2017年 01月 16日

2538)「札幌国際情報高等学校 美術部展」 アートスペース201 終了/1月5日(木)~1月10日(火) 

札幌国際情報高等学校
       美術部展
 



 会場:アートスペース201 5階E室   
      中央区南2条西1丁目7
       山口中央ビル  
      (東西に走る道路の南側。)
     電話(011)251-1418

 会期:2016年1月5日(木)~1月10日(火)       
 休み:水曜日(定休日)
 時間:10:00~18?:00
    (最終日は、~17?:00まで。) 

ーーーーーーーーーーーーー(1.5)



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 札幌国際情報高校美術部-顧問先生の指導よろしきを得て、抜群の写実力を誇る美術部だ。要するに高校生にしては上手い絵画が多い。まるで、道展予備軍という卵みたいだ。
 以下、全作品を掲載します。


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 高校生の段階で、こうしてキチッキチッと描いている姿は好ましい。素直で端正で、与えられた表現方法を直向きに精進している。
 驚くべき事は、大半の生徒がこの美術部で油彩を覚える。そしてこの成果!かなりの高校生が美術系の大学を希望しているようだ。実際、道教育大学美術課程に進学する生徒も多い。
 今後はより個性重視で頑張って欲しいものだ。なぜなら、ただ上手い大学生は道外に山のようにいる。自分らしさを意識的に磨いて欲しい。

 この日は、受付学生の二人と会話した。僕の方は夕方までたっぷりと時間があるので沢山お喋りをした。学生君達、老人に付き合ってくれてありがとう。

 以下、何点か個別作品を載せます。
 1,2年生の多くの作品は、道展主催U-21出品の途中段階です。


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   ↑:1年・徳本柚希、「散歩」。


 (ただ今制作中。)

 屯田防風林内の風景だ。屯田に住んでいる私にとっては身近な場所だ。

 実景としてはいかに枯れ葉が落ちた秋でも、これほど梢の隙間感はない。遠景が、どこまでも透けて見えるということはない。実際、木々の隙間は何やかやで埋められ、遠景の木立には透明感はなくなるそうだ。

 ところが、僕にとっては隙間だらけの木々が上に向かって行く姿、何かを求めてひたすら背伸びしている立ち姿のほうが好ましい。高校生の、未熟な樹の表現力がたゆたゆさを増している。その頼りなげとアッケラカンな木立の姿に若さ・その生命力を感じる。

 とは言っても、完成形の作品は日の光は上部だけになり、より一層「光と木立の影」が引き立つのだろう。



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   ↑:1年・平山和(油彩)、「北の踊り子」。


 (ただ今制作中)

 全体が薄暗くぼんやりしている。だから、めりはりを付ける着色・上塗りが施されるのだろう。
 この学校は、「光と影」を表現の大きな手段にしている。そういう意味でよりメリハリを求められるだろう。

 しかし、この暗がりは不気味だ。何かが画面全体から出てきそうだ(上掲の写真は、丸島の加工のし過ぎで秘密性が薄らいでいます)。踊り子は画面の鶴の舞ではなく、暗がりにうごめく絵画自体のよう。作品が踊っている。空も、森も、大地も、生き物も暗がりの中から這い出てきそう。そういう意味で、僕はこの作品は素晴らしいと思う。
 ただ、描き手の学生に、絵画における「暗闇とは何か?」という意識と追求心が薄い。あくまでも制作の流れの中で薄暗い作品になったまでかもしれない。
 仕上がりを楽しみにしよう。



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   ↑:3年・鈴木紗弥、「静観」。


 この学校特有の光表現だ。やさしく暖かく・・・を大事にしている。
 壁のレンガの並べ具合がかわいい。光表現という技術的暖かさもいいが、こういう積み木具合の高校生らしさが愛おしい。




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   ↑:2年・近川亜希、「あきにさようなら」。


 (ただ今制作中)


 「あき(亜希)にさようなら」・・・なかせるな~。「(近川)亜希」という自分に「さようなら」と言っている。
 成長脱皮する区切りのために描いたのかな?
 おそらくバレーを習っているのだろう。そのバレーともお別れをするのだろう。

 「秋」の色の輝きは良い。しかし、人間が表情を含めてぎこちない。本人もわかっている。「これからもっと動きや存在感をだせるようにしていきます」・・・期待しています。




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   ↑:2年・西谷彩乃、「街いろ」。


 (ただ今制作中)

 高校生に限らず、若い女性が夜の街並みを描くと、ネオンの七色がとてもやさしい。

 「ネオンちかちか夜の街」には彼女たちが思うような優しさばかりではないだろう。そこが絵描きの限界か?はたまた実社会にお構いなく、色の可能性を楽しめる存在なのか?そこが絵描きの健全な証拠なのかもしれない。社会は無意識にそういう健全さ・あどけなさを求めているのかもしれない。特に日本では。

 お嬢さんたち、夜の街はもっともっと危険ですよ。ロマンには虚偽や暴力も引っ付いている。気をつけてね。



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   ↑:2年・斎藤和奏、「高揚」。


 「高揚」って、この絵のどこが高揚なの?確かに、ゴミゴミした世界を描き手の色彩感、まとめ具合で秩序化されてはいるが、この作意性が「高揚」なの?

 不思議に思って描き手の説明書きを読む。
 そこには、「この場所を発見した時のわくわくした気持ちを『高揚』という題名に込めました。

 なるほど。いろいろな「高揚」があるのか!命名する喜びがわからなかった!




・・・・


by sakaidoori | 2017-01-16 17:28 | アートスペース201 | Comments(0)


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