カテゴリ:CAI02(昭和ビル)( 73 )


2016年 05月 14日

2521)「大黒淳一 音の彫刻展 “Golden Noise”」 cai02 5月7日(土)~6月4日(土)

大黒淳一 音の彫刻展
“Golden Noise”
     

         
 会場:CAI02
      中央区大通西5丁目 昭和ビル・B2 raum1    
      (地下鉄大通駅1番出口。
    ※注意⇒駅の階段を下りてはいけません。
          昭和ビルの地下2階です。)
     電話(011)802-6438

※ オープニングパーティー⇒2016年5月7日(土) 19:00~21:00

 会期:2016年5月7日(土)~6月4日(土)
 休み:日曜・祝日  
 時間:13:00~23:00

 主催:CAI現代芸術研究所
      

ーーーーーーーーーーーーーーー(5.7)


 ひんやりした階段を下りて地下に行く。下りきった左側が会場だ。ドアは開いている。この会場ならではの「現代美術」を期待して、一気に暗がりの部屋に侵入する。




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 あの機械的なノイズが淡々と流れている。
 何やら金色に輝いている。まるで黄金の大風呂敷だ。
 『何だろう?困ったものだ、何がしたいのかな?ノイズ--うるさくはないが、しょせんノイズだ。リズムにのってステップ、というわけにはいかない。おっ、大風呂敷がゆれているぞ』

 空調による風か?『この部屋、そんな風があったかな?でも、大風呂敷は揺れているから風があるんだろう。でも、何か変だな?』


 しかたなく作品を眺める。というか、その動きを注視する。まるで、フクロウが海老ぞりになって、四方の手足をばたつかせているようだ。あるいは、ヒキガエルを解剖して、四肢の神経をちくりと突き刺し、その刺激で手足が反応しているみたいだ。

 作品は四方だけが引きつったり揺れているだけではない。落ちないように固定された白い糸全てが微妙に上下にして作品全体を揺らしている。

 その動きがノイズのリズムと呼応している。いや、寸分の狂いもなく作品の揺れ(動き)とノイズは一致している。
 『空調の風で作品が動き、その動きを感知してノイズがリズムをとっているのかな?』

 動きとノイズの関係は、もうマジックとしか言いようがない。トリック・アートみたいだ。確かに、トリックの種を知りたいが、トリックを楽しむとか、からくり自慢が作家の意図とも思えない。なぜなら、あまりに作品の動きが緊張を強いり、存在感抜群だからだ。そして、面白くも可笑しくもないはずのノイズが、洞窟の中の囁きに感じ始めて、何とも親しくなってしまった。ノイズに親しむなんて、僕には考えられないことだ。


 この作品の微妙な動き、その動きとノイズの関係はコンピューターが関係しているだろう。(会場には風はない。)確かに現代技術の賜ではあるが、何とも言えぬ愛着を感じてしまった。
 機械によって、「作品と環境との一体感」は実現できた。おそらく、作家は作品を見る人たち、人間との一体感、自然空間との一体感を見果てぬ夢として抱いているのだろう。大黒潤一的「共生と一体」を求めたものだ。金色の輝き・・・黄金郷を求めての旅だろう。



 連続して作品を載せます。動き、わかりますか?面白いですか?
 何はともあれ、会場で楽しんで下さい。その動きと音の秘密は会場で見つけて下さい。




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by sakaidoori | 2016-05-14 07:13 | CAI02(昭和ビル) | Comments(0)
2015年 02月 20日

2464)「岡田敦 個展『MOTHER-開かれた場所へ』」 cai02 10月5日(土)~10月12日(土)

   


岡田敦個展 
 
MOTHER-開かれた場所へ
  

     

         
 会場:CAI02
      中央区大通西5丁目 昭和ビル・B2 raum1    
      (地下鉄大通駅1番出口。
    ※注意⇒駅の階段を下りてはいけません。
          昭和ビルの地下2階です。)
     電話(011)802-6438


※ オープニング パーティー⇒2月14日(土) 19:00~22:00 


 会期:2015年2月14日(土)~2月28日(土)
 休み:日曜・祝日
    ※2月21日(土)は演奏会のため、展覧会は休み  
 時間:13:00~23:00
      

ーーーーーーーーーーーーーーー(2.20)




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 見方としては入口から壁なりに進んで見るべきだろう。実際、そうやって僕は見た。
 裸婦の妊婦姿があり、いささか大仰な額に出くわして女のアップ顔を見て、不思議めいた自然が続く。そして・・・出産時のクライマックスへと作品は進む・・・アッ、性器から黒髪の頭が出ようとしている。白い医療用手袋が写真に優しく納まり、「正に分娩時」と呟いている。女ー性器ー赤ちゃんー白い手袋、「母」をこう表現したのかと、リアルな姿に驚く。


 その後半からいく点かまとめながら載せていきます。全ての視覚感覚は、性器がらみの赤ちゃんシーンに集中してしまうから。



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 気になる出産シーンを載せます。



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 被写体としてはちょっとした驚きだ。生まれいずる瞬間の接写だ。

 だから、女性器もしっかり見える、赤ちゃんの黒髪も見える、白い手袋がまるでマジシャンのようにして赤子の姿をあぶり出している、そして赤ちゃんの顔がしっかり見え始める、誕生だ。
 女性器露わな姿に驚き、美しい手袋に驚き、赤ちゃんに驚く。その主役の「母ー母体」は感覚からするりと抜けている。余韻をかみしめるようにして会場作品を追いかけていくと、やっと「女」に出会う。だが、母体特有のおっとりした表情ではない。どこか突っ張っていて、母と女の格闘をしているようだ。いや、母とか女とかの役割からずれた存在に見えてしまう。当然その姿は撮影者の意志と意図だろう。演出だ。


 出産、写真作品の一連の流れはどのくらいの時間が経っているのだろ?すんなり生まれる場合は幸いだ。一気に「おぎゃ-」と泣き叫び、周りの親族は笑顔と安堵で緊張が解ける。
 それに、写真は時間を止める。もし、父親が立ち会っていても、この写真を見るような感覚とは違うだろう。ここには100%の視覚感覚と時間を止めての知と記憶がある。分娩時は時が支配する。出産という異常事態に判断力は何処かに行き、ただただ事態の進行を臭いと伴に眺めるだけだろう。




 自分の長男の出産時を思い出した。確か仕事が終わる午後5時頃だったか、公衆電話で出産の様子を病院に尋ねた。「今、頭が見えています。なかなか出そうもないです・・・器具で引っ張って取り出します・・・」
 今から35年ほど前のことだ。携帯電話もない。立ち会い出産など考えもしない頃だった。トイレにある吸盤のような器具で息子は出生した。

 最近、孫が二人産まれた。一人目は長男のお嫁さんが出産。二人目は長女の出産。
 その長女の時、出産近くまで彼女の側にいた。分娩室と控え室を兼ねた部屋だった。娘は陣痛でうめき始めた。僕以外に身内はいない。仕方がないから、腰のあたりをさすってあげた。すると娘は気持が良いという。どれくらいさすってあげたか?父と娘の不思議な時間だった。




 露わな女性器を撮りこんでの作品化。嫌らしくはない。そのまんまの姿だ。皮膚、あるいは内臓につらなる肉としての性器、感応や妄想の入る隙間はない。
 あっけらかんな視線には困ってしまう。チラリズムとか、秘部とかがあるから妄想もたくましくなる。

 出産時の撮影と作品化、見たことはない。作品としての盲点を突かれたようだ。一般市民の目には届かなくても、芸術作品(アート)としては似たものがあるのか?



 この作品は道立近代美術館に展示される予定だった。美術館側の反対で反故になったという。露わな女性器が公共空間には不向きという判断だ。憲法でいうところの「公序良俗に反する」ということだ。もっとも法律論争は避けて自主規制で問題を処理した。撮影者は「表現の自由」を訴えている。美術館側の判断に、小さな波紋が関係者の間には起こったことだろう。

 美術館の愚かさには議論をする気にもなれない。撮影者の怒りはわかるが、かといって展覧会参加拒否までの実力行使はしていない。新聞にも彼は自己主張をしている。が、その新聞は女性器作品を載せてはいない。三者三様でむずがゆいアートシーンだ。

 「表現の自由のないところにはアートは育たない」という主旨の言葉を撮影者は訴えている。僕はそうは思わない。「禁忌」があるから人は興奮する。興奮が芸術を育てる。秘密があるから、秘密を秘密として芸術表現を高めようとする。女性器とそれにまつわる世界はその最たるものだ。

 今回、撮影者は「女性器」という秘密のベールを剥ぎ取った。その行為が新たな秘密を生めば幸いだが、我々はそこまでイマージネーションが豊だろうか?私は62歳で初老の段階だ。今は豊かな時代だと思っている。物質的豊かさは全ての秘密を剥ぎ取る。特に日本は秘密が少ない。芸術の低迷はその辺にもあるのでは・・。



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by sakaidoori | 2015-02-20 23:41 | CAI02(昭和ビル) | Comments(0)
2014年 07月 17日

2413)「藤木政則 もうひとつの『都市と自然』」 cai02 7月12日(土)~8月2日(土)

  
  


藤木政則 

  もうひとつの都市と自然
        




         
 会場:CAI02
      中央区大通西5丁目 昭和ビル・B2   
      (地下鉄大通駅1番出口。
    ※注意⇒駅の階段を下りてはいけません。
          昭和ビルの地下2階です。)
     電話(011)802-6438

 会期:2014年7月12日(土)~8月2日(土)
 休み:日曜・祝日  
 時間:13:00~23:00

※ オープニング パーティー ⇒ 7/12(土) 19:00~

ーーーーーーーーーーーーーーー(7.15)



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 老いる男の旅を見た。

 (以下、敬称は省略させていただきます。)


 一本の柱在を持ち合うようなシチュエーションで二つの映像が組み合わせて流れている。おじさん(作家)が行きずりの男女と会話している。二つの映像は同じ設定だが、場所や背景を変えている。しかも、エンドレスの映像なのだが、切り替え時間が左右で異なっていて、二つの組み合わせは時間と共に微妙に変わっていく。



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 左側の映像、背景は札幌の風景のみだ。柱材を持つ人は札幌在住の行きずりの人だ。聞かれたことに応えている。質問は、「出身地は?札幌在住か?故郷はどこか?札幌の住み心地はどうか?故郷に帰る気持はないか?・・・?」だ。回答者は概ね札幌生活に満足している。帰郷意志の有無はいろいろだ。これまた概ね札幌定住指向だ。理由はいろいろ、故郷に帰りたくとも仕事がないとか・・・何より札幌が気に入っているのだろう。





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 右側の映像は作家本人だろう。質問をしているというシチュエーションだが口も動かさず何も語らず不動だ。背景のみが変わる。背景、そこが問題だ。自然といえば自然なのだが、牧場であり、原野であり、過疎地であり、廃墟であり、わびしい。原子力関連施設もある。決して自然賛美ではない。

 単純に言えば、都市・札幌と、地方の現状との対比だ。その両者を繋ぐのが柱材で、田舎を故郷に持つ札幌市民の言葉だ。彼等の言葉は作家とは初対面とは思えない明るさだ。

 作家は何が言いたいのか?僕は次のように明快に判断した。
 「田舎が寂れたのは、札幌が人をみんなかき集めたからだ。田舎(地方)のエネルギーを札幌が吸い取って、吐き出さないからだ。みんなみんな札幌という都市がこうさせたのだ」、だから「札幌が諸悪の根源だ」と。
 ただ、その言い切りは若干保留気味だ。つまり、作家・藤本政則にとっては結論を持っているのだが、だからといって、「資本主義が悪いのだ、拝金主義の都市文化が悪いのだ」と叫ばない。藤木政則はただ柱材を持つだけだ。しかも初老スタイルで。あたかも傍観者のようにしてそこにいるだけだ。激しい怒りを持っている、闘争心もある。だからこんな無益と思える作品を作るのだ。藤木政則というただならぬエネルギーがある。まさに『老いにむち打つ』だ。が、するーっとかわすように結論を見る人にゆだねる。そういうポーズをしている。


 それは確かにズルイ。映像を見れば作家の主張は至極明快なのに、間違いなくズルイ。だだ、「美術行為は告発にあるのか?問題提起にあるのか?主義主張のお仕着せにあるのか?」という判断の停止があるのだろう。


 それと、作家・藤木政則の世代問題もある。1952年生まれ。(何と、私と同じではないか!)この世代は今の日本を引っ張った団塊の世代の次ぎに来る人達だ。
 高校時代、テレビで大学闘争の熱気をいつも見ていた。「自分が大学に入ると、ああいうことをするのかな?すくなくともそういう環境に身を置くのだろう」と思って入学した。受験戦争ごだから、ぱっと自由にしたいのだ。みんなと騒げれば最高だ。が、灰がブスブス燃えているだけで、熱気は皆無だ。この日から夢と情念溢れる「闘争」だとか「革命」だとかは死語に進んだ。「しらけ世代だ」。が、社会に対して何か言いたい!でも誰も言わない。全ては終わっていた。熱いシュプレヒコール・・・は見果てぬ夢になっていた。

 決して傍観者ではないのだが、結論をバーンと全面に出すことをしない。比喩で言えば、岡部昌生氏との違いだ。彼は言う、「子供たちに残すべき未来はあるのか?日本の将来は本当に大丈夫か?」藤木政則はそんな臭いことは恥ずかしくって言わない。そのことに本当に悩んでいるのなら別だが。結論を持ってはいるが、それは私的なことだ。社会的結論は他人任せだ。だって、自分と他人は違う存在なのだ。結論を共有したいが、それは適わぬ夢か幻ではないか。・・・だから藤木政則は旅をする。
 今展は社会性の強い作品ではある。いや、社会派作品と断定する。が、それとは違って、結論をバーンと言えない男の、老い深まりつつある男の、自己確認と社会との共生を求めての旅でもある。映像とは違って、まさしくエンドレスだ。

by sakaidoori | 2014-07-17 00:49 | CAI02(昭和ビル) | Comments(0)
2014年 07月 02日

2392)「017 vol.2 (CAIアートスクール17期生)」 cai02 終了/5月10日(土)~5月17日(土)

  
  


017 vol.2  

(CAIアートスクール17期生)
       

         
 会場:CAI02
      中央区大通西5丁目 昭和ビル・B2   
      (地下鉄大通駅1番出口。
    ※注意⇒駅の階段を下りてはいけません。
          昭和ビルの地下2階です。)
     電話(011)802-6438

 会期:2014年5月10日(土)~5月17日(土)
 休み:日曜・祝日  
 時間:13:00~23:00

※ 開催祝賀会 ⇒ 初日 19:00~ 

 【参加作家】
 阿部芳美 阿武勝広 阿武奈津実 伊勢千絵子 金侑龍 小林龍一 コイマウ 坂庭夢都美 佐々木幸 佐々木達郎 下澤央彩 高橋亜紗子 竹中昭子 山内絵理・・・以上、8名。斜線は、出品していない卒業生。

ーーーーーーーーーーーーーーー(5.15)



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 CAIアートスクールを昨年修了した人達だ。昨年の卒業展時には14名が参加していた。その中の8名による作品展。
 実は、ここの卒業展を10年近く見ているが、卒業後の同期生展を見た記憶がない。それと、卒業後も継続して制作している人はそんなに多くはない。今展、まだ卒後1、2年だが、14名中8名も発表とは嬉しい限りだ。現代美術家として自立を目指すのもよし、一生の友達としての美術行為でもよし。もしかしたら長くは続かないかもしれないが、充実した体験になるだろう。現代美術、飯の種になるかどうかを考えていたら疲れる。ケセラセラだ。



 (一部、作家と作品の混同があるかもしれません。間違いは後日に訂正できると思います。お許し下さい。)




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   ↑:山内絵理、「2014-」。



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 肉筆。自画像だろう。それなりの量だが、迫力不足を感じた。

 自分に対して負のイメージを構築しようとしている。だんだんと醜い顔になってはいるが、それは「醜い顔を描く」というだけで、醜さに浸かってはいない。たとえナルシズム的な甘えがあったとしても、自己嘔吐的な徹底さが薄い。多分、醜さを描こうという動機から、絵をチャンと描こうに意識が動いたのだろ。自分の顔と、描くという行為を愛してしまったようだ。結果、「愛」を表現してしまった。「愛」で構わないのだが、それではどれだけ自覚しているか?

 今回は自分を長く見つめたこと、細密画を沢山描いたことに意義があるようだ。自分の可能性に手応えを感じたかもしれない。







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   ↑:佐々木幸(コウ)、「燦燦と在る」。




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 作家の名前が「幸(コウ)」なら、タイトルも「燦燦」だ。幸せ一杯夢気分オンリーの世界だ。

 「いいえ、この明るい中に隠れている秘めた悩みや女心が見えないの?」
 僕にはそうは思えない。むしろ、単純一直線で明るく溌剌、それをどれだけ継続して実行できるか!作家は冒険という船を漕ぎ始めたみたいだ。
 溢れるエネルギー、まだまだ何かを大きくしたい、そんな意欲が作品を一層明るくしている。ヤルッカないのだ。元気な人は眩しく羨ましい。







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   ↑:竹中昭子、「凜子」。


 うさぎのような、子羊のようなイチゴだ。








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   ↑:阿部芳美、「(?)」。



 キャプションを見つけれなかった。タイトル不明。
 何を表現したいのかな?



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   ↑:(上掲の部分図。)



 白い壁に枠・・・。作品の写真を撮るのに影が邪魔だ・・・自分の影を見る作品?・・・隣にも白い壁作品?があり、作品同志が邪魔し合っているようだ。邪魔も現代美術的でいいのだが・・・、どうも、隣の作品同様考え過ぎのきらいがある。

 「枠に写る自分のシルエット」がテーマだとしたら、「枠」と「壁」と「シルエット」「自分」とをもっとわかりやすく演出したらよかったのに。シンプルな道具立てはいいのだが・・・。







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   ↑:阿武勝広、「catharsis」。



 説明書がバッチリ付いている。この白の中に日常の無意識を埋め込んでいるとのことだ。そこまでは解る。しかし、短いが難しい文章が続いていく。僕は美術表現で難しい言葉は苦手だ。何でもっと普通の会話文にしないのかな?哲学的抽象難解議論が目的ならば仕方がない。タイトルも横文字で意味不明。何から何まで難しい。

 ただ、前回の作品が枠ありで、こちらは枠無し。そして光と影が作品に寄り添っている。作家達の意図には関係なく、「枠」、「光」、「影」、それらの制約の下で「表現する」ということを考えツイツイ考えることになった。





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   ↑:伊勢千絵子、「SOMEWHER」。














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   ↑:下沢央彩、「POSITION」。




 いろいろと考えているのだな・・・。今は考えて、自分を暖める時期かもしれない。剽軽な顔を枠内に収めた遊び心・・・、敷布のような感じで生き物の皮膚間で空間にチャレンジしている、のかな?・・・かな?・・・かな?あーでもない、こーでもない、とつぶやいているのかな?








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   ↑:金侑龍、「sleeper」。  




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 これは主張が直線的でわかりやすい。棺桶だ。死者を弔っている。写真添付だから、生前のよすがを想像できる。しかも死者は二人で結ばれている。結ばれの先は柩に入るシャレコウベ。どこか痛々しい。タイトルの言う「永遠の眠り」だ。


 金侑龍の過去作は、遊び心旺盛で、何やかにやと浮き沈みして漂っていた。今回はその軽さがない。「某著名作家の影響が強すぎるのでは」という指摘があるそうだ。著名人を出すまでもなく、発想や表現様式に見慣れた安定感がある。オリジナルな発表となると弱い。
 が、そんなことは問題ではない。若い人だ。パクリでも何でも真剣に先人と向き合って、自分と闘うしかない。






   ~~~~~~~~~~~~~~~




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   ↑:(5月16日 午後6時ころ。大通公園付近。)



 この日は雨模様。花粉症真っ盛りの時期だった。雨は助かる。花粉の舞が少ないみたいだ。
 いろんな傘を見た。






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by sakaidoori | 2014-07-02 09:26 | CAI02(昭和ビル) | Comments(2)
2014年 06月 29日

2389)②「風間天心  信仰 」 cai02 終了/6月7日(金)~6月28日(土)

    
   

風間天心    信仰  

     

         
 会場:CAI02 (全室)
      中央区大通西5丁目 昭和ビル・B2   
      (地下鉄大通駅1番出口。
    ※注意⇒駅の階段を下りてはいけません。
          昭和ビルの地下2階です。)
     電話(011)802-6438

 会期:2014年6月7日(金)~6月28日(土)
 休み:日曜・祝日  
 時間:13:00~23:00

※ オープニング・レセプション ⇒ 6/7(土) 19:00~
 
 企画:当館


ーーーーーーーーーーーーーーー(6.27)


 2388)①の続き。

 (以下、敬称は省略させていただきます。)





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 入口の方に四角い小さな穴がある。ここから入るのだ。茶室のにじり口と同じだ。聖書でいえば「狭き門」だ。「真理に至る道は厳しく狭い」ということか。が、浄土信仰のエッセンス、「いつでも、どこでも、だれでも」簡単に救われるとは違う。風間天心は自力行の禅僧だ。狭き門を見つけて自力でこじ開ける努力を求めているのだろう。


 狭き門は現世と来世との出入り口でもある。異空間を繋ぐ信号であり装置だ。







 さぁ、狭き門をくぐろう。


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 まるで祭礼場だ。秘密結社入会の為の祭壇のようだ。

 床に何やら敷き詰めている。




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 5円玉だ!!何と何と五円、ご縁、ピカピカ世界だ。(使い古された5円玉がほとんどだから、ピカピカではないが、気分は極楽浄土をあしらっている。
 

 5円玉が黄金のようにして玉石通路の両側に敷き詰められている。
 その白い玉石の量もおびただしい!!
 当館はエレベーター無しの地下2階だ。いったい何人で石や五円玉を運んだんだろう!!展覧会が終われば撤去だ。今度は上に運び上げる。お金は手数料を取られて両替だ。


 壁も不思議なことになっている。


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 水引だ!!ピンクピンクの七色だから、お祝い用の水引だ。ここが極楽浄土あるはハッピー・パラダイスな異空間ということか?そうか、5円玉は縁担ぎでもあるがお金というスペシャル・マジックだ。ハッピー・グランドそのものだ。お金だけでは余りに露骨で下品だから白玉石で清めているのだろう。



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 伊勢神宮の白石を思い出してしまった。賽の河原でもある。



 装置はまだある。
 祭壇の手前には、結界を結ぶのか一本の紐(水引)が凛と閉めている。それにしてもこれまた莫大な量だ。一本一本並べていったのだ!何という労力!展覧会が終われば単なるゴミか?美術行為とは、結果において美しいがおぞましいばかりの消費エネルギーだ。エコハンタイ・エ~コハンタイ・エコハンタイという空念仏が聞こえてきそうだ。





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 直線は人に緊張を強いる。たとえそれがピンクであっても。「これを見よ!」と強い命令電波を発信している。

 (祭壇の仏具は廃寺になった本州の寺院の形見だ。そのお寺の再現をこの場で象徴化しているのだろうが、異空間、パラダイスとしての祭儀場として理解すれば充分だろう。)

 パラダイスなのに直線は自由を束縛している。だから、本当のパラダイスではないのだろう。



 私はこの部屋を限りなく愛する。地下室に現出したエセ・パラダイス。余りに綺麗で静かな中に、余りに自然にエネルギーを閉じ込めている。
 風間天心は内なる過剰な精神を楽しんでいるようだ。狂気に転化しかねないが、狂気をあざ笑うような余裕を感じる。ヨーロッパを1660㎞も修行として歩いたからか。信念をつかんだのか?


 それにしても蒸し暑い空間だった。本州のお盆の夜更けを思い出した。下着姿で汗をかきながらお盆の夜を過ごす・・・お盆、日本的な慣習だ。今年もその時期は近い。




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by sakaidoori | 2014-06-29 23:24 | CAI02(昭和ビル) | Comments(0)
2014年 06月 29日

2388)①「風間天心  信仰 」 cai02 終了/6月7日(金)~6月28日(土)

  


風間天心    信仰  

     

         
 会場:CAI02 (全室)
      中央区大通西5丁目 昭和ビル・B2   
      (地下鉄大通駅1番出口。
    ※注意⇒駅の階段を下りてはいけません。
          昭和ビルの地下2階です。)
     電話(011)802-6438

 会期:2014年6月7日(金)~6月28日(土)
 休み:日曜・祝日  
 時間:13:00~23:00

※ オープニング・レセプション ⇒ 6/7(土) 19:00~
 
 企画:当館


ーーーーーーーーーーーーーーー(6.27)


 「宗教」あるいは「信仰」を問う美術展のようだ。「ようだ」という気の抜けた言葉を使ってしまった。他意はありません。僕自身が知的関心として宗教なり信仰を考えはするが、「美術鑑賞」や「精神的行為」としてそういうものとガップリ四つに取り組む姿勢に欠けているからだ。発表者やその仲間たちの尋常ならざるエネルギーの発露展として見てきた。


 (以下、敬称は省略させていただきます。)


 風間天心は禅僧である。東川町・某寺の住職である。
 同時に、美術大学を修了し、作品発表をし続けている。現代美術作家である。

 (実は、お坊さんといかに接すべきか戸惑っている。
 お経に詳しく葬式を営む自営業者として、今展を仕事以外の人として見るべきか?
 生と死を思索している考える人?
 その結果から得られる救済や信仰の実践者?
 宗教者として尊敬し畏怖すべきか?
 日本での宗教者とは何者だろうか?
 
 しかも風間天心は現代美術家だ。人間や社会のあり用を感じる人だ。
 宗教家とまともに対話したことがないのに、宗教家&美術家を前にして真の「対話」が可能なのだろうか?
 僕は過剰な美術作品を愛する。宗教者は過剰な精神を抑制せねばならない。中庸を人格化させねばならない。何でもありの現在の美術だ。宗教者の抑制する自己鍛錬と、美術行為の両立は可能だろう。が、お説教的可能さでは面白くない。たとえ崇高な美術現場であっても、結論ありきでは非現代的だ。
 では、宗教家の美術展に何を求めるか?宗教家だからできるものの見方、感じ方、提示の仕方・・・それらが思想信条に関係なく新鮮な違和感生む。違いとの出逢いを求めたい。)




 さて、今展は2会場での展示だ。ともに仏教を題材にしていてインスタレーションだ。
 見せ方は随分と違っている。共に「膨大なエネルギー」を前提にしていて、個人的には「ここまでするか!」と驚いた。両展示には前後関係はなく、対的にいろんなアプローチではある。が、僕は暗い写真の空間が、狭くて明るい極楽浄土的な空間のイントロとして楽しんだ。




 では、先に暗くて広い部屋を報告しよう。巡礼行の写真・映像展だ。





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   ↑:(映像シーン。) 




 綺麗な写真だ、映像だ。


 カトリックの大聖地「サンティアゴ・デ・コンポステーラ」・・・1660㎞の大巡礼記録だ。撮影はユダヤ人カメラマンLukasz。

 巡礼記録ではあるが、「巡礼生活」ではない。「求法的実践行」を宗教的に追体験させる場だ。遊びや笑いはない。性など論外だ。

 1660㎞の巡礼、厳しい旅だ。素晴らしいと思う。四国のお遍路さんのように、道すがらの出逢いは心の触れ合いや新たな発見にになるだろう。だが私には無縁だ。「ご苦労様」と気にかけるだけだ。



 ここには記録を超えて「実践」という膨大なエネルギーがある。しかも「聖」オンリーだ。カメラマンは東洋的な美にチャレンジしている。異質的でエキゾチックなものへの憧憬があるのだろう。精神的・神秘的な写真空間であり構成になっている。被写体の風間天心は仏教修行者を演じ、修行エネルギーを視覚美として昇華させている。


 綺麗な写真だと思う。確かに精神的で厳かだ。
 が、仏教修行など無縁な私にとっては「ご苦労様」と思うだけだ。修行や苦行はいかに美しく再構成しても、風間天心とカメラマンとの精神的対話を傍観者として見るだけだ。私は老いてしまったようだ。ただ眺めるばかりだ。



 この空間では「膨大なエネルギーを、仏教行為としてヨーロッパで実践した」、ということを確認しておこう。次室でも膨大なエネルギーを見ることができる。


 その部屋を②として案内します。(続く





 では、②では隣室の明るくて蒸し暑くて変な空間へ行きましょう。

by sakaidoori | 2014-06-29 21:20 | CAI02(昭和ビル) | Comments(0)
2013年 10月 24日

2277) 「斉藤幹男 -Missing Bomerang 」 cai02 終了/9月20日(金)~10月12日(土)

  



斉藤幹男 -Missing Bomerang   

     

         
 会場:CAI02
      中央区大通西5丁目 昭和ビル・B2   
      (地下鉄大通駅1番出口。
    ※注意⇒駅の階段を下りてはいけません。
          昭和ビルの地下2階です。)
     電話(011)802-6438

 会期:2013年9月20日(金)~10月12日(土)
 休み:日曜・祝日  
 時間:13:00~23:00
      (最終日は、~16:00まで。)

※ オープニング・レセプション ⇒ 9/21(土) 19:00~
※ トーク・プログラム ⇒ 9/30(月) 19:00~
      出演:斎藤幹男 助川龍(札響コントラバス奏者)
      主宰:当館
      ゲスト・キュレーター:高畠みゆき 

ーーーーーーーーーーーーーーー(10.5 8)



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 何と言っても巨大黒猫が目に飛び込んでくる。



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 後ろ姿だけど、全身が見えるかな?長いしっぽだ。

 「前門の虎、本当は黒猫」だ。「怖い猫だぞ~、本当は怖くないか」と、言っているのか・・・。

 暗闇での黒猫は不気味だが、子供番組みたいな映像が大きく流れている。一応は全体がポップ調、マンガ調であしらえて、「来たれ若者よ!一緒に遊ぼう、楽しもう」と誇示している。
 とは言っても、映像も無音だし、怖そうな部屋だから、「子供のいない遊園地」のような寂しさが部屋中を覆っている。
 実際、サイドに流れている映像や、他の展示物を見ると、全体がいかにも「現代美術」という雰囲気がする。何より、可愛さムードは日本的なのだが、ことさら日本的であることが、西洋に顔を向けた美術展になっている。「西洋に顔を向ける」、おそらく部屋全体を包む「斉藤幹男・孤独感」がそう感じさせるのだろう。


 落ち着いて部屋全体を見渡そう。



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 お一人一個のお持ち帰り品だ。サービス精神や優しさに富んだ作家だ。おそらく若い作家だろう。いじらし所作というよりも、手慣れた感じだ。「孤独感」は「共生」を求めるものだ。もっとも、この小魚たちに「共生」などと、大仰な言葉は向かないかもしれない。単なる遊びかもしれない。




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   ↑:「カボチャ雲」・2013年 銀塩写真。



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   ↑:左から、「南3西10 札幌」・2013年 銀塩写真。「アンドロス」・2013年 銀塩写真 12×18㎝。



 写真はこの部屋を象徴している。ユーモラスを含みつつも、索漠感が全体を包んでいる。遊び心と醒めた目だ。銀塩にこだわる手作り感覚、これは巨大猫にも何にでも拡がるのだろう。実際、写真、映像、アニメ、物作り、エトセトラと何でもこなせる作家だ。チョウチョのようにあちこちを旅し、毒ならぬ「個・弧」を置き去りにしていく感じだ。



 メインの映像を何枚か載せます。映像の意図がどの辺にあるのだろう?一緒に感じてみましょう。



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 札幌の作家だろうか?道内人だとしても、どこか異質だ。若い人とは思うが、他者を十二分に意識しての展示は手慣れ過ぎの感じだ。外国なりでもまれた人なのか?それなら、彼の地で、孤独との闘いを優しさやアニメなどの日本人感覚で勝負していたのかもしれない。
 あるいは外国で羽ばたきたい人なのか?それなら、この洋式がかった日本調は、さらなる磨きをかけるだろう。

 知性、冗談、技術、ユーモアと多才な人だ。「多才」と「孤独」の組み合わせ素晴らし。少しポップにおもねった感じはするが、彼の知性とエネルギーの出口がそうさせるのだろう。「孤独」には遊びが付きものだ。そういう印象は僕自身が60代という年齢の問題もあるかもしれない。若い鑑賞者は、もっと素直に楽しんでいるのかもしれない。


 「Missing Bomerang 」-無くなった、あるいは行き場の見つからないブーメラン?かな。自身をブーメランになぞらえているのか?




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by sakaidoori | 2013-10-24 12:19 | CAI02(昭和ビル) | Comments(0)
2013年 10月 09日

2251) 「田村佳津子展 ~ふわふわ かたち やわらかな こころ~」 cai02 10月5日(土)~10月12日(土)



田村佳津子展 

ふわふわ かたち
   やわらかな こころ
  

     

         
 会場:CAI02
      中央区大通西5丁目 昭和ビル・B2   
      (地下鉄大通駅1番出口。
    ※注意⇒駅の階段を下りてはいけません。
          昭和ビルの地下2階です。)
     電話(011)802-6438

 会期:2013年10月5日(土)~10月12日(土)
 休み:日曜・祝日  
 時間:13:00~23:00
      (最終日は、~16:00まで。)

ーーーーーーーーーーーーーーー(10.8)


 「かたち ふわふわ、こころ ふわふわ」の田村佳津子ワールド。

 まずは会場風景を見て下さい。

 (以下、敬称は省略させていただきます。)
  


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 作品は二部構成。
 上の写真を見て下さい。一つは、左側2点のようなの面をふわふわ、ふるふる感覚の微妙な色の世界。
 一つは、右側の作品のような線描の世界。

 面の世界と線の世界、静と動、絵画と線描画、ふわふわ心ときつい心、とに分けられるだろう。制作作業も相当に違う。真逆のような二つの世界なのだが、やはり同じ作家のすることだ。一人の人間が右と左に分かれて進んだのだが、途中の風景も随分と違ったのだが、最後は「あら、田村佳津子さん、また会いましたね」と同じ人間が挨拶をしているみたい。


 では、絵画編から載せて行きます。すこぶる薄味の微妙な女心、いえ、女の子心と言ったほうがいい。そんな淡い世界をひとまず見て下さい。

 「えっ、見にくいって!」
 写真を信頼してはいけません。写真は心の窓の枠のようなもの。心眼で薄美を味わって下さい。
 


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   ↑:(上掲作品の部分図。)




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   ↑:(上掲作品の部分図。)





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   ↑:(上掲作品の部分図。)



 田村絵画で最大の注意を先に指摘しておきます。下地を色塗りして、その上に模様を描いて、その模様に輪郭線を入れる、ではないのです。
 下地処理はされているでしょう。そこにふわふわ模様を描き込む。模様に輪郭線を描く。そして、模様と模様の間に、輪郭線を削らないようにして色を埋めていく。そういう作業を2回なり3回するようです。ですから、作品には重ね塗りの違いからくる凸凹は生まれない。どこまでもフラットな同じ厚さに塗られた絵画だ。もっとも、色に満足できなくて、重ね塗りの回数の違う色はあるかもしれない。
 そういうフラットな、何処までも波風の立たない均一な世界。まるで精神修行のような「ふわふわ」だ。だが、作品としては精神修行的な痕跡を残しては絶対にダメなのだ。あくまでも女の子や子供がメルヘン的に、雪降る姿に我を忘れるようでなければならない。だから、画家も今展の色味の薄さに悩んでいるが、不用意に濃くするわけにはいかないのだ。触れば溶けるような、「ふわふわ、やわらか、あったかなカタチ、まどろむココロ、幸せ気分」でなければならない。

 田村佳津子という個は消えて、意欲や主張や強さは幸せの向こうに行ってしまって、溶けそうで溶けない作品がそこに残る。わずかに、輪郭線を残した模様が絵画の証のようにして。




 さー、次は激しい線を見よう。もう少しお付き合い下さい。


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   ↑:(上掲作品の部分図。)




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 上の2点は旧作です。
 
 以下新作です。


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 新作線描画の中では一番のお気に入り。



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 激しい世界だ。もっとも、原画は写真で見るよりも隙間もそれなりに保たれ、ゆとりがあります。
 無邪気な遊び心で描いている、と言えば嘘になるかもしれない。重ならないような線は相当の緊張感を強いるから。しかし、田村佳津子は線を引くのが好きなのだ。緊張は無心な姿だろう。無心で童心に返っているかもしれない。それが画家というものかもしれない。上手く描けて、一人悦になっているかもしれない。この喜びを誰かに伝えたい・・・そこに個展が誕生する。






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 久しぶりにあった田村佳津子女史は元気だった。個展を開くのだから当然だろう。
 以下、栄通からの大きなお世話です。

 彼女を知る中堅ベテランの画家諸氏よ!足を運んで見てやって下さい。

 彼女を知らない若き諸君よ!あまり見れない画風に親しむのも楽しいものです。もし貴方が画家ならば、絵を続けることの意味を考える場になるでしょう。

by sakaidoori | 2013-10-09 07:00 | CAI02(昭和ビル) | Comments(0)
2013年 04月 16日

2015)④「CAI現代芸術研究所 第十七期生卒業制作展」 cai02 3月23日(土)~3月30日(土)

 

CAI現代芸術研究所 第十七期生卒業制作展       

         
 会場:CAI02
      中央区大通西5丁目 昭和ビル・B2   
      (地下鉄大通駅1番出口。
    ※注意⇒駅の階段を下りてはいけません。
          昭和ビルの地下2階です。)
     電話(011)802-6438

 会期:2013年3月23日(土)~3月30日(土)
 休み:日曜・祝日  
 時間:13:00~23:00

※ 開催祝賀会 ⇒ 初日 19:00~ 

 【参加作家】
 阿部芳美 阿武勝広 阿武奈津実 伊勢千絵子 金侑龍 小林龍一 コイマウ 坂庭夢都美 佐々木幸 佐々木達郎 下澤央彩 高橋亜紗子 竹中昭子 山内絵理・・・以上、14名

ーーーーーーーーーーーーーーー(3.23)

 1990番①、1991番②、1996③の続き。
 

 (以下、敬称は省略させて頂きます。)


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 今回の卒展は凄く楽しめました。というわけで、全員の作品を載せたいと思います。今回の掲載作品は、作家確認という意味合いが強いので、言葉は極力控えます。




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     ↑:阿武奈津実、「微笑み」・紙粘土。


 それなりに目立つ作品だ。さて、今後も立体作品を手がけていくのか?





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     ↑:ともに、桜庭夢都美。左から、「無題」・アクリル 卵の殻、「無題」・アクリル。


 こういう卒展で、こういう抽象作品2点というのは寂しい。作品の質を問う場ではないから、「何か」をもっと主張して欲しい。今回の発表が今後の意欲につながるのか。




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          ↑:山内絵理、「Facebookの乱」・アニメーション。


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 パソコンで可愛くアニメが流れている。折角だから、原画も可愛く展示したらよかったのに。「それでは動画にならない」と言われるかもしれない。




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     ↑:(左側の写真群)コイマウ、「ホメラレル」・ルール紙 インスタントカメラ。


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 展示初日の仲間達を撮っているのだろうか?良い記念にもなるし、こういう人のこういう作品群も良いとは思う。できることなら展示会場のあちこちに、オジャマ虫のようにして貼り付けていれば、もっと楽しかったのに。









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     ↑:(再度の紹介)阿部芳美、「ひっそりと」・紙。


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by sakaidoori | 2013-04-16 20:57 | CAI02(昭和ビル) | Comments(0)
2013年 04月 11日

2007)②「高田洋三 個展(写真) 『PROTO LANDSCAPE』」 cai02 4月6日(土)~4月27日(土)

   


高田洋三 個展   PROTO LANDSCAPE  

         
 会場:CAI02
      中央区大通西5丁目 昭和ビル・B2   
      (地下鉄大通駅1番出口。
    ※注意⇒駅の階段を下りてはいけません。
          昭和ビルの地下2階です。)
     電話(011)802-6438

 会期:2013年4月6日(土)~4月27日(土)
 休み:日曜・祝日  
 時間:13:00~23:00

※ オープニング イベント ⇒ 初日 19:00~ 
                  20:00~  アーティスト・トーク ゲスト:露口啓二 北川陽稔

 主催:当館 

ーーーーーーーーーーーーーーー(4.6)

 2006)①の続き。会場風景等は前回の写真を見て下さい。

 (以下、敬称は省略させて頂きます。)


 現在も人の住んでいるアーコサンティーの作品を3枚載せます。
 次に、廃虚のような保存遺跡・バイオスフィア2の作品の載せます。


 一枚一枚の作品も面白い。が、全体を何度も往還して見ると、ますます不思議不思議世界に突入し、その感性を通り越して、知的に作品と接せざるをえない感じになる。パソコン写真では原作に届かないが、何となく彼の感性、知性を推し量って欲しい。


 制作年 : 2008年~ 
 サイズ : 560×441㎜
 素材 : Digital C print


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     ↑:アーコサンティー。


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     ↑:アーコサンティー。


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     ↑:アーコサンティー。




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     ↑:バイオスフィア2。


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     ↑:バイオスフィア2。



 合成写真で重層空間あるいは異次元空間を演出しているみたいだ。うかがえば、何の操作もしていないとのことだ。撮影者の目が、感覚が、被写体を蜃気楼のようにして把握しているのだろう。それはあたかも、現実を意図的に壊してバーチャルに遊び、翻ってその遊びから現実の有り様を見つめ直している。
 「遊び」とは言ったが、我を忘れて楽しんではいない。「現実って本当に現実なの?見えるって本当に見えているの?」という問題意識で、現実を意図的に操作する行為が「遊び」だ。
 要するに、「どこまでが本当?どこからが嘘?ここは現実?それとも白昼夢?」と、見る人に問いかけている。

 何のために?格好良く言えば、現代社会の問い直しであり、「今」への疑問符だ。そのために選ばれたアリゾナ州砂漠周辺と特異な風景だ。

 それはそうなのだが、それは撮影者の知的動機だ。社会に写真で直截に発言したい趣旨だ。冷ややかな視点と、正統な志であり、「写真の主張」だ。

 「写真の主張」も一考すべきものだが、僕には「写真の感性」にソワソワ、ワクワクしてしまった。全作を貫く「嘘(うそ)を楽しむ真摯な姿勢」、「充満する冷静さの中に、情熱・肉声を出さずにはおれない撮影者自身」だ。重厚な構築物のような作品群、全てが終わった墓場のようだ。そして、墓場からリ・スタートする息吹や血潮を思う。実際、作品の赤は血の臭いを発している。


 トリックのような山田洋三ワールド。作家は東京在住で、既に札幌を離れていると思う。作家とのコミュニケートはできないかもしれませんが、その「トリック」に作家との対話をして下さい。







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 水の部分がとても綺麗です。美しき細胞膜の群れを思った。下はその部分図です。


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     ↑:(上の作品の部部図。)




    1971年 札幌出身 東京在住
    1995年 筑波大学 芸術専門学群 総合造形コース 卒業
    2008年 文化庁新進芸術家海外留学制度を受けアメリカに1年間滞在


 きっと、今以上に著名になる写真家だと思う。なってもらいたい。そして、その写真ワールドをもっともっと世間に発信してもらいたい。
 初公開作品がほとんどだと思う。掲載許可、ありがとうございました。

by sakaidoori | 2013-04-11 20:27 | CAI02(昭和ビル) | Comments(0)