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2014年 08月 04日

2437)『(露口啓二)「自然史―北海道/福島/徳島」+「福島の光景」』 円山CAI 7月19日(土)~8月5日(日)

  



「自然史―北海道/福島/徳島」
    +「福島の光景」
 


露口啓二写真作品+岩崎孝正映像作品」展)


 会場:CAI現代研究所
     中央区北1条西28丁目2-5
      (環状線から北海道神宮方面に曲がり、直ぐの左側の中小路に入る。
      50mほど先の右側、コンクリートの一階建て。)
       電話(011)643-2404 (13時以降)

 会期:2014年7月19日(土)~8月5日(日)
 休み:
 時間:11:00~19:00 


※ 上映会 ⇒ 7/30(水) 14:00~16:00

※ クロストーク ⇒ 7/30(水) 19:00~21:00 於・当会場
         参加・露口啓二+倉石信乃+岩崎孝正+四方幸子


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー(8.3)


 (以下、敬称は省略させていただきます。)


 今展パンフのタイトルには、作家の明記がない。内容紹介として、「露口啓二」「岩崎孝正」の名が見えるだけだ。上映会等、確かに多くの方が関わってはいるが、実質は「露口啓二写真作品を中心にした露口啓二展」だ。
 ではなぜ「露口啓二」の名前をしっかり主張しないのか?おそらく・・・「自然が露口を動かしている。その自然の力を見て欲しい」、「福島を見つめるとは多くの人との関わりで成り立つ。だから、固有名詞は避けたい」という写真家の意向か?


 だから、今展は「自然の中の境界域とその力--露口啓二の原風景(徳島)、アイヌ語に誘われた北海道風景、そして今福島を見つめる」として見た。










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 展示は「徳島」「北海道」「幌内」「福島」なのだが、ほとんど独自の地域性を感じることはできない。被写体としての面白さ物語は皆無と言いたい。

 次の写真は僕が一番面白かった作品だ。



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 福島を撮った一枚だと思うが、全く面白くない作品だ。

 荒れ地の雑草だ。「福島」だから、人の住まいなどの痕跡地かもしれない。昔はもっと自然豊かな地であったかもしれない。何かの象徴として選ばれたの?だが、面白くないのは事実だ。
 ただ、他の写真も同様だが、強い写真だ。「ここを見よ」という主張がある。面白くないところをさりげなく撮ったのではないことは確かだ。

 露口作品を面白いと思う人は、「露口啓二」を知っていて、その行為が好きとか、氏の作品に見慣れて虜になっている人だろう。あるいは、この名もなき作品とシンパシーが会った人だ。つまらない光景を強く見つめる撮影者に心動かされた人もいるかもしれない。



 次の作品は比較的わかりやすい作品だ。(こちらのミスで場所は何処だかわかりません。)



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 神社が見える。ということはこの山はご神体で神域だ。だから、その手前の風景は人為の跡に違いない。そして、山際の暗い直線ラインも気になる。神域と人域の境界ラインとして意識して撮っている。「ここを見よ」と言っている。更に言えば、「ここから人の文化文明は発したのだ。だから私はここを強く撮り、強く人に見せ、強く記録としても残しておく」と強く強く語っている。
 露口写真としては説明しすぎ、語り過ぎだから成功作品と言えないかもしれないが、今展は「露口自分史」だから許されるだろう。

 この写真で明瞭なのは撮影者は神域あるいは異界に着目し、同時に神域に触れる人の足跡地も並々ならぬ関心があるということだ。
 だから、先ほどの面白味に欠ける草むら作品も、その風景に氏は異界と人界に関わる何かを感じたのだろう。



 以下、始まりから掲載していきます。
 「自然に何かを感じて、一人格闘している人間・露口啓二」として僕は見た。皆さんはどうでしょう?



徳島での原風景としての自然。アイヌ語によって原風景を北海道で後追いし、福島に関わることで「一人」という立場から、「ともに」に軸足が動いた。「アイヌ語」による写真撮影は他者との関わりを生んだ。今は他者から世間へとより広く間口を広めているのかもしれない。







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 生地徳島県の忌部山あたりの光景。「忌部山」、何てゆかしき地名だろう。古(いにしえ)の香、修験者やお墓の臭いプンプンだ。

 幼少時、この「光景」を身に付けてしまったのだろう。この光景の意味を問う旅が氏の写真行為かもしれない。




 次は北海道の光景です。


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 次のやや小振りの作品群は「福島」だと思う。本当に恥ずかしいのだが、ほとんど地域性を考えないで見ていった。撮影場所等に誤記があるかもしれません。



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 最後のコーナーは北海道?かな。



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 岩崎孝正氏の福島原発に関する映像が流れています。

by sakaidoori | 2014-08-04 13:25 | CAI(円山) | Comments(0)
2010年 03月 17日

1226) 円山・CAI 「第14期 CAIアートスクール卒業作品展」 3月14日(日)~3月20日(土)

○ 第14期 CAIアートスクール卒業作品展

 会場:CAI現代研究所
     中央区北1条西28丁目2-5
      (環状線から北海道神宮方面に曲がり、直ぐの左側の中小路に入る。
      50mほど先の右側、コンクリートの一階建て。)
       電話(011)643-2404 (13時以降)

 会期:2010年3月14日(日)~3月20日(土)
 休み:
 時間:13:00~19:00 

※ オープニング・パーティー:3月14日(日) 19:00~

 【出品学生】
 渡辺千恵 若井ちえみ 吉井見知子 松山幸代 澤山淳 佐藤翼 北上由理 神崎剣抄 川上大雅 加藤望 片山亜耶 浦田弘幸 伊藤直美 ・・・以上、13名。
    
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー(3・14)

 当然と言えば当然なのだが、今年も例年とは一味違う。全体の印象を一口に言えば、「野暮ったくてストレートな表現」だった。
 (以下、敬称は省略させて頂きます。)


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 階段を降りた半地下の一室が情景の会場風景。
 他の展示ブースは奥の階段を上がった狭い部分と、左側の黒い暗幕でふさがれた部屋だけ。


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     ↑:若井ちえみ、「脈」・雲竜柳。

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 雲竜柳の枝を「脈」のように束ねて壁に取り付けただけだ。この枝で巨樹の生命力に思いは馳せているのだろう。単なる「装飾」でもあろう。単純にして明快なる主張、力勝負の根性の入れようが気に入った。
 緑の若葉が見える。今年も春が来た。


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     ↑:片山亜耶(彩サクラ)、「(?)」。

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 元気一杯の大作だ。性と暴力と遊び心と七色の世界だ。
 被写体の女性軍は作家を含めて6名、七色のスナップ写真にそれぞれの迫真の演技?がひしめいている。スケベ度を求めれば「もうチョット」と檄を飛ばしたくなるが、なかなかの演劇空間だ。
 今回のエネルギーはチョットやソットでは収まらないであろう。もちろん、エロスばかりが作家の関心事ではないだろう。だが、内なる「生命力」をボンボンと外に出したくてたまらない時期なのだ。他人から「静かにセイ!」と言われるまで、いや言われようがとがめられようが「片山亜耶軍団」が街を闊歩してもらいたい。

 絵はイラスト的で色をちりばめるのが好きなのかもしれない。詩も用意されていた。
 絵と詩と写真と演技の片山亜耶。


[#IMAGE|f0126829_151232100.jpg|201003/17/29/|mid|     ↑:川上大雅、「depth.」・ミラーボール。

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 小部屋だが、実質個展空間。
 昨年もミラーボールを使っての個展をCAI02で開いていた。その時は動きもあったり意外性を演出したりと、個展を開くことのできた喜びで充満していた。
 今作、前回のネオンチカチカというノーテンキな外への放出をぐっと押し止めている。自分自身を見つめている。「表現者(アーティスト)になるんだ!」という宣言のようだ。前回は目くらましのにらみだったが、今回は見る見られるの対等性がある。
 その姿勢は頼もしい。真摯でもある。だが、発表は始まったばかりだ。ノーテンキになったり羽目を外したり、時には天然居士にアクロバットにと、普通でないことをしてもらいたい。

 ところで、作家は創世川の右側に小さな展示ギャラリーを構える予定だ。プロデュース的なことにも関心が及んでいるみたいだ。具体的にどう機能するかはわからないが、期待しよう。様子が分かり次第報告したいと思う。


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     ↑:澤山淳、「ノン・タイトル」。

 全くのナルシストの世界だ。上映時間は10分ほど。その間作家の顔だけが流される。パソコン画面に、モニター鏡面に、写し出される水面の表面にと作家の三つの顔をただただ見るだけの作品だ。
 自己を見る作品ではない。自己に魅入っている場に、鑑賞者はたまたま居合わせたにすぎない。それは作品以前と言ってもいいかもしれない。だから「悪い作品」と言い切れないのが美術の面白さだ。

 作品の最後、大きめの顔が更に大きくなった。変だなと思って見ていると、作家青年は感極まって説明してくれた。「実は泣いているのですよ。涙なんです・・」
 あー何と言うことだ。この自己耽溺!!うらやましい限りだ。次は彼が涙を流さざるを得なかった「何か」を僕は見よう。延々と10分間、たとえそれが退屈でも付き合おう。作品ができたら連絡して欲しい。


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     ↑:渡辺千恵、「imag」・アクリル ガラス等。

 半階段を登った物置のような空間での展示。綺麗に綺麗に見せる空間を作っている。完結度の高い作家だ。最後に見るのは鮭の卵が眠っているような水槽。その水槽の上にイラストがあるが、中味はちょっと怖いストーリー。イラストによるその怖さは、全体の雰囲気と合っていない感じで余り怖くはないのだが、このアンバランスが作家の持ち味かもしれない。

by sakaidoori | 2010-03-17 16:27 | CAI(円山) | Comments(0)
2009年 03月 30日

955) 円山・CAI 「第13期 CAIアートスクール卒業制作展」 終了・3月22日(日)~3月28日(土)

○ 第13期 CAIアートスクール卒業制作展

 会場:CAI現代研究所
     中央区北1条西28丁目2-5
     (環状線から北海道神宮方面に曲がり、直ぐの左側の中小路に入る。50mほど先の右側、コンクリートの一階建て。)
     電話(011)643-2404 (13時以降)
 会期:2009年3月22日(日)~3月28日(土)
 休み:
 時間:13:00~19:00 

※ オープニング・パーティー:3月22日(日) 19:00~

 【出品学生】
 井口工真 植田美知代 大西亜美 柿澤万里沙 笠井睦代 黒岩絵里子 鈴木悠哉 高木利沙子 蓼内由香里 田中裕子 星野将毅 松久恵理・・・以上、12名。
    
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー(3・2)

 不思議な展覧会でした。
 卒業制作展ですから、作家の主張が全面にでた作品群になるはずなのです。何故だか、妙に一つにまとまった展覧会でした。栄通流に名付ければ「やさしい展覧会」です。まるで自分の個性を集団の中で際立たせるのを避けようとしている、そんな勘違いをしてしまいます。
 「やさしい展覧会」ですから、個性的な作品が少ないということです。

 何故、やさしく見えるかというとーー

 ① 舞台装置のように石がそこかしこに置かれています。インスタレーション作品の石ころです。結果として会場全体が均一なムードやリズムを帯びることになった。

 ② 授業で習ったと思えるような画材としての風船が、適当に散りばめられています。①と同じ効果。作品と言うより、飾りになっています。作家を特定しにくい。

 ③ 一人の作品の展示領域を限定していなくて、2、3ヵ所に分散されています。「鑑賞者ー作品ー作家」という会話を妨げている。作品に際立った質の高さや違いがないのは仕方がないのです。差異をを生んでいなくて、「誰が描いたのだろう?」という意識が薄かった。

 ③ 以上の理由で、メインの会場が匿名性で覆われている。キャプションはしっかりあるのですが、いろんな理由で誰の作品かは分かりにくい。
 別室の作品は、メインの部屋の廻りを浮遊している感じ。全体とのからみで個が成り立っている。それは全体あっての遊び空間になっている。


 卒業制作展を何かのテーマだけで統一することは無理だろう。だが、今回の学生達は無意識に他人の事(作品)を優しく配慮している。相手の領域に静かに入り込んで、居心地良く振舞っている。普段の授業で、学生達の強い親和性が生まれたのだろう。良いことなのか悪いことなのか?
 今回の彼等の表現力は、まだまだ拙い。それは構わない。作品に実力が備わった時でも、何食わぬ顔で融合展ができるのだろうか?


 会場風景と個別作品を数点載せます。

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     ↑:松久恵理。大作は「生きるときめてから」、床の黄色い作品は「私」。

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     ↑:柿澤万里沙。上の階段のタイトルは「あなたがその手を汚してまで手にしたものは何でしたか」、あるいは「さよならの音は聞こえましたか。」

 丹念な線描画です。マジシャンが袖を通して掌からハトを出すように、繰り返された模様の線描の中からロマンが生まれるみたい。小室でも構わないから、個展の中での物語を見たいですね。


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     ↑:カサイ ムツヨ、「白闇に」。

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     ↑:ami、「うねり」。

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     ↑:井口工真、「心象スケッチ」。

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     ↑:左側、井口工真。右側、カサイ ムツヨ。


 個別作品としては広いメイン会場よりも、隣接した部屋の作品の方が印象に残りました。おそらく、オーソドックスに独立しての展示だったからでしょう。
 以下、それらの作品です。

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     ↑:鈴木悠哉、「loft」。
 メイン会場の置くにある階段上の部屋。
 屋根裏部屋のようなゴチャゴチャとして狭い空間が好きな人のようです。その部屋で一人何かの作業をして、その痕跡を楽しんでいるようです。作品は絵ですが、絵そのものよりも、写真のように記憶として関わっているみたい。


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     ↑:左側、星野将毅・「唯」。右側、蓼内由香里・「Soul」。

 喫茶ルームでの展示。 
 「Soul」、小さい作品ですけど一つだけですから妙に目に入ります。鎖の位置を変えて楽しむのでしょう。

 「唯」、下がり壁の展示。目が仲間達を見ている。


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     ↑:白い建物は田中裕子・作。室内の作品(本)は高木利沙子・作。

 今展で最も興味深かったのが、この白い建物です。当然、中に入って気分を味わってきました。女の子の秘密のカプセルです。
 中には製本された写真本があって、その制作者がカプセルを作った人だと勘違いしそうです。一人だけの部屋ですが、やっぱり今展の「やさしい展覧会」を象徴しています。誰が作ったのかは二の次みたいです。皆が喜んでもらえればそれでいい、と。

 天井はお月さまみたいに光り輝いていた。白い部屋を温かくしていました。


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by sakaidoori | 2009-03-30 18:57 | CAI(円山) | Comments(0)
2008年 12月 07日

835) 円山・CAI 「大島慶太郎&伊藤隆介・映像作品展」 終了・11月8日(土)~12月6日(土)

○ FIX MIX MAX!2
    大島慶太郎&伊藤隆介・映像作品展 (仮称)

 会場:CAI現代研究所
     中央区北1条西28丁目2-5
     (1条通りを走り第一鳥居を抜け、次の広い環状線を横断。直ぐの左側の中小路に入り、50mほど先の右側、コンクリートの一階建て。)
     電話(011)643-2404 (13時以降)
 会期:2008年11月8日(土)~12月6日(土)
 休み:日曜&祝日
 時間:13:00~19:00 

 主催:FIX MIX MAX!実行委員会
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー(8・30)

 部屋を独立させた二人の映像作品展です。

○ 大島慶太郎 の場合

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 試写会形式の作品展です。
 タイトルは「ポラロイド スーベニヤ」・上映時間約8分。(正確なタイトル名を記録しなかったので、およそこんなタイトルということで理解して下さい。後日判り次第、明記します。)
 上映の始まる前に大島君から挨拶があり、やや緊張感を高めてのスタートである。

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 白黒画面。半分はポラロイド・カメラや映写機の静止画像を機械様のように記録的にビシッと写していく。
 次に、ポラロイド写真をコマ送りで流していく。印画紙の部分をそのままにして、画像部分を映し変えていく写真内写真という手法も使い、この辺は大島君のテクニックの見せ所だろう。映像そのものが何かを訴えるというということではない。

 大島作品の原点はカメラにしろ映写機にしろ、それらがカラクリ・おもちゃのような玩具になっていていて、玩具を見つめる、触る、使うことがとにかく好きなんだなー、という印象が一番だ。器械と一体化したところがあって、だから映像のスピード感も違和感がなくて、あっというまに8分の時間が過ぎていった。
 実験作品ということだが、確かにそうなんだが、それは公式の言葉というか説明で、本当は器械と撮影者が一体となってどこまで機械(映写機)の魅力をひき出せれたかを作家自身が確認している段階だと思う。そういう意味ではマニアックな作品なんだが、一方で、楽しんでいる姿(作品)をオープン化したらどういうことになるんだろうと、「作家ー器械(映写機)-作品ー鑑賞者」の関係を肉感的につかみたいんじゃないかと想像してしまう。すべての関係が分離的な主客という客体化でなくて、器械作品なのに生理的(人間的)な関係をどんな風に作れるのか、そんな問題意識が大島君にあるのかなー。
 そこで問題になるのが、「何を写すか」なんだが、現在の大島君は意図的に踏み込もうとしていないみたいだ。多分、写された映像そのものに鑑賞者の心が奪われるので、被写体には距離を置いているみたいだ。

 「何かを見た」という楽しみからは遠いが、大島・時間、トリックに心地良くだまされた感じであった。


○ 伊藤隆介 の場合

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 「Screen Process(The Seven Year itch)」・2008年。

 今回の伊藤作品はいくつかのの点でほんの少しだが今までとは違う。

 映像カラクリを見せて、映像作品とダブらせるという伊藤・手法は基本的に同じ。

 映像作品に動きをもたせるために、カラクリ部分は円環運動や直線往復運動があった。今回は運動無し。その代わりにパソコンに動画を取り込んでいて、それを撮るということで動く映像になった。

 映像そのものはまるで9・11ニューヨーク爆破事件を思い出させる社会性の強いものだ。社会性は強いのだが、ランボーのアクション映画という娯楽性も強い。もっとも、都市文明の危うさをユーモラスに作品化することもあるから、その流れでもある。

 映像材料に手作り品がいつもあるのだが、今回は零。変わりに既製品のニューヨーク?の絵葉書一枚。

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 都会のビルディングの写真、それを写すガラス、その後ろで流れるパソコン動画ーガラス越しの動画を撮る映写機。ただただそのセンスにあきれるばかりだ。
 映画作品は我々が想像できないトリックを駆使しているのだろう。
 いつになくシンプルで見せる伊藤トリックだった。物置きを兼ねた部屋での爆破映像は非常にリアルだった。

by sakaidoori | 2008-12-07 11:56 | CAI(円山) | Comments(0)
2008年 11月 15日

807) CAI02 「FIX MIX MAX!2 『門馬よ宇子・展』」 11月8日(土)~12月6日(土)

○ FIX MIX MAX!2
    門馬よ宇子・展

 会場:CAI02
    中央区大通西5丁目 昭和ビル・B2 ラオム1
    (地下鉄大通駅1番出口。注意⇒駅の階段を下りてはいけません。昭和ビルの地下2階です。)
    電話(011)802-6438
 会期:2008年11月8日(土)~12月6日(土)
 休み:日曜日・祝日(定休日)
 時間:12:00~23:00

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー(11・14)

 FIX MIX MAX!2が始まりました。とても全部は書けれません。関心の赴くままに掲載します。 

 門馬よ宇子・展、素晴らしい。

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 展示は3部構成。

 中央の蚊帳は映像作品のスクリーンだ。確か3年前だったか、自宅ギャラリーで個展をされた。その時の映像作品だ。うかがった記憶ではヨーロッパ旅行でのビデオである。テーマの一つは「家族」(夫婦)ではなかったか?

 壁面左側は最晩年に彼女が退院した折に、病気回復を祝って門馬ギャラリーに訪れた人達による門馬さんの似顔絵だ。思い出(オマージュ)・展の部分だ。

 圧巻は女史自身による似顔絵だ。正面と右側の壁にびっしりと貼られている。
 以下、その似顔絵を概ね制作順に載せます。(クリックして下さい。大きくなります。)

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 配列順は左下から右方向、上方向と概ね並べられている。
 上の写真はその始まりの部分で、「14、2、1」と記されている。写実的で優しい顔だ。そういう顔はすぐに無くなり、ほとんど同じ顔が日付と色を替えて連綿と続く。やや細くて面長、きつい表情ばかりだ。

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 上の作品は「15、7、20」。会場出入口傍の最上段の展示。実は最後の作品は一段上の右端にあって、平成15年9月初中旬あたりの日付だと思う。

 昨日、関係者に簡単に作品経過をうかがった。
 「およそ6年前。体が病んでいて、痛くて痛くて、その時期に制作したものです。360枚ぐらいあります。痛みがひいたら、描くのを止めました」

 痛みを和らげる為に、忘れる為に描いていたのだろうか?痛みと対峙する作家の精神、ダイレクトに転写し記録として残し置く作家の強い意志を思う。色を変える事がわずかな救いなのだろうか?その痛みは病からくる個人的なものだ。だが、見る人は肉体的苦痛を忘れて、美とは異質な精神的痛みを思う。彼女自身に向けたもの、家族に向けたもの、同朋に向けたもの、社会に向けたもの・・・痛みを描き続ける意力が見るものの目を焦がす。
 それにしても凄い迫力だ。僕は晩年の彼女しか知らない。背筋が真直ぐで凛とした立ち姿と、たやさぬ笑顔しか知らない。笑顔には嘘は無かった。だが、それが全てではなかったのだ。

 人はいずれ死ぬ。
 亡くなられた方を悼み、供養するのは残された者の務めだ。だが芸術家の「死」はそれだけではいけない。
 芸術家の精神・苦痛・歓喜はその人だけのものだ。決して共有などできない。共有という幻想に捉われた宗教集団になる必要はない。
 作家の残した作品に自分自身の心の種が震える時がある。何かを表に出さざるを得ない、という精神に駆られる時がある。

 無造作にブロック壁に貼られたスケッチの一枚一枚。それはあまりに普通の紙だ。どうか大事に剥がして下さい。何かの機会に別の場所で会わせて下さい。




 
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 会期は長いが、長いと思うといつの間にか終わっている。見たい方は是非早めに行かれて下さい。

by sakaidoori | 2008-11-15 23:11 | CAI(円山) | Comments(0)
2008年 10月 22日

789) 大通・CAI02 「岡部昌生・展」 10月4日(土)~11月1日(土)

○ 岡部昌生・展
   「都市の/皮膚」のインデックス 2007-08

 会場:CAI02
    中央区大通西5丁目 昭和ビル・B2 
    (地下鉄大通駅1番出口。注意⇒駅の階段を下りてはいけません。昭和ビルの地下2階です。)
    電話(011)802-6438
 会期:2008年10月4日(土)~11月1日(土)
 休み:定休日は日曜日・祝日
 時間:13:00~23:00 

※ 期間中にリレー・トークショーや映像上映会なども予定。
    日程は決まり次第、CAIのH.P.に掲載とのこと。

 主宰:CAI現代研究所
ーーーーーーーーーーーーーーーー(8・21)

 素晴らしい展覧会だと思う。ことさら凝った展示でないのが良い。


 僕は彼の作品発表に2点の問題意識を持っている。

 一つはフロッタージュという手法のマンネリ化を華美な展示方法で「見せる展覧会」に置き換えていることだ。それは彼の剥ぎ取る(フロッタージュ)という強い美術表現を取替え可能な美術様式に置き換えすぎた。

 一つは彼は「広島」を強く意識している。その事自体は素晴らしい。だが、たゆたゆしい今日の時流の中で、その主張が中途半端な気がする。
 「広島」はいかに展示に工夫しても「広島」以上にはなれない。一瞬にして多くの命が消滅したということだ。しかもその焼け跡はむごたらしく、被災は深く静かに残り、傷跡をいつまでも塞ぐことはない。
 「広島」へのアプローチはいろいろあるだろう。人間の傲慢さ、戦争、科学の知、国家論・・・。

 北の地に住んでいて「広島」の語り部であることに驚く。日中戦争、太平洋戦争の主役である旧日本陸軍の跡地や痕跡は此処札幌でも沢山ある。自衛隊こそ旧軍隊の嫡子だ。それらに真正面から取り組むのも、発表しない「広島」への逆照射にもなると思う。だが、華麗に粘着的に「広島」にこだわる人に注目すべきなのだろう。

 今展、CAI02の地下室が展示の工夫への配慮を不必要にした。あまりにもその壁と作品とのマッチングが素晴らしい。きのこ雲のように作品が会場を覆っている。
 愚鈍に単純に発表を、熱い心と覚めた目と剥ぎ取る腕の行為、僕はそういうものに美術としての限り無き魅力を感じる。


○ ラオム(ルーム)1を左から載せます。(本来は右回りの展示なのですが、大判の作品が目に飛び込んできて、左から廻りたくなります。)
 ここでは「広島」がテーマ。ミナト・チヒロ氏、鯉江良二氏が引き立て役であり、同志的存在。
 二台のモニターから常に音がせわしなく流れている。「カシャカシャ・・・」、フロッタージュの音。

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 ↑:「宇品の土のドローイング」・一つが240×351cmの3点組 土 繊維 紙。
 圧巻の作品である。
 2004年に廃止になって久しい旧・宇品駅は取り壊された。今では記念としてわずかなレールが残るのみという。おそらく、その撤廃時にフロッタージュしたのだろう。
 広島港は宇品港とも言われ、市街地の直ぐそば。日清戦争以来軍用港として発展した。広島とはそういう都市なのだ。戦後残された軍事跡地をマツダが利用するようになった。被爆時にはその近さにも関わらず被害が比較的軽かったとのこと。救済活動の中心になったと聞く。

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 ↑:岡部昌三+鯉江良二、「土の記憶 1945/1990/2008 時の断章」・フロッタージュ 標本ビン 宇品の土のドローイング。
 先日来札された鯉江氏との合作?標本ビンは鯉江・作と思う。

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 ↑:左側の壁、オカベ・マサオ+ミナト・チヒロ、「Is There Future for our past」。
 ↑:右側の壁、「AFTER UJINA」・植物標本 中國新聞 宇品の土によるドロ-イング 3連画(各37×55cm)5点。
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○ ラオム(ルーム)2・3
 ヨーロッパの都市を中心にしたフロッタジュ作品。
 この部屋にも強烈な作品がある。正面奥のマンホールのような敷石?(写真①)。
 部屋は狭いが非常に充実している。展示過多かもしれないが、時には余白美や静寂美の限界を超える力を持つ。

 岡部氏は昨年のヴェネチア・ピエンナーレの日本選出作家だ。その折の記念的作品群だと思う。
 この部屋にもモニターが1台設置。同じくせわしなく機械音に翻訳された音が大きめに響いている。合計3台のモニターは多すぎるのでは。過多な配置と思う。

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 ↑:① 「ローマ 取り壊された噴水跡」


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 ↑:喫茶コーナーの内壁の作品群。「シーエーアイ、ツーはオカベ美術館になった。」



 (余裕があれば写真の追加をするかもしれません。

by sakaidoori | 2008-10-22 13:01 | CAI(円山) | Comments(0)
2008年 09月 29日

767) 昭和ビル CAI02 「常設展 黒田晃弘・作品」 ~2008年10月?日(初旬)

⇒常設展) CAI02 「常設展 黒田晃弘・作品」 ~2008年10月?日(初旬)

○ 常設展 (黒田晃弘を中心に紹介)
     
 会場:CAI02・raum2&3
    中央区大通西5丁目 昭和ビル・B2 
    (地下鉄大通駅1番出口。注意⇒駅の階段を下りてはいけません。昭和ビルの地下2階です。)
    電話(011)802-6438
 会期:~2008年10月?日(初旬)
 休み:定休日は日曜日・祝日
 時間:13:00~23:00 

 主宰:CAI現代研究所
ーーーーーーーーーーーーーーーー(9・)

 地下ギャラリーの大通・CAI02では企画展として「山口賢一・展」が開かれていました。(27日で終了。)こちらは写真撮影厳禁なので紹介は省略します。

 隣のスペースは取り立てて企画や利用者が居ない場合は常設展とのことで、そちらを簡単に写真で紹介します。今回は奥の方に展示されていた黒田晃弘・作を中心にします。ドローイングのコピー作品なのですが、非常に廉価での販売です。次回の岡部昌生展(10・4~11・1)までの展示です。チョッと立ち寄って、ご覧になっては。僕は2点買いました。1点、1,250円です。

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 ↑:手前の部屋を上の写真は入り口から、下の写真は裏側から撮影。
 真ん中の装置のような作品は端聡・作、「水は常に流れたがっている」。

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 ↑:端聡、「水は常に流れたがっている」。
 牛乳をスクリーンにして映像が流れています。その牛乳はパイプを使って常に循環するシステムになっています。端さんのテーマの一つに、「水は記憶する」ということがあります。それに彼は人の顔が好きです。確かに「記憶」すると思いますが、「同じ川には二度入ることは出来ない」という諺もあります。その記憶は何時開かれるのでしょう?

 どこか苦しそうな顔、「水への顔の記憶」は「水死」をイメージしてしまいます。何かを語ろうとしているその顔が、白い波間の中に消えていく。この装置は循環としての永劫回帰です。その循環時間はわずかの間でしょう。それは美術作品の象徴的な表現だから仕方がない。
 果たして記憶された水は何時再び顔を出すのでしょう?記憶への思考は哲学を生むかもしれない、その視覚化は美術を生むかもしれない、この顔に愛情が育てば倫理が生まれるかもしれない・・・都会的で知的な作品、どこか沈鬱で出口を求めたくもなる。


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 ↑:今村育子、「わたしのおうち」。
 壁紙をくり抜いて支持体に貼り付けた作品。どうと云うことは無いのですが、気になる小品。


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 ↑:奥まった部屋。飲食ルームに見える作品は岡部昌生氏の御馴染みのフロッタージュ。モノトーンの鋭さがいつも印象的です。同室には菊池又男・作が2点あります。見ごたえ充分ですが今回は省略。
 以下、黒田晃弘・作を載せます。

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 ↑:「JAZZ 3」。

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 ↑:左から、「JAZZ 2」。「JAZZ 1」。

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 ↑:左から、「HOKUDAI」。「日本橋」。

 支持体はセピア色で和紙?だったと思います。なかなか凝っています。音楽と風景という組み合わせです。セピアに黒いドローイングと絵が重なっていて、どこか物憂げで懐かしい感じです。
 黒田さんといえばモデルとの対面での似顔絵が有名です。そういう緊張した時間とは違って、作家の気楽な気分と遊び心が暗い会場と重なって独特なムードになっています。栄通ご推奨の隠れ家のような部屋、そこでの心和み染み入る一時でした。

by sakaidoori | 2008-09-29 11:47 | CAI(円山) | Comments(0)
2008年 08月 31日

745) 円山・CAI 「黄宇哲・展」 終了・8月20日(水)~8月30日(土)

○ 黄宇哲・展

 会場:CAI現代研究所
     中央区北1条西28丁目2-5
     (1条通りを走り第一鳥居を抜け、次の広い環状線を横断。直ぐの左側の中小路に入り、50mほど先の右側、コンクリートの一階建て。)
     電話(011)643-2404 (13時以降)
 会期:2008年8月20日(水)~8月30日(土)
 休み:定休日が日曜日
 時間:13:00~19:00 

 主催:CAI現代研究所
 協力:コンチネンタルギャラリー(樽野真生子、閔 鎭京)

※ オープニング・パーティー:8月20日(水) 18:20~
    (作家本人が来場しますので、お気軽にお越し下さい。)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー(8・30)

 1963年 韓国・全羅南道 麗水生まれ。
 1987年 ソウル大学校美術大学絵画科 卒業。
 1989年 ニュー・ヨーク大学校美術大学院 修学。
 1991年 PLATT大学校美術大学院 卒業。(Master of Arts学位)
   現在 45歳


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 四角い部屋の4つの壁への展示。抽象画、人物画、性描写の3部構成。
 欧米の正当美術および現代美術ををしっかりと身につけて、男らしく力強く表現しているという感じです。今の若い日本人にはできそうもない男振りがあります。そういう意味では少し古拙な感じもします。

 例えば、抽象絵画は余白美や東洋美を偲ばせるサム・フランシスを思います。もっとも彼は東洋人ですから、西洋人の感じた東洋美を見て、自信を持って自己の美意識を追求していると言った方が良いのでしょう。
 性描写はピカソを思います。ピカソの場合は先天的に持っている性への憧憬と、死に近づく自分自身を奮い立たせようということがあったと思う。彼の場合はどこか健康的です。日本人の性は情緒的で、中国人は貴族が愛玩物をもてあそぶような所があります。韓国人の性への認識はどんなものでしょうか?
 人物画、これだけ見たら僕には彼の価値は不明だったでしょう。基本的に表現主義的な勢いと、自信に満ちた画家の精神を感じます。若い韓国という国を体現しているような作家です。


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 ↑:今展で最も好きな絵です。確かロダンだったか、「接吻」だか「抱擁」というブロンズ作品があったと思います。それを思い出しました。
 若々しい健康美、女性への素直な愛情、性への尽きない恋慕を思いました。同時に構築的線描の世界です。


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 ↑:作品も余白を意識した作品ですが、全体を組み作品の絵画と見立てて、壁の白を余白美として鑑賞しました。
 熱き抽象とまでは言えないのでしょう、元気の良い抽象絵画です。
 この絵に何を見るか?画家のイメージ?美意識?色と面としての骨格と構成美?僕には正統的西洋画への親和性を感じて距離感を覚えました。要するに、絵画研究の一里塚的作品と理解しています。
 彼はまだ若い。どういう形でオリジナルを表現するかが楽しみです。


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 ↑:人物画。というか顔顔顔顔・・・、です。こういう絵を評価する能力は無いのですが、好きな顔が沢山あります。
 日本人が過去に西洋絵画で取り組んだ痕跡を感じて、親しみがわきます。


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 ↑:ドローイング的性表現。

by sakaidoori | 2008-08-31 23:35 | CAI(円山) | Comments(0)
2008年 08月 13日

727) CAI02 「祭太郎・個展 まつりたろうのお盆だよ!」 8月9日(土)~8月28日(水)

○ 祭太郎・個展
    「まつりたろうのお盆だよ!全員集合」
     
 会場:CAI02・raum1
    中央区大通西5丁目 昭和ビル・B2 
    (地下鉄大通駅1番出口。注意⇒駅の階段を下りてはいけません。昭和ビルの地下2階です。)
    電話(011)802-6438
 会期:2008年8月9日(土)~8月28日(水)
 休み:定休日は日曜日
 時間:13:00~23:00 

 主宰:CAI現代研究所

※「まつりBAR」 期間中3日間のみ祭太郎がカフェでみなさまをお迎えします。
 9日(土)、18日(月)、23(土) 18:30~(全て)
ーーーーーーーーーーーーーーーー(8・12)

 祭太郎でございます。祭太郎流、お盆でございます!
 祭太郎流空間演出をさせていただきます!
 ・・・ 
 ・・・
 ここは一つ皆様、私、祭太郎が行う、さまざまな魂を呼び寄せる展覧会!
 「まつりたろうのお盆だよ!全員集合」に全員集合!!!   (DMより)


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 ↑:正面
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 ↑:左側
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 ↑:右側
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 ↑:入り口付近。ピンクの絵はタオル。500円。

 初めて祭太郎(まつり・たろう)君の作品をまとまってみることが出来た。彼のうさぎスタイルのパフォーマンスは有名だ。まさかそれだけが彼の全てではないであろう。単純に、見れてよかったと思う。

 なかなかのマルチ才能の持ち主だ。線の世界は素晴らしい。

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 ↑:「家の風景」シリーズ。
 自分自身の世界を持っている線だ。力強さよりも、繊細で、ポッキリと折れそうな優しさだ。それでいて最後までやりきろうという意思を感じる。この線は都会的なのだろうか?田舎的なのだろうか?


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 ↑:「近未来パラダイス」。
 彼は家とか仲間とか、そういう事に対して異様な反応を示すようだ。基本的には「人間大好き」なのだが、愛と憎しみというアンビバレントな視点を持っているようだ。今のところはその方向は自分自身を見詰めている、それが自虐的にもなりがちだが、自分の居場所を探しているようだ。
 この視点が他者に向かった時にはどうなるのだろう?攻撃的になるのだろうか?あるいは社会批判というベールを被るのだろうか?その時はうさぎの耳を捨てるかもしれない。


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f0126829_23325383.jpg 彼はとうとう神か仏になったようだ。円空仏ならぬ祭仏だ。
 それでいいのだ。人はそれを傲慢と呼ぶかもしれない。「祭上げられているだけだ!」と、揶揄されるかもしれない。それでいいのだ。


 会場には二台のビデオが流れています。小物も並べられています。
 この空間に対する好みは分かれるかもしれない。それ以前に、「CAIの祭太郎」ということで、拒否反応を抱いている人もいるかも知れない。仕方がない。見て損のない空間と思うが、好悪の壁はなかなか越えられないだろう。

 祭君、神様仏様祭様になって、仲間と群れながら我が道を歩むしかないだろう。僕は特別のエールは送らないが、作品だけは見ていくよ。

by sakaidoori | 2008-08-13 23:00 | CAI(円山) | Comments(0)
2008年 08月 11日

722) 円山・CAI 「くだらない展覧会」 7月26日(土)~8月8日(金)

○ くだらない展覧会

 会場:CAI現代研究所
     中央区北1条西28丁目2-5
     (1条通りを走り第一鳥居を抜け、次の広い環状線を横断。直ぐの左側の中小路に入り、50mほど先の右側、コンクリートの一階建て。)
     電話(011)643-2404 (13時以降)
 会期:2008年7月26日(土)~8月8日(金)
 休み:定休日が日曜日
 時間:13:00~23:00 

 主催:CAI現代研究所

 【参加作家】
 Azkepanphan 石倉美萌菜 西城民治 高幹雄 高橋喜代史 徳田直之・・・以上、6名。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー(8・1)

 とりあえず会場風景を載せます。

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 「くだらない展」、関係者の意図がどこにあるかは別にして、非常に難しくて面倒なネーミングにしたものだと思います。
 言葉通りに「くだらない」と吐き捨てられたら身もふたもないし、かといって「ワンダフル、ビューティフル、ベリー・ベリー・グッド」を期待しているとは思われない。「普通ジャン」ではどこかが寂しい。

 こういう意味ありげな企画展の場合は企画担当者の意図がもっとも問われるであろう。企画者と参加作家や作家同士の意思の疎通をどう計ったか。この場合には結果が不首尾であっても、プロセスがしっかりしていたならば彼等の今後の活動には有益な何かが残るであろう。
 企画者側の一方的な意図があって、参加作品は彼の手段という場合がある。この場合は結果を厳しく吟味する必要があるだろう。

 さて、今展はいかなるプロセスを踏んだのだろう?


 僕の全体の感想は少しおとなし過ぎたかな、単に作品を並べただけに終わったかな、という感じです。
 やはり、アット驚く「くだらなさ」を見たかった。
 しっかり書かれた作家プロフィールが面白かった。その生真面目さが今展のタイトルとミスマッチな感じで笑ってしまった。


 もう少し個人作品を中心に写真を載せます。
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 ↑:西城民治、「現代美術っぽい自転車」・自転車 空気入れ 袋。
 1945年、札幌生まれ。現教育大学満了、他職歴学歴を淡白かつ詳細なプロフィールがあります。
 タイトルが全てのような作品。若い作家たちの仲で、ミスマッチのようなおかしな作品。この作品を生かす他の作家の作品が一点欲しい気がするが・・・。

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 ↑:徳田直之、「カンチョーの手 中・小」
 1979年、七飯町生まれ、現在東京在住。2002年、CAI現代研究所修了。
 作品自体は面白いが、全体とのからみでは物足りない。

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 (↑:モデルは作家とは何の関係もありません。こういう作品は使っているところが見たいものだ。幸い良い写真が撮れました。)


○ Azkepanphan の場合

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 ↑:左から、「浩志 29歳」・F15、「浩志29歳 リバース」・2008年 700×450。

 自画像です。
 左の作品は少し傾けて展示しています。独特の色感があり、素直な良い絵だと思う。

 彼はデザイン感覚も優れています。独特なムードを持っているようで、2人展やグループ展に多数参加して、存在感があります。音楽空間を作ったり暴力的エロスを表現したりして多才な面を出しています。ところが、彼自身の線の細さ真面目さ優しさが邪魔をして、そのパフォーマンス的作品を生かしていないのではと思っています。起用に上手にこなすのですが、インパクトが少ないのです。能力の問題ではないでしょう。さ迷っている感じです。

 左の自画像、どうして傾けた展示にしているのでしょう?余りに素直な絵を「くだらない展」で、ストレートに出すのが恥ずかしいのでしょうか?そもそもこんな良い絵を出さないほうがいいのでは?こういう所にこういう絵を出すのが、彼の不思議な面でしょう。


○ 石倉美萌菜の場合

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 1986年、札幌生まれ。2006年、北海道造形学園。2008年、CAI現代研究所。現在大谷短期大学?

 肉体と性に執着する石倉さんです。その若さの余りにストレートな表現に圧倒されます。武田浩志君とは全く逆の路線です。路線と言いましたが、彼女にはまだまだ戦略的に美術表現をしようという余裕はないかもしれません。

 絵の女の子ははブスです。このブスさが絵の魅力に花を添えています。きっと自画像でしょう。そしてこれ程本人はブスではないでしょう。画家自身が己を見た時にこんな感じで醜く見えるのでしょう。鏡を見たら、そこにはパンティーを被った自分が見えたのでしょう。手は怪しげにうずくのでしょう。
 見ているほうは嫌らしさよりも、健康的な若き女性の妄想を見る思いです。もっともっと肉体と性と妄想を表現してもらいたいと思う。
 絵から発散するバイタリティー、エネルギーが素晴らしい。
 若き男性諸君!彼女の下敷きにならないように注意!


○ 高橋喜代史の場合

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 左上のパの消えた「パチンコ」とモナリザに簡単にいたずらしている作品が高橋作品です。(訂正:モナリザは高幹雄・作品です。すいませんでした。)
 まー、言葉通りくだらない作品です。ですから、「パチンコ」は栄通大賞を上げてもいいな。モナリザはくだらないというよりも使い古されたワン・パターン的哀しさがあって、ダメ。もう、モナリザはいいよ。
 
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 ↑:壁にぶら下げられた、飛び散った模様のある布作品、「コラージュ」。
 

○ 高幹雄の場合

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 高君はビデヲの中に居た。一人芝居だ。「熱いすし」だったか、熱くて食べられない演技を馬鹿笑いをあげながらの熱演である。なかなかの役者である。つぎはビデオではなく、生のパフォーマンスを期待しよう。


 (記録が不備で、記事に仕上げるのに随分と時間をかけてしまいました。断続的掲載で申し訳ありませんでした。) 

by sakaidoori | 2008-08-11 22:24 | CAI(円山) | Comments(2)