日本語だ。日本語の感情表現もしっかりしている。昨年の年末にも資料館で韓国人の学生2人を見かけた。
 来日する韓国の観光旅行者も大事だが、こうして日本に何かを学びに来る男女の学生を見ていると嬉しくなる。彼等の人格は知らない。それで充分だ。ただ来てくれるだけで、会える機会があるだけで何かが生まれる。
 市役所の地下食堂でも予習として生徒に中国語を教えていた中国女性を見たことがある。キャリア・ウーマン的な美貌で30歳位だった。盗み聞きするその中国語の何て綺麗なこと!水玉の流れるようなリズムだった。途中に聞こえる彼女の日本語滑らかで、ついつい話しかけてしまった。


 被写体に対する考察、何を撮りたいかというテーマもしっかりしている。人間を撮る学生も沢山いた。一人ではあるが労働者を通して社会を見つめる作品もあった。ありきたりの風景や情緒・心象に流れすぎる作品は無かった。
 一方、より強い社会性や風俗、都市に迫る作品も無かった。それは今の時代に、学生には高望みなのだろうか?
 が、良い写真展だった。是非、個展・グループ展と発表し続けて、自己のテーマを掘り下げて欲しい。

by sakaidoori | 2009-02-21 22:28 | 写真ライブラリー | Comments(0)
2009年 02月 20日

916) ①写真ライブラリー 「札幌ビジュアルアーツ写真学科 卒業制作写真展」 2月18日(火)~2月22日(日)

○ 専門学校 札幌ビジュアルアーツ・写真学科
    卒業制作写真展

 会場:札幌市写真ライブラリー
    中央区北2条東4丁目
      サッポロファクトリー・レンガ館3階
    電話(011)207-4445  
 会期:2009年2月18日(火)~2月22日(日)
 時間:10:00~19:00
    (最終日は ~?:00まで。)

 【出品学生】
 (だいだい色の目録を載せます。拡大して確認して下さい。)

ーーーーーーーーーーーーーーーーー(2・20)

 16名の学生達です。学生の作品としてはとても良いと思う。ありきたりの心象や風景に流されずに自分のテーマを見つめよう表現しようとしているのが何より良い。
 卒業した彼らにとって、「カメラ」がどういう位置になるのかは知らない。是非、良き仲間を見つけてグループ展なり個展を開いて欲しいものだ。

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     ↑:浪江佳代、「セルフポートレイト ~そんなこと~」

 こんなに自分好みの作品に出会えたのは久しぶりだ。
 被写体の主人公は撮影者の浪江佳代さんだ。セルフタイマーでの撮影。そのために少しピントとかは甘い感じだし、動きにも欠ける。だが、そんなことよりも極端に創ったシチュエーションを買うべきだろう。この作品の主旨は、「見て見て、笑ってもらって有り難う。私、あなたを笑わしてあげるわ!」が全てだと思う。
 それにしても感心な工夫をしている。写真屋の店先、スタジオ、病院、レストラン、銭湯、結婚式場などなど、舞台背景をそれぞれのお店と交渉して利用している。そして自分自身が演技者になっている。
 この行動力、創意工夫は見上げたものだ。
 個人的希望を言えば、魚眼レンズを使ったり、広角を利用したり、ドアップの変体過剰気味なのもあっていいのでは。演技とは裏腹に写真としてのバラエティーに少し欠けた感じ。
 次の個展なり、グループ展があれば是非見たい。



 (②に続く。)

by sakaidoori | 2009-02-20 23:02 | 写真ライブラリー | Comments(0)
2008年 11月 13日

805) ①写真ライブラリー 「(8人の作家による)さっぽろフォトステージ」 11月3日(月)~11月16日(日)

○ さっぽろ フォトステージ
    ~この街で、写真を生み出すということ~

 会場:札幌市写真ライブラリー
    中央区北2条東4丁目 サッポロファクトリー・レンガ館3階
    電話(011)207-4445  
 会期:2008年11月3日(月)~11月16日(日)
 時間:10:00~19:00
     (最終日は~17:00まで)

 【参加写真家】
 浅野久男 ウリュウ ユウキ 黒田拓 kensyo 佐々木秀明 竹本英樹 鳴海伸一 メタ佐藤

 主催:さっぽろフォトステージ実行委員会
 共催:札幌市写真ライブラリー
  ※「FIX・MIX・MAX2」連携企画
  ※「さっぽろアートステージ2008」特別参加事業

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 会場は広いギャラリーの向かいの細長い空間。普段は札幌の風景の記録的写真を常設展示している場だ。案内板に広い会場と書いたのは間違いだ。
 その細長い通路の両側にそれなりの作品数の展示。

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 グループ展を載せるのにいつも考えてしまう。全員を載せるのが大変なのだ。それに書きたい人の軽重もあり、取捨選択に躊躇してしまう。そういう意味では今展は全員を載せたい。しかも詳しく載せたい。だがそれは能力に余る。入って右回りで載せていく。愛すべき鳴海君は最後なので載せられないかも知れない。その時はゴメン!

 今展のテーマは「この街である札幌」、そして「フロンティアラインとしての札幌を見る出入口という視点」だ。

 ① 被写体としての札幌 ・・・ウリュウユウキ 黒田拓 浅野久夫 鳴海真一
 ② 出入口         ・・・佐々木秀明 竹本英樹
 ③ 札幌で撮るということ・・・kensyo メタ佐藤
    (今展のテーマにこだわらないマイペースの撮影家)

 以上の3分類できると思う。ウリュウユウキ以外はどこかピンボケしたり淡くもやもやとして、作品に撮影者の技巧がダブっている。白黒有り、カラー有り、風景有り、裸婦ありと被写体へのアプローチが一様でなく、それでいて極端な主張が感じられない統一感がある。しかし、好みは見る人によって相当にばらつきそうだ。


○ kensyo の場合

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 作品は全部で4点。以前、CAI02で発表済である。
 美しくモデルに迫る。まるで生娘のように、生まれたばかりの蚕のように娘に迫る。その娘を檻に入れている。コレクター的感覚というのだろうか?写真による現代の春画といえなくもない。エロスという耽美主義と社会批判の両天秤。
 来年の2月に昭和ビル・CAI02で個展を開くとのことだ。


○ ウリュウ ユウキ の場合

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 「私の写真は街の写真・旅の写真」とウリュウユウキは会場の自己紹介文で言い切っている。そして、連続してこの時期に3箇所でグループ展に参加している。すべて札幌がテーマだ。彼はこの地の生まれではない。在住6年目の札幌市民だ。その生活の月日の重なりが「札幌写真家」としての自覚を高めたようだ。

 ウリュウユウキは優しい。
 今展はその優しさが強すぎたようだ。だが、それはそれで良いことだ。ようやく「札幌」を見つめる地点に立ったのだから。都会としての「札幌」はいろいろな顔がある。旅人の目は優しくとも時には冷たい眼差しも必要であろう。優しさを前提にした冷たい写真群も見たいものだ。


○ 佐々木秀明 の場合
 
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 淡い乳白色の心象スナップのような風景。写真家の目は札幌の新川河口を見せた後に、突然積丹のトンネルを我々に見せる。それらのトンネルは全て入り口が塞がれている。そうなのだ、使われていないトンネルの入り口を撮っているのだ。今展の隠れたテーマである、「アートへの入り口」を塞がれたトンネルで応えているのだ。

 心象性と社会性、見事な写真家の目だ。トンネルはもしかしたら単なる電車愛好家の趣味かもしれない。それにしても、壊されること無く無造作に存在している「過去のトンネル」の実在に驚く。その数も相当なものだ。写真家は技術なくしては「写真家」足り得ない。だが、眼差しの鋭さなくしては多くの写真家集団の一人に埋没するだろう。
 淡くたゆたゆしい佐々木スナップ写真。過去と現在を乳白色で我々に提示する。過去の記録の為か?明日への存在証明か?


○ 竹本英樹 の場合

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 (↑:全作品を載せてしまった。4枚にすべき所を取捨選択を怠ってしまった。教訓ー載せればいいということではない。)

 今作は竹本秀樹が写真表現者になろうとしてもがいていた時期の、その方法に気付いた時の作品群だ。撮影者自身にとっての「アートへの入り口」だ。
 ニューヨークでの9・11事件の2週間前に当地のスクリーン映像を8mmフィルムに収めた。動画としてのフィルムを写真としてのネガに置き換えて再構成されたものだ。氏の作品の両端に黒い部分が見えるのは、8mmフィルムの痕跡だ。

 幾段にも人為的作業が重なっている。「8mm撮影→フィルムの点検→写真としての選択→(もしかしたら、そのネガをもう一度写真撮影しているかもしれない。)→写真作品」。どこかアメリカで発達したフォトリアリズムの手法が思い浮かぶ。今作は8mmという説明がなくても動画的だ。氏の作品はいつも明度高くてぼやけている、流れを感じていた。時間の機械的記憶である8mm撮影、一瞬の機械的切り取りであるシャッター・チャンス。そこに竹本秀樹はしなやかに入り込んでくる。


 (以下の撮影者は②で簡単に報告したいと思います。若干遅くなると思います。)

by sakaidoori | 2008-11-13 20:53 | 写真ライブラリー | Comments(1)
2008年 06月 01日

637) 写真ライブラリー 「はたち展」  終了・5月14日(水)~5月18日(日)

○ はたち展

 会場:札幌市写真ライブラリー
   北2東4 サッポロファクトリー・レンガ館3階
    電話(011)207-4445  
 会期:2008年5月14日(水)~5月18日(日)
 時間:10:00~19:00 (最終日は~17:00迄)

 【出品者】
 江波戸剛 三橋夏希 田村佳奈 櫻井智和
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー(5・18)

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 今年、成人式を迎えた学生4人による写真展。

 以前、少しだが三橋さんと学生写真展で会話したことがある。彼女の作品数が少なかったので、「次はしっかり発表しないと!」と激励した。年も若いし、少し心配気味で見に行った。

 一応、三橋さんを中心に見に行ったのだが、それぞれのテーマはチャンと伝わるし、しっかりした写真展だった。まずは、その広い会場をたったの4人でそれなりに纏め上げたことを祝したい。
 そうは言っても、意外性の薄さや表現の深みの物足りなさ、構成の細さなども感じる。更に更に自分を見詰めて、世界を見詰めて、カメラを常に携えて、もっと良い写真展を期待したい。

三橋夏希の場合
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 淡いモノトーンによる心象の世界。光と闇の狭間でフワフワっと泳いでいる感じ。線の細さと表現のオーソドックスさは感じるのだが、静かな中での一途さが好ましい。
 擬人化された影や自分の影を使って心象を投影する姿には「甘さ」があると思う。安易な擬人化は表現の幅を狭めると思う。もっと普通に世界を撮った方が、三橋さんの個性が出ると思う。実際、僕は板塀の写真は好きだ。面による光と影の構成的世界も良い。
 急激に力量の高まる人では無いと思う。撮り続けて、発表し続けていて、ある時、「三橋さん、こんな表現力、あったの」と言いたくなるタイプでは。(グループ展でも、発表する時は連絡下さい。)


田村佳奈の場合

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 とても芯の強い写真です。それは、白の表面にたいする感度と表現の強さに端的に現れている。
 上の波を撮った写真はあまりに普通で、撮影者の導入の役割をしている。展示は入り口付近で、最初に見られる展示になっている。いろいろとモノトーンの作品があって、雪を撮った4枚連写の写真と続く。全体の構成はの不安定感はあるのだが、最後に持ってきた雪の写真は素晴らしい。表面を見る感性が良い。美と肉感性が程よくマッチして、しかも撮影者の強さが伝わる。とても良い写真だと思う。

江波戸剛の場合

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 江波戸剛君は素直な写真家だ。おそらく一生に一度の展示だろう。というのは、会場中央に小部屋を作って、「江波戸君の部屋」にしたのだ。その部屋の中にカラーのスナップ写真を丁寧に綺麗に一列に並べている。故郷か、よく遊びに行ったおじいちゃん、おばあちゃんの田舎のスナップ写真だろう。一コマ一コマ・・・それらは「今」の写真だろうが、思い出が一杯詰まっていて、本人が語れば嬉しくなって涙が出てきそうな風景だろう。見る僕らはその写真を見ても涙はでないが、撮影者が涙しているだろうな、と想像すると、もらい泣きしそうだ。

 二十歳を飾る「江波戸君の部屋」の外壁にはちゃんとした写真がある。下の写真がそうだが、目の写真を特に紹介しておこう。過去を見る目とは一線を画した「目」だ。

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櫻井智和の場合

 櫻井君は好青年だ。
 入り口に力強く展示している。メインの展示は、強いコントラストのモノトーンで「過去の僕の写真」と「今の僕の写真」の比較構成だ。それは現在の表現力の誇示であり、自信表明でもある。当然、演出された過去の写真よりも、今の写真の方が良いのに決まっている。その天真爛漫さが微笑ましい。
 櫻井君は人間が好きだ。
 だから、何を撮っても擬人化や象徴として被写体を収めがちになる。そのことは悪いことではない。問題は安易に擬人化しがちな自分自身の目に対する批判精神が薄いことだ。「今の僕の写真」を並べた時に、どれだけ自問自答したであろう?擬人化に徹し切れなくて人間の後姿を挿入してしまった。人を撮る自分に酔っているのだ。
 だが、櫻井君の良さは、臭いとも思える「人間」へのアプローチが素直なことだ。被写体を大きくスッキリ撮る眼差しには好感が持たれる。これほど大きく迫るのならば、素直に「人間」を撮って、「顔」を撮って、「動き」を撮って発表したら良いと思う。自分自身の素直な精神に気付いて、正面きって勝負した方が櫻井的なのではなかろうか。

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 ↑:「過去の写真」
 ↓:「今の写真」
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by sakaidoori | 2008-06-01 22:36 | 写真ライブラリー | Comments(0)
2007年 02月 19日

63) 写真ライブラリー「卒展」(写真展) 終了

○ 札幌大学写真部 卒展

 場所:札幌市写真ライブラリー
    北2東4 札幌ファクトリーレンガ館3F
 期間:2月13日~2月18日

 卒業展ですが実際は吉永謙介君の写真個展です。今年の写真部卒業生が彼1人だから、結果的に個展になったのです。仲間の賛助出品もありません。しかも作品は余りに個展的なものです。卒展として見に来る人が多いと思います。見終わった後も個展なのかどうか釈然としない思いで帰られる人もいるかもしれません。どこかに説明表示が欲しかった。

 画題は四国88箇所巡礼の旅です。

 3篇による構成。

 ①遍路(へじ)をふむ 65点 白黒
 ②旅の実像       9点 白黒
 ③間(あわい)より   3点 カラー

 ①「遍路(へじ)をふむ」がメインであり、他はその為の対比であり余韻的効果になっている。巡礼といえば経路や寺名がメインになりがちだが、そういう時系列的あるいは説明的展示は一切廃している。パネルの大きさも統一し、白黒が目立ちどこか葬列的雰囲気。
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作品はややボカシ気味で巡礼という行為を空間的に表現している。「毎日歩いていると、こんな気持ちになるのかな」と思わせるような、目的の無い焦点で「景色」を見ている作品集だ。確かに被写体に巡礼を悟らせる物は多い。道角のお地蔵さん、巡礼人、彼等の祈る姿、道すがらの軒先になっている果物ー巡礼人はこの果実を喉のうるおいのために断りなしで食していいと聞いたことがあるー山や海の風景。作家・吉永君の信心のf0126829_1225423.jpg程度は知らない。この行為、寺を巡り写真を撮るという行為が信仰とどのように結ばれたのかも分らない。信仰というものを秘めながら「旅」を僕らに送り、「非日常」「向こうの世界」の視覚世界のメッセンジャー・ボーイの役を充分務めてくれた。②編のタイトルは「旅の実像」となっている。①編とは違いクリアーな表現である。タイトルに併せるかのように駅構内のお客達(旅人)の一時の間の空間、表情である。この作品とて①と同じような写真処理をすれば①編「遍路(へじ)をふむ」に加えることができる。つまり①は「旅の虚像」であり、全体が虚実・日常非日常の重なり合った空間・視覚表現を試みているのであろう。③「間(あわい)より」は唯一カラーであり「花」である。虚実の隙間を綺麗な花で飾りたいという吉永君の巡礼讃歌であり祈りでもあるのだろう。

 彼は番外寺を含めて二ヶ月程歩いたという。写真は160枚位撮ったという。(会話はほとんどそれだけ。)平均すれば一日に3枚ほど。出品数が77点だから一点一点がかなり充実していることになる。ブログの写真掲載の許可を貰って辞した。

 写真は作品の流れに関係なく僕の好みを載せました。

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by sakaidoori | 2007-02-19 12:27 | 写真ライブラリー | Comments(0)