栄通記

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2012年 04月 01日

1679)「齋藤玄輔・展」 テンポラリー 終了・3月20日(火)~4月1日(日)

 
○ 齋藤玄輔・展     


 会場:テンポラリー・スペース
      北区北16条西5丁目1-8
     (北大斜め通りの東側。
      隣はテーラー岩澤。)
     電話(011)737-5503

 会期:2012年3月20日(火)~4月1日(日)
 休み:月曜日(定休日)
 時間:11:00~18:00

ーーーーーーーーーーーーーー(4.2)

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 ガラスドアには白い膜、『今日は休み?』、そんなはずはない。入り口から少し変調な白い世界だ。期待を込めての入場だ。


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 (以上、1階の風景と個別・部分作品。
 以下、敬称は省略させて頂きます。)


 実に美しい。
 黒い世界に青地を背景にして植物が浮かび上がっている。色恋や妖艶さを作家は意図していないだろう。が、若い作家のエネルギーが、充分にエロスを発散している。男の作品だ。

 齋藤玄輔、旭川在住とのこと。おそらく材料の植物は氏の身近にあるものだろう。それを押し花にして、青いカーボン紙にフロッタージュしての版画作品だ。バックからの光線は体を透かし、押し花から植物・生命の再生のよう。祈りの再現でもあろう。まさに「復活」の儀式だ。

 それにしても美しい。
 作家は完璧な「美」を求めているのだろう。生命体は目的に沿った有機体であり、完結した姿は見るものに「美」をあたえる。時に感動すら与える。
 船出する軍艦、一切の無駄を排した合理的な姿は美しい。美から突き出る大砲は感動的だ。
 弓を引っ張る人間の姿。静かにして筋肉揺れる姿、緊張する合理的な姿態は美しく感動的だ。
 先頭直前の陣形、高き天守閣、人体と一体化した衣服、どれも美しい。
 しかし次の瞬間、「美」は二次的になる。時と動きは空間と秩序を壊し、永久なる美しさは見果てぬ夢になる。

 「完璧な美」は現世でも可能かもしれない。皆なが認めればいいのだから。皆なをまとめる求心的信仰があれば可能だろう。
 だが、現代では皆を統合する信仰は不可能だ。限られた範囲の中での「永久なる美」だけだろう。だから、「現代美術」では表面上は「美」を最優先しないのだろう。

 本当に美しい齋藤玄輔・ワールド。
 「永久なる美」は「死」と同義語だろう。押し花を復活させたフロッタージュ作品、復活は2度目の「死」かもしれない。
 氏にとって、「美の表現活動」とはエンドレスの「復活と死の儀式」かもしれない。
 それを袋小路と感じるならば、激しき葛藤と闘いが氏を襲い、「エロス」の声に耳を傾けるかもしれない。
 それを諦念として感じるならば、「信仰」近きものになるかもしれない。

 

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by sakaidoori | 2012-04-01 21:03 | テンポラリー | Comments(0)


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