カテゴリ:公共空間・地下コンコース( 10 )


2013年 09月 07日

2188)「長谷川悠貴 デザイン書道展 ~部屋に飾りたくなる書~」札幌駅前チカホ 終了8月26日(月)~8月29日(水)

  

北海道教育大学岩見沢校 長谷川悠貴
 
 デザイン書道展 ~部屋に飾りたくなる書
 
   


 会場:チカホ
    (札幌駅前地下歩道空間 憩いの場・5番出口そば)
 電話:
    
     
 会期:2013年8月26日(月)~8月29日(水)  
 休み:
 時間:10:00~19:00
     (初日は、12:00~) 

ーーーーーーーーーーーーーーーー(8.27)


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 この日はひどい雨だった。小雨模様になったので札幌駅前の地下歩道空間を利用した。昼食弁当の場所に利用した。


 ベンチとは言えぬコーナーで愛妻弁当を開く。
 何も考えずに食す。
 人が通る・・・人が通る・・・僕はここに座っている・・座っている・・・


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 目の前の風景をただぼんやり見て時間を過ごす。
 ・・・
 目的のない日々だ。
 ・・・
 僕も目的がある風情で歩き始めた。
 



 最近は自転車通いが多いので、地下道はあまり利用しない。それと、ここの空間は道幅の割には天井が低くて苦しい。人通りの多さや、無手勝流の縁側商法は好きなのだが、圧迫感に耐えられなくなった。
 便利な通路なのは間違いない。ただ、だんだんと利用しなくなった。



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 大道芸人ならぬ大道書店だ。いや、書展だ。
 こじゃれた文字で達者なものだ。見れば若い人が店主兼書家のようだ。DMがある。見れば教育大学書道研究室の学生だ。4年生だ。背の高い人で、なかなかのイケメン青年だ。

 普通、書研究室の学生は臨書か詩などの創作書を発表する。今回は「デザイン書」と堂々と名乗っての自己宣伝であり販売だ。しかも額装もしっかりしていて、量もなかなかのものだ。
 自分の為に研究・探求している普段の書制作とは違い、何とか生活の中で書を親しんでもらおうという試みだろう。彼がしなくてもこういう書は販売を目的にして社会人なり書を扱う画商がしていることだ。今展の額装も若々しさはあるが特別な意匠ではない。書も額装も展示も、書の世界ではことさらとやかく言うほどのものではないだろう。

 が、学生が自力でしていることに強い興味を持った。今回の方法は古典的だが、現代の書に対して何かしら意見を持っているのだろう。どんな意見・見識かは知らない。また、彼が現代書そのものに新機軸を提起するかどうかも不明だ。何より若き書家だ。師弟関係を軸とした派閥やグループ化の激しい現代書壇だ。人のすることだ。派閥やグループがあってもいい、当然のことだ。しかし、価値判断なり意見交換がその世界だけで閉じられているとしたならばダメだ。

 札幌に書展は沢山開かれている。一つ一つはそれなりに楽しめるのだが、全体としてみたら書風の幅の狭さに驚く。書は果たして現代美術たり得るか?情緒安定のための稽古書道、そして宣伝にはつきもののデザイン書、確かに上手いが似たような書風ばかりの書壇リーダー達。現代書はかなり限定された魅力の中で自家中毒気味だ。
 彼等を超える、あるいは異質な魅力が現代書にはあるのか?あると思う。そんな期待をしながら今展を眺めた。それは、書家・長谷川悠貴には、あらぬ期待かもしれない。



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   ↑:「和顔愛語」


 良い言葉だ。
 和らいだ表情で、優しい言葉使い。そういう心構えで、他人と接しましょう。




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   ↑:「雲ぞ青き来し夏姫が朝の髪 うつくしいかな水に流るる」(与謝野晶子)


 ふくよかな字だ。「和顔愛語」の精神で書いているのだろう。



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   ↑:「飛べ 鳥よ宙を翔ろ」


 自分に言い聞かせているのだろう。



 「生活に親しむ書」ということだ。優しく心が伸びやかになる字を書こうとしているのだろう。f0126829_1362193.jpg




 






 

by sakaidoori | 2013-09-07 08:00 | 公共空間・地下コンコース | Comments(0)
2012年 12月 11日

1911)「円山動物園アートアニュアル アニマルフォトストリート」地下鉄円山 11月19日(月)~3月31日(日)

  
札幌市円山動物園 アートアニュアル  

         アニマルフォトストリート
   



 会場:地下鉄東西線円山駅 地下コンコース

 会期:2012年11月19日(月)~3月31日(日)
 時間:地下鉄が利用できる時間帯

 【参加作家】
 ・12名。
 
ーーーーーーーーーーーーーーーー(11.23)


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 地下鉄円山駅からギャラリー・レタラに向かった。地下歩道を歩く。出口1番はかなり遠い。淡々と進むと、前方で何やら賑やかな風景が拡がっている。黄色い幸せ回廊に、沢山の写真だ。それも動物ばかりだ。どれどれと楽しい気分を押さえながら、時間も気にしながら、見ていった。



     「 ・・・。
      札幌市円山動物園をモチーフにアート表現を主体とする写真家が
     動物園内で写真撮影を行い、12月にオープンのアジアゾーンの動物達を
     ユニークな視点で表現しています。
      ・・・・」




 「動物フォト・コンテスト」という感じだ。そして普通に「動物どうぶつドウブツ」が続く。随分と見知った撮影者も登場する。「この人ならば、変化球的ドウブツ写真もあるのでは」と期待をしたが、やはり普通に動物どうぶつドウブツが続く。確かに一人一人の写真技量は高い。視点もそれぞれ微妙に違うが、結果的には、「こんなに似た視点ばかりでいいのだろうか?」に、なってしまった。遠目には賑やかそうで近づいてはみたものの、感心して見るにはあまりに似通ったドウブツ風景写真だった。


 展示後方から全作家を載せます。

 こうしてパソコン画像でゆったり見ると、もの凄く楽しめる。撮影者の個性も一人一人明らかに違う。だが、展示空間の歩道では、余りに同じと思える写真が続いていった。
 作品が全て同じ大きさで小さいからだろうか?歩道が黄色や緑で賑やかだからか?企画者側が、もっと大胆な撮影リクエストをすべきなのだろうか?実に実にもったいない写真展であった。



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     ↑:シーズン・ラオ


 何てことはない生き物達を強く撮っている。




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     ↑:竹本英樹


 やさしい眼差しだ。




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     ↑:2点とも、アキタヒデキ


 彼特有の粘っこさがない。公共空間を撮り、公共空間に収めるということを意識し過ぎたか?




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     ↑:クスミエリカ


 白味が印象的だった。それと、猛獣といえば極端だが、動物の猛々しさを感じた。




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     ↑:keiko kawano

 綺麗だ。




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     ↑:辻博樹




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     ↑:メタ佐藤


 動物の目、彼らは何を見つめる?




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     ↑:2点とも、小牧寿里


 顔なり仕草に注目している。




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     ↑:2点とも、山本顕史


 建物とか施設に視点を置いている。廃虚に近い印象だ。




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     ↑:浅野久男


 アット・ホーム的というかヒューマンな作品群だ。




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     ↑:北川陽稔


 色と影と人と動物、皆なが交じり合って一つの世界。




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     ↑:kensyo


 黒味に動物の野生を表現か?個人的にはセクシーな動物写真を見たかった。

by sakaidoori | 2012-12-11 00:49 | 公共空間・地下コンコース | Comments(2)
2011年 05月 10日

1542)「『アイヌ文様』 地下コンコース常設展示 地下鉄札幌駅近く」2011年5月8日(日)

  

 地下コンコース札幌駅~大通の全部を初めて歩いた。
 確かに地上を歩くよりも早い。早いが、道幅の広さの割には天井が低くて閉塞感が強い。天気具合や急ぐ時以外は、なるべく上を歩こう。

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 途中、イスやテーブルもあり、休むのにはいい。もっとも、休みながら漫遊気分でここを歩くこともないであろう。待ち合わせ場所としてのコンコース?良いかもしれないが少々色気がない。
 壁には適当に掲示物がある。上の写真はただ並べられた「恐竜展」のポスターだ。安直路線の極みだ。宣伝効果はそれなりにあるだろうが、何ともいいようのない風景だ。どうしてここで貼るのを止めたのだろう?もっと少ない方がいいのか?もっと多い方がいいのか?などと、つまらん思考がチラリと素通りした。


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 大通側から歩き始めた。終点の札幌側の柱にアイヌ模様の装飾品が裏表に陳列されていた。照明が見栄えを高めてはいるが、作品そのものが素晴らしい。淀みないライン、丸い線の織りなすふっくら感、模様のバランスなど、宝物にしたい気分だ。
 しばし足を留めて鑑賞するには不向きな場かもしれない。素通りするには贅沢な品々だ。細かい作品説明のないのは構わないのだが、制作者の名前がないのはどうしたことか。是非ネーム・プレートを備えてもらいたいものだ。


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          ↑:「トートカムイ 湖沼の神」。

 この端正なラインやふっくらとしたボリューム感をたまらなく愛好している。若々しい気品と言えばいいのか。



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     ↑:左から 「ミナハウ 神々に微笑み」、「オウポポリンネ 若生え」。


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     ↑:左から 「カムイチカップ 神鳥」、「パイカルエク 春が来た」。


 いろんな鳥の顔に見える。遊び興じている仲間達だ。音楽あり舞あり唄ありと、常に笑みと語らいが満ちている。


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     ↑:「ノンノヘチラサ ?」

 鼎などに施された漢字の金石文字を連想してしまった。重厚な左右対称性を、細い線でやさしくしている。それでもどこかに厳かな神を感じる。


 アイヌ模様は曲線ものが比較的好きだ。18枚も現場には作品があるのだが、選び始めたらどうしても丸模様になってしまう。角模様もしっかり載せておきます。


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     ↑:左から 「イレスカムイ 火の神」、「?」。

by sakaidoori | 2011-05-10 14:45 | 公共空間・地下コンコース | Comments(0)
2011年 05月 03日

1528) ③「小林麻美の場合 500m美術館 '10」 地下鉄コンコース 終了・2010年11月1日(月)~12月12日(日)

  
  
○ 500m美術館 '10 

 会場:地下鉄東西線地下コンコース
      「大通駅」から「バスセンター前駅」間

 会期:2010年11月1日(月)~12月12日(日)
 時間:おそらく地下鉄が利用できる時間帯

 【参加作家】
 ・17人のメイン・アーティスト
   山本雄基 佐藤史恵 伊藤ひろみ 谷口明志 高橋俊司 安藤文絵 野又圭司 藤沢レオ 中橋修 大島慶太郎 河野健 小林麻美 國松希根太 織笠晃彦 風間真悟 森迫暁夫 佐藤隆之 

 ・500美術館通年化プレ企画
 ・札幌市立大学美術部・ノメノン
 ・若手アーティスト・200人展

 プロデューサー:端聡
 
ーーーーーーーーーーーーーーーー(12.7)

 (1526番①、1527番②の続き。)


◎ 小林麻美の場合


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          ↑:「見慣れない近所」。



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          ↑:「片目の夢」。


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          ↑:「前の駅で降りた人」。


 (以下、敬称は省略させて頂きます。)



 素直な絵だ。
 今までのような挑発的な膨らむ空間はない。喉の渇きを満たしたい強い我執もない。
 「覗き見的画題」、それに基づく構図は今までと同じだが、平面的で温和しい。いつものように顔を何かが覆っている。それは顔を画くのが上手くないからとでも言いたそう。でも、黄色が小気味よくアクセントを与えている。そう、「赤」に寄せる情熱から、「黄」に託す明るさに変わった。

 見えない物をこじ開けて見る豪腕さ、辺りの空気の異様さを絵画にしようという探求心はどこに行ったのだろう?絵画と格闘する小林麻美はどこに行ったのだろう?
 それらは僕の見当違いだったのか?小林麻美・絵画にあらぬ物をみていたのだろうか?

 淡々と人を画いている。肉親を思わせる年配者、寄り合い電車の母と子、路傍の娘、そんな人達をいたわるように見ている。顔は画かない。その必要がないのだろう。「人」が大事なのだろう。
 確かに小林麻美は人を画いていた。それは人が好きだからだ。空間に対する感度は並々なるねものがある画家だ。その空間把握、空間造形のために人は点景でしかなかったと思う。人は小林空間という明かりの影であり、人が居ることによって成り立つ異次空間であった。今作の人は影ではない。本当は人をチャンと画きたかった画家が人と向き合おうとしている。素直に人を見つめ、見つめる自分を大事にしている。

 あー、それは良いことだとは思う。だが、闘う小林麻美を止めることなのか?それとも小休止?休息?強い小林麻美はどこかへ行ったのか?それは若かりし時の一過性だったのか?
 だが、こういう絵は他の画家でも可能だ。本質的に優しい画家の仕事だ。「小林麻美」、強い人だと過信している。今時珍しい人だ。他の画家のしない道を僕は欲する。

 黄色が目立つ絵だ。強い赤は影をひそめ、黄色が輝き始めた。




 

by sakaidoori | 2011-05-03 18:53 | 公共空間・地下コンコース | Comments(0)
2011年 05月 03日

1527) ②「500m美術館 '10」 地下鉄コンコース 終了・2010年11月1日(月)~12月12日(日)

  
  
○ 500m美術館 '10 

 会場:地下鉄東西線地下コンコース
      「大通駅」から「バスセンター前駅」間

 会期:2010年11月1日(月)~12月12日(日)
 時間:おそらく地下鉄が利用できる時間帯

 【参加作家】
 ・17人のメイン・アーティスト
   山本雄基 佐藤史恵 伊藤ひろみ 谷口明志 高橋俊司 安藤文絵 野又圭司 藤沢レオ 中橋修 大島慶太郎 河野健 小林麻美 國松希根太 織笠晃彦 風間真悟 森迫暁夫 佐藤隆之 

 ・500美術館通年化プレ企画
 ・札幌市立大学美術部・ノメノン
 ・若手アーティスト・200人展

 プロデューサー:端聡
 
ーーーーーーーーーーーーーーーー(12.7)

 (1526番①の続き。)

 簡単に雰囲気だけをを思ったのですが、写真を見ているといろんな事が思い出されて、一所懸命書いてしまった。このペースでもう少し続けていきます。


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          ↑:高橋俊司、「増殖をはじめる形」。

 ホチキスマン・高橋俊司。舞い降りる巨大な綿雪だ。この場所の雰囲気に意外にピッタシなのには驚いた。マンネリ的通勤道で、うつむき加減の目元を惹き寄せそう。



 選抜作家は与えられたホワイト・パネルを独り占めしている。
 以下、一枚の同じパネルで、温和しく同居している仲間達の紹介です。「若手アーティスト 市民200人展」の一コマです。まさしく通りすがりの作品達、愛をもって見つめてあげましょう。たとえ一つ一つが心に残らなくても、その場その時をなごませてくれたことでしょう。



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               ↑:kensyo

 左側の見方が展示スタイル。その逆転も載せてみた。

 女のエロティシズムを撮るケンショー。清楚なエロだ。
 彼は清楚と妖艶の間を往き来する。耽溺にはならない。プラトニックでもない。しかし、男から女への愛の眼差しには違いない。一つの理想美でもある。
 「生身のオンナ、汝はかくも麗しきかな?」


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          ↑:ウリュウ ユウキ

 何てことのない街の風景。つなぎ合わせのスナップ写真が時を止める。淡々と目の前を見つめる。何も考えない。僕の廻りで時は動き、時は止まる。その隙間を写真に残す。
 次は「ウリュウ ユウキ・500m写真展」だね。ナニ、無理だって!では「ウリュウユウキと仲間達・その50m写真展」だね。


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     ↑:安藤文絵、「Nocch'is 77 lines」。

 これは一般参加作品ではない。ましてや路上パフォーマンスの「皆なでお絵かき、皆なで落書き」ではない。美術家・安藤文絵の渾身の天地創造であり、死と再生と復活だ。
 なぜそんなことが分かるの?
 なぜなら、総合解説チラシに長い自己文章があり、そういう意味のことが書いてあるからだ。"This is modern ART"だ。

 「・・・。
 友人の一人に紙を託し、一ヶ月間線を引いてもらうことをお願いする。
 一枚の紙に一本の線、 形を描くのではなく、
 彼女の思いを込めて引く。
 77本の線が集まった。
 あなたはこの線から何を読み取るだろうか?」


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 作品は面白い。
 僕は線の自由さと背景の暗さが合わないと思った。背景色、強い思い込みを見る。おそらく復活という儀式の為の装飾なのだろう。旧約の天地創造に始まり、新約の黙示録で終わるドラマ。そこに現れる線という神の道標。いささか洋物過ぎる感じだ。というか今更古事記だの記紀神話を持ち出しても始まらない。装飾としてはいいがリアリティーがない。日本人には神話もドラマも希薄だ。ましてやキリスト教など、知識以上にはならない。もっとも、信じ合っている者同士の語らいならば意味が合うのだろ。
 神話や一神教薄き中での「日本現代美術」、それでも「今」という日本の時空しかない。それは直ぐにでも「今という袋小路」に入らざるを得ない。それでも、神話や信仰以外の道しかないだろう。


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          ↑:河野健


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 家族を見つめている。家族という神話を見つめている。

 本当のところ、家族を真剣に見つめるとおかしなことになる。だから、普通は見つめない。盲目的な完結した関係に思える。永久不変と思いこむ。それでいいのだ。だが、見つめざるを得ない時がある。それは家族の危機かもしれない。一人一人の危機かもしれない。
 河野・家族の淡い静けさ、画家は危機感はいかばかりか?



   (③に続く。)

by sakaidoori | 2011-05-03 13:35 | 公共空間・地下コンコース | Comments(3)
2011年 05月 02日

1526) ①「500m美術館 '10」 地下鉄コンコース 終了・2010年11月1日(月)~12月12日(日)

  
○ 500m美術館 '10 

 会場:地下鉄東西線地下コンコース
      「大通駅」から「バスセンター前駅」間

 会期:2010年11月1日(月)~12月12日(日)
 時間:おそらく地下鉄が利用できる時間帯

 【参加作家】
 ・17人のメイン・アーティスト
   山本雄基 佐藤史恵 伊藤ひろみ 谷口明志 高橋俊司 安藤文絵 野又圭司 藤沢レオ 中橋修 大島慶太郎 河野健 小林麻美 國松希根太 織笠晃彦 風間真悟 森迫暁夫 佐藤隆之 

 ・500美術館通年化プレ企画
 ・札幌市立大学美術部・ノメノン
 ・若手アーティスト・200人展

 プロデューサー:端聡
 
ーーーーーーーーーーーーーーーー(12.7)

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          ↑:(12月7日18:12。)



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 昨年の11月の企画展覧会だ。既に終わって久しいが、小林麻美を語りたいと思う。その前に、今回の①では大通側の出発から雰囲気を報告します。初めの方から載せていきます。





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          ↑:野又圭司、「存在の耐えられない軽さ」。

 野又圭司から、現代美術は「美」と直結しないと習った。しかし、この作品は可愛く綺麗だ。作家の資質がにじみ出ている。


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          ↑:藤沢レオ、知ることを知る」。

 線を溺愛する藤沢レオ。
 通路での大作、その大きな試みを良しとする。が、細い。
 取り留めのない雰囲気、解説文によると「生」と「死」に関わったテーマだ。この場にはそぐはない感じだ。真面目な作家だ。そうせざるを得ない何かがあるのだろう。だが言いたい、「ここは地下通路、遊べや遊べ」。


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          ↑:佐藤史恵

 どこかやるせない感じ。記憶(時間)を暖めたい、そこから何かを生みたい、そんな作家なんだと再認識した。


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     ↑:酒井広司、「カーテン」。
 
 やはり記憶にこだわる作品のようだが、こちらは静かな明るさが伝わる。「カーテン」、余韻が響く。


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          ↑:佐藤史恵

 今年はホワイト・パネルを設置して見やすくはなった。
 展覧会雰囲気は確かに増した。作品そのものは見やすい。その代わり、学芸会風のお祭り気分ではない。無手勝流を好む作家、あるがままにチャレンジしたい作家にとっては物足りないだろう。何かを得れば何かを失う。僕は思う、ホワイト・パネルの利点は認めるが、その経費を考えれば、何もしない場でのチャレンジ精神の謳歌、公共空間での数少ない試みの場だと思う。


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 影絵ならぬ影絵の世界。


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     ↑:手前の黒い作品は谷口明志、「線」。

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 コンブの人・谷口明志。
 凄く面白いことをしている作家だ。だが、余りに普通の時がある。「作品」に終わってしまう時がそうだ。いや、画家自身が「作品」ということにこだわっているから仕方がない。しかし、その「作品」が既存の枠を越えたそうな時がある。それは画家の意志から空中浮遊した時だ。そういう時は面白い。今回は余り面白くない。




  ②に続く

by sakaidoori | 2011-05-02 21:17 | 公共空間・地下コンコース | Comments(0)
2011年 04月 22日

1507) 「北海道アスリート オール・スターズ『まなざしの先に』」地下コンコース 4月15日(金)~4月30日(土)

  
○ プロジェクト1 : 北海道アスリート オール・スターズ 

    まなざしの先に


f0126829_12415025.jpg  約20名の道内アスリート
 
  書家  :八戸香太郎 
  写真家:馬場杏輔

  企画:ENプロジェクト・ジャパン
 


 会場:地下鉄大通駅~札幌駅・間の地下通路
     電話

 会期:2011年4月15日(金)~4月30日(土)  
 時間:?:00~?:00
     (地下鉄の乗れる時間は開いているでしょう。) 
    

ーーーーーーーーーーーーー(4.20)

 東北大震災の翌日にこの通路はオープンした。たまたまその日の午前に歩いたが、人通りの多さに唖然としたものだ。歩く人の表情もどこかしら緩んでいた。

 4月20日、人混みも落ち着いている。空間のメカニカルさが目立ち、都会的になっていた。呼び込み風のイベントもなく、普通の歩行空間だからだろう。天井の低さ、白さに圧迫感やよそよそしさを覚える。これが小なりとも都会というものだろう。



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 そんな中で、予期せぬ書に出会った。斜め向きで大きな一文字がこちらを向いている、なかなかの迫力に見る目が緊張する。
 だが、作品の大きさと意外な出会いという迫力は、どこかへ軽く消えた。飛沫を散らしたり、線の図太い勢いに反して、字全体の背中が曲がって見える。一所懸命に一文字の意勢を紙から羽ばたせようとしているのだが、意に反して可愛くお辞儀をしている。
 公募展書にありがちな筆跡を力強く残して、胸を張って「どうだ!」と言う字を避けている。それは好ましい。個性と遊びと勢いを出そうとしている。それも好ましい。だが、与えられた大きな紙の中で字がコンパクトに収まりすぎた。比喩的に言えば、高校生が良き見栄を張った字だ。
 これだけの大きさで20枚前後を統一感を持って書きあげるのだから、それなりの実力の人ではあろう。だが、字の中の若さに行儀良さを思った。パフォーマンスに秀でた書ではあるが、パフォーマンスを越える可能性を期待したい。



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 書ばかりではないのだ。嬉しいことに写真もある。書に負けず、迫力のある展示だ。
 顔顔顔・・・。
 目元を輝かせてはいるがモノトーンで沈鬱なムード。モデルが若い人ばかりで素人?この暗い均一感は何だろう?

 ここでようやく作品から離れて展示の趣旨文に目をやった。
 今時の大震災に触発されて、少しでも明るくしたいということだ。いわゆる、「元気をあげたい!」というものだ。いや、言葉はもっと壮大である。「・・・皆様と共に日本を未来を、見据え、考え、そして行動する契機になれば幸いです」。
 その為の手段がこの展示だ。道内を代表する競技者(アスリートと呼んでいる)の日々の努力研鑽は並々ならぬものがあるはずだ。彼・彼女等の眼差しには力がある、無言のメッセージがある。眼差しは明日を見つめている。何を彼等は見ているか?そこんところを撮影者に撮らせて、万感の思いを表現し伝えようというのだ。目だけでは不十分だ、顔だ、しかも特大の顔だ。やはり無言ではいけない、彼等が選んだ言葉を特大一文字として添えよう。そして、呼びかけ人(企画者)の意志の基、競技者、写真家、書家に依頼して今展になったわけだ。
 つまり、写真や書は仕事としての表現だ。顧客(クライアント)の希望に則って実現したのだ。「目だけにするか?体全体にするか?白黒?カラー?屋外の青空を背景にする?」

 良い目だと思う、良い表情だと思う。だが、競技者の神髄が表現されたとは思わない。彼等の力みなぎる目や表情は、競技中のもののはずだ。それに比べれば、この顔はメッセージ的記録以上ではない。この大震災への復興に何らかの形で関わり協力したいという意志以上ではない。スポーツ選手は競技そのものの姿以外は単なるアイドルでしかない。アイドルとしての目であり、顔であり、力だ。モデルは間違いなく真摯だ。だが、写真家も書家も企画者もアイドルにたよる安易さを感じだ。

 ムード満点の写真、遊び心漂う書、仕事をチャンとこなした作品と思うが、彼等の代表作にはなっていないだろう。
 企画の趣旨、大震災に触発されたのは大いに頷けるが、第一弾の活動としてはいささか言葉が重すぎる。札幌在住の方が、そこまで大震災を利用しなくても良いのではないか。もう少し等身大の活動をと思った。




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by sakaidoori | 2011-04-22 20:12 | 公共空間・地下コンコース | Comments(4)
2011年 03月 13日

1484) 「地下鉄札幌駅~大通駅・コンコース」 2011年3月12日午前10時50分頃

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 昨日、開通したばかりの地下通路を歩いた。全体の5分の1程度の散歩だ。

 大通駅の北方面への改札口が新たに出来た。通路との直結改札口だ。いままでも出入りに生理的な不便を感じていたから大いに助かる。
 真通路は・・・でかい、広い。とんでもない人混みだ。大通・札幌駅間にこんなにいつも人が歩いているのだろうか。まさか、開通の様子見の為の散策なのだろうか?北1条辺りで地上に上がったが、人のいないこと!ラーメン屋さんは困ったものだと当分は諦めているだろう。

 通路に「50m美術館」があった。年末でお馴染みの地下鉄バスセンタ前の「500m美術館」の真コンコース版だ。札幌を代表?する、あるいは代表になって欲しい作家のそろい踏みだ。混雑する人混みの中で、立ち止まる人の多いことには嬉しくなった。「500m美術館」とは様子が完全に違う。開通の時期だけの事なのか?何はともあれ嬉しいことだ。



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     ↑:通路の左側(西)。


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     ↑:武田浩志。


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     ↑:柿崎煕(ひろし)。


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     ↑:仙庭宣之。

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     ↑:阿部典英。


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     ↑:澤口彩、「現代百鬼夜行絵巻」。


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     ↑:岡部昌生。



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f0126829_9344985.jpg 出口。
 随所に外光を上部から取り入れていた。光りだけでなく、風も通っているような誤解をして心地良かった。

by sakaidoori | 2011-03-13 09:37 | 公共空間・地下コンコース | Comments(2)
2009年 12月 21日

1139) 地下鉄コンコース 「500m美術館 '09 ~森本めぐみ の場合」 終了・11月1日(日)~11月30日(月)

○ 500m美術館 '09

 会場:地下鉄東西線コンコース
「大通駅」から「バスセンター前駅」間
 会期:2009年11月1日(日)~11月30日(月)
 時間:おそらく地下鉄が利用できる時間帯

 【参加作家】
 18人のメイン・アーティスト
 札幌市立大学美術部・ノイメン
 若手アーティスト・200人展
 
ーーーーーーーーーーーーーーーー(11・23)

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 「第5回 さっぽろアートステージ」美術部門のイベントが、この「500m美術館」だ。
 本体はかなり大がかりな市民芸術祭で、演劇・音楽・美術と色々と組み合わせて、「アートを楽しもう」ということである。行政もからんだイベントだから、いろいろと批判もあるだろう。中味の批判はいいことだ。批判に値するイベントに成長してもらいたいものだ。

 いい機会だから、何か一つでも美術以外のイベントに触れたかったが、結局は見知らぬイベントになってしまった。
 そして、この「500m・展」も一度しか見なかった。一度だけだったのだが、この時期は貸しギャラリーを訪問する元気がわかなくて、ただただ映像のように、路傍の石のように流れるこの展覧会を、かなりゆっくりと見ていった。幸か不幸か、誰一人として美術で知り合った人たちとも出会わずに、500mを歩いた。

f0126829_10303675.jpg (←:田中裕子、「それ と そこ」)


 「500m美術館」を紹介するのだが、第1回目の記事は「森本めぐみ」を中心にすえます。
 なぜかというと、今展で一番気に入ったから。
 そして、現在テンポラリー・スペースで彼女の個展をしているので、その作品の頭と心の訓練を兼ねたいと思っているから。


 余裕があれば、②・③と載せたい。
 もの寂しい地下通路、最終電車は近い。ヒンヤリとした空気、淡々と見た作品を一つでも「記録と記憶」を兼ねて載せたい。どうなるかわからない。雰囲気が伝わればと、「森本めぐみ・作品」の前に、少しだけですが会場風景を載せます。

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     (↑:太田博子、「マーチ」。)


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     (↑:柱を利用した作品は、札幌市立大学美術部・ノイメン、「ぬくもり」。
     昨年のブルーシート作品は良かった。今回は木の色「さみしさ」が他と一体化し過ぎていて、小さく冷ややかな印象。)


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  ~~~~~~~~

○ 森本めぐみ の場合

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f0126829_11301056.jpg タイトルに「チャーム(おまもり)」とあるが、それを見なくても「お守り」が宝物のように並んでいる光景だ。

 作品は非常に小さい。真鍮の輝きが、小ささを誇らしげに包んでいて両の手に収めたくなってしまう。
 見知らぬ人たちとのすれ違いの一こまをスケッチし、その姿を真鍮に仕上げて「チャーム」にしたという。方眼紙のスケッチ、日時がメモされている、それにトレーシング・ペーパーが重なり、真鍮作品(お守り)がぶら下がっている。

 「見知らぬ道行く人」との一期一会的出会い。それは「道逝く人」なのかもしれない。


 僕が感心したのは、小さい世界での人の形の大らかさだ。
 確かにその形は動画やマンガで見慣れた可愛いモデルのようでもある。だが、可愛いから大らかなのではない。
 たとえいきずりの人であっても、優しく見つめる視点。その視点のボリューム感が、彼女の持つ倫理観と無理せず調和して、どこか誇らしげだ。

 作品を見た瞬間、ジャコメッティーのデッサン画を思った。
 彼の立体作品は、ひたすら消去されていき、それでも人は存在するのだという雰囲気だ。だが、同じその人のデッサン画の人物は肩幅広くまろやかで、存在の「原点」の重みと「人間」を思わしめる。平面画の「存在のどっしり感」と、立体作品の「研ぎ澄まされた存在感」、ジャコメッティーにとっては同じ存在のありようなのだろう。倫理無き存在の重み、あるいは存在への問いかけだろう。

 森本めぐみは人と人との関係をあまりに倫理的にみている。そこが若き女性らしくて眩しく思う。
 美術は倫理の表現か?文学的情緒の表現か?少なくとも、美術独自のありようとして、形(造形)そのものが何かを訴える。森本立体作品は美術的造形直前で、人間臭さと真摯に向かい合っている感じだ。

 人物のスケッチ・ラインは方眼紙に画かれている。現場でのスケッチに方眼紙を使うのだろうか?立体作品のために、あらためて方眼紙に書き換えたのだろうか?
 少なくてもそこには筆の織りなすながれよりも、正確さを求める計算の目を思う。
 倫理観を表現の根におきながら、空間を図面できるような計算好みの感性。
 今展はその両者が、若い感性に支えられてうまくかみ合っている。
 あまりに真摯な態度が、お祭り的な会場で異色だった。

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by sakaidoori | 2009-12-21 12:58 | 公共空間・地下コンコース | Comments(1)
2008年 11月 28日

822) 地下鉄コンコース 「500m美術館 '08」 11月1日(土)~11月30日(日)

○ 500m美術館 '08

 会場:地下鉄東西線コンコース 「大通駅」から「バスセンター前駅」間
 会期:2008年11月1日(土)~11月30日(日)
 時間:おそらく地下鉄が利用できる時間帯

 【参加作家】
 18人のメイン・アーティスト
 札幌市立大学美術部
 若手アーティスト・200人展
 子供チャレンジアート
ーーーーーーーーーーーーーーーー(11・25)

 (写真は一杯撮ったのだが、沢山撮り過ぎて掲載に困ってしまう。かなり行き当たりバッタリの掲載です。)

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 ↑:大通側の出発部分。黄色いコロコロは高橋喜代史(造形作家)。

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 ↑:金谷繁寿(造形作家)。何やら難しい説明文がある。「見て楽しむ」というものだ。研究の目的を鑑賞者に強制しているみたい。言葉は大事だが、説明になりすぎている。

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 ↑:sali(画家)。

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 ↑:札幌市立大学美術部。
 ブルー・シートを50回は柱に巻いてある。そして、切り刻んで中から何かが抉り出されている。
 美術が環境に優しいというのが嘘の見本のような作品。だから、人の衝動に訴えるものがある。新品のシートはテープで補修されて、次は何に使われるのだろう?

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 ↑:YOMI(画家)。



  会場は東西線地下通路、およそ創成川の下付近から地下鉄「バスセンタター前」西側改札口までのレンガ壁に展示されている。
 かなりの往来だ。たいていの人はわき目も振らずに素通りする。商店も無くB.G.M.も流れていない、まことに通路以外の何物でもない。この時期は少し薄ら寒いので、足早で落ち着かない顔に見えてしまう。目にする積りはないが、これでもか、これでもかと若気の至りのような作品に圧倒されてチラリと流し目を献上する通行人も居るには居る。

 それでも子連れの親子は情操教育というわけではなく、せがまれては解説し、親が気に入った作品であったならば顔をほころばせて、言葉にも力が入っている。
 やはり若者同士にはそれなりに人気があるようだ。「これ見て、めっちゃ可愛い!」「これ、良いな、好き好き」と変化に富んだ言葉は皆無だが、楽しんでいるのを見れるのは悪いことではない。


 昨年も見た。いや、いつからこのイベントが始まったかは知らないので、昨年は見た、と言っておこう。
 基本的には学芸会のような無手勝流の展示だ。個々の作家の意気込みを仔細に考える場ではないであろう。
 学芸会だから全体の出来を点数で言いたくなる。60点が合格点だとすれば、昨年は60点だ。この点数は少し甘いかもしれない。が、そんなものだろう。
 今年は89点だ。昨年よりも数段良いから、良い点になった。

 以下、昨年度の良い点・悪い点を思い出しながら書いておこう。以下の文意は、今年との比較ではない。始めて見た「500m美術館・展」の印象メモだ。

 良い点。
 ① 開かれた場で何かを長期間していること。
 もっとも、こんなものは見たくも無いという人にとっては、うるさいB.G.M.同様に落ち着かない場所にしてしまったのは事実だ。そういう人よ!許されよ!

 ② 美術を語り合う材料にはなっている。
 展示作品の質を問われれば、好きな作品もあり、そうでない作品もあるとしか良いようが無い。
 それよりも批判の対象になりそうな展覧会なのが気に入っている。

 ③ 名前は調べないと出てこないので省略だが、好きな作品に出会えたこと。

 悪い点
 ① 広い会場での展示経験の未熟さが露呈してしまった。全体に目立たないのだ。大きな作品もなぜだかインパクトが無い。だが、回を重ねれば克服されるであろう。

 ② 武田浩志・君の作品群、10箇所ほどの広告用ボックスをあてがわれていた。他の作家に比べれば破格の扱いだ。その事は良いことなのだが、全然目立たない作品ばかりで全体のムードを壊してしまった。もし上手くいけば彼のための「500m美術館」と呼ばれたかもしれないのに、逆効果になってしまった。

 ③ 似顔絵の黒田晃・君が点字を作品として飾っていた。内容は、「あなたは点字を知っていますか?」という市民の視覚障害者への理解を啓蒙するものであった。福祉と美術を繋ぐ接点を模索しての問題提起だと思う。真摯な態度ではある。姿勢はともかくとして、作品は好きではない。


 今回は89点だ。余裕があれば次回にその理由を書くことにしよう。その時は写真中心でいきます。
 ともあれ、30日の日曜日までです。

by sakaidoori | 2008-11-28 14:12 | 公共空間・地下コンコース | Comments(6)