栄通記

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2017年 01月 31日

2563)④「群青 ~ぐんせい~」 アートスペース201 前期⇒2017年1月26日(木)~1月31日(火)




第4回 丸島均(栄通記)企画

群青 ぐんせい


2週間10部屋の展覧会
  (写真、絵画、立体、布、ドローイング、現代美術、陶芸、他)

 寒い札幌の1月2月、少しでも元気になれれば

  老若男女の青い人達のジャンルを問わない展覧会


 会場:アートスペース201 5階6階(全館全室)   
      中央区南2条西1丁目7
       山口中央ビル  
      (東西に走る道路の南側。)
     電話(011)251-1418

 会期:前期⇒2017年1月26日(木)~1月31日(火)
    後期⇒2017年2月2日(木)~2月7日(火)        
 休み:水曜日(定休日)
 時間:10:00~19:00
    (各会期最終日は、~18:00まで。) 

ーーーーーーーーーーーーー(1.29)

 さて、6階は三個の写真展。
 ザックリとその特徴を言えば・・・
 「対展」は爽やか空間、
 「モノクロ3人展」はロマンティック・ルーム、
 「それぞれの風景」は闘う人達、・・・です。



その爽やか空間「対展」の個別作品を何点か掲載します。


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   ↑:西口由美恵、「Q:世界に境界線はあるか」。


 「世界に境界線はあるか?」と問われれば、明快に応えよう。「境界はある」と。
 この解は現代人にとってはいかんともしがたい真実だ。なぜなら、そう指向するのが現代人だから。
 境界線の中身はひとそれぞれ千差万別だ。国境、海と川の境、男と女の狭間、子供と大人の違い、宇宙と地球の境目、民族線、自己と他者、愛と憎しみ・・分別し、価値に序列を作り、どこかに自分の居場所を設けてなんとか心地良い場所を確保する。哀しきかな現代人。

 そんなややこわしいことを西口由美恵が考えているのかどうかは知らない。知らないが、「モノクロ写真」には「真理を求める追求心」のような面持ちがある。
 撮影者は、モノクロばかりを見ていて、白と黒の境界を、画面と画面の境界線をの中に夢見心地でさ迷っているのかもしれない。
 どこかレトロ調な都会の姿。重み無き手のひら・・・若くて・・若くて・・愛らしい・・いじらしい・・。




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   ↑:永倉理子(北海学園大学Ⅱ部写真部所属)、「白露」。



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 とにかく爽やかな写真だ。綺麗で、可憐で・・・そんあ美辞麗句を沢山並べたくなる。

 対展は対的2点の作品とタイトルで何かを訴えよう、という展覧会だ。たったの2点の写真だから直ぐできる!と誰でもができると思う。ところがどっこい、2点選ぶのが難しい。そもそも「何を訴えるのか?」で悩んでしまう。その2点をくくるタイトル(名付け)で悩んでしまう。あ~、苦しきかなツイテン、だ。

 しかし、永倉理子は悩まない。というか、彼女は生き物と花とカラフルな静物しかとらない。しかも、何を撮っても今回の出品作品みたいにしか撮れない。そういう意味ではいつも同じ物ばかりを同じように切り取るマンネリ撮影者と言っても良い。

 マンネリ表現!!その中身は、何ともたゆたゆしい可愛さだ。いつもいつもくり返される七色ファンタジックな乙女心だ。しかもぶれない!
 こういう作品は壁一杯並べるべきかもしれない。間違いなく可愛い世界だ。可愛さのみだ。癒し作品万歳!だろう。




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   ↑:岩佐俊宏、「Way of Vewing」。

 反転し色補正をした、誠に単純明快な対作品だ。
 だから安易に見ていた。写真特有の反転による対作品と。

 毎日毎日見ていると、作品のシンプルさがかえって記憶に残りがちになる。
 最初は単なるシンプル風景と。
 次ぎに「都会」のイメージが膨らみ始める。被写体が道路だから「足下」になり、見る僕の視線はうなだれかげんになる。「うなだれる、うなだれる」、そして「目をつむる、目を開ける」。
 もうこうなると「都会の風景」と「自分」との関係のみを感じ考え始める・・・。

 反転されて描かれた二本の線、それは全体で都会の風景の象徴のようにして目の前を覆う、そして都会に住む自分に考えを巡らす・・・都会への入口、そういう装置として岩佐作品であった。



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   ↑:岩田千穂(藤女子大学OG)、「insaide/outside」。

 お店に入るドアと、お店の中の風景、そういう2枚の組み合わせ。
 単純な理解へと見る人を誘う。
 一つ、ドアを開けて中に入って、店内の賑やかさを見つめている。
 一つ、同じようにお店に入るのだが、なぜだか透明人間になって、自分を消して店内の様子を見渡す。
 一つ、「中に入ろうかな?」そこでちょっと立ち止まる。「中はどんな感じかな?」そこで中の様子をうかがう。
 ・・・

 中に入る、入らない、店の賑やかさを喜ぶ、傍観する・・・そんな二律背反的な情景を作品に見てしまう。
 そういう意味では、興味の尽きない作品で丸島のお気に入りだ。

 が、タイトルがよろしくない!
 「insaide/outside」は「内側/外側」だ。これでは藻岩山を描いた絵のタイトルを「藻岩山」にしたのと同じだ。単なる、写真作品の情景説明だ。説明することによって、作品の中身を限定しているから、良くない以上に悪いというべきか。

 作品には表現者自身の「孤独」あるいは「寂しさ」を感じる。
 丸島流のタイトルです。「出たい出れない、入りたい入れない・・・私」



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   ↑:
長内正志(札幌大学写真部4年)、「変遷}。


 撮影者自身から、作品の主旨は伺った。しかし、僕は企画者ではあっても、彼等の気持ちを代弁するメッセンジャーボーイではない。ことさら撮影者の言葉を聞きたい作品でもない。彼の説明を無視しての若干のコメント。

 都会の風景を力強く切り取る若者、そんな印象だ。
 だから、対作品とはいっても、左側の露わな姿がメインだ。かたくなに橋として存在している姿を表現したいのだろう。「老兵は黙して去るのみ」と言いたくなるような痛みを露わにし始めた。
 その姿を見せはしない夜の姿。二つの自分自身の立ち姿に惚れ込んでいる自分自身(橋自身)を誉めているみたい。

 いずれにせよ、単なる都会の一風景としてパチリだ。
 
 タイトルは「変遷」。移り変わりを主張したかったのか・・・。僕は日夜そこにある「不動」を見てしまった。


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残りの対作品は後日掲載します。

他の群青展風景を載せます。
前期は今日までです。よろしくお願いします。




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   ↑:「モノクロ3人展」から。



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   ↑:「風景展」から


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   ↑:「風景展」から。



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   ↑:「風景展」から。
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   ↑:美術「元気展」から。



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   ↑:美術「元気展」から。




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   ↑:美術「元気展」から。












by sakaidoori | 2017-01-31 08:43 | アートスペース201 | Comments(0)


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