栄通記

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カテゴリ:アートスペース201( 82 )


2008年 01月 23日

485) アートスペース201 「札幌国際情報高等学校・美術部展」 終了・1月17日(木)~1月22日(火)

○ 札幌国際情報高等学校
    「美術部展」    

 会場:アートスペース201 5F一室 
    南2西1-7-8 山口中央ビル・北向き
    電話(251)-1418
 会期:2008年1月17日(木)~1月22日(火)
 時間:10:00~18:00(最終日?:00迄)

 【参加作家】
 在校1年・2年・3年生&O.G.
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 昨年始めてこの学校の美術展を見た。学校は新しい時代の新しい高校という印象がある。経済系の専門性の高い高校と思っていたので、美術展ということで不思議な感じであった。イメージとは恐ろしいもので、学校名だけで一つの虚像を作っているのだ。高校だから美術部があって当然ということに思いが至らないのだ。自戒、自戒。

 美術部の顧問はトミナガ先生。日本画を専門としている。昨年の印象は1・2年生は普通で、3年生になるとグッと表現力が高まっていた。日本画作家の輪郭線に対する明快さ、デザインに共通する装飾性が生徒の作品に明確に結実していた。現代若者気質に日本画の理念は相性がいいのではないだろうか?

 今展は素晴らしい一点には会えなかったが、生徒が活き活きと作品に取り組んでいるのが伝わり好もしい展覧会であった。平均的に質が高まっていると思った。会場構成も工夫をしていた。昨年には無かったと思うのだが、立体作品などでインスタレーション風な演出もしてあり、学生達が嬉々として展示している姿が想像される。OGの参加も増えたのでは。これは本当に良い事だ。美術系の大学に通っての、現役の大学生としての参加、社会人として美術が好きということでの参加・・・歴史の浅い高校だ。こうして美術部・高校の伝統が育つのだろう。トミナガ先生を含めた関係者の成果だと思う。

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 会場風景を載せました。入って直ぐの壁面を撮りわすれたようです。そこは主に1年生の作品群。作品にはタイトルが付いているのですが、学生がそれぞれコメントも添えてあり、きれいな印刷、レイアウトと細やかさがあります。

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 ↑鈴木麻衣子(6期生・2003年卒)、「西野の森」。
 熊さんがいのししさんに見えるところが可愛いですね。OGとして来年も参加したいとの事、日頃の絵を描く事の励みになると思います。

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 ←:中村由佳里(10期生・多摩美大1年)、「UNDER WORD ~世界の裏側にあるもう一つの世界」。
 基本的に個人作品のアップはしません。映像作品ということ載せることにします。
 かなり長い作品で全部は見なかった。演劇を映像空間に再構成したといった作品。緊張感の高い作品。演技者の振る舞いとカメラアングル、大きな画面で時間をかけて見たい作品。









 印象に残った作品。
 ○平井由佳(3年)、「妖~あやし~」・油彩。
  ユーモラスな妖しい感じです。
 ○中川竜太郎(3年)、「光彩陸離」・油彩。
  ぎらぎらした明るく端正な世界が印象に残った。
 ○秋山裕美(3年)、「Mother Goose」・油彩。
  中川君が鋭さに特徴があるとすれば、揺れて明るく賑々しく、画面一杯の手の抜かなさんが更に質を高めているのでは。
 ○西村学(2年)、「ある日の林檎※おいしくない」・立体作品(彫刻)
  ガラスの上に不ぞろいの林檎を並べてしっかりと自分の世界を表現している。写真でその全容が分かると思います。
 ○前鼻彬子(1年)、「Cloros Of New York」・油彩。
  色の街に画家自身がタイムスリップした感じ。


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by sakaidoori | 2008-01-23 12:33 | アートスペース201 | Comments(0)
2008年 01月 18日

477) アートスペース201 「書と絵の五人展ー堤艽野・個展」・書 終了・1月10日(木)~1月15日(火)

○ 第17回 書と絵の五人展
         ー併設 堤艽野・個展     

 会場:アートスペース201 6F全室 
    南2西1-7-8 山口中央ビル・北向き
    電話(251)-1418
 会期:2008年1月10日(木)~1月15日(火)
 時間:10:00~18:00(最終日17:00迄)

 【参加作家】
 堤艽野(北海高校芸術科・書) 川本ヤスヒロ(泰博・北海高校芸術科・スケッチ&陶芸) 保原旦船(東一郎・元北海高校国語科・書) 佐藤辰船(友久・元北海高校国語科・書) 松竹谷智(元北海高校英語化・絵画)


 毎年、年初めにアートスペース201で開いている恒例の展覧会。始まりは現役の北海高校の教師による展覧会だったと思います。今では現役は堤さんと川本さんだけですね。

 五人展ですが、一人だけ毎年順番に個展をすることになっているそうです。今回は書の堤・艽野さんの番です。面白くて多才なので写真紹介をしたいと思います。

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   「日月」→











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 ↑:右側、「母」。


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 ↑:「壺」。

 落款もご自分で作られているのではないでしょうか。大きさや字体を変えて作品に最後の朱を書き込んでいます。

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 とてもユーモラスで、いろんな感覚を字に込めることができるのですね。新年早々、良い書を見ることができました。

 他の方は簡単に書いておきます。

 全道展でお馴染みの川本ヤスヒロさん。北海高校美術部の顧問でもあります。今回は気楽な展示でした。仲間とのパリ旅行でのスケッチと、得意の動物などの極々小さい陶芸作品。

 書の保原旦船さん。古体字で、大仰さを押さえて力強く造形的な字。何時も印象に残る書家。
 会場で「臨池(りんち)」の話を聞くことができました。書も神聖の境地に達したならば、池の水面にも筆を運ぶことができるという話でした。ですから、「臨池」という言葉は「書」という意味です。
 ところで漢和辞書には、「習字。手習い。後漢の張芝(ちょうし)が池のそばで一心に習字のけいこをし、いつのまにか池の水がまっ黒くなった故事に基づく。(王義之・与人書)」とあります。おそらく原義は辞書の通りだと思いますが、流布するうちにいつしか書の境地としての故事に、日本ではなったのかもしれません。

 佐藤辰船さん。かな交じりの書体。三者三様の書風で変化があっていいですね。

 松竹谷・智さんは油彩水彩の小品。タイトルを記しておきます。
 バラ、シクラメン、りんご・・・以上油彩。シクラメン、りんご、花、空沼岳、(以下はがきサイズ)霧多布湿原、狩勝峠より、日勝樹海ロード、展望台より・・・水彩

 来年はどなたが個展をされるのでしょう。

by sakaidoori | 2008-01-18 12:30 | アートスペース201 | Comments(0)
2007年 12月 16日

435) アートスペース201 「中村友三・作品展」 終了・12月6日~12月11日

○ 中村友三・作品展  

 会場:アートスペース201 6F 
    南2西1-7-8 山口中央ビル・北向き
    電話(251)-1418
 会期:2007年12月6日~12月11日
 時間:10:00~19:00(最終日?:00迄)

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 昨冬、同じ会場でたまたま中村氏の個展を見ることができた。初見である。作家も居られた。この会場でしっかりした壁面作品の個展をされる方は少ないので印象的だった。場所の選定といい、風貌といい、反骨精神の強い人と判断した。楽しみにしていた個展であった。会期を勘違いしていて、最終日に行った。

 板画と前回聞いていた。彫り目を入れているから板画に間違いないのだが、板画に見たくないので困ってしまった。まるでキャンバスに何回も何回も重ね塗りをして、色の深みを出し、塗られた絵に引っかき傷を入れているように見えるのだ。板を肉感的に捕まえている。油と板、それでいて日本的な情緒が会場全体を包んでいる。もちろん板で絵を描く人はたくさんいるだろう。例えば神田日勝。経済的理由ということもあるが、絶筆以外は板である必然性を感じない。遅れてきた作家に板のことを尋ねたところ、相性の良さを語っていた。描いては拭き取り、描いては拭き取り・・・しかも、ナイフ(彫刻刀)?で引っかいていく。おそらく素手で板の感触を何度も確認しているのだろう。嘗めるようにして。

 作品は全て45cm四方。緑色を基調として、白、青、グレーが混ざっている。静謐な世界。前回は大きさもばらつきがあり、赤系の作品もありで、もっと楽しかった。自己規制というのか、発散する気分を抑えているようだ。画題も風景を上から見下ろしたものを抽象化しているのだが、不定形の部分は少なくて、小さくても心の中の明快なレントゲン図のようだ。近作などは、都市なのだがコンピューターの基盤を拡大したように見える。実際、画家は理系の出身だから、きっちりした姿が好きなのだろう。

 支持体や画材の扱い方、製作過程の職人的な感覚と、結果としての作品の理論的なカチカチさ。このアンバランスが絵に何ともいえない深みを出している。

 作家はセザンヌを高く評価し、その可能性がキュビニズムという方向のみで語られることに異議申し立てをしている。作家の口から「クレー」という言葉を聞いた。実際、緑色と線描の世界はクレーとの親近感を思う。クレーが水平的視線とするならば、中村氏は垂直視線だ。石と壁と不変のヨーロッパに対して、木と水と四季の変化の日本。

 また二年後も個展をされると思います。その時は更に突っ込んで中村絵画を語れればと自分に宿題を残します。

 
f0126829_23451028.jpg ところで、会場にメカに強い方がおられて、持っていたのが左の写真の文明の利器。これはPHSだそうですが、携帯・ハンディー・パソコンですね。操作は爪楊枝のようなもので、チョチョイのチョイ。全然付いていけない栄通でした。

by sakaidoori | 2007-12-16 23:31 | アートスペース201 | Comments(7)
2007年 08月 01日

※) アートスペース201 「FIVE ENERGY」・インスタレーション~8月7日(火)

○ FIVE ENERGY

 会場:アートスペース201 5・6F 
    南2西1-7-8 山口中央ビル・北向き
    電話(251)-1418
 会期:7月26日~8月7日(火)(注意:水曜日は休み)
 時間:10:00~19:00(最終日18:00まで)

 参加作家:高橋俊司、端 聡、廣島 経明、朝日 章、野口裕司。
 企画:仲嶋貴将
 協力:アートスペース201

 個々の作家や作家選定傾向に不満があってもみてもらいたい企画展だ。
 2年前に続いての第2回目。作家の顔ぶれを見て、観る前に思ったことを箇条書き風に書くと、

・女性がいなくて、男臭そうなイメージ。
・前回はAzkepanphan(武田浩志)君というポップなノリの青年も参加していて、緩衝材のような場面もあった。女性の無さに加えて更に男臭くなりそうだ。
・端さんの参加していること。彼自身がプロデュース的なことをしている。彼を迎える仲嶋さんの意思、それに応える端さんの意思、二人の公式な返事に関係なく、いろいろ思ってしまう。だが、狭い札幌だ。人脈や作風のクロスオーバーは大歓迎だ。気合の入った作品・場の構築が出来ればそれでいいのだ。

 以下、項目に分けて写真紹介と簡単なコメントを書きます。写真掲載を先にして、早急にコメントを書きます。(他にも紹介せねばいけないことが沢山残っているのです。この項目を頭にします。


追記
※会場に500円でDVD図録の予約をしています。予約者には企画者・仲嶋貴将氏の「皮膚感覚との対話」というパンフレットも付いてきます。図録購読という形で協力者になりましょう。⇒完売しました

※仲嶋貴将氏のHPアドレス  http://www15.ocn.ne.jp/~daisyweb/ 

※以下の文章で作家呼称が不統一です。「省略」、「君」、「さん」、「氏」などです。敢て統一しません。僕自身の文体の問題です。紹介記事としては関係者に不満があると思いますが、深い意味はありません。

by sakaidoori | 2007-08-01 20:16 | アートスペース201 | Comments(5)
2007年 08月 01日

277) ③アートスペース201「FIVE ENERGYー高橋俊司」・インスタレーション ~8月7日(火)

○ FIVE ENERGYー高橋俊司の場合。

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 1958年、江別市生まれ。江別市在住。

 高橋さんは初めての人と思った。人の記憶とは不思議なものだ。やはり試み展、立体展に出品していた。「水辺」というタイトルで、メカニカル的で社会批判の装置のようだった。今作は12年前の旧作だ。企画主旨によると旧作をいとわずという方針だから、あえてこの作品を出品したのだろう。

 油彩(アクリル?)画を葉書大にプリントして3cm程を見せるようにホッチキスで止めた作品だ。ホッチキスは1万発位打たれていている。図柄の変化は印刷上の色むら、照明に当たってホッチキスがピカピカ輝いて綺麗だ。ぶら下げられた歪曲のうねりが心地良さを倍増させている。緑が優しい。何も無い暗い部屋で、巨大ハンモックの下で寝そべっていたいものだ。この作品を木漏れ日の注ぐ木立の間にぶら下げて、太陽を浴びたらどうなるのだろう。止めよう止めよう。アートスペースの窓も音も無く、暗く天井の低い部屋で腕を枕にして寝そべっていよう。

by sakaidoori | 2007-08-01 14:02 | アートスペース201 | Comments(1)
2007年 08月 01日

276) ②アートスペース201 「FIVE ENERGYー野口裕司」・インスタレーション~8月7日(火)

○ FIVE ENERGYー野口裕司君の場合。

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 「皮膚の人・野口裕司」

 1968年、札幌生まれ。1993年、教育大学札幌校日本画研究室卒業。

 会場入り口に今展の挨拶文があった。文意は「美術は見た目の印象から出発する。その見た目の表(表層)から、見えない内側(内奥)を垣間見せることを課題にしている」ということだと思う。

 野口裕司、まさに彼の作品は皮膚そのものを見せる作家だ。企画者の意そのものの人選である。コの字形に組んだ皮膚に映像装置を当てて内側を見せようとしている。同時に、皮膚そのものを外側から見れる照明装置の役割もしている。映像は4時間の風景のようなものらしいが、見る側には照明として目に入る。長くいれば作品(皮膚)と壁がスクリーンとして立ち現れるのを見れるかもしれない。皮膚の内と外を明るみに出し、生物にとって大事な外の世界を映し出す。壁に「日本画」が二点ある。皮膚作品を見守るようにたたずんでいる。作家の説明に依れば「男」と「女」であり、「男根」と「女性器」である。

 野口君は皮膚にこだわる。
それは内側を見せるための方便でも装置でもない。皮膚そのものに埋め込まれたエネルギーにこだわっているのだ。生命体を生命維持装置として成り立たせているのは、外界と峻別する皮膚の誕生によって成立したとも言い得る。自分の占有領域を確定させ、外界の情報の受容装置になり、排除と抱擁(取り込み)を可能にさせるのだ。野口君は作品を作ることによって、自分自身の皮膚感覚を確認している。同時に、見る人の同じ人間性に放り出すことによって、「オレの世界」を拡げようとしている。

 今年の冬に時計台で作品を見た。作品も作家自身も多くを語っていた。社会性も訴えていて饒舌な空間であった。その展覧会が足し算と言い得るならば、今展は引き算である。僕は彼の足し算も引き算も好ましく思っている。今展は「引き算」であり、「暗」であり、「非社会的」でもある。螺旋階段のように足し算、引き算、明、暗、社会性、非社会性の間を行きつ戻りつ高みに登って行くのだろう。野口・皮膚は美の女神を抱くことが出来るだろうか?

栄通記関連記事:12)時計台「野口裕司展」

by sakaidoori | 2007-08-01 11:58 | アートスペース201 | Comments(7)
2007年 07月 31日

※) ④アートスペース201「FIVE ENERGYー朝日章」・インスタレーション ~8月7日(火)

○ FIVE ENERGYー朝日章の場合。

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by sakaidoori | 2007-07-31 10:19 | アートスペース201 | Comments(0)
2007年 07月 31日

※) ⑤アートスペース201「FIVE ENERGYー端聡」・インスタレーション ~8月7日(火)

○ FIVE ENERGYー端聡の場合。

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by sakaidoori | 2007-07-31 10:18 | アートスペース201 | Comments(0)
2007年 07月 31日

※) ⑥アートスペース201「FIVE ENERGYー廣島経明」・インスタレーション ~8月7日(火)

○FIVE ENERGYー廣島経明の場合。

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by sakaidoori | 2007-07-31 10:16 | アートスペース201 | Comments(0)
2007年 06月 01日

203) アートスペース201 「真野朋子写真展」 終了(5月29日まで)

○ 真野朋子写真展  「うつくしきもの」

 会場:アートスペース201 6F 
    南2西1-7-8 山口中央ビル・北向き
    電話(251)-1418
 会期:5月24日~5月29日
 時間:10:00~19:00(最終日16:00まで)

 会場の写真紹介からします。入り口から右回りに、全作品です。
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 写真展を言葉にするのは難しい。その難しさはどこから来ているのだろう。

 真野さんは「うつくしきもの」を「心に残る物」として語っている。あまり沢山写真を撮らないという。気にかかる所に出かけていって、じっくりとと場の空気を溜め込んで気になるものを見つめ写真に取り込むようだ。くっきりと目を見開いたような画像、カラーだがけばけばしさは無い。どこか小品の絵画を見ているようだ。形とそれが持つ雰囲気を捉えようとしているように思える。心象を映し出すというよりも、相手と自分とがフィトッした時がシャッター・チャンスなのかもしれない。十字に鍵など象徴性が強すぎる感じもするが、その場を離れられない野間さん自身がいるのだろう。被写体に自分自身が重なる時を重視しているのだろう。
 人間を撮らない。喜怒哀楽を主張しようとはしない。今展の代表作の大作がまさに「うつくしきもの」なのだろう。自己願望や自己自身も投影されているかもしれない。写真展では珍しく壁一面に一枚だけの展示だ。艾沢さんの展示に触発されての展示方法とのこと。大胆で力強さを感じる。他とのバランスも強弱があり成功していると思う。きっと艾沢的目に見えない世界も真野写真ワールドにしたいのだろう。

 多くの花に包まれた猫の写真がある(下から二枚目、中央の写真)。展示の整合性、主張の統一から言えば不向きな作品だと思う。だが、この作品を出品せざるを得ないところが個展らしくて面白い。全体で表現したい事と、表現せざるを得ない事が戦いあっているのだ。人を撮らないという感性は猫を変わりにして登場させている。作家は人の換わりに猫という意識は無いだろう。

 とても写真展を言葉にしたとは思えない。今展をその出発として記録しておこう。


 

by sakaidoori | 2007-06-01 16:27 | アートスペース201 | Comments(0)