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2013年 11月 16日

2307)②「油展 道教育大学岩見沢校美術コース 油彩研究室展」コンチネンタル 11月12日(火)~11月17日(日)

   

  


油展yuten 

北海道教育大学岩見沢校
芸術課程美術コース 油彩研究室展
 
     
     

    
 会場:コンチネンタル・ギャラリー  
      南1条西11丁目 コンチネンタルビル・B1F
      (西11丁目通の西側)
      電話(011)221-0488

 会期:2013年11月12日(火)~11月17日(日)
 休み:
 時間:10:00~18:00

※ レセプションパーティ ⇒ 11/16(土) 18:30~   

ーーーーーーーーーーーーーーーーー(11.14)


 2306)①の続き。


 (以下、敬称は省略させていただきます。)


 入口付近の作品を載せます。ほとんどの人はこの作品から見ていくことになります。


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   ↑:(左側2点は4年・山崎綾華。)




 前回の①では2年生作品を載せました。今回は3年生です。



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   ↑:3年・小林明日香、「さぁいくぜ」・F100 油彩 キャンバス。


 はっきりとは覚えていないのだが、昨年も乗り物に関した作品では・・・。

 大きなオートバイ、小さいけれど一人前の姉、頑張りスタイルだけど恐そうな妹・・・オートバイを大きくして、姉妹を小さくして、そのコントラストも楽しんでいるみたい。実際、そんな風に見えると思うのだが、描き手の意図も頷けるのだが、どこかひ弱な姉妹だ。オートバイも存在感に欠ける。写真風に納まった感じで、どこかにもっとパワーあればと思った。






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   ↑:3年・遊佐千裕、「脈」・M100 油彩 キャンバス。


 「岩に取り組む・遊佐千裕」だ。

 岩をぼけ気味に強く描いているのがセールス・ポイントだ。ボケのグラ―デーションに変化を付けていて、特に手前だ。表現が強いからどうしても目が行く。ボケているから判然としない。視界は落ち着きを求めて、手前から中央、左右へと拡がっていく。そして、海原へ空へと誘っているのだろう。ボケることによって存在を際立たせている。
 とにかくボケが売りだ。地味で粘着的取り組みだ。さらなる粘着的深化を待とう。






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   ↑:3年・佐藤真奈実、「揺籠」・F150 油彩 キャンバス。



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   ↑:(上掲作品の部分図。)  



 これは渾身の大作だ。ビーナスだ。
 惜しむらくは色の発散、輝きに欠けたことだ。どこか妖婦がかっていて、ダークなイメージも混在させている。「さやけき美しさ」でもない。力勝負という姿勢も好ましい。

 これは想像だが、佐藤真奈実は色が好きだと思う。そのカラー・ウーマンと、この絵のダークな感じがもっと高次元で重なり合ったら!しかも、この絵の女性顔のような、どこか挑発気分がムンムンしていたら・・・。
 描き手は二十歳ぐらいの女性だ。過度な妖艶さは求めても仕方がないが、やはり過度に求めたくなるムードがある。





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   ↑:3年・松田映里香、「永遠なる幸へ」・F80 油彩 キャンバス。



 ロートレック的だ。華やかな世界を暗がりから覗き込んでいる。

 佐藤映里香もカラーウーマンだと思う。前回の佐藤真奈実と違って、爽やか感覚で、それだけではつまらいという意識も持っているみたいだ。やっぱり色の好きな人は、色をふんだんに使って、自分の色を楽しむなりお披露目しないと面白くない。何より自分らしさを遠慮していてもったいない。「理」や「知」で、「絵」を飾ろうとしている。おとなしい構図がそれを照明している。

 心象とか関係性を絵画化したいのだろう。それを色でしないと。爽やかな色、よどんだ色、強い色、弱い色、色同士が語り合う色・・・いろんな色と遊べて、やっぱり画家はいいものだ。






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   ↑:3年・鈴木梨生、「パンチドランカー」・F100 油彩 キャンバス。



 風俗とまではいえないが、現代青年を描いている。今展では唯一の画題だ。

 こうして文章を書いていると、初対面での印象を基本にしているが、どうしても後付けの知識としてタイトルから作品を見る場合がある。今作がそうだ。
 「パンチドランカー」。ボクサーなど脳に強いダメージを継続的に受けて起こす脳障害だ。認知症のような症状を特徴として、廃人に至る場合もある。漫画、「あしたのジョー」を思い出してしまう。

 この登場人物を「パンチドランカー」として見よ!ということだ。もっといえば人間をそういうふうに私は捉えている、ということだ。上手く表現されているかは定かではない。タイトル命名に関心した。



 以上、3年生作品でした。


 会場でお話しした院生作品を載せます。



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   ↑:院2年・橋本知恵、「醒めない夢」・F100 油彩 キャンバス。




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   ↑:(上掲作品の部分図。)



 この作品のメインの主張は、上の部分図と足先だと思う。肉体と存在と影と形、そんな橋本エッセンスが詰まっている。極端な話、それだけでいいのだ。それでは絵にならないしグロテスク、それに人物全体が好き!というのが橋本知恵の判断であり価値観だ。結果、強さ弱さなどがそれぞれ別方向を向いた作品になった。

 強く描く人で、腹力を色味で押しつけているが、人物以外はズバッとした潔い力に欠けている。人物も顔はモデルに媚びを売りすぎた。こんなに漫画的な可愛い顔では太ももなどの肉体表現への愛(存在感)が軽くなってしまった。

 画題にもチャレンジした。鏡を置いて裏の顔に取り組んだ。鏡の形もまん丸にして、しかも黒影を鮮明にして不思議感を出そうとした。試みは良かったが、小道具になってしまった。やはり表を強く見つめる人だから、裏を見つめる表情が普通すぎた。鏡の影も単なる黒模様で、引き込まれていかない。足に描かれた何かの影のリアル感とのアンバランス!
 そして、まさしく背景処理としてのバックの調度類!何ともおざなりで悲しい。

 絵は正直なものだ。画家自身がそれに輪をかけたように正直で生一本だから、部分部分への愛の目配り量が見事に投影されてしまった。内発性の薄いところは形だけになった感じだ。


 批判がましい言葉を並べたが、ではダメな絵かというとそうではない。自分を越える作業を彼女らしく堂々と実践している。無い物からは何も生まれない。こういう形になったということは無自覚な自分が投影されたのだろう。作品が逆に作家に気づかせる。やはり堂々と画業を続けて、自己発見をしていくしかないのだろう。

by sakaidoori | 2013-11-16 16:34 | コンチネンタル | Comments(0)
2013年 11月 16日

2306)①「油展 道教育大学岩見沢校美術コース 油彩研究室展」コンチネンタル 11月12日(火)~11月17日(日)

  


油展yuten 

北海道教育大学岩見沢校
芸術課程美術コース 油彩研究室展
 
     
     

    
 会場:コンチネンタル・ギャラリー  
      南1条西11丁目 コンチネンタルビル・B1F
      (西11丁目通の西側)
      電話(011)221-0488

 会期:2013年11月12日(火)~11月17日(日)
 休み:
 時間:10:00~18:00

※ レセプションパーティ ⇒ 11/16(土) 18:30~   

ーーーーーーーーーーーーーーーーー(11.14)


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 (以下、敬称は省略させていただきます。)は


 今年の油展は面白かった。
 「エッ、会場風景を見てもいつもと同じ感じだよ。女の子好きの栄通さんのごゴマすりではないの?」

 確かに院2年生の清武昌以外は全員女性だ。画風も堅実な具象中心で、「恐ろしいまでの巧みさ」とか、「果てしなく清く爽やかで、それでいて不思議な感覚」とか、「ここまでドロドロ感で迫るか」とか、「今風のふわふわ感で非在に絡みつく」という、アッと驚く世界ではない。どこまでも自分に忠実で、一所懸命に描き上げた、そういう直向きさが伝わってきて好ましい作品展だ。

 何より、ほとんどの学生が大判だ。壁を増設して展示壁面を増やしている。全体の意欲の高さだ。
 そして院生たちの力の入れ込みは現役生の存在を薄くしてしまった。
 力を入れた分だけ、明るい色だとか軽い気分で勝負したい学生もいたかもしれないが、そういうたゆたゆしさ、明るさが見れないのは個人的には寂しかった。「今風のノーテンキな女の子気分」とか、「若者の所在なげさ」、そういう僕のような初老感覚ではつかめない世界を見たいのだが、それはこちらの願望だ。



 全員で18名。半分を目標に個別作品を載せます。低学年から始めて、立ち話をした院生作品を挟みます。



 2年生を全作載せます。総じて軽い塗りによる軽い感覚。軽さは好きなのだが、頑張り不足としての軽さだ。頑張った軽さを期待しよう。



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   ↑:2年・太田香、「戻るひとたち」・F100 油彩 キャンバス。


 おそらく、拙さが軽さを増幅しているのだろう。この人物のいい加減さが画面全部を覆ったならば素晴らしいだろう。全てはあてもなくどこかに戻ろうとしている・・・力なく、まるで健全な病人のようにして。





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   ↑:2年・三村紗瑛子、「prologue」・F100 油彩 キャンバス。



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   ↑:(上掲作品の部分図。)



 大きな画面で経験不足だったか、仕上がり不足みたいだ。もっとも、この不足感が不思議なシュール感も生んでいて好ましい。特に左上方の水辺の境界域、嘘のような水辺が部屋の領域をはみ出して描いている。随分と遠くに不思議なことを試みたものだ。
 タイトルは「プロローグ」、始まりだ。次の本幕を期待しよう。





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   ↑:2年・中野朝美、「舞~地上の海月Ⅲ~」・F100 油彩 キャンバス。



 コンパクトに綺麗にまとめた。クラゲの大きさと花の大きさを同じにして、水の中のよう、空の中のよう、そんな海原や果てなき空を楽しくさ迷いたいのだろう。
 コンパクトにコンパクトに視野が狭められていき、ふと見上げたら広々した深海の中、空の中、そんな世界にもっともっと発展できたら。クラゲが好きな人でしょう。




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   ↑:2年・藤沢杏奈、「無題」・F80 アクリル キャンバス。


 少しピンボケ気味でスイマセン。あまりいいことではないのですが、この作品はこれはこれで楽しめる。
 これから始まる感じです。どういう風に発展するのか楽しみです。




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   ↑:2年・坂本有美、「窓」・F10×3枚 油彩 キャンバス。


 10号という小品ですが、組作品で表現。しかも「窓」だ。
 窓が主役なのか、人物が主役なのかが分かりにくい作品。そこは拙さなのだろう。
 窓ですよ、窓、窓、・・・。






 窓が出たので院生作品を載せてみます。もっともこちらは「ドア」ですが。
 僕自身が「ドア」に多大な関心があるので、以下異様に長い文章になりました。



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   ↑:院2年・山越美里、「Calle Real」・F100 油彩 綿布。



 とにかく作品が大きく見えるのが良い。いわゆる背景処理といわれる空間表現を避けて、四角四面に「風景(壁)」を等価に描き上げた。対象をあえて薄塗り感覚にして、光量を非現実的なものにして、リアルさと絵画としての嘘さを巧みに操作している。
 
 良い作品だと思う。おそらく山越美里もそう思ったのだ。自作に惚れ惚れしてしまった。そこで最大のミスを犯した。開いた隙間の暗い部分、全然力が入っていない。描き込むミスを避けた。そこが悪い。

 今作は「ドア」を開けている。とうとう山越美里はドアを開けたのだ。
 何故?二つの理由が考えられる。
 一つは、単なる装飾としての開閉。壁やドアの好きな学生だ。だから、そのバージョンとして開いたドアを描いた。深い意味はない。深い意味はないが、開けた先でどうするかをハタと考え込んだ。
 「とりあえずは見えない部分だから闇風に・・・、深い黒は全体とのバランスを欠くし、でもこの薄さはやっぱり闇ではないし・・・」。そこで軽めに仕上げて全体との調和を優先した。

 一つは、理由は分からないが、「ドアを開ける」という冒険をしたくなったのだ。おそらく、深い意味があってのことではない。無意識に先へ行きたくなったのだ。が、開けたはいいが、どうしていいか手に余したのだろう。「パンドラの箱(ドア)」かもしれない。そこでようやく、「ドア」とか、「闇」とか、「光」とかを真剣に考え始めたのだ。で、結局元々が自覚的な開閉でないから静かにしてしまった。

 若いのだ。ミスを犯すのならば描き込むミスをしなければいけない。踏み込んで落とし穴に落ちる覚悟がなければ。
 しかし、絵画が彼女を成長させている。「壁」が好きだから、ただただ描き続けただけだろう。深い意味はない。が、絵という壁の虜になりそうだ。



 ②に続く

by sakaidoori | 2013-11-16 00:04 | コンチネンタル | Comments(0)
2013年 10月 12日

2257)③「PASS[写真展](堀内つつみの場合 大澤信雄 福島修一)」コンチネンタル 10月8日(火)~10月13日(日)

  


PASS [写真展] 


堀内つつみ 
大澤信雄 
福島修一
     
     

    
 会場:コンチネンタル・ギャラリー  
      南1条西11丁目 コンチネンタルビル・B1F
      (西11丁目通の西側)
      電話(011)221-0488

 会期:2013年10月8日(火)~10月13日(日)
 休み:
 時間:10:00~19:00

ーーーーーーーーーーーーーーーーー(10.8)



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   ↑:福島修一


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   ↑:大澤信雄


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   ↑:堀内つつみ



 2252)①、◎◎)②の続き。

 (以下、敬称は省略させていただきます。)


    
◯ 堀内つつみの場合


   1965年 北海道生まれ。札幌在住。
        学生時代に彫塑を学ぶ。 
   2009年 フィルムカメラで街や風景を撮り始める。
         以後、個展歴多数。  
    


 強い福島修一、カラーがギラギラ大澤信雄の後で、冬景色ムードの堀内つつみだ。白中心の世界だ。いかにも女性らしくてやさしく目に入る。


 真面目で初々しい。なんとかして強く迫ろう、個性を発揮しようという姿勢が、さらに初々しさを強める。



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by sakaidoori | 2013-10-12 07:30 | コンチネンタル | Comments(0)
2013年 10月 11日

2255)②「PASS[写真展](大澤信雄の場合 福島修一 堀内つつみ)」 コンチネンタル 10月8日(火)~10月13日(日)

  


PASS [写真展] 


堀内つつみ 
大澤信雄 
福島修一
     
     

    
 会場:コンチネンタル・ギャラリー  
      南1条西11丁目 コンチネンタルビル・B1F
      (西11丁目通の西側)
      電話(011)221-0488

 会期:2013年10月8日(火)~10月13日(日)
 休み:
 時間:10:00~19:00

ーーーーーーーーーーーーーーーーー(10.8)



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   ↑:福島修一


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   ↑:大澤信雄


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   ↑:堀内つつみ



 ◎◎)①の続き。

 (以下、敬称は省略させていただきます。)


◯ 大澤信雄の場合 



 タイトル、「Cycle Dance」

   1978年 札幌生まれ。
         12歳で写真を始める。
         17歳から10年間中断、
         27歳から大通を中心に撮影を始める。


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 淡々と札幌の都心をカラーで撮り続けている。
 賑やかな街ではあるが、安定した距離感で「我が住む街サッポロ」を普通に近づいていく。特別に風俗に迫るでもなく、大道芸にんなどの都会的な見世物にことさら関心を示さず、ありふれた仕事後を淡々と歩いている。



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 ③に続く

by sakaidoori | 2013-10-11 07:00 | コンチネンタル | Comments(0)
2013年 10月 10日

2252)①「PASS[写真展](福島修一の場合 堀内つつみ 大澤信雄)」 コンチネンタル 10月8日(火)~10月13日(日)

  


PASS [写真展] 


堀内つつみ 
大澤信雄 
福島修一
     
     

    
 会場:コンチネンタル・ギャラリー  
      南1条西11丁目 コンチネンタルビル・B1F
      (西11丁目通の西側)
      電話(011)221-0488

 会期:2013年10月8日(火)~10月13日(日)
 休み:
 時間:10:00~19:00

ーーーーーーーーーーーーーーーーー(10.8)



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   ↑:福島修一


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   ↑:大澤信雄


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   ↑:堀内つつみ




 男と女、カラーとモノトーンという若い3人、個展に準じる合同写真展。道内の風景全般(福島修一)&札幌の都心風景(大澤信雄)&こだわりに特化した心象的風景(堀内つつみ)、と言っておきましょう。




 (以下、敬称は省略させていただきます。)

 通路は開かれていますが、それぞれ独立しています。入り口の福島修一から始めましょう。



福島修一の場合 



    1976年 北海道生まれ。
          白黒フィルムを使用した日常的風景を撮影。




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 さすがは入り口の一番バッタ-だ。真四角で統一し、つけいる隙を見せない強いバリアーを感じる。力の入った展示だ。黒を強めにして風景をビシッと撮っている。


 記憶違いでなければ彼の昨年の富士フォトでの個展を見た。随分と楽しんだ。会話も交えた。そんな経緯もあるので、多めの福島修一編になるでしょう。


 というわけです。まずは何点か毎の作品掲載です。



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 次の個別作品を見ながら記していこう。


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 (前回の個展を見ての印象に基づいて、記していきます。)


 前回は中景的距離感で、ありふれた道内の風景を撮っていた。「そこが何処かわからない」というのが最大の特徴でもあった。ある定点に鑑賞者を導かない、という主旨だ。何でもない視点とあまりにも普通なのが引っかかった。たぶん、やさしくしっかり被写体を見つめている姿勢に好感を持ったのだろう。不特定生は、金太郎飴的な同じ風景という北海道を意味しない。場所を特定させる事による先入観を排すること、目の前の普通の風景を常にしっかり見つめれること、にあったと思う。しっかり見るが強くは見せないがポリシーだ。

 今回も似たような風景の羅列である。そこが何処かは特定しにくい。
 が、最大の違いは、痛ましく思える風景が多い。あたかも災害後の場を想起する。作品は小振りだが、真四角で視点を中心に向けさせている。黒も強くなった。「日常的風景の撮影」と撮影者は説明しているが、とても日常的な気分では見れない。前回のポリシーから脱皮しようとする福島修一を見る思いだ。

 だから、今展の撮影者は「PASS 通過点」というより、飛躍点、脱皮点の気構えを感じる。

 次回はどんな「日常的風景」に迫るのだろう?楽しみだ。



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 都会を撮ることは撮影者には一服の清涼剤かもしれない。写真の情報量が多くて、不特定性を無理強いすれば不自然になる。普通に撮れば良いだけだから。

 それと、展示の工夫で作品の角が丸く見える。その分、全体を和らげていた。黒と強さを丸みで抑えている感じだった。撮影者の気配りだろう。というか、この空間をかなり研究したようだ。



 ②に続く
 

by sakaidoori | 2013-10-10 07:00 | コンチネンタル | Comments(2)
2013年 10月 04日

2241)「交差する眼差しの方へⅡ'13書展(竹下青蘭 吉田敏子 須田廣充 他)」コンチ. 9月24日(火)~10月6日(日)

  


交差する眼差しの方へⅡ '13書展  

遠藤香峰 
大川嘉美子 
須田廣充 
竹下青蘭 
吉田敏子
    
     

    
 会場:コンチネンタル・ギャラリー  
      南1条西11丁目 コンチネンタルビル・B1F
      (西11丁目通の西側)
      電話(011)221-0488

 会期:2013年9月24日(火)~10月6日(日)
 休み:?
 時間:10:00~18:00
     (最終日は、~17:00まで。)
    
※ ギャラリートーク ⇒10.5(土) 14:00~  

ーーーーーーーーーーーーーーーーー(9.27)


 所属団体を異にする5人の書展。


 「所属団体を異にするグループ展?何だ、当たり前ではないか」と思われるだろう。全くその通りだ。が、書壇という所は不思議なもので、なかなか他の団体との交流展は少ない。女流展とか公募展とか、オール北海道書展などは、確かに交流も兼ねている。が、メンバー個々の責任は問わない。そこから、性別、年齢、学閥、師弟関係、書風や書歴、果ては実力を無視して、真に芸術的錯乱が生まれればいいのだが。

 その珍しい、交流書展だ。果たして一般美術愛好家、美術制作者、書家にとってどれだけ刺激的だったか?
 僕は結果を抜きにして、こういう交流がもっと増えればと願っている。



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 入り口に、顔見せとして5人の作品が1点ずつ並んでいる。


 その後は竹下青蘭を先頭にして、個人個人が順番に並ぶ。



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 それぞれがそれぞれの方向で意欲的な作品を出している。その意欲と作品数が重なり合って、少しうるさく思う人がいるだろう。曰く、余裕がないと。曰く、思いが強すぎると。
 今展は余白美よりも交差に重点を置いている。思いの強さが、深度と拡がり、あるいは自己耽溺を越えて新鮮さを生んだか?その可能性を見るべきだろう。



 順番に印象を書いていきます。

 (以下、敬称は省略させていただきます。)



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   ↑:竹下青蘭。左から、「視覚・何処へ」、「面から線へ 潮騒Ⅱ」、「面から線へ 潮騒Ⅰ」、「光を求めて」。


 
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   ↑:「面から線へ 潮騒Ⅱ」。



 いわゆる前衛書。
 青蘭女史の作品を見ていつも思うのだが、ここまで来れば「書」と言おうが、「絵画(墨画)」と言おうが、「日本画」と言おうが、構わないだろう。
 書は「文字」だ。文字を構成している線と線質、そこから醸し出される印象が書的なのだろう。
 何より、描き手自身が「書」に拘っていないのでは。紙と筆と墨で、線を中心にして青蘭美学を作り上げる、青蘭水墨画を誕生させる、そういう意気込みを見た。

 それはともかくとして、上部の塊からこぼれ落ちる線と墨の塊、その緊張感、鋭さは見応え充分だ。
 もともと鋭い世界を表現していたが、まだ全体が遠目には草書風の雅も残していた。今回、求めるものに気づいて、真一文字にそれと向かい合っている。そこから生まれる緊張感だ。






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   ↑:須田廣充。左から、「圓空仏-圓空は仏法の戦士樹の声を聴く-」、「麒麟の翼」、「抱甕」、「五風十雨」。



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   ↑:「抱甕」。



 どの作品をとっても情熱が外に発散している。もちろん、書家は情念を内に溜め込んで、爆発直前の心意気を表現しようと目論んではいるが。
 そして字がある種の完成形に近づいている。色々な書風の字を書いてはいるが、勢いなり、筆裁きなり、墨の濃淡なりに統一感が生まれている。問題は、この統一感を更に推し進めるのか?あるいは、一度はがらっとまろやかな字などを試みて、芸の幅を一層膨らませるのか?
 いずれにせよ、今の才溢れる力強さ・闘う姿勢に何が加わるかが焦点だろう。個人的には雅とかよりも「不思議さ」や「膨らみ」を見たい。

 間違いなく、今後、道内の中心作家の地位を固める人だ。大いに個展を開催して、更に引き出しを増やしていくだろう。






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   ↑:遠藤香峰。左から、「貝がらの中で残りの夏が燃えている」、「心魄」。



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 上の字、僕には「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」と呼んでしまった。字という造形が、三途の川を呪文という態を形作って仁王立ちしているようだ。
 書家の根っこに持つど根性精神が、晩年になっても枯れずに「造形」として輝いている。





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   ↑:大川壽美子。(全点かな書。)



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   ↑:「ぬば玉乃 黒羽蜻蛉(あきつ・トンボ)は 水の上 ははに見えねば つぐこともなし」。


 流麗に陥らず、木訥な風を残し、それでいて流れる気分。
 かなの草書はほとんど読めない。読めないのはこちらが悪いから、書家にどうこう言っても始まらない。今作、適度に読めて、ほどほどに意味が分かる。そこも書家の狙いだろう。

 漢字の書家に負けないかな書、それでいてしっかりしたかな書を模索したのだろう。





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   ↑:吉田敏子。左から、「毬」、「生」、「呼」、樹」。


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   ↑:「毬」。



 今回、いつもの黒々墨を排して、薄墨に線の勢いを絡ませている。

 吉田敏子は墨人会に属している。大きな筆で一文字を書くグループだ。なぜ大きな字かというと、小筆だと小手先でコネコネとしたものになる。足運びを含めて体全体で字にアタックするためだ。心の気を内面からググッとあふれ出す、が信条だ。

 今回、吉田敏子は内面性を一端不問にして、筆の自由さ、リズム、その痕跡を主張した。そして字と対峙した。

 実は、彼女の書には、本人の自覚・意志とは無縁の魅力がある。黒々した字の流れと、それを取り巻く余白との間に、女性らしいしなやかな美が誕生する時がある。字の魅力ではなく、字を溜め込んで書いた結果としての静寂な余白美だ。絵画的な魅力と言ってもいい。絵画的造形美といえばいいのか。

 だが、彼女にとっては字ありきだ。今回はますます先行して字があって、果敢に字を追跡して、強引なまでに美を定着させようとしている。伸びやかで格好いい字が生まれた。
 つまり、強引さが出てきた、野心が露わになった。遠慮がちな自信をようやく強き形にしようとしている。あくまでも字として。
 

f0126829_1252763.jpg   ←:「生」。

 彼女にしては珍しい字だ。朴念仁的な明後日を向いた「生」だ。遊び字か?

 ふと、同じ墨人会の樋口雅山房の世界を見てしまった。
 影響と言うより、「私だってこれくらい書けるわ。その気にならなかったから書かなかったけど、書いたら結構楽しかったは」、そんな声を感じた。

by sakaidoori | 2013-10-04 07:57 | コンチネンタル | Comments(0)
2013年 09月 09日

2194)②「Pluse1グループ展 Naive Conversation 川上りえ特設」 コンチネンタル 終了8月9日(火)~8月18日(日

   


Pluse1 グループ展 

Naive Conversation 


   川上りえ札幌文化奨励賞受賞記念
  
     

    
 会場:コンチネンタル・ギャラリー  
      南1条西11丁目 コンチネンタルビル・B1F
      (西11丁目通の西側)
      電話(011)221-0488

 会期:2013年8月9日(火)~8月18日(日)
 休み:月曜日
 時間:11:00~18:00
    
 【参加作家】
 川上りえ 千代明 谷口明志 ダム・ダム・ライ 藤本和彦    

ーーーーーーーーーーーーーーーーー(8.17)

 2152)①の続き。


 二十日前に終わったグループ展です。全体風景とダム・ダム・ライ氏だけの掲載でした。残りの作家作品も見ていきましょう。

 千代明さんの作品から始めます。会場の真ん中にあるので、全体風景の代わりにもなるでしょう。角度を変えて3枚載せます。もっとも、作品的には角度を変えて見てもたいした違いはないかもしれません。


 (以下、敬称は省略させていただきます。)


千代明の場合



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   ↑:「無からの誕生」、2013年 鉄 ウレタンペイント。



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 壁でリズムを奏でるという作風だった。メタリック仕上げはいつもと同じだが、随分な剛直変化球で登場した。金属棒達が壁から離れて、ドーンと規則正しく整列して、スピーカーに変身してしまった。「踊る人」から、「聴く人」になった。    
 壁面作品から立体作品になったともいえるが、何がそうさせたのだろう?それと、この作品ならば、メタリック調に綺麗に仕上げても、色に魅せられるという感じではない。得意のメタリック効果は薄くなったともいえる。

 「鑑賞される」という「見る-見られる」関係、それを前提にした作品の出来映えに関心が薄くなったみたいだ。良い意味で、鑑賞者の反応を伺い、楽しんでいるようだ。

 もっとも、今回は大いなる試作だろう。踊るだけではもの足りなくなったのかもしれない。唄って駄弁って触って目をくるくるさせて・・・千代明は期するものがあるのだろう。次回を乞うご期待だ。




谷口明志の場合 



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   ↑:「Fun to paint」、2013年 アルミニウム 紙 絵具。



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 「昆布の人・谷口明志」と呼んでいた。さすがに今回は「昆布」とか「わかめ」とは呼べない。しかし、今回用のネーミングは見つけた。「クラゲの人・谷口明志」だ。凧にクラゲが貼り付いて、空中浮遊への旅立ちだ。アルミ線の流れがクラゲとそっくりだ。「そんなクラゲは見たことがない」と言う無かれ。こんなクラゲを上海水族館!で見たのです。尾長鶏のような足の毛?がにょろにょろと長いのを。しかも白色だった。

 そんな話はとにかくとして、今回は明瞭に線を意識した作品だ。「だから何だ?」と、問わないで下さい。よくはわからないが、いろんな素材で線描を試みているのです、遊んでいるのです。ですから、「線の人・谷口明志」のクラゲ版です。

 テリトリーをしっかり守って、落書きをしたいのだろう。ですから、「谷口明志にとっての落書きとは何か?」が問題なのだろう。慌ててその解を求める必要はない。氏は若い。これからもいろんな線の旅を続けることだろう。

 「線は何処に行くのか?行こうとしているのか?果たしてたどり着けるのか?」大人の見果てぬ夢・ロマンを見守ろう。




藤本和彦の場合


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   ↑:(タイトル等記録ミス。)


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 おそらく、大きな作品の為の試作だろう。

 四角の枠の茶色い部分は錆を固めたものと伺った。その「錆箱」から鉄が生まれて、大地に根を張ろうとしている。何かの信号をキャッチしようとしている。クラゲの触手のようにして鉄が異様な姿で垂れ下がっている。

 不思議なものだ。藤本和彦は鑑賞者との交流も得意としている。そして今展は、そういう交流の要素が強い作品ばかりだ。その中にあって、一人「作品」を出品した。人とは交流しない。大地という自然へ顔を向けている。

 もう一つ不思議なのは、他の作家達の作品要素を全て取り込んでいる事だ。川上りえの鉄、谷口明志のクラゲ的触手、千代明のキャッチする受動能力、ダム・ダム・ライのくねくねダンス。それはたまたまなのだろう。が、グループ活動という相互影響もあるのだろう。



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 川上りえは次回に

by sakaidoori | 2013-09-09 23:59 | コンチネンタル | Comments(0)
2013年 08月 18日

2152)①「Pluse1グループ展 Naive Conversation 川上りえ特設」 コンチネンタル 8月9日(火)~8月18日(日)

   


Pluse1 グループ展 

Naive Conversation 


   川上りえ札幌文化奨励賞受賞記念
  
     

    
 会場:コンチネンタル・ギャラリー  
      南1条西11丁目 コンチネンタルビル・B1F
      (西11丁目通の西側)
      電話(011)221-0488

 会期:2013年8月9日(火)~8月18日(日)
 休み:月曜日
 時間:11:00~18:00
    
 【参加作家】
 川上りえ 千代明 谷口明志 ダム・ダム・ライ 藤本和彦  

ーーーーーーーーーーーーーーーーー(8.17)





 今日の日曜日までです

 「載せるのなら、早めに載せてよ」との言葉を頂きました。、リクエストに応えれないのが我が栄通記です。この時間、文章を書いていたら日が昇りそうです。とりあえず、会場風景を見てもらいましょう。言葉はゆるりと進めていきましょう。


 まずは会場入り口から始めるのが王道でしょう。


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 今展の主役である川上りえワールドです。
 タワーの回りの鉄サイコロが転がっている。タワーは触れてはダメで、それ以外の鉄物で「自由に遊んで下さい」、とのことです。



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 実は、会場の全体風景をあまり撮らなかった。中心に位置する作品は千代明。その回りを見て、何となく全体雰囲気を味わって下さい。



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 右側の壁、白っぽい模造紙の組み立てに見えるのが谷口明志



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   ↑:藤本和彦



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 5人の参加です。今回の①では一人だけ個別掲載です。他の作家は②に譲りましょう。


 (以下、敬称は省略させていただきます。)



ダム・ダム・ライの場合。 



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   ↑:「The genes of origin」・2013年 木 塗料 アルミニウム。


 タイトルは何て訳すのだろう?「原点の遺伝子達」かな?
 それは作家の意志でしょうが、単純に「うずくまりダンス」で見た。ミミズのようなものが、キラキラしてのたうち回っている。楽しそうだ、こちらもつられそうだ。「ここは大地だ。地下から這い出て踊れや踊れ!」だ。踊れば汗をかく、息も乱れる、「生きてる」って感じるでしょう。皆が踊ればもっと楽しい。体もキラキラ輝くよ。

 リズム感旺盛な作家なのだろう。アフリカ的ギラギラ輝くドタバタ騒ぎではない。どこかに秩序を保ちながら、「みんなみんな生きている、動いている、踊っている。さー、うごめこぜ!」。



 今展は期せずして「来客者との交流展」になっていた。
 川上りえ作品はズバリ参加型作品だ。
 ダム・ダム・ライや千代明の場合は、そこに観客者がいることを前提にして、身体的に作品との交流を図っている。
 谷口明志の場合は、本人自身の「線」への取り組みが、これまた単純にこちらも線を引きたくなってしまう。
 藤本和彦の場合は鉄錆を見せていて、こちらは取り立てて「交流」として見るべきではないだろう。「作品」だ。が、量的にコンパクトで、一人静かに座していて、全体の調和に和していた。



 時間をおいて②に続く

by sakaidoori | 2013-08-18 01:10 | コンチネンタル | Comments(2)
2013年 05月 11日

2044) 「野呂田晋展 『蠢(うごめ)』」 コンチネンタル 5月7日(火)~5月12日(日)

   
野呂田晋 

      (うごめ)       

    
 会場:コンチネンタル・ギャラリー  
      南1条西11丁目 コンチネンタルビル・B1F
      (西11丁目通の西側)
      電話(011)221-0488

 会期:2013年5月7日(火)~5月12日(日)
 時間:10:00~19:00
     (初日は、13:00~から。最終日は、~16:00まで)  

ーーーーーーーーーーーーーーーーー(5.9)


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 「お~、何にも見えない。何が何だか分からない。何なの、これ?」

 そんな声が聞こえてきそうな展覧会だ。
 だから、作品を見て面白いだどか、楽しいだとか、「見て見て、これ見て!!」とかを言うつもりはない。でも、この会場に行って欲しい。体感して欲しい。見て欲しい。

 「薄暗がりに、何かがいるんではないか、きっといるんだ。あるんだ。それを見たいんだ。見えないものが、こちらの向こう側にある、ドアの向こう側、体の背中に、部屋の四隅に、・・・間違いなくある。あると信じている。見れないんだから、『信じる』としか言いようがない。でもあるんだ。あ~、そういう世界、何なんだろう?いつもいつも心に引っかかっているものは。でも、見れなくってもいいいのかもしれない。僕とは違う存在だから」、そういう作家の感性と共感する場が今展だ。


 作品は写真です。でも、今展の場合は「写真展」とか、「作品展」とか、展示物の個々に重きはないだろう。やはり、それらの展示物を成り立たせている空間全体が大事なのだろう。作品は表現の「窓」だ。見る者の自由な出入り口だ。
 以下、その出入り口としての個別作品を何点か載せます。


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   ※※※※※※※※※※

 全館使用の立派な個展です。が、メインは今までに掲載した部屋です。
 隣室は余韻のような空間で、作家のリップ・サービスとして垣間見た。


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 左側の部屋が、メインの薄暗い空間。
 右側は、普通に明るくてすっきりした展示です。以下、その部屋を載せます。


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 第3室は資料兼作家との交流の場。
 メイン会場に収まりきれなかった作品ファイルがあった。勝手に床に並べてみた。


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by sakaidoori | 2013-05-11 10:26 | コンチネンタル | Comments(7)
2013年 02月 19日

1933) 「はしどい展 第50回」 コンチネンタル 終了 2月12日(火)~2月17日(日)

はしどい展 第50回      

    
 会場:コンチネンタル・ギャラリー  
      南1条西11丁目 コンチネンタルビル・B1F
      (西11丁目通の西側)
      電話(011)221-0488

 会期:2013年2月12日(火)~2月17日(日)
 時間:10:00~18:00
     (最終日は、~15:30まで) 

 ※ 50回特別展示として、過去の美術部の学生美術全道展における受賞作品を展示予定 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー(2.16)


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     ↑:(全て、高2・浅井菫。)


 俄然、気を吐いている浅井薫だ。「只今製作中!」、もある。かっこいー。本人も居たので、そのムードも知ったが、何とも頼もしい学生だった。臆することなく受け応え、直向きに絵画道を邁進している、そんな真剣な人だった。
 左端の「只今製作中」の「未完成作品」、今年の学生全道展に出品予定だ。ずいぶん先の話で、1割しか出来ていないとのこと。実際、完成スケッチを見せてもらったが、中央が流線型の渦巻き模様の都会風景になっていて、現在の水平線と直線による焦点指向の構図とは随分と違っていた。
 大作を描いている関係かもしれないが、全体的視野で物事を見つめている感じだ。楽しい気分をストレートに表現しての楽しみ方とはちょっと違うようだ。自分を取り巻いている巨大社会、とか、広い空間ありき、だ。大きな社会と格闘している浅井薫であった。


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          ↑:高1年次製作 浅井菫、「破壊都市計画」・一昨年の学生全道展で優秀賞。


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     ↑:左側 高校2年 浅井薫、「当否概念」・F30号 高文連全道 優秀賞。
     ↑:右側 浅井薫、「ブランコ」。


 ギラギラするものを感じませんか。社会に対して、誰かに対して物申したい、そんな強い意志を感じた。



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          ↑:高2 小林美優、「不幸のその先」。


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          ↑:高2 小林美優、「鳩の朝食」。


 とにかく強くて元気の良い色を出す学生だ。マティス張りの色合いと、ゴッホ風の情動色、そんな巨匠二人を重ねたような画風だ。



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          ↑:高2 竹本真理、「心の中の図」。


 絵としてはまだまだ描き足りない感じだが、「窓」の多さは意外な効果を出していた。ガラスやガラス枠、それに四角い窓やドア、何も描かれていない廊下も直線で区切られていて、四角い模様がたくさんできている。いたるところに描き足りない「窓」がある。長く見ていると、その四角の窓や模様が「不思議の国のアリス」に向かうような錯覚を覚える。何かが絵画の裏側に「存在」するような気になってしまった。

 もちろん、そんなことを竹本真理は意識をしていない。ただ、それらの四角の一つ一つが、絵を描くためのキャンバスであって、何かが描かれる為に絵画の中にあるだけだ。その窓の一つ一つが竹本真理の心模様だ。

 やはりこの絵は不思議だ。全体に迫力不足の統一感があることと、学生という拙さがその不思議さを隠してはいる。が、竹本真里が目指したことを、描かれたことではなくて、絵画という容器で見つめ直したならば、現代的表現が幾重にも拡がるのでは。何も無き世界で、無数の窓のみが静かにこだまする、それはえも言えぬ不気味さを秘めている。


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          ↑:高2 村上七彩、「限界思考」。


 ちょとタイトルは意味不明。単に、頭の大きなダルマさんが不安定に楽しくよろめいている風情に見えた。強い背景色と重なり、あどけなさやユーモラスさが倍増していた。



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          ↑:中2 五十嵐千夏、「進化」・F50号 道展U21奨励賞。


 重厚で構築的な作品だ。それにしても中学2年生だ。この絵のように逞しく成長して欲しい。



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          ↑:高2 柳沢愛美、「飽和都市」。


 建物が好きな柳沢愛美だ。どの建物も可愛いものだ。「飽和都市」、だから皆が集まって楽しそうだ。我が家も仲間に入りたい。



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          ↑:高2 福士綾菜、「玄関」。


 玄関、それは家族そのものでしょう。そして、一つ一つの靴が可愛く見えたのでしょう。小奇麗で几帳面に
玄関の全てにチャレンジ!可愛い愛情が注がれて、それはいじらしくて良いのだが、ちょっと玄関に距離を置き過ぎのようだ。眺める愛情も良いが、手に抱えたくなる愛情も見たいものだ。




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by sakaidoori | 2013-02-19 23:17 | コンチネンタル | Comments(1)