栄通記

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カテゴリ:(茶廊)法邑( 46 )


2017年 01月 22日

2552) 「公募展 お菓子のポスター展」 茶廊法邑 1月11日(水)~1月29日(日)



公募展
お菓子のポスター

 作品規格:B2版(72㎜×51㎜) 絵画、写真、版画 ほか
 
 審査員:市川義一 寺島賢幸 中島義博
   
    
 会場:茶廊法邑
     東区本町1条1丁目8-27
     電話(011)785-3607

 期間:2017年1月11日(水)~1月29日(日)
 休み:火曜日(定休日)
 時間:11:00~18:00
     (最終日は、~17:00?まで) 

 主催:法邑芸術文化振興会

ーーーーーーーーーーーーーーーー(1.13)

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 大賞(1点)10万円、準大賞(2点)5万円というしっかりした公募展です。審査員もしっかりした専門家です。

 もっとも、栄通記は私的コメントを載せる場です。僕好みの何点かを個別に紹介したいと思います。
 その前に、作品をまとめて掲載します。画面を拡大すれば、それなりに個別作品を楽しむことができるでしょう。

 会場を左回りに、全作品を載せます。








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 そえrでは丸島好みを3点載せます。



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   ↑:中澤綾子


 何を描いているのだろう?意味不明なところは確かに気になる。それ以上に気になるのは、「お菓子」がテーマだから、美味しく楽しく幸せムードな作品になりがちなのに、「純絵画」的なのが良い。
 「お菓子」という社会的約束事から離れて、自分好みにアレンジしている姿が気に入りました。それに、お菓子って、人はむやみに食べたくなるから、あれほど危険なものはないのにな~。食べればお腹の中でぐちゃぐちゃになり、最後は爽やかにお手洗い行き!




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   ↑:佳作・板谷有実子


 「不揃いのりんご」の美学が僕は好きです。時には、こんな風に可愛く行列している姿も良いものです。
 シンプルなアイスバーの模様、色んな夢が詰まっている。爽やかに爽やかに、今年の夏が楽しみです。




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   ↑:佳作・高杉保次



 過剰な精神だ!お菓子の陸に川が谷を作るように流れる。お菓子のあどけなさを無視すれば、何とも鬼気迫るものが生まれるだろう。
 もっとも、作品は「デザイン」としてある。「デザイン」、それはどこまでもどこまでも優しくなくてはならない。だから、この手法は危険が一杯だ。



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 以下、何点か載せます。



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   ↑:堀切健太



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   ↑:佳作・田中咲



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   ↑:準大賞・棚上吉

by sakaidoori | 2017-01-22 01:28 | (茶廊)法邑 | Comments(0)
2016年 05月 06日

2512) 「アトリエ・Bee hive 展 2016」 茶廊法邑 4月27日(水)~5月8日(日)

アトリエ・Bee hive 2016 
   
    
 会場:茶廊法邑
     東区本町1条1丁目8-27
     電話(011)785-3607

 期間:2016年4月27日(水)~5月8日(日)
 休み:火曜日(定休日)
 時間:11:00~18:00
     (最終日は、~17:00まで) 

 【参加作家】
 齋藤由貴 佐々木けいし 佐々木仁美 佐藤あゆみ 辻有希 富樫麻美 松田郁美 森まゆみ 安田暖々子 吉成翔子 ・・・以上、10名。

ーーーーーーーーーーーーーーーー(5.1)



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 「ビーハイム」という名のアトリヱがあって、そこを制作の場としている社会人のグループ展。まとめているのが佐々木けいし氏、氏は北海道教育大学で金属造形を指導している。だから、その大学の卒業生であったり金属造形作家が多いが、他の大学卒生や、絵画や木工というジャンルの人もいて、いろんな人のいろんな展覧会。たまたま「ビーハイム」に集まった人達が、主義主張を共有せずに、「日々の精進を見せる」・・・と、僕は今展を理解している。
 バラバラな集合体ではあるが、「若さ」と、「インスタレーション風展示(空間表現)」が強力な特徴だ。そして「女性」らしさも。

 10人の参加だが、それなりにスッキリしていた。
 各自、それなりに大きく、それなりに自己主張をし、それなりに不思議さ、ヘンテコさがあった。

 なるべく多くの作品を載せます。掲載漏れもあるでしょう。ご勘弁を。



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   ↑:以上、吉成翔子、「ほこほこ」。


 「私の巣はいつも私を笑顔にしてくれます」(作家の言葉)
 「夢見る少女」のような世界。
 最近は線描作品をよく見かける。金属を線描にして壁に絵を描く、日記風に、軽くステップを踏むように・・・「かわいい」吉成世界だ。
 だが、僕はこの卵のような吉成・立体を愛している。こういう巣のような、卵のような、寸胴のようなヘンチクリンな形が野原にコロンコロンとしていたら、僕はただただその周りを歩いたり、触ったり、中を覗いたり、一人でもぞもぞと口ずさんだり・・・何よりこの形をいつまでも愛でていたい。



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   ↑:以上、齋藤由貴、「天色(あまいろ)の地」


 青い空間と植物と空気と風を描いている。寝そべって見てもらいたいから、秘密の寝室仕立てだ。ことさら色気のある部屋ではないが、「少女と女」の中間にいるみたい。
 絵画は、なかなかの大作であり力作だ。「充実の齋藤由貴」だ。
 齋藤由貴は、どうしても何かを具体的に描きたがる。それらしく描いていなくても、「何か」を前提にしている。一方、それとは逆に空気とか臭いとか、「目に見えないもの」も描こうとする。それは良い。良いのだが、具象表現に引きずられて、ムード過多の作品になりがちだ。今作、確かに植物も描いてはいるが、画面のほどよい脇役だ。この青色と、そこで織りなす多様な色と重なりで、どれだけ上昇気分を満喫できるか!なかなか良い案配だ。




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   ↑:以上、佐々木仁美、「人間の棲家」。


 「大地」を感じた。
 ロマンチックに、ヒューマンに、それが佐々木仁美の基本だと思う。「愛の賛歌」と言ってもいいのだが、若さと女性らしさからくる甘さも感じている。
 今作、家々はこれ見よがしの「愛」に包まれてはいない。きっと几帳面に規則的に並んでいるからだろう。今までの作品はどうしてもこの「家」なり「家々」を中心にして作品が成り立っていた。今回は立体の「形」が命だ。家を成り立たせている「大地」を感じてしまった。「どんな人であれ、この大地こそ!」と作家は言っている。




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   ↑:松田郁美、「帰る場所」。



 今回の松田郁美は旧作の再登場。ということで、感想は省略です。充電完了後の新作を期待しよう。





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   ↑:安田暖々子



 白が浮遊している。白いヒツジがそこに在る。
 安定した宙ぶらりん感、しっかりした羊たち・・・羊は紙粘土で、おそらく鋳型があるのだろう、その鋳型の羊は小さいながらしっかりしている。几帳面な作り手だろう。羊の形に遊び心は少ない、羊を一個一個作り、それらを沢山並べるのが「遊び」なのだろう。

 一個、買った。そしてテーブルの上で飼っている。軽くて手にも目にも優しい。




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   ↑:以上、森まゆみ




 金魚です。いや、鯉でしょう。いえいえ、鯉のぼり。メダカの変身でしょう・・・などなど、なぜかしら色スッキリな魚たちが泳いでいる。金属の力と根気勝負の作品とは違って、気楽そうにスイスイス~イ、この気楽さ気ままさがセールスポイントだ。



 (編集中。続けてもう少し載せます。小休止。)

by sakaidoori | 2016-05-06 23:34 | (茶廊)法邑 | Comments(0)
2014年 08月 17日

2448)「蒼野甘夏 日本画展 『ゆめとしりせば』」 茶廊法邑 終了/7月30日(水)~8月11日(月)

  
  



蒼野甘夏 日本画展 
  「ゆめとしりせば
  
     

        
 会場:茶廊法邑
      東区本町1条1丁目8-27
      電話(011)785-3607

 期間:2014年7月30日(水)~8月11日(月)
 休み:火曜日(定休日)
 時間:10:00~18:00
      (最終日は、~16:00まで)

ーーーーーーーーーーーーーーーー(8.7)


 (以下、敬称は省略させていただきます。)




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   ↑:①




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   ↑:②



 広い会場を、近作に過去作、大作に小中品作とオーソドックスな展示構成。ゆったりと蒼野甘夏を見ることができた。当然最近作もあり、彼女の動向がうかがわれる。もしかして、見に行けれなかった方もいるでしょう。以下、いくつかの視点で紹介します。



 やはり目に惹くのは4m前後の大作2点。

 写真①の左側の大作は撮影ミス。タイトルは「BATUCADA」・2012年 179×396㎝ 和紙 岩絵具 箔。
 その部分図だけを載せます。



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   ↑:「BATUCADA」・2012年 179×396㎝ 和紙 岩絵具 箔 の部分図。



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   ↑:「BATUCADA」・2012年 179×396㎝ 和紙 岩絵具 箔 の部分図。








 写真②の大作を再掲します。




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   ↑:「ビル風赤松図」、2012年 179×396㎝ 和紙 岩絵具 箔。




 あまり良い写真ではないので、いくつかの部分図を載せます。蒼野甘夏魅力を確認して下さい。



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 次はより新しい細くて横長の作品。




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   ↑:「岸想図」・60.6×300.0㎝ アートクロス 墨 岩絵具。




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   ↑:(上掲の部分図。)




 「蒼野甘夏も色っぽくなったな~。やっぱり日本画は髪だよな~。今回の目の表情はこうきたか・・・」、とりとめもなく色んな印象が湧いてくる。

 以前の甘夏ワールドは、「ふっくら少女雰囲気に包まれて、楽しくてかわいい」という感じで見ていた。肌の描き方や輪郭表現がまろやかだから、そんな気持になったのだろう。それと、同じ日本画でも教育大学系の日本画とはムードが少し違っていて新鮮だった。今では女史の作品を見慣れたわけだから、出身校との違いを新鮮などと言っても始まらない。彼女に即して楽しまなければならない。そういう意味で今展は、彼女の流れと最近の関心を確認できてよかった。




 次は、おそらく今展用の最近作だと思う。




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   ↑:「煙が目にしみる」・2014年 33.3×53.0㎝ 和紙 岩絵具。





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   ↑:左側、「娘道成寺」・2014年 72.7×60.6㎝ 和紙 岩絵具。
   ↑:右側、「Summer time」・2014年 65.2×45.4㎝ 和紙 岩絵具。



 僕にとっての今展の目玉はこれらの最近作だった。歌舞伎を背景にして現代浮世絵を描いているみたい。画題はまだまだ歴史物情緒が大半だが、今風な画題がどんどん入ってくるかもしれない。もっとも、そうなると「美人画」というジャンルの問題があるかもしれない。

 上掲の作品群は「美人画」と言っていいはずだ。だって、「美人をありのままの姿から離れて、日本画の美で描いている」からだ。
 ところで、1980年代以降に、「美人画」という言葉は影を潜めた。いや、適時使われているのだが、「ジャンルとしての美人画」は成立しがたくなった。一つに、女性の社会参加が一般的になり、男の観念としての「美人画」にリアルさを求め難くなったから。一つに、性風俗環境の劇的変転があるだろう。三つに、「女性美」に対する多様化、などを考えている。

 かつて上村松園という女性日本画家が「美人画」を代表していた。別に男性の理想美としての「美人画」を描いてはいなかった。明治8年の京都生まれの人だ。京都人の「美人感覚」が血肉化していたのだろう。その表出としての「美人画」だ。

 蒼野甘夏は歴史的にも、風俗としてもかつての「日本画」を描く環境にはない。今は明治大正風の流れにいるが、どんなふうに現代感覚を取り込んでいくのだろう。






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   ↑:「BYAKUYA」、2012年 50.0×60.6㎝ 和紙 墨 泊 岩絵具。




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   ↑:「DONGURI」、2013年 50.0×60.6㎝ 和紙 墨 泊 岩絵具。



 会場外の入口付近で上掲の作品を見つけた。線を描く蒼野甘夏が、墨画にチャレンジしている。今年描いたわけではないが、何らかの思惑があっての展示だろう。こういう墨画も現在進行形で取り組んでいるのかもしれない。それにしても見慣れている彼女特有のしなやかさからは遠い。たまたまの試みか・・・、新境地の開拓か・・・。

by sakaidoori | 2014-08-17 12:10 | (茶廊)法邑 | Comments(2)
2014年 07月 22日

2421)「川上りえ個展 蜃気楼MIRAGE」 茶廊法邑 終了/7月12日(水)~7月21日(木)

  




川上りえ個展 蜃気楼MIRAGE 
     

        
 会場:茶廊法邑
      東区本町1条1丁目8-27
      電話(011)785-3607

 期間:2014年7月12日(水)~7月21日(木)
 休み:火曜日(定休日)
 時間:10:00~18:00
      (最終日は、~17:00まで)

ーーーーーーーーーーーーーーーー(7.20)





 目を皿のようにして以下の写真を見て下さい。

 同じような風景が続きます。気分を川上モードにスウィッチして下さい。



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 (以下、敬称は省略させていただきます。)



 細い針金で檻のような網?構造物?が会場狭しと陣取っている。壁側に近い通り道あたりに出入り口がある。左右に二つあって、そこから普通に檻のような中に入ることができる。
 「構造物」と説明したが、今展はこの構造物に意味があるのか?囲まれた空間に意味があるのか?皮膚のような針金表面の淡さが大事なのか?あるいは、見慣れない囲まれ空間だから、それに接して驚いたりする我ら鑑賞者自身の感覚にあるのか?場の交流にあるのか?設計・制作者自身がそれら全体を眺めることか?物質、空間、交流?

 作家は明快に語っている。
  「目指すのは構造体そのものではなく」
  「私の抱くイメージとその感覚の表現です」
  「物質と非物質との中間に位置する様な感覚を空間の中に具現化したい」



 作家に即して理解をしようとすれば、極論「檻のような物体を見るな」になってしまう。「針金を見るな」、「垂れ下がっているような、囲っているような形を見るな」ましてや「針金の溶接などを見るのは論外だ」だ。
 ところが私や我が細君は、そういう物質的なものばかりを見ている。そして、「作家は何をしたいのかは解らないが、よくぞここまで変なものを設置したな」と感動すら覚える。
 アゴを上げ下げして構造物を眺める。その場の空気感とか、針金越しの辺りの風景とかも楽しむ。いろいろと感心しながら「ふむふむ、ふむふむ」と小さな驚きで辺りをうろつく。

 僕は確かに知っている。川上りえがこの檻のような物を作りたくて此処に設置したのではないことを。目的が何であれ気分の大きな人だから、大きく大きく制作して作品が発散する何かを確認していることを。サービス精神豊かな人だから、見る人を川上ワールドに包んで楽しませたいことを。


 今回のタイトルは「MIRAGE(蜃気楼)」だ。確かに檻(制作物)の中を見ていると蜃気楼だ。檻から外を眺めても蜃気楼だ。では蜃気楼を作るのが目的か?「蜃気楼」、良い言葉だ。全ての知覚現象をそう呼べないこともない。
 今展が「人と人、人と空間との新たな模索」と言ってくれればまずは安心するのだが、そんな普通のことは語らない。

 
 「蜃気楼」が科学的(知的)に説明できるように、どこか知的頑固を感じてしまう川上美学だ。きっと、「感覚の具現化」のために目一杯思考を懲らせているのだろう。作家自身は美的には全ての自己作品に満足していると思うが、「川上知性」は全作品に「まだまだ」と神の声のように振る舞う。彼女も「きっとそうだろう」とうなずいては、新たな構造体とその環境にチャレンジしていく。


 「彼女の抱くイメージの具象化」、今展がその一つならば難しい内容だ。禅問答のようで、この檻の中で禅僧が居るようだ。だから、彼女の言葉から作品を楽しむのをよそう。
 僕にとっての川上ワールドの魅力は、純粋感性とでも呼びたいものを、必ず形とその親和力で何とかできるという信念、その知性と強さだ。そしてその知性と感性の「ズレ」だ。
 
 川上ワールドには男性作家のような「女を求めるエロスやロマン美、色気」などはない。女が作る「物質と非物質の中間感覚」、それはロダンや佐藤忠良風の古典的造形美から離れた「空間なり皮膚感なり、関係性にも重きを置いた造形美」なのだろう。出てくるものを次々にこちらもキャッチしてより簡潔に投げ返したいものだ。






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by sakaidoori | 2014-07-22 09:39 | (茶廊)法邑 | Comments(0)
2013年 11月 06日

2293)「越後光詞作品展」 茶廊法邑 11月6日(水)~11月14日(木)

越後光詞作品展 
     

        
 会場:茶廊法邑
      東区本町1条1丁目8-27
      電話(011)785-3607

 期間:2013年11月6日(水)~11月14日(木)
 休み:火曜日(定休日)
 時間:10:00~18:00
      (最終日は、~17:00まで)

ーーーーーーーーーーーーーーーー(10.31)


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 一気に全作品を左回りで確認しよう。



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   ↑:①。



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 人間が大好きな画家だ。そういう画家の欲張りで粋(いき)な個展だ。

 「粋だって?会場風景を見たところ、元気な作風だ。欲張りと言われればそうかもしれない。でも、どこが粋なの?粋って大人の美学だろう?自由な精神、遊ぶ爛漫な世界ではないの?」

 確かに精神の自由さは越後世界では絶対だと思う。だが、その自由さの出し方、絵画上の自由となると、意外に一本道ではないみたいだ。あれこれ出したいという欲張りが、自由路線に一定方向の枠をはめ込んでいる。その枠を前提にした自由爛漫さだろう。画面の大きさの「枠」と、粋な「枠」を感じた


 今展は、線を見せる、面を見せる、色を見せる、楽しく見せる、賑やかに見せる、シンプルに見せる、そして格好良く見せる。そんな要素で成り立っているみたいだ。実に欲張りだ。会場全体はそんな風なのだが、個々の作品は意外に役割分担的で、越後A氏、越後B氏、越後C氏が多色顔とかシンプル・スタイルとか派手派手ルックという絵師になって仕上げていく。そういう多面顔のそろい踏みだ。
 一つのイメージを色々な角度から攻め込んで、イメージ自体を確認するとか、見つめるという世界ではなさそうだ。湧き出る湧き出る越後イメージ見たいのがあって、そのイメージの一つ一つに方向を定める、定めたあとは自由にやってくれと画面を謳歌する。その定める視線と精神の制御に「粋」という美学スタイルを感じてしまった。写真①の3枚の作品がその象徴のようだ。

 それでは今展が越後イメージの総体か?
 何年か前にギャラリー・エッセでの個展を見た。その時は「絵画」と四つ相撲をとっていた。今展とは違って、自由ではあるが、構図とかバランスとか全体のリズムを精緻に組み立てていて「絵らしい絵」になっていた。だから枠は気にならなかった。今展、枠というか、かなりの作品が小振りに見えた。「枠ありき」はお洒落で良いのだが、やっぱり自由精神が遠慮がちに見えた。粋人だから、自由放任は宜しくないのだろう。



 僕は無手勝流のドロドロ派だ。ふんわり系も好きだから、「ドロドロ+ふんわり」、そういう方向で個別作品を載せてみます。

 まずは一番好きな作品から。



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   ↑:「夢」。


 こういう作品を見ると、人間が一杯いる感じに見えてしかたがない。その一人一人が羊水の中でふわふわ揺れているみたい。色は赤系だが、派手さと渋さが絡み合っていて、良い気分。




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   ↑:「スイカ」。




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   ↑:(上掲作品の部分図。)





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   ↑:「モナド」。


 一番下の真ん中にある「赤」は何なのだろう?「バラの花」かな?旅人はバラを差し出す人をいつも探しているのかもしれない。
 越後ワールドにはあんまり美人とかエロスを押し出しはしない。子供のような心が大事だから、露骨なエロスは似合わないのだろう。でも、たぶん、ロマンが隠れているのだろう。恥ずかしがり屋かな?もっとも、作品全体がロマンかもしれない。





 他の作風を何点か載せます。



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   ↑:「ヘンテコリン業」。


 きっと作品ができてからタイトルを付けたのだろう。タイトルよりも画風は他とは違う。きっとお洒落心が渋さを求めたのだろう。




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   ↑:「貌Ⅰ」。


 自画像と恋人を一緒にした感じだ。






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   ↑:「一人山」。


 仙人の境地でしょう。




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   ↑:「ぬりえ・カエル」。


 「ぬりえ」とは大胆な言葉だ。「僕の絵はぬりえみたいものよ」という作家の声が聞こえた。ぬりえ・・・か~。

by sakaidoori | 2013-11-06 22:46 | (茶廊)法邑 | Comments(0)
2013年 11月 03日

2288)「松原成樹展 測りあえるほどに」 茶廊法邑 10月26日(土)~11月3日(日)

   
   
松原成樹

  測りあえるほどに      


        
 会場:茶廊法邑
      東区本町1条1丁目8-27
      電話(011)785-3607

 期間:2013年10月26日(土)~11月3日(日)
 休み:火曜日(定休日)
 時間:10:00~18:00
      (最終日は、~17:00まで)

ーーーーーーーーーーーーーーーー(11.1)


 (以下、敬称は省略させていただきます。)



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 純白の大理石みたいですが、焼き物です。丹念に丹念に磨き上げたのでしょう。




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 同じ作品を前後から撮ったもの。




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 石とティッシュ箱?ではありません。やはり焼き物です。「石みたいのは卵?やっぱり石に見立てているの?」、お好きに想像するしかないでしょう。
 箱のようなものは石棺に見立てたものでしょう。それは自信を持って断定することができます。

 それでは「石らしきものと石棺の関係は?」
 そこのところが作家の強い思いの反映でしょう。「両者の関係」、を感じることができたら作家は喜ぶでしょう。たとえ勘違いでも。



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 「石棺」の上部の赤い直線、さて何だろう?
 エロスをほんのり感じてしまった。
 それはともかく、この赤ラインが無い姿を想像して下さい。静かな松原ワールドですが、「静謐や永久の祈りだけで終わりたくない」、そんな作家の強い意欲、意志の表れと理解している。





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 一番奥にドーンと控えた家型石棺。まるで弥生時代の家型埴輪だ。

 幅広の台座に石棺だけ。石がない。展示構成により、あれこれの関係に目も意識も慣れ、かわるがわるチョウチョのように石と石棺に親しんでいく。そして最後に関係性は否定され、「この石棺だけを見よ!」と作家は指図する。「魅入ってくれ」と哀願しているのでは。

 横拡がりの台座の上で、一つの小さな石棺だけが鎮座している。石棺とはいっても中は空虚だろう。時間を止めて永久でありたい、眠りについた良き仲間たち、親族たちへのメッセージ箱、そんな作家の象徴としてただあるだけだ。

 そういう作家に無理に共感する必要はないだろう。入念に磨かれた石棺に何ほどかの感慨を抱けば充分だろう。見る我々も、それぞれの過去、忘れていた亡き人たちを思い出すことができれば更に良いだろう。松原成樹の個人的情念が、作品を通して、見る側の個々の記憶にどれだけヒットできたか?




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by sakaidoori | 2013-11-03 09:49 | (茶廊)法邑 | Comments(0)
2013年 10月 21日

2272)「第2回 食とアート展」 茶廊法邑 10月16日(水)~10月24日(木)


   
   
第2回 食とアート展     


        
 会場:茶廊法邑
      東区本町1条1丁目8-27
      電話(011)785-3607

 期間:2013年10月16日(水)~10月24日(木)
 休み:火曜日(定休日)
 時間:10:00~18:00
      (最終日は、~17:00まで)

ーーーーーーーーーーーーーーーー(10.19)


 久しぶりの当館訪問。何の展覧会かも分からぬままの入場だった。


 「食とアート展」。
 そういえば、昨年もたまたま立ち寄った展覧会であった。その時は、小林麻美さんの作品が気になった。彼女にしては珍しい作品だった。
 あの時が第1回で、今回が第2回。頻繁に来ない当館なのに、同じテーマ展を続けて見るとは不思議なものだ。


 喫茶店での「食」のテーマ展です。変な作品はありません。静かに淡々と見るのに良いでしょう。小さな気付きがあるかもしれません。


 (以下、敬称は省略させていただきます。)


 全体の会場風景を前後から載せます。



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   ↑:法邑美智子



 日本画。当館オーナーの作品。




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   ↑:小笠原み蔵



 彫刻作家。ユーモアを交えながら、ほのぼのとした作風です。
 今回はことさら冗談を言っていません。リアルな姿はアット・ホームそのもの。そこがかえって可笑しさを誘う。レンコンにネギに、思わず一人笑いした。




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   ↑:伊賀信、「ハコゼン」。


 「おっ、変な作品があるが、誰かな?・・イガシン、やっぱりあの人か。ミカン詰め箱かな?そんな野暮ったいのは作らないと思うが・・・」

 「ハコゼン」だった。やっぱり四角か。作意は伊賀信的だけれど、まるまる模様が新鮮だった。





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   ↑:右側から、上野大作、石黒いづみ、前田育子、松原成樹、丹波シゲユキ、北島雅子(左上)。



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   ↑:松原成樹、「水の器」。


 日本庭園に備え付けの石のよう。野晒しだから水がたまる。
 時間を止めたような作品に、雨水が溜まり、溢れ、微かな波紋を作り、干上がってはなくなる。





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   ↑:北島雅子


 優雅な作品だ。
 時は秋、秋といえば紅葉。それは雅の京都でも、雪国の北海道でも変わらぬ合い言葉なのだろう。





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   ↑:前田育子


 いじらしい作品だ。最近は小さな幸せを器に添える機会が多い。童心に返って遊んでいるのかな?




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   ↑:ダム・ダム・ライ、「オクラ」。


 確かにオクラだ。でも、いろいろと違ったものを連想してしまう。例えば・・・。




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   ↑:川上りえ


 金属作家・川上りえ。彼女の作品では滅多に見れないリアルなものだ。もっとも、「これは何ですか?」と尋ねられたら何と応えよう。「カビンとオムスビ」と応えたいが、それでは才知に乏しい。

 それはそれとして、後日、再び本編に登場してもらおう。現在、川上りえシリーズをゆっくりと進めている。もうそろそろ一気に載せないといけない。



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   ↑:米澤邦子


 もしかしたら、今展で一番「食後」に見たくない作品かもしれない。
 パンが焦げたのだろう。それにしても何ともつかみ所がない。右側の写真を見ていると、埋め込まれた部分が女性の横顔に見える。黒い部分は焦げた髪だ。人が後ろを向いている頭だ。
 きっと、そう見えるのは僕の偏った見方だろう。でも、そう見えるのだから仕方がない。楽しからざる食卓風景、を連想してしまった。そういう不思議性が今作の魅力でもあろう。



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   ↑:吉成翔子


 ご存じ「吉成翔子のお牛ちゃん」です。

 あー、そういえばアート・フェスの「栄通政和編」が終わっていなかった。もう一回は載せたいのだが・・・。




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   ↑:岸本幸雄


 楽しい食事ができそうだ。




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   ↑:岸本幸雄


 今会場の最後の作品。ゆったりとシーラカンスが泳いでいる。まるまるっとして気持ちよさそう。

by sakaidoori | 2013-10-21 21:39 | (茶廊)法邑 | Comments(0)
2013年 09月 01日

2180)「新井義史 Digital Graphics 展」 茶廊法邑 8月24日(土)~9月1日(日)

   

新井義史 Digital Graphics   
    

        
 会場:茶廊法邑
      東区本町1条1丁目8-27
      電話(011)785-3607

 期間:2013年8月24日(土)~9月1日(日)
 休み:火曜日(定休日)
 時間:10:00~18:00
      (最終日は、~17:00まで)

ーーーーーーーーーーーーーーーー(8.31)


 (以下、敬称は省略させていただきます。)




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   ↑:左から、「Beam」、「海へ」。



 デジタル絵画です。

 先日、本編で「北海道教育大学岩見沢校 芸術課程美術コース・デジタル絵画研究室 展」を掲載(2171)しましたが、その研究室の教授による個展です。

 その時の学徒達とは違って、大判プリントによるバリバリのデジタル絵画展だ。いや、絵画「展」というより、デジタルの有り様、合成の流れなどを見せる「コンピューター・グラフィック学」案内展と理解した方がいい。
 誤解を招きかねないが、自己表現の比率を可能な限り下げて、グラフィックの可能性を楽しんでもらおうというものだ。

 DMには素材としての写真の事は語られていない。全てデジタルによるペインティングであり加工のようだ。



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   ↑:左から、「濫」、「G1」。




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   ↑:「水蕾」。




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   ↑:左から、「水刀」、「閃」。


 綺麗な作品だ。画面一杯のべた塗りを止めて、余白との緊張感を計っている。

 「自己表現は薄い」と冒頭に語った。それは情念の爆発だとか、絶対静寂の中での雅品などという、独特の個我の主張が薄いのであって、作家の美的感覚なり要素が希薄といっているのではない。

 上掲の「水刀」などというタイトルは、単なる美的イメージかは疑問だ。



 実は今展に対して二つの強烈な印象を持っている。

 一つめ。
 昨年だったか、道教育大教授の作品展を見た。画面爆発、デジタル技術・美術バリバリの作品に出会った。間違いなくそれらは新井義史氏によるものだった。勢いは今展の比ではなかったと思う。デジタル絵画でここまでできるんだ、誇示でもあった。こちらは完全に勢い負けした。負けてばかりでは悔しいので力をこめてにらみ返した。結果、僕の結論は、「技術は素晴らしい。が、それで彼は何を訴えたいのか?」
 今展は、その時の勢いを落として、万人にやさしく振る舞っているよう。やはり何かを訴えているのではない。デジタルの可能性を思慮するに留まっている。


 二つめ。
 会場にパンフレットが配布されていた。表には今展の作品群を載せてある。
 問題は裏だ。写真に載せます。


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 氏は1953年、愛知県生まれだ。東京教育大学大学院修了後、高校教員、大学と、教育関係を生業としている。
 新道展、自由美術協会とバリバリの公募展作家だ。道内(釧路)に生活基盤を移したから、作品発表の場として公募展中心主義を選んだのかもしれない。’70年代後半には各種受賞歴がある。
 写真で作品を見ると、バリバリの人間探求型の作家だ。この辺りは森山誠氏と相通じるものがあるかもしれない。
 しかし、時の流れと共に「人間」は消え、強烈な色を残しながらデザイン的要素が強くなっている。
 そして’90年代の初めには公募展を退会した。
 それは個人発表を控えて、大学教員(助教授、教授?)という仕事に専念したとも言える。

 僕には、個人的に追求すべきテーマを喪失したのではないかと思う。そして、教育とデジタル技術の専門家の道を歩まれたのでは。

 かつての「人間探求」、「我とは何か」、「社会とは」から離れたが、その残滓が作品の画題や装飾として再現しているのを見る思いだ。




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   ↑:「浮かび漂う」。



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   ↑:「Light」。




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   ↑:左から、「Light (青)」、「Light (赤)」、「Light (綠茶)」。




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   ↑:「嵐」。




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   ↑:左から、「陰」、「水樹」、「和」。



 
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   ↑:「陰」。


 今展の中で一番好きな作品だ。最後に置かれているのには意味があるのか?

 中央の暗い穴、かつての人間探求の影の再来か?現代社会の影と光を、闇と明るさをデジタル技術を駆使して奇想天外に絵巻物にしてくれたら。今展がその始まりになれば。それは学生にも良き刺激になるだろう。技術を超えて、まさしく表現者の師として壁になるだろう。

by sakaidoori | 2013-09-01 10:41 | (茶廊)法邑 | Comments(2)
2013年 08月 10日

2140)「伊賀 信 個展」 茶廊法邑 8月3日(土)~8月11日(日)

   

伊賀 信 個展 
    

        
 会場:茶廊法邑
      東区本町1条1丁目8-27
      電話(011)785-3607

 期間:2013年8月3日(土)~8月11日(日)
 休み:火曜日(定休日)
 時間:10:00~18:00
      (最終日は、~17:00まで)
     
※ エキビジション・パーティー ⇒ 8月9日(金) 18:00~
                 アートとフードのコラボレーション

ーーーーーーーーーーーーーーーー(10.29)


 (以下、敬称は省略させていただきます。)


 頑張る男に出会えた。何て素晴らしい時間であったか。

 広い会場ではあるが、今後を見据えた壮大な試み展でもある。その秘めた闘志、いや涙の出るような男の積み木遊びを見て下さい。まだ会期中です。足を運んでやって下さい。


 正面からの写真から。


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 上は会場の反対側からの写真です。

 一つ一つは石けんを半分にしたくらいの大きさと思って下さい。それを律儀に軍隊行進曲に合わせるように並べる。直進歩行では色気がないからジグザグ模様で並び立つ。立つと言ってしまった。一個一個は全て横だ。これまた、一つ一つを横にして並べるのでは芸が無いから直角に積んでいく。安定を好む伊賀信だ。不用意な高さにはしない。安定極まりないのが一大特徴で、こんなに数はあるが、崩壊だとか異常増殖とは無縁だ。無縁だからこそ何とも不思議不気味な伊賀ワールドだ。

 静かに静かにして積んでいったのだろう。ここで無言劇が数日行われたはずだ。伊賀信のことだ。その場のムードでの積み木遊びではないだろう。頭の中の設計図とにらめっこしながら、自分の想定内の仕事をこなしていく。「汗なんかかかなかったよ」と、事も無げに言いかねない。
 いやいや、積む作業は最終段階だ。もしかしたら自分の図面に近づく姿にニンマリしていったかもしれない。いや、笑ってはいけない。淡々と、淡々と・・・。
 むしろこれらの材料作りには苦労しただろう。大きさはどれくらい?数は?色は?材料は?予算は?


 何に見えるか。もう、そういうことは見る人任せだ。都会、卒塔婆、廃墟、秘密儀式、迷路・・・何でもいいのだ。見て感じてくれたら。作家の壮大な一人遊びに、何ほどかの共鳴をしてくれたらそれでいいのだ。気分的応援だけでもいいのだ。なぜなら、この空間は始まりの一コマだから。行き着く先は・・・それを作家自身のみぞ知る。計画好きの作家だ。そうそう無手勝流では進まない。しかし、彼自身も未知の領域に踏み越えたいのだ。想定内の領域であっても。


 
 会場には脚立がある。無駄を排除する作家だ。無意味な物があるはずはない。光調整か?とも思わないが・・・「何故あるの?」と、伺うと「高い所から見るのもいいものです」
 優しい人だ。ならば登らねばならない。


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 彼の優しさは脚立だけではない。灯りにも気遣ってくれた。何て優しい男だろう。


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by sakaidoori | 2013-08-10 00:02 | (茶廊)法邑 | Comments(4)
2013年 07月 25日

2113)②「第9回茶廊法邑ギャラリー大賞展」 茶廊法邑 終了・7月3日(水)~7月11日(木)

 
第9回 茶廊法邑ギャラリー大賞展  
   
    
 会場:茶廊法邑
     東区本町1条1丁目8-27
     電話(011)785-3607

 期間:2013年7月3日(水)~7月11日(木)
 休み:火曜日(定休日)
 時間:10:00~18:00
     (最終日は、~17:00まで) 

 【参加作家】
 多数。


 ーーーーーーーーーーーーーーーー(7.7)

2112)①、の続き。

 (以下、敬称は省略させていただきます。)


 前回と同じ会場風景から載せます。そして、個別作品を載せていきます。



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 (以下、敬称は省略させていただきます。) 



 人が沢山集まっている優秀賞・加藤公祐の作品から載せます。それと、都合で個別作品の写真のできがよくありません。全体写真の中から拡大してお見せします。


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   ↑:優秀賞・加藤公祐、「さやけき春の瞬き」。


 何より写実力がしっかりしている。枠一杯に花を描いて、見せ方もうまい。色も黒と赤で攻めて、渋く強烈だ。しかも真ん中に黄色を輝かしている。にくい配慮だ。強くて、目立つ。
 おそらく、道展や全道展に初出品しても何かの賞をもらえる実力だろう。


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   ↑:土岐美紗貴、「more」・(版画)。


 イメージありきの人です。若い学生で、空間と作品を抱き合わせてイメージの袋を膨らませている。 軽さ、浮遊感、そして若さからくる何でもありが魅力でしょう。今回はビシッと作品で勝負してきた。線の絡まりと形や動きが面白い。木のようで安定感があるような、パタリと倒れて線が勝手にどこかにはみ出すような・・・そんな一つの夢・・・みたい。

 現在開催されている、「JRタワー アートプラネッツ グランプリ展」にも出品しています。そちらは小ぶりですが、版画作品を巧みに立体にして見せています。しかも軽く。(今度の日曜日まで。)




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   ↑:津畑クミ、「少女の夢」。


 きっと紫が好きだと思う。ふんわかした丸みのある模様も好きだと思う。色も好きなはずなのだが、紫があまりにも好きで、女の子らしく派手に迫れない。そこが悩ましくて残念でたまらない。もっと色の発色が良くなったらと思った。 
 漫画のような顔立ちに、お下げ髪の線をぱっぱとあしらって、好きな線で自由に遊ばせて・・・できあがり。

 絵は自分に正直に頑張ったが、枠の黒が・・黒が・・重たく暗い。



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 ご本人です。教育大学生の低学年。きっと、もっともっと弾けるでしょう。



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   ↑:奨励賞・佐藤菜摘、「さまよう共通点」・油彩画。


 佐藤菜摘のタイトルは、いつも意味不明で困っている。どうも、画題に関係なく、本人の気分しのままかもしれない。画題の白い生き物と同様に、佐藤菜摘も「さまよっている」のだろう。こんなに明るく自由に振る舞っているのに。若いということはそういうことだ。

 ところで、この白い生き物、最近は頻繁に画題にしている。「夢食うバク」なのだろう。それでは面白くない。「ナツミお化け」と名付けよう。自画像なのだから。



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   ↑:小林由紀美、「白昼」。



 自然風景をバックにしたイメージ画だ。女子学生的な軽い華やかさ。山がある、空がある、雲がある、山の間合いは湖か・・・全てが画家の心を覆っている。ただただ夢見る気分なら、赤で自然を染めなくてもいい・・でも赤で風景を染めねばならない。ただの夢ではないから。自分なのだから。血を通わせなければならない。

 真ん中に自画像を赤裸々に描いている。ここまで描かなくてもと思うのだが、若いエネルギーがそれを許さないのだろう。



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   ↑:牧野充子、「ハウステンボス」。


 全作同様。これも大好きな部類の一つだ。

 この絵の良さは、全作と違い明るさ一本で攻めていることだ。明るさ一本、安易な絵画ということなかれ。影とか、窓とか、飾りとか、反対物をを描かないで、華やかさだけで攻めるのは難しい。
赤系のピンクと緑の補色で埋まっている。
 童画風な雰囲気で、幸せ一杯気分を維持している。人の笑い顔のような花だ。本人の代理自画像もあるだろう。



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   ↑:きみこ賞・亀田真央、「MIKA」・油彩画。


 ふふふと、笑ってしまった。楽しい絵だ。花に包まれ微笑むしかない。




 以下、不本意ながら作品だけを載せます。




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   ↑:奨励賞・氷川美保、「お邪魔するよ、旋律君]・油彩画。




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   ↑:優秀賞・野口秀子、「街ゆく風」・アクリル画。



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   ↑:中田登、「ART in art」。


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   ↑:市橋節こ、「追憶」。



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   ↑:本田滋、「瞬彩の大通り」。

by sakaidoori | 2013-07-25 22:35 | (茶廊)法邑 | Comments(2)