カテゴリ: コジカ( 14 )


2013年 09月 28日

2230)「今村遼佑個展 『雨の日/A rain day』」 コジカ 8月30日(金)~9月28日(土)

 



今村遼佑個展 

雨の日/A rain day」
           




 会場:サロン・コジカ
      中央区北3条東2丁目中西ビル1F
      (東西に走る南側。)
     電話(011)522-7660

 会期:2013年8月30日(金)~9月28日(土)
 休み:日・月曜日(定休日)
 時間: 14:00~22:00

※ オープニング パーティー 初日 19:00~

ーーーーーーーーーーーーーーー(9.28)


 またまた最終日に行った。会期は一ヶ月もあったのに悪い癖がでてしまった。今日が最終日だから、つい数時間前のことだ。このブログを見ていく人はもういないだろう。



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 会場の中・・・、な~んにもない。
 『床の補修跡?これが作品?・・・一枚の絵画?このための展示?』
 不気味なまでに何もない。辺りも見回す。



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 やはり展覧会らしい雰囲気はない。何もないのがかえって不気味だ。


 そんな訪問客の戸惑いを確認しつつ、ようやく関係者が説明に来る。こちらからの質問の前に現れる絶妙のタイミングだ。


 「今回は音です。このヘッドホーンを使って下さい。このイスに座って向こうの壁を見ながら聴いて下さい。人の鼓膜に合わせたような自然な音が流れてきます。5分くらいです」
 「音響作家?」
 「そんなわけではないです。今回がたまたま音です」


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 幾秒か何も聞こえない。おそらく、誰もが無音に不安がるだろう。チャンと機械は作動しているのかと・・・。


 後ろで飲食のお客さんと店の人のやりとりがかすかに聞こえる。
 何となく世間の雑音らしい音も・・・、何やら聞こえる。

 「カランカラン、カランカラン」金属音?ガラスが砕けて落ちる音みたいだ。始めは静かに・・・「カランカラン、カランカラン・・・」、長い間一定の音が続く。だんだん大きくなる。自分の周りで本当に何かが砕けて落ちているのではないかと心配になる。頭を左右にきょろきょろする。何も変わってはいない。音はより大きく激しくなり、「落ちる」ではあるが「崩れる」、「崩れていく」という錯覚に陥る。だが、「崩壊の美学」と言うには音があまりに美しすぎて、身を任せてたくなる。・・・

 ひとしきりしたあと落ちる音は止み、後ろの人達の会話が遠い世界からのようにして微かに聞こえる。
 その人の声を聞いていて、「あ~、個展は終わったのだな」と気づく。

 目の前の壁を見ていたのか、落ちる音に幻影を見て辺りの空気ばかりを気にしすぎていたのか、とにかく不思議な体験は終わった。



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 明らかに「落ちる」というテーマがある。それを「崩れ」、「崩壊」と言うにはあまりにやさしい。そして綺麗だ。
 「虚々実々」というテーマを問題にしてもいい。バーチャルな音楽体験で、音が実在か、聞く自分が虚なのかわからなく錯綜する。だから「存在・在るということ・実感」をテーマと思っても構わない。だが、作家はその辺をするーっと通り抜けて、消えていった感じだ。
 一つの嘘を見せてくれたのか?あるいは本当を見せてくれたのか?




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 四隅に別作品があった。やはり音を聞くのだが、こちらは映像を見ながらだ。蛇口からの雫の落ちる音を聞く感じだ。
 「落ちる」が、メインの作品と共有するが、メインの作品の緊張度には及ばない。会場の静けさの装飾として、あるいはメイン作品の余韻としての陳列だろう。



 とにかく優しさが心に残った。「崩壊」ですら優しくなければならないという美学か?「崩壊」というものは優しものだ、ということか。この若き感性に返す言葉が見つからない。



 追記9/28、10時25分

 もしかしたら、誰かとの抱擁を求めているのかもしれない。今は無言の中での音と耳だけ。それを繋ぐのは美しさ。その美しさのように、「人々」に包まれたいのかもしれない。孤独との会話、その先の人との抱擁。そんなヒューマンリレーションを隠しているのかもしれない。
 日本人が、目と目と見つめ合って現代美術を実践するには恥ずかしい。それに、そこまで他者を求めてはいない。音を通して間接的に人の繋がりのメッセージを送っているのかもしれない。




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   ↑:左側、壁面に飾ってある作品。 
   ↑:右側、今回のフライヤ-。



   1982年 京都生まれ
   2007年 京都市芸術大学大学院美術研究科 修士課程彫刻専攻修了






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by sakaidoori | 2013-09-28 21:39 |  コジカ | Comments(0)
2013年 04月 25日

2026)「南俊輔 個展 『エクスペリメンタル プロダクション』」 コジカ 終了3月30日(土)~4月10日(土)

南俊輔 個展 

  エクスペリメンタル プロダクション
           


 会場:サロン・コジカ
      中央区北3条東2丁目中西ビル1F
      (東西に走る南側。)
     電話(011)522-7660

 会期:2013年3月30日(土)~4月10日(土)
 休み:日・月曜日(定休日)
 時間: 14:00~22:00

ーーーーーーーーーーーーーーー(4.20)


 (以下、敬称は省略させて頂きます。)

 北海道教育大学院生の映像作家・南俊輔の個展だ。

 映像作品には違いないが、映像あり、音あり、色と光の交差あり、作家南俊輔のパフォーマンスありだ。もっとも、映像も音も光も何かを見せる聞かせるものではない。試行錯誤的実験的なもので、説明するのも面倒だ。大がかりな道具仕立ての独り芝居、演劇空間だ。もっと言えば、オトナのオモチャをいじくり廻す青年、その青年の夢中な姿を楽しんだと言うべきだ。青年が実験作品というから、そういう対象で作品鑑賞をするのだが、「南君、ふ~ん、君ってこういうのが好きなんだね~、君があんまり面白そうに遊んでいるから、僕も僕なりの世界を見つけて、独り芝居をしてみようかな」そんな時間であった。

 そんな南俊輔・道具仕立てと、若干の映像ムードを報告します。きっと、何が行われたかはよく分からないでしょう。映写機君達と音変換装置君、それに戯れる南俊輔君、そんな世界を記憶に留めて下さい。




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 横一列に並んでいる機械装置が映像機と光発射装置です。
 映像なり光を、光を音に変換する装置に当てるのです。壁際で人間様のように立っている三脚台、その上に音変換装置が鎮座している。そして、壁がスクリーンになって映写機からの画像を写す、同時に音も流れるわけです。音と言っても、雑音です、制御されたノイズです。光源(映写機)からの光は比較的一定で安定しているから、無茶苦茶聞き苦しくはない。そこに、8ミリフィルムのガタガタという音も一人勝手に自己主張して響いている。



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 映写機は既に何台か壊れたとのことです。最後の上映でも壊れたと言っていた。何故壊れるかというと、普通の使い方をしていないから。作家は「ヤク、ヤク」としきりに語っていた。「薬」でないのはわかるし、写真を連想して「焼く」とは思ったが、本当に8㎜フィルムを焼きながら映写機を廻しているのです。




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 さー、いよいよ始まる。準備には違いはないが、独り芝居は既に始まった。最後の上演と言うことで、なかなかの人だかりだ。若い女性が多いのには驚く。予想される明るく可愛く健康的な映像ではないから。



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 (映像風景はこの一枚の写真だけです。撮影許可は頂いたのですが、衆目の注視する中で、デジカメの赤ランプが気になって映像の方にカメラを向けれなかった。)



 こんな風に映像が流れていく。光源の映写機の前に扇風機を回して、光を間歇的に遮断しては音の変化を楽しんでいた。冒頭に書いたが、フィルムを焼きながらの画像は、始めは単なる前衛風の画面なのだが、だんだんと宝石の輝きになっていって、思わずうっとりしてしまった。


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 (会場に残っていた二本の焼かれたフィルム。)



 映写中の孤軍奮闘する作家の様子を伝えます。



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 本日の主演者を紹介して最後にしましょう。



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     ↑:(屋外からの会場風景。)


 上映後の余韻冷めやらず、帰り難き心でそれぞれの楽しみに耽ってイルのでしょう。






 

by sakaidoori | 2013-04-25 12:43 |  コジカ | Comments(0)
2013年 02月 23日

1937)「いその けい 個展 『ふとんの森、ねむけの踊り場』」 コジカ 終了1月18日(金)~2月23日(土)

いその けい 個展 

    ふとんの森、
    ねむけの踊り場
          


 会場:サロン・コジカ
      中央区北3条東2丁目中西ビル1F
      (東西に走る南側。)
     電話(011)522-7660

 会期:2013年1月18日(金)~2月23日(土)
 休み:日・月曜日(定休日)
 時間: 14:00~22:00

※ 誕生日パーティー ⇒ 1月19日(土) 19:00~   

ーーーーーーーーーーーーーーー(2.23)


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 (以下、敬称は省略させて頂きます。)


「女の子」が、白い綺麗な紙に、一つ一つ重ならないようにフワフワと落書きをしていき、「こんなものでいいかなっ」と、白地とのバランスを見計らっては筆を置く。ふと何かが湧いてきたら、またまた落書きを横に横にと拡げていき、「疲れちゃったからまた明日」、でエンド。何を描くわけでもなく、それでいて心の中に浮かび上がり湧いてきたものを、一人でニコニコしては日々絵が進んでいく。

 「女の子」、女々しく弱々しい響きだろう。夢見る乙女気分を、描いては一人で楽しんだり、親しい仲間とあれこれとはしゃぎ廻っているぶんには問題はない。何かを楽しんでいるのだと、うすうすは気付いてはいても、無視するなり傍観していればいいだけだ。「公的美学」にはあずかり知らぬ存在でしかない。

 あー、コジカで「女の子」が堂々と振る舞っている。線やムードは強く何かを訴えているのではない。あくまでも、心の自由さが頼もしい。全く、四角四面の男性諸氏の美学からすれば、心持ちをそのまんま出されて、それが全てと言われた感じで、困りもするし、高飛車に出たくもなる。しかししかし、その明るさ楽しさは何とも羨ましい。この「女の子」に、技術がどうの、構図がどうのと言っても始まらない。

 「女の子」の秘密の小部屋が、いよいよ世間に堂々と闊歩し始めた。それは何も、いそのけい だけのことではないだろう。「こんなこと、私にだってできるわ」と、いそのけい をやさしく踏みつけていろんな人が出てくるだろう。「女の子」予備軍が社会に充満している。

 「女の子」の美学、一方に対する「公募展」的美学や「美術大学」的美学。「写実」的美学や「倫理あるいは精神」的美学、「ハングリー精神」的美学もある。いろいろ出てこい、いろんな美学よ!



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by sakaidoori | 2013-02-23 23:55 |  コジカ | Comments(4)
2012年 12月 04日

1899)「クスミエリカ個展 『白の虚像』」 コジカ 終了11月9日(土)~12月1日(土)

   

クスミエリカ個展 

     白の虚像
          


 会場:サロン・コジカ
      中央区北3条東2丁目中西ビル1F
      (東西に走る南側。)
     電話(011)522-7660

 会期:2012年11月9日(土)~12月1日(土)
 休み:日・月曜日(定休日)
 時間: 14:00~22:00

 企画     :当館
 素材提供  :木村幾子
 会場音楽  :佐々木恒平
 パネル制作 :こんの あきひと
 倚子提供  :札幌大通まちづくり(株)   

ーーーーーーーーーーーーーーー(12.1)


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 「アッ」、入場するなり思わず声がでそうになった。
 自分の作品を飾ることによって、その空間を作り替える、強引なまでに自分の空間にする、そして、まんまと僕はその気分にさせられた。何にもない部屋の真ん中に、「白の塊」を錯覚してしまった。

 それではどういう空間か?何かの・・・いや、白という実体があるような、そんな「白い空間」を作ったことだ。当然それは「虚像」だから、「白い虚像」という作家の意図でもある。もっとも、どこまでが「実像」で、どこからが「虚像」なのかはまた別の問題で、そのことも作家の問いかけなのだろう。
 しかしそれよりも、一写真家が絵画のような壁面作品をつくり、作品を越えて、空間そのものを作る行為と結果に驚いた。語られるべきは、作品よりも、この部屋全体なのだろう。そして、そういう空間造作した作家の意思(美学)・意欲なのだろう。

 「この部屋全体を語る」、それは視覚表現における空間体感を文章化することだが、ちょっと今の僕には手に負えない。とりあえずは、果敢にチャレンジしている作家がいるという報告に留めよう。
 そして、逆説ではあるが、作品そのものの写真紹介を通して、クスミエリカの「白い虚像」を想像して下さい。



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     ↑:「白の虚像 常世の樹海」・2012年 ラムダプリント 2000×1200㎜。


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          ↑:(以上3点、上の大作の部分図。)


 細かいことはわからないが、緻密なデジタル合成写真であろう。一応「写真」ではあるが、絵画とか、現代美術のコンセプト表現として理解した。
 表現されていることは、仮想空間での生き物達の眼差しであり、白昼夢的なあの世との往還であろう。物と物とが重なり響き合いながらも、関係性があるのかないのか、白い闇での無言劇だ。

 作品の中の部屋は単なる白い撮影スタジオと思いきや、当館・コジカのようだ。つまり、何もない白い部屋のギャラリー・コジカを舞台にして、作家クスミエリカが妄想的にあれこれ貼り合わせているわけだ。そして、僕等はまさしくコジカという場から、このバーチャル・コジカ空間を見ている。会場「コジカ」が入れ子状態になって僕等の目と感覚はあちこちに往き来し、作品の強いリアル感にも促されながら、虚々実々に耽る。


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          ↑:Planter'・cyber fauna01」・2012年 クロスプリント 1049×701㎜。


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          ↑:「fragmentation 01,02,03,04」・2012年 アクリルマウント 150×200㎜。


 顔のない女の体、時計、動物・植物・ハサミ などなど、有機的組み合わせ、白い背景・・・、そんな世界だ。この言葉から人は何を連想するか?
 「有機的組み合わせ」が、作品に明確な焦点を与え、安定的作品になっている。白昼夢的クスミ・ワールドではあるが、その目は強く一点を見つめている。



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by sakaidoori | 2012-12-04 13:41 |  コジカ | Comments(3)
2012年 11月 28日

1892)「武田浩志 ~ユートピアモモイロ 7~」 コジカ 終了10月13日(土)~11月3日(土)

   

武田浩志 

   ユートピアモモイロ 7
         


 会場:サロン・コジカ
      中央区北3条東2丁目中西ビル1F
      (東西に走る南側。)
     電話(011)522-7660

 会期:2012年10月13日(土)~11月3日(土)
 休み:日・月曜日(定休日)
 時間: 14:00~22:00

※ 誕生日パーティー ⇒ 10月23日(火) 19:00~   

ーーーーーーーーーーーーーーー(11.3)

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 部屋の中央に立体作品をおいて、ーー作家は、それを「神殿」と名付けているーー女の子のような男の子のような、「顔」が並んでいる。目鼻口は省略され、ふくよかな髪が「女の子です」と、言いたげだ。そんな性別や、人という実在性よりも、とにかく武田浩志の世界は綺麗だ。その綺麗さで、彼は何処に行こうとしているのか?
 日記のように描き続けていく人物画。どこかとぼけた振る舞いで、こちらが小馬鹿にされているような、それではこちらから小馬鹿にしたくなるような剽軽さだ。限りなく果てしなく「存在というリアリティー」からは遠い。人をそんな風に描いてもいいのか?それなのに彼は人を描く。青年らしい甘ったるい邂逅や抱擁を夢見ているのか?
 だが、やはりこう言うほかには仕方がない。「綺麗だ」、そして「優しい」。「綺麗さ」ということで、何かの存在証明でもしているのか?いや、画家であるということは「存在」は二の次なのかもしれない。絵画解釈上の方便なのかもしれない。一にも二にも三にも、「綺麗さ」が全てだと武田浩志は言いたいのかもしれない。
 だが、それなら何故「人」を描くのか?山や川や、船や建物や、宇宙や心象世界の方がより自由に描けるのでは?もしかしたら彼は簡単に応えるかもしれない。「絵画の美は『人』のためにあるから」と。


 今展では黒を研究している。「黒で描きたかった」ではなく、「黒という色、その世界、他の色との関係性」を見極めたいのだろう。彼はまだまだいろんな事を研究するだろう。頭の中では既に見えてはいようが、全ては実現させねばならない、「神殿」に収めねばならない、のだろう。


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     ↑:左から、「portrait 160」・2012年 木製パネル 和紙 アクリル絵の具 ウレタンニス ラメ 418×530㎜。「portrait 168」・2012年 木製パネル 和紙 アクリル絵の具 ウレタンニス ラメ グラファイト 180×230㎜。



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     ↑:左から、、「portrait 163」・2012年 木製パネル 和紙 アクリル絵の具 ウレタンニス ラメ 418×530㎜。「portrait 162」・2012年 木製パネル 和紙 アクリル絵の具 ウレタンニス ラメ 418×530㎜。



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     ↑:左から、、「portrait 166」・2012年 木製パネル 和紙 アクリル絵の具 ウレタンニス ラメ グラファイト 180×230㎜。「portrait 167」・2012年 木製パネル 和紙 アクリル絵の具 ウレタンニス ラメ グラファイト 180×230㎜。



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     ↑:、「portrait 158」・2012年 木製パネル 和紙 アクリル絵の具 ウレタンニス 印刷物 金箔 ラメ 1303×1303㎜。


 今展一の大作。金箔、印刷物と張り物も自由自在に登場だ。
 男の子がカツラを被っているように見える。「変身」?



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     ↑:左から、「portrait 165」・2012年 木製パネル 和紙 アクリル絵の具 ウレタンニス ラメ 418×530㎜。「portrait 160」・2012年 木製パネル 和紙 アクリル絵の具 ウレタンニス ラメ 471××571㎜。



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          ↑:「神殿 -tree-」・2012年 ミクスト・メディア 630×1760×430㎜。


 「武田浩志考案・集合住宅」では夢がない。「皆なが集う、武田浩志の木」だ。それははかない積み木の家かもしれない。志しある人の「札幌モンパルナス」と呼ぼうか。灯火もあり、やはり、人が大好きな武田浩志である。



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by sakaidoori | 2012-11-28 22:56 |  コジカ | Comments(0)
2012年 03月 01日

1639)「樫見菜々子・個展 [風がやむ]」 コジカ 終了・2月14日(火)~2月29日(水)

○ 樫見菜々子・個展 

                [風がやむ
     


 会場:サロン・コジカ
      中央区北3条東2丁目中西ビル1F
      (東西に走る南側。)
     電話(011)522-7660

 会期:2012年2月14日(火)~2月29日(水)
 休み:日・月曜日
 時間:14:00~22:00

ーーーーーーーーーーーーーーー(2.24)


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 可愛く微笑ましい、いじらしい。小さな秘密めいた部屋だ。
 「空間」という無粋な美術用語を使ってはいけない。「部屋」ーー言葉が滞っているような、素通りしているような、何かが詰まっているような、何もないような。そんな「部屋」だ。
 「女の子の部屋」と言い切ってもいい。夢見る部屋?確かにそうだ。どんな夢?

 心地良い風を感じるかもしれない。だが、作家は「風がやむ」とこの部屋を呼んでいる。「おだやかで、少し胸さわぎ」とも語っている。
 雪の上の黒い作り物。ひょっこり立ちすくむ木立、ひよこのような小鳥、それに小熊かな?
 そこに生き物達がいる。僕らは彼等とどう繋がっているのだろう?愛でる関係?遊び仲間?友達?親しげな振る舞いではあるが、僕らのことは眼中になさそうだ。消え入りそうでしっかりとそこにいる。

 「心そわそわ。胸キュンキュン」、ちょっと不思議な菜々子の部屋だ。


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by sakaidoori | 2012-03-01 20:19 |  コジカ | Comments(0)
2011年 05月 24日

1564)「CHIE 『“FOPPISH GIRL” いままでいま、ここから』」 コジカ 5月21日(土)~5月28日(日)

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○ FOPPISH GIRL  
    いままでいま、ここから 

        CHIE     


 会場:サロン・コジカ
      中央区北3条東2丁目中西ビル1F
      (東西に走る南側。)
     電話(011)522-7660

 会期:2011年5月21日(土)~5月28日(日)
 休み:月・火曜日(定休日)
 時間: 5月21日(土)  17:00~21:00 
     5月22日(日)   14:00~21:00
     5月25日(水)
       ~27日(金)  18:00~22:00 
     5月28日(土)   14:00~19:00

※ オープニング・パーティー ⇒ 初日 18:00~

ーーーーーーーーーーーーーーー(5.22)

 ト・オン・カフェの「妄想展」に続けて、サロン・コジカでの「チエの妄想展」だ。妄想の主人公は「フォピッシュ・ガール(おしゃれ娘、以下「袋娘」と呼ぼう)」だ。

 ドアを開けるなり戸惑った。白さで当館を強引に潔く模様替えしている。
 その会場風景から始めよう。


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 白い生地で、作品の場だけを会場から独立させた。シンプルで何てことのない仕掛けだが、淡い白さが何とも心地良い。外光と室内灯との組み合わせが空気をなごませている。主人公は袋娘だ、僕たちにも生地という袋をかぶせたいのだろう。
 キャラクターは14年前に生まれたという。沢山画いたことだろう。数を絞って軽く14年を歩き、「今」の大作をメインに見せている。

 以下、一個おきの小品、そして大作です。


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          ↑:「クリスマス」。


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          ↑:「Rock」。


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          ↑:「うみ」。


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          ↑:「クローズ」。


 「袋娘(おしゃれ娘)」、誰のためというのではなく、作家・チエの楽しみ慰みの結果だろう。描きためはするが積極的には人目にさらすことはなかったようだ。

 初期と近作には極端な違いはない。背景への画き込みが低下し、一人でも多くの袋娘を画いて喜んでいる。出刃包丁での突き刺しで「殺すぞ~!殺すぞ~!」と、女の子を追いかけている。実にあっけらかんとしたものだ。「漫画だ、妄想だ、沢山殺して沢山生めばいい」とチエは決めたのだろう。飽きることなく包丁は活躍する。



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 この個展のための大作だ。中味に作者なりの粗筋はあるのだが、それを無視しよう。というか、絵画的な中心点がない。袋娘や全ての人・物は安定的な同一の大きさだから、どこからでも入ってどこからでも出れる。アリが至る所で横断する増殖模様だ。増殖するが重なるという消去はない、しかも中心もない。物語を作者は駆使しながら、起承転結なきフラットな拡散世界だ。始まりも終わりもないエンドレスの物語、「昨日人を殺して、今日殺して、明日も殺す」、怒り騒がず淡々と日々を織りなす。

 画家はとても几帳面な人に思える。感情の起伏をある高さで一定に保ち、ゆっくり強く線を引いていく。スカートの面を黒くつぶしていく。物語の流れとは関係なく、一つ一つに集中している。
 「殺し」がテーマだが、破壊や暴力性とは無縁な筆致だ。殺す袋娘も、殺される女の子も画家自身なのだろう。自分が自分を殺している。無害この上ない。「殺し」は絵の為の日々の儀式だ。日記を綴るように14年間繰り返された。だから大作の必要は無かった。明日を見据えての「儀式(絵画行為)」ではなかったのだから。
 

 そしてようやくアリの巣のような絵巻物が生まれた。それは巨大な絵日記でもある。
 水の入ったコップに赤い滴を落とす。ふぁ~と一様に拡がっていく。だが、赤い滴を落としていけば、水は段々と赤みを増やす。今作はピンク色になったところだ。だが、一様のピンク色だ。濁り淀み起伏はない。大きな物としてそこにある。これからの成長のための記念碑でもある。


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 袋娘はアメリカン・ハンバーガー・ショップで生まれたようだ。由来は「殺し」ではなく「食べる」だ。殺すよりもリアルだ。
 コンピューター等による作品が、色ありで賑々しく展示されている。本会場のモノトーンとは違った屈託のない表情だ。



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 まぶしい笑顔だ。



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by sakaidoori | 2011-05-24 16:13 |  コジカ | Comments(2)
2011年 04月 30日

1519) 「片山亜耶 個展・A6」 コジカ 終了1月15日(土)~1月22日(土)

○ 片山亜耶 個展・A6  


 会場:サロン・コジカ
    中央区北3条東2丁目中西ビル1F
    (東西に走る南側。)
    電話(011)522-7660

 会期:2011年1月15日(土)~1月22日(土)
 休み:月・火曜日(定休日)
 時間:平日   → 18:00~22:00 
     土日祝 → 14:00~21:00

※ オープニング・パーティー ⇒ 初日 18:00~21:00

ーーーーーーーーーーーーーーー(1.21)

 1月の個展でしたがようやくの掲載です。今展に限らず、書くキッカケをずらすと限りなく書けれなくなってしまい、とうとう不報告です。何とそういう展覧会の多いこと!楽しみにしている方も居られるかもしれません。お許し頂きたい。

 (以下、敬称は省略させて頂きます。)

 片山亜耶初個展です。過去の小さな作品も交えながら、悩める乙女の一心不乱な様子を見て下さい。
 まずは会場風景から。というか、展覧会から時間も経ったので言葉少なにいきます。


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     ↑:(上のほうで横並びの小さな作品に注意して下さい。)

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 それではランダムに個別作品です。


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 妄想というか。心のドロドロを吐き出している。

 男がそうであるよに、女とて性の悩みは尽きないだろう。年齢に関係なく「性」は一人高揚する。若い時には特に激しい。肉体行為以前の性妄想だからだ。あれこれといやらしきことに情念を燃やす。それで欲求不満がすっきり気分になれば幸いだが、なかなかそうはならない。肉体行為が保証されていないからだろう。妄想は時に激しい自己嫌悪をともない、飢餓阿修羅にもなりかねない。
 そういう性衝動と、性に支えられた美術表現とはどういう関係になるのだろう。片山亜耶の場合はどうなのか?

 片山亜耶は「女の子」と「性」と「血」を表現する。「食」と「手」も飛び交う。そこに男の影は見えない。
 絵画は説明ではなく気分だと思っている。何を画いたかと同時に、如何に画いたかが見る者を刺激する。
 だが今は、片山亜耶の「女と性と血」を愉しもう。「酒も恋」もない自虐的姿ではあるが、「今、ここから」という旅立ちのうぶ声を感じる。そのうぶ声に華を添えるように、葉書サイズの絵が上部に沢山並んでいる。折々の落書きお絵かきだ。今となっては「絵日記」と呼ぶべきものだろう。今展・うぶ声展の原点だ。それらを最後に載せよう。


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 最後にドローイング作品を。

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     ~~~~~~~~~~~~

 1月21日の札幌の風景。


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     ↑:(18:17 街中の風景。雪が懐かしい。少しブレている。)


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     ↑:(18:23 創成川上の横断歩道橋から。)

by sakaidoori | 2011-04-30 17:27 |  コジカ | Comments(0)
2011年 04月 11日

1490)「Starting 河合春香/伊能恵理」・コジカ 終了・4月2日(土)~4月10日(日)

○ Starting 

    河合春香/伊能恵理
       


 会場:サロン・コジカ
      中央区北3条東2丁目中西ビル1F
      (東西に走る南側。)
     電話(011)522-7660

 会期:2011年4月2日(土)~4月10日(日)
 休み:月・火曜日(定休日)
 時間:日々変動
     例えば最終日 14:00~20:00

ーーーーーーーーーーーーーーー(3.10)

 随分と更新が途絶えていました。事件が起きて早一月、自粛していたのではないのですが、文章へのエネルギーが立ち上がってこなかった。
 
 春です。久しぶりの記事と言うことで、昨日見てきた爽やかな大学生2人展を報告しましょう。

 大谷大学短期大学部(大学4年相当)の河合春香&伊能恵理の二人展。


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 まさしくサロンという軽い雰囲気。その爽やかさは良いのだが少し控えめだ。やはり若い人達の展覧会だ、溢れる爽やかさを期待してしまう。

 (以下、敬称は省略させて頂きます。)


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     ↑:伊能恵理。左から 「メイソウ」・1167×910㎜、「ヒューマン リレイション」。


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     ↑:左側 「Register」・910×384㎜。

 以上、伊能恵理

 人物画に黄色い背景色の作品が、現在のメイン・テーマだろう。
 人という「形」を描きたい。カラフルな色の世界を見つめたい。色の重なりを装飾にしようか?メインテーマにしようか?
 いろいろとしたいことが沢山あるのだろうが、結果的に彼女の選んだ世界はこぢんまりとコンパクトな世界だ。遠慮というか、絵の約束事に縛られているのでしょう。
 窓の下に申しわけ気分で小品が並んでいる。形にこだわらないで色の世界、ちょっと試しに描いてみて、その気分で終わった作品。もったいない。この小片を100個ぐらいにするか、窓下にびっしりと描き込むか、どっちかを見てみたい。旺盛な色が、その重なりが必ずこちらに攻めてくるだろう。

 形にこだわった細長い人物画もある。タイトルの意味は「記録」か?ここも一つだけの記録に収まっている。溢れる青春の思いをもっともっと色に形に、少々無理をしても爽やか気分になるのだろう、自信をもって攻めたらいいのに。


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     ↑:河合春香、「
きみのひとみのむこうがわに」・1157×803㎜。


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 以上、河合春香

 ホップ・ステップのようなピンクの色と線、そこに余白の白とドローイングも呼応していて女心と青春が一杯だ。リズミカルで楽しくなってしまう。恥ずかしくなるくらい、足を拡げて闊歩している。ホップ・ステップ・ライン以外にもいろんな線の交錯を見てみたいものだ。この気分でいろんな華やかさにチャレンジなのだろう。
 余白の白を大胆にとっている。「白色」の研究でもあるのだろう。だからだろうか、白の逆の「黒色」をピンク・ラインに沿わせた作品もある。他の色同様に薄い黒だが、手探り感が初々しい。股を開いた脚線に見えるのも微笑ましい。

 「大胆に大胆に、次は個展だね!」と声をかけてみた。てっきり強い諾を期待したが、意外にも遠慮気味だ。絵には攻撃的な爽やかさがある。色や線は先に突っ込もうとしている。心はなぜかアタフタと追いついてないみたいだ。出張ったほうがもっと綺麗に可愛くみれるのに。

by sakaidoori | 2011-04-11 15:46 |  コジカ | Comments(0)
2011年 03月 06日

1477)「針・個展 『愛されたい・夜』」・コジカ 終了・2月26日(土)~3月6日(日)

○ ・個展 

    愛されたい・夜
      


 会場:サロン・コジカ
      中央区北3条東2丁目中西ビル1F
      (東西に走る南側。)
     電話(011)522-7660

 会期:2011年2月26日(土)~3月6日(日)
 休み:月・火曜日(定休日)
 時間:水 金   → 18:00~22:00 
     土 日  → 14:00~21:00

ーーーーーーーーーーーーーーー(3.6)

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 会場風景から。決して嘘の写真ではないが、作品なり会場のムードは伝わらないだろう。すいません。


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     ↑:(びっしり窓に貼られた切り絵の作品が屋外の景色を作っている。)


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 ハッピーな個展だ。気持ちがスルーっと楽になり、「何か良いよな~」って、つい言いたくなる。頬が緩む。

 それに、男としては本当にうらやましい。悩み無く描いている感じで、こういう態度は困る。男というものは「生まれいずる悩み」とか、「生きるべきか死ぬべきか・・・それが問題だ」とか、なにかと鎧を被るのが好きなのだ。自己実現とか自己表現とか言っても、その鎧の美しさを自慢しているようなもので、鎧を脱ぐと何が残るのだろう?裸の王様の譬えがあるが、あれは男全部への戒めだと思っている。しかし、男は鎧を脱ぐわけにはいかない。

 そういう男の美学など素知らぬ顔で、針・キャラクターは軽く飛び跳ねている。
 タイトルは「愛されたい・夜」。???・・・、たしかに夢見心地の女の子たちだが、誰に「愛されたい」のだろう?この顔は「男」を求めてはいない。夢を夢み、夢の為に夜があり、夜になるといろんな「愛」が飛び交うのだろう。


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 1986年、北海道生まれ。札幌在住。

 画家は若い女性だ。作品を見てもわかるように、描く自分が楽しみたい、見る人を楽しませたいという画風だ。いわゆるイラスト系の画家といえばいいのだろう。

 こういう描き手の卵は札幌にも沢山いると思う。「針さん素敵!!私も描きたいわ!!」と多くの若人がいるはずだ。描き手という職業人を目指すかどうか、そのことは大事なことだとは思うが、それ以前の問題として、多くの人がその技量を見せびらかしてもらいたい。そしてあそこが良い、ここがイマイチと楽しく語り合えれば。会話には褒め言葉もあるが、非難批判もくっついてくるかもしれない。そんな嫌な言葉に出会った時は無視無視。夢見心地の、無我夢中の「絵」を、「落書き」を公に見せ合えれば。それが「夢みる栄通の夜」だ。


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by sakaidoori | 2011-03-06 23:00 |  コジカ | Comments(3)